夏はいつも暑いが、今年は特にそう感じる。
気のせいだろうか。それとも、烏野の参加で更に気合いの入っている音駒が熱を発しているのだろうか。
何はともあれ、夏休みに突入する前に1度合同練習が組まれた。
「オオッ!あれはっ、あれはもしやスカイツリー!!?」
「いや、あれは普通の鉄塔だね」
感激する田中と西谷に、すかさず穏やかにツッコミを入れたのは海だ。その横では黒尾が腹を抱えて笑っている。
烏野が到着したと聞いて迎えに出た黒尾と海、それに紗代子は無事烏野メンバーと合流できたわけだが、すぐに上記の会話が交わされた。黒尾も爆笑するわけである。
ちなみに紗代子は、笑いながらも武田と烏養と挨拶を交わしていた。
しかし、彼女はすぐに特徴的な人間が2名いない事に気付いた。
「日向くんと影山くんはどうしたんですか?まさか、体調不良ですか?」
烏野メンバーを体育館に案内しながら、紗代子は単刀直入に問い掛けた。
「あー、えっと、実は……」
気まずそうな烏養は端的に説明した。曰く、補習。期末試験という学生なら誰しも避けられない物で、文字通り死に物狂いで勉強していたのだが、日向は解答欄ズレ、影山は暗記系の少なさのせいで惜しくも赤点となってしまったらしい。補習が終わり次第こちらに合流するとの事。
「できるだけ早く合流できれば良いですね」
「いやぁ、本当に……」
武田が頭を掻いた時、前方の方で「うおおお!!?」という雄叫びが響いた。
びっくりして音の方向を見ると、清水と新しく烏野に入ったらしき女子生徒の前で山本が膝から崩れ落ちていた。
「じょっ……じょっ……!女子が2人になっとる……!!!キレイ系とカワイイ系……!」
清水がクールに新入りの女子生徒を庇っているのが紗代子にも見えた。
そこへ田中が静かに歩み寄って清水たちの前に立つ。
「見たか虎よ……。これが烏野の本気なのです」
「くっ……!眩しいっ……!」
悟りを開いた様な表情の田中の背後から後光が差していた。もちろん山本の錯覚である。
その間に清水たちはさっさと先に行き、黒尾は「うちにも紗代子さんがいるだろ」とボソッと呟く。それを聞いてしまった澤村は苦笑していた。
黒尾と海が烏野メンバーに寝泊まりする場所を案内している間に、武田と烏養を先導して紗代子は一足先に体育館へ向かった。足早に先を行き、猫又に烏野の到着を告げる。
猫又が武田と烏養に挨拶に行くのを見送り、紗代子は直井にも同じ事を伝えに行った。
今回の合同練習は、梟谷グループ全ての高校が参加している。つまり、紗代子にとって初めての他校のマネージャーとの連携が求められるのだ。
他校の到着早々、先に猫又が話を通してくれていた監督やコーチたちに挨拶回りをした。驚かれはしたが概ね好意的に受け入れられ、紗代子はホッと胸を撫で下ろした。
最初の挨拶時、明らかに学生でない紗代子に、森然と生川、それに梟谷のマネージャーたちは遠慮していたが、元々彼女たちがフレンドリーな事と紗代子が自ら積極的に動いたり話し掛けたりした事ですぐに打ち解けた。今ではお互い名前で呼び合う仲だ。特に美味しい物に目が無い白福は、紗代子が持ち込んだ手作りのクッキーを食べて目を輝かせていたし、暇を見つけては紗代子に引っ付いていた。
「紗代子さん」
「潔子ちゃん、と、えっと……新しく入った子かな」
「は、はひっ!谷地仁花でしゅっ!」
噛んだ。清水の隣で自己紹介した谷地は、思い切り噛んだ。それを自覚している本人は、とんでもないミスを犯したかの様に真っ青になっている。
「音駒の『お客さん』の夜久紗代子です。皆より年嵩だけど気軽に名前で呼んでね」
「お、お姉様……!」
「え?」
ズキャーン!とした顔になった谷地に紗代子が首を傾げると、素早く「なななにゃんでもないですっ!」と高速で首を横に振った。その様子を笑いながら見ていた他のマネージャーたちも自己紹介し合い、各々の作業に戻った。選手たちが練習中でも休憩中でも、マネージャーたちには仕事がたくさんあるのである。
