幼稚園にて、夏休みが明けた頃
明日菜はぼーっと池を眺めていた。
(春にはヌルヌルカエルの卵、しばらくしたらお玉杓子いっぱい、鳥さん達に食べられちゃうけど、生き残った、カエルさんいっぱいだ。)
そんなことを考えていた。
同じ組の子が池を覗き込んでいる。魚を見ているようだ。その時だった、脳裏にはその子が落ちてしまう光景が見えた。
「危ないよ、お池は深いから。」
そう言って、明日菜は注意した。それにも関わらず、その子は池に落ちた。
先生達が駆け寄ってその子はすぐに救出された。そして、先生は言った。
「明日菜ちゃん、お目目どうしたの?なんか、キラキラお星様見たいよ。」
「え?」
そしてすぐに明日菜の目は元の白銀に戻った。
「ごめんなさい、私、その子が池に落ちるの知ってたんです。でも、止められませんでした。」
落ちた子は震えながら言う、
「この子は危ないと言ってたんだ。だけど、その時には僕はもう落ちてた。寒いよー」
先生は少し悲しそうな顔をして、そして、笑顔を作った。
「明日菜ちゃん、この子が落ちるの分かったのは『個性』よ。おめでとう。」
操介が、『個性』が発現したと聞いて飛んでくる。
「おめでとう、明日菜、『個性』おめでとう。これからは僕と一緒だ!一緒にヒーローなろうね。」
「うん。」
明日菜は浮かない顔をしている。
「どうしたんだ、明日菜、嬉しくないのか?」
「…多分、驚いただけだと思う。」
「そうか!」
操介は自分ごとのように嬉しそうだ。ただ、明日菜は疑問に思っていた。なんで、未来が見えても変えられなかったんだろう?と。
明日菜の『個性』は呪いだった。喧嘩しだした男の子達、殴り合いを予知して止めようとした。なのに、殴り合いは止められない。わざとじゃないけど、お約束破ったあの子の先生に怒られる未来を予知した。だから、注意しようとしたその時に、その子は結局怒られた。
何をしても、どうしても、未来は変えられない。
朝、飛鳥に起こされる。でも、明日菜は布団から出てこなかった。
「お母さん、幼稚園行きたくない。」
明日菜は疲れた声で言う。
「…何か嫌なことあったの?」
飛鳥は只事ではないことを察知した。
「何もできないから、何をしても変わらないから、何もしたくない。」
飛鳥はそれを聞いて、冬青から受け継いだ変えられない『予知』の残酷さを痛感した。
「何も見たくない。」
明日菜の小さな小さな悲鳴だった。
「じゃあ、おやすみしようか。でも、お母さんはお仕事行ってくるから、水瀬さんちに相談してみるね。」
幼稚園に通えないときは専業主婦の初音が明日菜たちの面倒を見ている。
「おばさんにも会いたくない。」
「でも、そうしないと、お母さん、お仕事行けないのよ。」
『個性』と社会、人格の擦り合わせをサポートするお仕事に。
「そう、じゃあ、きっと、操介の家は安全だよね?行くよ。」
そうして、明日菜は水瀬の家に連れて行かれた。
飛鳥はカウンセリングをしている時はなんとか耐えた。
でも、書類仕事をしているときに涙が溢れてきた。
おやすみさせてあげることで、明日菜の心には形式上は寄り添った。でも、明日菜の心は全くおやすみできてない。もしかしたら、一生おやすみできないかもしれない。
『個性』と社会や人格を擦り合わせるサポートのためにたくさん勉強してきた。臨床の場でも、評価は受けてきた。それなのに、娘の『個性』と人格の擦り合わせ方なんて、全然わからない。
なんて、世界は残酷なのだろうか?幼い子供に、変えられない未来なんて与えて…神様がいたら拳骨じゃ済まさない。冬青は『個性』を封じることで社会と向き合った。変えられない未来から必死に目を逸らして。それが一番じゃないこと。そんなの飛鳥には分かっている。
そして、泣きながら、書類仕事を終わらせて、考えた。
帰ったら、明日菜を抱きしめてあげよう。どこにもいなくならないよって言ってあげよう。それしか、きっと、私にはできない。
少しだけ腫れた目で、飛鳥は水瀬の家に着いた。
インターフォンを鳴らすと、初音が出てくる。その顔は、なんか、嬉しそうだ。明日菜が元気になるようなことがあったのだろうか?
