ウィリの夢   作:もるげんれえて

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セラフィックスでメルトリリスと契約したマスター。
二人は他のサーヴァントを倒しながら、管制室がある胸(ブレスト)を目指す。

C93で頒布したCCCコラボ一週目の小説です。
ここで全文を順次公開していきます。
まだ在庫が御座いますのでぜひイベントでお求めください!

また、C107で頒布予定の「メルトリリスは踊らない(https://syosetu.org/novel/393807/)とも若干の関連があります。
こちらも併せて読んでいただけると幸いです。


ウィリの夢 第二幕 縛られる森の美女

◇◇◇

 

「SE.RA.PHは確かに人型をしています。けれど、その繋がりは通常の尺度では測れません」

 立香の隣で歩調を合わせるメルトは周囲に気を配りながらそう説明した。

「例えば、教会のあるここは太腿(サイ)と呼ばれています。話を聞く限り、マスターは(ヘアー)の辺りから来たことになります。ここから髪へは一本道で行けますが、(ブレスト)は途中で別の道に進まなければなりません」

「じゃあ、あの分かれ道がそうだったのか」

 立香はジル・ド・レェと会った時、三叉路だったことを思い出す。

「たぶんそうです。……でも、安心しました」

「なんで?」

 今までの話のどこに彼女が安心する要素があるのかと立香は首を傾げる。

「はい。胸には強力なセンチネルがいます」

「センチネル?」

 まだ説明していませんでしたね、とメルトは言った。

「SE.RA.PHはある女性の心を基底(アーキ)として設計されています。そしてBBはそれぞれのエリアを守るサーヴァントに特殊な力を与えてその領域の守護者、『衛士(センチネル)』としたのです。センチネルは一騎一騎が非常に強力で、今の私ではとても太刀打《たちう》ちできません……」

「つまり、そのセンチネルっていうのはBBの手先なの?」

 そう言うとメルトは少し顔を顰《しか》めて首を振った。

「確かにセンチネルはBBによって強化されていますが、BBの配下というわけではありません。センチネルも聖杯戦争の参加者です。BBの思惑(おもわく)とは別に動いています。また、センチネルは基本的に自分の領域から出ることはできません。どのエリアにセンチネルがいるか分かれば、探索もしやすくなるでしょう」

「なるほど。で、そのセンチネルが胸にいるのか」

「……はい」

 メルトの答えは歯切れが悪かった。どうしてかと聞きたかったけれど、聞いてはいけないような気がした。彼女も表情を暗くして黙り込んでしまった。

 床を叩く電子音だけがダンジョンに響く。

「ところで、さ。僕は教会の外にいるとだんだん情報に分解されることになるんだけど、大丈夫なの?」

 重くなった空気を変えるために別の話題を振ってみた。

 メルトも気持ちを切り替えたようで、いつもの穏やかな顔つきに戻った。

「そうですね……。魔力が十分に回復しているマスターなら三時間は活動できると思います。調子がよく、SE.RA.PHに慣れてくればもう少し長く居られるかもしれません」

「……慣れたくはないなあ」

「そうですね。そうなる前に、マスターを元の場所に帰してみせます」

 頼むよ、と信頼を込めて言うと、メルトははい、と笑った。

 髪とは逆のほうへと進む。メルト(いわ)く、こちらの方が強い敵に遭遇しにくいらしい。

 二人で進んでゆくと、ある程度のところで立香にも分かるほどの強い魔力の気配が前方に現れた。

「……メルト」

「はい」

 数メートル先に敵のサーヴァントがいる。それは昨日同様、狂気に()ちた眼をしている。だが、敵から発せられる威圧感はヴラド三世ほどではない。

 メルトなら勝てる。立香は直感した。

 戦意を鋭く纏って、メルトリリスは深く腰を落とした。

「マスター、指示を」

「ああ。やって、メルト」

 その言葉でメルトが地面を蹴る。

 青い風がSE.RA.PHに吹いた。

 

◇◇◇

 

