花火が終わってからはみんなでちゃんと片付けをした。
「ありがとうございました。」
そう言ってちゃんとバケツを返す操介に花火コーナーのおばさんはニコニコしている。
そして、帰り道、駅にはストリートピアノがあった。
「明日菜、ピアノ得意だったよな、昔コンクールとかもやってたし。」
操介の言いたいことはこうだろう。久しぶりに明日菜のピアノが聞きたいと。
「では、一曲だけ弾きます。」
明日菜はピアノの前に座った。弾くのはショパン、別れの曲だ。今は亡き、サー・ナイトアイに捧げよう。
明日菜は、夢中でピアノの音色を鳴らす。静かな旋律を淑やかに奏でだす。その音色は少し悲しく、どこか希望を感じられるようなものだった。スタッカートを奏でたと思ったら、荒々しい旋律が感情の雪崩を思わせる。その後、また、淑やかな旋律に戻っていく。そして、その曲は静かに終わった。
演奏を終えたら拍手の喝采が待っていた。中には涙を流している人もいる。
「え?!」
明日菜は思う。いや、最近大して弾いていないので、指も動かなくなってるし、そんなにうまくはないと思うけど。
とりあえず、コンクールの時のように優雅に一礼する。
より拍手が大きくなった。
「明日菜…上手くなった?」
操介は呆然としている。あまりに明日菜の演奏が素晴らしかったからだ。
「いや、下手になったはずだけど。」
「…前の明日菜はうまいなと思ったけど、今のは、すごい。戦慄する。」
明日菜には理解できない。
「戦慄する旋律よ。撮っておいたからみる?」
遙に映像を見せられる明日菜。
「本当に私ですか?」
テクニックは落ちたが、確かにめちゃくちゃうまい。感情を乗せて演奏する、その才能が明日菜にはあったのではないのか、と分析してみた。一応歌うように弾くことはあったが、感情をちゃんと乗せて弾いたのはこれが初めてだ。
「「アンコール!アンコール!」」
観衆からのコールが鳴る。
「そろそろ、夜も遅いし帰りたいですね。」
「「えー」」
観衆はブー垂れる。
「では、弾きましょう。『ノクターン』。」
ノクターンを弾いた後、サインを求められる中、逃げるように駅の改札をみんなで駆け抜けた。明日菜はそれがなぜか楽しかった。
そして3人は新幹線に乗った。
「おばさんにもピアノの映像、送っといたよ。」
「ありがとうございます。」
「それにしても、子供だけで新幹線なんて、初めてよ。」
遙は行きにも言ったことをまた言う。
「高校になったら新幹線で通学する人も中にはいるらしいですよ。」
「マジで?でも、雄英入ったら寮暮らしだもんね、そんなものか。」
遙は未来を夢想する。
「俺と明日菜は雄英志望だからな。」
「私もよ。」
遙の言葉に操介も明日菜も目を丸くする。
「聞いてませんよ。」
「決めたの今だもん。」
「「え?!」」
「ずっと、悩んでいたのよ、東京の普通科に行こうか、雄英の経営科に行こうか。でも、今、ちょっと思ったの。私、人の心に対する理解、天才じゃない?」
自分でそう言うか?と2人は突っ込みたくなった。
「だから、経営科とか良いかなって。ヒーローのマネジメントにもマスメディアに進むにしても、その能力は生きるでしょう?って、もう到着?早いわね。」
ラインには飛鳥から、もう駅で待っていると数分前に連絡があった。
新幹線が明日菜たちの住んでいる最寄駅に着く。
飛鳥は車の中で考え事をしていた。
明日菜が帰ってくる。どんな顔で帰ってくるのだろう。きっと泣いている…そうであってほしい。
こんこん、と車のドアを叩く音がした。
明日菜だった。明日菜の顔を見て、飛鳥は驚いた。明日菜の目には泣き腫らした跡があったが、今までよりも少しだけ、目の焦点が今を向いている感じがしたのだ。
「どうぞ。」
飛鳥の言葉で、明日菜たちは車に乗り込む。
「どうだった?」
「サーにちゃんとお別れできて良かったです。すごく、悲しかったけども。」
飛鳥はその言葉を聞いて心から安心した。
「2人とも、今日は本当にありがとう。」
「いえいえ。」
「こちらこそ、新幹線のチケットとかありがとうございます。」
飛鳥の泣き出しそうなほど嬉しそうな声に2人は謙遜する。
「あと、花火しました。」
「…それは楽しそうね。」
なんのために?きっと遙の発案だろう。
「慰霊になるかと思いまして。」
「本当に、ありがとう。」
慰霊とは、確かに死者のために行うものではあるが、本来は生者が自分の心を整理するために行うものである、と飛鳥は考えている。咄嗟に、慰霊としての花火を思いつくとは、遙さんは天才かもしれない、と飛鳥は考えた。
「できることなら、明日菜とずっと仲良くしてほしいわ。」
「もちろんです、おばさま。明日菜より可愛い子なんて、あったことありませんもの。」
そうこうしていると、遙の家に着く。
遙は車から出て、家に帰っていく。
車には操介と明日菜と飛鳥がいる。
「明日菜、今回のことがあってもまだヒーローになりたいか?」
「もちろんです。私は、これから、サーの空白を埋めるようなヒーローになりたいです。」
それを聞いて、飛鳥は少しだけ、残念に思った。この子はまだ、サー・ナイトアイの真似っこをしようとしている。
「その時は、操介、一緒にチームアップしましょうね。」
「俺、水害に強いヒーローになりたいから、もしかしたら難しいかもしれないな。」
サーの得意分野は大規模な犯罪の未然予防である。災害対策はちょっと専門寄りではない。
だが、それを聞いて、飛鳥は少しだけ安心した。前の明日菜は操介に対して、ここまでの親愛の情を向けることはあまりなかった。明日菜は、ちゃんとお友達を大事にしつつある。
操介を家に送り届けると、車に残るのは明日菜と飛鳥だけになった。
「お母さん、ピアノの動画、遙から送られたと思いますけど、見てないですよね。」
「見てないわ。」
「すごく上手に弾けました。」
明日菜の顔は少しだけ誇らしげだ。
「あ、明日菜、アイスあるけど食べる?」
「食べます。」
家はもう近い。そして、車は車庫に入り、飛鳥は家のドアを開ける。飛瑞がいるからだろう。家は暖かな光を放っている。
「…明日菜、おかえり。」
少しだけ大人になった明日菜は少し、照れくさそうに言う。
「はい、ただいま帰りました。」