ウィリの夢   作:もるげんれえて

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水底の聖杯戦はとうとう最後の一騎となる。
だがそれはメルトリリスたちのことではない。
いよいよ最後の戦いの幕が上がる。

C93で頒布したCCCコラボ一週目の小説です。
ここで全文を順次公開していきます。
まだ在庫が御座いますのでぜひイベントでお求めください!

また、C107で頒布予定の「メルトリリスは踊らない(https://syosetu.org/novel/393807/)とも若干の関連があります。
こちらも併せて読んでいただけると幸いです。


ウィリの夢 第五幕 輝けるパラディオン

◇◇◇   

 

 ――SE.RA.PHの全生命体の皆さーん!今日も元気に聖杯戦争、ENJOYしてますかー!?探索終わりでお疲れなセンパイを(いや)す、BBチャンネルの時間です!

 ――え、お呼びじゃない?そんなセンパイ、謙遜(けんそん)しなくてもいいんですよ!呼ばなくてもやってくる。それがBBちゃんの流儀です!趣味は要らないお節介。特技は余計なちょっかいです!なので諦めてください。

 ――……メルトリリスもうるさいです。だいたい、今回はあなた達のためにやっているんじゃないんです。そこまでBBちゃんも暇じゃないんですよ。早く帰ってイチャつきたいからって(わめ)かないでください。

 ――さて、今日は皆さんに報告があります。

 ――なんと!このSE.RA.PHで生存しているサーヴァントが残り一体となりました!

 ――あ、先輩たちのことじゃないです。そもそも、アルターエゴは聖杯戦争のサーヴァントにカウントされていません。イレギュラーの因子なんです。

 ――な、の、で!今までの先輩たちの努力は全部水の泡!ほんっと、可哀そうです!BBちゃん、思わず涙出ちゃいます!もちろん愉快(ゆかい)愉悦(ゆえつ)の涙ですけど。今日のワインは美味しいぞー!

 ――……え、BBは未成年じゃないのか、ですって?な、なにを言っているんですかセンパイ!ほんとデリカシーありませんね!私は随時(ずいじ)アップデートされているので永遠のゼロ歳です!SE.RA.PHに未成年飲酒禁止法なんてないので飲んでも大丈夫なんですよーう!

 ――えーっと、脱線してしまいました。

 ――つまりですね、センパイたちはそもそもこの聖杯戦争にエントリーすらしていなかったのです。いやー、残念でしたね。ほんっと、残念ですね。ここまで頑張ってきたのに『実は参加権有りませんでしたー』とか、おマヌケにもほどがあります。

 ――ですが!センパイたちの涙ぐましい努力にちょっとだけ同情しちゃいました。聖杯欲しさに頑張って六十三騎ものサーヴァントを倒してしまったセンパイたちの功績に免じて、特例の追加ルールを設けます!

 ――最後のサーヴァントは裏側の脊髄(スパイナル・コード)を守るセンチネルです。あなた達はこれをSE.RA.PHが沈むまでに倒せば聖杯戦争の勝者として認めます。時間内に倒せないようでしたら、そのサーヴァントの一人勝ちとなります。

 ――このサーヴァント、はっきり言ってSE.RA.PHでも一位二位を争うぐらいに強いです。しかもKP(カルマ・ファージ)でパワーアップしてるので、正直やばいです。

 ――でもでも!このセンチネルの守る先に、あの天体室があるんです!だから、センパイたちは戦わなきゃいけないのです!

 ――行きも地獄、行かぬも地獄。センパイにはちょうどいいぐらいですね!

 ――まあでも、生き残った先が地獄とは限りませんが。

 ――というわけですので、残り少ない時間で何とか倒してくださいね!センパイ!