 メルトが語るには、セラフィックスは約二時間半でマリアナ海溝の最低部に至る。

 ただし、SE.RA.PH内は通常時間の百倍の速さで時が流れる。SE.RA.PHにいる自分たちが海底に到達するまでには約十日の猶予がある。

 十日間。それが僕らに残された時間。この短い期間でメルトリリスとともにSE.RA.PHを探索し、彼女の経験値を稼ぎ、そしてこの特異点の原因を探らなくてはならない。

 そういえば、聖杯には今までも関わってきたが、聖杯戦争の形式をとったものはこれが初めてだった。どの特異点も聖杯を起点として特異点化していたが、ここはあたかも聖杯そのものを巡って特異点となっている。それゆえに、今までのようなはぐれサーヴァントは期待できない。SE.RA.PHに呼ばれたサーヴァントは聖杯に呼ばれたも同然であり、その時点で自分たちの敵となってしまうからだ。

 そして、自分一人だけなのも初めて出会った。いつもならマシュやカルデアから来たサーヴァントが傍にいた。監獄塔(かんごくとう)でさえも最初から隣に誰かが居たのだ。このSE.RA.PHでは違う。自分は正真正銘の一人きり。外との通信もなく、中には協力者はいない。あくまで一人の力でこの特異点を解決しなければならないのだ。

 だから、自分の隣にメルトリリスがいることがどれだけ有難(ありがた)いことか。きっと、誰もいなかったら最初の夜に心が潰れてしまっていただろう。

 彼女が居たから、こうやって歩いていられる。彼女がいるから進むことができる。

 僕が強い人だとメルトリリスは言うが、それは違う。本当は足が震えてしまいそうだし、怖くてしょうがない。けれど、メルトが(そば)にいてくれるからそんな恐怖を忘れていられる。メルトがいるから、僕はこうやって振舞えるのだ。

 メルトは僕を守り切れないかもしれないと不安がる。だから傍にいる。確かに今は弱いかもしれない。一緒に強くなって、進んでいこうと声をかける。そうやって、僕は自分を鼓舞するのだ。

 ここで止まっていられない。目を閉じれば自分が独りぼっちだと嫌でも分かってしまう。

 それでも、進み続ける。

 またカルデアに帰るために。

 特異点の真相を明かすために。

 何よりも、僕を守ってくれるこの少女のために。

 

◆◆◆

 

 探索を終えると、私たちはその日の疲れを癒しながら色々な話をします。

 私が特に心を躍らせるのは、リツカの今までの旅の話です。

「――そこでヘラクレスを倒すために(アーク)を使うことになったんだけど、これがもう本当に大変だったんだよ」

 そうやって語るあの人はいつも楽しそうで、大変な冒険だったはずなのにそれを感じさせないのです。

 どの話も全てが死線。絶体絶命の危機なんて何度もあった。それでもあの人は笑っていた。

 お話の中だけでなく、今も。

 サーヴァント128騎を敵に回し、孤立無援になりながらも、あの人は恐れを見せることなく私の隣で笑っていました。

 そんなリツカがとても不思議で、なぜ笑っていられるのか分からなくて、でも、だからこそ私もこうやって笑っていられるのだと思います。

 そして、彼の話を聞いていると、ゆっくりと大きくなる心があります。

 この人を返したくない。永遠に私の隣にいてほしい。

 リツカを独占していたい、私だけのマスターでいてほしいという願望。

 カルデアにはたくさんの契約したサーヴァントがいると聞きました。もし彼が帰ってしまったら、私はその中の一人、数多(あまた)のサーヴァントの一人になってしまう。

 それを思うと、少しだけこの人が帰らなければいいのにと願ってしまうのです。ずっと私の隣で笑っていてほしいと祈ってしまうのです。

 けれど、それは許されない願い。禁じられた祈り。

 私はこの人に意味を与えられた。この人に存在する理由を、踊るための意義を吹き込まれた人形なのです。

「――君はどうする、ですか」

 ある時、カルデアへ帰る方法について話し合っていた時のことでした。

 レイシフトの強みは観測すれば帰還できること。そして、他の生き残りがいるかもしれない中央管制室に行けばカルデアと通信が繋がり、帰路の(きざ)しが見えると説明したところ、リツカは残される私に聞きました。

「私は、アルターエゴです。きっと何処にも行けません。行ってはいけないのです」

 何故、と彼は問うた。その質問は残酷だった。

「私たちアルターエゴは正規の英霊ではありません。複数の英霊と女神を組み合わせて造られたハイ・サーヴァントなのです。ですから、SE.RA.PHでありBBのいるここならば存在できますが、英霊の座にいない私たちはカルデアにはたどり着けないと思うのです。

