ウィリの夢   作:もるげんれえて

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――それでは皆々様方、済度の日取りです。

C93で頒布したCCCコラボ一週目の小説です。
ここで全文を順次公開していきます。
まだ在庫が御座いますのでぜひイベントでお求めください!

また、C107で頒布予定の「メルトリリスは踊らない(https://syosetu.org/novel/393807/)とも若干の関連があります。
こちらも併せて読んでいただけると幸いです。


ウィリの夢 終幕 ラ・バヤデール

◇◇◇

 

 ひたすらに暗い空間。目が馴染(なじ)んでいるはずなのに、視界は黒の絵の具で()(つぶ)してしまったようだった。

「……ここは」

 自分の声が反響した。どうやら閉鎖空間らしい。自分以外にも機械が(うな)るような音が聞こえる。

「リツカ、そこにいる?」

 メルトリリスの声が聞こえた。たぶん右の方だろうか。

「あ、うん。メルトも無事?」

「ええ。リップも近くにいるわ」

 とりあえずこれで安心だ。けれど、ここが何なのかはまだ分からない。

 次の瞬間、部屋に明かりが(とも)った。

「!」

 暗闇に慣れた目には明るすぎる光に、立香は目を細めた。

 しばらくして明かりに慣れるとようやく周りを見渡せた。

「ここは……」

 その空間は巨大な円柱状の部屋だった。

 おそらく直径三十メートルほどはあろう部屋の中央には何らかのエンジンじみた物体が鎮座している。あの唸る音はこいつの所為(せい)みたいだ。

 だが、それ以上に目を奪うのはこの部屋の壁一面に張り付けられた筒状の物体だ。

 (なか)ば壁に()()まれた筒は前面がガラス張りだった。全てが同じ規格で、この部屋を取り囲んでいる。

 その構造物に立香は見覚えがあった。

「これ、レイシフトのコフィンじゃないか……!」

 そうして気付いて見てみれば、その薄暗い中にはうっすらと人型が浮かび上がってくる。

 動揺する立香に、近寄ってきたメルトリリスが答えを言った。

「そう、これがこの聖杯戦争のマスターの正体(・・・・・・・)。この趣味の悪い装置の中に人間をぶち込んで、魔術回路として使い潰す。私には何のためにこんなことしていたかさっぱりだけど、とにかくアイツは休止されていたこれを使って今回の騒動を引き起こしたのよ」

「……」

 目の前にあるこのコフィンの中に捕らわれた人間がどうなっているか、そんなもの想像する必要すらない。

 嫌悪を(もよお)さずにはいられない。いったい何のためにこんなものを作っていたのか、それを考えるだけで(はらわた)が煮えくり返る。

 けれど、その怒りはこの事件とは別のものだ。大きく息を吐いて心を整える。

 隣に佇むメルトリリスがくすりと笑った。

「メルト、これを起動したのはBBか」

「あら、私、“アイツ”としか言っていないわ」

 (まゆ)(ひそ)め、メルトの煙に巻くような問答の意味を探る。

 もしこの事件の黒幕がBBなら、今ここに彼女が居なければおかしい。

 そもそも彼女のゲームマスターという立場、それも妙だ。あの言動、ここに来る時のBBチャンネル。まるで誰かから任されたかのようにも聞こえる。

 つまり、まだメルトリリスは口にするができない、この(ひつぎ)を起こした張本人(ちょうほんにん)がいるのだ。

 その時、ぱちぱちと手を叩くまばらな音が響いた。

 振り返ると、そこには僧衣(そうい)頭巾(ずきん)(かぶ)った妖艶(ようえん)な女性が立っていた。

「おめでとうございます、カルデアのマスターさん」

「あなたは……」

 (おだ)やかに微笑(ほほえ)んだ女性に立香は脳髄(のうずい)が甘く痺れた。余りに久しぶりに生きた人間を見たせいだろうか。あの人とゆっくり話してみたい心地になった。