今回はまだ2日間の予定だから個人の物の洗濯は無いものの、両日使うビブスは洗っておかなければならない。それにドリンクもどんどん作っていかなければ、激しく動く選手たちの発汗ペースについていけない。
「真子ちゃん、森然の分のジャグ、回収して来たよ」
「ありがとうございます!音駒の分洗い終わってます」
「順番に休憩入るってー」
『はーい』
「紗代子ちゃ〜ん、後で一緒に休憩取りましょ〜」
「休めるタイミングなら良いよ」
紗代子の返答に、白福は嬉しそうに笑って頷いた。
マネージャーたちも順番に休憩を取り、また仕事をして、としていると、昼休みになった。もちろん彼女たちはまだ休めない。
「紗代子ちゃん!バナナ切れましたー!」
「ありがとう、お皿に入れていって」
「ミネストローネできました〜」
「じゃあハンバーグの形成手伝ってもらっていいかな?」
「はーい」
手分けして、ハンバーグの種をベチベチと両手の間で行き来させて空気を抜いていく。大人数なので量も多い。無心で形成していくと、協力したのもあってすぐに終わった。後は焼いていくだけだ。生川のマネージャー・宮ノ下が料理が好きだと言うので、2人で焼いていく事にする。もうそろそろ、選手たちもやって来る頃だ。
「おなか減った〜」
「あともうちょっとだよ」
白福と雀田が喋っているのを聞きながら、紗代子もおなかが鳴りそうなのを何とか堪えていた。
そうこうしている内に、腹ペコの選手たちがドヤドヤとやって来た。皆が皆口々に「腹減ったー!」と言っている。
紗代子とマネージャー一同、もうひと踏ん張りと気合いを入れ直し、スピーディーに配膳していった。
「お、清水が配ってくれるのか」
「谷地さん、バナナ貰って良いかな」
「はいっ!どうぞ!」
ちょうど烏野メンバーも食堂にやって来たらしく、清水と谷地が対応していた。半分以上の選手たちが食事を取っていると把握していた紗代子は、清水と谷地に向けて告げた。
「2人共もうご飯食べて来て大丈夫だよ」
「えっ、でも……」
「あとは音駒だけだから、雪絵ちゃんや真子ちゃんたちもお昼ご飯食べて来て」
「紗代子ちゃんは?」
「私は音駒と一緒に食べるよ」
「でも、まだ配膳終わった訳じゃないし……」
先に昼食を取る事に気が引けているらしい彼女たちに、紗代子はいたずらっぽく笑った。
「先に片付け始めておいてもらうと助かるかな」
彼女の言葉に、ようやく清水たちは自分たちの分のトレーを持ってテーブルへと歩いて行った。紗代子は白福の皿に大きなハンバーグをこっそり乗せておいた。すぐにそれに気付いた白福は、目をキラキラさせて至福の表情を浮かべた。
「あれ?紗代子さんだけですか?」
彼女たちを見送ったところで、聞き覚えのある声が聞こえた。振り向くと犬岡がそこにいて、音駒も昼休みに入ったらしい。
「ううん、後は音駒だけだから一緒にご飯食べようと思って待ってたの」
「やった、ありがとうございます!」
続いてやって来た芝山が目を輝かせながらトレーを手に取った。その後も続々と音駒メンバーが食堂にやって来て、紗代子は手早く配膳していった。
「お、紗代子サン、お疲れ様デス」
「もりすけくん、黒尾くんもお疲れ様」
最後にやって来たのは黒尾と衛輔だった。衛輔は「お、やった、ハンバーグだ」と顔を輝かせながら、さっさと食事を乗せたトレーを持って音駒の他の選手が集まるテーブルに行ってしまった。黒尾はその素早さに笑いながらトレーを手に取った。
「ハンバーグは紗代子サン手作り?」
「マネージャーの子たちと作ったよ。味付けは私がやらせてもらったけど」
「へえ、楽しみ」
「そんな事言われても、大きめのハンバーグしか出てこないよ」
「嬉しいけど、俺、小さい子供じゃないんですよ」
苦笑する黒尾に、「男の子は大きいハンバーグが好きでしょう」と紗代子も笑った。彼女がキッチンから出て自分のトレーを持とうとすると、黒尾はサッとそれを取り上げた。
「自分で運べるよ」
