ウィリの夢   作:もるげんれえて

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無情にも時間は刻一刻と迫る。
二人はいよいよ管制室に行くことを決める。
それは同時に、パッションリップとの対決を意味していた。

C93で頒布したCCCコラボ一週目の小説です。
ここで全文を順次公開していきます。
まだ在庫が御座いますのでぜひイベントでお求めください!

また、C107で頒布予定の「メルトリリスは踊らない(https://syosetu.org/novel/393807/)とも若干の関連があります。
こちらも併せて読んでいただけると幸いです。


ウィリの夢 第四幕 巡り合うジゼル

◇◇◇

 

 裏側の探索は遅々として進まなかった。

 一番の要因として立香の行動限界時間があった。立香がSE.RA.PHに分解されずにいられるのは三時間。調子が良くても四時間。裏への移動は表よりも時間を消費することになり、教会の往復で一時間から一時間半は消費してしまう。そうなると探索できる時間は正味(しょうみ)一時間半程度であった。

 加えて、裏側のサーヴァントたちは戦いを生き残った“選りすぐり”と呼べる強敵たちだった。ようやく本調子を取り戻したメルトだが、それでも万全ではない。どの戦いにも彼女は敗北しなかったが、煮え湯を飲まされたことは何度もあった。

 遠征と強敵によって二人の歩みは速度を落とした。けれども時間は止まらずにじわりじわりと追い詰める。

 二人の努力を嘲笑(あざわら)うかのように。

 

◇◇◇

 

 SE.RA.PHの沈降まで現実時間にして残り十八分、SE.RA.PH時間で三十時間を切った。

 しかし、まだ未踏破のエリアは多い。表の(ブレスト)、裏の脊髄(スパイナル・コード)脇腹(フランク)を含めた上半身。全てを回るには時間が足りない。

 そして、真相に迫る有益な情報は何も手に入っていなかった。特異点と化している以上、カルデアのマスターである立香には放っておくことはできないし、そもそも特異点の原因を明かさねば帰還することもできない。

 今までメルトが倒してきたサーヴァントは合わせて六十騎。SE.RA.PHの半数に迫る敵を倒し、リソースとして取り込んできた。今のメルトなら大抵のサーヴァントに後れを取るようなことはない。

 ここが分水嶺(ぶんすいれい)だと立香は直感的に思った。ここで次にどういう行動を取るかで結末が変わってくる。そういう分岐点の緊張感を肌で感じていた。

 熟考し、組んだ手に額を押し付けながら立香は口を開いた。

「メルト」

「……」

 隣に座るメルトリリスが黙って彼の言葉を待つ。彼女もまたここが正念場であると理解していた。

 そして、二人が考えて導いた方針は同じであった。

「……管制室へ向かおう」

 

◇◇◇

 

「管制室、ね」

 その方針自体にメルトは異存はないようだ。

 SE.RA.PHを生きて出るには最後の一人になるしかない。けれど、サーヴァントがどれくらい残っているのか二人にはわからない。

 ならば管制室へ向かい、ほかの有益な情報やカルデアとの通信手段を探す方が益が大きい。

「それはいいわ」

 メルトは頷く。(そで)(いじ)りながら立香を伺う。

「でも、リップはどうするのかしら」

「……」

 そう、問題はそこだ。

 管制室へのルートは胸からしか行けない。胸にはセンチネルのパッションリップが立ちはだかっている。

 パッションリップは強力なサーヴァントだが、今のメルトリリスであれば十分に勝ちの目もあると立香は踏んでいる。

 できることならばパッションリップを助けたい。感情的な理由を除いても味方が増えるのは心強い。メルトリリスなら何とかパッションリップを助けられるのではないだろうか。

 だが、当の本人が乗り気でないのだ。

「私はあの子を助けるのは反対よ」

 分かり切ったことを言わせないでと肩を下げて、立香を一睨みする。

「ただ倒すだけなら簡単よ。今の私ならできるわ。でもね、アナタを守りながら、あの子に手心を加えて戦うなんて、正気の沙汰(さた)じゃない。それこそぺしゃんこよ」

 メルトの言うことももっともだ。パッションリップは間違いなく強敵。油断していい相手ではない。

 けれども、あの悲痛な叫びが耳から離れない。

 彼女をあのままにしておいていいのだろうか。

 隣に座るもう一人のアルターエゴの少女を見る。

「……なにかしら」

 立香の視線に眉を(ひそ)めたメルトリリス。

「メルト、パッションリップってどういう子なの?」

「……」

 呆れたと眼を眇めるけれど、彼女は真面目に答える。

「あの子は、そうね。馬鹿で愚図《ぐず》でおっちょこちょい。あんな手をしてるからいつもいろんなものを壊してしまうし、私よりも精神年齢が幼いから子どもっぽいのよ。でも、一番成長したのもあの子。反省して、自分の悪いところは治そうって頑張ってたのよ」

