夜久衛輔の姉が青春小説を完成させるまで   作:細雨

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第11話

翌日。紗代子は昼前にベッドで目を覚ました。日の出ギリギリまでパソコンに向かい合っていた事は覚えているが、ベッドに這い上がった記憶が無い。風邪をひかなくて良かった、と紗代子は胸を撫で下ろした。

どうせ朝食の時間には起きれないだろうとホテルは素泊まりにしてあるため、ブランチを取るため身支度をして紗代子はホテルを出た。

夕方の部活時間まで烏野商店街を見て回り、紗代子は今日も校門で武田に連絡した。昨日、案外校舎内に残っている生徒が多い事が分かり、今後も一緒に体育館に向かった方が部外者として報告されないだろうという武田の判断だった。

部活終わり、昨日と同じ様に坂ノ下商店まで烏野メンバーと歩きながら、烏養からも話が聞きたいなと紗代子が思っていた時、澤村が「紗代子さんは観光とかしたんですか?」と聞いてきた。

「昨日の昼に牛タン食べたくらいだよ。すごく美味しかったけど」

「観光しなくて良いんですか?せっかく宮城まで来たのに」

「遊びに来た訳じゃないからね。旅行で来たなら色々見て回ってたよ」

苦笑する紗代子に、澤村も「そういえばお仕事で来たんでしたね」と苦笑いして頭を掻いた時の事だった。

「あー!ほんとにいるじゃん!」

賑やかな声が烏野メンバーと紗代子を坂ノ下商店前で迎えた。ショートの金髪、冴子だ。

「あれ、冴子ちゃん、どうしたの?」

「どうしたも何も、昨日龍から紗代子ちゃんが来てるって聞いてさ。何で連絡してくれなかったの?水臭い!」

「明日までしかいないからと思って」

「ちょっとでも会えたら嬉しいじゃん!という訳で呑みに行こ」

勢いが凄い。ポンポン進む会話に、烏野メンバーは置き去りである。

「店の前で騒ぐんなら帰れー、ってお前らかよ」

「ちょうど良い所に!先生も誘って皆で呑みに行こ!」

「ハァ?」

「とりあえず電話で聞いてみるね」

烏養繋心、巻き込まれ決定である。ちなみに武田は快諾したため、大人4人の呑み会の開催が決定した。元気な冴子に適う者はいない。田中の身に染み付いてるこの世の真理である。

烏野メンバーは紗代子から肉まんを貰い、各々帰路に着いたのだった。

店が終わってから合流する事となった烏養を置いて、紗代子は冴子と烏野商店街を歩く。武田は現地集合である。目的の居酒屋はすぐに見付かった。平日のため空席もあり、2人は席に着くや否やそれぞれ酒を注文してメニューを開いた。ちなみに冴子が生ビール、紗代子がウーロンハイである。

「紗代子ちゃんはお酒どんくらい呑めるの?」

「うーん、普通くらいかな」

紗代子自身にあまり自覚が無いだけで、彼女はザルである。そんな事など知らない冴子は「そうなんだ」と頷いた。

「何品か先に注文しとこうか。武田さんもすぐ来るって言ってたし」

「賛成!おなか空いた!」

唐揚げやフライドポテト、サラダなど嫌いな人の少ない品を頼み、2人は一足先にグラス合わせた。

主にお互いの弟について賑やかに楽しく喋っていると、武田、そして烏養が合流して来た。全員揃った所で再度乾杯する。と、紗代子の携帯が僅かに震えた。断って見ると黒尾からのメール。内容は「今日も電話したい」といった物だった。今日は冴子や武田、烏養と呑むから電話は無理だという旨のメールを返信して携帯を仕舞うと、向かいに座る冴子がニヤッと笑った。