 それに――」

 続く言葉を、私は呑み込みました。

「……サーヴァントのいないアナタは、必要に迫られて私と契約したのです。私にはそれだけで十分。私はアルターエゴ。人間ではありません。アナタたちからみれば、人形のようなものなのです。(あるじ)がいなくなれば人形は消えてなくなる。それでいいのです」

 ああ、だから――

「どうか、そんな顔をしないでください。アナタが悲しむと私の爪先が鈍ってしまう。ポワントさえできないプリマに価値はないでしょう?さあ、もっと、強気に気楽にいきましょう」

 せめて、私は精一杯の笑顔をあの人に贈った。

「アナタが笑っている限り私はアナタの味方です。湖を飛び立つことはありません。たとえこの事件の元凶が、私を生み出した悪い魔女だとしても、恐れはありません」

 気丈に私はリツカに語りかける。私は大丈夫だから。ただの人形。ただのサーヴァント。一時(いっとき)の契約の主従なのだ。

 だから、そんな顔をしないで。

 曇った表情のリツカは、分かったと今にも泣きだしそうに笑ってくれた。

 胸が締め付けられる。けれど、これでいいのだ。

 優しいアナタだから、きっとここまで来れたのだから。

 どんなに辛くて苦しくても、私はこの二人劇(パ・ド・ドゥ)を踊り続けましょう。

 私のフェッテでアナタの道を作りましょう。

 アナタのサーヴァントとして。

 

◇◇◇

 

「これで十三体目、か」

 メルトの膝が敵サーヴァントの胸を刺し貫いた。霊基を破壊されたサーヴァントはすぐに座へと帰っていくが、メルトはその前にサーヴァントを「経験値」に還元《かんげん》し、吸収した。人型だったサーヴァントがドロドロと青色のスライム状に溶かされるこの様子だけは何度見ても慣れるものではなかった。

 そのことをメルトに話したら顔を赤らめて「私だって、アナタの前でこんな下品な食事、したくありません!」と身を縮めてしまった。それ以来、この“儀式”については見て見ぬふりを決め込んでいる。

 SE.RA.PHに来てからおよそ三日が過ぎた。昼夜の概念のないSE.RA.PHでは正確には「日」という単位そのものがあまり意味をなさない。累計(るいけい)で七十二時間経過しているので便宜的にそう言っている。

 体感的にはもっと過ぎているように感じていた。というのも、SE.RA.PHでの探索は時間感覚が混乱するものだからだ。自分の探索限界が約三時間。その時間一杯使ってSE.RA.PHを歩き回り、敵のサーヴァントを倒す。教会に戻って休憩し、また探索に出かける。疲労が溜まっていたら仮眠を取る。そんな生活をしていたら、今が何日目か分からなくなってしまった。腕のデバイスが刻む時間だけが正確な時を教えてくれる。

 そうして探索し続け、メルトリリスの能力は少しずつ確実に戻っていった。かつてはサーヴァント相手に苦戦していた彼女も、今ならヴラド三世レベルなら互角かそれ以上に戦ってみせるだろう。

「ふう」

 と彼女は棘に残っていたサーヴァントの残滓を振り払った。幸いに今まで出会った敵はそれほど強くはなかった。メルトの調子もよく、加えて自分の手の甲には三画まで回復した令呪がある。これならばそう簡単に負けることはない。