 パッションリップを語るメルトの横顔は、彼女のことをバカにしたように言っているけれども温かみがあった。

「ありがとう。じゃあ、もう一つ。

 メルト、パッションリップを助けることはできる?」

「……できなくは、ないわ」

 その立香の質問には、思わず苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

「うん。なら、方針は決まったよ。

 パッションリップを助けよう」

「本気で言ってるの、マスター?」

 本気だ、と立香は頷く。はあ、と特大の溜息を()らした。

「さっきも言ったでしょう?倒すならまだしも、助けるとなるとアナタを(かば)う余裕はないのよ。それに、こっちがやられるかもしれないわ」

「ふうん、メルト、できないの?」

「なっ……!」

 ぴくりとこめかみが跳ねたのを立香は見逃さなかった。メルトの頬が引き()っている。

「そうか。完璧なメルトリリスでも、できないことあったのか。なら、仕方ないかなあ」

「だ、誰もできないとは言っていません!」

 メルトが叫んで立ち上がった。

 最近、ようやくメルトリリスの扱い方が分かってきた。プライドの高い彼女はこうやって()き付けると引くに引けなくなってしまう。

 メルトは動かされていると分かっていながら、言葉は続いて出てきてしまう。

「ええ、そんな風に言うのでしたら仕方ないわ。マスターたっての願いだというのなら、あのリップを開放してご覧にいれましょう」

「うんうん、そうこなくっちゃ」

 この男のにやけ面に膝を入れるのを我慢しながら、マスターには絶対服従だと心を(しず)める。

「……でもマスター。危険なことには変わりません。それは分かってください」

「メルトに無理をさせる気はない。メルトならできるって信じてるから、お願いしたんだ」

 本当にこの人は、とメルトリリスは肩を竦める。少し彼女に悪いことをしてしまったかなと心中で謝りながら席を立つ。

「ねえマスター」

 その背中にメルトリリスが問う。

「何故、そんなにリップにこだわるの?」

 答えは簡単だ。

「だって、メルトはパッションリップのお姉さんでしょ?なら、助けないと」

「――まったく」

 呆れ返りながらも、メルトは微笑みを浮かべた。

 

◇◇◇

 

 (ブレスト)には何事もなく辿り着いた。

 既に表側にはパッションリップを除いてサーヴァントはいない。二人を阻む障害は何もなかった。

 初めてパッションリップと交戦した格子状の通路も通り過ぎた先、大きな広間にパッションリップはいた。

 あの巨大な胸と手が嫌でも目に付く。痛々しい拘束具に(しば)られた彼女は管制室の入り口と思われる扉の前で彼女は佇んでいた。

「……」

 メルトリリスは何も言わなかった。ただその身から滲み出る緊張に立香もそっと見守るだけだ。

 SE.RA.PHは静かに沈黙する。この場所には自分たちしかいない。深い青色が偽りの空を埋める。

 一歩、メルトリリスが進み出た。

「助けに来たわよ、リップ」

 呟いた優しい声が響いた。

 対するパッションリップは身を低くする。

「分かっているわ。今のアナタに声は届かないでしょう」

 ヒールを鳴らして歩を進める。

「さあ、行くわよ」

「――」

 カン、と地面を蹴ってメルトが走る。

 風となってパッションリップへと疾走した。

 

◇◇◇

 

「アン!ドゥ!」

 続けざまの衝撃波を二発。横と縦にパッションリップへと放つ。

「アアアアア!」

 リップはそれを左右の拳で打ち消す。衝撃波は岸壁にぶつかった波のように飛沫となって消える。

 その隙にメルトが接近し跳躍、回転の蹴り(フェッテ)がリップを襲う。

 右の甲で防ぐリップ。ギン、と高く音が響いた。

 防がれたメルトは手甲を足場にしてさらに跳躍。裏を取りリップの背中へ膝蹴りを入れた。

「ウゥア!」

 間一髪でリップは避け、振り向きながら右手でメルトを薙ぎ払う。左足を掲げてリップの手を受けるが、そのまま吹き飛ばされる。

「――!」

 一度床を蹴り、体勢を立て直して着地する。その間に接近してきたリップを翻弄(ほんろう)するようにメルトは滑走、円の軌道を描いてリップを惑わす。

 純粋な速度、反応ならばメルトの方が上をいく。一方で一撃の重みは軽く、トドメを刺すには至らない。数度の攻撃がリップに命中しているがいずれも致命傷には程遠い。

 速度に負けるリップだが、攻撃力と耐久力ならばメルトよりも優れている。鈍くはあるけれども急所を避ける程度の反応性は持っている。多少の被弾は覚悟でメルトの攻撃を受け、反撃で彼女を仕留めてくる。しかし、メルトリリスの体術“クライムバレエ”の前に乱雑なリップの攻撃はいなされてしまう。

 スケーターのように広場を駆け巡るメルトリリス。リップのイデスである「トラッシュ&クラッシュ」は“手に包んでしまえる”サイズならば何でも破壊できる圧倒的なスキルだが、“手に留まって”いなければ発動できない。動き続けるメルトを仕留めるには直接彼女を倒すしかない。