 

◆◆◆

 

「今のは、何なの……」

 さっきから頭の中がガンガンと喚いて痛い。BBチャンネルを初めて聞いたけれど、まさかこれほどのものとは思っていませんでした。

「アイツやリツカはこれを聞いていたっていうの……よく耐えられたわね……」

「いや、僕も正直、結構厳しいよ……」

 確かに彼の表情にも疲弊(ひへい)の色は濃い。後ろに続くリップもウー、と辛そうに(うな)っている。

 探索を終えて、ようやく教会に辿り着いたその手前でのBBチャンネルは私たちの体力を容赦なく奪い取っていった。正直、今までのどの探索よりも疲れました。

 心の中で、今度BBに会ったら顔に膝を入れようと固く誓います。

 リツカが教会の扉を開け、中に入っていった。

「……」

 彼に続こうとして、私は振り返ってリップを見ます。

「入ってもいいのよ、リップ」

 けど、リップはふるふると首を横に振るだけだ。

 その表情には申し訳なさはない。ただ、私に微笑んでいる。

「そう。ありがとう、リップ」

 それだけの言い残して私は教会の中に入る。

 既にリツカは椅子に腰掛けて休んでいる。私もその椅子へと近寄り、彼の真横に座った。

「……」

「……」

 私の肩がリツカの二の腕に触れる。いつもは背が高いのは私だから忘れてしまうけれど、本当なら彼のほうが背が高い。

 少しだけ沈黙が流れて、私は言葉にします。

「きっと、こうするのはこれが最後よ」

 残る時間を考えれば教会で休むことができるのは今しかないのは明白でした。

「うん」

 この十日間、彼は私と一緒に走り続けた。その疲労はきっと、私が想像するよりも大きいはずだ。

 リツカは自分の命だけでなく、その小さな両肩に彼ですら考えられないほどのたくさんの命を乗せている。

 何故そんなことができるかなんて問わない。そんなことができるのは人間だからだ。私たちは知っている。

「しっかり休みなさい、リツカ」

「メルトもね」

 リツカはいつだって私を気にかけてくれる。その優しさが心地良い。心を撫でる彼の手つきが私を穏やかにさせてくれるのです。

 教会に沈黙が降りた。すでに深く潜ったSE.RA.PHには光は入って来ない。地面のテクスチャからの発光と、この中では梁に付けられた古びた照明が明かりとなる。だから、あのステンドグラスの彩光は遥か昔から見ていない。

 あまりにも静かだった。世界中の全てが口を(つぐ)んでいた。

 そっと私はリツカの肩へと頭を乗せた。

「メルト……?」

「お願い。黙っていて」

 それだけ言うとリツカは口を閉じてくれた。

 目を閉じる。頬で彼の温かさを感じる。耳に彼の呼吸と鼓動(こどう)を感じる。

 この手では感じられない、リツカを感じらる。

 これは余剰(よじょう)なことだ。サーヴァントである私にはこんなことをする意味なんてない。こんなことをする意義はない。

 だから、これは私の()(まま)