「紗代子ちゃん、彼氏?」

「かっ……!?」

一瞬で紗代子の頬に朱が昇る。

「え?そうなんですか?」

「ち、違う、彼氏じゃないっ」

「えー?でも、今すごく可愛い顔してたよ」

「そんな事無いってばっ」

「いやあ、良いですね。青春ですね、烏養くん」

「俺には無かったなあ」

「違うんですって……っ!」

真っ赤な顔で否定されても、信憑性などまるで無い。紗代子以外の3人はニコニコニヤニヤとしながら、1人でワタワタと慌てる紗代子を「まあまあ」と宥めた。

その後は、冴子は主に弟の話を、武田も烏養も烏野メンバーの話をしていて、つまりは皆でバレーの話をしていた。紗代子にとっても、烏野の他校との試合を聞くのは楽しかった。特にあの白鳥沢との激闘は存分に彼女の胸を踊らせた。いつか機会があれば会ってみたいと思う程。

夜も更け、4人は居酒屋前で解散した。紗代子は白い息を吐きながら、フワフワとした気分でホテルの部屋に帰り着いた。さっさとシャワーだけ済ましてベッドに座ると、携帯にはいつの間にやら黒尾からのメールが返って来ていた。

「何時でも良いんで、終わったらメール欲しいです」と書いてあるそれに、電話をかけてみようかと思い付いた。何故だか無性にあの静かな低い声を聞きたい気分だった。酔っているせいだろうか、それとも呑み会が楽しかったからだろうか。

浮ついた思考をつらつらと頭の中で流しながら、紗代子は深く考えずにボタンをプッシュした。

驚いたのは黒尾である。呑み会ならば返信は遅いだろうと月バリを読んだり、国際試合の録画を見たりした後、もう紗代子からのメールは諦めてそろそろ寝るかとベッドに入ったものの、眠れずにゴロゴロしていた所に着信である。急いで開いた携帯の画面には紗代子の名前。

──え?何で?嬉しいけど何で?何かあった?

黒尾、大混乱である。それでも身体は正直な物で、無意識の内に手は携帯を取って耳に当てていた。

「も、もしもし」

<もしもし、黒尾くん?>

酔っていると分かるフワフワとした声が、電話の向こうから聞こえた。黒尾は衛輔から紗代子はザルであると聞いてはいたのだが、それでも酔うものなのだろうか。

「うん。何かあったんですか?」

<何かないとかけちゃダメ?>

──何だこの可愛い生き物は。

黒尾は片手で目元を覆った。

──歳下を振り回してどうしたいんだこの人は。こちとら、好きって伝えて待ってって言われたから素直に待てしてるのに。何?俺、煽られてるの?手出して良いって事なの?

暴走しかかる思考を大きく深呼吸して止めて、黒尾は「そういう訳じゃないんですけど」と答えた。

「今まで、電話していいか確認してから掛けてたんで、びっくりしたんデス」

<えっと、ごめんね?>

「謝るくらいなら帰って来てクダサイ」

<うん、明日ね>

──全然絆されてくれないじゃん、この人。

意思の強さは衛輔そっくりだ。逆だ、衛輔が紗代子に似たのだ。好きでやると決めた事を苦しみながらもやり通す彼女の細い背中を、衛輔は幼い頃から見ていたから。

「何かあった訳じゃない、ですよね?」

<うん、大丈夫。烏野の皆も良くしてくれるし>

「そりゃ良かったデス」

黒尾の脳裏に月島が送ってきた写真が過ぎる。紗代子はすぐに烏野に馴染んだだろう。そうでなくとも月島とは既に仲良いみたいだし、日向や菅原など人懐っこい連中ばかりだ。

「呑み会も楽しかったですか?誰と行ったんです?武田先生?」

<うん、それと烏養さんと冴子ちゃん。あ、田中くんのお姉さんね。ほら、夏前の合同練習の時に日向くんと影山くんを送って来た女の人。覚えてる?>

「あー、何となく」

確か金髪で、田中に似ていた事は朧気に覚えている。すぐに紗代子と楽しそうに喋っていたのを見た記憶もあるから、彼女も人懐っこいのだろう。

<冴子ちゃんが誘ってくれてね。楽しかったよ>

「そうなんですね」

こういう時は早く大人になりたいと思う。呑んでいる紗代子の姿は、成人しないと見られない。あと2年もあるのだ。

羨望や嫉妬で疼く黒尾の胸中など知らない紗代子は、のんびりと静かに言葉を続けた。

<それで部屋に帰ってきてから、何となく黒尾くんの声が聞きたくなって、電話掛けちゃった。遅い時間にごめんね>

──そういう!トコ!良くないと思います!俺の理性を試してんのかこの人は!