「生存者、ですか?」

「そうとも言えますし、そうでないとも言えます。

 ――簡単に言いますと、(わたくし)は聖杯の代理人でございます」

「代理人?」

 そうです、と女性は頷いた。

「聖杯であるムーンセルの外部端末、と申し上げたほうがよいでしょうか。確かに私はこのセラフィックスの従業員の一人、名を殺生院(せっしょういん)キアラと申しましたが、故有って今はこの身をSE.RA.PHに捧げたのです」

「……」

 何かが頭の中で引っかかる。けれど、彼女――キアラを見ているとどうでもよくなってしまう。

「さあ、マスターさん。私にその思いを、願いを伝えてくださいな。(ムーンセル)がその願いを聞き届けて差し上げましょう」

「僕、は……」

 ゆらりと足が一歩進んでしまった。夢遊病者のように、誘蛾灯(ゆうがとう)()かれて……

 カン、と心地よいヒールの音が鼓膜を打った。頭の中に水面が波打つように正気に戻った。

「気をしっかり持って、リツカ」

「……!メルト!」

 自分の前にメルトリリスとパッションリップが歩み出た。リップは全身から敵意を隠さずに()()しにしている。

 ちらりと振り返り、メルトは鼻で自分を笑った。

「全く。私には靡かないくせにあの女には尻尾を振るのかしら」

「いや、違うんだ、メルト。でも、なんで……」

「別にいいわ。アナタがあの女に惹かれた理由、そんなの簡単よ」

 再びメルトが踵を打ち鳴らした。

「あのアバズレが、とっくに人間辞めているからよ」

「あらあら」

「アバ!?」

 いくら何でも初対面の人間にそんなことを言うのは失礼じゃないか。けれど、キアラは頬に手を当てて困ったように笑うだけだ。そんな動作にも色気が(ただよ)っている。

「メルトリリス、私をアバズレだなんて……そんな当然なこと言われては照れてしまいます」

「……」

 照れ顔の彼女に言葉を失う。どうやら、キアラという女性もかなりの際物(きわもの)のようだ。

 だが、それ以前にキアラは気になる言葉を吐いた。

「メルトを、知っているのか?」

 尼僧(あまそう)はメルトリリスと呼んだ。本来なら知るはずのない彼女の名前を、だ。

「ええ、もちろんですとも」

 キアラはさも当たり前のように頷き、

「何故なら――そこのお嬢さん方やBBを呼んだのは、他ならない私でございますから」

「――――な」

 絶句した。なんとこの女性は、自分がこの事件の黒幕だと打ち明けたのだ。

 そんな立香の姿が面白いのか、キアラはくすくすと笑いながら

「ああでも、勘違《かんちが》いなさらないでくださいまし。私だって本当はいやだったのですから。何の因果か、あの魔神柱とおっしゃる方に寄生されてから全てが狂ってしまったのですから」

「じゃあ、あなたは被害者なんですか」

「馬鹿おっしゃい」

 メルトリリスが一蹴(いっしゅう)した。

「確かにアンタは魔神柱に乗っ取られた。でも、最初だけでしょ。

 リツカ、あの女と私たちは少し因縁があるのよ」

 そう言って吐き捨て、忌々(いまいま)しくキアラを睨む。立ち竦(すく)んでしまうメルトの視線を受けてもキアラは飄々(ひょうひょう)と笑っていた。

「あの女はね、私たちの世界で正真正銘(しょうしんしょうめい)、悪魔になりかけたのよ。で、魔神柱がどういうわけか並行世界からその情報を仕入れて、この女に同期させた。そして、私たちはサルベージされ、BBはSE.RA.PHの運営、アルターエゴはアイツの手駒として使われていたわけよ」

