夜久衛輔の姉が青春小説を完成させるまで   作:細雨

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第7話

合宿最終日。さすがに疲労が溜まっているのだろう、起きたての谷地が大あくびをして清水が微笑ましそうに軽くイジっていた。

紗代子は昨夜の出来事がリフレインする脳を何とか推し留め、気合いを入れて朝の支度をしてから食堂へ向かった。

何とか平静を装いつつ食堂での仕事をこなしているのに、黒尾は目が合う度ニコニコニヤニヤしていた。そのせいでちょっと赤くなる頬を、紗代子は必死で冷ますのだった。

梟谷との練習試合終わり、戦績をさっと纏めていた芝山が、それを衛輔と海に見せに行った。紗代子もその後ろを続く。

「やっぱり今んトコ、ここでの最強は梟谷か……」

衛輔の呟き通り、梟谷が50勝14敗と勝ち逃げ状態だ。次に梟谷と試合するのは烏野だ。何をしでかすか分からないチームが、現時点最強の梟谷相手にどう戦うかは素人の紗代子も興味がそそられる。

生川に負けた烏野がペナルティのフライング1周する姿を見て、衛輔が感心したように、

「うお!烏野のチビちゃんがめっちゃフライング上手くなってる!」

と言った。実際日向のフライング技術はメキメキと向上している。それだけペナルティを受けているという事でもあるが。

「『チビちゃん』て!夜久さんと日向、あんま身長変わらないじゃないですかあ!」

あちゃあ、と紗代子が思ったのも束の間、パァン!と小気味よい音を立てて、失言した灰羽の尻に衛輔の上段蹴りが炸裂した。

「今のは擁護できない」

「夜久さんに身長の話は禁句だと言ったのにバカめ……」

黒尾と山本の言う事も最もである。紗代子もうんうんと頷いた。彼女は全くだが、男子である衛輔は自分の身長を気にしているのだ。

次の練習試合が始まる前に、紗代子は体育館を離れた。昼食のBBQの準備をするためだ。

「紗代子サン」

外に出ようと体育館の扉に手をかけた所で、聞き覚えしかない声に名前を呼ばれた。一瞬肩が跳ねたのに気が付かなかったフリをして、何でもない様な顔して紗代子は振り返った。

「黒尾くん、どうかした?」

「んーん、よろしくねって言いに来ただけデスヨ。BBQ、楽しみにしてるんで」

余裕のある声に、優しい目元。どっちが本心なのかな、なんてドキドキしながら、紗代子は「頑張るよ」と言って食堂へ向かった。

順次合流してきたマネージャーたちとコンロを出したり紙皿や紙コップを用意したりと、手早く準備を進めていく。

紗代子が大量の肉が乗ったトレーを持って肉やら野菜やら焼き始める頃には、体育館の片付けを終えた選手たちもゾロゾロと会場である中庭に集まって来ていた。

「紗代子サン、ゴミ袋貰って来たんですけど、どこに置いといたら良いです?」

「机の端にテープで止めておこうか。その方が皆捨てやすいだろうから」

「了解〜」

言われた通り、セロハンテープでゴミ袋の端を物置になっているテーブルに貼り付けた黒尾は、さり気なく紗代子の隣に立った。

「俺の肉、確保しといて欲しいな〜」

「ダメだよ。諦めてお肉争奪戦に参加してください」

黒尾の冗談に、紗代子は肉を焼きながら笑った。その横顔は心底楽しそうで、黒尾は嬉しいやらこちらを向いて欲しいやらと複雑な気分になった。

「ちょっとくらい特別扱いしてくれたっていーじゃないですか」

「もう十分でしょ」

──それは。

黒尾は思わず声を失った。

その言葉は、もう十分と言える程「特別扱いしている」という意味に他ならない。彼女は多分反射で返したのだろうが、だからこそ本心だと分かる。

紗代子は黒尾からの返しが無い事を不思議に思い、顔を上げて横を見た。すると、そこには鳩が豆鉄砲に打たれたかの様にポカンとする彼がいた。

「黒尾くん?」

名前を呼べば、ようやく黒尾の時間が動き出した様で、彼はへにゃりと照れ笑いを浮かべた。

そのあまりの無防備さに、紗代子の心臓は高鳴った。普段あれだけ余裕たっぷりで、何なら木兎を始めとして相手選手を煽る事もあるくらいなのに、こんな、嬉しさと愛しさが全開の表情をするなんて、ズルい。

