サー・ナイトアイの献花に向かう、そんな放課後。
同じクラスの遙は明日菜の席に向かう。
明日菜はなかなか立ち上がれない。やっぱりお別れが辛いのだ。
「教室の外にいるわ。」
遙は何もしてないと圧があるかな…と考えた。廊下でスマホを弄っていると、数分後に明日菜が来た。
「行きましょう。」
そして、校門前で操介と合流する。
3人で駅に向かって歩いていると、明日菜は息を切らして、滝のような汗を流すようになった。
「近くの公園で休もう。」
操介が近くの児童公園のベンチに明日菜を座らせた。
「そーい、粗茶。」
そう言って、お茶を遙は操介に投げ渡す。
「行儀が悪い!」
操介は遙を睨む。
「明日菜、飲めるか?」
「飲めませんが大丈夫です。行きましょう。」
「大丈夫じゃないだろ、それは。」
「おばさんも、何時間でも待つって言ってるからそれに甘えましょう。大人はそんな約束は簡単にはしないし。」
そうして、2人は明日菜がお茶を飲めるまで待った。
出発しては、何度か休み、近くの徒歩10分の道を30分以上かけて歩いた。ゆっくりと、それでもちゃんと、前に一歩ずつ。
駅に着いたみどりの窓口の前、飛鳥は少し心配そうに立っていた。
「ごめんなさい遅くなりました。」
明日菜が謝る。
「いくらでも待つって言ったでしょう?」
飛鳥は笑って言う。
「まず、明日菜。」
「はい。」
「これは往復の切符よ。いくらかかっても良いから、必ず帰ってきなさい。」
そう言って、自由席の新幹線の切符を渡す。
「はい。」
「あと、これ。」
そう言って10000円を渡す。
「コレで3人でちゃんと美味しいもの食べてきなさい。あと、お花。余ったらレシートと一緒に返してね。」
「ありがとうございます。」
一万円札を渡しているのに少し驚いている。
「操介君、そして、遙ちゃん。」
「「はい。」」
そうして、自由席の新幹線の往復切符を操介と遙に渡す。
「どうか、明日菜をよろしくお願いします。」
そう言って、飛鳥は深々と頭を下げる。
「頭上げてくださいよ。」
「そうですよ、元々誘ったのは私ですし。」
「だからこそです。明日菜を連れ出してくれて、本当にありがとう。」
そこまで言って、ようやく飛鳥は頭を上げた。
「じゃあ。いってらっしゃい。帰りはいつでも車で駅まで迎えにくるから。」
「「「行ってきます。」」」
そして、子供たち3人は新幹線に乗って行った。
新幹線の自由席、まだ、通勤で使う人も少なかったので、3人は座ることができた。
「子供たちだけで新幹線なんて、初めてね。」
遙は言う。
明日菜は無言だ。ずっと何か、覚悟を決めたような表情をしている。
それにつられて、操介も遙も無言になる。
サー・ナイトアイ事務所の最寄駅は、思いの外すぐに着いてしまった。
3人は小走りで新幹線を降りる。電車の乗り降りは自分たちを待ってはくれないからだ。
そして、3人はお花屋さんにまず行く。
サー・ナイトアイ事務所の近くのお花屋さんは思いの外混んでいた。明日菜と同じ学生さんの姿が多かった。
「いらっしゃいませ。」
小学生くらいの狐耳の女の子が、店で手伝いをしていた。献花にくる人が多いのを理解しているのだろう、暗めの服に黒色のエプロン、そして、暗すぎず明るすぎないトーンの挨拶だった。明日菜は思った。この子は、ちゃんと、どんな人が来るかを分かっている。
店を見渡すと、中学生くらいの男の子2人もお店の手伝いをしていた。ある人が、大切だけど、もう会えない人に渡すようなプレゼントを扱う手つきで花を並べていく。
遙と操介の2人は一旦外に出る。
明日菜は店内を見回す。
「仏花は売り切れですか?」
明日菜は店長さんっぽいエルフ耳の女の人に聞く。
「はい、ただ、6時くらいには入ってくるとは思います。」
明日菜は考え込む。
「答えてくださり、ありがとうございます。」
明日菜は丁寧にお礼を言った。
明日菜は考えた。お供物に相応しいお花の到着を待とうか…と。そんな明日菜の視界にはひまわりの花が目に入った。
一般的には献花にしては明る過ぎる花…
サー・ナイトアイ、誰よりもオールマイトに近づいた男。誰よりも眩しい、太陽のようなオールマイト…サンフラワー…
明日菜の胸は締め付けられた。
(サーが、誰よりも何よりも愛した太陽…の花。)
そして、レジにヒマワリを一本持って行った。太陽は一つで良いからだ。あと、献花台はいっぱいだろうから、あまり嵩張らない方がいいだろう。
「ラッピングはどうしますか?」
「赤と青でお願いします。」
「はい。」
太陽の花は丁重な手つきで包まれていく。
そして、明日菜はお店を出た。
献花台はすぐ近くにあった。お店を出たら、すでにお店の近くまで列が続いていた。
明日菜たちはその列に並ぶ。明日菜は丁重に綺麗にラッピングされた花を握りしめる。
並んでいるときに、後ろの花を持った男子高校生らしき人たちが話していた。
「サー、勿体ないよな。」
「それなー。」
それを聞いた操介が震えながら言う。