「まあ、飼い犬に手を噛まれてしまったわけなのですけれどもね」

 ふん、とメルトが鼻を鳴らした。よほどキアラのことが気に食わないようだ。

「けど、それじゃあ魔神柱は……」

 管制室で見た魔神柱を思い出す。確かに魔神柱はここにいた。けれども、その姿には覇気(はき)も何もがなかった。

 するとキアラは、ああ、と何かを思い出そうと首を(ひね)った。

「魔神柱様は……なんとおっしゃいましたっけ……まあ、あの方はどこかに出ていかれてしまいましたわ」

「要するに力関係が逆転したのよ。この女に取り付いていたはずの魔神柱が、気付いたら宿主に力を吸い取られていたってわけ」

「はい。その通りです。ですが私にはSE.RA.PHと魔神柱様の力が残っていました。ですので、決めたのです。私――」

 それがさも当たり前の結論のように、その女は言った。

「――ビーストになろうって、決めたのです」

「……」

 これで何度目の絶句か分からない。目の前にいるキアラの思考回路が本当に理解できない。

 今まで何人もの敵と対峙してきたが、ここまで理解に苦しむ敵は初めてだった。しかも、キアラはあくまで人間だったのだ。

 どうすればここまでの精神に育つのか、立香には理解できない。

「ええ、その気持ち、分かるわリツカ。でも私にはこの女の考えていることが分かるの」

 残念ながら、とメルトは肩を落とした。そりゃそうだ。この人の考えを理解できてしまったら人間として負けている気がする。

「この女はね、詰まる所“自己愛”の化身なのよ。『自分だけよければいい』、『自分が一番かわいい』ってあるでしょう?それの一番極端(きょくたん)(ひど)いものよ。この女は、『自分以外に人間はいない』って、そう考えているの」

「あらあら、そう簡単に人の秘密を詳らかにするのは情緒(じょうちょ)がありませんわね」

 メルトの言葉に、ようやく腑が落ちた。人間は自分しかいないと考えているのであれば、そもそもの思考の前提が違うのだ。理解し合う方が難しい。

「それじゃあ、その目的は――」

 その時、SE.RA.PHそのものを揺るがす地響きが起きた。立香もかろうじて立っていられるほどの揺れは、このSE.RA.PHにただ事でない事態が到来していることを予感させた。

「何が起きたんだ!?」

「……海底を超えたのね」

「そのようですわ」

「な、それならSE.RA.PHは潰れてしまうんじゃ!?」

 立香の驚愕(きょうがく)にメルトが首を振って否定した。

「残念ながら違うわ。SE.RA.PHはこのまま海底を突き進み、地球の核を目指す。そして、あの女はビーストとして目覚める」

「そうです」

 キアラが色情に歪んだ笑みを(たた)える。

「私の目的。それはビーストとして、この地球()と一体化して、地球の性感帯となることです」

「……」

 あたまがいたい。脳が理解を拒む。本当に訳が分からない。

 この人は何を、言っているのだろうか。

 だが、一つだけ確定していることがある。

「つまり――」

 世界が光に包まれた。

 光が晴れると、そこは全く別の空間になっていた。

「――!」

 黄金色に輝くSE.RA.PHのダンジョン。辺りには蓮の花をあしらったオブジェクトがある。甘い匂いが漂い、どうしようもなく心が落ち着いてゆく。

 もしもこの世界に極楽浄土があるとしたら、それはこんな世界なのかもしれない。

 その世界の中心で、ソレは居た。

 劣情(れつじょう)を掻き立てる淫靡(いんび)な服に収まりきらない胸と艶《なま》めかしい脚。黒く濡れる髪を流し、唇が赤く湿(しめ)る。

 何よりも、ソレの頭に生えた二本の異形の魔羅(つの)が、既に人間ではないことを如実(にょじつ)に語る。

 ソレ――殺生院キアラ、いや、ビーストⅢRは告げた。

「すべては前戯(ぜんぎ)。これからこの星と一つになり、この星を体として一つの救いの為に人間を使いましょう。もはや何もかもは手遅れ。ですが、その最高の瞬間を虫に邪魔されては興醒(きょうざ)めです。羽虫はここで潰しておきましょう」

「――」

 この女は、この異形は生かしてはいけない。それがビーストであるならばなおさらだ。

 理解できるどうこうの話ではない。これは倒さなければならない敵なのだ。

「メルト!リップ!」

 先の戦闘からそれほど時間は経っていない。疲労もあるだろう。だが、二人とも構える。彼女たちから並々ならない意思を感じた。その背中に決死の覚悟が浮かぶ。

「最後にメルト」

 臨戦態勢のリップとメルトを見てもキアラは余裕を(くず)さない。

「何故、貴女(あなた)は人間なんかに味方するのですか」

「……」

 その質問が果たしてどんな意味なのかは立香には分からなかった。

「それが分からないから、こうしてビーストなんかやっているんでしょう耳年増(みみどしま)