 メルトリリスも同様に彼女は「トラッシュ&クラッシュ」避けるために、そして標的をマスターから逸らすために動き続けなければならなかった。

 体力の消耗は必至だった。リップへと接近、連撃を繰り出すがその大きな手に阻まれる。

「――く!」

 女神「ドゥルガー」の十本の槍の権能を持つその手はパッションリップの宝具そのもの。メルトのヒールも女神の権能を借りた姿だが、リップの手を貫くことはできない。

「アアアアア!」

「!」

 空いた手が振り下ろされる。咄嗟(とっさ)に距離をとるが、衝撃で体が浮く。

 続くもう一振りを体をしならせたバックステップで避ける。

 着地と同時にメルトは再滑走。リップがついてこれない隙に背後に回って急接近する。

「ウアアア!」

 振り向き、右手の爪が刃のようにメルトリリスへと襲う。だが、メルトはそれよりも速く駆け抜ける。

「ふっ!」

 一撃。入りは甘いがリップの脇腹に赤い線が走る。

 地面を蹴り、方向を転換して二撃目。

「アアアア!」

 悲鳴が上がる。今度は彼女の背中に深く入った。

「――ああ」

 連撃が続く。メルトリリスのスカートが翻《ひるがえ》る。黒と青の風がパッションリップを刻む。

 その(たび)にメルトの頬は果実のように赤く、瞳は燃えるように(うる)む。口元に笑みを浮かべ、攻撃はより苛烈(かれつ)に、鮮烈(せんれつ)に鋭さを増す。

(あれが――)

 メルトリリスから聞いた彼女のスキル「加虐体質(かぎゃくたいしつ)」。

 ――私、感覚が曖昧(あいまい)なのよ。手で触れても感じられない。この足だって、どうにか切っているかどうか分かる程度。接触では私は他人を感じられない。どころか自分の体温すら分からない始末。

 ――だからなのよ。自分の喜びが分からないから、相手の苦しむ顔でようやく生きていると分かる。相手を支配して、私しか見えないようにして足に(すが)りつかせて初めて誰かを愛していると実感できるのよ。

 これが歪んだ私の心、とメルトリリスは語った。

 それはまさしく、立香の目に映るメルトリリスの姿そのものだった。

 相手が姉妹のパッションリップであろうが関係ない。それが痛みに悲鳴を上げ、苦しみに顔を歪ませるならメルトは快感を(おぼ)える。

 もっと悲鳴を上げさせるために容赦(ようしゃ)なく蹴り、更なる苦痛を与えるために技を重ねていく。

 確かにそんなメルトの姿は恐ろしく、アルターエゴという不自然に生み出された存在だと立香は思い知らされる。

 けれども、彼女の舞いの美しさは変わらない。いや、どころかその動きは今まで見た中でもっとも美しく、躍動(やくどう)に満ちている。

 踊り続けるメルトリリスは、生き生きとしている。

「……」

 歪んでいようと心は心だ。そこに貴賤(きせん)はない。

 ただ胸を(おど)らせ、涙に声震わせる彼女にあるのはあるがままの生きた心なんだ。

「……メルト」

 嗜虐(しぎゃく)の中でメルトは踊る。

 立香の視線すら忘れて、目の前で苦しむリップに足を振るう。

 だが、加虐体質によって冷静さを欠いたメルトの攻撃は次第に単調となり、ついにリップはメルトの足を掴んだ。

「――!」

 途端、意識が冷めていく。掴まれた右のヒールが(きし)みを上げる。

 空いた左足がメルトを掴む手を蹴り上げ、右足を解放した。

 しかし宙に浮いたメルトをもう片方の手が待ち受けていた。

 力任せの平手打ち。それが鋼ともなれば立派な凶器となる。

 大理石を叩きつけたかのような衝撃がメルトの全身を襲った。

「――っあ!」

 何とか受け身を取るがそのまま(はじ)かれてしまう。

 軽く十メートルは吹き飛ばされ、床を転がり、(したた)かに打ちつけた。意識が飛びそうになる。

「メルト!」

「――!」

 (リツカ)の声に意識が叩き起こされた。宙に浮いた体を無理矢理ひねり、床をヒールが()(むし)りながらも着地する。

 痛みが引く。彼の魔術のおかげだ。全身の感覚が一致して立っていられる。

 リップが手を構える。このまま空間ごとこちらを潰す気なのだ。

 初速から最高速度で走り、リップの視界から抜け出す。リップも構えを解いてこちらを追ってくる。

 もし、パッションリップを倒すだけならその機会は軽く四度はあった。

 だが、それではいけない。この戦いはリップを倒すのではなく、助けるための戦いなのだ。

 既に伏線は張った。あとは時間との戦いであり、如何にリップを素早く衰弱させるか。

 手心を加え続けるのは厳しい。

 だから全力で、殺すつもりで一方的に手を抜く。

 加虐体質が働いてる限り簡単にトドメはささない。それではつまらない。

 この心のままに、リップを甚振(いたぶ)り続ける。

 (たか)ぶりを覚え始めたメルトは口端を釣り上げた。

「さあ、いくわよリップ」

 

