小さき者たち
11年前
夏の日差しが肌を焼く季節のことだ。
今日は山菊家で水瀬家とのお食事会の日だ。山菊家で開かれるお食事会、料理するのは水瀬操介の母、水瀬初音だが、料理しやすいように単身赴任先から帰ってきた冬青が、せっせと台所を片付けている。飛鳥はずっと、子供の面倒を見ている。最近は、階段の上り下りを覚えた飛瑞の面倒を見るので大変だ。自由を覚えた飛瑞を追いかける飛鳥、空気も読まずに本で見た知識を披露する明日菜、お母さんは忙しいのである。
約束の時間になって、ピンポーンと山菊家のインターフォンがなった。水瀬家のみんなが来たようだ。
「いらっしゃい、水瀬さん。」
「お邪魔します。山菊さん。」
母親同士が挨拶を交わす。
「お邪魔します。山菊さん、操介、挨拶はしなくて良いのか?」
操介の父の操一は操介に挨拶を促す。ただ、操介は不機嫌だ。
「おばちゃん、挨拶してくれると嬉しいな。」
「…お邪魔します。」
飛鳥の言葉に、操介は不機嫌ながらも挨拶する。年少さんの歳の割にはしっかりした子である。
「いらっしゃい、水瀬さん…操介君は、不機嫌ですか?」
台所の用意が片付いた冬青は初音に聞く。
「そうなのよ、お父さんと海に行って、それっきり不機嫌なんです。どうやら足のつかないところに初めて入ったみたいで怖かったそうなんです。」
水瀬家は海の家系だ。操一の父親は漁師で、彼もまた、造船業の会社で開発をしている。初音との出会いも共通の趣味のサーフィンだ。
「海、怖い。もう行きたくない。」
操介は不機嫌そうに言う。
「操介、海の怖さを知ってこそ、漢になれるんだぞ。」
「僕、元々男の子だもん。」
操介の言うことは割と正しい。なので、操一はややばつの悪そうに頭を掻いた。
「まあ、そうだな。言い方が悪かった。ただな、海の怖さを知ることで、海の神様に大人の男の一歩として認められるんだ。」
ちょこちょこと明日菜が歩いてきた。どうやら話は聞いていたらしい。
「操介、七五三してきたんですか?」
周りはぽかんとする。七五三ではないかな?
「あれ?私、おかしいことを言いましたか?神様に大きくなったことの挨拶するのが七五三、海の神様に大きくなったことの挨拶したのが、操介。七五三!」
それを聞いて、操一は吹き出した。
「確かに七五三だな。明日菜ちゃん、よく知ってるね。」
「お姉さんです!」
「ああ、そうだな。操介もお兄さんなんだから、シャキッとしなさい。」
「うん。」
やや不満そうだが、操介はお兄さんとしての役目を果たすべく、飛瑞の面倒を見ることにした。
食事の用意ができた。サーフィン好きだった初音が作っただけあって、今日のメニューは白米、魚の煮付け、めかぶ、アオサの味噌汁、とかなり海の幸が存分に組み込まれたメニューとなっている。
「お魚…」
明日菜は嫌そうな顔をしている。
「お魚、嫌いなのかい?」
操一が聞く。飛瑞は離乳食を食べていて、操介は普通にパクパク食べている。
「お魚、骨取るの失敗すると痛いから嫌いです。」
骨ありのお魚を幼稚園になったら出す。山菊家は教育に対してはややスパルタなところがある。
「明日菜ちゃん、これは、骨が抜かれたお魚よ。」
初音は明日菜に笑って伝えた。
「美味しいお魚なんですね!いただきます!」
そう言うと、明日菜は元気に食べ始めた。
「操介君、本当にしっかりした子ね。飛瑞のお世話もちゃんとしようとしてくれるし。」
ちなみに明日菜は頑張って操介が飛瑞の面倒を見ている間ずっと図鑑を読んでいた。
「そうなのよ、でも、明日菜ちゃんもよくもの知ってるわね。七五三のこと、ちゃんと知ってた時なんて、私びっくりしちゃった。」
「そうよ、明日菜、最近100まで数えられるようになって、子供の成長って早いわね…」
賢い初音も飛鳥も互いの子供のことを褒めながら、決して自分の子供を卑下したりはしない。
「でもね、明日菜、前、約束破ってお菓子こっそり食べすぎてて…」
「あら、それはいけないわね。」
「隠せたつもりだったんでしょうね。でも、夕飯、思うように食べられなかったのよ。夕飯食べれないと、お菓子食べすぎたのバレると思って必死に食べてるの、ちょっと面白かったわ。バレてるのにね。」
「明日菜ちゃん、本当に賢いわね。」
「でも、その後、吐いちゃって、付きっきりで夜は面倒みた。まあ、その後、明日菜は嘘ついたらバチ当たるの学習したみたいで、隠し事はしなくなったわ。」
「苦しみを伴う教訓ね。操介もお友達、喜ばせるためにおふざけばかりしてるから、先生に怒られて、泣いて帰ってくることも多いわ。最近はおふざけしすぎて怒られまくったからか、おふざけしないようになったわ。」
「子供は痛みを伴って成長してくのね。」
母親達は笑い合う。
「あと、成長といえば、明日菜1人で寝られるようになったの。オールマイトのぬいぐるみ買ってあげたらね、オールマイトとなら、大丈夫って言って、本当に最近1人で寝てるのよ。」
「それは助かるわね。うちの操介も好きなヒーローのウォッシュが綺麗好きだから、手洗いうがい歯磨きちゃんとするようになったのよ。」