「いーの。ほら、行きましょ」
「あ、黒尾くん」
制止する紗代子の呼び掛けをスルーして、黒尾は先に歩いて行ってしまった。
この前のメールといい、気遣い屋なのかな。
そう思いながら、紗代子は肩を竦めてから彼の後を追った。
紗代子が席に着く頃には、先に食べ始めていた衛輔はハンバーグを頬張っていて、その頬はハムスターの様に真ん丸になっていた。
「やっくん、ほっぺすごい事になってるよ」
「もりすけくん、美味しい?」
衛輔は隣に座った紗代子に大きく頷いた。紗代子はその小さい時から変わらない仕草に、嬉しそうに微笑んだ。その姉弟のほのぼのとした光景を、ちゃっかり紗代子の反対隣に座った黒尾も穏やかな目で見ていた。
「紗代子さん!ハンバーグすごく美味しいです!また作ってください!」
……和やかな時間は、元気いっぱいのロシアの虎によってすぐに終わりを告げたのだが。
「うん、機会があったらね」
食事のバランスを考えるといつでもハンバーグとはいかないため、紗代子は確約はしなかった。しかし、灰羽にそんな事は通用しない。
「絶対ですよ?楽しみにしてます!」
彼の中ではすっかり確定事項になっているようだ。目をキラキラ輝かせて言うものだから、紗代子も無下にはできず「次の合宿の時にね」と苦笑して頷いた。
「紗代姉はリエーフに甘い」
「そうかな」
「紗代子サンは押しに弱いタイプ?」
「そうでもないけど、リエーフみたいに可愛がってるやつにねだられると弱い」
「何でもりすけくんが答えてるの」
黒尾の探りに衛輔がすかさず答えるものだから、紗代子は思わず笑ってしまった。そんなに分かりやすいだろうか。弟を甘やかしている自覚はあるけども。
「僕も、魚料理が食べたいなァ、なんて」
「なに可愛こぶってんだよ、黒尾」
「黒尾くんは魚が好きなの?」
「魚か肉かなら僕は魚が好きデス」
ニッコリ笑う黒尾に、衛輔はうげぇと顔を顰め、紗代子はそうなんだと頷いた。
そんな風にわちゃわちゃしながら昼食を取り、選手たちは元気に体育館に戻って行った。紗代子は紗代子で、マネージャーたちが先に片付けを進めているところへ合流した。
「紗代子ちゃん、ご飯まだ残ってるけど私食べちゃって良い?」
「あ、ごめんね、雪絵ちゃん。それは使う予定なの」
「はぁい」
若干残念そうにしょんぼりする白福にもう一度謝り、紗代子は手早くラップにご飯を包んでおにぎりを3つ作った。それを更にアルミホイルで包み、作業の邪魔にならない場所に置いた。
後片付けを済ませて食堂から出る際、紗代子は清水を引き留めた。振り向いた彼女の手に、おにぎり2つを乗せる。
「潔子ちゃん、これ、日向くんと影山くんが来たら渡してあげてくれるかな」
「あ、ありがとうございます」
「何時に来るか分かるなら食堂に置いておけるんだけど……」
「すみません」
申し訳なさそうに清水が謝ったため、紗代子は慌てて首を横に振った。
「潔子ちゃんが悪いんじゃないよ。車で来るんでしょう?仕方ない事だしね。空腹で動くと危ないけど、ガッツリご飯食べなさそうだからおにぎり渡しておくね」
その言葉に、清水は「ありがとうございます」と頭を下げた。
昼休みが終わってしばらく後、日向と影山が体育館に到着した。金髪の女性がヘロヘロになりながら連れて来てくれたようで、西谷から「姐さん」と呼ばれていた。西谷の姉ではないそうだが。
今にも試合に走り出そうとする2人を清水が止め、座っておにぎりを食べさせていた。それを横目に見ながら、紗代子はドアの脇にしゃがみこんでいた女性に近付いた。
「大丈夫ですか?良かったら水どうぞ」
「助かるー!ありがとう!」
コップに満杯の水を受け取って一気に飲み干した女性は、名前を田中冴子というらしい。烏野の田中の姉だという。
紗代子も音駒のセッター・夜久の姉だと名乗ると、
「へー!そっくりだねー!」
とからから笑っていた。
「あ、これ、おにぎりなんですけど、良かったらどうぞ」
「いいの?ほんと腹ペコだったから嬉しい!ありがとう!」
