文化祭の次の次の日、秀逸中学では普通に授業だった。
操介が明日菜の家にいつものように一緒に行こうと誘いに行く。
そうすると、飛鳥が出てきた。
「ごめんね、明日菜、ちょっと朝、走り込んだら疲れちゃって。遅刻はしないようにするから、先行っててって言ってたのよ。」
「そうですか。」
操介は少し違和感を覚えたが、そのまま登校した。
紫苑遙と明日菜は同じクラスだ。遙は学校に早めに行って、生徒会の細々した文化祭の後処理をやっていた。キリの良いところで切り上げて、クラスに戻った。いつもならとっくに明日菜がいる時間なのに、いない。
予鈴の5分前、明日菜は学校に来た。ただ、様子がおかしい。顔は青くて、まるで山登りでもしてきたかのような疲れ方をしている。
「明日菜、ヒーローになるための訓練、いつもより負荷でもあげたの?」
「いいえ、むしろ、昨日全然動けなかったので下げました。」
やっぱりなんか、おかしい。
「お熱とかないわよね?」
「測ったけど、ありませんでした。」
3時間目、数学の時間だった。
先生はいつも通り、復習問題を生徒に解かせようとして、明日菜を指名した。明日菜は解けなかった。何回計算しても、すごい勢いでケアレスミスのような間違え方をするのだ。クラス一位の明日菜の異変にクラスはざわついた。
4時間目、国語の時間だった。
明日菜は読んでいる文字が二重に見えた。霞む視界を直すために目を擦った。そうしたら、文字が踊り始めた。まるでトリックアートのようだ。そして、しばらくして、
「山菊?」
国語の先生に起こされた。
「え?」
「山菊、寝てたぞ。」
明日菜は状況が理解できなかった。明日菜は起きていたはずだ、おかしくなったのは教科書のほうなのだ。
「先生、山菊さん、ちょっと朝から調子が悪そうなんです。」
遙の言葉にクラスのみんなが頷く。数学の時間の計算ミスの仕方が異常だったからだ。
「そうなのか?」
先生は明日菜に聞く。
「…わかりません。ただ、すごく、疲れます。」
「ん?」
先生は顔を顰めた。疲れる…とはなんだ?
「先生、とにかく、熱とかあるといけないので、保健室連れて行きます。」
「ああ、紫苑、よろしく。」
そして、明日菜は保健室に連れて行かれた。
保健室に連れて行った後、遙はすぐに教室に戻った。
明日菜は熱を測らされた。熱はなかった。
「季節の変わり目だし、風邪かしらね…帰った方が良さそうね。ちょっと寝ていく?」
保健室の先生は言う。ただ、明日菜の体感的に、風邪にしては違和感がなさすぎる。疲労感以外の体調の悪さが感じられないのだ。
「大丈夫です。1人で帰れます。母にも連絡します。」
「気をつけてね。」
そうして、明日菜は1人で帰って行った。
明日菜はおとなしく寝ることにした。
夕方、遙から電話がかかってきた。
「もしもし、明日菜、大丈夫?」
「少し寝て、楽になりました。」
「本題に入らせてもらうわね。サー・ナイトアイの献花、明後日あるけど行く?」
「あるんですか?」
明日菜はサーの死に関する話題は頑張って目に入れないようにしていたので、知らなかった。
「行きたいわよね。じゃあ、朝9時集合で。」
「学校はどうするんです?」
「サボっちゃえ。」
遙のテキトーさを見かねた、近くにいた操介が携帯をひったくる音がした。
「安心しろ、明日菜、調べてみたところ、ここからだったら放課後でも充分間に合う。」
沈黙する。
「明日菜、行くか?」
「でも、生徒会の仕事が残ってます。」
「大事な人の献花にすらいけない生徒会なんて、ブラックにも程がある。」
操介は毅然とした態度で言う。
「明日から開門と同時にやれば、期日には間に合う予定だ。幸い、今日も遙や悠仁は朝早くからやっていてくれた。」
明日菜は沈黙する。献花に行きたいかなんて、わからない。ただ、サーが死んだ事実なんてまだ受け入れたくない。
電話口からゴソゴソと言う音が聞こえる。