「それにしても遠くまで来たね」

 辺りを見渡す。ここは自分が最初に降り立った場所からさらに奥に進んだ広場だった。

 天井を見上げると、初めの時よりも青は暗い色になっていた。間違いなくSE.RA.PHは深く潜っているのだと痛感させられる。

(ヘアー)の最奥部ですね。ここまで来て他にサーヴァントがいないのでしたら、この辺りにはもう敵はいないと思います」

「これでまた一つ、探索が終わったわけか」

 ええ、とメルトリリスが頷いた。

 これまで太腿から下半身を中心に攻略していった。前回の探索で左右の足を探索し終えたので、今度は上半身へと乗り込んだのだ。

 ……こうやって自分たちのやってきたことを言葉にすると、何か誤解を招きそうな文脈になってしまうな、と苦笑した。

 腕のデバイスを見る。教会を出てから約二時間。帰りを考慮するとちょうどいい頃合いだ。

 このまま引き上げようとメルトに提案するが、そこでふと思い出した。

「そう言えば、ここから(ブレスト)に行けるんだよね」

「……はい」

 隣まで歩いてきたメルトはその視線を隅を見やるようにどこかに向けてしまった。

「それなら一度、(ブレスト)を覗いていくっていうのはどうだろうか」

 以前、メルトが他に生存者がどこにいるかという質問に胸の管制室にならいるのではないかと答えたのを思い出した。

 セラフィックスの中枢である管制室ならばここで何が起こったのか、どういう経過を辿ったのか分かるかもしれない。生存者の確認も重要だ。それに、いざという時のための脱出手段も確保しておかねばならない。今の自分はカルデア側からは捕捉できていないため、レイシフトできない。管制室の通信を使いカルデアに連絡を取ることができれば、シヴァによって観測され、SE.RA.PHから脱出することができる。

 管制室に行くことには多くのメリットがある。なるべく早急に向かうべき場所なのだが、そうもいかない事情がある。

「私は、反対です」

 彼女は表情を険に強張(こわば)らせて拒絶した。やっぱりなと肩を(すく)める。メルトが賛成するはずもないと思っていた。

 管制室は重要であるが同時にそこを守るセンチネルがいる。そのセンチネルは非常に強力なようで、メルトはずっと警戒しているのだ。

「私ではセンチネルを倒せません。どころか、アナタを守ることだってままなりません。そんな状況で、何の策もなしに胸に行くことは賛成できません」

「うん、分かってる」

 彼女が反対する理由もわかる。けれど、立香にはそれでも理解できないところがあった。

 メルトリリスはこちらが何かを提案すると、唯々諾々(いいだくだく)と従う。何か不備があれば指摘して訂正させたうえで自分の指示には絶対に従ってくれる。

 そんな彼女がここまで感情的に、自分に反対することが分からなかった。

 自分の命を惜しんでいるのは分かるし、彼女が立香を守ることに病的なまでに固執(こしつ)しているのも分かっている。けれども、それにしては様子がおかしい。

 おそらく危険以外のものも、胸にはあるのだろう。

 メルトリリスのことを思うのなら、ここは胸に行くのは良くない。けれど

「でも、時間がないんだ。いつかは管制室を目指して胸に行かなきゃならない。それなら、ここで偵察することぐらいはしておくべきだ。そのセンチネルがどれだけ強いか、どういうサーヴァントなのかを知っておけば、対策を立てることもできる。

 なら、ここは多少の危険を冒してでも胸に行くべきだ」

 彼女の事情と得られる情報を天秤にかければ、答えは瞭然(りょうぜん)だった。

 メルトリリスには悪いけれど、自分は進まなければならない。残された時間は約七日。それまでにこの特異点を解決しなければならないのだ。

 立香の覚悟に気圧されたのか、メルトリリスは目を丸くし、すぐに俯いてしまった。もごもごと何かを言おうとしてはすぐに口を閉ざしてしまう。

 もう一息だと駄目押しを入れる。

「メルトの言っていることもわかるし、僕も無茶をしようとは思わない。危険だってわかったらすぐに逃げよう。敵とも戦うつもりはない。遠めに見て、傾向を掴むだけだ。これなら、どうだろう?」

「……」

 口元に袖を当てて逡巡(しゅんじゅん)する彼女は、ややして上目遣《うわめづか》いに

「……守って、くれますか」

 と聞いた。

「もちろん」

「でしたら、そのように」

 不承不承(ふしょうぶしょう)とメルトは頷いた。明らかに不服そうに抗議じみた視線を自分にぶつけてくる。

「ごめんね。メルトが心配するのは分かるんだけどさ」

「分かっています。サーヴァントはマスターに従うものです。私は全然問題ありません」

 ぶっきらぼうにそれだけ言うと彼女はすたすたと先に進んでいってしまう。

「……もしかして怒ってる?」

「怒ってません」

 振り返りもせずに答えるけれど、その様子は明らかに怒っているようだった。

 珍しいなと思いながら、目の前を歩くメルトが可愛らしく見えた。

 まるで、癇癪(かんしゃく)を起こした子供みたい。けれど、頭の中では分かっているからこの感情をどうしていいか分からない。そんな幼い優等生みたいな可愛らしさ。

「……なんてね」

 そんなことを言えば本当に怒らせてしまうかもしれない。

 小走りに彼女の後についていく。メルトはわざと足早に進んでいった。

 