紗代子はバッと肉に向き直り、それからは黒尾を振り向かなかった。これ以上顔が赤くなっては堪らなかったから。

「──オフンッ」

粗方肉が食べ頃になって来た頃、猫又が咳払いで皆の注目を集めた。

「1週間の合宿、お疲れ諸君!」

『したーッ!!』

「空腹にこそ、ウマいものは微笑む。存分に筋肉を修復しなさい」

『いただきますっ!!!』

それを合図に、手に皿と箸を握り締めた空腹の男子高校生は肉に飛びかかった。その勢いは凄まじく、後方でお茶を抱えて見ていた紗代子も驚いた。確かに衛輔も肉が好きだが、男子高校生がこんなにも肉に情熱をかけているとは思っていなかったからだ。

一目散に肉を取りに行った組が落ち着いたところで、紗代子やマネージャーたちは周囲にお茶を注いで回った。大方回れたかなと紗代子が見渡すと、ちょうど生川高校のキャプテンである強羅と目が合った。

「すみません、お茶貰って良いですか?」

「うん、もちろん」

紗代子がトポトポと強羅の持つ紙コップにお茶を注ぐと、彼は「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。反対の手には、しっかり肉が確保された皿を持っている。

「強羅くん、だよね?」

「そうです。夜久さんですよね?夜久のお姉さんの」

「うん。ややこしいから紗代子って呼んで大丈夫だよ。……そうだ。聞きたい事があるんだけど良いかな?」

「?何でしょう?」

「生川はサーブを重視しているでしょう?ジャンプサーブの他にも、フローターサーブとか、他の種類のサーブも得意なの?」

紗代子の問いに、強羅は「そうですね」と頷いて言葉を続けた。

「もちろん他のサーブも磨いていますけど、1番はやっぱりジャンプサーブだと俺は思います。サービスエースを狙いやすいし、相手チームにこっちが強気な事をアピールできるんで」

「なるほど、そうなんだね」

うんうんと紗代子が納得していると、強羅が軽くソワソワしながら「あの」と切り出した。

「あの、さ、紗代子さんって……」

「紗代子サーン、手伝ってー」

紗代子の後ろから黒尾の声が響く。彼女は振り返って「ちょっと待って」と言ってから強羅に向き直った。

「ごめんね、強羅くん、何かな?」

「あ、いや、大した事ないんで、黒尾を手伝って来てあげてください」

「そう?ごめんね、ありがとう」

紗代子が立ち去った後、チームメイトにドンマイと背を叩かれる強羅だったのであった。

一方、黒尾に駆け寄った紗代子は、彼から「はいコレ持って」と紙皿を渡された。その上には既におにぎり1つと肉、野菜が盛られている。しかし更に黒尾は紙皿を新しく持って、山盛りの野菜をそこに乗せていく。

「あの、黒尾くん、これどうするの?」

「これくらいで良いか。紗代子サン、ソレ持ってついてきて」

紗代子はコクリと頷いて黒尾の後ろを歩いた。

向かった先には澤村、月島、山口、そして携帯をいじる孤爪の姿が。

「オラー、野菜も食えよー」

月島が澤村に差し出されたてんこ盛りの紙皿を断っている最中に黒尾が楽しそうに乱入して行った。孤爪がビクッとしたのが紗代子からよく見えた。

「研磨もだコラー」

「米を食えよ!」

「肉だろ!!肉を食え!!」

いつの間にやらトングに肉を挟んで持って来た木兎も参戦し、口々に選手の中でひときわ細い月島たちに食べるよう勧めていた。多分本気ではあるが半分以上は彼らの面白がっているのだろう。紗代子は思わず笑ってしまった。ゲンナリする月島と、どうにか逃げ出せないかウロウロと視線をさ迷わせる孤爪が面白くて。