「変わりました、思水です。明日菜先輩、僕の勘ですけど、行くことをお勧めします。きっと、ちゃんと、さようならって言わないままで、前に進むの、苦しいと思います。」
明日菜は思った。苦しかろうが、さよならなんて言いたくない。
また、後ろでゴソゴソと音がする。
「遙よ、明日菜、大丈夫。私と操介も行くから。」
「生徒会の仕事は?!」
「どうせ、明日菜の方が心配で手がつかなくなりそうだから、全部悠仁に押し付けるわ。」
しばらくの沈黙の後。
「明日菜、これから、最低なこと言うわね。さよならしなければ、サーが生きていた時間に留まれるなんて、そんなこと、考えてないわよね?」
「っ!!」
明日菜にとっては図星だった。
「明日菜、でもね、ちゃんとさよなら言えるって、幸せだと思うの。私の隣のクラスの子の話だけど、先生が死んじゃって、でも、お葬式にも行けなかったの。先生の小さなお子さんに配慮しなきゃだったから。みんなのさよならも言えなかった辛そうな顔、明日菜にはわからないでしょう?」
「それでも!!」
明日菜は叫ぶ。それでも、さようならは言いたくない。
「そう、それでもね、明日菜はサーのいない世界で生きて行かなきゃいけないの。」
明日菜にとって、これは最も受け入れ難い事実だった。
「それなら生きていかなくても結構!」
「明日菜!それはダメ!!」
遙は叫ぶ。明日菜は遙のここまで苦しい叫び声を初めて聞いた。
「本当はね、ヒーローは死んじゃったらいけないの。明日菜みたいに苦しむ子がいるから。ヒーローになったらね、もしかしたら誰かの主人公になっちゃうかもしれないから。」
「サー・ナイトアイが職業倫理に反したとでも?!」
明日菜は直情的にキレた。明日菜にとっては、オールマイトが神様で、サー・ナイトアイがずっとずっと、小さな頃から主人公だったからだ。
「そんなことないわよ。ヒーローってお仕事的には市民を命がけで守るのは大事なことよ?でもね、明日菜、主人公が死んじゃった後に、みんながくらーい顔しかしてなくて、破滅に向かうお話と、少しでも希望のある話、どっちが好き?」
「…希望のある方が好きです。」
「じゃあ、明日菜は生きて行かなきゃ、希望がないじゃない?そして、その最期に花を添えてあげましょうよ。」
「そんなの、ずるい、行くしかないじゃないですか。」
明日菜は震える声で言った。
「じゃ、また、明後日ね、お大事に。」
そして、電話が切れた。
生徒会室には沈黙が流れていた。
「…なあ。」
「…何?」
操介の言葉に遙は少し遅れて言葉を返す。
「…先生の話って本当なのか?」
「ええ。嘘を付くなら、私だったら、自分のクラスだったことにするし。」
遙は今度は堂々と胸を張っていった。
「…遙も何もできなかったのか。」
「僕は、なんとなく心が見えるのに…何もできない。でも、紫苑先輩は、なんか割り切っているのがわかります。凄いです。」
操介と悠仁は俯いている。
「え?できたわよ。忘れたの?私の『個性』の夢渡しだったら、短い間、トランス状態にできるの。まあ、理屈はわからないけど、辛いのも一時は忘れられるのよ。」
「は?!チートかよ!」
「チートなら、先生もサー・ナイトアイも生き返らせている!!」
遙は非常に珍しく、操介を怒鳴りつけた。いや、遙が怒鳴ったのを見たのは操介も悠仁も初めてだ。
「一時的に、忘れさせても、結局、いないことにはかわりな…が〜」
「遙?」
「怒鳴ったの、いつぶりかわからないくらい、久しぶりだから、声が…あんたのせいだからね、操介。」
「…悪かったよ。」
「さあ、仕事に戻りましょう。巻で行くわ。」
遙はなにごともなかったかのように文化祭の後処理を始めた。
それに続いて、二人も仕事に戻った。
その後、がちゃんという鍵の音がした。飛鳥が帰ってきた音だ。部屋に向かう足音がする。
「大丈夫そう?入って良い?」
「どうぞ。」