◇◇◇

 

 二人の切り結びは時間を重ねていった。

 共に苛烈(かれつ)、共に無比。メルトが振るえば風が生まれ、リップが振るえば地鳴りが響く。広場はデータの修復が追い付かず、至る所がノイズにまみれていた。

 ただ速度の上回るメルトリリスがイニシアチブを握っていた。

 戦いは互いの根気の競い合いに変わっていった。メルトが速度を落とせばリップが取り、リップが緩めばメルトが刺す。どちらかが遅れを取れば、その時決着はつくと予感していた。

 そして、先に落ちたのはメルトリリスだった。

「――!」

 跳躍の勢いを消すため、床に着くはずだった足がスリップしてしまったのだ。

 メルトの顔に焦りと驚きが広がる。体重は背中へと()れて、不格好に宙に浮かぶ。

「アアアア!」

 その瞬間をリップは見逃さなかった。両の手を掲げ、メルトリリスへと疾走する。

 リップの両手をまともに食らえば、メルトリリスといえど無事ではいられない。

 いくら鈍重(どんじゅう)なパッションリップでもこの距離を詰めるのに数秒とかからない。

 既にメルトは間合いに入っていた。リップは両手を振り下ろし――

「馬鹿ね。私が舞台で無様を(さら)すと思う?」

「――!?」

 メルトが嘲笑(あざわら)った。

 瞬間、リップの体を(しび)れが襲った。

 困惑するリップの背後、片手を構えたマスターが狙っていた。

 ガンドによる呪い。カルデアの礼装で強化された指弾の呪いはサーヴァントでも隙を作るのに十分だった。

 鈍ったリップの眼前、メルトリリスは崩れた姿勢から(あざ)やかに深い蹲踞(そんきょ)で着地していた。

 見上げたメルトの瞳が、リップを射抜く。

「――頃合いね。仕上げに行くわ、マスター!」

「メルト!」

 その叫び立香が呼応する。

「やれ!」

 令呪が輝いて消える。メルトリリスの中へと魔力が流れ込んでくる。

 これで十分――メルトリリスは妖艶(ようえん)に笑った。

 リップの拘束が解ける。両手が殺到(さっとう)する。

 だが、これをメルトは易々(やすやす)と避けた。

「――(これ)なるは五弦琵琶(ごげんびわ)。全ての(らく)()み込む柱」

 走る。パッションリップを中心にして、円を描き続ける。

 その軌跡に水が湧く。とくとくと、こうこうと湧き()で、(あふ)れ出し、パッションリップを沈めるように(まと)わりつく。

 停滞の水の中でもメルトリリスの速度は落ちない。いや、それどころか更なる速度でパッションリップを切り刻んでゆく。

「さあ――イくわよ。イくわよ、イくわよイくわよイくわよ!」

「イ、アア!アアアアアア!」

 リップの悲鳴の中で、(あで)やかな声でメルトリリスは嬌声(きょうせい)を叫ぶ。頬には赤、瞳には熱、口に愉悦(ゆえつ)を浮かべて。

 水が塔のように爆発した。その中をメルトリリスとパッションリップは踊るように昇る。

 これこそメルトリリスの宝具。流体としての力で敵を拘束し、快楽のまま敵を蹂躙(じゅうりん)し尽くす女神の権能。

 塔の頂上にパッションリップが打ち上げられる。その傍に踊る一つの影。

 黒のスカートをはためかせ、メルトリリスが絶頂(クライマックス)を叫んだ

弁財天(サラスヴァティー)――五弦琵琶(メルトアウト)!」

 最後の一閃が、パッションリップを貫いた。

 

◇◇◇

 