「「ヒーロー様様ね。」」
母親達は異口同音にヒーローを称える。
「でも、冬青君がその後一緒に寝ようとしたら、明日菜に断られて、ちょっと後ろ姿が悲しそうだったわ。寝る前に明日菜に読み聞かせするの楽しかったみたいなんだけど。」
「あら、何読んでたの?」
「こども六法、低学年向けのやつ。」
冬青は国内最難関大学の法学部卒だ。趣味がだいぶ含まれたチョイスである。
「さすがね、うちなんて、絵本ばかりよ。」
「良いじゃない。法律も、絵本も、どちらも思いやりは学べるわ。」
それを聞いて、初音は感嘆する。
「さすが山菊博士ね。」
飛鳥は個性教育の博士号を取得している。確かに博士だ。
「よしてよ、初音さん。」
照れくさそうに、飛鳥は言った。
「全く、最近の若者はわかってない!若者に限らずわかってない!船はな!現場で作られてるんだ!それをわかってない!」
父親達は父親達で仕事の話をしてるようだ。
「まあまあ、操一さん…気持ちはわかります。」
冬青は管理職だが、警察官だ。現場の重要性は痛いほど分かっている。
「開発の奴らは、本当に傲慢だ。自分たちが船を作ってると思ってる。本当に作ってるのは、現場で汗水垂らしながら作ってるおっちゃん達だ。俺たちは、そんな奴らが良いもん作ったって認められるための手伝いをしてるにすぎん。」
冬青は頷く。同じキャリアの中でも、管理側に立っているからと言って現場を軽視する人はいるのは間違いない。
「それなのに、うちの新人は、あろうことか、現場をあんなとこ呼ばわりした。高学歴の働くところじゃないと。」
「成人していてそれは…私なら怒鳴りますね。」
「俺も手が出そうになったが、喧嘩は御法度だ。怒りを抑えて、理屈で諭したよ。そしたらな、分かってもらえたと思った。だが、そいつ、水瀬さんは良い大学出てるから従うことにしたって、まるで何も分かってないじゃないか!!」
「うわー。」
冬青はドン引きする。あまりにも、幼すぎる。今まで何を彼は学んできたのだろう?そして、操一はさらに熱が入る。
「大体な、俺は漁師のとこの生まれで、お世辞にも上品とはいえない家で育った。だが、海の民には海の誇りがある。そんで、俺はなんか、勉強ができたから、大学に行かせてもらえた。その恩返しに、親父達の命を預ける船作ってんだよ。」
「素晴らしいじゃないですか。」
冬青は実家とは仲が悪い。突然変異の『個性』を持つ冬青は実家からは拒絶されている。
「それなのに、開発の一部の奴らは、学歴で天狗になって、現場を軽んじる。こんなんで、この社会に未来はあるのか?」
「事件は現場で起こっているのに。」
2人は考え込む。
「それにな、操介も頭が良い。だから、気をつけている。天才として扱わないようにな。」
「うちも明日菜や飛瑞の教育には気をつけてます。天才として大人達から扱われて、それに応え続けて大学で潰れた同級生、私もたくさん知ってますから。」
父親2人はため息をつく。
飛瑞は操介と積み木遊びをしている。飛瑞は発達が早い。ちょっと前は積み木を転がしているだけだったのに、もう、積み上げようとしている。明日菜は相変わらず1人で本を読んでいる。
「飛瑞、こんなに高く積めるなんてすごいぞ!」
「飛瑞は、もう滑り台できますね。歳の割には色々できます。」
本から目を離さない明日菜の言葉に操介はムッとする。操介には飛瑞がお姉ちゃんに構って欲しそうに見えた。それなのに、明日菜は自分のことばかりだ。
「明日菜、お姉ちゃんなんだから、飛瑞の面倒、みてあげても良いだろ。」
「別にやれとは言われてませんよ。」
明日菜の言葉に操介はカチンときた。
「そんなんだから、『個性』も発言してない赤ちゃんなんだよ!」
「赤ちゃんじゃない!文字だって読めるもん、数だって100まで数えられるもん!」
明日菜も『個性』のない赤ちゃん発言にめちゃくちゃ怒る。
「でも、飛瑞のお姉ちゃんできてないじゃないか、飛瑞は明日菜のこと、ちゃんと見てるのに!」
「見てます!見てますよ!だからわかるんでしょ?!飛瑞が歳の割には色々できることに!!」
「こら、操介、明日菜ちゃんのことを赤ちゃん呼ばわりはしない!ましてや、『個性』があるかないかで、赤ちゃんかどうかを判断しちゃダメだろ!!」
操一は操介をガツンと怒る。
「ごめんなさい。」
操介は納得してないが謝る。その態度が操一には気に食わなかった。
「さあ、言い訳したければ言ってみろ。」
「でも、ちゃんと、ちっちゃい子の面倒見ようとしない明日菜は赤ちゃんだ!」
操介の言葉に操一はため息をつく。操介は優しいけど、時々頑固だ
「操介、面倒見るってのはな、ただ遊んであげるってだけじゃない。明日菜ちゃんは飛瑞君が今何ができるのかわかってる。お前には面倒見てるようには見えなくても、ちゃんと見てはいるんだよ。」
その言葉に操介は納得する。
「明日菜、ごめんなさい。」
「操介…もっとちゃんと飛瑞のこと見るようにはします。」
子供達は仲直りした。