「おっと、紗代子サンもですからね?」

黒尾くんがニッコリ笑って紗代子の方を向いた。彼女が首を傾げると、黒尾は紗代子を月島と孤爪の間に座らせた。

「え?え?」

混乱してされるがままの紗代子に、黒尾はニッコリ顔のまま、

「紗代子サンもしっかり食べなさいね。じゃ、研磨よろしくー」

と言ってコンロの方へと歩き去ってしまった。

紗代子が訳も分からぬまま皿の上の肉を食べ始めると、隣で孤爪が溜息を吐いた。

「おれ、クロに体良く使われてる……」

面倒くさいとハッキリ顔に書いてある孤爪に、紗代子は「そんな事無いよ」と苦笑した。

「孤爪くんがちゃんと食べてるか心配なんだよ。さっきも孤爪くんの事よろしくって言ってたでしょう?」

「そんな訳無いでしょ」

孤爪がもう1度大きな溜息を吐いた。

「明らかにおれがよろしくって言われてた」

「どっちにしろ結構な過保護ですよね、黒尾さんって」

月島がそう言っている後で、山口も何度も頷いている。そうかな、と紗代子が首を傾げる横では、孤爪も同じ動作をしていて、それを見た月島が呆れた様に軽く息を吐いた。

「本人たちに自覚が無い所がまた……いや、何でもないです」

「そう?」

首を突っ込むと面倒事になる予感しかしなかった月島は、これ以上言うまいと言葉を切った。幸い紗代子が深追いしてこなかったため、彼は内心胸を撫で下ろしていた。代わりに、彼女は「そういえば月島くん、良かったね」と微笑んだ。

「何がですか」

「もう苦しくないみたいだから。スッキリした顔してる」

「!」

紗代子の言葉に、月島はクッと軽く目を見開いた。相変わらずどこをどう見ているのか怖くなる程の観察力だ。しかも当たっているというのが、職業柄なのか彼女本人の性質なのか分からない所がまたタチが悪い。

しかし、紗代子のお陰で自分が苦しく思っている事を自覚したのもまた事実。月島は肩の力を抜いてフッと笑った。

「……まあ、貴女のお陰みたいなトコありますけどね」

「私は何もしてないよ。月島くんが頑張っただけ」

「良いんです、僕が勝手にそう思ってるだけなんで」

何故だかこの人には敵わないなと思う。それが人生経験の差なのか、彼女の言葉の説得力がなせる事なのか、月島には判断つきかねたが、興味深いなとは思った。だから、彼はおもむろに携帯を取り出して、

「紗代子さん、連絡先教えてくれませんか」

と言った。

驚いたのは周りの3人である。

山口は、意外に人に関心の無い月島がそんな行動に出ると思わなかったから。孤爪は、黒尾がこれを知ったら少し面倒な事になるかもしれない気配を察したから。紗代子は、純粋にそんな事を言われると思っていなかったからだった。

「ダメなら別にいいです」

「あ、だ、大丈夫だよ」

さっさと携帯を引っ込めようとする月島を引き止め、紗代子は無事彼と連絡先を交換した。ついでとばかりに山口とも交換しておく。

「何かあったら頼ってね。私、これでも一応月島くんや山口くんの先輩だから」

「いや、頼る事はほぼ無いとは思います」

バッサリ切り捨てた月島に、紗代子は驚いてから「なあに、それ」と吹き出した。

「確かに、月島くんなら自分で解決しそうだけどね」

「い、いつでも連絡して大丈夫なんですか?」

山口の問いに、紗代子は頷いた。

「返せる時に返す形になるけど、それでも良ければ」

「分かりました、ありがとうございますっ」

烏野の後輩に懐かれたなんて、もし黒尾に知られたら盛大に愚痴られそうだな、と孤爪はそっと溜息を吐いた。

BBQの後は選手とマネージャーたち全員でお片付けタイムだ。炭の処分をしたりコンロを倉庫に戻したりという力仕事は男子に頼み、紗代子とマネージャーたちはゴミの分別と処分、清掃を行った。

人数が多いため片付けはすぐに終わり、解散の時間になった。

烏野が一足先に出発するとの事で、皆で見送りに出る。黒尾が1歩前に出て、

「──じゃ、またな」

とニヤリと笑った。それへ、澤村も似た笑みをその顔に浮かべて「おう、また」と返した。

烏野のバスが森然の敷地から完全に出るまで見送り、音駒含めた残りの3校も各々のバスに乗り込んだ。

長期合宿はこれでお終い。後は10月の東京都代表決定戦一次予選までに、何度か合同練習を行うと紗代子は猫又から聞いている。毎週末にでも合同練習を組みたいところだが、遠征代の問題もあってさすがにそうはいかなかったらしい。

帰りの車内は行きと違って静かだ。練習でたくさん動いてBBQで満腹になったから、皆寝ているのだ。紗代子もトロトロと降りてくる瞼に任せて、夢の中へと旅立って行った。

 

