夜久衛輔の姉が青春小説を完成させるまで   作:細雨

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第2話

5月3日、音駒高校バレー部は、真っ赤なジャージで東京駅の一角に集まっていた。高校の最寄り駅で集合してからここまで移動してきたのだが、新幹線に乗る前にトイレを済ましたり、必要な人間は飲み物を買ったりするために留まっているのである。

「全員集合したかー?行くぞー!」

直井の号令を合図に、ぞろぞろと東京駅構内を移動し始める赤の集団。

「うおおっ……!俺、新幹線初めてっ!!」

「え……まじで……」

「えっのっ乗った事あるんスか!?」

「普通にある……」

「あるでしょ」

「あります!」

「紗代子さんも!?」

「うん、あるよ」

「え〜……」

皆、遠征だが遠足でワクワクしている小学生の様なテンションでいて、紗代子も微笑ましく思った。

「でも宮城は初めてだな〜。烏野ってどんなとこかな。仙台しか知らないや」

「おい、まとまって歩け。学校じゃねえぞ」

ぞろぞろ歩いて行く中で、犬岡を始めとする一部がおしゃべりに夢中になって少し輪から外れそうになったところに、黒尾が目敏く注意した。「スンマセンッ!!」と謝って急いで元の集団に戻り、全員揃って新幹線に乗り込んだ。

「猫又先生、隣に座っても良いですか?」

「おお、もちろん。むしろこっちで良いのかね?」

「ええ。お話も伺いたいですし」

「やれやれ、仕事熱心な事だ」

紗代子の旅行鞄やカメラ等を入れた四角い鞄は、直井や犬岡が率先して上の荷台に上げてくれた。力仕事をしてもらえるのは助かるなぁと紗代子が思っている向かいの席で、出遅れた黒尾がほぞを噛んでいたのは孤爪のみぞ知る事だった。

東京駅を発車する音が窓越しに響き、ゆっくりと車体が進み始める。紗代子は駅で購入したコーヒーを1口啜った。

「──遠征最終日、烏野高校と練習試合ですね」

「そうだな」

「楽しみですか?」

唐突に話し出した紗代子に、猫又は苦笑した。

「楽しみというより、ちと心配だな。烏野との事は知ってるかね?」

「正直あまり。因縁があって、昔は交流が深かったとだけ」

小夜子の言葉に、猫又は「そうか」と頷いた。周囲では音駒の部員たちが賑やかに喋っているが、2人がいる空間は静かだ。

「烏野の烏養って奴が俺と学生の時からずっと競い合っててな、それで2人とも監督になったものだからそれが続いてるのさ。でも……」

猫又はそこで1度言葉を切って、フゥ、と息を吐いた。

「1回監督を引退した烏養がまた復帰したって聞いて胸踊ったのも束の間、すぐぶっ倒れたって聞いてね……。次の監督の話も聞かねえし、今の烏野には指導者がいない筈だ。どうなってるやら……」

「熱い先生はいるみたいだけどね」と猫又は苦笑する。

指導者がいないという事は、部員だけで練習を組んで行っているという事だろうか?もちろんできない事はないかもしれないが……、と紗代子は少し暗い顔になった。導き手がいないというのは、まだ学生である部員たちにとって不安でしかないだろう。

「その先生から随分と長い事熱いお願いをされてね、仕舞いにはこっちに直接来るなんて言い出したのさ」

「宮城からですか」

「そうそう。面白いだろう?」

機嫌良さそうにそう言う猫又は、かなり烏野のその先生の事を気に入っているらしい。ガッツがあるタイプが好きなのかもしれない。

紗代子が猫又から鵜飼元監督との過去の話等色々聞かせてもらっている内に、新幹線は宮城に到着した。

遠征中は烏野総合運動公園の合宿所を拠点とすると聞いていた。2階建ての白い外観の建物まで全員で移動して来た筈なのだが、そこで事件が起きた。

孤爪が行方不明になったのだ。いつの間にかあのプリン頭が消えていて、犬岡や芝山は顔を真っ青にさせていた。

「ど、どど、どうしましょう!?」

「俺が後ろまで気を配っていれば……スミマセン!」

「あー、落ち着け落ち着け。多分携帯見ててどっか曲がるトコではぐれたんだろ。逆に辿って虱潰しで探すぞ」

『うっす!』

合宿所前で右往左往する1・2年生をサッと落ち着かせ、的確な指示まで出す黒尾の姿はまさにキャプテンという名にふさわしい。猫又も直井も彼らを見てウンウンと頷き、合宿所にいる構えのようだ。

