夜久衛輔の姉が青春小説を完成させるまで   作:細雨

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最終話

準決勝も何とか勝ち、決勝のセンターコートに進んだ梟谷は、一林高校に1歩及ばなかった。

雀田も白福も泣いていて、そういえば彼女たちも最後の大会だったのだと実感した。

こうして、今年の春高は終わりを告げた。

そして衛輔はロシアへ旅立った。トライアウトを受けたら戻って来るとの事だったが、おそらく彼は受かるだろうと紗代子は思っている。衛輔のリベロとしての能力は一級品だから。

紗代子は紗代子で、初めての一人暮らしになるため家具や家電を買うのに大忙しだった。父親が乗り気で家電を選んでいたため、紗代子は母親と家具を楽しく選んだ。

新居については、内見に行った物件の内1つが紗代子も母親も気に入ったため、そこに即決した。駅からも近く、スーパーもコンビニも近い、部屋数多めのマンションだ。多分ファミリー向けなんだろうとうっすら思ったが、紗代子は素知らぬフリをした。部屋数はあればある程良いのだ。それだけ本が置けるので。

春高が終われば3年生は引退で、学校自体も自由登校になる。新体制が孤爪たち2年生に引き継がれるため、紗代子はその邪魔にならない様に1月いっぱいでお暇する事を猫又に告げた。

「そうか……寂しくなるな」

「勝手を言ってすみません」

「いやいや、元々こちらもそんなに長くいてくれると思ってなかったからね。色々手伝ってもらって助かったよ。ありがとう」

「こちらこそです。今後も試合は見せてもらおうかと思ってるので、楽しみにしてます」

「おや、これはこれは」

発破かけられちまったなあとカラカラ笑う猫又に、紗代子は深く頭を下げた。

1月最後の土曜日は、音駒の皆で夕食を食べに行く事になった。元々大人組で行く事になっていたのだが、それを知った灰羽が騒いで皆に知れ渡り、灰羽や犬岡にどうしてもと強請られて皆で行く事になったのだ。紗代子が音駒に来る最後の日という事で3年生も顔を出していた事もあり、中々の大所帯になった。

イベント事にはこれでしょ、と全員一致で焼肉となり、練習後に皆で店になだれ込んだ。

焼肉パーティーは大いに盛り上がった。いわゆるお誕生日席は猫又に座ってもらった紗代子は、その横に陣取った。向かいには直井。隣には素早く滑り込んできた黒尾がいる。その向こうには衛輔が座っていた。ちなみに海は直井の隣でニコニコしている。

春高のお疲れ様会と紗代子の送別会を兼ねているためか、猫又と直井、紗代子の前には常に肉が置かれている状況で、それを申し訳なくなった紗代子が肉を焼こうとトングを手に取ろうとすると、海や黒尾がその前にサラッと取って行くのだ。これには彼女もトングを持つ事を諦めざるを得なかった。

「紗代子さん、色々ありがとうございました!」

「こちらこそ、スコアとかルールとか教えてもらってありがとう」

「寂しいですー!また来てください!」

「試合見に行くよ」

「絶対ですよ!」

学生が多いため、早めに会はお開きになり、紗代子は猫又と直井から2軒目の誘いをもらった。

「はい、ぜひ」と頷いて駅へ向かう音駒の選手たちと別れて、少し離れた所に立っている猫又たちの所へ合流しようと紗代子が歩き出そうとした時、その腕がクン、と引っ張られた。

「わ、……黒尾くん?」

長身のトサカ頭、黒尾だ。どことなく寂しげに微笑んでいる彼は、静かに「お願いがあるんですケド」と言い出した。

「大した用事無くても、メールしても良いですか?」

「うん、良いよ」

「電話は?」

「時間がある時なら」

「ん」

納得したのか、するりと紗代子の腕を、黒尾は離した。「またね」と微笑んで身を翻した彼女を、彼はチームメイトから呼ばれるまでずっと見送っていた。

それが学生の間に、黒尾が直接紗代子の姿を見た最後になった。

 

自由登校ながら、黒尾はたまに登校していたし、その時はもちろんバレー部にも顔を出していた。新体制への移行はスムーズで、チームも変に緩む事無く練習できている様だった。そこに心残りは無く、気がかりも無い。

紗代子がいない事だけが、黒尾には何とも言えず寂しかった。メールを送れば返ってくるし、電話もたまにしている。しかし、以前の様に会えない。何やら忙しくしている様で、デートに誘う度に心底申し訳なさそうに断られるものだから、黒尾も誘う頻度を下げたくらいだ。