 水の塔が弾けた。

 カンとメルトリリスが着地して、どさりとパッションリップが落ちる。

「ア……ウ……」

 と(うな)るリップの体は傷だらけだ。致命傷は避けているようだが痛々しい。

「メルト、大丈夫なの?」

 立香が不安になって聞くと、メルトは身だしなみを整えながら答えた。

「ええ、大丈夫よ。宝具で少し深めに入れたけれど、リップの回復力ならすぐ良くなるわ」

「ここまでやる必要あったのかな」と言いながら立香は顔を顰める。

 そんな彼にメルトは仕方ないのと言った。

「残念だけど、これでも最低限のダメージで開放してあげたのよ。それに、いま彼女が苦しんでるのは傷の所為じゃないわ」

 どういうこと、と立香が問うた。

「宝具を打つまでは私、ずっとこの子の体の中に毒を入れ続けてたのよ。“パッション以外のものを殺す毒”をね」

 嗜虐(しぎゃく)に笑みを深める。

「私の毒はまだ弱いから、宿主が弱まらないと活動できないの。リップに十分に毒を入れて、最後に弱らせる必要があったのよ。

 で、今はその毒が彼女の体の中で暴れ回っているの。その拘束具は外せないし、たぶん普通にしゃべることはできないけど、これで自由意思は回復するはずだわ」

 立香は半信半疑であったが、数分でリップの悲鳴は弱まり、十分もする頃には立ち上がるまでに回復した。

 用心のために立香を下がらせると、メルトはリップに近づく。

「……」

「……」

 見下ろすメルトリリスと見上げるパッションリップ。リップの表情には、今までの苦しさを立香は感じなかった。

「……大丈夫、リップ」

 問い掛けるメルトリリスの眼には不安が少しだけ見えた。

「……」

 こくりと頷いた。それでメルトは漸く肩を下ろした。

「ふう、成功よマスター」

「よかったね、メルト」

 近づいてくるマスターにメルトは眉を跳ねて不愉快そうに疑問を浮かべる。

「なんで私が喜ばなきゃいけないのよ」

「だって、パッションリップって妹なんでしょ?」

「はあ?だいたい私はアナタの命令で仕方なく、リップを助けたのよ。別に何とも思っていないんだから」

 その時、メルトの隣にいたリップが立香の言葉に首を振った。

「違うの?」

 首を縦に振る。

「……もしかして、メルトの方が妹なの?」

 ぶんぶんとリップは頷いた。その隣でメルトは顔を赤らめていた。

「へえ、そうなんだ。意外だな」

「あ、あくまで作られた順番の話よ。精神年齢なら私のほうが年上です!お子様趣味なリップのほうが、ずっと妹よ」

「ウーー!」

 鼻で笑うメルトにリップは(うな)って威嚇する。本当に姉妹みたいだなと心が(なご)む。

 はたと思いついたようにメルトは口を開いた。

「そうだわ。まだ紹介していなかったわね。

 この子はパッションリップ。私と同じアルターエゴよ。リップ、彼が私のマスター。藤丸立香」

「よろしくね、パッションリップ」

 立香は手を差し出す。リップも反射的に手を出しそうになって、慌てて引っ込めた。

「あ……」

「まったく、ほんとアナタってデリカシーがないのね」

 深々とため息を吐くメルトリリス。しまった、と立香は後悔した。

「ごめんね、パッションリップ」

 マスターの謝罪の言葉に、少女は横に振って口元に笑みを浮かべた。

「それとマスター、この子の名前、長いでしょ?リップと呼びなさい。それでいいわよね、リップ」

 メルトの提案にリップは肯定した。

「それじゃ、よろしく、リップ」

 こくりと頷き、少女はお辞儀をした。

 だがまあ、改めて大きいなあと立香は思った。目のやり場に困ってしまう。

 そこでたまたまメルトリリスを見てしまった。ちょうど視線的に彼女の胸の辺りが視界に収まる。

「……なにかしら、私のマスター?」

「なんでもありません」

 メルトリリスの微笑みから視線を逸らした。なんでアルターエゴはこんなにも挑発的な衣装を着ているのだろうか。

「――さて、マスター。この後はどうするのかしら」

「……」

 メルトに問われるが、答えは決まっている。もともとそれが目的でここまで来たのだ。

「管制室に行こう」

 二人はマスターの言葉に頷き、その扉を目指した。

 

◇◇◇

 

 管制室へはメルトリリスと立香の二人で入ることになった。パッションリップはその手が邪魔となってしまい、物理的に入れなかったからだ。

 自動ドアが開き、二人を中へと招き入れた。その規格はカルデアのものと似通っていて、少しだけ(なつ)かしさを覚えた。

「――な!?」

 その光景に立香は驚愕(きょうがく)した。

 (わず)かな空間の大半を占めるように、異形の肉塊が立香たちの目の前に現れたのだ。

 無数の眼と黒と赤が螺旋(らせん)を描いた文様(もんよう)

