ウィリの夢   作:もるげんれえて

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さあ、人形の話をしよう。
これは一人の朽ちるはずの人形が、命と心を貰う物語である。

C93で頒布したCCCコラボ一週目の小説です。
ここで全文を順次公開していきます。
まだ在庫が御座いますのでぜひイベントでお求めください!

また、C107で頒布予定の「メルトリリスは踊らない(https://syosetu.org/novel/393807/)とも若干の関連があります。
こちらも併せて読んでいただけると幸いです。


ウィリの夢 序幕

 さあ、人形の話をしよう

 

 

 

 目が覚めてまず確認するのは、私が私であること。

 この指先が私であること。

 この(ヒール)が私であること。

 この唇が、髪が、瞼が、吐息が私であること。

 この目に映る世界を感じているのが、私であること。

 そうして初めて、私は(メルトリリス)を自覚する。

 朽ちゆく体が、図々しくもまだ動くことを思い返す。

「……」

 唇が言葉を作ろうとしたけれど、喉を震わせるのが億劫(おっくう)だった。伏せがちな瞳が教会のボロボロの床に座り込む私の足を見つめた。

 鋼の足。刃の踵。棘の膝。

 美しい美女(プリマ・バレリーナ)とは程遠い、怪物(ビースト)の体。

 誰かの心で作ったツギハギの私たち。アルターエゴのS。

何にもなるはずもなく、記録の彼方(かなた)へと消滅するはずだった肉体は、果たして何の因果か再び肉体を得た。

 だからと言って私は変わらない。たとえ恋の相手がいなくとも、たとえあの人(・・・)がいなくとも、私はメルトリリス。快楽のアルターエゴ。傲岸不遜(ごうがんふそん)唯我独尊(ゆいがどくそん)。毒と蜜の女王。

 けど、それも昔の話。

 初期化された私には『かつての私がそうであった』としか分からない。レベルは1で能力値は最低。アビリティーもスキルもすべて未収得。メルトリリスからメルトリリスだった全てを()ぎ取った残滓(ざんし)が、今の私。

「……」

 鼓動(こどう)しないはずの心臓がゆっくりと脈打っている。役割も使命もないこの肉体は残されたリソースを少しずつ消費し、やがて動かなくなって消える。私がいつ止まるかは分からない。昨日は今日だと思っていた。一昨日(おととい)は昨日だと思っていた。それより前は、こんなにも生き(なが)らえるとは思ってもいなかった。

 静かに冷えていく肉体は、きっともうすぐこの命が尽きるのだろうと教えてくれた。それでいい。踊る役割のないバレリーナには何の意味もないのだから。

 説教机を背もたれにして天井を見上げる。剥き出しの梁から落ちてきた埃がステンドグラスに照らされて(きら)めく。

 嗚呼(ああ)、外が騒がしい。せめてこんな時くらい、静かに()かせてほしい。

 目を閉じ感覚を遮断していく。暗闇の中で世界には私だけしかいなくなる。

 あとどれくらいの呼吸で私は死ぬのだろうか。

 死を前にして心は静かな水面だった。この命に意味も執着もなければ、揺れるものはないのだから。

 意識はゆっくりと流れ、揺蕩(たゆた)い、再び眠りの中へと落ちて――

「……!」

 音と衝撃がした。この静かな教会で。存在するのは私だけのこの空間で。その揺れは、私の水面に波紋を立てた。

 半ば本能的に目を開けてしまった。感覚が外界を理解しようと開いた。

 衝撃は力任せに扉を開けたから。

 音は勢いよく入ってきて、そのまま転んでしまったから。

 ソレはゆっくりと立ち上がった。

「――」

 見たことのない白い服。乱雑な短髪は黒くて活発そうに見える。いてて、と頭を押さえる手には赤い瘢痕(はんこん)があた。

 令呪。魔術師(マスター)が持つ絶対の命令権。

「え……」

 驚愕する。このSE.RA.PHにマスターはいない。なのにその人はここにいた。

 私の声に気づいたのか、来訪者は大きな瞳で私を見た。

 その背後で扉が閉まる。

「――」

「君は――」

 教会に(とばり)が降りた。

 

 私はこの奇跡を忘れない。

 例え愛する人に裏切られて精霊(ウィリ)になったとしても。

 例え百年の眠りに落ちたとしても。

 例え、この体を光速の熱量が燃やし尽くそうとも。

 ステンドグラスの彩光(さいこう)(いろ)どられたアルブレヒト(アナタ)

 朽ち果てるだけの運命だったジゼル()

 二人の間に降りたガラスの欠片のような光。

 これから私はこの人に抱えきれないほどたくさんのモノをもらう。

 けれども、この時、この(人形)に命を吹き込まれたこの瞬間こそ、あの人が私にくれた、かけがえのないたった一つの宝物なのだ。




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