「あー……会いてえ……」

思わず零れた呟きに、バッと口を手で覆う。ソロリと隣を見ると、孤爪が微妙に呆れた目でこちらを見ていた。

「会いに行けば」

「それができたら苦労しないのよ。紗代子サン、実家住まいじゃん?という事はご両親もいる訳じゃん?……いや、無理だわ……」

さすがにそんな勇気は黒尾には無い。付き合っていないのだから、尚更。

「クロってたまにヘタレだよね」

「研磨さん辛辣!」

「事実でしょ」

「返す言葉もございません……」

黒尾は孤爪の部屋のコタツに突っ伏した。その横で、ひとつ溜息を吐いた孤爪はまたゲームを再開したのだった。

30日にも満たない日数しかない2月など、あっという間に過ぎる。季節は次第に移ろい、昼間は随分と暖かくなってきた。それに呼応する様に桜はその蕾を膨らませ、ちょうど東京の開花宣言が出るか出ないかの頃、音駒の卒業式が執り行われた。

式が終わって外に出てきた学生たちは、各々のグループを作って写真撮影を始めた。特に人気なのは少しだけ咲いた桜の前だ。代わる代わる人が記念撮影していて、無人な事が無い。黒尾も「黒尾」「黒尾先輩」「黒尾くん」とあっちこっちからお呼ばれ放題状態だ。

記念といえば、ボタンやらネクタイやらを欲しがる女子生徒がかなりの頻度で現れていて、黒尾は大分辟易していた。全て断っていたが、中には強者もいて「ボタン貰えないなら、せめて連絡先ください」と迫られた。どうしようかと本気で悩んでいた所に、「黒尾!」と聞き覚えのある呼び声が飛んで来た。

「スマン!呼ばれてるから!」

「あっ!ちょっと!」

これ幸いと名前を呼ばれた方向に行けば、少し離れた校舎の陰に予想通り衛輔の姿がそこにあった。その顔は卒業式に似つかわしくない渋い物だ。

「やっくん、どした?記念撮影でもすんの?」

「それは後でな。着いて来い」

クイッと親指を後ろに向けた衛輔は、黒尾の返事を待たずに歩き出した。特に否やも無いため、黒尾も大人しく着いて行った。

歩いて行くに従って、衛輔がどこに向かっているか黒尾は察した。見慣れ過ぎたくらいの風景だから。何度、この渡り廊下を通っただろう。何度、この水道を使っただろう。何度、あの扉を通ってボールを繋いだだろう。

黒尾が感慨に浸っていると、衛輔が体育館の出入口前でピタリと足を止めた。

「夜久?」

不思議そうに首を傾げる黒尾へ、くるりと振り向いた衛輔は思い切り眉を顰めた顔をしてみせた。

「……ホント、何でお前なんだよって思わない訳じゃねえんだよ」

「はい?」

「でも、しょうがねえかって思った。お前ならって。……紗代姉が幸せそうに笑うから」

「!」

衛輔が何を言わんとしているのか察した黒尾が目を見開く。衛輔はハァ、と大きな溜息を吐いて門番が門を示すかの様に身を引いた。その顔は真剣その物だ。

「行けよ。紗代姉が待ってる」

「……ありがとな」

「うっせえ。泣かしたらロシアから殴り込みに来てやる」

「やっくんならホントにしそう」

「俺はいつだって本気だ。いーから早く行け。あんま待たすな」

「そうね」

微笑み1つ零して、黒尾は体育館の重い扉に手を掛けた。背後で衛輔が立ち去る気配がする。中からは何の音も聞こえない。

黒尾はゴクリと唾を飲み込んで、1度深呼吸してから思い切って扉を開けた。

「くろおくん」

「……紗代子サン」

紗代子が、そこにいた。実に2ヶ月弱振りだろうか、とても久しぶりに会った気がする。

いつも1つに纏めていた髪を背中に流していて、白シャツにラベンダー色のロングスカートがとても良く似合っていた。

垂れたネットの側に佇む彼女は、窓から降ってくる陽光を受けてキラキラと輝いて見える。

「少し久しぶりだね」

照れた様に笑う彼女に、黒尾は何とか頷く事で精一杯だった。緊張で心臓がバクバクと音を立てている。

フラフラと紗代子の前まで来ると、彼女が後ろ手に何か持っているのが分かった。でもそれを聞く余裕は無い。ついに約束の春が来てしまったと、分かっているから。

「黒尾くん、卒業おめでとう」

「あ、はい。ありがとう、ございます……??」

「ふふ、何で疑問形なの」

吹き出す紗代子に、黒尾は頭を搔くしかできなかった。いつもの余裕が取り繕えない。

「黒尾くんに、渡したい物があります」

「は、はい」

「どうぞ。良かったら受け取ってください」

真剣な顔になった紗代子が、その後ろに回していた手を前に回す。その手に握られていたのは1冊の文庫本。表紙には、体育館の床に転がったバレーボールとピンと張ったネット、そして。

