ウィリの夢   作:もるげんれえて

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マスターはセラフィックスへレイシフトする。
しかし、伴うはずのサーヴァントとははぐれてしまった。

C93で頒布したCCCコラボ一週目の小説です。
ここで全文を順次公開していきます。
まだ在庫が御座いますのでぜひイベントでお求めください!

また、C107で頒布予定の「メルトリリスは踊らない(https://syosetu.org/novel/393807/)とも若干の関連があります。
こちらも併せて読んでいただけると幸いです。


ウィリの夢 第一幕 目覚めるコッペリア

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――外来存在によるSE.RA.PHへの接触(アクセス)侵入(イントゥルージョン)を確認

対象:人類およびサーヴァント三騎

名称:未登録(みとうろく)未証明(みしょうめい)未定義(みていぎ)

情報:欠失(けっしつ)欠損(けっそん)欠落(けつらく)

目的:不明(ふめい)不解(ふかい)不透明(ふとうめい)

ファイアーウォール展開。ネットワーク閉鎖。論理(ろんり)迷宮(めいきゅう)誘導

警告

あなた方の存在(現在)は容認されません

あなた方の情報(過去)は存在しません

あなた方の目的(未来)は達成されません

これ以上の干渉はSE().RA().PH()の全演算機能によって排除はいじょはいじょじょじょじょじょjjjjjjjj010111100100000000000000000000000000000000……

――上位権限AI、BBによる防壁解除申請に従い、外来存在の侵入を許可します。

SE.RA.PHデータベースにサーヴァントデータをロードし、対象人類をデータベースへ新規登録します

名称:藤丸(ふじまる)・\立香《りつか》

情報:カルデア所属魔術師《まじゅつし》

目的:特異点化したセラフィックスの真相究明

……登録を確認しました

これよりあなた方のSE.RA.PHへの参加(エントリー)を容認します

ようこそ、霊子虚構世界(りょうしきょこうせかい)「SERIAL・PHANTASM」、通称「SE.RA.PH」へ

ここは128のサーヴァントによる聖杯戦争の舞台

我欲のために戦い、快楽のために戦い、生存のために戦う聖杯戦争が開催(かいさい)されています

SE.RA.PHへ侵入することは、この聖杯戦争へ参加することにほかなりません

そして、このSE.RA.PHからの脱出条件は一つのみ

この聖杯戦争の勝利者となること

勝利者となり、万能の力であるムーンセルにより己の欲を満たすことです

それ以外にこのSE.RA.PHより逃れる術はありません

敵は128騎のサーヴァント

目に映る全てが敵です

故に、このSE.RA.PHに味方はいません

故に、このSE.RA.PHに安寧《あんねい》はありません

故に、このSE.RA.PHに信頼はありません

これがSE.RA.PHにおける絶対のルールです

このルールを守るのならば、あなた方の存在は容認され続けます

以上で当SE.RA.PHの説明を終了します

それでは皆さま

ようこそ、快楽と欲望の水底(みなそこ)へ。新生快楽浄土(しんせいかいらくじょうど)「SE.RA.PH」へ

最期(さいご)までどうぞ、ごゆっくりお楽しみください

 

          

 

 ――ようこそセンパイ!レイシフト、大成功です!

 ――なあんて、ものの見事に引っかかるとか、ちょろすぎてBBちゃんも苦笑いです。

 ――でも、時間神殿を乗り越えてきただけはあります。その冒険者魂、すごいですね!すごいだけで何の役にも立ちませんけど。

 ――……ここが何処(どこ)か、ですか。そんなの、教えるとでも思っているんですか?脳みそ、スイートすぎません?

 ――でも、今のセンパイはカルデアと通信もできませんし、サーヴァントともはぐれちゃって、おまけにセンパイ自身はヨワヨワのザコザコでウィザードスキルもない。仕方ないのでゲームマスターのわたし自ら基本ルールを教えてあげますね。

 ――こんなところですが、ここはセラフィックスです。そこを『電脳化(でんのうか)』し、現在のSE.RA.PHを形成しています。あらゆるものが疑似霊子《ぎじりょうし》で再構成されたこの空間では情報生命であるわたしも、有機生命であるセンパイも、同じ尺度、タイムスケールで相互理解できるのです。

 ――センパイがいるのは『(ヘアー)』、かつてセラフィックスの正面ゲートだった場所です。これから探索を始めるセンパイにはちょうどいい場所ですね。

 ――……人の形をしているのはどうしようもない理由なのです!電脳化するのにどうしても意識とセラフィックスが同調してしまうのです。もう!センパイはデリカシーもないんですか!

 ――こほん。続けますね。現在、このSE.RA.PHでは多くのサーヴァントが衝突しています。これこそが今回の聖杯戦争、128騎による生存競争なのです!人類の危機だぞーって座のSNSに呟いたら、皆さん自分から騙されてやってきてくれました。情報化社会の現代、ちゃんと裏を取ることが重要なのも知らないみたいですね!

 ――セラフィックスを電脳化した理由?それはセンパイが探してください。他の参加者に不公平ですから。BBちゃんはちょっかいはかけますが公明正大なAIですので!

 ――なので、あとはセンパイの足で探すしかありません。頑張って、このSE.RA.PHを(あり)さんのように這い回ってください。

 ――ですが、人類に残されている時間は余りありません。SE.RA.PHが海溝に沈みきった時、皆さんは消滅します。それまでにセンパイは真相を解明し聖杯戦争に勝ち残らなければなりません。

 ――わたしからの説明は以上です。

 ――ああ、言い忘れてました。センパイが連れてきたサーヴァントですが、SE.RA.PHの何処かにいます。いきなりサーヴァント三体もいるとか、チートもいいところじゃないですか。ですから、ゲームマスター権限で、SE.RA.PHに入る際、センパイとは別の場所に転移させました。頑張って探してくださいね!