「今回の合宿中、写真撮ってなかったけど良かったんですか?」

合宿後最初の土曜日、休憩中に2階で写真の確認をしていた紗代子の隣に、黒尾が座り込んだ。ドキッと跳ねた鼓動を隠す様に、紗代子は努めて何でも無い風に頷いた。

「カメラ自体持っていかなかったの。他校に迷惑かかるかもしれないし、何より自分の目で見て、実際に皆の熱を浴びたくて。携帯でマネージャーの子たちと記念写真は撮ったけどね」

「で、どうだったんです?自分で体験してみて」

「そうね……」

紗代子はカメラをいじる手を止めて目を伏せた。1週間だけだったけれど、色んな人を見てたくさんの事を感じた。

「皆、楽しそうに一生懸命にバレーを向き合ってると思った。学生時代の部活で終わるかもしれないしそうじゃないかもしれないけど、今ありったけの情熱を注げる物と出会えていて、その気持ちを共有できる仲間といられて……それはとても幸せな事よね」

微笑む紗代子の横顔には、慈愛と少しの羨望の色が載っていた。その頬にハラリとかかった1束の長い前髪を、黒尾は伸ばした指先で優しく彼女の耳に掛けた。紗代子の肩がビクッと跳ねて、次いでその顔が赤くなった。しかし彼女の視線はカメラに固定されたままで、必死に平静を取り戻そうとしてるんだろうなと分かる黒尾はクツクツと喉の奥で笑った。

「紗代子サン」

「な、何かな」

「俺は紗代子サンが音駒に来てくれた事も幸せデスヨ」

「そ、そう、良かった」

赤い顔のままうんうんと頷く紗代子に、「それに」と黒尾は続けた。

「俺の事、見てくれてるみたいだし?」

「……や、約束したから……」

尻すぼみに声が小さくなった紗代子に、黒尾はニンマリと笑った。今日の練習中、明らかに彼女からの視線を感じる事が増えていた。それはミドルブロッカーの動きを観察する物ではなく、黒尾自身を追っている物だった。その証拠に、レシーブ練の順番待ちの時もふと目線を向ければバッチリ目が合った。すぐに紗代子の方から逸らされたが。

休憩終了を告げる直井の声が体育館に響く。真っ赤なままの紗代子の耳元に口を寄せて、

「……もっと俺を見てくださいネ」

と囁いて、固まった彼女を置いて黒尾は練習に戻った。

「……攻め過ぎなんじゃない?」

「何の事やらー」

孤爪の胡乱な視線を受けても、黒尾はニヤニヤと笑ったままだった。

残された時間がそれ程無い事を、彼は分かっていた。

そもそも紗代子は小説を書くために音駒に通っている。そして、いつまで来てくれるのかは彼女次第。おそらく春高まではいてくれるのではないかと黒尾は踏んでいる。半分勘だが。それが当たっていても、残りの期間は半年程。焦っている訳ではないが、悠長に構えていたらすぐに過ぎてしまう。だから、彼は攻め手を緩めない。押せば押すだけ手応えがあるのだから尚更だ。

バレーにも紗代子にも全力を尽くす。それが、後悔しないように合宿前に黒尾が決めた事だった。

 

烏野が宮城県代表決定戦にいける事が決まった。

そう清水からメールが来たのは、まだ暑さの残る8月上旬。おめでとう、と返した紗代子は、向こうはもう春高までの戦いが始まったのかと実感した。調べてみると、宮城県代表は最近は常に白鳥沢高校となっている。ここに勝たないと、烏野と東京で会う事はできない。もちろん音駒の属する東京都にも強豪が多い。木兎のいる梟谷学園はもちろん、井闥山学園や戸美学園等、油断できない相手ばかりだ。

──もりすけくんは、今年で最後だ。

ゴミ捨て場の決戦を猫又のいる間に、できれば自分たちがいる代で実現させたいのだと、いつかに弟がまっすぐな瞳で語っていたのを思い出す。今は元気だが、いつまで監督ができるか分からないから、と。

思い起こすと切なくなった。もっと早くバレーに興味を持って、衛輔を全力で応援したら良かったと紗代子は後悔した。それ程までに、音駒を始めとする選手たちの情熱は彼女に影響を与えていた。