 それはまさに、あの魔神柱であった。

「なんで、これが――」

 その存在に立ち竦んでしまった立香の脇を、メルトリリスが駆け抜けた。

 メルトが近づくと魔神柱は(ようや)く動き始めた。己の内から細い鞭の触手がメルトリリスへと迫る。

 だが今のメルトの敵ではなかった。滑走の中で跳躍し、回転しながらその触手を切り落とす。リップとの戦いの疲労を感じさせない優雅(ゆうが)な跳躍だ。

 着地と同時にさらに加速して距離を詰め、そのまま横薙ぎの一閃を見舞った。

「……」

 直撃を食らった魔神柱はそのまま(ちり)となって崩れ落ちていった。

 茫然(ぼうぜん)と立香は呟いた。

「……なんで」

 その疑問は二つのものだった。

 一つはここに魔神柱がいたこと。二つ目はその強さだった。

 呆気なさすぎる。数騎ものサーヴァントが束になってようやく勝てるほどの存在なのに、メルトのたった一度の攻撃で倒されるはずがない。

 そんな立香の困惑を笑うように、メルトは囁いた。

「あら、私まだ言ってなかったかしら。これは魔神柱の仕業だって」

「な――」

 くすりと笑うメルト。立香は再び瞠目(どうもく)し、しかし直ぐに思い直した。

「つまり、BBと魔神柱が今回の発端なんだね」

「まあ、そんなところよ」

 メルトリリスはBBから情報統制を受けている。彼女の本意にかかわらず、メルトは事の真相を口にすることはできない。

 それに、時間神殿から逃れた魔神柱は四体いる。新宿の時のように、彼らが新しい特異点を作っていてもおかしくはない。

 例えば――2016年のセラフィックスに逃れ、そこでBBを呼び出して2030年にレイシフトしてセラフィックスを電脳化していたとしても。

 だが、何かが引っかかる。何か重要な鍵が足りていない。

「マスター、私を疑うのは分かるわ。けど、考えても詮無(せんな)きことでなくて?」

 メルトが(いた)わるように声をかける。

「別にメルトのことを疑ってるわけじゃないよ。

 でも、まあそうだね。うん。考えても仕方ない。なら、ここを捜索しないと」

 思考を打ち切って立香は管制室を見渡した。

 すぐに見つかったのは男の死体だ。立香はすぐにその死体を調べた。

「角膜は(にご)っている。死斑(しはん)は固定、硬直は解けている、から……たぶん死んでから、四日は経っている。傷は頭の銃創だけ。自殺かな」

 彼の手際の良さにメルトは感嘆(かんたん)と呟いた。

「あら、さすがに死体(ごと)きじゃあ狼狽(うろた)えないのね」

「それなりに慣れちゃってるから」

「それにしてもよく死んだ時間まで分かるわね」

「そういうのに詳しいサーヴァントから教えてもらったりしたんだ」

「ふーん、そう」

 メルトの声を背中に受けながら死体の服を調べる。何度かこういう死体(あさ)りをしたことはあるが、やはり慣れるものじゃない。

 結局見つかったのはこの男が「アーノルド・ベックマン」というセラフィックスの副所長ということだけだった。

 さらに調べると部屋の隅のロッカーにも死体がもう一つあった。こちらはベックマンよりも死後経過は長いらしい。ほんのりと腐臭(ふしゅう)(ともな)っていた。服を調べたが有益な情報は見つからなかった。近くにモルヒネの注射薬が転がっており、これが死因だろうか。

 そうなると一つ、()に落ちないことがある。

 もし二人が死んでから魔神柱が現れたのなら問題ない。だが、この二人が生きている間に魔神柱が現れていたとしたら、二人の死因は異常だ。

 何故、魔神柱は二人を殺さなかったのか。

 仮に二人が死んでから現れたとしても、部屋の中には一週間なら一人は生きていける量の備蓄があった。ならばなぜ、ベックマンは自殺しなければならなかったのか。

 ここが閉鎖された極限空間だということは分かる。それでも、何かがおかしい。違和感の(とげ)が心に刺さり、不快に残っている。

「メルト、そっちはどう?」

 部屋の中をあらかた調べ終わった立香はメルトの元へと向かう。中央のコンソールに立ちながら彼女は画面に目を走らせる。

「ダメね。殆どの情報が消去されているわ。セラフィックスの地図だけはサルベージできたけど、あとは壊滅。なんにも残っていないわ」

「分かった。その地図、回収できる」

「もちろん。ほら」

 ふっとメルトが腕を振るうと、立香のデバイスに地図が表示された。

「……どうやったの?」

私たち(アルターエゴ)はサーヴァントだけどその前に情報体(AI)よ。この程度の低レベルな情報端末なんて見るだけで操作できるわ」

「すごいな。まるでサイバーパンクだ」

「まあ、そういうことよ」

 得意げにメルトリリスは胸を張ったが、すぐに鳴りを潜める。

「……マスター、もう一つ報告があるわ」

「何?」

 深刻な声に立香も緊張を纏う。

「ここの端末から通信室へアクセスできた。通信室自体は情報化されてもうないけれど、機能だけは残っているわ。

 ――もしアナタが望むなら、今すぐカルデアに連絡して、アナタだけでもここから出ることができるわ」

 それはいつかの夜にメルトリリスが言っていたことだった。

「私としては、ここからさっさと立ち去ることをお勧めするわ。はっきり言うと、私じゃ、あの女には勝てない。アナタがどんなに努力しても、この特異点は解決できない。なら、一度帰って体勢を立て直すべきよ。――ええ、そうすべきだわ」

 メルトリリスが心配することもわかる。けれど、立香には問わねばならないことがある。

「ならメルト、残った君はどうなるんだ」

「今は残される人形の話をしている(ひま)はないわ」

「……」

 だが、力強く見つめる立香の視線にメルトリリスははあ、と肩を落とした。

「前にも言ったわよね。アルターエゴである私はこのままここで消滅する。その前に、マスターを失ったサーヴァントをBBは良しとしないでしょう。どのみち私は消えてなくなる運命だわ」