「勿体無いってなんだよ!!」
後ろの高校生たちはそれに反応する。
「ん?」
「サーはもう、生きてなくて、何もできなくて、多くの人が悲しんで、苦しんでる。なのに、勿体無いってなんだって言ってるんですよ!」
操介はそう叫んだ。その声は涙で少し震えていた。
「操介、やめてください!!」
意外にも明日菜はそんな操介を大声で止めた。つんざくような、悲鳴のような声だった。
「明日菜?」
「そうですよ、勿体ないんですよ。」
明日菜は震える声で続ける。
「世界的な損失なんですよ。あっちいけないことだった。彼が殺されなければ、もっと多くの生命や財産が救われたのに…」
明日菜の声にみんな黙り込んでしまう。
「すごく、勿体無い。」
明日菜はポツリと言った。涙も浮かばない叫び声。手元にはひまわりの花が握りしめられていた。
後ろの高校生たちは言った。
「この、おチビちゃんの言う通りだよ、中学生坊主。」
「ああ、悲しいだけが悼んでる言葉じゃないんだ。」
「すみませんでした。」
操介は邪魔にならない程度に深々と謝罪した。
「わかりゃ良いんだよ、坊主。」
そして、もう1人の高校生は深く頷いた。
明日菜たちは献花台の前に来る。
「明日菜、ここからは1人だ。」
「ええ、私たちは後から黙祷するわ。」
そう言って、2人は明日菜を献花台に送り出す。
「でも、帰る時はみんな一緒よ。」
明日菜は理解していた。現実を受け止めるときは、いつも1人だ。でも、ちゃんと2人は後ろにいる。
明日菜は献花台の前に立った。
花の甘ったるい匂いが鼻腔を刺激する。目の前には、色とりどりの花の山が広がっていた。
山に一つ、太陽の花を置く。そして、黙祷する。
その戻る道、明日菜は大粒の涙を目から流していた。
認めたくなんてなかった、でも、あの花の山を見ると、認めざるを得なかった。どれだけの人が、サー・ナイトアイを想っていたか。なんで彼らが花を捧げたか。それは、ひとえにもっと生きててほしかったからだ。
2人が駆け寄って、明日菜の肩を支えた。
「今は、ただ祈ろう、冥福を。」
「冥福?!死んだ人に未来なんてないんですよ!!」
操介の言葉に明日菜は泣きながらキレ散らかした。
「私はね!見た人の明日までの未来が見えるんですよ。でも、死んだらもう見えない。そこで、そこで終わりなんですよ!」
明日菜は大粒の涙を流す。
「大好きな人の隣に立つことも2度とできない、どれだけ、誰が願っても、そこで、その人のお話は…サー・ナイトアイのお話は終わりなんですよ。」
遙は強く明日菜を抱きしめる。
「サーの未来…もしかしたら、私を失望させたかもしれない。なら、失望したかった!嫌いになりたかった!!でも、死んじゃったら、2度と嫌うこともできない。未来がないから。」
明日菜は声を振るわせる。
「一生、ずっと、大好きでしょうがない、そんなままだ。」
「…一生思い出を大事に生きていく。明日菜、それじゃダメなのか?」
操介も泣きながら声を振るわせる。
「大好きなままで定まった未来なんて、嫌いになるかもしれない未来よりずっと残酷です。」
そして、明日菜は言う。
「生きていてほしかった。この世界がどれだけ残酷でも。」
「わからないわ、明日菜。」
遙は明日菜を抱きしめながら、泣きながら言う。
「私はね、明日菜が苦しんでるのがすごく悲しいの、サー・ナイトアイの作り出す可能性がね、見られなくなるのも悲しいの。」
遙は明日菜の背中をさする。
「でも、明日菜は、サーの未来の喪失が苦しくて仕方ない。操介はちょっと違うかもしれない。」
遙は明日菜の肩をつかんで、そして、目を見て言う。明日菜の両目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。
「分かり合えない中で、どうか一緒に歩かせて。」
「はい。」
明日菜は泣きながら返事をする。
「お帰りなさい。明日菜。」
明日菜たちは、ひとしきり泣いた後、遥の提案で美味しいお肉屋さんに行った。
香ばしい肉の匂いと、とろろご飯の匂いが鼻腔を刺激して、食欲がそそられる。
「「「いただきます。」」」
みんな、泣き疲れてお腹が空いていた。一心不乱に肉と野菜とご飯を食べる。五臓六腑に染み入る美味しさだ。
「死穢八斎會の若頭があんなに人を殺しちゃうなんて…」
隣から話し声が聞こえる。確か、花屋でお手伝いをしていた中学生男子2人組と小学生くらいの女の子1人だ。
明日菜の箸がとまる。サーを殺した奴らの話なんて。サーの未来を奪った奴らの話なんて。聞きたくない。
「ああ、弱小ヤクザだったはずだ。」
エルフ耳の男の子が言う。
「そうだよな、死穢八斎會の親父さん、ハロウィンにはおやつくれたり、俺たちには良くしてくれてたんだよ。」
「それがヤクザの恐ろしさだ。暁月。それに…」
どうやらエルフ耳の少年じゃない方の少年は暁月というらしい。
明日菜は思った。何が、良くしてくれたんだって?!人の未来を奪って、社会の混乱も引き起こしてきた奴らだろ!?