「『上を向いて、繋いで』……?」

「ようやく上梓しましたので、1番最初に黒尾くんに渡したいと思いました」

「あ、え、は、はい」

何で敬語なの、とか、何でそんなに怖い雰囲気なの、とか、色々聞きたい事はあったけれど、「1番最初」というワードに黒尾は衝撃を受けていた。

紗代子が目の前の1冊を書き上げるのにどれ程の労力を費やしていたか、黒尾には想像する事しかできない。しかし、例えば宮城合宿の夜や練習中の体育館の2階で、彼女は目をキラキラさせながら必死にパソコンを向かい合っていた事は知っている。突然宮城に行っていた事を考えると、知らない内に似た様な事をしていても不思議ではない。黒尾は、彼女の土曜日以外の時間をほとんど知らないのだから。

それでも、紗代子は大切な1番に黒尾を選んでくれた。

「……ほ、ホントに、良いんですか……?」

「もちろん。君がいいです」

何故だか泣きそうになって、キュッと唇を噛んで耐えた黒尾は、慎重にその本を受け取った。普段本はあまり読まない。嫌いではないが、その時間は全てバレーに当ててきた。けれど、今手の中にある本は不思議な吸引力を持って黒尾を惹き付けていた。紗代子が書いた物だからかもしれない。

「表紙、捲ってみてくれますか」

「うん」

言われるがまま、優しく表紙を開く。そこに現れた言葉に、黒尾は目を見開いた。

「『本著を書くにあたって多大なご協力をいただいた音駒高校及び音駒高校バレー部、そして全てのバレーが好きな方々に感謝をこめて』って、コレ……」

「うん、皆の事です。黒尾くんが、もりすけくんが、音駒の皆が楽しそうに一生懸命バレーをしていて、それを見る事ができたから、私はこの物語を書く事ができました。君たちが繋いでくれたバレーの物語です。私に、これを書かせてくれてありがとう」

「俺たちが……繋いだ……」

「そうだよ」

──君たちが繋いでくれた、ひとつの成果だよ。

呆然と手の中の本を見つめる黒尾に、紗代子は優しく頷いた。その顔は先程の真剣さを緩ませた柔らかい物になっている。内心はずっとドキドキが止まらない状況だが。

献本を家族含めて人に渡す事など、最初にデビューが決まった本以来だ。その上、黒尾が受け取ってくれる保証も無かった。

黒尾が扉からその姿を見せた時も凄まじい緊張だったが、本を差し出した時はその比ではなかった。足が震えてしまって情けなかったけれど、何とか表面上は取り繕った。大人なので。

しかし、これからもっと緊張する言葉を言わなければならない。紗代子は大きく深呼吸して腹を括った。衛輔にも協力してもらったのだ、日和る事はできない。

「黒尾鉄朗くん」

「は、はいっ」

「好きです」

「エッ」

黒尾が赤くなってビシッと固まったのが分かる。しかし、構わず紗代子は言葉を続けた。今止まったら、緊張と照れから伝えられなくなってしまいそうだから。これ以上無い程熱い頬にも、構ってなんていられない。

「バレーをしている黒尾くんも、キャプテンらしく後輩に指導している黒尾くんも、孤爪くんやもりすけくんとじゃれ合う黒尾くんも、全部。君しか見えなくなるくらい、どんな歓声の中でも君の声が1番聞こえてしまうくらい、君が好きです。これから何者にでもなれる、可能性しかない君を縛ってしまうとしても、私の側にいて欲しいのです。その代わり、必ず幸せにする努力をします。どうか、私の恋人になってくれませんか」

何日も前から、どう言おうか、どう伝えようか、たくさん考えたけれど、結局本人を前にすると頭が真っ白になってしまって、思い付いた言葉を並べ立てるしかできなかった。これでも一応言葉のプロなのに、と紗代子は恥じ入ったが、次の瞬間にはそんな事どうでもよくなっていた。

「く、黒尾くんっ!?」

「あ……?」

ホトホトと、それは自然の摂理かの様に黒尾の頬を伝っていた。泣かれた、と紗代子は大慌てだ。

嫌だったのだろうか、それとも──今更遅かった?