「……」

「だからと言って」

 メルトリリスはきつくマスターを睨んだ。

「同情なんてしないで。人形には人形の誇りがある。役目があるの。私のそれは、アナタをカルデアへ帰すこと。

 もしセンチな感情に流されてどうしようもないことを言うのなら、私がアナタをここで溶かしてあげる。溶かして取り込んで、私という快楽に溺れさせてあげる。そうすれば、ええ、私たちずっと一緒に居られるわ。

 ――どうかしら、マスター」

 (たの)しそうに笑んだメルトリリスを、しかし、立香は毅然(きぜん)と言い返した。

 そんな姿が淋しいから。

「それは違う。メルトは人形なんかじゃない。メルトはメルトだ。

 ――そんな風に、自分を卑下(ひげ)するな」

「……」

 それに、と立香は続けた。

「魔神柱が現れたんなら、これはもう他人事じゃない。これはカルデアの、僕の戦いだ。

 だから、途中で投げ出すわけにはいかないんだよ、メルト」

「……」

 立香の言葉を聞いたメルトは、悲しそうに視線を伏せた。

「優しいアナタ。優しいアルブレヒト。本当にそれでいいのね?誰もアナタを()めないわ。誰もアナタを罰しないわ。それでもアナタは――」

「残るよ。メルトと一緒に」

「……ああ、本当に馬鹿な人」

 温もりを帯びてメルトリリスは呟いた。

「ならば」

 いつかの日のように、孤独な演者は再び(かしず)いた。優雅に一礼して、彼女は告げる。

「我が踵の魔剣はアナタの為に。例えそれが百年の眠りへ誘う魔女でも、全てを(まど)わし(さら)う風の精でも、私は(おく)することなく、(とも)()り続けましょう」

「――ありがとう、メルトリリス」

 立ち上がったメルトに、立香はできる限りの微笑みを返した。だが、彼女はすぐに背を向けてしまった。

 その小さな背中に立香は語りかける。

「本当にありがとう」

「後悔しても、私は知らないわよ」

 ぼそりと答えたメルトリリスの隣に、立香は立つ。

「メルトが一緒にいるなら、大丈夫だよ」

「……」

 きっと、メルトリリスと一緒なら何が来ても大丈夫だ。

 どこまでも飛んで行ける。どこまでも走っていける。

 その時の僕は、そう思っていた。

 

◆◆◆

 

「お疲れ様、マスター」

「お疲れメルト。……あれ、リップは?」

 教会に帰ってきたマスターは周囲を見渡した。どこにもリップの姿が見えない。

 マスターの意図を察して私は答える。

「ああ、あの子なら外にいるわ。拘束は一応()けてるけれど、暴走するのが怖いから外で見張りをするみたい」

「そう……」

「あら、残念そうね。胸の大きな子がお好きなマスターはがっかりかしら」

「そ、そういう意味じゃない!」

 くすりと私が笑うと彼は顔を赤くして否定した。

「ま、所詮(しょせん)は無駄な脂肪の(かたまり)よ。私のように、洗礼された肉体美のほうが何倍も美しいに決まっているわ」

「……メルトはもう少し肉を付けたほうがいいと思うけどなあ」

 どうやらマスターにはこの美的センスは理解できないらしい。今度みっちりとレクチャーしなければいけないみたい。

 リツカは近くの椅子に腰を下ろし、ふうと体から空気を抜いた。その隣に私は座り、地図のグラフィックを展開した。

「……それ、セラフィックスの地図?」

 興味ありげにリツカが(のぞ)き込んできた。ふわりと彼の匂いが漂う。

「ええ、そうよ」

「でも、このSE.RA.PHとは見取りが違うんでしょ?役に立つの?」

「確かに、SE.RA.PHを攻略するという意味では無いわ。でもね、そもそもこのセラフィックスに何も秘密がないとは限らないでしょう」

「つまり?」

「これを見て」

 グラフィックをスライドさせて立香にも見えるようにする。お尻をずらして彼に近づく。

 ほんの少し、暖かさを感じる。

 彼は頬を赤らめながら、少し眼を揺らして地図を覗き込む。

「これが管制室のある階層の地図。そして、これがその一つ下。これを重ね合わせると……」

「……ずれている」

 一つ一つはほぼ同じ構造の階層だ。しかし、二枚を合わせてみるとその線にはズレがある。

 地図はセラフィックスが建造された当初から使われているらしい。だとしたら、

「ミスか、意図してずらしているか」

「ただの間違いってこともあるわね。でも、これが意図的なものだとしたら?」

 挑戦的に私はリツカに問いかけた。彼は私が何を言わんとしているのか理解できずにいるみたいだが、それでも答えた。

「……もしかして、隠された部屋があるのか」

「そうね。でも、私からは言えないわ(・・・・・・・・・)

「!」

 ここまで来るとさすがの彼でも私の意図に気が付いたようだった。

「メルト、ここには何があるんだ」

 あの女によって掛けられた『情報開示制限』。こちらからこのSE.RA.PHの核心に迫る情報は口にすることはできない。だが、それが誰かによる問いかけであればAIは嘘を吐けず、行動原理が優先されて答えることができる。