転がり回りたい気持ちを何とか我慢して、黒尾は唸る様に「全然大丈夫デス……」と返事をした。

絶対酔っ払ってる。お願いだから今の会話を明日以降も覚えておいて欲しい。黒尾は切に思った。面と向かって現状でこんな事言われたら死ぬ自信しかない。理性を保てる自信も無い。きっと彼女は忘れたら対面でも言いそうだし。

「でも、そーゆー事言うの、時々にしてください……」

<うん?どうして?>

「俺、爆発しちゃう」

割と切実である。男子高校生をナメんな。

<爆発しちゃうのは困っちゃうねえ>

ケラケラと機嫌の良さそうな笑い声が電話の向こうから聞こえた。

──あ、コレ、絶対分かってねえ。その内身に染みて分からせてやるから覚悟しておけ。むしろその機会をください。

「そうそう、困っちゃうんデスヨー」

<ふふ、黒尾くん、面白いね>

笑い事ではないのである、黒尾にとっては。そんな事、紗代子には預かり知らぬ事なので笑っていられるのだが。

「紗代子サンから電話もらえるのはホントに嬉しいですよ」

<ん、ありがとう。私も黒尾くんとおしゃべりできて嬉し、い……>

「……紗代子サン?」

紗代子の言葉が小さく尻すぼみになって消えた。続いて聞こえてくる健やかな寝息。どうやら寝落ちしてしまったらしい。ずっとこの音声を聞いていたいが、さすがに失礼だろう。

渦巻く欲望を何とか抑えつつ、黒尾は「おやすみなさい、紗代子サン」と柔らかく囁いて電話を切った。

 

気付けば朝だった。携帯を握り締めたまま目覚めた紗代子は、昨夜の事を思い出して青くなりながら赤くなるという器用な技をしてのけてしまった。

──どうしよう……!何て迷惑な事を!というか、そもそも私から待って欲しいと言ってるのにあんな事しちゃ黒尾くんに失礼……!

人寂しくなって甘えたという自覚くらいは、紗代子にだってある。衛輔でも良かったのに電話の相手に黒尾を選んだのは、つまりそういう事だ。

紗代子は上げた頭を再度枕に押し付けた。しばらくそのまま心を落ち着かせ、夜遅くに電話した事についての謝罪のメールを黒尾に送ったのだった。

今日の夕食は烏野メンバーと食べる事になった。昼頃、清水からお誘いのメールがあったのだ。

「紗代子ちゃんと会う機会は少ないから、できるだけ一緒に過ごしたいと思って」

とは、清水からのメールに書かれてあった内容である。紗代子はキュンとした。もし妹がいたらこんな感じなのだろうか。

いつも通り体育館が閉まるギリギリまで自主練習に励み、武田、烏養、紗代子を含めた烏野メンバーは烏養馴染みの定食屋に向かった。本当は居酒屋らしいのだが、今日は食べる量の多い男子高校生の集団が来るため貸切にしてくれたそうだ。ありがたい事である。

テーブルに並べられた料理の数々は、どれも美味しそうで量が多い。『いただきます!』と声を揃え、一斉に箸を付け始めた。

どれもこれも本当に美味しくて、紗代子の箸も多いに進んだ。周りでは誰もが同様で、武田と烏養はちゃっかり酒も呑んでいた。

「紗代子ちゃんはお酒はいいんですか?」

清水がきんぴらごぼうを取り分けながら聞いてくれたが、紗代子は緩く首を横に振った。

「この後帰るから、一応ね」

「晩ご飯の後だと遅くなるんじゃないですか?大丈夫ですか?」

「家の最寄り駅からはタクシー使うから」

「すごい……大人だ……!」

紗代子を挟んで清水と反対隣に座っている谷地が、感動した様に呟いた。一応ね、と紗代子は内心苦笑した。昨夜子供の様に考え無しに電話してしまっているので、内心でも大きい顔はできない。