紗代子が差し出したおにぎりを、冴子は喜んで受け取った。宮城から走り通しで、食事を摂る余裕など無かったのだ。おにぎりの包みを開くと、余計に腹の虫がその存在を主張してきた。
1口頬張ると、仄かに温かい米粒が甘みを口内に伝えてくる。冴子は「美味しいー!」と素直に感想を口にした。
「田中さんは……」
「冴子でいーよ!私も紗代子って呼ぶし。ってか、紗代子は何歳?」
「25歳。冴子ちゃんは?」
「え、先輩じゃん!サーセン!」
「いや、敬語いらないよ、大丈夫。冴子ちゃんは何歳?」
「そう?なら良いや。アタシは21!んで、何だっけ?」
冴子と紗代子はその会話で一部をざわつかせつつ──主に紗代子の年齢を知らなかったメンバーが勝手に騒いでいた──、ドア側に2人座り込んで束の間のおしゃべりに花を咲かせた。
マネージャーたちと紗代子が選手たちと同じくらい走り回っている間に、夜がやって来る。今回の合同練習でも猫又が呑みに行くとワクワクしていたため、紗代子はマネージャーたちに予めその事は伝えていた。彼女たちからは、女子会にも参加して欲しかったと嘆かれた。
「潔子ちゃんと仁花ちゃんも夏休みの長期合宿来るんでしょ〜?」
「うん」
「はいっ」
「なら、その時にやりましょ〜。ね、紗代子ちゃんも一緒に女子会やりましょ?」
「うん、良いよ」
「やった〜」
心底嬉しそうに喜ぶ白福に、紗代子も嬉しくなった。こんなに純粋に慕ってもらえて、嫌な人はいないだろう。
「じゃあ、行ってくるけど、戸締り気を付けてね」
「紗代子ちゃん、心配し過ぎですよー」
「大丈夫大丈夫、何かあれば木兎ビーム出してもらうんで」
「ボール無いと何もできないじゃん」
「それはそう」
「いってらっしゃーい」
マネージャーたちに笑いながら見送られ、紗代子は冴子を迎えに行ってから監督やコーチたちと合流した。
大人組の呑み会はそれはもう盛り上がった。特に冴子のコミュニケーション能力が高く、楽しくお酒を呑むタイプだった事もあり、監督やコーチたちも大盛り上がりだった。もちろん紗代子も大いに楽しみ、大いに呑んだ。
深夜、ベロベロの冴子を支えて男性陣と別れて寝る場所である教室へと戻りながら、紗代子はこの得難い体験を噛み締めていた。
自分のやりたい事ができていて、それを楽しめていて、周りも笑顔で、弟も楽しそうで、自分も楽しい。冴子も楽しそうに笑っていて、賑やかにお酒も呑めた。
──ああ、幸せだなぁ。
窓越しに空を見上げると、綺麗な三日月が見えた。「月が綺麗ですね」とは有名な愛の告白だが、その返しは様々だ。そう、例えば。
「……もう死んでも良いわ」
ポツリ呟いて、紗代子はようやく辿り着いた布団に冴子を寝かせ、自分も隣の布団に寝転がった。すぐに彼女は眠りに落ち、まぁつまり彼女も大層酔っ払っていたのだった。その呟きを、誰かが聞いてるなんて思い付きもしない程。
合同練習2日目の朝。何とか起きた紗代子は、眠い目を擦りながら朝の支度をして食堂へ向かった。冴子は豪快な寝相で寝ていたので起こさない事にした。そもそも彼女は選手でもマネージャーでもないから、いつ起きても良いのだ。
「おはよう……」
紗代子がドアを開けて中に入ると、マネージャーたちが口々に朝の挨拶を返してくれた。
「紗代子ちゃん、眠そうですね。大丈夫?」
「うん、ちょっと頭が重いだけ」
「紗代子ちゃんは座ってて良いですよ〜」
「そうはいかないよ」
そこはさすがに甘える訳にはいかない。紗代子はパンッと頬を両手で軽く叩いて気合いを入れ直した。
朝食の配膳をしていると、ゾロゾロと音駒メンバーが食堂に入って来た。しかし、その中に目立つプリン頭が見当たらない。
「紗代子サン、おはようございまーす」
「おはよう、黒尾くん。孤爪くんは?」
「まだ寝てます。アイツ、朝弱いんで」
そのまま何故かソワソワ紗代子の様子を窺う黒尾の膝裏を、後ろから衛輔が容赦無く蹴り飛ばした。いわゆる膝カックンだ。油断していた黒尾はしっかりバランスを崩し、トレーが置いてあるカウンターに何とか手をついて身体を支える羽目になった。