「なんで、若頭、親父さんのことを重体にして、サーのことも殺しちゃったんだろう。」
それを聞いた明日菜はそこにいたくなくなった。耐えられなかった。急いでご飯をかき込む。万札を置いて店から飛び出した。
「ごめん!払っといて!」
明日菜のいなくなった店内に、ただ声だけが残された。
それをみんなはぽかんと見ていた。
「もう遅いが、口を慎め愚か者!!」
エルフ耳の子が暁月を怒鳴りつけた。
「そうよ、兄さん!サーのことも好きだった人が聞いたりしたら、死穢八斎會を肯定するような発言は受け入れられないものだわ!しかも、これ、献花の日に言う?!」
狐耳の小学生にも怒られる。
「あの飛び出して行った女の子の顔見た?!」
狐耳の小学生の女の子の言葉で、暁月は、明日菜のいた空席に向かって謝罪する。
「すみませんでした!!」
「「もう遅い!!」」
暁月の謝罪を2人は跳ね除けた。
明日菜はお店の外で荒い息をしていた。
お会計を終えた操介が、明日菜の元に駆け寄る。
明日菜はカンカンに怒っていた。
「なんなの!あいつら!!」
「落ち着けよ、あいつら空席の明日奈に対して謝ってた。」
操介は思う。ところで遙はどこに行ったんだ?
「知ったことですか?!人殺しの畜生どもを擁護するなんて!」
「それは、言い過ぎだと思う。死穢八斎會の中にはオーバーホールに関与してなかった者も多いだろう。」
「わかりません!連座です!!」
明日菜は個性の発現する前のように癇癪を起こす。
「お待たせー。」
遙が何かを持って駆け寄ってきた。
「遙、どこ行ってたんだ?」
遙はドヤ顔で袋を突き出した。
「コンビニ、花火買ってきた。」
明日菜と操介は呆然とする。なぜ今?
「ムカつく時は遊ぶに限る!それに、慰霊にもなるしね。」
「うん…」
操介は頷くことしかできない。明日菜が怒っている中で、あまりにも急すぎる。
「慰霊ならやります。」
明日菜のやり場のない怒りが少し静まる。
「じゃあ、近くの花火ができるところに出発!調べといたからついてきて。」
遙と愉快な仲間たちは近くの花火コーナーに出発した。
花火コーナーには少しだけ人がいた。
「じゃあ、やりましょう。操介、水の用意お願い。」
そう言って、遙は蝋燭をセットして、ライターで火をつける。操介はよくわからないまま、バケツにどこからともなく発生させた水を入れる。明日菜は花火を用意する。
花火を蝋燭に向けて、点火する。火花が散る。萎む。バケツに突っ込む。
そのルーティン遊びが操介には面白いらしく、操介は珍しいくらい機嫌が良い。
そして、遙は花火を振り回す。
「危ないぞ、遙!」
明日菜も明日菜で、花火みたいにルーティンが決まっていて予測できる遊びは好きなのだが…ただ、純粋に遊ぶのなんて、何年振りだろう…サーと出会ってから、ずっとストイックに生きてきた。
火花が散って、萎む。
明日菜は、花火が慰霊になる理由がわかる気がした。
花火は今しかないし、死者には過去しかない。
でも、正直帰りたかった。久しぶりにちゃんと勉強できる。そんな気分なのだ。
明日菜は心の中でつぶやく、…ごめんなさい、サー。私がストイックなの、貴方のせいにしてましたけど、多分元からですね。意味のあることしてないと、罪悪感で落ち着かない。そして、ありがとうございます。努力の仕方、教えてくれて。
そんなことを考えながら、顔を上げてみると、そこには花火を純粋に楽しむ友人たちがいた。
明日菜はそこに、今、を見た。
遙が、操介が笑ってる。その表情を火花が照らす。