自分も探しに行くべきかと紗代子が申し出ようとした時、黒尾がくるりと彼女の方を向いた。

「紗代子サンは監督たちとここにいてもらえますか?そんで、研磨が自力でここに辿り着いたら俺に連絡ください」

「分かった」

紗代子が頷いたのを確認し、黒尾は荷物を玄関に置いて先に歩き出した部員たちを追って行った。

「さて、俺は公園の管理事務所に挨拶してくる。頼んだぞ」

「はい!」

「分かりました」

猫又が去ると、紗代子は玄関に置いてあった鞄を両肩に担いだ。

「直井さん、先に荷物入れちゃいましょう。その後換気とちょっとした掃除をしていれば、皆戻ってくるでしょうし」

「あ、うん、そうですね」

自分たちの分含め、荷物を全てそれぞれの部屋に運び込んだ後は、直井と紗代子は手分けして掃除機をかけたり窓を開けたりと合宿所を綺麗にした。

「戻って来ませんねぇ」

「よっぽど遠くまで行ってしまったんでしょうか?」

「いや、研磨に限って動き回る事は無いと思いますよ。何せ面倒くさがりな所があるので」

直井はそう言って苦笑した。それへ「確かに」と同意した紗代子は、玄関で靴を履いた。

「どこに行かれるんですか?」

「ちょっと近くを1周して来ます。周りがどんな所かも見ておきたいですし、孤爪くんがすぐ側まで来てたら見つけてあげられますし」

「分かりました、お願いします」

うん、とひとつ頷き、紗代子は扉を押し開けた。

その後、猫又が合宿所に戻って来てから数分後、無事孤爪を発見した黒尾が捜索に出た部員全員と共に戻って来た。

「あれ、紗代子サンは?」

「すぐ戻るって言ってたんだけどな……、あ!」

「ごめんなさい、ちょっと遅くなってしまって。あ、孤爪くん、見つかったのね、良かった」

玄関で猫又と直井に出迎えられた黒尾が紗代子の行方について聞いた時、部員たちの後ろから当の本人が顔を出した。両手に大きなビニール袋を引っさげて。

「紗代子さん、それは?」

猫又の問いに、紗代子はビニール袋2つを直井に手渡しながら「お弁当と飲み物です」と答えた。

「お昼ご飯食べてから移動の予定だったから、もし孤爪くんの捜索に時間が掛かっても大丈夫なように買ってきたんです。必要無かったかもしれないですけど」

「いやいや、ありがとうございます!」

苦笑した紗代子に、直井は慌てて礼を言った。孤爪の迷子は何も初めてではなかったというのに、そこまで気が回っていなかった。もしかしたら、久々の因縁の対決が実現する事に知らず緊張しているのかもしれない、と直井は気付いた。

「とりあえず、飯食うか」

猫又の言葉に各々返事をして、建物内にある食堂へと向かった。

皆が席に着いて弁当と飲み物が行き渡ったのを確認し、「食べる前に」と直井が立ち上がって話し出した。

「この弁当もそうだが、皆の荷物を運んでくれたのも、この合宿所の掃除をしてくれたのも紗代子さんだ。お礼を言うように」

『あざっス!』

「直井さんもしてくれたのに……」

「いーんだよ、受け取っておきなさい」

「分かりました」

猫又のいなしに渋々紗代子が頷いたところで、昼食がスタートした。

ちなみに紗代子が買ってきたのは唐揚げ弁当で、しかもチェーン店ではなく個人経営の物だったため唐揚げがかなり大きくサクサクで、食べ盛りの男子高校生には大好評だった。

昼食が終わってから片付けを行い、一堂は槻木澤高校まで移動した。今日から連日練習試合を組んでいるため、中々ハードなゴールデンウィークになりそうだと誰もが予感した。

 

予定時間いっぱい練習試合を行い、疲れで足の重い部員たちを何とか合宿所まで連れて行き、直井は彼らに風呂へ行くように指示した。

「さて、直井さん、手伝ってもらって良いですか?」

「もちろんです!」

食堂に移動した大人組の中で、紗代子と直井はキッチンに立っていた。エプロンを着けた紗代子の申し出を、彼女にエプロンを借りた直井はやる気満々で引き受けた。

「俺は手伝わなくて良いのかい?」

「だ、大丈夫です!俺が頑張りますんで!」

椅子に座って愉快そうに茶々を入れる猫又に直井が慌ててお茶を出し、キッチンにとんぼ返りした。

「何からしましょうか?というか、何を作るんですか?」

「今日は時間が少ないので、サッと作れる物にします。野菜炒めとお味噌汁です。直井さんは人参の皮剥きお願いして良いですか?」

「分かりました」

紗代子は弁当を買いに行った際にスーパーにも寄っており、必要な食材と調味料を購入していた。余れば持って帰ったら良い、と彼女は自費を出していたのだが、猫又と直井は経費で落とすよう説得したという場面もあった。

直井が合宿所に備え付けてあるピーラーで慎重に人参の皮剥きをする間に、紗代子は米を研いで炊飯器にセットした上に大根の桂剥きとカットまで済ましていた。

「紗代子さん、人参終わりました!次はどうしますか?」

「じゃあ、ピーマンの種を取り除いてください」

「了解です」

直井が手に引っ付くピーマンの種に苦戦している間に、紗代子は人参や肉をカットして鍋で炒め始めた。ようやく直井がピーマンの中身を綺麗にしたところで紗代子は鍋に水を投入してから、そのピーマンを受け取った。