 ――まあ、とっくにくたばってるかもしれませんが。

 ――それではセンパイ、ご健闘をお祈りしてます!

 

◇◇◇

 

 頭痛がする。がんがんと頭を悩ませるのは未来へのレイシフトという前例のない事象のためではない。先ほどのBBの、BBによる、BBのための、BBチャンネルの所為だろう。

 今まで魅了(みりょう)(のろ)いの類は少なくない回数を食らってきたが、あれはそういう類ではない。直接脳に映像を投射され、聞きたくもない一方的なハイテンショントークを捲《まく》し立てられる。新手の精神汚染系の攻撃なのではないかと勘繰(かんぐ)りたくなる。

「……っと」

 だが、いつまでも頭を抱えてはいられない。BBの言葉が本当ならばこのSE.RA.PHには128騎の敵となるサーヴァントが跋扈《ばっこ》している。加えてネロやエミヤ、玉藻の前はここにはいない。身を守るためにも周りの状況を確認しなければならない。

 周囲は見たことのない空間だった。ガラスともプラスチックとも似つかない不可思議な半透明のブロックが敷き詰められ、床と壁を作る。自分の居る場所は袋小路(ふくろこうじ)になっており、一本道が伸びている。三方を包む壁の向こうには別の通路が見えるが、よくは見えない。

 天を仰ぐ。天井はなく、代わりに海の色が一面を塗りつぶす。まだ海面からそれほど離れていないようで、明るいブルーと光が散乱している。カルデアでのブリーフィングの通り、セラフィックスは海の中へと沈んでいっている。

 人理を修復して迎えた翌年の五月。セラフィックスからの定期連絡は緊急事態を知らせるものだった。現代から消失したセラフィックスは2030年のマリアナ海溝へと沈み、特異点と化していた。

 これが藤丸立香がセラフィックスへレイシフトした理由。特異点となり海中へと沈降するセラフィックスの真相を解明することが今回の任務だ。

 レイシフト時にセラフィックスは海中約200メートルに位置していた。そして海溝の最低部が一万メートルと推測されている。

 セラフィックスがどれぐらいの速度で沈降(ちんこう)しているか不明だが、悠長にしている暇はない。

「――よし」

 頬を叩いて(かつ)を入れる。

 通信もできず、サーヴァントもいない。知っているのはひたすらに怪しい謎のAIだけ。

 この場で信用できるのは自分自身以外にない。油断しないよう気持ちを引き締め、一歩目を踏み出す。

 床から光のテクスチャが浮かび上がった。

「……まるでゲームの世界だな」

 心細いことは否定できない。けど、同じくらいにこの場所にワクワクしているのも事実だ。

 過去の世界だけでなく、まさか未来の、それも電脳空間に行くことになろうとは。

 気を取り直し、立香はSE.RA.PHへと踏み行ってゆく。

 

◇◇◇

 

 右も左も分からないSE.RA.PHを進んでゆく。頭の中に地図を描き、腕時計型デバイスにも情報を書き込む。

 角を曲がるときは細心(さいしん)の注意を払う。こっそりと覗き、誰もいないのを確認して先を行く。

 歩き始めてニ十分が過ぎた。息苦しさは感じないが少し不快感を覚えた。未知の空間に来たことによる反応だろうか。

 そうして立香は分岐点に辿り着いた。

「困ったな……」

 背後には自分の進んできた道、目の前に二股に分かれた道がある。どちらもその先に何があるかは見通せない。

「どっちに行くべきかなあ」

 ガシガシと頭を掻く。こういう時、直感を持っていたり幸運の高いサーヴァントがいれば便利だなと思った。

 ない物ねだりをしても始まらない。とりあえず右に進もうとして足を進めたときだった。

 ――背中から冷たい針を刺された心地だった。

「!!」

 害意。敵意。あるいは、殺意。友好的でない気配が立香を(おそ)った。

 危険だと承知しながら立香は振り返る。

「おやぁ?」

 ソレは自分を見た。

 立香はソレの正体を知っている。だが、ソレは自分のことを知らないだろう。

 128騎もサーヴァントが召喚されているのだ。自分の知っているサーヴァントがいる可能性ぐらい考えていた。

 けれど、まさか最初に遭遇したサーヴァントが知っている人物だとは思ってもいなかった。

 加えて、そのサーヴァントは敵とした場合、交渉の余地など見出せない人物であった。

「そこにいるのは、なんと人間ですか」

 ぎょろり、と大きな瞳が立香を見た。

 ただそれだけで全身が凍り付く。奥歯ががちがちと震える。

 名はジル・ド・レェ。己の領地で残虐(ざんぎゃく)猟奇的(りょうきてき)な殺人を繰り返したシリアルキラー。

 立香の知っているカルデアの彼は確かにまともとは言い難いが、ジャンヌ・ダルクという一点により人理を守護するサーヴァントであった。

 だが、目の前にいる彼は違う。

 根本から、何かが違う。

「主よ……まだ私を試すのですか」

 あの目は狂気の眼だ。ジル・ド・レェの心の奥底に眠る何かを解き放った、直視してはいけない眼だ。

 (さいわ)い距離は十分に空いている。キャスタークラスであるジルならば、上手くいけば逃げ切れるかもしれない。

 じり、と右足が後退する。

 ジルはそんな立香を見据えながら、懐から一冊の書物を取り出した。

 螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)。無限の海魔《かいま》を召喚するジル・ド・レェの宝具。