そういえば「何時頃に帰って来るんですか?」ってメールが来ていたな、と紗代子は連鎖的に思い出した。もちろん送り主は黒尾だ。「高校生は出歩けない時間の予定だから、ちゃんと休んでいてね」と返したが、さて。ちなみにそこから黒尾からの返信は来ていない。それが少し気にかかってはいるが、さすがに会いに来る事はないだろうと紗代子は思っていた。

和気藹々とした夕食を終え、烏野メンバーが駅まで送ってくれる事となった。

武田と烏養に引率される形で皆と喋りながら道を歩いていると、不意に後ろから優しく腕を引かれた。元々最後方を歩いていた事もあって、烏野メンバーから少し距離ができる。

自分の後ろにいたのは、確か──

「月島くん」

「……紗代子さん」

紗代子の全身を自身が作る月影でスッポリと覆い隠す形で、月島がそこに立っていた。その表情は暗くて分かりにくいが、どこか苦しそうに見える。

「どうしたの?」

紗代子の呼び掛けにも、月島は無言のままだ。よく見ると、彼の眉がほんのり寄っているのが分かる。

前を行く烏野メンバーたちは角を曲がったのか、そのおしゃべりの音が遠くなる。

それからようやく、月島はゆっくり口を開いた。

「紗代子さん」

「なあに?」

「紗代子さんは、その、烏野の事をどう思ってますか」

「んー、そうだね、今までの印象を含めて言うと、何をしてくるか分からないチームかな。日向くんが飛ぶのもそうだし、影山くんのトスもいつ見ても凄いし、森然のシンクロ攻撃を取り入れたりして、進化する。白鳥沢も倒したし、どうしたってダークホースの扱いだよね」

「そう、ですね」

自分から聞いてきたのに、紗代子の答えに月島はどこか釈然としない様子だ。恐らく本題はコレではない、と紗代子は察していた。月島がいの一番にメインを持ってくるタイプではない事くらい、付き合いの浅い彼女とて分かっていた。

「月島くんは何が聞きたいの?私で答えられる事なら答えるよ」

紗代子が月島と目を合わせて言うと、彼は奥歯をグッと噛み締めた。

彼女のこのこちらを見透かす様な真っ直ぐな焦げ茶の瞳が、月島は少し苦手で、でもどうしようもなく胸に突き刺さってくる。

「紗代子さん」

「うん」

「…………僕は、紗代子さんのお陰で今の僕があると思っています。貴女が僕を見て、言葉をくれたから」

「月島くん……」

「これからも、僕を見ていてくれませんか」

奇しくも、黒尾と似た言葉を月島は紗代子に伝えた。驚きに目を見張った彼女は、その言葉の意味を瞬時に理解して申し訳なさそうに苦笑した。

その表情で返答を悟った月島は、悔しそうに顔を歪めた。

ほとんど分かった上で伝えた事ではあった。一縷の望みさえ無いだろうと。しかし、このアクシデントの様なタイミングでしか伝えられないとも思ったのだ。よく知るトサカ頭が合宿や合同練習の時に随所で彼女の側をキープしていた事も知っているし、彼女が向こうを時折見ていた事も分かっている。それでも、モヤモヤしたまま春高を迎えたくはなかった。

「月島くん」

「はい」

「ごめんね。……月を一緒に見たいひとは、もう決めてるんだ」

きっと困らせてしまった。彼女の表情を見ればそれは一目瞭然だ。それでも、紗代子は遠回しに優しく月島を突き放した。変に期待を持たせず、それでいて月島が傷つかない様に最大限配慮した言い回しで。