「直井さん、お皿出してもらって良いですか?だいぶ上のほうにあるんですけど」

「大丈夫です、届きます」

「ありがとうございます、お願いします」

紗代子の身長では届かない食器棚の上段から直井が平皿やお椀を人数分取り出している後ろで、紗代子は鍋を煮込みながらフライパンで野菜炒めの調理を始めた。

ご飯が炊ける頃には味噌汁も野菜炒めも仕上がっていて、白米の量が多いため直井にご飯のひっくり返しを頼んだ紗代子は味噌汁の味の確認をしていた。

大人組のクッキングタイム──ほぼ紗代子が1人でこなしていたが──を猫又がニヤニヤしながら見守っていると、ドヤドヤと風呂上がりのバレー部員たちが食堂に流れ込んで来た。

「腹減ったー!」

「汗かいた後のお風呂って気持ち良いよね」

「分かります海さん!」

「あ、紗代姉!」

衛輔がキッチンにいる紗代子に気付いて声を掛けると、さっきまで機嫌良く喋っていた山本が一気に固まった。

「良い加減慣れろー」

と衛輔が意地悪そうに笑って言うが、山本は「あっハイ」としか返せなくなっていて、衛輔は更に笑っていた。

「おーい、お前ら、来たなら手伝え手伝え」

「ういーっす」

ヒョイッと顔を出した直井に急かされ、部員たちは皿に盛られた野菜炒めとお椀にたっぷりの味噌汁をそれぞれ自分の分を取って席に着いた。ご飯は紗代子がよそった端から芝山と犬岡が素早く配膳した。

「紗代子さんに感謝しながら食べるように!」

『いただきますッ!』

「はい、どうぞ」

さすが運動部というべきか、あっという間に無くなったおかずとご飯に紗代子は思わず笑ってしまった。

「いや、さすがですね。作り手冥利に尽きる食べっぷり」

「そりゃあ紗代子さんのご飯が美味しかったからだろうねぇ。じじいの俺でも白飯をお代わりしたくらいだ」

「ありがとうございます」

部員たちが寝泊まりする大部屋に引き上げた後、片付けは紗代子が引き受けて猫又と直井には先に風呂に入ってもらった。最後の方が気楽に入れるし、1人の時間も好んでいたからだ。

「あ、紗代子さん、もう片付け終わったんですね……」

紗代子が食器洗いを終えてテーブルを拭き上げた頃、直井が食堂に顔を出した。「間に合わなかったかぁ」と頭を搔く直井に、「お気遣いありがとうございます。明日は手伝ってもらうかもしれません」と紗代子は返した。

「ぜひ頼ってください。あ、猫又先生が、明日からは毎日呑みに行きたいって言ってたんですけど、紗代子さんはお酒呑めますか?」

「ええ、嗜む程度には。ぜひお供します」

「良かったぁ」と安堵した直井が風呂が空いた事を伝えて食堂から去ると、紗代子も2階の自分に宛てがわれた部屋へと移動した。上階の1番奥が彼女の部屋になったが、向かう途中で部員たちが寝る大部屋の前を通ると中から賑やかな声が漏れていた。

大きい声は山本くんだな、こっちの声は芝山くんかな、と予想しながら部屋に辿り着き、紗代子は手早く風呂の準備をして階下に向かった。

風呂場は場所が場所なだけに広く、紗代子はこの空間を独り占めできるのが何となく優越感を覚えた。

ゆったりと足を伸ばして風呂に浸かりてしっかり温まってから、のんびりと部屋着を着て髪を乾かした。ドライヤーまで設置してあるのは助かった。その分荷物が軽くなる。

さてもうひと仕事、と紗代子は洗濯物を入れた鞄を抱えて洗濯室へと向かった。幸い、紗代子でも操作方法の分かる洗濯機と乾燥機がそこには設置してあり、部員たちや猫又、直井に入浴の際に纏めて置いてもらっていた彼らの衣服と自分の服を全て洗濯機に放り込んでスタートのスイッチを押した。すぐに洗濯機がブォンブォンと低い音をたて始めたのを確認し、紗代子は一旦部屋に戻ってノートパソコンを小脇に抱えてからまた洗濯室に取って返した。

壁際に置いてあるベンチに腰掛けて、スッ……と折り畳まれたパソコンを開いて電源を入れる。完全に立ち上がるまでの少しの時間に、紗代子は脳内で今日1日の出来事を反芻していた。そうして、真っ白のページを呼び出した彼女は、キーボードにその細い指をセットした。

黒尾がその音に気付いたのは偶然だった。室内の部員たちは半分程自分の布団にくるまっており、孤爪はとっくに夢の中。なんとはなしに携帯を眺めていた時に、ふと、どこからか低い音が聞こえてくるのに気付いた。