「……貴女の不快な態度はそれまでです。貴女はまず、その両手から潰してしまいましょう」

「やれるものならやってみなさい」

 メルトが深く腰を落とす。そうですか、とキアラが呟いた。

 そして、この世界の中心でビーストたるキアラが合掌《がっしょう》する。

「いまや我が身は快楽天(かいらくてん)(あぎと)(ごと)天上楽土(てんじょうらくど)。あらゆる命を果実のように頬張(ほおば)りましょう。

 ――それでは皆々様方、済度(さいど)の日取りです。天上解脱(てんじょうげだつ)、なさいませ」

 

◇◇◇

 

 メルトとリップはキアラへと(おく)することなく飛び出し、キアラはただ微笑みを浮かべて二人を迎える。

 先行するメルトの目の前に無数の触手(しょくしゅ)が――それらはあの魔神柱であった――その進路を阻むために樹立する。

 合間をメルトはすり抜け、ヒールで切り落とし、速度を落とすことなく加速し続けた。通り過ぎる背中に触手が牙を向け、それらをリップが粉砕する。

 瞬く間にメルトはキアラの正面に飛び出した。

「――」

「……」

 メルトは敵意を、キアラは嘲笑(ちょうしょう)を込めてお互いを(にら)む。

 銀弧(ぎんこ)を描いてメルトリリスの足が跳ね上がった。

「っあぁ!」

 だが、キアラは避けようとはしなかった。わざわざ蹴りに当たったようにすら見える。

 刻まれた傷にキアラは嬌声(きょうせい)を上げる。それがまるで心地良いように。

「っち!」

 憎々(にくにく)しげに舌打を鳴らしてメルトはそのまま連撃を繰り出す。

 演武(えんぶ)のように次々と襲うメルトリリスの足技を、だがキアラは逃げることも守ることもせず木偶坊(でくぼう)のように食らい続ける。

「ああ!いっ!いたぁっ!いぃ!」

「この――!」

 叫びは悲鳴ではなく嬌声で、キアラの頬が赤らんでゆく。傷が増えれば触れるほど、メルトの攻めが苛烈(かれつ)になればなるほど。

自慰(じい)なら一人でやりなさい!」

 足蹴(あしげ)にしながら叫ぶメルトの苛立(いらだ)ちは限界に近かった。

 この女は自分たちとの戦いを(たの)しんでいる。

 これだけの攻撃を叩き込んでいるのに、渾身(こんしん)のフェッテですらこの女は傷ついていない。傷跡がたちまち修復されてしまう。今やSE.RA.PHそのものであるキアラにとって、この程度の瞬間治癒は造作(ぞうさ)もない。

 それでも、キアラがSE.RA.PHにいる以上SE.RA.PHの物理法則に従わねばならない。いくらビーストの(さなぎ)だとしても、霊核を破壊すれば体を保つことはできない。