 ほんの少しだけ満たしたい、私の欲望のカタチ。

「私、頑張れたかしら」

 小さく、私は聞いた。

「メルトは頑張ってくれたよ」

 彼の声が直に聞こえてくる。優しくて、暖かな、(リツカ)の声。

「メルトがいたから、ここまでやって来れたんだ」

 そっと耳にかかる彼の声が暖かい。

 私だって、アナタが居なかったらここまで来れなかった。生きてすらいられなかった。

 こんな素敵な夢だって、見ることはなかったでしょう。

「私は初めてアナタに会ったときに、大切なモノをもらったのです」

「それは」

 彼の問いに、私は答えない。だって、それはリツカには決して分からないものだから。人形である私にしか意味のない、たった一つの宝物。

 もしかしたら、BBはこんな気持ちだったのかもしれません。

「だから、これは私の恩返しなのです」

 心から私は言う。名残を振り捨ててゆくために。

 この湖面から飛び立っていくために。

「返せないくらいのものを、私はアナタから貰いました。だから今度は私の番。必ずアナタをカルデアへ帰してあげます。絶対に。たとえ何があっても。

 そして――」

 これはささやかな嘘。アナタを、あの人を安心させるための、小さな嘘。

「再び、アナタの(そば)に帰ります。例えこの両腕が砕け散っても、またアナタの(もと)へ飛んでみせます」

 そうすることができたなら、どれだけ素晴らしいことでしょうか。

 そうすることができたなら、どれだけ幸せなことでしょうか。

 夢見るだけで、心は羽のように軽やかに舞ってしまいます。

 それでも、所詮(しょせん)は夢。決して叶わないけいやく約束なのです。

「うん、分かった」

 そんなこととは微塵にも思わず、リツカは笑ってくれます。

「待っているよ。メルトのフェッテ(踊り)は綺麗だから。今度はカルデアで見せてよ」

「ええ、もちろん」

 その言葉だけで十分だったから、心からアナタへ私は笑いかけました。

 そうやって夜は()けていきました。

 いつまでもこうしていたい。

 このまま世界が終わるまで二人きりでいたい。

 けど、それも終わり。この舞台の幕引きは近い。

 この辛くて苦しくて、幸せに満ちていた日々は明日終わる。終わらせる。

 彼を元の場所へ帰す、ハッピーエンドとして。

 

◇◇◇

 

 立香が眠りから目覚めると、彼らはすぐに教会を()った。

 残り時間、現実時間で約四分。SE.RA.PH時間で五時間。

 人事は尽くした。残るは裏側の脊髄(スパイナル・コード)へと向かい、残るサーヴァントを倒すだけ。

 SE.RA.PHは静まり返っていた。彼らの歩く音だけが(むな)しく響く。

 暗い深海の底、立香たちの最後の戦いが始まった。

 

◇◇◇

 

 そこはSE.RA.PHの中でも異様な空間だった。

 日本の古城や真っ赤な鳥居(とりい)を配置した和風なダンジョン。けれども何故か観覧車という異物が(まぎ)れ込んでいた。

 SE.RA.PHの背景は海の底だ。設置物も青のボックス様のものが多い。パッションリップの居たエリアはもそのままだから、なおさらこの光景に困惑(こんわく)した。

 メルトリリスが言うには、センチネルには自身の特区をある程度自由に加工できるらしい。パッションリップはその余裕がないからそのままのエリアだっただけだ。

 ちなみに、メルトがどんなエリアにしていたか聞いたけれども答えてくれなかった。

 とにかく、この光景は目の前にいるセンチネルにとって最も好ましい情景なのだろう。

 そんな和風な情景の中、正面の鳥居に腰掛けるサーヴァントが自分たちを見下していた。

「へえ、やってきたんだあんたたち」

 金髪に狐耳と尻尾を生やしたそのサーヴァントは何故か女子高生の制服を着ていた。見た目の情報量が多すぎる。SE.RA.PHでは奇抜でないと生き抜けないのだろうか。

「スズカ、アナタがセンチネルになっていたのね」

 メルトリリスに『鈴鹿(すずか)』と呼ばれたサーヴァントは投げ出した足を遊ばせながら応えた。

「あんたらがBBに逆らったおかげで私にお(はち)が回ってきたってわけ。そこんところ、私的にはチョー感謝してるっつうか」

「知り合いなの?」

 メルトにこっそりと声をかける。鈴鹿の話を聞いているの妙に懐かしいというか、少しざわざわと心が波立つのを感じた。

「別に。ただ何度か見かけたことがある程度よ。もっとも、その時はまだ一介のサーヴァントだったのだけどね」

「変わった口調だね」

「あら、あの口振りってアナタの国の方言らしいわよ」

 それで納得がいった。あれはいわゆる“JK言葉”というやつだ。自分が中学生の頃に流行っていたらしい独特な文法が既視感(きしかん)を生み出していたのだ。

「にしても、あんたたちなかなかやるじゃん」

 メルトの関心を引き戻すように、鈴鹿があっけらかんに言った。

「捨てられたサーヴァントと迷子のマスターが手を組んで、聖杯戦争の最後まで生き残るとか誰が予想できたし。マジ感激っつーか、感動だわ」

 それに、と鈴鹿が自分を(にら)んだ。

「――!」

 途端、体中に甘い(しび)れが走る。脳髄(のうずい)の真ん中が(とろ)けるような、あの感覚を味わう。

(これ……!)