「あれ、黒尾どっか行くのか?」

「ちょっとねー。やっくん、先に寝てて良いよ」

「言われなくても、寝たい時に寝る」

「そりゃそーだ」

芝山と何事か喋っていた衛輔が1度顔を上げたが、黒尾の言葉にヒラヒラと手を振った。黒尾はそんな衛輔の態度に、笑いながら部屋を出た。

廊下に出ると、すぐに音は階下から聞こえる物だと分かった。静かに階段を下り、聞き覚えのある低い音を追って歩みを進めると、洗濯室から明かりが漏れている事に気付いた。黒尾が意を決してソロリと中を覗くと。

「……紗代子サン?」

ベンチに腰掛けてひたすらパソコンのキーボードを叩いている紗代子の姿が、そこにあった。ポツリと彼女の名を呟いた黒尾の声にも気付かず、彼女はひたすら画面と向かい合っていた。その横顔は真剣その物で。

「洗濯……いや、乾燥機の音か」

視線を横に振ると、絶賛稼働中の乾燥機が1台。直井からは明朝洗濯を行うと聞いていた黒尾は、紗代子が入浴後わざわざ洗濯してくれているのだとようやく察した。その証拠に、彼女の髪はまだ湿り気を帯びている。

いつもより緩く括られた髪がハラリと横顔にかぶり、紗代子がそれを耳に掛けた。その動作にドキッとした黒尾は、何故か慌てて出入口の陰に身を隠した。

「……あ〜……どうしよ……」

この後服を分けたり畳んだりする事は容易に予想できる。それを手伝いたい気持ちはもちろんあるが、集中している所に入るにしても何かしら理由が欲しい。しかし今、自分は何も持っていない。黒尾は忍び足で大部屋に戻った。

次に彼の姿は食堂にあった。ここには自販機もあるため、飲み物が買えるのだ。確か新幹線ではカフェオレを飲んでたな、とボタンを押し、案外大きな音を立てて落ちてきた缶に少し驚きつつも手に持って洗濯室へと再度向かった。

今度は思い切ってヒョイッと中を覗くと、紗代子はまだキーボードの上で指を走らせていた。乾燥はまだ終わらない。

「紗代子サン」

「!……あ、黒尾くん」

紗代子がふぅ、と息を吐いた所を見計らって黒尾は彼女に声を掛けた。驚いて振り向いた紗代子は、声の主が黒尾だと気付くと表情を緩めて「こんばんは」と言った。

「2階は静かだったから、もう寝てると思ってたよ。どうしたの?」

「んー、差し入れ、に来た感じです」

「はいこれ」と黒尾が渡した缶コーヒーを受け取ってまじまじと見た紗代子は、

「私がカフェオレ好きだって、よく知ってたね」

「東京駅で買ってたから、そうかなぁって。あの、隣、座っても良いですか?」

黒尾が緊張気味問うと、紗代子は横にズレながら「良いよ」と頷いた。彼女が退いてできたスペースに、黒尾はおっかなびっくり腰を下ろした。そしてチラッとパソコンの画面を横目で見ると、白いページに何やら文字が沢山打ってあるのが確認できた。

「仕事中ですか?お邪魔でしたかね?」

「キリが良い所だったから大丈夫。コーヒー、ありがとうね」

「あ、イエ」

紗代子はプシュッとプルタブを開けると中身を1口あおり、もう一度ふぅ、と息を吐いた。

その様子を黒尾がぼーっと見ていると、不意に紗代子が彼の方を振り向いて思い切り目が合った。そのまま彼女はじぃっと黒尾を見る。

「な、何ですか?」

好意を持っている相手から穴が空く程見つめられて動揺しない人間はいない。黒尾は表面上何とか取り繕って笑顔を浮かべ、首を傾げた。

「……黒尾くんは、どう思ってる?」

「エッ!?な、何を!?」

「音駒のバレーについて」

「あ、ああ、バレーね……」

狼狽えながらも、何とか黒尾は考えた。自分たちのバレー、そしてチームについて。

「──研磨は、見ての通り省エネなので1年の頃はよく先輩に誤解されてました」

「うん」

「でも、俺たちはアイツの凄さを知ってたから、進級して猫又先生が帰ってきて、『俺たちのバレーができる』って思いました。そして今、俺たちは俺たちの『繋ぐバレー』をできてると思ってます。まだ全然完成してないけど、これからリエーフたちがもっと上手くなったら、音駒は変わると思います。でも……」