「――!」

 走り出す。

 捕まれば一巻の終わり。間違いなく殺される。

 その生存本能が立香を突き動かした。

「嗚呼《ああ》、ならば私は証明せねばならない――この地獄に、主がいないことを!」

 ヒステリックな叫びとともに、粘液質(ねんえきしつ)な音が後ろから迫ってくる。

「っ――!」

 振り返らない。振り返ってしまえば追いつかれる。ジル・ド・レェの宝具に呼び出された海魔たちが、一斉に自分へと向かってきているのだ。

 追いつかれてしまえば、捕まる。その先にあるのは死よりも恐ろしい拷問だ。

 とにかく一心不乱に走る。体中が悲鳴を上げる。

 肺が痛い。喉が痛い。腕が痛い。足が痛い。

 魔力でいくら強化しても、背後から迫ってくる狂気は止まらない。

 だから走り続けるしかない。

「はあ、はあ!」

 息が上がる。それでも足を止められない。速度も落とせない。

 酸欠で真っ白になる頭の中に、場違いな音が響いた。

『SE.RA.PHの皆さーん、元気に殺していますかー?|惨(みじ)めに逃げていますかー?みすぼらしく命乞《いのちご》いしてますかー?聖杯戦争に参加する全員を応援する、BBラジオ、始まります!』

「BB!?」

 こんな時に一体なんだというのだ。幸いBBにジャックされているのは聴覚だけだが、彼女の訳の分からない番組を聞きながらジル・ド・レェから逃げなくてはならないこの状況は、まさに泣きっ面に蜂。清姫に頼光(らいこう)だ。

『ちょっとセンパイ!せっかく応援してあげようと思っていたのに失礼なこと考えませんでしたか!?』

「そんなこと……!」

 BBへの返事すら億劫(おっくう)で続かない。限界まで酷使している肺に余計なことをさせている暇はない。

『ま、そうやって必死に逃げているセンパイを見ていればそれぐらい水に流しちゃいます。ほうら、がんばれがんばれ~』

 本人に応援する気はあるのだろうか。フラストレーションが溜まる。いつか絶対後悔させてやると心に誓う。

『でもBBちゃんは公平なゲームマスターなので誰かひとりに肩入れとかできないのです……だから健気(けなげ)なわたしはこうやって、せめて声だけでも届けているのです、センパイ!』

 いいから早く本題に入ってほしい。できれば今後、BBチャンネルもやめてほしい。

『BBチャンネルはSE.RA.PH内閲覧数ナンバーワン・コンテンツなので今後も続くのです!打ち切りもありません!エンドレスにナイトメアなステキコンテンツです。良かったですねセンパイ!小悪魔系後輩に何度でも会えますよ』

 後輩は間に合ってるので勘弁してください。

『もう!釣れないセンパイです。――さて、そろそろ本題に入りますね。

 まず、センパイに悪いニュースです』

 でれれん、とそれっぽい効果音が流れる。BBはどうも()(しょう)なようだ。

『センパイの連れてきたサーヴァント、三騎の霊基消滅を確認しました。正真正銘、センパイはこのSE.RA.PHで孤立無援になってしまったのです』

 そんな馬鹿なと心の中で(こぼ)す。ネロ、エミヤ、玉藻はそれぞれが優秀なサーヴァントなのだ。彼らがそう簡単にやられるはずがない。

 だが、AIであるBBは嘘を吐けないとブリーフィングでエミヤは言っていた。今までのBBの言動から分かる。

 奥歯を噛み締める。彼女の言っていることは事実に他ならない。もっと早くに自分が行動を起こしていれば、と後悔が胸に()く。

『ご安心くださいセンパイ。センパイがどうこうしたところで、結局間に合いませんでしたし。ですから、センパイはその無力さを思う存分(なげ)いてくださいね!

 あと、もう一つ。SE.RA.PHは疑似霊子の情報体。現実体《リアル》のセンパイは電脳化されたSE.RA.PHでは少しずつ情報に分解されます。今のセンパイですと、おそらく持って二時間半程度で分解完了、SE.RA.PHの()やしになるのです!でも、その前にセンパイは触手の(えさ)になってしまいますけど』

「な――!」

 なぜそんな重要な情報を教えてくれなかったのだと叫びたかった。体が一瞬バランスを(くず)すが、何とか立て直して走り続ける。

『しかし!サーヴァントVS人間なんて一方的なゲーム、さすがにBBちゃんも良くないと思います。なので、センパイには少しだけヒントをあげちゃいます!』

 後ろから迫る音が近づいてきている気がする。BBの声に耳を傾けながら足に(むち)を打つ。

『SE.RA.PHにはまだ情報化されていない構造物がいくつか存在します。その中に逃げ込めば、センパイは後ろのキャスターから逃げられ、情報化もされないのです!まさにセーフハウスですね!