「お邪魔します。明日菜、どんな感じですか?」
初音はすごい笑顔をこちらに向けてきた。
「明日菜ちゃん、ずーっとテレビ見ていたわ!」
「それは…」
教育的にはどうなのかしら、確かに家事は捗るけども。しかし、そんなこともわからない初音ではないのは、付き合いの長い飛鳥は知っていた。
「とにかく、明日菜ちゃんに会ってあげて!!」
飛鳥は恐る恐る部屋に部屋に入る。
「お母さん!!」
明日菜は今までになく興奮した顔をしている。真っ白な肌は薔薇色に、白銀の目はまるで光を反射する雪原のように輝いている。
「…明日菜、元気になった?」
あまりの変わりように着いていけない。
「ねえ、聞いてください!なんとなんとなんとなんと!」
この興奮は異常だ、熱でも出すんじゃないかしら。
「私と同じ、『個性』の人がね!オールマイトの相棒になったの!!」
「へ?!」
飛鳥は間抜けな声を出した。
「予知の『個性』を持つ、ヒーロー、サー・ナイトアイです!!」
明日菜は生まれてからいちばんの笑顔を見せた。
「…それは、世界がひっくり返ったような気持ちでしょう。」
絶望から希望に、呪いから憧れに…
「ガツーンとした衝撃、そのことですか?そうですね。で、オールマイトって、お仕事したら警察に報告しなきゃいけないんですって。それを、サポートするらしいです。」
この子は…テレビの内容を理解できたのか?年少さんで?
「でねでね!時には、オールマイトのお手伝い、ヒーローだから『個性』も使ってするんですって!!だから…私の『個性』予知…それはオールマイトのお手伝いできちゃうほどすごいものなんでしょう!!!」
ああ、どうしよう!明日菜はこんなにも笑ってる。
「明日菜、確かに、サー・ナイトアイはすごいけど、それはあなたがすごくなったわけじゃないからね。」
喜びに水を刺しても、ここは母として、厳しくしておかなければならない。
「それでも良い!もし、泣いてばかりいた私が、笑って、そして、ヒーローになって、誰かを助けちゃう!それって、とても良い話でしょう?それで、私の中ではオールマイトとサー・ナイトアイは最高の2人になる!」
ああ、ダメだ。あの子は、こんなにも笑ってるけど、もう、自分のことなんて見ていない。もう、あの子は、2人のためにしか生きられないかもしれない。
だから、神様…せめて、明日菜から、オールマイトを奪わないで、サー・ナイトアイを奪わないで!
その日から明日菜は変わった。
朝、起こさなくても起きられるようになった。
「お母さん、サーね!自分が相手に対して有益さを示すことで認められるって感じのこと言ってたの!ゆーえきって何ですか?!」
明日菜は目を輝かせている。多分、それについて答えてしまうと、明日菜は、どうなってしまうのだろう?