「リップ!」

 蹴りの反動で高く飛んだメルトは背中から近づくリップに叫んだ。

「アア!アアアアア!」

 両手を大きく広げ、キアラを捉える。

 『トラッシュ&クラッシュ』。その手に収まるのなら、たとえどんな超構造体(ギガ・ストラクチャー)でも圧縮できるパッションリップの手ならキアラを倒しうる。

 メルトの連撃でキアラを固定し、パッションリップが空間ごとキアラを握り潰す。長期戦が不利な以上、短期決戦で勝負をつけるしかない。

 リップとの距離はあるが、『トラッシュ&クラッシュ』には関係ない。キアラを倒せるのは今しかない。

 ふらりとキアラが揺れる。リップの手は握り始めている。如何(いか)にサーヴァントと言えど、この距離、今のリップの視界からは逃れられない。

 だが――

「……ふう、(たわむ)れはここまでです」

 ぼそりと呟いたキアラには、あの熱に(たぶら)かされたような表情はない。

「あらゆる知性あるものには必ず欲があります。ですから――」

 そっと、背中を()でるようにキアラの指先が宙をなぞる。

「このように」

「――っ!」

「イ、アアアアアア!!」

 メルトとリップがその場で動きを止めた。二人はまるで何かに()えるように歯を食いしばり、頬を紅潮(こうちょう)させる。

「何が……」

「簡単なことですよ」

 驚くマスターに、キアラは悠然(ゆうぜん)とパッションリップへと歩み寄る。

「彼女たちは私から生まれたのです。二人の性感帯がどこにあるか、それに触れて足を止めることなど容易いこと」

「な――」

「言いましたでしょう」

 小さく震えるリップの隣まで来て、キアラは笑みを深める。

「この身は随喜自在第三外法快楽天(ずいきじざいだいさんげほうかいらくてん)。快楽によって衆生(人間)を救済するのですよ」

 腰を落とし、震脚(しんきゃく)を鳴らしてキアラが拳を放った。一瞬のことだったので、立香の目には突然パッションリップが吹き飛んだようにしか見えなかった。

「リップ!」

 吹き飛ばされた先でリップは小さく蹲ってしまう。立香の声にも反応しない。

「まずは一人。次は……」

 キアラが振り向く。そこには己の身を襲う快楽に(あらが)い続けるメルトリリスが立っていた。

「おや、まだ立っていられましたか」

「悪いわね。私、不感症なのよ」

 メルトが強がりに笑うが、自分の身を支えるのが限界だった。冷や汗で背中が冷たい。少しでも油断すれば意識が流されてしまいそうだ。

「そうですか」

 近づいてくるキアラ。

 彼女が目と鼻の先まで来たとき、メルトは渾身の力で足を振り上げた。間違いなくキアラの首を刈り取る軌道は、キアラの手で止められてしまう。

「くっ――」

「私から出でたもののくせに、私に逆らうとは」

 その眼に浮かぶのはありありとした嫌悪(けんお)。キアラは冷たくメルトを見据え、掴んだ足を乱雑に叩き伏せる。

 ただそれだけでも、今のメルトには耐えがたい苦痛(快楽)だった。

「――っ!」

(かご)の鳥にすらなれないのならば、その羽を(むし)ってくれましょう」

 来る、と構えた時には遅かった。

 打音が全部で二回。自分の内から骨が砕ける音も聞こえてきた。

 キアラの拳が、目に留まらなぬ速さでメルトの両腕を殴り抜いたのだ。

 その破壊力は大樹を()()っても余りある。

「――――――」

 だらりと両腕の力が抜ける。

 体中を巡った衝撃がメルトの意識を()()り、立ちながらに一瞬、気を失ってしまった。

 そして再び覚醒して、上げてしまいそうになる悲鳴を()(ころ)してキアラを睨み返した。

 涙を目じりに浮かべたメルトの視線を受けて、キアラは恍惚(こうこつ)に顔を歪める。

「ああ――素敵です。それなら、少しはこの不快さも晴れるというもの。できれば、悲鳴も上げてほしかったのですが」

「残念ね。私、腕の感覚がほとんどないのよ。今のだって腕に力が入らなかったら何をされたのかすら分からなかったわ」

「……本当に、減らない口です」

 不機嫌そうに呟いてメルトリリスを殴り飛ばした。

 余りにも軽々とメルトリリスが吹き飛んだ。

「――っが、はっ」

「ええ、本当に不愉快です。ですから、次は足を捥ぎます。次にそこのパッションリップを惨たらしく殺します。最後に――ああ、善いことを思いつきました。あのマスターをあなたの前で犯し殺してあげましょう」