「……そういえば、紗代子さんは小説家でしたね」

「さすが。賢いね」

かの文豪、夏目漱石は「I love you」を「月が美しいですね」と訳した。紗代子はそれをアレンジした訳だ。頭の良い月島なら分かるだろうという信頼の上での言い回しだった。

──それ程長い時間接した訳じゃないのに、どこまで見抜いてるんだ、この人は。

「うるさいです」

「うん、ごめんね。……泣かないで」

「泣いてません」

俯いた月島のその拗ねた様な物言いに、紗代子は苦笑した。

「私はね、月島くん。君の見たままを言っただけでね、そこから抜け出したのは月島くん自身の強さなんだよ」

「……良いんです、僕は勝手に紗代子さんのお陰だと思ってるんで」

いつかに言った言葉を、月島は繰り返した。それが例えただのキッカケだったとしても、紗代子の言葉で気付きを得たのは事実だったから。

分かっていた事だ。彼女の中に、もう既にたった1人がいる事は。だからこそ、このままみすみす帰すのは癪に触った。

「紗代子さん、1つお願いがあるんですけど良いですか」

「うん、何かな?」

「ちょっと僕の隣に来てください」

月島が携帯を取り出しながらそう言うので、紗代子は素直に彼の隣に並んだ。そのまま月島が携帯のカメラを構えて「ハイ、チーズ」と言ったので、紗代子も反射的に笑顔でピースした。ちなみに月島は真顔である。

「その写真、どうするの?」

「まぁ、見ててくださいよ」

月島がニヤッとして携帯を操作した。一昨日も同じ種類の笑顔を見たな、と紗代子が思っていると、月島の携帯が震えた。電話だ。

「もしもし」

<チョット、どういう事なの、あの写真!>

「ハハッ、さすが反応早いですね」

<ちょっとツッキー!?>

月島が耳に当てた携帯から漏れ聞こえてくるのは黒尾の声だ。慌てた様な声音に、そんな変な写真だったかと紗代子は首を傾げる。普通に2人で撮っただけなのに。

<何で2人でいるワケ!?>

「すごい動揺してるじゃないですか、ウケる」

<こっちは笑ってる場合じゃないんですケド!?>

月島が悪どい笑みを浮かべている。どうしようかと紗代子が電話に割り込むか迷っていると、「紗代子さーん!月島ー!あれ、ここにいた!」と元気な声がした。日向だ。

「いつの間にかいなくなってたから、はぐれたかと思いました」

こちらに近寄って来た日向は安堵に笑った。彼へ「ごめんね、探しに来てくれてありがとう」と紗代子が返していると、携帯の向こうから、

<お、チビちゃんの声がする。チビちゃーん!>

と黒尾が日向を呼んだ。ゲッという顔をして携帯から耳を離した月島とは対照的に、日向は「黒尾さんですか?あれ、何で?」と首を傾げた。

<ちょっと色々あってね。そっち、今どういう状況なの?>

「えーっと、皆で晩飯食べたんですけど紗代子さんを駅に送って行こうって話になって、その途中で月島と紗代子さんがはぐれたんで探しに来ました」

<フーン、なるほどねえ>

日向の説明に、黒尾が納得した様な声を出す。そこに先程までの焦りの色は全く見られない。

<じゃあその調子で『皆で』送ってあげてちょーだい>

「?はい、分かりました!」

「皆で」という部分を強調されていたが、日向は特に疑問に思わず元気良く返事をした。当然気付いている月島は面白くないという風に眉を顰めたし、同じく気付いた紗代子は心配性だなぁと苦笑した。

その後、烏野メンバーと無事合流した3人は、何事も無く駅に到着した。月島は若干不貞腐れた様な表情になっていたが、どこかスッキリとしている様にも見える。

「気を付けて帰ってくださいね」

優しく微笑む武田に、紗代子は改めて頭を下げた。

「色々とありがとうございました。本当に助かりました。今度は、東京でお会いしましょう」

「──ええ、また年明けに」

烏野メンバーに賑やかに見送られ、紗代子は改札を潜った。

 