「ごめ、ごめんね、嫌だった?っていうか、今更何だよって話だよね、ごめんね」

「ち、違くて……その、あーもう……俺かっこ悪……」

黒尾は本を片手で持って、空いた手で涙をゴシゴシと拭った。目が赤くなってしまう、と紗代子は思ったが、下手に刺激できずにオロオロしながらも黙って見守るしかできない。

はあ〜〜、と大きな息を吐いた黒尾は、そのままガバリと紗代子に抱き着いた。

「く、くろっ、んっ」

焦って名前を呼ぼうとした紗代子の唇を、黒尾のそれが塞ぐ。ちゅ、ちゅ、と何度も口付けてから、彼はようやく紗代子の唇を解放した。

「……嬉しい」

「黒尾くん……」

泣きそうに嬉しそうに微笑む彼から、紗代子は目が逸らせなくなった。その黒の瞳は彼女だけを見つめていて、甘やかに強い光を湛えている。

「俺も、紗代子サンが大好きです。今更なんかじゃない。貴女以外いらないくらい、貴女が欲しい。これから先ずっと、紗代子サンの1番は俺がいい。俺だけ、見てて。幸せになるには、紗代子サンがいないと嫌だから」

「……黒尾くん」

「はい」

「君も、真っ赤になる事、あるんだね」

「今そーゆー事ゆっちゃうの!?」

「ごめんね、可愛くてつい」

「も〜、ホントそーゆーとこですって……」

顔を真っ赤にしながらも唇を尖らせていじけた表情になる黒尾に、紗代子は「もう1個、良かったら受け取って欲しい物があるんだけど」とスカートのポケットを探った。取り出したのは銀色の鍵。

「コレ何?」

「私、一人暮らし始めたの」

「えっいつ!?」

「春高終わってすぐくらい。それで、良ければこの合鍵、黒尾くんに受け取って欲しいなって」

「そ、それって、もしかしてどうせ、」

「違います」

「アッハイ」

黒尾の期待は物の見事に紗代子にスッパリ切られてしまった。さすがに未成年と同棲する訳にはいかない。大人なので。

「でも、好きな時に来ていいよ」

「泊まりは?」

「えっ」

そこまで考えていなかったのか、紗代子の顔が赤く染まる。立場逆転だ。黒尾とて、振り回されっぱなしは性にあわない。学生といえどアスリートは皆負けず嫌いなので。

「ね、紗代子サン、恋人同士なら、お泊まりもありデショ?」

「え、え〜っと……」

黒尾の視線から逃れる様に明後日の方向に顔を向ける紗代子の顎を取り、こちらに向かせる。ダメ押しに細い身体に回した腕に力を込めれば、ほら、もう逃げられない。

「紗代子サン、ダメ?」

意識して上目遣いして可愛子ぶって見せれば、紗代子はウッと痛い所を突かれた顔になり、視線をウロウロとさせた後、観念した様に「たまになら」と了承した。言質さえ取ってしまったらこっちの物である。

「ん、ありがと」

紗代子の顎から手を離した黒尾は、その手で彼女の持つ鍵ごとその細い手を握り込んだ。お互いの手が熱くなっているのか、鍵の冷たさで分かる。

「紗代子サン、ちゅーしていい?」

「で、でも、もうすぐもりすけくんが……」

「今、他の男の名前出さないで」

「んんっ」

弟にさえ嫉妬してしまう自分に、彼女は呆れるだろうか。でもそんな事は今は考えられない。彼女から確実な言葉を貰えた上に、家の合鍵までくれたのだ。これが浮かれずにいられるかという話だ。

「……ん、ふ……んっ……」

紗代子の唇は黒尾にとって毒になる程甘い。まだ中に入れてくれない唇の扉をノックし、時に甘噛みし、舐め上げる。甘くて甘くて、頭がクラクラしてくる。もう少しだけ、もう少しだけ。そうやって言い訳するかの様に心の中で呟きながら、黒尾は彼女の唇を思う存分堪能した。

「ん、は、くろ、おくん、も、もう……」

苦労して顔を離した紗代子が息も絶え絶えに中止を訴えると、黒尾は甘さでどろどろに溶けた声音でこう要求した。

「名前」

「え?」

「名前で、呼んで」

「……て、てつろう、くん……?」

恐る恐るという風に紗代子の口から紡がれた自分の名前に、黒尾はぶわりと喜びが爆発した。今すぐにでも押し倒したい。ここが自分の部屋であれば良かったのに……!