「でも?」

黒尾は1度言葉を切り、一瞬目を伏せてから天井を仰ぎ見た。昼間と違って降りた髪が、彼の目元を紗代子から隠す。

「欲を言うなら、……研磨がバレーを悪くないって思えるように、なればいいなと思います」

「嫌々やってるようには見えないけど」

「嫌じゃないとは思います。それは分かるんです。でも、『楽しい』ってアイツの口から聞いた事無いんですよね」

ハッとした紗代子の視界の中で、黒尾の口元に何とも形容しがたい笑みが浮かぶ。

「黒尾くん……」

「あ、別にそれが悲しいとかじゃなくて、何ていうか、そうなればいいなぁというか、まぁ、そんな感じデス」

最後は紗代子の方を向いてワタワタと締め括った黒尾が、気まずげに視線をそらすが紗代子は何も発しない。洗濯室に数秒乾燥機のガタガタという音だけが響いていた。

あまりの沈黙に耐え切れず、ソロリと紗代子の方を向きかけた黒尾は驚きで飛び上がる事になった。突然彼女がキーボードをとても早いスピードで叩き始めたからだ。

「さ、紗代子サン……?」

呼び掛けに返事は無い。集中し過ぎて、こちらの声が聞こえていないのだろう。黒尾は邪魔しないようにそっと息を吐いて、背中を壁に預けた。

ひたすら文字を打ち続ける紗代子の横顔を、なんとはなしに見つめる。

さっき自分が口にした言葉を頭の中で反芻して、黒尾は不思議な心地を味わっていた。

あんな事、孤爪本人はもちろん、チームの誰にも言った事が無かったからだ。しかも明確に自覚していた訳でもない。そんな思いを、出会って1ヶ月程の紗代子にはするりと言葉にできた。彼女の、絶妙なタイミングで入る穏やかな相槌のせいだろうか。

視線の先の紗代子は、瞳をキラキラさせてパソコンと向かい合っている。楽しそうに目を輝かせる彼女から、黒尾は視線をそらせなかった。ピンと張り詰めた空気を纏いながら、その表情は実に楽しそうで。煌めく瞳がこちらを向かないかと仄かに希望を抱くが、それが叶えられない事も黒尾は理解していた。

何故なら、彼女は取材のために音駒に来ているからだ。ずっと真剣に見ていてくれているのも、色々と気遣ってくれているのも、全て小説のため。……決して自分たちの、自分のためではないのだ。

勝手に期待して勝手に落ち込んでいる。とんだブーメランだと黒尾が自嘲した時、乾燥の終了を告げるブザーが鳴った。

ハッとして顔を上げた紗代子が、申し訳なさそうに「急におしゃべりを放り出してごめんね」と謝った。それへ「いえっ!全然大丈夫です!」と慌てて黒尾は首を横に振った。

「仕事ですもんね。あ、洗濯物畳むんですよね、俺手伝います」

「え、いいよいいよ。疲れてるでしょ?早く寝た方が良いと思う」

「大丈夫です。元々そのつもりで来たんで」

紗代子の制止を振り切るように立ち上がり、黒尾は乾燥機の蓋を開けて固まった。

目の前には、洗濯ネットに入っているものの明らかにキャミソールと分かるシルエット。

黒尾はギギギ……と音が鳴りそうな程ぎこちない動きで、傍らの紗代子の方へと顔を向けた。

「あ、あぁ〜……えっと、紗代子サンの洗濯物から出してもらった方が良いかなぁ、なんて……」

「あ!そうよね、気を遣わせてごめんね」

珍しく慌てながら自分の洗濯物を持っていた鞄に詰め込んだ紗代子に、目尻を少し赤くした黒尾は「だ、大丈夫です」と返事をした。

内心は全く大丈夫ではないが、そこは男子高校生のプライドで表面上は耐え切った。本当はこの場で蹲りたいし、何なら転げ回りたいくらいだったが。

バレー部の分だけになった洗濯物を纏めてベンチに運び、猫又・直井の物と部員の物とに分けながら畳んでいく。遠征慣れしているからか、それぞれに持ち主の名前が書いてあるので大変助かった。

「……たまに、やっちゃうのよね。アイディアや文章が頭に降ってきて、書きたくて堪らなくて、結局我慢できずに人と一緒にいても書き始めちゃうの」

「だから、パソコンか携帯が手放せない」と紗代子は洗濯物を畳みながら苦笑した。聞けば、同じ様な事が何度もあり、最初は注意していた衛輔が苦言を呈するのを諦めた程だという。「俺が飛んで来たボール拾っちゃう様なもんだな」とは呆れ笑いをする衛輔の言。

「でも、それが紗代子サンで、そういう所があるから好きな小説家でいられるんじゃないんですか?そういう所も含めて紗代子サンだと思うけど」

器用にパタパタと半袖シャツを畳んでいきながら、黒尾は何気無くそう言った。自分たちがどうしようもなくバレーに魅了されているのと同じだと感じたからだ。

一方、そんな言葉を掛けられた側の紗代子は、びっくりして手が止まってしまっていた。そんな風に、何でもない事の様に言われるのは初めてだったから。弟の衛輔にさえ、諦めるまで何度も注意されてしまったのに。

眼前の青年は、本当に何も気にしていないのだろう。真面目にせっせと衣服を畳んでいっている。

しばらくして、ぽかん、とした紗代子にようやく気付いた黒尾はそっと彼女の顔を覗き込んだ。

「紗代子サン?」

「っ!……あ、ごめんごめん、大丈夫。……ありがとう」

「?俺、何もしてないですよ」

「こうやって洗濯物畳むの手伝ってくれてるし、さっきの言葉も嬉しかったから」

柔らかく微笑んだ紗代子に、黒尾は「イエ……」と照れて頭を搔いた。

2人で協力して行ったため、衣類は短時間で全て畳み終わった。それらを食堂まで運んで、キチンとそれぞれの部員ごとに分けて置いておく。机に分けて置くとよく分かるが、1日分しか溜まっていない筈なのに人数が多いため衣服の量も多くなっている。これは毎日洗濯した方が良いな、と紗代子が考えていると、それを察した黒尾が、