飛鳥が明日菜の部屋に入る。そこには、片付いた部屋に、少しのオールマイトのグッズと大量の新聞記事や雑誌のスクラップが置いてあった。サー・ナイトアイがオールマイトの相棒になったとき、喜ぶ明日菜に冬青が教えた趣味だった。
「大丈夫そう?風邪?」
「風邪ではありません。ただのサボりです。」
飛鳥はため息をつく。
「サボりでだるくなるなら、仮病なんてこの世から駆逐されてるわよ。」
「明日、学校、朝イチで行きます。」
明日菜の目には強い決意が浮かんでいた。
「倦怠感は?」
「どうせ明日には治るでしょう。と言うか、もう、治ってます。」
「よかったわね。でも、無理するとまた悪化するわよ。」
「遙は行かなくて良いって言ってたけど、行きます。」
「なんでまた…」
遙ちゃんはいかなくても良いと言ったのか…飛鳥にとって、遙は頭の回転が速そうな印象の子だけど、掴みどころが無い印象だ。
「サーの献花に行かなきゃだからです。」
飛鳥は驚いた。サーの死に関する話題を徹底的に避けていた明日菜が、献花に行くと言ったのだ。
「どうして…」
「遙に言いくるめられました。でも、行くって言ったから行きます。」
飛鳥は思った。紫苑遙には足を向けて寝られない。
「行くとなったら、生徒会には迷惑かけられません。明日、朝イチで学校行きます。」
「でも、1人で行かせるのはちょっと怖いかしら。」
「操介と遙もいくそうです。」
飛鳥はそれを聞いて泣きそうになった。冬青の言う通り、明日菜が頑張っていたら、辛い時も一緒に歩いてくれる人がいてくれるって、それを痛感した。
「明日菜、いってらっしゃい。」
飛鳥は泣きそうな顔で微笑んだ。
「でも、夜は遅くなるだろうから、駅まで迎えにいくわね。遙ちゃんと操介くんも。あと、遙ちゃんの連絡先、大丈夫なら教えて?」
「ありがとうございます。」
確かに、明日菜は進もうとしている。それが飛鳥には痛いほどにわかった。
翌朝、明日菜は開門と同時に学校についた。そこには、操介も遙も悠仁もいた。
「明日菜、大丈夫なのか?昨日熱出したらしいが…」
「大丈夫です。やると決めたから。それに、朝の鍛錬も今日はサボタージュです。」
明日菜以外の3人は顔を見合わせて笑った。
その後、4人は文化祭の後処理に追われた。
明日菜は時折、息を切らしながらも、会計作業を終わらせていく。3人はそれを見守りながら、休めとも頑張れとも言わなかった。…それでも周りに引けをとらないところは、さすが明日菜というべきか…
その後の国語の授業で、明日菜はまたもや文字が二重に見えた。
「先生、立って授業受けても良いですか?」
明日菜の言葉に先生は目をパチパチさせる。そして、昨日の異様な明日菜を思い出す。
「この席だと少し後ろの子の板書の邪魔になるから、空いてる後ろの方の席使いなさい。」
秀逸中学の机は立ち作業や異形で大きすぎる子にも小さすぎる子にも対応している。そのため、席さえ移動すれば立っていても問題はない。
「ありがとうございます。」
そして、放課後も生徒会で作業だ。そこで明日菜は遙に聞いた。
「お母さんに、遙のライン教えて良いですか?」
「良いわよ。」
少しのお喋りをしながらも作業は進む。
作業が終わって明日菜は帰る。
その夜、明日菜の母からラインが来た。グループチャット、飛鳥と明日菜と操介と遙がメンバーだ。
「こんにちは、山菊明日菜の母、山菊飛鳥です。
明日菜とサー・ナイトアイの献花に行ってくださること、感謝してもしきれません。
明日の切符はまだ手元にはないでしょうか?」
みんながありません、みどりの窓口で買おうと思うという内容を返した。
「わかりました。明日、3時15分くらいに緑の窓口へ自由席の切符を渡しに行きます。
皆さんは急がずに来てください。私は何時間でも待ってますから。」
了解とだけ、ラインを返して、明日菜はいつもより早めに眠りについた。