「…明日菜にはまだ早いわよ。」
そうすると、明日菜はいなくなった。飛鳥の直感は言っていた。多分、明日菜はわからないことを放置しない。
明日菜はパソコンの前に座って音声検索をする。明日菜はわからない言葉をよく、パソコン君に聞いている。
「ためになること!ですって!」
お手伝い〜お手伝い〜と明日菜は歌っている。
「じゃあ、食べて、食器洗ったあと、子供の軽いお皿拭くのは明日菜に任せるわね。そしたら、お母さん嬉しいな。」
「嬉しくなる、ゆーえきですね!」
そして、明日菜は約束通りお手伝いをして、幼稚園に向かった。
その次の日は、幼稚園の面談の日だった。
「飛鳥さん、明日菜ちゃん、すっかり元気になりましたね。」
「おかげさまで。」
「またまたーご冗談を。」
「サー・ナイトアイのお陰様…」
飛鳥は雰囲気が壊れるのを承知で幼稚園の先生に打ち明けた。
「そうですね、ちょっと、気になりますね。昨日、明日菜ちゃん、お友達泣かせちゃったんですよ…明日菜ちゃん、やっぱり言ってないんですね。」
「聞いてないです。」
2人の間に気まずい沈黙が流れる。
「幼稚園の飾り付け作ってる時に、遊んじゃった子がいたんですよ。そうしたらね、明日菜ちゃん、ためにならないことするような子いらないって言っちゃって…」
飛鳥は絶句する。
「明日菜ちゃん、謝ってはいたんです。泣かせちゃってごめんなさい。みんなも、うるさくしちゃってごめんなさい。って。」
飛鳥の顔は険しくなる。
「謝ってる以上、私も怒れなくて…どうすれば良かったのか、今でも悩んでます。」
「帰ったら、お説教します。」
帰った飛鳥は明日菜に聞いた。
「お友達のこと、いらないって言ったって本当?」
「はい。」
明日菜はバツの悪そうに返事した。飛鳥は珍しく明日菜を怒鳴りつけた。
「明日菜!あんたが偉くなったわけじゃないって言ったよね!いつから、人のこといらないと言えるほどに偉くなったの?!」
飛鳥の言葉に明日菜は涙を浮かべる。
「ごめんなさい。次は、もっと上手くやります。」
その言葉を聞いて、飛鳥は形式上許すしかなかった。謝っている、反省している、改善しようとしている。上手くやるってなによ?感情的にはまだ怒っていても、理屈ではもう、怒るべきではないと判断せざるをえない。
そして、その夜、飛鳥は冬青に電話した。
「明日菜と同じ予知の『個性』のサー・ナイトアイがオールマイトの相棒になったの、冬青も知ってるよね?」
飛鳥は震える声で言った。
「そうだな…明日菜の希望になれば良いが…」
「希望?あんなのが希望?!」
飛鳥は声を荒げる。
「…何があった?」
「明日菜ね、サーみたいに有益になりたいって言うの。」
「それは…良いことじゃないのか?」
冬青には何が言いたいのかわからない。
「お友達のこと、いらない子って言ったの!」
「それは、飛鳥が叱ったんだろう?」
「もちろん!どんだけ偉くなったつもり?って。」
沈黙が流れる。
「明日菜は偉くなったつもりじゃないとは思う。確かに、聞く限り、明日菜がサーと同一視してしまってるところはあるだろう。」
「そうね、『個性』で、ヒーローと同一視して、偉くなったつもりで手に負えない状態になった子、カウンセリングの場ではよく見るわ。」
どうやら、飛鳥の怒りは経験からくる焦りだったらしい。
「そういう子達に飛鳥はどうしている?」
「まずは、偉くなくても大丈夫だよってことを伝えるわ。」
「明日菜に必要なのも、多分それだ。」
冬青は考えた。飛鳥は、子供を相手にすると、カウンセラーというよりも、将来を心配しすぎる母親になってしまうのか、覚えておこう。冬青は淡々と続ける。
「明日菜は周りは見ていないようで、ずっと自分が出来る子であることには結構拘っていた。それが、今回は出てしまっただけだ。今回のはサーのせいではないだろう。だから、飛鳥、もう、怒らないで、今まで通りにしてあげたらどうだ?明日菜には間違えても、変わらないものがあることを学ぶ方がよっぽど重要だ。」