 魅了(みりょう)魔眼(まがん)。視線があうだけで相手に()()せられてしまう精神汚染タイプの魔術。並みの魔術師ならばこの一睨みで途端に彼女の奴隷()となるところだろう。

 だが――

「っ!」

「へえ、私の魔眼、抵抗(レジスト)せずに耐え切ったんだ」

 感心したように呟く鈴鹿。

「アナタ、割と節操(せっそう)ないわよね」

「ここまで生き残ったんなら、これぐらい余裕っしょ。むしろアンタのマスター、私の魔眼で()ちちゃう程度のもんなの?」

「馬鹿言わないで」

 カン、とヒールを高らかに鳴らす。

「マスターはもう私の快楽の(とりこ)なのよ。マスターを(たぶら)かしたいなら、私以上の快楽を持ってきなさい」

「……要するに、ラブラブって感じ?」

 首を振って否定した。残念ながらメルトは自分に一度も甘い(みつ)を吸わせてくれたことはない。というより、さっきの魅了は普段、あれ以上の魅了に抗っているから自然と耐えることができただけだ。

 運命を惑わす女神や美少年の笑顔、その肉体でスパイをしていたサーヴァントが周りにいるのだ。この程度に対抗できなくてはマスターをやってられない。

 自分が否定したのを横目で見ると、メルトは残念そうに首を(すく)める。

「ほんと、全然(なび)いてくれないわ。少しぐらい甘い蜜に(おぼ)れてほしいものだわ」

「……メルトは冗談ではすまなそうだからなあ」

「ええ、もちろん。私はいつでも本気よ。それに」

 メルトは鳥居の上の鈴鹿を睨む

「ラブラブなんて、そんな破廉恥(はれんち)な言葉は撤回してほしいものだわ。私たちはあくまで契約だけの関係。マスターとサーヴァント、それで十分」

「見せつけてくれちゃって……ま、そんなことどうでもいいんですけど」

 鈴鹿が立ち上がると、衣装が赤い狩衣(かりぎぬ)に変わり、頭に長烏帽子(ながえぼし)(かぶ)る。

 空気が変わる。戦闘前の緊張を(はら)み、立香の前にメルトリリスとパッションリップが進み出た。

「悪いけど、今回は形振(なりふ)(かま)っていられないわ。二人掛かりで行かせていただくけれど、よろしくて?」

「上等!」

 狩人(かりうど)のように苛烈(かれつ)な笑顔を浮かべ、鈴鹿は抜刀する。周囲にはさらに二振りの太刀(たち)が抜き身で浮いている。

剣華豪欄(けんかごうらん)!第四天魔王が愛娘(まなむすめ)鈴鹿御前(すずかごぜん)――アルターエゴの実力、どれ程のものか測ってやろうじゃん!」

 

◇◇◇

 

 駆け抜けるのはメルトリリス。鳥居に立つ鈴鹿へと真っ直ぐに疾駆して飛翔(ひしょう)する。

「――!」

 一刀両断にするメルトの(ヒール)が振り下ろされる。鈴鹿は何事もなく手に持った大太刀(おおたち)で防ぐ。

 すかさず両脇で滞空していた二振りがメルトへと飛び掛かる。

「っふ!」

 受け止められた刀を軸にしてメルトリリスが高く飛び上がる。その後を太刀が追いかける。

「――!マズっ!」

 己を貫く殺気に鈴鹿は鳥居から飛び降りた。

 次の瞬間、彼女の居た鳥居は一捻(ひとひね)りに潰されていた。

「パッションリップ……!」

 視線の先には手を握ったパッションリップが立っている。着地と同時、まだ動きのないリップへと迫る鈴鹿。標的が自分に向けられ、リップは戸惑(とまど)ってしまい(にぶ)い。けれども、