帰宅すると、ちょうど寝る所だという衛輔と行きあった。

「おー、おかえり」

「ただいま。お土産、またリビングに置いとくから食べてね」

「おう、ありがと」

衛輔は紗代子の荷物を彼女の部屋まで運んでくれた。

「ありがとう、もりすけくん」

「良いよ。明日もこっち来るんだろ、早く寝ろよ」

「うん」

紗代子が頷いたのを確認し、衛輔は「おやすみ」と言って自分の部屋へと入って行った。

紗代子は荷解きをしてから風呂へと入ったのだが、今になってじわじわと驚きが心に湧いてきていた。

まさか、月島からそんな風に思われていたとは知らなかった。予想だにしない事だったし、月島からそういう気配が無かったから余計に驚いた。

黒尾の時はそこから彼を意識するようになったが、月島に対してはどうしても弟の様にしか感じられない。やっぱり、違うのだ。

「……ちゃんと、しないと」

大人としてではなく、1人の人間として。

紗代子が自室に戻って来ると、黒尾からメールが来ていた。「もう帰ってますか?」という内容だった。既に遅い時間だ。寝てるように言ったのにな、と苦笑し、紗代子は「帰って来てるよ。早く寝た方が良いんじゃないかな?」と返信した。

帰りの新幹線の中でも使っていたパソコンを開く。紗代子の担当編集者からは既に返事が来ていた。それを読むより先に携帯が震えた。黒尾だろうと予想すれば当たりで、「電話してくれたら寝ます」とあった。電話をすれば更に寝るのが遅くなってしまう。たっぷり練習して疲れている身体は早く休んだ方が良いと、「また明日会えるから、今日はもう寝ようね。おやすみなさい」とメールした。そこからメール数回分粘られたが紗代子が断固として許可しなかったため、黒尾は諦めてくれたらしく「おやすみなさい」と書いたメールが届いて以降は携帯が震える事は無かった。

紗代子はホッと胸を撫で下ろして、パソコンに向き直った。

こうして、紗代子の突発的な宮城遠征は幕を下ろしたのだった。

 

翌日、明らかに隈をぶら下げた両目を瞬かせながら、紗代子は衛輔と一緒に登校した。

今までより明らかに濃い隈に直井にまで心配されてしまったが、紗代子は「ただの寝不足ですから大丈夫ですよ。あ、コレ、お土産です」と笑顔で土産の萩の月を手渡した。

黒尾も心配そうにチラチラと紗代子の方を窺っていたのだが、どうにも声を掛けるタイミングが掴めずにいた。

そうして昼休み。いつの間にやら姿を消していた紗代子の姿を探すが、見付からない。猫又や直井と体育館を出て行ったようには思えなかったため、衛輔や海と手分けして倉庫や水道まで見に行ったがどうしてもいない。もしやと思って2階に上がると、見覚えのあるベージュの髪が床に垂れていた。

「……!」

一気に顔が青くなるのが自分でも分かる。朝から目の下の隈が酷かったから、寝不足な事は分かっていた。だがしかし、まさか。

黒尾は急いで紗代子に近付いて、その顔を覗き込んだ。閉ざされた瞳と濃い隈、そうして──

「ぅ……ん……」

小さく開いた口から漏れたのは明らかに寝息。

「はぁ〜〜〜〜……」

黒尾は安堵に脱力して床にしゃがみ込んだ。

──紛らわし過ぎる……!倒れてるんじゃなくて良かったけども!