◇◇◇

 

 (ヘアー)から太腿(サイ)へ向かう道とは別の道へと進む。全く見たことのない、胸に続く道。

 自分の体が緊張しているのが嫌というほど感じる。あれだけメルトが念を押してきたのだ。この先には警戒して余るほどの敵がいるに違いない。

 隣にいるメルトだってさっきから口数少なく、見るからに緊張している。

 いまだ敵の姿は見えず、気配もない。

 しかしここは敵の領地。いつ襲い掛かってくるかも分からない。

 道を進んでゆくと、通路は格子状(こうしじょう)に入り組み始めた。

「迷路みたいだな……」

「碁盤《ごばん》の目になっているだけです。出入口は私たちが通ってきた道と管制室への道だけですから、方角さえわかれば迷いません」

「だけど、その方角が分からないんだよなあ」

 SE.RA.PHのダンジョンは無機的すぎて方向を掴み難い。目印は少なく景色も変わらないので一人で出歩いてしまえば迷子になってしまうだろう。

 探索するときも基本的にはメルトリリスが先導して自分がついていく形だ。SE.RA.PHに詳しい彼女が先を行くのは当たり前なのだけれど、もしメルトが居なければ日に何度迷子になっていたことやら。

 数メートル間隔で通路が十字に交差する。その度、左右を警戒し先に進む。未知は単調だけれど、今までになく遮蔽物(しゃへいぶつ)が多い。敵が隠れるには絶好の立地だろう。

「――!」

 唐突に、背筋を悪寒が走った。

「メルト!」

「マスター、右です!」

 叫んだのは同時だった。

「センチネルです……!」

 敵の襲来。それも、急に現れたような奇襲めいた殺気。

 立香はメルトの言う方向へと振り向いた。

「あれ、は――」

 通路の向こう、約十メートル先にソレはいた。立香はその姿に思わず言葉を失う。

 ソレは今まで出会った全てのサーヴァントの中で、あらゆる意味で“異質”だった。

 顔のほぼ全てを覆うようなラバーマスクによる拘束。あまりにも目を引いてしまう、巨大で凶悪な手と爪。そして、少女の体には似つかわしくない大きな胸。

「デカい……」

 自分でも知らずに呟いてしまった。その言葉にメルトリリスが半目にこちらを(にら)んだ。

 違うんだ。そっちじゃない。手の方です。

「……やはり、大きいほうが好きなのですか」

「いや、限度があるでしょう」

 あえて目的語を抜かすことで何を言っているか分からなくさせてみる。メルトも自分を睨みながら目の前のサーヴァントへ意識を向けた。

 しかし、あれはでかい。カルデアにもスタイルのいいサーヴァントは多いが、目の前の敵のは規格外すぎる。今まで見たどの胸よりも大きい。

 男の(さが)として気になってしまうのだ。許してくれメルト。

 一方で、敵の特徴を(のぞ)いてみるとその体は少女か少し幼い女性といった印象を覚えた。自分でも不思議なことで、何故だろうか、この子はそれほど悪いモノではないのではないかと感じてしまっていた。

 だが、殺気は間違いなく目の前の少女から向けられてくる。

 ソレは、自分たちを敵であると認識している。

「アア、アアアアアア!」

 自分たちを認めるとソレはおもむろに手を伸ばした。

 距離は空いている。射撃攻撃か何かか。

 身構えた立香を、メルトリリスは激しく叫んで(とが)める。

「ダメです!逃げて!」

「!」

 メルトを信じて十字路から右手に、自分たちが今まで進んできた道へと飛びこんだ。

 少女の悲鳴がSE.RA.PHを震わせた。

「アアアアアアアア!」

 ――ぐしゃり。

 そう形容するしかない、異様な音が背中で聞こえた。

「何が――」

 振り返る。そして、再び言葉を失った。

 自分たちが居た通路が無くなっていた(・・・・・・・)