 さて、そんな夢のような逃げ場所が幸運なことにセンパイの近くにあるのです!壁の合間から十字架が見えますよね?そこにある教会はまだ電脳化されていない建物ですよ!』

 見えた。屋根に付けられた十字架が右の壁の上の方に見える。十字架の大きさから教会まではそれほど遠くない。しかも、お(あつら)え向きに右に曲がる道まである。

『その角を曲がるとあとは教会へ一直線です!』

 BBの声に従い右に曲がる。五十メートルほどの通路を全力で走る。背後の音が少しだけ遠ざかる。

 その先に教会が見えた。電脳化されていない教会は不思議な現実感を伴って数十メートル先の視界にある。

『ですが――』

 ようやく助かる。胸に安堵(あんど)が広がり、足を(もつ)れさせながら走り切る。

 そして通路を抜け、立香は教会のある広場へと飛び出した。

「――!」

『その先には教会を守るサーヴァントがいますので気を付けてくださいね、セ・ン・パ・イ』

 BBの消えていく嘲笑(ちょうしょう)とともに、目の前に槍が生えた。

 理解は追いつかず、咄嗟(とっさ)に右へ転んで避ける。刃が(かす)って服の一部が切れた。

「な……」

 尻もちをついて、そのまま槍の主を見上げる。

「なんと……神は()くも残酷な仕打ちをなさるか」

 血塗れの(よろい)を纏う男はその手に槍を握る。武人の眼が哀しみを帯びて立香を睥睨(へいげい)していた。

 ランサー・ヴラド三世。ルーマニアに名を()せる護国の鬼将。先のジル・ド・レェとは比較にならない、正真正銘の英霊だ。

 だが、彼の眼に宿るのは狂信の輝き。まともな理性ではないことは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

「この聖杯戦争は(けもの)の戦よ。信心を忘れ、尊厳を失った獣のみが跋扈(ばっこ)しておるわ。このような背徳の地に、人間がまだ生きていようとは。残酷だ。残酷極まる」

 矛先が自分に向けられる。直感する。勝てる相手ではない。

 加えて、後ろからはジル・ド・レェが迫ってきている。挟み撃ちになれば必死だ。

「ならば、殺さなければならない。オレが手ずから真なる神の愛を示さねばならない。安心せよ。オレも地獄に参る故な!」

 いや、勝つ必要ない。教会にさえ辿り着けばいいのだ。

 思考をフルに回す。この状況を打開できる方法を探る。

「では――さらばだ」

「――!」

 ヴラドが槍を突き出すのと同時に、立香は走り始めた。穂先(ほさき)が背中をかすめたが当たっていない。

「意地が汚いな、人間よ!」

 槍を引き、背中を見せた立香へと向き直り、迫る。

 だが、立香は上半身だけ振り向き、手をヴラドへと狙っていた。

「む!?」

 疾駆(しっく)を始めたヴラドに躱す術はなかった。

「ガンド!」

 体に残っていたありったけの魔力をかき集め、礼装のバックアップに加えてダメ押しに令呪を一画使用して指弾を撃ち出す。

「ぐぅ!」

 直撃。ヴラドはたじろぎ、その隙に立香は教会へと走り抜ける。

 しかし所詮(しょせん)は魔術師の呪い。一秒と立たずにガンドの拘束からヴラドは抜け出す。

 だが、立香にはその一瞬で十分だったのだ。

「何!?」

 背後から迫るのは無数の触手(しょくしゅ)の群れ。ジル・ド・レェの使役する海魔が一斉(いっせい)にこの広場へと流れ込んできたのだ。

 サーヴァントであるジル・ド・レェの攻撃を無視することはできない。ヴラドは立香への攻撃を断念せざるを得なかった。

 背後で始まった戦いの音を後に、立香は全力で教会まで走り、半ば体当たりの体勢で扉を開け放った。

「っはぁー!」

 そのままバランスを崩して教会の中へ転がり込む。ぐるりと一回転して頭を床にたたきつけてしまった。ゆっくりと立ち上がり、呼吸を整える。背後ではまだ戦いの音がする。

「いてて」

 ぶつけた所をさする。幸い大した傷ではないようだ。

 教会の(ほこり)っぽい空気が肺いっぱいに広がる。

「え……」

 その時、誰もいないと思い込んでいた教会の中にか細い声が聞こえた。

 聞き逃してしまいそうな小さな声がはっきりと聞こえた。

 緩んだ意識を引き締めて、声のする方へと顔を上げた。

「――」

 見上げた先、説教机に背を預けて座る黒いドレスを(まと)った少女が、立香を見つめていた。

 

◇◇◇

 

「君は――」

 警戒した。警戒しない理由がなかった。

 BBはここに来れば「キャスターから逃げられる」とは言ったがここにサーヴァントがいないとは言っていない。128騎ものサーヴァントがいるのだ。教会を根城にしていてもおかしくはない。

 それに、と立香は目の前の少女を観察する。

 まず目を引いたのはその容貌(ようぼう)。青い目に青い髪を束ねる青いリボン。違いはあるけれど、BBによく似ている。もし彼女がBBの関係者だとしたら油断はできない。

 なによりも、彼女の足。それが少女を「人間ではない」と雄弁に示していた。

 剥き出しの太腿、膝から下は鋼鉄のブーツ。刃のように()()まされたヒールと膝頭に伸びる棘はその存在全てが武器であり、ただ痛めつけるための道具であると語る。そんな足をしている彼女を、人間と判ずることはできなかった。

 そして異常なまでに露出された腰回り。たった一枚のプレートが少女の秘部を隠している。別の意味でかなり危ない。

 直感的に、目の前の少女が人間でないことは分かった。ならばこのSE.RA.PHにおいて残る存在はサーヴァントだけだ。

 けれど、立香は警戒心を緩ませずに観察しながら、この少女を敵だと判じることはできなかった。

 これまで出会ったサーヴァントは皆一様に狂っていた。枷が外れ凶行に及んでいるように見えた。

 目の前の少女は違う。確かにその足は他者を害するものでしかないが、身体は力なく横たわり、彼女から発せられる魔力の気配はサーヴァントにしては明らかに微弱だ。ところどころ傷ついた体は本当に満身創痍なのだろう。

