入学式の朝、明日菜はシャワーを浴びた。髪の毛をいつもより豪華なお祝いごと仕様のハーフアップにした。生徒会の仕事もあり、明日菜はもちろん入学式には参加する。
「おはようございます。」
明日菜はダイニングキッチンに来た。今日は珍しく、朝から明日菜の母の飛鳥が台所に立っている。
「おはよう、明日菜。もう少しでスープができるから、ダイニングに座ってて。」
「良いのですか?」
いつもの山菊家は基本、朝の準備は自分でやる。大体は缶詰の豆にスクランブルエッグにトーストにカットサラダのような、簡素かつ栄養バランスを考慮したものを各々勝手に作って食べる。
「飛瑞の入学式よ。今日くらいはみんなで食べましょうよ。もうそろそろ、飛瑞も冬青も起きてくるわ。」
「お父さん、帰ったのですか?」
明日菜の父の冬青はキャリアの警察官だ。現在は福岡で警視を務めている。そのため、そう簡単には帰ってこられない。
「そうよ。」
そう話していると、冬青が降りてきた。
「おはよう。」
「おはよう。冬青、そこに座っといて。」
冬青はいわれたとおりに、ダイニングに腰を下ろした。
「おはようございます、お父さん。帰られたのですね。」
「息子の晴れ舞台だからな。無理言って休みをとってきた。来年の明日菜の入学式も…頑張る。」
「…別に良いですよ、無理しなくても。」
「…そうか?」
無理をしてほしくない明日菜と、娘に別に入学式に来なくて良いと言われた冬青の間に沈黙の時間が流れる。
それを聞いていた飛鳥が笑い出したその時に、飛瑞が降りてきた。
「おはよう…ってお母さん、なにかおもしろいことがあったの?」
「おはよう。いや、明日菜と冬青がいつも通りだなって。」
明日菜と冬青が話すと言葉が足りずにすれ違うのはよくある話ではある。
「おはようございます、飛瑞。相変わらず、お母さんの笑いのツボはわかりませんね。」
「…まあ、とにかく、飛瑞、入学おめでとう。」
「ありがとう。」
「さあ、朝ごはんができたわ。」
朝ごはんはトーストとスープだ。
明日菜と冬青はすぐに食べ終わった。ふたりとも食べるのが早いのである。明日菜はその後すぐに、歯を磨きに行った。
「明日菜…もう少しゆっくりしても良いんじゃないか?」
「冬青、明日菜は生徒会だから入学式は忙しいのよ。」
程なく、チャイムが鳴った。
『おはようございます。明日菜さんはいますか?』
「今から行きます。行ってきます。」
「「「行ってらっしゃい。」」」
飛鳥と冬青と飛瑞は明日菜を送り出した。いつもの山菊家のやり取りだ。
操介と明日菜が生徒会室につくと、程なく、悠仁と遥が姿を見せた。
挨拶と操介からの確認を完結に済ませて、まだ、誰もいない体育館に四人は向かっていった。
軽微なトラブルはあったものの、つつがなく、入場の準備が整った。その時だった。
「失礼します。」
1年生の総代の子が入ってきた。約束の時間の5分前、早すぎも遅過ぎもしない時間だった。
「おはようございます。花咲祐樹です。よろしくお願いします。」
彼はそういった後に、礼をした。早口でもなく、遅くもない、聞きやすい話し方の子だと、明日菜は考えた。
「よろしくお願いします。」
操介が挨拶するのに合わせて、他の生徒会メンバーは礼をした。
その後は簡易なリハーサルを行った。祐樹の挨拶はしっかりと聞きやすいものだった。
問題なく、リハーサルは終わったので、会長の操介を残して、後は新入生と保護者の誘導に当たった。
明日菜は校門に立って、校舎への誘導をしていた。
そんな中で、自分の家族と、花咲の家族が話しているのが聞こえてきた。
