操介は目を閉じて思い出す。
数時間前の来賓対応の会議の後、明日菜はちょっと浮かない顔をして、無言でハーフアップをツーサイドアップにした。
「どうしたの?明日菜?」
「遙、私は可愛いですか?」
至って真面目な明日菜の顔、吹き出しそうな遙。
「いつもだって、充分可愛いわよ。」
「そうですか…ただ、前の来賓の対応で、私は中学生らしさがなくて可愛げがない、と言われてしまったんです。改善すべきでしょう。」
「ああ、それはきっと、頑張ってる明日菜が可愛すぎたのが悪いわ。」
「可愛すぎ?」
明日菜は少し驚く。
「そうよ、頑張ってちゃんと大人みたいに振る舞おうとしてる女の子なんて、世界一可愛いもの。きっと、その人、照れちゃって心にもないこと言ったんだと思うわ!」
明日菜はそのおじさんの顔を思い出す。
「なんか、気持ち悪いですね。」
一瞬、空気が固まるが、それを聞いてた悠仁が耐えきれずに大笑いする。それにつられてみんなが笑う。幸せな、もう遠い遠い記憶。
そして、現在、操介は考える。
今も、明日菜はゾンビのような顔で、仕事を淡々とこなしてる…心を殺しながら。
遙の言葉を借りるなら、頑張ってる女の子ではある。でも、その姿はあまりにも痛々しい。きっと、来賓の人にもそれは伝わってしまう。
明日菜には、来賓の対応は無理だ。生徒会長として判断する。
ただ、それを言葉に出そうとすると、喉の奥がつっかえる。言いたくない。明日菜の努力を否定したくない…友人としてそう思う。
でも、生徒会長として、言わなければならない。
「山菊明日菜、当日の来賓への対応からは外れてもらう。」
操介は威厳を持った口調で言った。
「わかりました。」
それを聞いて明日菜は自分に失望した。憧れの人を亡くした、ただそれは周りにとっては関係のないことだ。社会にいる限り、他者に対して自分がどう有益であるかを示さなければならない。今の自分にはそれすらできていない。
「…山菊先輩、自分の顔見ましたか?」
「ひどい顔をしているのでしょうね。役目も果たせないほどに。」
明日菜はそれ以外に言いようがなかった。そう考えたから、そう言うしかなかった。
「明日菜!悠仁はお前のこと心配して言ってるのにそれはないだろう!」
無論、操介の言う通り、悠仁は明日菜が役目を果たせないとかはあまり考えていなかった。心配を無碍にしたのは見ていて面白いものでも無い。
「いいえ、水瀬先輩、違うんです。」
ただ、悠仁は心が読める個性である。厳密には心の状態が目に見える個性である。明日菜が心がもうここに無いことなんてわかってた。だからこそ、心配を無碍にされたとみえても怒りは湧かない。そんなことよりも、心がなくなった状態で動き続ける明日菜を痛々しく思っていた。それに対して、明日菜は辛いとすら思えないのがどうしようもなく悲しかった。
「何が?」
「違うんですよ。」
明日菜は心配を無碍にしてなんていない。ただ、もう、何も感じていないのである。
それを聞いて、操介は黙るしかなかった。心が見えている悠仁が言うなら、多分、自分は明日菜の大きく心情を読み間違えたと言うことなのだろう。
「…明日菜、あなた…」
遙は深刻そうな顔を浮かべた。
「一年が自腹切る事案が発生して、それどうにかしなきゃなんでしょ?」
「紫苑先輩、それはみんなでやるは…あ!そうですね!それ、山菊先輩が見つけたんだから、山菊先輩がやってください!来賓対応してる場合じゃない!!」
「そうだな?そうかもな。自腹問題は山菊明日菜、お前に一任する。」
二人の勢いについ乗せられて操介は判断を下す。操介はちょっと乗せられやすい、それが美点であり欠点でもあるのだ。
「わかりました。では、領収書の確認を行います。」
明日菜の声は相変わらず感情がない。
明日菜が去った後に遙は言った。
「明日菜は役目を果たせないような無能じゃない、私がそんなのにはさせない。」
操介と悠仁はその言葉に背筋がゾワっとした。
来賓対応から外されてしまった明日菜は淡々と、出された領収書の不自然な点を探っていく。
3年生までの、すべてのクラスの領収書を調べた。そして、分かった。一年生のどのクラスでも自腹事案は起きている。
明日菜は飛瑞たちのクラスにまず行った。
「失礼します。」
一年生たちは生徒会会計の文武両道、才色兼備、みんなの憧れ、明日菜先輩の登場に少し浮き足立つが、明日菜先輩、どうやら様子がおかしい。全く生気がない。そして、みんなは察した。とんでもないことが起こってしまったと。