「洗濯くらい、朝に皆でしますよ。明日からは毎日猫又先生に呑みに連れて行かれるんでしょ」

と笑いながら言った。

「良く知ってるね」

「そりゃあ、猫又先生が夕方から明らかにウキウキし出すんで」

「ふふ、それは分かりやすいね」

「ちなみに直井くんはすごくお酒弱いらしいです」

「それなのに毎日?凄いね」

明るく笑う紗代子に、黒尾も嬉しくなった。

「だからさ、俺らでできる事はするから、紗代子サンも頼ってくださいね」

「うん、ありがとう」

「あ、紗代子サンの洗濯物はやっくんに取り込んでもらうから大丈夫ですよ!」

慌てて付け加えられた言葉に、紗代子はもう一度笑った。

 

翌日から、黒尾が何か言ってくれたのか、部員たちがより積極的に動くようになった。料理ができるできないに関わらず紗代子とキッチンに入るようになったり、必要な物を買い出しに行ったり。その連携の良さは、普段から行っているバレーの戦略の様。チームワークが身に染み付いてるんだなぁと紗代子はしみじみ思った。

ちなみに、大人組の飲み会で紗代子がザルな事が判明して猫又が上機嫌になったり、それを衛輔から聞いた黒尾が何とも言えない顔になったという出来事もあった。

あっという間にゴールデンウィークは過ぎ去り、ついに最終日を迎えた。ついに今日、因縁の対決が復活する。

烏野総合運動公園屋内球技場で9時から開始予定なので、恐らくその少し前に烏野のバレー部員たちは来るだろう。

そう予測をつけて、紗代子は少し軽めの朝食を用意した。昼食は出来合いの物を買う予定だと聞いているから、朝ご飯を終えてしまえば後は徹底的に片付けるだけだ。

約1名を除き、目に見えてやる気が漲っている部員たちと手分けして片付け、合宿所内の清掃を終わらせ、先に皆を屋内球技場へ向かわせてから、紗代子は管理事務所へ鍵を返しに行った。

急いで取って返して屋内に入ると、ちょうど黒尾と烏野のキャプテン・澤村がニッコリ握手を交わす所だった。

音駒・烏野両校のメンバーがそれぞれアップを始めていく中、紗代子は烏野ベンチに歩み寄る猫又に合流した。

「おう、追い付いたね。問題無かったかい?」

「はい、大丈夫です」

「良かった良かった」

からから笑う猫又の先では、直井が相手チームのコーチに声を掛けていた。

「8年ぶりか?なんだよ烏養、そのアタマ」

烏養と呼び掛けられた金髪の青年が胡乱げに振り返る。

「……うっせーな。お前は変わんな過ぎだろ、直井」

元々知己だったのだろう、2人はガッチリ握手を交わしている。その後ろでは、黒髪にメガネをかけた男性がニコニコと穏やかな笑みを浮かべている。

「おっ、繁心か!相変わらずじじいそっくりの顔しやがって!」

猫又もまた知り合いなのだろう、にこやかな笑顔で3人に歩み寄る。烏野側の2人の顔に、わずかに緊張が走った。

「お久しぶりです、猫又先生」

「あっ、おっ、お電話した武田ですっ!今日はわざわざ本当にありがとうございますっ!!」

「そりゃあ、あんなにしつこく電話貰ったらねえ!来ない訳には!」

「すっスミマセンッ……」

「冗談です、冗談!」

慌てる武田に、猫又は豪快に笑った。

「うちもこの3日、良い練習試合ができました。今日もよろしくお願いします」

「ハイ!こちらこそ!」

猫又と武田のやり取りが終わり、武田がチラリと紗代子を伺い見た。烏養も先程からチラチラと彼女の方を気にしている。

「あの、そちらの方がお電話で仰っていた……?」

「ああ、この4月からうちに来てる『お客さん』ですよ」

「夜久紗代子と申します。取材のため音駒にお邪魔させていただいています。少々写真も撮らせていただきますが、出来うる限り音を立てないようにしますのでご了承願います。今日はよろしくお願いします」

紗代子がお辞儀すると、武田と烏養も急いで頭を下げた。

「取材というと……新聞や雑誌の記者さんですか?」

「いえ、一応小説家です」

「一応どころか立派な作家先生だろ」

謙遜する紗代子の横で猫又がニヤニヤとしながら紗代子の筆名を告げると、武田は「ええっ!?」と大仰に驚いた。案外室内に響いたその声に、選手たちも何人か来ていた見学の人たちも一斉にこちらを向いた。それらの視線にペコペコと高速で頭を下げて回り、武田は恐る恐る「ほ、本当ですか……?」と囁いた。