「チョット!?やっくん酷くない?」
「お前が立ち止まってるのが悪い。腹減ってんだ、早くしろ」
「ええー……」
後ろがつかえているのは事実だったので黒尾は反論できず、渋々朝ご飯の乗ったトレーを取ってテーブルへと歩いて行った。
「紗代姉、黒尾がウザかったらちゃんと言えよ。俺がシバいとくから」
「ウザいなんて感じた事無いよ。でもありがとう」
衛輔はニカッと笑ってトレーを持って行った。
我が弟ながら頼もしい男である。何せ説得力が違う。
結局、孤爪は山本が起こしに行ったらしい。モヒカンに連れられたプリン頭が姿を現したのは、音駒メンバーの大半が朝食を食べ終わって食堂から出て行った後だった。
「孤爪くん、おはよう」
「おはよう……ございます……」
「くぉらケンメァ!紗代子さんが作ってくれた朝飯だぞ、感謝して食え!」
「何でトラが偉そうなの……」
孤爪は心底眠たそうに目をショボショボさせながらブツブツ言っていた。それでも紗代子がご飯をよそった茶碗を置いたトレーは持っていくあたり、朝食は食べてくれるらしい。
「……紗代子さんは……」
黒尾や海が小さく手を振るテーブルの方をチラッと見た孤爪は一旦立ち止まり、紗代子の方を向いて口を開いた。
「朝ご飯は、食べたんですか?」
「まだだよ。どうして?」
孤爪はウロウロと目をさ迷わせた後、「……こんなの、ガラじゃないんだけど……」と小さく溜息を吐いた後、紗代子から目を逸らしたまま、
「良かったら、一緒にどうですか?」
と言った。それを聞いた山本が、一瞬固まってから叫んだ。
「け、研磨が紗代子さんを食事に誘ったァ!?」
「トラうるさい」
「何ィー!?」
「クロも乗らないで……」
嫌そうに顔をギュッとさせる孤爪に、紗代子は笑ってしまった。彼の申し出が嬉しかったのもあるし、多分気遣ってくれたのだろうと分かるからだ。孤爪は、前の遠征の時も紗代子が早起きして皆より後に朝ご飯を食べた事を知っているから。
お誘いは嬉しいけど、と紗代子が迷っていると、大滝が「行ってきてくださいよ」と朗らかに彼女の背を押した。
「ありがとう、お言葉に甘えて行ってくるね」
「ごゆっくり〜」
キッチンの中の皆に手を振って、紗代子はカウンターから外へ出た。
「ほら、トラ、トレー持って」
「良いけど、何で俺なんだよ」
「ごめんね、山本くん。ありがとう」
「イエッ!全然平気デス!」
「何で片言なの」
山本が姿勢を正す横で、孤爪はニヤリと意地悪げに笑っていた。
孤爪は黒尾の座っている席の前まで行くと、彼の真ん前の椅子に腰掛けた。キョトンとする周囲に構わず、黒尾の隣の空席を指差して「紗代子さんはそこね」と言った。
「え!?研磨さん!?」
「クロ、うるさい」
「えっと、お邪魔します」
「いえっ、全然大丈夫デス」
山本は孤爪の指示通りにトレーを置いて「紗代子さんと朝飯……正直羨ましい……!」と心の声ダダ漏れで走り去って行った。彼はとっくに食べ終えていたので。
ちなみに衛輔も食べ終えて食堂から消えていたが、同じタイミングで来た黒尾と海が残っていたのは人見知りの孤爪のためだった。誰かしらがいないと、最低限しか食べないだろう事は簡単に想像できたからだ。
「そういえば翔陽は?」
「ああ、チビちゃん?俺たちが来た時はもういなかったな」
「もう大体の人が朝ご飯終わってるみたいだから、体育館にいるんじゃないか?」
海が残りのトレーを数えながらそう言うと、孤爪は「翔陽ならありえる」と薄く笑った。
「孤爪くんは日向くんと仲良しなの?」
「仲良し……どうかな……」
紗代子の問いに、孤爪はご飯を頬張りながら首を傾げた。少しの間考え込んだ彼は、ゆっくりと口を開いた。
「仲良しかどうかは分からないけど……面白いとは、思ってる」
うっそりと微笑んだ孤爪は、こちらがピリッとする様な圧を僅かに放っていた。