ちなみにこの日、衛輔に「もっと早くバレーに興味を持てば良かった」という旨を零したところ、

「今は楽しんでくれてるんだろ?なら全然良いよ。応援も、今してくれてるだけで嬉しい」

とニカッと笑った。何ともカッコイイ弟である。

そして8月末。また烏野が音駒にやって来た。

「ヘイ、ツッキー!!」

月島が体育館に入って来た途端、木兎がすぐに彼に声を掛けた。

「今日もブロック跳んでくれヘイヘーイ!!」

「……」

立ち止まった月島は無言。その後ろを日向と影山が通り過ぎて行った。

月島はまた断るだろうとその場にいた誰もが思っていたのだが、彼はその予想に反してペコリと頭を下げた。

「……ハイ、お願いします」

「!!?」

驚きに思わず影山と日向が振り返り、誘った本人である木兎も混乱した顔になった。近くで聞いていた紗代子も驚いた。元々あまり彼は積極的ではなかったからだ。でも、月島が変化する兆候は合宿で見えていた。

こんなに早く変われるのは、若いからなのか、それともそれだけバレーが好きなのか。あるいはその両方かもしれないな、と紗代子は微笑んでボール拾いに向かった。

 

部屋に引き篭って一心不乱にパソコンに向かっていると気が付けば日が落ちている、なんて紗代子にはザラにある。だから、彼女の肌はずっと白い。寝不足で顔色が青白い時さえあり、その度に衛輔に心配から叱られていたが、合宿以後は時々そこに黒尾が参加するようになってきた。

「だから、せめてちゃんと寝ろって。外に出ろとは言わねーから」

「ちゃんと寝てるよ。もりすけくんも知ってるでしょう?」

「ソファで寝るのは寝るに入らない」

「俺もさんせーい」

昼休みに昼食を突きながら話していた夜久姉弟の所に、黒尾が自然に入り込んだ。

「紗代子サンはちょーっと白過ぎデスヨ」

「うっ……や、元々白めだから……」

「それにしたってって話デス。ちゃんと寝てくれないと心配になっちゃうなー」

「はい……」

黒尾が乱入してきた途端に狼狽える紗代子を、衛輔は黙って見つめていた。

動揺する紗代子を見る事は、実はあまり無い。落ち込んだり楽しんだりしている姿はよくあるものの、今の様に狼狽する事は珍しいのだ。その原因が黒尾という点は、衛輔はまだ納得していないが。何なら100年早いと思っているのだった。

そんな風に夏が過ぎて、10月。春高前の最後の合同練習は、賑やかに刺激的に終了した。どの学校の選手も、どこかしらにピリッとした緊張感を持っているように紗代子には感じられた。

体育館の片付けを始める頃には、もうとっくに日が落ちて気温も下がっていた。ジャグを洗いに水道へ行こうと外に出かけた紗代子は、思ったより冷たい風にブルリと震えて腕を摩った。ちゃんと長袖を着ているのに、少し素材が薄かっただろうか。

そんな彼女の肩に、バサリと大きな布が被された。驚いて見ると、見慣れた音駒の真っ赤なジャージの上着だった。

「紗代子サン、ちょっとソレ着といてもらえます?」

「でも、黒尾くんが冷えるよ」

「俺はまだ暑いんでいーんですよ。じゃ、外暗いから気を付けて」

黒尾は言いたい事だけ言って、さっさと片付けに戻って行ってしまった。

一方、残された紗代子は熱い頬をそのままに何とか足を動かして外に出た。涼しい風が顔を撫でて心地良い。その風が運ぶ嗅ぎ慣れない匂い。その大元は肩にかかっている黒尾のジャージだ。気付いた紗代子の身体がカッと熱くなる。借りたのだから当然なのだけれど、と頑張って心の波を鎮めようと彼女は大きく深呼吸した。

不意に通り抜けた風に煽られて肩からずり落ちるジャージに、慌ててその袖に腕を通す。袖先から指しか出ない。その事で、紗代子は改めて黒尾の身体の大きさを実感した。普段は灰羽に練習をつけている事が多く、彼と比較するとどうしても黒尾の身長が高く感じにくい。だが、灰羽が高過ぎるだけで、黒尾だって十分に高身長なのだ。

袖を捲り上げて、何とか両手を出す。やっと自由になった手で、紗代子は歩きながらジャージのチャックを上げた。もちろん裾も長いため、彼女の太ももの真ん中あたりまですっぽり覆っている。その状態のまま、彼女は洗い終わったジャグを抱えて体育館に戻り、密かにに黒尾を悶えさせていた。

そうして、東京都代表決定戦一次予選を音駒は無事に勝ち進み、11月の東京都代表決定戦に出場する事が決まった。




第7話です。
やっと夏合宿終了です!長かったですねー。そして続いて春高編へと入っていきます。
バレーの試合描写……バレー素人にできるんだろうか……努力はします……。
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