「私に背を向けるなんて、いい度胸(どきょう)ね」

 その上空、自らに差し向けられた刃を足場にして、メルトリリスが一気に迫る。

「っちぃ!」

 地面を歪ませてメルトが着地、そして勢いをそのままに鈴鹿へと跳躍(フェッテ)を繰り出す。

 弾かれた二振りの太刀を引き戻し、メルトを手に持つ大太刀で受け止めた。

「天魔の娘を、()めるな!」

「!」

 力任せに振り抜いた。

 細身の鈴鹿からは想像できない膂力(りょりょく)で身の軽いメルトリリスは羽毛のように飛ばされる。

「次!」

 床を蹴り、再度リップへと迫る鈴鹿。先行する二刀がリップを狙う。

「アアア!」

 もはや避けられぬと判じたリップは掌を広げて荒っぽく迫りくる刀を振り払った。

 そして開いた体に、鈴鹿が滑り込む。

「!」

「まずは一人――!」

 上段に構えた刀を、容赦なく振り下ろす。距離は必死、ダメージは避けられない。

 しかし――

「だから、背中がお留守よスズカ!」

「……!速い!」

 ステップ一つで振り向くとメルトリリスの踵を大太刀で何とか合わせた。

 だが、それは背後のパッションリップに背中を(さら)すということ。

「ア、アアアア!」

「面倒!」

 叩き付けられるリップの掌を呼び戻した二振りで()えた。

 その隙にメルトは合わせられた太刀から弾け、連続で足技を叩き込む。

 振り下ろす右足、右の踵を軸に回転して左足が一閃。受けられ、軸足を変えて右膝の棘が牙を向く。

「――っく!」

 最後の一撃を、鈴鹿はわざと太刀で受け、その反動で二人から距離を開ける。

 鈴鹿の狙いはリップだった。二人まとめて相手にするのは不利に過ぎる。機敏なメルトよりも鈍重なリップを倒す方が(やす)い。素早くひとり(けず)る予定だった。

 見る限りこの二人は連携していない。それぞれがそれぞれ、思い思いに戦っている。けれども息は合っている。パッションリップの大技をメルトリリスが小回りを()かして隙を埋め、メルトリリスにかまけていればパッションリップの一撃必殺が鈴鹿を襲う。

「ほんと面倒っしょ、これ」

 口端を吊り上げる鈴鹿。彼女を見守る二人のアルターエゴ。

 これが連携しているのなら、その作戦に合わせて対応すればいい。だが、こいつらは息を合わせているわけではない。たまたま合っているだけなのだ。二対一ではなく、一対一対一に近い。二という塊ではなく、一という個が二つあるのだ。

(なら――)

 今の自分では処理速度が足りない(・・・・・・・・・・・・・・・)

 溜息を吐きながら鈴鹿は髪を()き上げた。

「仕方ないか。ほんと、これ使いたくないんだけど……」

 手に持っていた太刀を浮かべ、もう一振りの別の太刀を掴み、構える。

「!」

 眼前でアルターエゴが構える。こちらの気配の変化に気づいたのだろう。

 だが、鈴鹿はそのまま宝具を開帳(かいちょう)した。

「これなるは菩薩(ぼさつ)(きた)えし小通連(しょうとおれん)。抜かば知恵(ちえ)文殊(もんじゅ)(ごと)く――」

「――」

 メルトリリスが飛び出す。けれど、既に宝具は起動した。

 ジグザグに進路を小刻みに切り替え、間合いを詰めると踵を振り抜く。

 剣戟(けんげき)が響く。火花が散り、両者の力が拮抗する。

(……スズカは一体何を)

 腕力に違いはなく魔力の気配も変わりない。

 訝しむメルトリリスはそのまま連撃を放つ。

「――!」

 二撃、三撃、四撃……数を重ねてメルトは理解する。

「対応が、早い……!」

 彼女の太刀筋が先ほどまでとは別人のレベルで()()まされている。こちらの動きは予測され、鈴鹿の一振り一振りは適切に加減され、メルトリリスの攻撃が無力されていく。

「ま、そういうこと」

 先までの高いテンションは鳴りを潜め、その眼に憂鬱(ゆううつ)さすら(たた)えていた。

「あー、マジ最悪。こうなるって分かっていたけど、さ」

 今までの彼女とは違う反応速度。ぶつくさと呟く自己嫌悪(じこけんお)