飛鳥は冬青の言葉に納得した。
「それでも、冬青くんには忙しいのわかるけど帰ってきてほしい。」
「それで、私にどうして欲しいんだ?」
冬青は単刀直入に聞く。
「明日菜のこと、諭して欲しい。だって、冬青は私より理屈っぽ…頭良いし。」
冬青は考え込んだ。
「…私が飛鳥より頭良いというか…良さのベクトルが違うだけな気がするが、分かった。次の非番の日は帰るよ。」
次の非番の日、冬青は帰ってきた。
そして、冬青は明日菜を応接間に呼び出した。
「明日菜、お友達にいらないって言ったそうじゃないか。」
明日菜は真っ青な顔になる。
「ごめんなさい、もうしません。」
明日菜は、その発言が、滅多に帰ってこない冬青にすら怒られることの重大さを理解してしまった。
「いや、私は怒ってないから、聞いてくれ。」
正直、飛鳥が私にまで言いつけて諭して欲しいと言うほど、何をそんなに明日菜の発言に怒ってるのかは冬青にはわからない。冬青は本当に怒っていないのだ。
「明日菜、お友達いらないって言うと、相手は嫌な気持ちになる。つまり、その行動は優しくない。優しさには意味があるんだ。」
「意味?」
明日菜の目にはもう怯えはなくて純粋に知的好奇心を満たそうとする子供の目があった。
「そうだ、例えるならな…ここだけの話な、オールマイト、私たちにもすごく優しいんだ。だから、オールマイトのためならと言ってみんな喜んで仕事する。そしたらな、お仕事早く終わったんだ。喜んでるから、みんな頑張るんだよ。」
「オールマイトが優しくて、お仕事が早く終わる!」
なんて素敵な響きだろうか!!まるで、まるでこの世の真理のよう!!明日菜は怯えていたことも忘れている。
「お友達に優しくするのはね、社会でしっかりやっていくための練習なんだよ。優しい子はね、それだけで周りのやる気を上げるんだよ」
明日菜は強く頷いた。
「分かりました。人の嫌がること、もうしません。」
それを見て冬青は安心した。
それを聞いていた飛鳥が言う。
「ありがとう、冬青。」
「ああ。」
ただ、なんか、飛鳥は釈然としない顔をしている。
「あのね、冬青、私は、本当は明日菜には有益か無益かじゃなくて、ちゃんと優しくできる人になって欲しかったの。」
2人は沈黙する。
「明日菜には明日菜の論理がある。相手の理屈に合わせて、望む言葉を吐き出させる、尋問のテクニックを応用させてもらった。まあ、悪く言えば誘導尋問だな。」
そして、冬青は言葉を続ける。
「話して確信した。明日菜の有益でありたいと言う気持ち、それ、サーの真似っこだけじゃない。借り物の言葉にある浮ついたところが一切あいつにはなかった。やっぱり、あれは、多分、明日菜の本能と結びついた願望だ。」
飛鳥は安堵からため息をつく。
「明日菜が本当にそう思ってるなら、それもそれで良いかもしれないわ。まあ、社会でやっていけるんだったらそれで良い気がしてきた。」
そして、冬青は言う。
「もし、聞き分けが悪いようなら、サーの言葉で人を苦しめるのは冒涜だ!と訴えてみようと思ったが…」
「それやったら本当に軽蔑してたところだったわ!!」
冬青は飛鳥の怒りに震える声に驚く。何をそんなに?!尋問のテクニックでもあるだけなのだが…
「まあ、明日菜は賢い。有益でありたいと本能に従えば、色んなことができるだろう。」
「でも、それはきっと孤立の道よ?」
冬青は首を傾げる。
「そうか?明日菜がちゃんと頑張れば、将来、明日菜の内面はどうあれ着いていきたいと思う人は多いだろう。」
そして、冬青は言う。
「きっと、その人たちが、明日菜が本当に辛い時は助けてくれるさ。明日菜には、良くも悪くも信念がある。やっぱり、信念のある子はかっこいいから、それに惹かれるお友達がいつか、明日菜を支えてくれるさ。明日菜がちゃんと大事にすればの話だが。」
「お友達を大事にね…明日菜の課題ね。」
2人はため息をついた。