日常編
新年度の初登校の日
「おはようございます、明日菜さんはいますか?」
山菊家のチャイムが鳴り、スピーカーからは操介の溌剌とした礼儀正しい声が聞こえてくる。
「今行きます、操介。」
明日菜は間を置かずに返事をした。
「行ってきます、お母さん、飛瑞。」
明日菜はしっかりとした冷静そうな声で挨拶をした。しっかりと挨拶をする。それは山菊明日菜にとっては当たり前のことだった。
「操介、喜んでください、生徒会長。飛瑞はずっと秀逸中学校に入学するのを楽しみにしていた。制服を買いに行くときなんて、楽しみすぎて寝れなくて、夜更かしして…明日の入学式でも夜更かししてお偉方の話聞いてるときに居眠りでもしないか心配ですよ。」
「それはよかった。飛瑞君、小学校低学年の時なんて、『お姉ちゃんたちと同じ学校行くー』って泣いて喚いて、おばさんのこと困らせてたもんな。」
明日菜と操介は秀逸中学付属の小学校に通っていたが、飛瑞は抽選に落ちて地元の公立の小学校に通っていた。そのため、受験して秀逸中学に入ってきたのである。
「大変でした。」
春風が花の匂いを運んでくる。桜の木はもう、半分くらい散っていて、少し風情がない。
「ところで、今年のクラスはどうなるだろうな…」
登校中、操介はそう呟いた。学校によっては三学期の終業式にクラス分けの発表がされるところもあるが秀逸中学では新年度初登校日に張り出される。そのため、一年で最もドキドキする日、それが今日なのである。
「わかりませんね、去年も直前までわかりませんでした。」
そのような会話をしながらしばらく歩いていると秀逸中学に到着した。
操介と明日菜は、いつも早めに学校につくのだが、今日に限っては気がはやって早くきている生徒も多い。
「おはよう。山菊…明日菜、水瀬。」
「おはよう。」
「おはようございます。フルネーム呼びとは、水臭いですね、紫苑遥。」
「だって、山菊の弟くんも今年秀逸に入ってくるんでしょう?山菊が学校に二人もいたらややこしいじゃん。じゃあ、これからは明日菜って呼んで良い?」
「…フルネームで呼ばれるよりは。」
遥は満足そうに頷いた。
「今年のクラスは…」
操介が『個性』でどこからともなく水を発生させて、薄い膜を形作る。それを操介が覗き込む。
「俺がA組で、明日菜と紫苑がC組だな。」
「ありがとうございます、操介。」
「ありがとう、水瀬。それにしても相変わらず便利な『個性』ね…」
「これ、結構練習したんだ。」
「クラスも確認できましたし、早めに体育館に集合しましょう。我々は生徒会の仕事もありますので。」
操介は生徒会長だが、明日菜も生徒会会計、遥は生徒会副会長を務めている。
「そうね。ところで、水瀬。」
「何だ?」
操介と明日菜は遥の顔を見る。…なんか、遙がろくでもなさそうなことを言い出しそうな顔をしている。
「明日菜の呼び方も変えたことだし…フィクションでは生徒会長は『会長』とか呼ばれてたりするから、水瀬のことは『会長』って呼ぶ?」
「やめろ!恥ずかしい。」
体育館に3人が同じくらいの時間に着くと、中学2年生の生徒会書記の思水悠仁が先に来ていた。
「おはようございます。先輩方。」
「おはよう。もしかして、先に準備進めてたか?」
「いえ、いま来たところです。」
「おはようございます。私はマイクの設置に向かいますね。」
「おはよう。じゃあ、私は教員席作っとくわ。」
そうして、各々、誰もいない体育館で準備を始めた。
始業式は問題なく終わった。そして、クラスではホームルームが行われる。
「君たちは、後一年で、義務教育を終える。将来についても、我々教員は、君たちがどう考えているのかを把握し、それに沿った指導をすることが求められている。そのため、進路調査書を提出して貰う必要がある。」
そして教師は一呼吸置いた。
「とは、言っても、みんなヒーロー志望だよな。」
クラスが少しざわめく。
「え?違うのか?」
「ほとんどの凡人にはヒーローなんて無理ですよ。俺みたいな凡人はサポート科に行って、手に職をつけようか…」
「異議あり!このような志でサポート科に行きたいなど、言語道断!ヒーローの命を預かるのにこのような態度で向かうのは真摯ではない!」
「異議ありは弁護士じゃないの?」
「何その雑な偏見。」
クラスは雑然としている。
「ちなみに、ヒーロー科志望ってこのクラス、どんくらいいるのか手を上げてもらっても構わないか?」
そうして挙がった手の数は3分の1ほどだった。
「まじかよ!」
教師は本気で驚いているようだ。
「逆に、先生はなぜ、みんながヒーローになりたがっているとお考えなのですか?」
ヒーロー志望か聞かれたときに挙げた手をそのままに、一人の少女は教師に質問を投げかけた。
「…山菊さん」
名簿と顔を見ながら、教師は山菊明日菜を確認した。この教師は今年、この中学校、国立秀逸中学に赴任したばかりだ。
「そりゃあ、ヒーローにはなりたいだろう。『個性』を大々的に使えるのは原則としてヒーローだけだし、収入だって名誉だって申し分ない。そして、何より、オールマイトを始めとしたのように、人を助けたいと思うのは自然だろう。」
その言葉に、一部の子は目を伏せ、一部の子は頷き、一部の子は首をかしげた。
「もしかして、違うのか?」
「別に、ヒーローにならなくてもお金もらえるし…」
「名誉のために生きてるわけじゃないし。」
「私の『個性』はそんなに大層なものじゃないし。」
「そもそも、オールマイトもヒーロー以外の職業もいつもそれとなく褒めてるし。」
「オールマイトの初代相棒は、かのシールド博士だし。」
「ヒーロー至上主義ってそもそも、オールマイトの価値観とズレてるよね。」
子どもたちは口々に教師にそれとなく反論する。
「みんな冷めてるな…」
…冷めているのではない、と明日菜は考えた。
ここは、秀逸中学校…県内でトップの国立中学である。彼らの多くがヒーローに憧れがないわけではない。現にクラスの3分の1もの生徒がヒーローを志している。しかし、ヒーロー以外の職業に興味を持つものも非常に多い。
「先生のいままで務めていた学校ではどうだったんですか?」
明日菜とは別の少女が教師に尋ねる。
「…紫苑さん、約九割がこの時期ならヒーロー志望だったが。」
その言葉に多くの生徒は言葉を失う。
「…他の職業知らないの?」
ポツリと誰かが呟いた。
「まあ、ヒーローにならなければ、『個性』を封印して生きろって風潮確かにあるよね。」
紫苑と呼ばれた少女は、笑いながらそれに答えた。そして続ける。
「でも、そもそも『個性的』ってなんなのかしらね。」
その言葉にみんなが静まる。
「はいはい、お前ら、本当によく考えてるな。じゃあ、来週末までに進路調査出すこと。」
そう、教師が言うと、クラスは解散となった。
そして、クラスでのホームルームが終わったら、入学式の準備だ。
入学式の準備は生徒会が中心で行われるが、任意で手伝ってくれる生徒もかなりいたので、思ったより時間はかからなかった。
準備が終わったところで、生徒会のメンバーは早々に撤収した。明日は朝が早い。