 なるほど、とメルトは納得した。

「自身の知能、思考速度を上げる宝具……文殊に連なる知恵の宝具、とでもいうのかしら」

「なら、どうするっての!?」

 メルトリリスが弾かれる。技の速度で負けてしまえば、力に勝る鈴鹿が有利だ。

 だが、メルトの背後からパッションリップが接近してくる。

 着地から大きく後方への跳躍するメルトを追い越してリップが迫る。

「リップ!」

「アア、アアアア!」

 呼応してリップが叫び、両手を掲げて鈴鹿に迫る。

「ったく、それぐらい想定だし!」

「!アアアアアア!!」

 肉が裂ける音はリップの足元から聞こえた。鈴鹿の一振りがいつの間にかリップの足元へ滑り込み、踝を切っていた。

 (けん)()つには浅く、踏鞴(たたら)を踏み抜いてリップは前進する。

 鈴鹿にはその一瞬の隙で十分だった。

「アアアアアアア!」

 ただ力任せに振り下ろされた手は地面を破壊するだけにとどまり、鈴鹿を捉えることはなかった。すでに彼女はバックステップで間合いから(のが)れていた。

「アン!」

 彼女の背後へと回り込んだメルトリリスが一閃、衝撃波を放つ。続けて二発目を放ち、鈴鹿との距離を詰める。

「ドゥ!」

「だから!」

 一発目を小通連で打ち消し、

「それも、予想通りだっての!」

 続く二発目を宙に浮くもう一振りの太刀が受け止めると、鈴鹿はメルトへと駆け抜ける。

「!」

 メルトが想像するよりも早く距離を詰められ、動作は鈴鹿がメルトの一歩先をいった。

 ブレーキをかけ、咄嗟(とっさ)(すね)で受ける。

「甘い!」

 腰だめから逆袈裟(ぎゃくけさ)へ斬る。メルトの体を衝撃が抜け、十メートルは吹き飛ばされた。

「――っが!」

「とどめ!」

 バランスの崩れたメルトへ神通力(じんつうりき)で操作された一振りが殺到《さっとう》した。

 だが、これは途中でリップの掌が叩き落として(はば)まれてしまう。

 鈴鹿は舌打一つでリップへと(おど)りかかる。

(強い……!)

 メルトたちの戦いを見守る立香は、敵への評価を素直に認める。

 今まで様々なサーヴァントとSE.RA.PHで戦ってきた。

 だが、鈴鹿御前は間違いなく今まで会ったどの敵よりも強い。

 その理由がどこにあるのかは分からないが、彼女からは“絶対に勝ち残る”という強い意志を感じる。欲望に(まみ)れた惰性(だせい)ではない。自分自身の欲望を肯定し、そのうえで呑み込んで突き進む決意だ。

 (ひさ)しく感じていなかった英霊の強烈な(かがや)きを、あのサーヴァントから感じているのだ。

(なら――)