 それに少女が浮かべる表情。驚いているようで慄《おのの》いている、そんな顔を果たしてサーヴァントがするだろうか。いくら傷ついていたとしても、人間一人に(おび)えることなどあるはずがない。

 この子は何かが違う。狂ったSE.RA.PHにおいて、この少女は少なくとも狂っているようには見えない。

 沈黙が降りる。背後の扉からは粘液の飛び散る音と刃が引き裂く音が伝わってくる。

「……君は」

 先に沈黙を破ったのは立香だった。

「君は、サーヴァントなのか?」

「……」

 その瞳は揺れていた。彼を値踏みしていたのか。はたまた、純粋に彼を恐れていたのか。

「……一応、は。私は、サーヴァント、です」

 か細い少女の声は、数百年ぶりに発声したかのようにたどたどしかった。

「君は、僕を襲わないのか?」

 その問いに少女は目を丸くした。

「なぜ、襲わなければ、ならないのでしょうか」

「それは……ここが聖杯戦争の舞台だからじゃないかな」

 サーヴァントが召喚されるにはマスターが必要になる。どこにいるかは不明だが、この聖杯戦争にもマスターはいるはずだ。そして、サーヴァントにはマスターが必要となる。

「マスターを倒せば、サーヴァントは現界を維持できない。だから、先にマスターを襲った方が効率的じゃないか」

「では、アナタは、人間、なのですね」

「うん」

 素直に頷いた。どうやらこのサーヴァントは敵対的ではないらしい。

 では、なぜ彼女は襲ってこないのだろうか。

「しかし、あなたは、このセラフィックスの、人には見えません。何処から、来たのですか」

「……」

 果たしてこの少女に全てを打ち明けるべきか、立香は迷った。

 だが、結局のところ彼が取れる選択肢は少なく、このSE.RA.PHについての情報も足りない。ならば、ここは少しでも情報を仕入れるべきだろう。

 時間はない。立香は自分がSE.RA.PHに来た経緯をかいつまんで説明した。

「実は――」

 

◆◆◆

 

「――では、あなたはこの特異点を解決するためにカルデアという所から来たのですね。サーヴァントも連れずに、一人で?」

「うーん、まあ、そうなるね」

 その人は近付いてきて、私と数歩離れた場所でおおよその理由を説明してくれた。

 その頃には私の声はだいぶ流暢(りゅうちょう)になっていた。

「そうですか……」

「うん。そいうわけでSE.RA.PHを探索しなきゃいけないんだけど、その矢先にサーヴァントに見つかっちゃってね。何とか逃げれたはいいけど、この次はどうしようかなって」

 あはは、とあの人は力なく笑う。

 今、この人は何もすることはできない。人間ではサーヴァントには勝てない。逃げ隠れながら進もうにもいつかは見つかってしまう。そんなこの人を思うと胸が苦しくなる。

 何か力になりたい――そう思っても、私の()ちた体では何もできない。

「そういえば、まだ名乗っていなかったね」

「え?」

 あの人の提案があまりにも突拍子(とっぴょうし)だったから、思わず(ほう)けてしまった。

「僕は、藤丸。藤丸・立香だ」

「フジマル……」

 フジマルリツカ、と口の中で繰り返す。素敵な名前だった。きれいな音だった。

「君の名前は?」

「私は――」

 いずれ消えるのに名乗る意味はあるのだろうか、と私は疑問に思った。

「私は、メルト。メルトリリスです」

「メルトリリス……可愛い名前だね」

 にこりと笑いながらそんな風に言うので、私は顔が熱くなってしまいます。

「そんな……」

「ところで、メルトリリス。君は、どうしてここにいるの?」

 来た、と身が硬くなる。それは私の核心に迫る質問だった。

 しかし、AIとしての気質、そして彼の今までの誠意ある対応に、私のとるべき行動は一つだった。

「私はアルターエゴ。BBから分かたれ、創造された別側面のサーヴァントなのです」

 BB、という言葉にやおら気配が緊張を(はら)んだ。

「つまり、BBの仲間ということなのか」

「――正確には、だった、でした」

 不可解そうに眉を顰めるリツカに私は説明します。

「私はBBからサルベージされ、手駒として運用される予定でした。けれど、私はBBと方針を違え、反逆し、敗北しました。その所為(せい)でこの通り、全ての機能を初期化され、残り少ない魔力とともにこの誰も来ない教会に廃棄されていたのです」

「……そう、だったのか」

 リツカはなんとも言えない面持《おもも》ちで顔を伏せました。

「気になさらないでください。私はやがて死にゆく身。あと数時間もすれば活動を停止します。そうしたらこの教会はアナタのものです。サーヴァントも積極的には近付きません。拠点として使えるでしょう」