「――!」

 (つぶ)れかけた戦意が今の一言で()()がった。その光景を想像しただけで体中の苦痛と快感を忘れてしまった。

「アンタ……!」

「おお、怖いですね。ですが糸を失った人形の体でなにができましょうや」

 メルトの意思とは関係なく、この体はいまだに快感と激痛に(さいな)まれ続けている。気張らなければ足は震えてポワントすらできやしない。

 できてあと一撃。それが限界だった。

 遠くのマスターが叫ぶ。体中を踏ん張らせて、どうにか立ち上がれるか。この体はその程度すらできない。

 あと数歩、それでキアラが自分にトドメを刺す。それまでに――

『おやおやー?メルトリリス、もう限界ですかー?なっさけなーい。生みの親としてとても残念です』

「この声は……!?」

「BB!?」

 この場にいる誰もが驚愕(きょうがく)した。どこからともなく、この黄金色のSE.RA.PHにあの面倒くさい後輩の声が響いたのだ。

『大正解!悩めるアナタを邪魔しながら助ちゃう(インタラプト・アンド・レスキュー)!堕天使系保健委員、BBちゃんです!』

「バカな……聖杯戦争が終わった今、貴女にはもう役目はありません!」

 キアラはBBの乱入に(ひど)狼狽(ろうばい)していた。

『その通りです。ですから、これでBBちゃんは本来の役割――そこの色ボケビースト退治という任務に戻れるわけなのです!』

「な!?(だま)していたのですか!」

『騙して悪いんですけど、これも仕事なのです……なんちゃって!』

 ギリ、とキアラが歯噛みしている。これは相当に予想外の展開のようだ。

 お調子はずれのBBの声は続く。

『それはともあれ!そこの快楽お化けは文字通り怪物です。ですが、一度で倒せないならもう一回挑めばいい!何度だってトライ・アンド・エラー!今からセンパイたちは再回収して、体勢を立て直します!』

 にわかに立香は自分の体に浮遊感を覚えはじめた。輪郭(りんかく)()け、存在感がぶれ始める。それはレイシフトするときの感覚に近かった。

『皆さんを現在位置から二百メートル上のセーブポイントへご案内です!

 行きますよー、BB―シフトー!』

 いよいよ体の感覚が失われ、昇天(しょうてん)するかのように肉体が分解され――

「……なりませんよ」

 突如、体が重力を持った。今まさに行われようとしていたレイシフトが無理やり止められたのだ。

『え……』

 今度はBBが驚愕する番だった。

「愚かな。忘れたのですか?貴女達がだれから生まれたのかを。KP(カルマ・ファージ)が一体誰のものかを」

『そんな!センパ――』

耳障(みみざわ)りです」

 ラジオの電源を引き抜かれたようにBBの声が途切れた。

「――」

「……」

 余りにも呆気(あっけ)なくSE.RA.PHに沈黙が降りた。ただ、キアラが歩み寄る音だけが耳にうるさかった。

 誰もが認めていた。

 もはや、この女を止められない。倒す(すべ)などないことを。

「それではメルト」

 キアラは勝利を確信し、その笑みは絶対的で二度と崩すことは(かな)わないだろう。

「――」

 それでも、メルトは立ち上がろうと自らの足に(かつ)を入れる。

 今ここで倒れてしまっては、あの人を守り切れない。逃がすことはできない。

 一秒でもいい。数瞬(すうしゅん)でもいい。

 あの人が逃げるために――

「あら?」

「――ば」

 目の前に影が現れた。メルトリリスを(かば)うように両手を広げて、彼は立っていた。

「何しているのリツカ!」

 

◇◇◇

 

 立香はメルトリリスの前に立っていた。

 自分でもどうして庇ったのか分からない。目の前の女を見ていると足が震えてくる。今すぐにでも逃げ出したくなる。

 あれの視界に入っているだけで、体がバラバラになってしまいそうだ。

 けれど、このままじゃいけない。

 自分ではキアラには勝てないことは分かっている。既にビーストの権能を獲得し始めた彼女には、人間である自分が挑んだところで結果は明らか。

「リツカ!逃げなさい!逃げて……!」

 後ろでメルトが焦りを帯びた声を上げる。

「メルト!」

 今、あの女は倒せない。けれど、自分が死んでもメルトは死なない。アルターエゴである彼女にとってマスターは必要なものではない。今のメルトならばマスターの魔力がなくとも現界し続けられる。