「あら、山菊さんのところの長男さん、ご入学おめでとうございます。」
そう言いながらも、花咲の母親は飛鳥に話しかけていた。
「ありがとうございます。僕は、山菊飛瑞と申します。以後お見知り置きを。」
それに対して、飛瑞は丁寧に挨拶を返す。
「おはようございます。花咲さん。祐樹くんも、ご入学おめでとうございます。あら、祐樹くんはいないのですか?」
「先に行っていますわ。総代に選ばれまして。」
「それは大変名誉なことですね。」
飛瑞のその発言を聞いて、花咲の家族は満足そうな顔をしている。
…あちらはあちらで大変そうだ。明日菜は見なかったことにして、仕事に専念することにした。
朝の誘導は数人迷子はいたが、それほど大きなトラブルも起こらずに終わった。
保護者が席に座った後、生徒会は最終確認を行っていた。保護者席をちらりと見ると、明日菜の両親は、花咲さんではない人と話していた。明日菜はそれを見て少し安心した。
入学式そのものは特に問題なく終わった。倒れる人もおらず、マイクのハウリングすらなく、読み間違えもなく…本当に、平和に終わった。
入学式の後の片付けも、校歌を代表で歌っていた音楽の成績優秀者たちが手際よく手伝ってくれたおかげで早く終わった。
「お疲れ様。みんな。これにて、撤収します。」
そして、誰もいなくなった体育館で生徒会のメンバーはほっと息をついた。
「疲れた〜紅白饅頭もらって帰りましょう。帰りさ、マックいかない?」
遥は一気に気が抜けた声を出す。
「良いけど、俺、早めに帰るぞ。ここ最近忙しくて、体がなまって仕方ない。」
「久々に組手でもしますか。」
「良いね。」
「水瀬先輩、山菊先輩と組手って『個性』ありですよね…やっぱり、山菊先輩の未来が見えるアドバンテージって凄いんですか?最近読んだ昔の漫画とかだと、未来見えて、弾丸の起動を変えたりとかしてましたが。」
悠仁が興味深そうに聞くが、明日菜はほんの少しだけ、でも、エンパスの『個性』を持つ悠仁にはわかるほど暗い顔をした。
「…いや、見えたところで、それ以上の力で押し勝てば、俺が勝つ!」
「弾丸よけは今の反射神経では間に合いませんね。もっと鍛えなければなりません。」
操介と明日菜はほんの少し、誤魔化すように、話を反らせた。
「でも、あんたたちの組手、本当に、絵面がやばいわよ。操介、150センチの華奢な女の子を、水弾でぶっ飛ばしたり、思いっきり殴り飛ばしたり。」
遙は一度組手の様子を見たことがあるが、ちょっと怖かったのだ。
「やいやい、俺が明日菜に締められたり、蹴られたりするのは?」
「でも、そこまで飛ばないじゃん。」
「だから痛いんだよ!ぶっ飛ばされてる方が、意外と痛くないんだ。」
「…ヒーロー志望は大変ですね。」
流石に悠仁もドン引きしている。
「そうそう、あの二人、毎朝真面目に走り込んで偉いねって近所では話題よ。でも不思議ね、明日菜や操介の家からはうち、5キロくらい離れてるのに。」
「ああ」
「そこがだいたい折り返し地点になりますからね。」
平然と返す、明日菜と操介に悠仁と遙はゾッとする。
「あなた達、10キロくらい走ってる?」
「まあな。」「なれますよ。」
「…わかったわ、マックは早めに切り上げましょう。悠仁は私とその後カラオケね。」
しばらくした後、遙が口を開いた。
「紫苑先輩も受験生ですよね?」
「睡眠学習ならぬ、カラオケ学習よ。歌っている間に記憶が定着するとかしないとか。」
「しないよな?」
「まあ、適度なリフレッシュは大事よ。私、洋楽で英検の面接の音読対策したもの。」
「はいはい。じゃあ行くぞ。」
操介がそう言うと、みんなカバンを持って、撤収した。