「……」

 その提案に彼の表情は暗く落ちている。それがどういう意味なのか、この時の私にはわからなかった。

 何やら考え込んで、次に私を見るときのリツカの目は決意めいたものを感じた。

「メルトリリス」

「……なんでしょうか」

 どうせ死にゆくのだから、少しくらいこの人に情報を与えてあげたい。そんなことを私は考えていました。

「僕と契約してくれないか」

「え――」

 だから、そんなことを言われるなんて夢想だにしていなかったのです。

「でも、私は何もかも初期化されて、何もないのですよ?契約しても、アナタの力になれるかなんて――」

「構わない」

 あの人は頷いて

「足りない分は、僕が補うから」

「――」

 きっと彼にとっては誰でもよかった。自分に敵意なく、マスターの居ないサーヴァントであれば、それが私でなくても彼は契約したはずです。

 けれども、彼が、リツカがこの私を求めたことに意味があったのです。たとえ私という戦力が欲しいだけでも、その言葉が嘘だったとしても、(リツカ)(メルトリリス)を求めたことは事実だから。

 それだけで、私は十分だった。

「――分かりました」

 立ち上がる。体に残った全ての力を振り絞って、(よど)みなく私は起き上がり、そして(かしず)いた。

「この通り、何もかもを失った私ですが、それでもよろしければ」

「ああ」

 リツカがその手を私に(かざ)す。目を閉じて、彼は再契約の呪文を唱える。

「告げる。(なんじ)の身は()(もと)に、我が命運は汝の剣に。

 この意、この(ことわり)に従うならば――」

(ちか)います」

 この時、私の運命は決まった。私の心は決まった。

「このジゼルの魔剣はアナタの為に」

 令呪が赤く輝いた。自分の体に外からの経路(パス)が繋がり、魔力が流れ込んでくる。

 これが――契約。誰かに身を預けること。誰かの命を預かること。

 この体が、自分以外の誰かと(つな)がっていること。

 流れてくる魔力量では戦うことは難しい。けれど、この胸の高揚は何にも代え難かった。

「それでは――」

 立ち上がる。ヒールを含めた私の身長は彼を大きく抜かして見下してしまう。だから軽く身を引いて腰を折り、彼に視線を合わせる。

「我が身はマスターの為に。私を見つけてくれたアナタの為に、最後まで踊りましょう」

「ああ、よろしくね、メルトリリス」

 差し出された右手。それをじっと見つめ、けれど私はそれを握れなかった。

 私は深々とお辞儀をして、その返礼とした。

 その手は私にはもったいなかった。

 恥ずかしくて、握り返せなかった。

 ただ、それだけだった。

 

◇◇◇

 

「ほう、ようやく来たか」

 扉を開けると、教会前の広場は余りにも濃い血霧(ちぎり)のせいで鼻がおかしくなるほどだった。

 広場はさながら雑木林のようだが、林に乱立するのは木でなく槍であり、生い茂るのは木の葉でなく穿たれた肉の塊、海魔ばかりだった。

 その槍の林の向こう、鎧を纏う戦鬼が(わら)っていた。

 メルトリリスと契約した立香にとって次の問題はこのヴラド三世だった。サーヴァントは教会には入って来ないというが、ペナルティはあるだけで入れないわけではない。安全を確保するには、彼を撃破することは必要不可欠だった。

 そして、今後SE.RA.PHのサーヴァントたちを相手取るのなら、ヴラドは越えねばならない敵でもあった。

 その敵が、立香を認めて(あざけ)る。

「あまりにも待たせすぎだ。待ちすぎたゆえ、こうして異端者を一人、(ほうむ)ってしまったわ」

 新たな槍が地面に突き刺さる。そこには槍に貫通され、苦痛に顔を歪めたまま絶命するジル・ド・レェの姿があった。

「……」

 確かに彼は猟奇殺人者だ。だが、ここまでされる必要があっただろうか。

 その凄惨(せいさん)な光景に思わず目を背けてしまう。

「良い、それが正しい反応だ。それが()き者の反応だ。だが、そのような善き者がここにいてはならん。オレが、殺さねばならん」

 ヴラドが再び槍を向け、殺意を立香へと剥き出しにする。

 ドクンと心臓が揺れる。ただ闘気を当てられただけでも体がすくんでしまう。

 そんな立香を守るようにメルトが進み出た。

 ヴラドが眉を(ひそ)め、忌々(いまいま)しく吐き捨てる。

「……怪物と契約したか。ならばよかろう。もはや未練なく容赦(ようしゃ)なく、オレが貴様らを冥府へと送ってやる」

 構える。穂先に殺意を乗せ、ヴラドは敵と認めたメルトリリスを(にら)みつける。

「……」

 対するメルトリリスは静かに構える。開演を待つ演者(バレリーナ)のように。

「……」

「……」

 世界が静寂に飲まれ、次の瞬間に二人は()ぜた。

 

◇◇◇

 

「ぬうん!」

 荒々しく振るわれるヴラドの槍は一振り一振りが必殺。彼自身は槍の名手ではないが、サーヴァントと化した肉体、そして「無辜(むこ)怪物(かいぶつ)」スキルによって底上げされた怪力が彼の槍を兵器に仕立て上げる。

 だが、そのいずれもメルトリリスには届かない。

「――ふっ」

 鋼鉄が弾かれる高音。華奢(きゃしゃ)なメルトリリスの体は軽々と宙を舞う。

 重心を回して姿勢を整え、空中で一回転して着地。そのままヒールを滑らせて滑走する。

 メルトリリスの戦い方は彼女の足をフルに活用する。棘の膝での刺突。刃のヒールでの斬撃。それらを繋ぐしなやかな体術。他のサーヴァントにはない洗礼された身のこなし。羽のように彼女の袖とスカートが舞う。青と黒のコントラストが鮮やかに。