「黒尾ー、見つかったかー?」

階下からは衛輔の呑気な声が聞こえてくる。黒尾は顔だけ柵の隙間から覗かせて端的に「寝てる」と伝えた。

「やっぱりなぁ」

衛輔はやれやれと苦笑した。海は「何ともなくて良かった」と安堵の息を吐いた。

階段を降りてきた黒尾は衛輔に、

「どうする、起こした方が良い?」

と聞いたのだが、衛輔は首を横に振った。

「いやあ、ちょっと寝かしといてやって。最近あんまり寝てないっぽいし」

「りょーかい」

心配そうに3年生3人をチラチラと見てくる1・2年生たちに「大丈夫大丈夫、疲れて寝てるだけ」と手を振り、黒尾は己のジャージと昼食を持った。

「紗代子サンの昼飯ってどれ?」

「コレだけど、どうすんだ?」

紗代子の分のおにぎりを黒尾に手渡しながら衛輔が首を傾げた。

「んー、まあ、見張り的な?」

「お前にこそ必要だろ」

「まっ!何て事言うのこの子ったら!」

「クロ気持ち悪い」

「研磨さん酷い!」

「まあまあ」

いつの間にか寄ってきていた孤爪にスッパリ切り捨てられた黒尾は、泣き真似をしながら「皆酷いわ……!」と階段を駆け上がって行った。孤爪は呆れた目で、衛輔と海は笑いながらそれを見送った。

騒がしくして戻っても、紗代子はまだ眠ったままだった。その白い頬にかかる横髪を払ってやりながら、黒尾は横向きに寝転がる紗代子の頭の側に腰を下ろした。決して暖かくない体育館でよく寝れるなあと思いながら、持ってきたジャージを彼女に掛ける。これでとりあえずは風邪をひかない筈だ。

「……ちっさ……」

肩口に掛けたジャージの裾は紗代子の膝近くまで覆っている。以前ジャージを貸した時にも思ったが、やはり小さい。自分が大きいだけかもしれないが、とウズウズしている欲望の気を逸らしながら、黒尾は紗代子のおにぎりを脇に置いてできるだけ音を立てない様に昼食を取った。

黒尾が手持ち無沙汰になっても、尚も紗代子は目覚める気配が無い。以前も眠たそうにしている時はあったが、こんな所で寝る気配は無かった。寝顔を見られたのはラッキーではあるが。

「……さすがにちょっと、心配デスヨー」

黒尾の呟きは、紗代子の丸い頬を滑り落ちた。長いまつ毛の飾る瞼が開かないかと期待してしまう。無意識に伸びた指先が、彼女の米神を、頬を滑り、そうして唇の端でピタリと止まった。

黒尾の脳内で、文化祭の日の教室でのやり取りがブワリと蘇った。未だに鮮明に思い出せる、紗代子の香りと細い腰の感触と、柔い唇の味。

スイッと指先で彼女の小さな唇を慎重になぞる。イケナイ事をしているようで、変に緊張してドキドキと心臓が大きく音を立てている。すると。

「ん……」

はむ、と彼女の唇が黒尾の指先を挟んだ。ビシッと黒尾の全身が固まる。彼女はすぐに唇を離して下向きに緩く丸まったが、彼はそれどころではない。

ドッドッドッドッと先程より余程強く心臓が跳ねている。顔が熱い。ついでに耳も。元気になりそうなアレコレを拳を握り締める事で耐えてから、黒尾は両手で顔を覆って長く長く息を吐き出した。

──もーほんと、何なのこの人……。俺を振り回してどうしたいの……。いや本人無自覚だけど、それにしたってさあ……。

黒尾鉄朗18歳、青春真っ盛りであった。

その後、昼休みが明けてからしばらくして起きて来た紗代子は、青くなって猫又や直井を始め、音駒メンバーに謝って回っていた。概ね彼女の身体を労り、全く怒ってはいなかったが、衛輔だけはキッとした顔で一言「ちゃんと寝ろ」と申し付けていた。紗代子はしょんぼりした顔で小さく頷いたのだった。




第11話です。
烏野見学編終了です。まさかの月島ターン。当初こうなる予定は無かったんですが、ついつい筆の乗るまま書いてしまいました、後悔はしてません!w
隙あらばアオハルをぶっ込んでいってるのですが、ちゃんとアオハルになってるでしょうかね?
キャラ同士のちょっとした会話とかのオマケみたいなのって需要あるんですかね……?オマケはオマケとして纏めた方がわかりやすいですかね、迷いますね。
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