紗代子が頷くと、彼は「ひぇぇ」と顔を覆った。

「どうした、先生。何かあんのか?」

「いえ……あの……」

完全に蹲ってしまった武田に烏養が「おーい、先生ー?」と声を掛けると、彼はようやくヨロヨロと立ち上がった。

「あの、大丈夫ですか?」

「ひゃいっ」

紗代子も声を掛けるが、飛び上がった武田からは返事になっていない返事が返ってきた。深呼吸を繰り返して何とか落ち着いた武田は、

「……ファンです……」

と小さく絞り出した。おやおやと武田以外の男性陣がニヤニヤしだした。

「ありがとうございます、嬉しいです」

「さ、サインくださいっ」

「もちろん。お昼休憩の時にでも、ぜひ」

「良かったな、先生!」

「は、はいっ!」

烏養にバンッと背中を叩かれた武田は、軽く噎せながらも嬉しそうに笑った。猫又と直井はウンウンと頷き、自分たちのベンチに戻るため踵を返して、しかし、一瞬顔だけ振り返り。

「……相手が烏養のじじいじゃなくとも……容赦しねえよ?」

それはまさにベテランの圧。長年監督をしていた猫又だからこその風格だった。

緩んでいた武田と烏養の空気は、確かにピンと張った。紗代子は邪魔しないように目礼だけしてそっとベンチに戻った。

端的に言うと、勢いのある試合だった。音駒が烏野に勝ち越していると紗代子は猫又から聞いてはいたが、実力はお互いまだまだ伸びる余地がありそうだと分かる。

彼女は夢中で何度もシャッターを押した。衛輔の拾う力は相変わらず素晴らしいし、黒尾の1人時間差も決まっていた。しかし、烏野の変人速攻を始めとする一際目を惹き付けるプレーは、紗代子に衝撃を与えた。

──人は、飛べる。

オレンジの髪色をした身長の低い選手が、それを体現していた。彼が試合後すぐに「もう1回!!」と叫んだ事にもびっくりしたが。

猫又はとても愉快そうに、

「おう、そのつもりだ!『もう1回』がありえるのが練習試合だからな」

と笑った。

「試合の前に、ご飯にしましょうか」

「おっと、そうだな」

側に寄ってきた紗代子に、猫又は応じた。彼に弁当を買ってくる事を告げた紗代子に、「俺の店にあるぜ」と烏養が近寄って来た。

「それで良いなら取って来る」

「おお、じゃあ頼もうかね」

「おう」

烏養が携帯片手にその場を離れた。誰かに配達してもらうつもりだろう。

それを確認した紗代子は、急いで持参したジャグを抱えて水場に向かった。

到着したそこでは、すでに烏野のマネージャーがドリンクを作っていた。

「あ、こんにちは。夜久紗代子です。烏野のマネージャーさんよね?」

「初めまして、清水潔子といいます」

礼儀正しくお辞儀する少女に、紗代子もサッと頭を下げた。挨拶もそこそこに、2人で急いでドリンクを作ってコートに戻った。

弁当はすぐに到着した。烏野商店街の知り合いが届けてくれたらしい。広がり過ぎない程度に各々座り込んで、部員たちは弁当に箸をつけ始めた。

紗代子と清水は男性陣からベンチを使うよう勧められ、一方のベンチをありがたく使わせてもらった。もう一方は猫又と武田が使うようだ。

基本的にはチームメイト同士で昼食を取っているが、あの烏野の10番──日向は孤爪に積極的に話し掛けに行っている。その背後では、セッターの影山が何とも言えない険しい顔をして日向を睨んでいた。

「清水さんは何年生なの?」

「3年生です。澤村、菅原、東峰が同学年です」

「澤村くんってキャプテンよね。すごくしっかりしてるね」

「まあ……後輩の前では」

清水はそう言って苦笑した。どうやらしっかり者の澤村も、同学年しかいない場では年相応な振る舞いをしているらしい。

「夜久さんは、音駒のセッターさんと親戚なんですか?」

「うん、姉なの。あっちが弟。まだもう2人もりすけくんの下に弟がいるけどね。だから、良かったら紗代子って呼んで」

白米を頬張りながら、清水は嬉しそうに頷いた。その後、2人は連絡先の交換も行い、紗代子も清水を下の名前で呼ぶ事になった。

紗代子と清水のほのぼのとした空間を田中と西谷が崇め、山本が羨ましそうに見ていた事は男性陣のみ知る事だった。

午後もみっちり練習試合を重ね、音駒も烏野も部員たち皆くったくたのボロボロになっていた。……日向は別として。彼だけはまだ試合をやりたそうにしていて、烏養から新幹線の時間があるからと首根っこ捕まえて止められていたが。