 それは武術というよりは舞踏(ぶとう)。あるいは、バレエ。

 移動のそれはフィギュアスケートのような軽やかさ。空を舞う優雅(ゆうが)さはバレリーナの華やかさ。あたかもメルトリリスはヴラドと踊っているかのようだった。

「……」

 正直に、自分はその光景に呼吸を忘れてしまいそうだった。そんなことを言うのは戦っているメルトリリスに失礼かもしれない。

 けれど、ただ、彼女の舞いはひたすらに心地よく、美しかった。

 今まで多くのサーヴァントの戦いを見てきたけれど、メルトリリスのように優雅に舞うサーヴァントはいなかった。

 それだけに見惚(みほ)れてしまっていた。

「――」

 剣戟が踊る。刃が舞う。

 命を賭ける戦場だから、彼女の舞い(バレエ)はいっそう輝く。

 

◇◇◇

 

 滑走()右へ(ドゥワ)跳躍(ジュテ)――

「!」

 渾身の体をしならせた回転(フェッテ)(ヒール)は勢いのまま敵を引き裂く。

「小癪!」

 右手の甲冑で防がれる。が、そのままヒールが鎧を削る。

「ぬん!」

 力任せに腕を振り、体が飛ぶ。フェッテの回転で受け身を取って着地する。

「――」

 体は思った以上に動いた。マスターと契約しているからだろう。

 けれどそれだけだ。敵を倒すにはもう一押し足りない。今の私の力では、あのサーヴァントを突破するのは困難。

 悔しかった。この程度の障害を打ち払えない己の未熟さが、弱さが腹立たしかった。ヒールの重みに床が(きし)む。

 感情を仕舞い込み、再び滑走。

 敵は手の槍だけでなく、自らの体からも槍を出現させる。それを飛び道具にして私に襲い掛かってくる。

 跳躍で避け、ヒールで(はじ)く。その程度の攻撃では止まらない。

 地面を蹴り、右足を掲げる。

 一閃(いっせん)をヴラドに振り下ろす。

「効かぬ!」

「!」

 槍で合わされ、どころか、そのまま体ごと上に弾かれた。

 後ろへの一回転。視界が逆転して、背中にいたはずのリツカ(マスター)が逆さに映る。

「――」

「――」

 これだけ苦戦しても、あの人の目から闘志は消えていなかった。

「メルト!」

 聞こえた。彼が、リツカが、あの人が私を呼ぶ声が。

 全身に力が(みなぎ)る。

 嗚呼(ああ)、とても胸に響いた。まるで、大木を割る雷のように。

 着地と同時にヴラドは距離を詰めてきた。獰猛(どうもう)な獣の(ごと)く迫りくる敵の姿は何倍にも膨れ上がったように見える。

「――!」

 メルトも疾駆する。スピードならこちらが一枚上手。

 距離を瞬く間に詰め、互いに間合いの範囲へ。

「はっ!」

 先にメルトリリスが繰り出す。横薙ぎの回し蹴り。

 だが、その蹴りをヴラドは掴んだ。

「!?」

「こうされては逃れまい!」

 その眼に勝利を確信し、敵は刃を私へと滑らせる。

 確かに逃げられない。

 ――私一人では。

「令呪を以って命ずる!」

「何!?」

 ヴラドは瞠目(どうもく)した。今まで沈黙を保っていたマスターが突如叫んだのだ。

 それは令呪の呪言。サーヴァントを律し、時にその能力を向上させ、奇跡を起こす魔術。

 私たち(・・・)はこの瞬間を待っていたのだ。

「飛べ、メルト!」

「ええ――!」

 カルデアの令呪は本家のそれと比べて拘束能力は高くない。再現できる奇跡の出力も劣る。サーヴァントが全力で反抗すれば呪縛(じゅばく)()かず、長距離の瞬間空間跳躍など不可能だ。

 だが、条件さえそろえば不可能ではない。長距離ではなくごく短距離であれば、多少のタイムラグも容認すれば空間跳躍も可能だ。

 加えてメルトリリスの『流体』という特性も味方した。ヴラド三世はメルトリリスを掴んではいた。だが、『流体』である彼女にはそもそもそのような拘束自体が効果に(とぼ)しいのだ。

 もしこれがほかのサーヴァントであれば、せいぜい拘束を抜ける程度にとどまっていただろう。メルトリリスの特性があったからこそ、彼女は敵の腕から抜け出し、その背後へと飛ぶことができたのだ。

「馬鹿な――!」

「さらに重ねて令呪を()って命ずる!」

 ヴラドとリツカの叫びが重なる。

 すでに刺突しようと身を乗り出したヴラドは回避するだけの余裕などなく、振り向くだけで手一杯だった。

 ヴラド三世の眼前、メルトリリスが宙で一回りして、その膝を狙い()ます。

「メルト、勝利しろ!」

「もちろん!」

 純粋な魔力源としての令呪はメルトリリスの体を、その一瞬だけ本来に近い性能を取り戻させた。

「ガァッ――!」

 ヴラドの胸に華が咲く。キン、と棘が鉄を貫く音が甲走った。

 

◇◇◇

 

「オレを、倒すか……」

「……」

 メルトリリスは棘を刺し貫いたまま、敵の体に毒が回るのを待っていた。

 霊基は完全に砕け、体の半分近くは『メルトウィルス』による融解(ゆうかい)が始まっていた。もはや、この敵に為せることなどない。

「そうか。怪物であるお前が、あの人間と行くというのか」

 彼女から表情は見えない。けれど、その言葉はとても穏やかだった。

()くがいい。()くがいい。()くがいい。貴様らはその道を巡るがいい。

 それはどの道よりも過酷で残酷な道となろう」

 声はだんだんと夢見るような心地になってゆく。これはもう経験値の塊でしかない。あとは、これを吸収するだけ。

 瞼を落とし、ヴラドは最後に告げた。

「だが、その道は――ああ、何よりも祝福で満ちている。愛で、満ちている――」

 最期にそれだけ呟いて、その敵は消え去った。

 これで二人の聖杯戦争の第一幕が終わりを告げた。

 