「――」

 メルトリリスが警戒していた意味が漸く理解できた。

 アレはこうやって地形そのものを破壊できる力を持っているのだ。あの手には、そういう類の力があるのだ。音もなく距離も関係なく、あたかも握りつぶすようにモノを破壊できる力だ。

 冷や汗が噴き出す。正直(あなど)っていた。所詮(しょせん)はサーヴァントだからメルトさえいればどうにでもなると信じていた。

 浅はかだった。そのせいで、自分たちは窮地(きゅうち)に陥《おちい》っている。

「リツカ!」

 消し潰された通路の反対側にメルトリリスがいた。(さいわ)いにも彼女には傷はない。だが、その表情には(あせ)りが見える。

「リツカ、ここは私が時間を稼ぎます!その間に胸から逃げてください!胸から出れば、アレは追って来れません。そうしたら令呪で私を!」

「――分かった!」

 下手にここに留まっていたら自分はあの攻撃の巻き添えになる。それなら一秒でも早くここを立ち去るべきだ。

「メルト!」

 けれど、このままメルトを置いてただ逃げるわけにはいかない。立ち上がり右手を(かざ)す。

「令呪を以って命ずる。――死ぬな」

 右手の刻印が一画、赤く輝いて消滅した。

 今のメルトではあの敵を足止めするのがやっとだ。いや、倒されてもおかしくない。それならば、ここは令呪を使い彼女をサポートする。

 純粋な魔力として令呪はメルトリリスへと取り込まれた。少しだけ驚いて、すぐに笑みを浮かべてメルトは力強く頷いた。

「――分かりました、マスター。必ず帰還します」

 そういってメルトリリスは跳ねた。通路を飛ぶように駆け抜けて、一気にさっきの敵まで接近していった。

「アアアアアアアアアアア!」

 敵の叫びが耳を劈《つんざ》き、次いで剣戟(けんげき)が響き渡った。

「……こうしちゃいられない」

 メルトの交戦が始まったのを確認して一目散に走り始める。ここを早く出ればその分メルトが無事に帰って来れる。

 とにかく走り続ける。身体強化(フィジカルエンチャント)で上昇させた脚力は、今までの道を戻る時間を短縮させた。息を切らし、酸欠になりながら走り抜ける。

 それでも分岐点まで戻るのに数分の時間を要した。

「――メルト!帰ってこい!」

 荒れる息もそのままに令呪を叫ぶ。励起した魔術回路も同調して体中に鈍い痛みが走る。

 反応は速やかに現れた。

 風を(まと)い、メルトリリスは立香の前に現界した。

「ます、ター。ぶじで、よかった……」

「メルト!」

 上目遣いに微笑むメルトリリス。けれど、その身は無事ではなかった。

 黒の衣装は引き千切れスカートは荒波に揉まれたようだ。むろん体中に裂傷が刻まれ、額からは血を流し、両の足は疲労で震えている。

「メルト、大丈夫!?」

「平気です、マスター」

「でも……」

 気丈(きじょう)なメルトだけれど、その姿では不安にならないほうが無理だ。

 やはり、ここに来たのは間違いだったのだろうかと、後悔が胸を()りつぶす。

「あれはもう追ってこれません。大丈夫です。ですが、他の敵が現れたら危険です。早く戻りましょう」

「あ、ああ」

 震える足でメルトは立ち上がると、そのまま歩き始めた。

 立香はその背を支えようと手を伸ばして、すぐに引っ込めてしまう。

 彼女の背中は、触れてしまえば崩れてしまいそうだった。飴細工(あめざいく)のように繊細で、透き通っている。

「メルト」

 手持ち無沙汰(ぶさた)を持て余して、立香は一つメルトに聞いてみた。

「あのサーヴァントは、なんなの?」

 立香には胸で出会った少女の正体の見当がつかない。少なくない英霊と出会ってきているが、あのようなサーヴァントは初めて目にした。

 いや、一つだけ心当たりがある。

 あの少女から感じた雰囲気。感覚。そして、違和感。

 それらは今、目の前を歩いている少女と出会ったときに感じた時のイメージに近かった。

「……」

 メルトリリスは先を行きながら、か細い声で呟いた。

「あれはパッションリップ。もう一人のアルターエゴ。

 ――私の、いわば姉妹です」

 