 ならば自分を犠牲にしてでも彼女たちを生かさなきゃいけない。

 そしてなによりも――

 自分が守らないで誰が彼女(メルトリリス)の心を守れるのか。

「逃げて生き延びろ!」

「――っリツカ!」

 悲鳴のようにメルトが(うめ)く。右手が赤く光り、令呪が一画失われた。

 メルトの体が何よりも強く縛られる。

 キアラは止まらない。醜悪(しゅうあく)に欲望に塗れた視線で立香を見定(みさだ)めながら、蛇のように赤い舌で唇を濡らした。

「では、その方の望み通り、先に貴女の一番の宝物を壊して差し上げましょう」

「――!」

 ぬらりと指が伸びて、自分に向かってくる。がちがちと奥歯が震える。

「ぁ――ダメ……やめて!」

 あの彼女が、声を(うる)ませて叫んだ。

「お願い、やめて!殺さないで!逃がしてあげて!私はどうなってもいい!その人は、その人だけは、おねが――」

「メルト」

 生きて。僕の代わりにこの悪魔を倒してくれ。

 そう続けようとした言葉は、聖女の指の一撫(ひとな)でで潰れる。

「――――あ」

 最期に思い出したのは、メルトの笑顔だった。

 

 ――ぱん

 

 まるで風船が割れてしまうように。

 まるで袋から水が(こぼ)れ落ちるように。

 立香だったものは、ドロドロになって弾けてしまった。

「あ――あ、あ――」

 心に大きな穴が空いていた。

 ごうごうと洞に風が吹き荒ぶ。

 初めてだった。こんな感情は。

 自分の中に大きな穴が空いてしまうなんて考えたこともなかった。

 不思議と涙は出てこなかった。頭の中は真っ白に()(みだ)されて、これが現実なのかどうかすら分からなかった。

 けれども、彼との繋がり(パス)が断たれてしまっていた。失われたこの感覚が、もうあの人がここにいないのだと確かに感じさせた。

 世界の全てから色彩が無くなったみたいで、空虚だった。

 ただ、目の前で嘲笑って腹を抱えるあの女が、どうしようもなく憎かった。

「まあ不思議!触っただけで溶けてしまうなんて!あのマスターさん、本当に最後まで貴女を(かば)ったわ!」

「っ……!」

 歪む視界の中でキアラを(にら)みつけ、なけなしの全てに鞭打(むちう)って体を立たせた。彼が最後にくれたもののおかげで立つことぐらいはできる。

 今すぐにでもあの顔にフェッテを叩き込みたい。

 あの人を殺したことを後悔させたい。

 何もかもどうでもいい。

 穴を埋めるように憎悪が吹き荒れた。

 けれども、体は動いてくれはしない。

 力がないのではない。そうできないのだ。

 あの人が最後に私に下した命令は、業腹(ごうはら)にもしっかりと私を雁字搦(がんじがら)めにしていた。

 これとやり合えば負けることぐらい自分でも分かっていた。

 でも、そうやって(くだ)()ってしまいたかった。あの人を守れなかったこの体になんて何の意味もないのだから。せめてあの顔を後悔で歪ませられるのならば、どれだけ救われるだろうか。

 前に進みたい脚はその場に()いついている。できることは、こうやって睨みつけるだけ。

 パッションリップもようやく気を戻しゆっくりと立ち上がるが、満身創痍(まんしんそうい)の体ではこれ以上戦えまい。

 せめてもう一人、BBかKP(カルマ・ファージ)に侵されていないサーヴァントでもいれば――

「――!」

 唐突(とうとつ)にメルトリリスの目が見開いた。

 全ての可能性を考慮(こうりょ)する。このSE.RA.PHの特性。先ほどのBBの行動。キアラの行動予想。そして、KPの対抗策。

(これなら……!)