◆◆◆

 

「疲れたー」

 ドサッとリツカは礼拝堂にある横長の椅子の一つに腰を下ろす。私は同じ椅子の端っこに腰掛けました。

「……」

「どうしたの、メルト?」

 リツカが私を(のぞ)き込んでいるとは知らずに、不安を面に出してしまいました。それを見られた恥ずかしさで、私は顔が火照ってしまいます。

「いえ、大丈夫です」

「本当に?」

 そう問いかける言葉に、私は素直に答えてしまいます。

「……申し訳ないのです。私はアナタの剣になると誓いました。それは心の底から本当です。ですが、正直、自信がないのです」

 顔を伏せてしまう。視界には自分の足と、敵の攻撃で切れ切れになった衣装が入ってくる。

「アルターエゴといっても、私は廃棄されたもの。128騎のサーヴァントを相手にしての戦いなんて、できるはずもありません。絶望的すぎます……一騎倒すだけでも、こんなにボロボロになってしまうのに」

「でも勝てたよ?」

 私は首を横に振りました。

「違うのです。自分の性能に自信がないというのではなく、アナタを守り切れるか。アナタの期待に沿うだけの活躍ができるのか、それが不安なのです」

 今回の勝利は自分だけの力では為し得なかった。マスターの補助があって初めて掴んだ勝利だった。

「そうかな。さっきの戦い、すごくよかったよ」

「……本当でしょうか?」

 うん、と彼は頷いた。上目がちにリツカを伺い見る。

「メルトリリスの戦い方、綺麗だった。思わず見とれちゃったな」

「――そう、ですか」

 何かずれた誉め言葉だったけれど、それがリツカの言葉だから、素直に胸に落ちた。

「まだメルトリリスが本調子じゃないことは分かった。でも、メルトリリスは倒せば倒すだけ強くなれるんでしょ?」

「はい」

 私のスキル、「メルトウイルス」は万全ではない。まだ使えなかったスキルを今回は令呪によるブーストで無理やり使用した。現在は瀕死のサーヴァントに使用する程度なら可能となっていた。

「なら一緒に取り戻していこうよ。少しずつ、さ」

「――」

 その誘いがどれ程甘美だったか。彼の笑みが私の胸の中で行き渡っていく。

「そう、ですね。今はまだ足りませんけど、本来の私は完璧なアルターエゴ、らしいです。パラメーターならアルターエゴの中でもトップクラスです。そうすれば、アナタを守り切ることができますね。――ああ、でも」

 そこで私は気付いてしまった。

「もし、力を取り戻したら、こうやって助け合うこともなくなってしまいますね」

 私は悲しく笑いながら、そう告げた。

「……」

「私、分かりません。元の私に戻りたいのか、このままでいたいのか」

 リツカは静かに私の声に耳を傾けてくれた。ただ、穏やかに微笑みながら。うん、と相槌(あいづち)を返してくれることが嬉しかった。

「でも、SE.RA.PHは待ってくれません。一刻も早くアナタをここから脱出させなくては。その為にはもっとサーヴァントを倒さないと。彼らのリソースを使って、私はもとの私に戻ります。そして、BBを倒し、アナタをカルデアへと送り返す。ですから」

 それは半ば嘆願(たんがん)だった。

「どうか、その時まで私と一緒にいてください」

「――もちろん」

 彼は笑ってくれる。微笑み、私を受け入れてくれる。

「メルトリリスは僕のサーヴァントだ。絶対に見捨てないよ」

「――ありがとうございます、マスター」

 その言葉だけで、どれだけ救われるか。あの人に微笑み返す私の眼には、涙が浮いていた。

「それじゃあ、これからもよろしくね、メルトリリス」

「メルト、でいいです。長いですから」

「わかった。それじゃあ、メルト、よろしく」

「私こそよろしくお願いします」

 互いに笑いあっているこの瞬間が何よりも私にとって嬉しかった。

「そしたら、そろそろ寝ようかな」

「でしたら礼拝堂の上に職員の部屋があります。そこを使われたらどうですか」

「……メルトはどこで休むの?」

「私は、見張りも兼ねてここに居ようと思います」

「そうか」

 すこし逡巡(しゅんじゅん)して、彼は礼拝堂で眠ると決めました。

「それじゃあ、上から寝具を取ってこよう」

 そういって彼は慌ただしく階段を駆け上っていってしまいました。

 リツカの突拍子のない行動に、私は呆けるだけでした。

 そして、自然と笑みが(こぼ)れてくる。

「……ふふ」

 不思議な人。一緒にいるだけでこんなにも心は温もりと明かりに満たされていく。

 きっと私よりも心細いはずなのに、なんで彼はあんなにも明るいのだろうか。

 これからのことを思うと居ても立ってもいられなくなる。自分の体のことは自分がよく分かっている。それほどに絶望的なのだ。

 なのに、心を締め付ける絶望に自然と笑みが零れてしまいます。

 きっとあの人のおかげなのだろうな。

 人形であった私に生きる意味を与えてくれたのだから。

 コッペリアは窓辺に座って見守るだけ。

 せめて、この一晩だけは踊りあかしましょう。

 




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