「またうちとやりたいなら、公式戦だ」

1歩日向に歩み寄った猫又がニッと笑う。

「──全国の舞台、沢山の観客の前で、あまたの感情渦巻く場所で、ピカッピカキラッキラのでっかい体育館で、『ゴミ捨て場の決戦』、最高の勝負、やろうや」

「──ハイ!!!」

烏野メンバーの輝く顔が、音駒メンバーのやる気溢れる顔が、公式戦での試合を何より待ち望んでいる事を如実に表していた。

「猫又先生、今日は遠い所ありがとうございました!」

「いやいや、こちらこそ」

選手たちがネット等を手分けして片付けるコートの外の廊下で、武田が猫又に感謝を伝えていた。その声に、清水と話していた紗代子も廊下へ顔を出した。

猫又はじっと武田の顔を見詰めてから再度口を開いた。

「人脈の無い状態で練習試合を取り付けるのは大変でしょう」

「……!」

武田が図星を突かれた顔をした。それを見ながら猫又は続ける。

「烏養のじじいが復帰してすぐぶっ倒れたって聞いて、正直もう烏野の復活は無理かも知らんと思ってた。でも、あんたから何回も電話貰って、終いには『直接お願いに行く』なんて言い出して」

「すっ、スミマセン……」

「そんで今日の試合見て、思ったよ。『ああ、烏野はまだ大丈夫だ』って」

猫又の声は深い感慨を湛えていた。往年のライバルとして、バレーをしている同志として、彼が一度監督を退いてからも烏野を気に掛けていた事が良く分かる。

「熱意には熱意が返ってくる。あんたが、不格好でも頑張ってれば、生徒はちゃんとついてくる。頑張って」

「あっ、ありがとうございます!」

優しく労う猫又の言葉に、武田は語尾を震わせながら深く頭を下げた。

門外漢の紗代子でも分かる。何もツテが無い状態で、この人がどれ程走り回り、電話を掛けて回り、部員たちのために駆けずり回っていたか。それがどれ程生徒にとってありがたい事か、紗代子にも身に覚えがあった。大学進学で悩んでいた彼女に、作家が教壇に立っている大学を見つけて来てくれたのが当時の担任だった。物書きを仕事にするにしろアマチュアで続けるにしろ、将来役に立つだろう、と。

「お前もしっかりやれよ、繋心」

今度はジロっと烏養を見やった猫又は、先程とは違う意地の悪い笑みを浮かべた。

「3試合やって1セットも獲れないとかなあ?素人の先生がらこおおんなに頑張ってんのになァ」

「〜〜〜〜っ」

「う、烏養君はついこの前来たばかりでっ」

煽る猫又の言葉に烏養は一言も発せず、武田はそんな彼を庇ったが、やられたままの彼ではない。

「次は絶対、ストレート勝ちしてみせますよ」

「!」

「ほほほう!?口ばっかじゃないと良いけどなあ??」

烏養の言葉に、武田が驚いた顔になり、猫又は愉快そうな表情をした。目がとてもイキイキしている。

「先生、そんなにつっかからないで……」

「コイツがじじいそっくりの顔してやがるのが悪い!」

「大人げない!!」

堪らず直井が止めに入るが、猫又の言い分にツッコミを入れてしまう始末だった。「大人げない」には紗代子も大いに同意したし、思わず笑ってしまった。

烏養と武田が背を向けて去った後、紗代子はようやく猫又たちに歩み寄った。

「先生、ジャグの片付け終わりました」

「分かった、ありがとうよ」

「私、武田先生に用事があるので行ってきます。すぐに玄関で合流しますので」

手を振って答える猫又に会釈し、紗代子は急ぎ足で廊下を進んだ。

「武田先生!」

「はっハイ!」

「うお!」

文字通り武田が飛び上がり、烏養は驚きでビクついた。サッと振り返った武田は「な、何でしょうっ?」と動揺しつつも紗代子に返事した。

「あの、良ければパソコンのメールアドレスを教えてもらえませんか?」

「ヒョエッ!?」

「おおっ!?」

武田が素っ頓狂な声を上げて、何故か烏養もびっくりした顔になった。それらに構わず、紗代子は言葉を続けた。

「今日、何枚か烏野の写真も撮ったので、フォームの修正とか陣形の参考になればと思って」

「あ、そ、そうですよね、ありがとうございます!助かります!」

紗代子が出したメモに武田がメールアドレスを書き込んでいる横で、何故か烏養がホッとした顔をしていた。紗代子はそれを不思議に思ったが、何となく深追いしなくて良い様な気がしたためそっとしておいた。

「素晴らしい練習試合でした。それでは、また」

「ええ、また」

武田、烏養と握手を交わし、紗代子は東京に帰るために身を翻した。

玄関外では山本と田中が熱い抱擁を交わしていて、日向は孤爪に「『別に』以外の事を言わせる」宣言をしていた。黒尾と澤村がニコニコと張り合っていて、直井と烏養は大人げなく言い合っていた。

その風景にシャッターを切り、紗代子は輝く青春に目を細めた。

帰りの新幹線では、猫又と直井の大人組含め紗代子以外の全員が寝落ちしていた。紗代子は仙台駅で購入したコーヒー片手に、ひたすらパソコンと向き合っていたのだった。

その光景を、通路を挟んで反対側の席に座っていた黒尾は浅い睡眠から覚醒して横目で見ていた。




第2話です。
映画きっかけで再燃して投稿するまでに至っています。
楽しんでいただけていたら嬉しいです。
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