◆◆◆

 

「……あの」

「どうしたの」

 隣にいるリツカに私は言った。

「その、とてもありがたいのですが、私に治療は不要です」

 教会に帰ってくると彼は私を座らせて、頭に包帯を巻いたり、腕に治癒魔術をかけ始めました。

「アナタが近くにいるのなら、その魔力で私は回復できます。これはその、あまり建設的じゃないと思います」

「そうかもしれないけど、さ」

 私の腕を掴みながら、彼は手を休めることなく放してくれません。

「今回のことは僕にも責任はあるから」

「でも……」

「それとも」彼は面を上げて、しまったと(しか)め「嫌だった?」

「イヤ、ではありませんが……」

 こんなこと、無駄でしかないのに、そんな風に聞かれてしまってはどう答えていいのか、分からなくなってしまいます。

「そもそも、私は感覚が鈍いのです。だからアナタに触れられても何も感じません」

「そういえばそうだったね。でも、じゃあなんで?」

「……人間が、こんなことしてくれるとは思わなかったのです。」

 彼は治療の為に手元を見ながら黙っています。

「私たちは人間とは異質な存在です。決して、交わることのないモノなのです。……人間が嫌いなのではないのです。私たちは、人間が怖いのです。誰もが皆、私たちを怪物と笑うから。私たちの誰もが、そのことを思い知っているから」

 このSE.RA.PHに呼ばれて初めのころを思い出す。(おぼろ)げな記憶で、自分のものか(さだ)かでないほどに(かす)んでいる。けれど、よく覚えている。

 人間たちに恐れられ、(あざけ)られ、『怪物』と罵られたことを。

 自分たちもそれをよく分かっている。でも、誰かにそう言われることは、自分が本当にそうであると突き付けられて、鏡の前に立たされているみたいだった。

「だから、その……こんな風に手を掴まれるのは、初めてなので」

 分からなかった。彼がどうしてこんな風にしてくれるのか。

 どうしてここまで心血を注いでくれるのか。

「……人がメルトのことをなんて言うか分からないけど、僕はそうは思わないよ」

 治療を終え、光の消えた彼の右手がそっと私の手を掴みました。

「僕はメルトのことを一人の女の子だって思ってる。だから、もっと自分を大事にしてほしいな」

 そう言って彼は微笑むので、聞いている私のほうが恥ずかしさで燃え上がってしまいそうです。この人といると、何度顔を熱くしなければならないのでしょうか。

「……こ、考慮します……」

 それだけ紡ぎ出して、あとはずっと俯いて彼のされるがまま、治療を受けました。彼に握ってもらう手が、温もりを覚えてしまいそうです。

 ただ、少しだけ本音を言うと、きっとリツカは私以外にもきっとこういうことを言うのだろうなと、そう思っていました。この人はとても優しくて、傷ついている人を放っておけない人なのだから。

 そう考えると、私は嫉妬(しっと)してしまいます。彼の優しさを、リツカの温かさをずっとこの隣に置いておきたいと。

「ねえメルト」

 治療を終えると、彼は顔をあげて聞いてきました。

「あの、パッションリップっていう子はどうなってるの」

「……あの子は」

 私は続けながら、けれど何となしに彼が何を考えているかが分かりました。

「あの子は、私と一緒にBBに反逆しました。結果、私は初期化されて廃棄。あの子は拘束され自由意思の一切を剥奪、今は胸を守護する衛士(センチネル)として働かされています」