「このクラスから、提出された領収書、最近、不自然に減っていますね。何か、心当たりは?」
「ごめんなさい。私は自分のお小遣いでお花を作る紙を買っちゃいました。そして、報告はしてません。」
一年生の女の子は震える声で自白する。
「何やってんだよ!!」
佑樹はその子を怒鳴りつける。
「買ったら報告する、それがルールなんだよ!お前のせいで、多分、減点だよ!!」
「だって、勝つためにはそれくらいしなきゃって思って。」
「だってじゃねーよ!」
明日菜は無表情でその様子を見ていた。心が全く動かない。その様子を見て、一年生たちは震えた。明日菜先輩をここまで失望させるようなことを自分たちはしたのだと感じた。なお、明日菜は何も感じていない。
「大丈夫!編集班が巻き返すよ!」
赤井花蓮がペンを持って、明るく言った。いつもおどおどしてる子だったはずだ。それなのに、花形の編集班をやっているのは少し意外だ。
「山菊先輩、この度は本当に申し訳ありませんでした。」
率先して、佑樹が謝る。
「「「「申し訳ありませんでした!」」」」
みんなもそれに続いて謝る。
「以後、このようなことはないようにしてください。」
明日菜はそうして、踵を返した。
その様子を見ていた飛瑞は明日菜の元に向かってくる。
「お姉ちゃん、減点くらったの、うちのクラスだけじゃないよね?そんなこと、ルールを把握してない一年ならどこでも起こることだろうし、それに、お姉ちゃんがうちの違反を見つけた時に、他のクラスもチェックしてないはずがない。」
明日菜は答える。
「はい、次も隣のクラスにも同じことを言おうとしてます。」
飛瑞は自分で推測しておいて、姉の仕事っぷりに感嘆する。普通なら、分かったところだけを調査して減点するところを、他にも起きてないかをちゃんと調べた。他の仕事だって忙しいはずなのに、ちゃんとやった。飛瑞も知っている、サー・ナイトアイが亡くなったこと。明日菜は辛いはずなのに、それでもやった。
「やっぱり、お姉ちゃんはすごいし、公平だ。でさ、そのこと、クラスの子には言っても良い?生徒会の秘密なら言わないけど。」
明日菜は言う。
「構いません。」
ただ、それだと懲罰の効果が薄れるが、秘密ということでもない。言われても構わない。
「お姉ちゃんはそれで懲罰の効果薄れるって思うかもしれないけど、大丈夫、優しい明日菜先輩が真剣にそのこと伝えたこと、みんな知ってるから。」
中学2年の頃はバレンタインデー、異物混入事件が他校であり、禁止されようとしてたところ、既製品のみオッケーというので折り合いつけて、乙女の恋心を守った。だからだろう、後輩たちからは、優しい先輩として見られていた。それを明日菜は理解していた。
「そうですか。」
そう、無感情で飛瑞に言って、次の一年生の教室の調査と必要があれば減点宣告をしに行った。
結果、どのクラスでも、自腹を切った子はいた。そして、どこでも同じように怒る子が出てきて、その後は異様なほどにめちゃくちゃ謝罪された。
明日菜は時計を見る。意外と証拠を固めるのに、時間がかかってしまった。もう、最終下校時刻が迫っている。
そして、文化祭実行委員の部屋に証拠を持っていこうと、部屋を開けると…
「完全下校時刻?勝手に仕事増やして、それで帰れ帰れ帰れ!何様のつもりよ?」
桔梗の怒鳴り声が聞こえてきた。
「こっちだって仕事なんだよ!つーか、俺達が仕事増やしたわけじゃねーよ!!」
健吾がそれに対して思いっきり怒鳴り返した。
「知ってるわよ!…てか、砂山、顔色悪くない?大丈夫?」
「…大丈夫なわけあるかよ。こっちは…あ、山菊、いたんだな。」
「はい、いました。」
「山菊さん…あなたも顔色悪いわね…まあ、明日お願いね!」
そう言うと桔梗はそそくさとこれ以上怒られないように帰りの支度を始めた。
「私もでは、帰ります。」
明日菜はそう言うと少しふらふらと帰路についた。
「おい、アホ!顔色悪いの分かんなら少しは加減しろよ。」
「…何よ砂山。」
「こんな事言いたくないけどよ。…俺と山菊ちょっと今日大変、まあ、俺は結構元気だけど…ちょっとは加減してくれ。」
「ああ。そうだよね。山菊は『予知』で、あんたは『砂使い』だったわね。昼休み、ニュースで見たわ。」
同じ『個性』のヒーローが亡くなっちゃったんだってね。とはいわなかった。
「そうだよ。」