朝食が終われば、また選手たちは練習試合のオンパレードへ突入して行く。つまり、マネージャーたちもどんどん仕事を捌いていく事になる。
今回の合同練習は今日で終わりのためビブスの洗濯は無いが、ドリンクを入れるボトルは洗っておかなければならない。暑いから皆どんどん飲んでいくため、作っても作ってもドリンクが無くなっていく状況だ。
紗代子が音駒のジャグを置きに歩いていた時、不意に声を掛けられた。
「すみません、梟谷のドリンクってどこにありますか?」
「あ、ごめんね、今かおりちゃんと雪絵ちゃんが作りに行ってる。取ってくるね」
「あっ、いや……」
何か言いかけた梟谷の黒髪の選手に言い置いて、紗代子は持っていたジャグを猫又の脇に置いて足早に駆け出した。
紗代子が雀田と白福と合流した時には、彼女たちは既に何人分かのドリンクを作り終えていた。
「ドリンクどこか聞かれたから、これ持って行って良い?」
「え、ごめん!ありがとうございます!誰だったか分かります?」
「うーんと、黒髪の……あ、セッターの人」
「赤葦かー、確かもう作ってたよね?」
「うん、1番右端にあります〜」
「これね、分かった」
紗代子は自分で分かるように赤葦という名前らしい選手の分を持ち、他のジャグも抱えて体育館に戻った。
出入口には先程声を掛けてきた選手、赤葦が外をチラチラ気にしながら待っていた。紗代子を見つけた彼は、申し訳なさそうに駆け寄って来た。
「すみません、取りに行かせるつもりじゃなくて」
「大丈夫。これだよね?えっと、アカシくん?」
「赤葦です。赤葦京治といいます。夜久紗代子さん、でしたよね?音駒のセッターの人のお姉さん」
「うん。もりすけくんと紛らわしいから紗代子で良いよ」
「紗代子、さん」
赤葦は遠慮しながら小さく紗代子の名前を呼んだ。それへ「うん」と頷きながら、紗代子は赤葦のジャグを手渡した。
「あ、すみません、持たせたままでしたね。俺持ちます」
赤葦はサッと紗代子の持っていたジャグを全て取って、自分で抱えた。紗代子が止める暇も無かった。
「ありがとう。残りはもうすぐかおりちゃんと雪絵ちゃんが持ってくるよ」
「ありがとうございます、伝えておきます」
赤葦がにこっと微笑んだ時、背後の体育館の中から特大の「あかーし!どこー!?」という呼び声が飛び出して来た。
「ええっと、探されてる、よ?」
驚きながらも紗代子がそう言うと、赤葦は「そうみたいですね」と苦笑した。
「じゃあ、紗代子さん、ドリンクありがとうございました」
「どういたしまして。頑張ってね」
赤葦はペコッとお辞儀をして足早に体育館の中に戻って行った。中からはすぐに、
「あかーしいた!迷子?」
「迷子じゃないです」
という会話が聞こえた。紗代子は大変ほのぼのした。
そんなこんなで夕方になり、烏野が宮城へ帰る時間となった。何せ東北なので、早めに音駒を立たないと辿り着けないのだ。
紗代子が見送りに出ると、ダダダッと駆け寄ってくる人影が2つ。彼らは彼女の前で立ち止まると、オレンジと黒の頭をバッと下げた。
「おにぎりあざース!」
「美味しかったッス!」
「口に合ったなら良かった。日向くんと影山くんよね?気を付けて帰ってね」
「ウッス」
「あざッス!お姉さんは夜久さんのお姉さんなんですか?」
頭を上げた日向の問いに紗代子は頷いた。
「うん。同じ名字で呼び方ややこしいから、私の事は皆『紗代子さん』って呼んでるよ。だから日向くんと影山くんも良かったらそう呼んでね」
2人は揃って大きく頷いた。
「紗代子ちゃーん!アタシも帰るわ、またね!」
「うん、気を付けて帰ってね、冴子ちゃん」
こうして、紗代子にとって初めての合同練習は幕を閉じた。
次は、本格的な夏を迎える2週間後、森然高校での長期合宿である。
第4話です。 夏合宿前の合同練習回です。やっくんと黒尾さん書くの楽しくてつい海さんの影が薄くなってしまう……。あの人ずっとニコニコ見守ってくれてそうだからつい……。 アオハルな感じも出せる様に頑張ります!