「……そうか」

 きっとリップの状況に思いを馳せて胸を痛めているのでしょう。リツカの表情には痛みが広がります。

「……助けたいね」

「――」

 やっぱり、とその言葉を私は呑み込み、彼に言います。

「管制室へ行くにはリップを倒さなければなりません。けれど、今の私にはまだできません」

「いや、助けよう」

「……どうして、ですか。彼女はBBの手駒です」

「だって」

 彼にとっては、それだけで十分なのでしょう。

「辛そうだったから」

「――」

 優しい、優しいアルブレヒト。

 きっとアナタになら、リップも心を開いてその手を貸してくれるでしょう。

 できることならそうしたい。リップを助けてこの人を教えてあげたい。

 けれど、それは恐ろしいこと。

「……反対です。さっきのでリップがどれ程危険かは身に染みたはずです。たとえ本来の性能に戻った私でも、マスターを守りながら戦うのは困難です」

「でも、メルトならできるはずだ」

 彼の真っ直ぐな視線が私を貫く。痛いほどの信頼が胸の振り子を揺らす。

「アナタは」

 ()(むし)るほどのうねり。嬉しいはずなのに、喜びが私を苦しめる。

 あの人の信頼がこんなにも辛いものだなんて。

「アナタは、私を知らない。だからそんな風に言えるのです。今の私も、これからの私も」

 いやだ。こんなこと言いたくない。でも、言葉が突いて出ていく。

 湧水(わきみず)のように、こうこうと。

「もし本当に私を理解しているのなら、無理をしないで。あんな危険なことはもう二度としないでください。お願いです。アナタを守れなかったら、私は……」

 言葉が出てこないのに、思いだけが溢れてくる。自己嫌悪と後悔とアナタへの思いが()()ぜになって、何が何だか分からない。

 視界が歪んでいるのに気付いて、初めて私が泣いているのだと分かった。

 不思議な気持ちだった。人形の私が、人間みたいに泣いているだなんて。

「……ごめん。メルト」

 そんな言葉、聞きたくなかったのに。私は彼にそれを言わせてしまった。

 ひたすらに自分が嫌いだった。ひたすらに自分が嫌だった。

 もしあの時、パッションリップを倒せていればこんなことにはならなかったのだろうか。

 自分の力の全てが元に戻っていて、リツカの全てを守ることが出たのなら、リツカにこんな言葉を言わせずにいられたのだろうか。

「……」

 涙は嗚咽(おえつ)(ともな)わずにただ流れる。礼拝堂に沈黙が流れ、ステンドグラスが静かに私たちを照らしている。

 リツカは、私が泣き止むまで待ってくれました。

「……ごめんなさい。見苦しいところを見せてしまいました」

 言葉が硬い。いつもみたいに喋れない。

 もしずっとこのままだと嫌だと、私は願った。

「こっちこそごめん。メルトの気持ちも考えずに」

「――それは」

 違います。私は人形。心なんてないのです。そう言おうとしたけれどリツカに先んじられてしまった。

「このことはまた今度考えよう。とりあえず、胸に向かうのはメルトがもう少し経験値を積んでからだね」

「……分かりました」

 まるでさっきのやり取りなんてなかったかのように振舞う立香に私は少し途方に暮れてしまいました。

「それじゃ、疲れたし僕は寝るね」

 そういってリツカは礼拝堂の椅子に敷いてある布団へと向かいました。

「おやすみ、メルト」

 彼は笑顔で振り返ってくれました。

 だから私も、できる限りの笑顔を返します。

「はい。おやすみなさい、リツカ」

 上手く笑えたでしょうか。

 人形ですから、笑えたはずです。

 私は教会の環境設定を(まさぐ)り、部屋の明かりを暗くします。

 少しして即席のベッドから寝息が聞こえてきました。

「……」

 起こさないように、こっそりと音を立てずに彼のベッドへと近づきます。

「すぅ……すぅ……」

 無防備な寝のリツカ。その表情は普段より穏やかで、一回りほど無邪気で幼く見えます。

 リツカが寝ている間、私はこうやって傍でその寝顔を眺めています。

 早く起きないかなと期待して。

 ……ああ、何という浅ましさ。

 あんなことを言ったのに、まだ彼に信頼されていると思っている。

 でもきっと、リツカは起きたらいつものように笑ってくれて、おはようと言ってくれるのです。

 人間の心は分かりません。

 喜んだり怒ったり、悲しんだり驚いたり、感情が同時に存在することだってある。矛盾を許容できている。

 そんな彼の心が、とても羨ましい。

 我が物としてしまいたい。私と一つになってしまいたい。

 鎌首を擡げるその願いに、そっと蓋をする。

 アルブレヒト。私はアナタの人形(コッペリア)

 最後まで共に、その隣で踊り続けましょう。

 ああ、でも。

 百年の呪いをかけた魔女(カラボス)はこんな気持ちだったのかしら。

 




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