 メルトには黙って見ているように言われた。しかし、そんな悠長(ゆうちょう)な相手ではない。

 メルトが踊り、リップが暴れる。その最中(さなか)で鈴鹿御前が縦横無尽(じゅうおうむじん)に立ち回る。

 二人は鈴鹿の術中にある。数合(すうごう)の切り結びを超えても未だに鈴鹿の太刀筋を(やぶ)れていない。

 そしてリップが鈴鹿の蹴りに飛ばされ、その巨体が軽々と宙を舞う。

「リップ!」

余所見(よそみ)する暇――」

 既にメルトの横へと鈴鹿が回り込み

「ないっしょ!」

 渾身(こんしん)の一振りがメルトを襲った。

「っぐ!」

 ガードよりも先に、(じか)()らう。肉の内側までに響くダメージにメルトは吹き飛ばされた。

 受け身が間に合わない。メルトは数度転がり、片膝をついて何とか立ち上がる。

「もらい!」

 距離を詰めた鈴鹿の刃がメルトを狙う。白刃(はくじん)がメルトの細い首を睨《にら》んで――

「ガンド!」

「なっ!」

「!」

 鈴鹿の体が金縛(かなしば)りにあったように止まった。その隙にメルトが距離をとる。

 一秒も持たずに鈴鹿は自由を取り戻し、自分を(しば)った敵を睨みつける。

「あのマスター……!」

「あら、余所見の暇はないわよ」

「っ!」

 それは先ほどの再現であった。

 僅かに対応が遅れた鈴鹿はメルトの一撃(フェッテ)を受け止めはしたが、衝撃で後退(あとずさ)る。

「……いいじゃん。あんたのマスター、気に入ったわ」

 その眼に怒りとも興奮(こうふん)ともとれる高揚(こうよう)を抱いて鈴鹿はメルトを見据えた。

「あら、横恋慕(よこれんぼ)かしら?」

 再接近したメルトの膝を小通連で防ぐ。

「はあ?そんなわけないじゃん」

 弾き、返す刀で一閃。メルトは避け、合わせ、反撃する。

「ならどうするのかしら」

「決まってるっしょ」

 その笑みはあたかも閻魔(えんま)が浮かべるが(ごと)愉悦(ゆえつ)の笑みだ。

「あんたたちを倒して、勝ち誇る私を一番近くで見せつけてやるってこと!どうよ、最高でしょ?」

 太刀が甲高い音を鳴らす。刃越(やいばご)しにメルトの瞳が()れる。

「……ああ、いいわね。いい趣味(しゅみ)しているわ、スズカ。想像したら――」

 メルトが鈴鹿を押し返す。だが、彼女は止まらない。

 一閃、一撃、一刺し。飛び、跳ね、(むち)のようにしならせた足が鈴鹿を襲い続ける。

「堪らないじゃない!すごく興奮するわ、私!」

 連撃は重ねる事に鋭さと苛烈さを増す。それは鈴鹿の思考すら凌駕する速度で加速する。

「なにそれ!ちょっと引くんですけど!」

「あら、分からないの!」

「っ!」

 力強い一蹴りが鈴鹿を弾いた。

 高らかにヒールを打って、再びメルトは躍りかかる。

「だってあの人を屈辱(くつじょく)(ひざまず)かせるのでしょう!そんなの、(たかぶ)らないほうがおかしいわ!」

「っち!これだからアルターエゴは!」

「言い始めたのはアナタよ、スズカ!」

 連撃が鈴鹿を押し始める。メルトの瞳には狂乱にも近い興奮を(ともな)って、鈴鹿を熱っぽく見つめる。

 そして、だが怒りを伴って、

「でも!それをしていいのは!私だけなのよ!」

 空中に飛びあがり、感情の昂りのままに鈴鹿を足蹴にする。小通連は度重なる攻撃に軋みを上げる。

「独占欲の強い女!」

「アナタに言われたくないわ!」

 だが、(わず)かな隙を突き鈴鹿が攻勢に転じる。返しの一振りをメルトは受け止め、軽く宙を舞って着地した。

 息の上がった肩を(なだ)める。熱くなった思考が冷め始めた時、(ようや)く鈴鹿は違和感に気付く。

「――!」

「やっと気づいたわね」

 (かす)かな殺気。もし少しでも遅れていれば、今頃鈴鹿はパッションリップの手の中で肉塊となっていただろう。

 けれど、リップの気配遮断によってぎりぎりまで接近された一撃はさしもの鈴鹿にもダメージを与えた。

(マズ……!)

 弾き飛ばされた鈴鹿は咄嗟の状況判断で一気に距離を取った。

 もしこのまま中途半端(ちゅうとはんぱ)な距離を取れば、すぐにメルトリリスとパッションリップが襲ってくる。ならば、一度間合いを取って仕切り直すべきだ。

 先ほどは相手に釣られて熱くなってしまったがゆえに見誤っただけだ。(いま)だ向こうはこちらの手を超えられていない。

 大きく飛んで鈴鹿は立ち上がる。

 だが、鈴鹿の想定は誤りだった。

「――しまっ!」

 距離にして五十メートルはある。それだけの間合いを空けて、天に掲げられたパッションリップの掌にメルトリリスが止まっていた。

 初めからこれが狙いだったのだ。わざと鈴鹿に距離を取らせ宝具を撃ち、勝負を決める。

(さか)しいことはいいけれど、手が読みやすくてよ、スズカ」

「――ほざけ!」

 鈴鹿が別の一振りを握り締める。奥歯を噛み締め、こめかみに汗が流れる。

 間に合うか否か――だが、やるしかない。

草子(そうし)(まくら)紐解(ひもと)けば音に聞こえし大通連(だいとおれん)