 助けられる。|この女を倒して、あの人を助けることができる《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。

 けれども、そのためには――

 奥歯が(きし)んだ。

 これ以上、何を悩む必要がある。

 これ以外にあの人を助けられる道があるだろうか。

「――リップ!」

 メルトの足が床を蹴り、キアラから離れていく。

「あら、まだ足掻(あが)きますか」

 悠然と振り返るキアラの先で、メルトはリップの手の上に乗った。

 新たな余興を見つけたとキアラは愉快そうに佇んでいる。

「パラディオンで私と刺し違える気ですか」

 だが、メルトの睨む先にキアラはいない。

「――」

 パッションリップは静かにメルトの声を待つ。

「……いいわ。やって、リップ!」

「ん……ア、アアァアア――!」

 メルトリリスの見つめる先は、ここより一万メートル上の海中。二時間半前の座標。

 すなわち、この特異点の開始地点(・・・・・・・・・・)

 メルトの本意など知らず、ただ逃げるためだと判じたキアラは大いに笑った。

「自分が逃げるために使うのですね?いいでしょう、であれば見逃してあげますとも。どこへなりともお逃げなさい?もちろん、すぐに意味のない行為になりますが。この体が羽化した後、羽虫の一匹、地上で捕まえて差し上げましょう」

 キアラの嘲笑(ちょうしょう)もすぐに聞こえなくなる。

 ――逃げない。逃げてたまるものですか!

 この屈辱は決して忘れない。この悲しみを決して忘れない。

 この霊基(身体)がひび割れようとも、もう一度。

 もう一度、あの人(アナタ)に出会うために――!

 

◇◇◇

 

 今、メルトリリスは飛翔する。

 ヴァージンレイザー・パラディオン。城壁を超え、都市の中央で着弾し破壊する光の槍。メルトリリスをパッションリップが撃ち出す合体宝具。

 槍として撃ち出されたメルトリリスは光に迫る速度で上昇する。

 このSE.RA.PHには引力がある。キアラの生み出す重力がある。

 この重力圏から逃れるためには光超える速度が必要だった。

 まずこれが第一の賭け。

 無事に全力でリップが撃ち出してくれること。あの悪魔に邪魔されないこと。

 そして、第二の賭け。

 それは、この霊基(身体)がもつか否か。

「――っ!!」

 サーヴァントと言えどこの速度()に霊基は持たない。

 光がメルトリリスの霊基を(けず)り、燃やす。

 灼熱の激痛は億の言葉を費やしても足りないだろう。

 一瞬でも気を緩めようものならたちまち身体がバラバラになる。

 苦痛の嵐に意識は刈り取られてしまいそうになる。

 それでも――

「――!」

 痛みが意識を奪うその時に、私はあの人の顔を思い出す。

 あの人とともに歩んだ日々を思い出す。

 辛かった。苦しかった。楽しかった。嬉しかった。絶望した。希望した。笑った。泣いた。微笑んだ。怒った。笑いあった。

 心を結んだ。

 恋をした。

 愛おしかった。

 愛したかった。

 離れたく、なかった。

 その全てがメルトリリスの中で輝きを放つ。

(――ああ)

 メルトリリスの霊基がまた砕け、光を残して海底に散ってゆく。

 私は、なんて幸せなんだろう。

 彼にもらったものは、たった一つだけだと思っていた。

 けれど、そうじゃなかった。

 あの人は私に、こんなにもたくさんの、抱えきれないほどのモノ()を与えてくれた。

 (まぶた)の裏から離れない、あの最初の出会い。

 二人で歩んできた道。語り合った夜。

 彼に触れた温もり。何気ないすべてのこと。

 返さなきゃいけない。

 与えられ続けた私が、今度こそ、約束を守るために。

 いつか、アナタの許に飛んでみせるって約束したっけ。

 こんな形であの約束を守りたくはなかった。

(でも)

 そう言ってメルトリリスは心を抱きしめる。

(待っていて、リツカ)

 瞳を開く。

 明るい青が、メルトリリスを迎える――

 

◇◇◇

 

 時間にして0.1秒にも満たない(またた)く間。

 メルトリリスにとっては永遠とも思える無限の苦痛。

 その中で、やがて輝きは光を超える。

 体は速度に追いつけず、霊基は焼きついて(ほど)けていく。

 だが、その心だけは決して燃え尽きない。

 何故ならば、彼女はその感情を恋と知り、人はその心を愛と呼ぶのだから。 

 

 




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