 だからわざわざこんな回りくどい方法で私はリツカに問わせたのだ。

「ここには天体室がある、と言われているわ。私も具体的にどんな施設かは分からないし、SE.RA.PHに置換された今、何処にあるかも分からない。ただ一つだけ言えるのは、ここがSE.RA.PHのコア、演算中枢であることよ」

「……なるほど。じゃあ、これを止めれば」

「SE.RA.PH自体は既にサーヴァントの霊子(りょうし)を用いた演算機能へ移行しているから止まらないわ。けど、何かしらのダメージを与えられる」

「なら、次の目標はここだね。このSE.RA.PHのどこに天体室があるかを探さないと」

 グラフィックを消す。ニコリと彼は笑っていた。進むべき道標ができたことが嬉しかったのだろう。

 本当に、止まらない人だ。私を置いて、どんどん進んでいってしまう。

 それが楽しくて頼もしい。

「ええ、その通り。でも、今日はここまで。リップと戦ってアナタの魔力をずいぶん使い込んでしまったわ。ゆっくり寝て回復なさい」

「そうだね。なら言葉に甘えて」

「そうなさい。もちろん、いつもの話もすることよ?」

「あー、そっか。でも昨日は新宿の話までしたんだよね」

「そうよ」

 彼はバツが悪そうに視線を逸らして首筋をかいた。

「実は、昨日で終わりなんだ」

「……あら、そう」

 心底残念でした。彼の話はけっこう楽しみにしていたのだけれども、ネタ切れとあっては仕方ない。

 そんな表情が顔に出ていたのでしょう。彼はそうだ、と手を合わせた。

「それじゃあ、今度はメルトの話をしてよ」

「……え」

 リツカの提案に私は驚いてしまいました。

「今までメルトのこと、あまり聞いてなかったからさ。どうかな?」

 うっと言葉に詰まる。けれど、彼が楽しみにしているのが痛いほどに伝わってきます。思わず手をすり合わせ、視線が伏せがちになってしまうのです。

「面白い話、ではありませんよ?」

「それでもいいから」

「……仕方ありません。分かりました」

 やった、と素直に彼は喜んでいそいそとベッドの中に潜り込みました。

 私は彼の近くの椅子に座り、彼の期待の眼差《まなざ》しに思わず恥ずかしくて眼を逸《そ》らしてしまいます。

 覚悟を決めて、私は話し始めました。

 最初は私が生まれた世界のこと。BBがある人を助けようとしてその人を虚空《こくう》の海に落としたところから。

 そして私たちが生まれたこと。私とリップのほかにアルターエゴがあと三人いるというと、「結構いるんだね」とリツカは頬を引き攣らせました。

 あとは私と、もはや夢の彼方(かなた)にいるあの人(・・・)との日々のことを、少し脚色も込めて語り聞かせました。

(……ああ)

 もう届かない日々。けれど、忘れ得ぬ日々。私たちの最初にあった感情が少しだけ拍動するのが分かりました。

 あの日々があったから、私はここにいる。それを思うとなんとも不思議な気分でした。

「メルトは、その人のこと、どう思うの」

 うとうとと(まぶた)を半分ほど(つむ)ってリツカは私に聞いてきました。

「そうね……素敵な人だった。強い人で、ガムシャラで。でも、美しい人でした。今でも忘れられません。

 だって、初恋の人なんだもの。振られてしまったけれど、忘れられないわ」

 忘れられるはずがない。それは私たちが最初に手にした感情なのだから。

 たとえその結末がどんなものであっても、記憶《心》に焼き付いたあの輝き《恋》は魂にすら刻み込まれた(しるべ)なのです。

 私の言葉にリツカは目を閉じながら微笑んでくれた。

「……それは、良かった」

 そう言うと、彼は夢の世界に落ちていきました。

「おやすみなさい、リツカ」

 静かに寝息を立てるリツカの頬に、私は自分の手を重ねました。

 感覚のない手では彼の体温を感じることはできません。けれど、(ぬく)もりを感じることはできます。

 リツカの吐息で私の袖が小さく揺れます。

 今ここで私の世界は完結している。アナタと私、それで私の心は完成する。

 かつてとは違う私から始まった物語に、アナタはいる。

 そして、アナタが私に語り聞かせてくれた物語の今に、私がいる。

 やがて完結するこの物語はアナタの中で語られて、私はその中で息衝《いきづ》いていく。どこにも行けない私はその中で生きていくことができる。アナタの中で。アナタと一緒に。

 そうすることができたのなら、この孤独の慰めにもなるでしょう。

 それはなんて、なんて素敵なことなのでしょうか。

 アナタの中で私が生きていくと考えるだけで、自然と微笑みを浮かべてしまいます。

 アナタは怒るかもしれませんが、どうかこれだけは許してください。

 ここにヒラリオンはいない。

 だから、出会ったジゼルとアルブレヒトの最後(エンディング)は、悲しくても幸せな幕引きになることでしょう。

 




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