「でも、文化祭は逃げてはくれないわよ。それを、あんたも、山菊もわかってる。なら、加減することこそ、あんたたちに失礼じゃない?」
「いや、だから、八つ当たりすんな。」
「それは、それ以前の問題よ。」
「わかってんならするなよ!じゃあ、俺も帰るわ。」
そうして、健吾も、重い足取りで家に帰ることにした。
家に着いた。鍵を開ける。
「ただいま。」
そうして駆け寄ってきたのは、単身赴任中の冬青だった。
「お父さん…?」
そして、真っ青な顔、正気の無い娘の目を冬青は見てしまう。
「おかえり、明日菜、もう少しで飛鳥は帰ってくるからな。」
冬青は今までに無い優しい口調を作って言う。
父と娘は言葉を交わす。
「サーが亡くなった時いた時、明日菜、お前は早退してくるかと思ったんだ。」
「信用されてないんですか?」
「職業柄、人の死には嫌になる程触れてきたが、大切な人を急に喪って、自分の役目をまっとうするのは大人でも難しい。正直、並大抵の中学生にできることでは無いんだ。」
そして、冬青は照れくさそうに言う。
「まあ、何が言いたいかというと、私は今日を乗り切ったこと明日菜、お前が誇りだ。今日、誇りに思ったことは忘れない、それは変わらない未来だ。私の『個性』をもって保障する。」
明日菜はその言葉を聞いて少しだけ驚いた。冬青は自分の『個性』について話すことも、ましてや、それをもとに保障することは初めてだ。ただ、それもすぐに無感情に戻った。
「明日は遅番だから、明日の昼には出発するが、今日は、みんなで飛鳥の作ったご飯を食べよう。」
冬青の優しさは明日菜には届かない。
「どんな時でも食べることと寝ることができるやつは、それだけで強いんだからな。」
それは冬青の経験に基づいた口癖のようなものだった。
その後、すぐ、飛鳥と飛瑞が帰ってきた。
飛瑞が遅くなったのは寄り道してたのが原因だ。佑樹の愚痴をしばらく聞かされたそうな。
そして、いつも通り、キムチチャーハンを食べた。ご飯、キムチ、ツナ缶、コーンをとりあえず鍋に入れれば完成する料理はみんな忙しい山菊家の定番メニューだ。
明日菜は味のしない、キムチチャーハンを無理やり食べた。
そして、いつも通り、部屋に戻って、勉強をして、いつも通りの時間に寝た。明日になったら、サー・ナイトアイの死が嘘になってることを期待して。
明日菜と飛瑞が寝たのを確認した後、飛鳥と冬青はダイニングに向かった。
冬青は息を吸う。そして、子供達を起こさないように、声を抑えて言う。
「ナイトアイ!この野郎!娘の心を返せ!」
そこには、無情にも娘を取られた父親の慟哭があった。
「泣くことすらできない。それがやばいこと、お前もヒーローとして人の死に向き合ってきたなら分かるだろ!明日菜はお前のもんじゃない!」
「仏さんに対してなんてこと言うの?!冬青!」
「済まない。」
飛鳥の正しすぎる意見には謝ることしかできなかった。
「ナイトアイは凄いやつだよ。俺と同じ、『個性』を持ちながらヒーローになって、日本で初めてのオールマイトの相棒になった。」
飛鳥は黙りこくる。今はただ、聞いてあげよう。
「俺は、『個性』から逃げた。歳も近いお前が、なんで、ヒーローになれて、俺は『個性』と向き合えないのか。自分に失望したし、お前のことは憎いけど尊敬してた。」
冬青の叫びを飛鳥は無言で聴いている。
「明日菜の希望は俺じゃなかった、サー・ナイトアイだった。だから、なんで、娘の心を連れて逝ったんだよ?」
尊敬と嫉妬、そして、筋の通っていない憎しみをただ、冬青は吐き出す。だからこそ、飛鳥は言う。
「今の明日菜は心がちょっとあの世に行ってるかもしれないけど、サーならきっと返してくれるわ。オールマイトの相棒が小さな女の子の心も返さないなら、流石に私も幻滅する。」
そして、飛鳥は笑った。
「だからね、今は信じましょう。昔、明日菜がサーみたいに頑張ってたら、周りはきっと明日菜のこと理解して認めてくれる。そう言ったのは冬青でしょう?」
「確か、そんなこと言ったっけな?」
「言ったわよ、幸い、明日菜は友達に恵まれてるわ。大切にしろとも言ってるし、明日菜も頑張ってそうしてる。だからね、今は子供達を信じましょう?」
冬青は頷いた。その唇は震えていた。
「じゃあ、私たちも寝ましょう。一緒に寝る?」
そう言った、飛鳥の背中も震えていた。
「そうだな、今日はあまりにも寒い。」
秋の初め、まだ、冷えもしない季節であるにもかかわらず。