 いらかの(ごと)八雲立(やくもだ)ち。

 (むら)がる悪鬼(あっき)雀刺(すずめざ)し」

 鈴鹿の一振り――大通連(だいとおれん)が宙に浮き、次の瞬間には無数に分裂する。

 その数、五百。

 リップの上で待機するメルトは眼前の敵を見据える。

 勝負は一瞬。自分は無数の剣叢(けんそう)を超え、鈴鹿へと(いた)る。

 一振りでも(あた)れば敵の勝ち。それより早く穿(うが)てばこちらの勝ち。

「ヴァージンレイザー――」

文殊智剣大神通(もんじゅちけんだいしんとう)恋愛発破(れんあいはっぱ)――」

 (みなぎ)る力にメルトリリスはパッションリップから撃ち放たれる。

 同時、五百の刀剣がメルトへと殺到(さっとう)する。

「パラディオン!」

天鬼雨(てんきあめ)!」

 

◇◇◇

 

 リップの手が輝くと同時、剣の雨が降る。

 SE.RA.PHの構造を破壊しながら剣は降り注ぎ、光の速度でメルトリリスは飛翔する。

 轟音(ごうおん)が辺りを響かせ揺らし、そしてノイズの土煙(つちけむり)があたりを(おお)(かく)した。

 衝突は秒にして一に足らず。

「……」

「……」

 リップと立香はただ黙って見守る。

 沈黙はどれほどだったろうか。

 土煙が晴れ始めた頃に、静かな声が聞こえてきた。

「……あー、あたしの負けかぁ」

 口から血を吐きながら、力なく鈴鹿は(こぼ)した。

 その腹には槍と化したメルトのヒールが容赦なく射抜いていた。

「ああ、ほんと、これじゃあ……」

 静かに目を閉じ、鈴鹿は現界を(ほど)いていく。

 やがて鈴鹿御前の姿は光に分解されてSE.RA.PHの大気に溶けていった。

「メルト」

 鈴鹿の消滅を確認して立香が駆け寄り、後ろにはパッションリップがついてきた。

「大丈夫?」

 ちらりと自分の体を見た。衣装はボロボロでところどころに(あざ)と裂傷がある。けれど、不思議と体は軽い。

「ええ。見た目はひどいけどこれぐらい平気よ」

 リップを見ると、既に回復を施されたのか服は傷だらけだがダメージはないようだ。

「でも、この姿では優雅(ゆうが)さに欠けるわ。マスター、治癒魔術お願い」

「分かった」

 すぐに立香はメルトに魔術を行使した。肉体の傷は修復されたが、衣装だけは戻らない。服はサーヴァント自身が魔力で編み直さねばならず、戦闘を終えた彼女たちにそれだけの余力はない。

「ありがとう、マスター」

 (すず)やかにメルトが立香を労う。立香もそれに笑みで応えた。

「さて、この後はどうするのかしらマスター?」

 勝利の余韻(よいん)も今の言葉で消え去った。立香は気を引き締め直す。

「この先に天体室があるってBBが言っていた。なら、そこを目指そう」

「……分かったわ」

 そういうメルトの表情は険しい。それもそのはずだ。この先に全ての元凶があるのだから。

 まだ何も始まってはいない。自分たちはこれから、ようやくこの事件の真相に手をかける。

 この特異点を解決するための全てが、そこにある。

「……行こう、みんな」

 覚悟を決め、立香は二人の前に立ち――

 ――意識がブラックアウトした。

 

◇◇◇   

 

 ――ピンポンパンポーン。

 ――SE.RA.PHで活動している全ての生命体にお知らせします。

 ――ただいま、最後の敗北者が出ました。最後の生存者が残りました。

 ――以上をもちまして、この聖杯戦争は終了です。

 ――勝者、カルデアのマスター。勝者、メルトリリス。ついでにパッションリップです。

 ――SE.RA.PHのゲームマスターとして、勝者にお祝いの言葉を送ります。

 ――おめでとうございます。お疲れ様です。そして――

 ――これにて、ゲームオーバーです。

 ――それでは、勝者の皆様を極楽浄土へとお連れいたします。

 ――最期の時です。ゆっくりお楽しみください。

 




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