「俺、敬語無しでもいい?」

「い、いいよ」

「紗代子サンじゃなくて、紗代って呼びたい」

「いいよ」

「もっかい、ちゅーしたい」

「いい、あ、だ、ダメですっ」

釣られかけた紗代子から慌ててダメ出しされ、黒尾はもう少しだったのにと内心舌打ちした。いやでも無理。我慢できない。

黒尾が衝動のままに再度紗代子の顔に己のそれを近付けた、その時。

「遅い!」

バァンッ!と扉を荒々しく開けて現れたのは、眉を限界まで顰めた衛輔だった。

「もりすけくん!」と更に赤くなった紗代子は、慌てて黒尾から距離を取った。それに構わず、衛輔はズンズンと黒尾に近付いて目にも止まらぬ速さで彼の尻に蹴りを炸裂させた。

「いってえ!!」

非常に良い音が体育館に響いたし、ひょこっと開いた扉から顔を出した海は全く止めなかったし咎めもしなかった。

「バレー部で記念撮影すんぞ!ったく、黒尾のせいでどれだけ待たされるんだ」

「ご、ごめんね、もりすけくん、海くんも」

「紗代姉は悪くないから気にすんな」

「そうですよ」

「俺のせい!?」

「「そりゃそうだろ」」

「そこでハモらないでくれますー!?」

衛輔と海に促され、黒尾が先に歩き出す。手は繋がれたまま。だから、紗代子は軽くその手を引いた。

「?紗代、どした?」

もう慣れた風に呼んでくる黒尾に、紗代子は少しだけずるいなと思った。こっちは全然慣れないしいっぱいいっぱいで、歳上のアドバンテージで何とか対応しているというのに。だからそう、ほんの少しだけでも余裕を無くして欲しいと考えたのだ。

「コレ、ちょうだいね」

「エッ」

するりと解いた指を、振り向いた黒尾の首元へ素早く伸ばす。鍵と本で彼の両手が塞がっている事を良い事に、防がれないと踏んだ紗代子の策略勝ちだった。その証拠に、彼女の手の中には黒尾の赤いネクタイがしっかり握られている。

「え、ど、え?」

混乱している黒尾の目の前で、彼女は手早く自分のシャツの襟部分にネクタイを通して器用に結んで見せた。

「どう?似合う?」

「ちょ、もー、はあ〜〜〜〜っ」

黒尾が鍵を握り締めた拳を額に当てて、大きく息を吐きながら天を仰いだ。

「……似合い過ぎてやばい。可愛い。何でここは俺の部屋じゃないんだよ」

「え、えっと、黒尾くん、大丈夫?」

「名前」

「てつろうくん」

「ん」

顔を紗代子の方に戻した黒尾は、満足そうに頷いた。彼は鍵を大事そうに制服のジャケットの胸ポケットに収め、改めて紗代子に手を差し伸べた。

「紗代、可愛い。すごく似合ってる。俺と一緒に、俺のネクタイ付けて写真撮ってくれる?」

「うん!」

紗代子は満開の笑顔でその手を取った。

写真はあればある程良い。それをキッカケにそこに籠る様々な記憶を思い出せるから。

それは例えば、バレー部の集合写真の時に紗代子も映る様皆から誘われて彼女が感動の涙を零した事や、黒尾と紗代子が初めてツーショットを撮った事、黒尾の父親や祖父母に紗代子が交際の挨拶をして黒尾を驚かせた事だったりする。

そういう思い出を、これから繋げて行くのだ。彼と一緒に。まるでバレーの様に。

紗代子は横を歩く黒尾を見上げた。不思議そうに彼が首を傾げる。

「てつろうくん、大好きだよ」

彼は切れ長の目を緩ませて、心底幸せそうにふにゃりと笑った。




第17話、最終話です。

大人として、大人と子供の線引きを最初に示したからには卒業まではせめて待ってもらわないと、となって春の約束となりました。
甘さとアオハルをぶち込んでみたのですが、どうでしょうか?
黒尾の可愛さとかっこよさと色々を詰め込めてますでしょうか?
タイトル通り、この物語はこのお話で最終となります。

が!

原作は2021年まで描かれているので、このシリーズの続きとなるシリーズも書きます!
まだ書きたいエピソードめっちゃあるのでw
時系列はバラバラになるかもでゆっくり更新なのですが、ご了承ください。
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