新学期が始まってしばらく経った。
明日菜も遙も新しいクラスにもなれてきていた。そんなときだった。
「ごめん、山菊、今日の風紀委員の仕事変わってくれねえか?」
砂山がクラスに入ってきた。
「サボタージュ?」
紫苑がニヤニヤしながら言った。
「何で?あんたに限ってサボタージュってことはないでしょう。」
砂山はストイックな山菊も呆れるくらい真面目なところがある。そんな彼が委員会をどんな形であれ休むのはとても珍しいことである。
「ばあちゃんが自動ドアに挟まって病院に運ばれてよ。雑貨屋?服屋?の店番手伝わなきゃならなくなってしまった。」
砂山の祖母が経営しているお店は街の文具屋と地元の学校の制服等を取り扱っている。雑貨屋なのか服屋なのかはいまいちわからないと言うのも納得である。
「うわ、お大事に、じゃあ、私がやるよ。」
「ありがとう、山菊、恩に切るぜ。お前は怖いから」
風紀委員の代役としてぴったりだと言いたかったのだろうが
「誰が怖いって?」
と明日菜から睨まれてしまった。年頃の女子にとって『怖い』は禁句である。確かに、明日菜は顔が異様に整っているせいか無表情でいると人を寄せ付けないオーラはあるし、やや目つきが悪いし、生徒会で提出物を遅れて出したことのある子にはすげー威圧感だったとは言われるし、予知の個性からたまに無条件に怖がられたりするが、それでも怖いと言われる筋合いはない。
「…ごめん」
「まあまあ、明日菜の憧れのヒーロー、ナイトアイもめっちゃ怖いし、怖いのも明日菜の愛嬌だよ。」
「何を言ってるのです?サーはかっこいいです!特に目つき!」
「「一般的にはそれを怖いと言うんだよ!!」」
と仲良し同士わちゃわちゃやったあと
「じゃあ、よろしくな。」
「任されました。」
明日菜は一応真剣に見回りはしていたが、治安のかなり良い秀逸中学では目に見える範囲の派手ないじめをするほどバカはいない、つまり、派手ないじめはすぐに問題になることわかっているため、ブレーキのかかることの多い子たちが多い。それに、校則も黎明期以前と比べてかなりゆるくなったので、風紀委員の代役といってもその辺をブラブラするだけで済むのである。一応、一人校則で禁止されていたサンダルを履いていた子がいたので注意したが、それくらいである。明日菜からすれば、制服を着てこい、サンダルと下駄は禁止くらいの軽微な校則をあえて破る気持ちは全くわからない。
しかし、一年の教室に入ったとき、
「…の個性は、日常使いに大して便利でもない出力だよな?」
「いや、もし、別の使い方ができたら…」
「俺たち今、出力の話をしてるんだよ、山菊。」
「でも、山菊君の視点はとても良いと思う。」
と、飛瑞と確か佑樹とあとは…飛瑞に去年バレンタインチョコを渡しに来ていた女の子が話し込んでいた。
「お、お姉ちゃん?!なんでここに?ここ一年のクラスだよ?」
飛瑞は驚いた。隠し事でもしようとしてるのだろうか…
「風紀委員代理です。もうすぐ下校時刻だからそれを忘れないように。」
と怖がらせないように言ったつもりなのだが、飛瑞は少しおどおどしている。
「どうした、飛瑞、俺たち特に悪いことはしてないだろう?」
と佑樹は言った。
「いや、それは。」
「まあ、聞こえてきた内容を聞くに、おおかた、人の『個性』を不躾に強弱でジャッジしたことを怒られるとでも思ったんじゃないか?」
明日菜はそう言った。
「すみません、言い出しっぺ俺です。」
佑樹は少しバツの悪そうな顔をして言った。
「でも、それに赤井さん巻き込んだのは僕なんだよ、姉ちゃん。」
「すみません、調子に乗りすぎました。」
と赤井さんと呼ばれた女の子は謝ってきた。ただ、そうは言いながらも、少しどこか何かが腑に落ちた顔をしていた。
「それくらいでは怒らないよ、超絶理想主義のお母さんとは違います。」
最近の明日菜は、あえて反発したりはしないが敵のことさえ個性使用犯罪者と呼ぶような飛鳥の潔癖さには辟易するようになった。そのため、ちょっと不躾なことくらいでは怒らない。
「それよりももう少しで下校時刻だから気をつけるのですよ。」
「「「はい。」」」
と3人の素直な返事が聞こえた。
帰り道
「お姉ちゃん、一緒に帰ろう。あと、少しマックでお茶してかない?」
飛瑞は寄り道に明日菜を誘う。母には聞かれたくないが、少し話したいことがあるのだろう。
「私の奢りで純喫茶で良いですか?プレゼントと言うことで。」
「うん、あそこのガトーショコラ美味しいんだよ。」
「知っています。私はシフォンケーキ好きですけど。」
明日菜は年頃の男子の飛瑞のプレゼントをずっと悩んでいたが、結果純喫茶ということになった。
二人で純喫茶の席に座った。
飲み物が運ばれてくる。
明日菜はシフォンケーキとモカのブラックコーヒー。飛瑞はキャラメルマキアートにガトーショコラだ。
「そういえば、飛瑞、佑樹君と同じクラスでしたね。」
「うん。」
「どんな子ですか?」
明日菜はコーヒーのフローラルな香りと強めの酸味を楽しんでいる。
「素直な子だよ。自分すげーって雰囲気はするけど、それ以上になんだろう、放って置けない感じはするよ。」
「そうか。」
「お姉ちゃん、言い訳なんだけど。」
飛瑞はもじもじしている。
「今日のことか、貴方らしくもないと思って、気になっていたのです。」
「うん、えっと、今日、一斉個性診断だったんだ。」
「ああ、懐かしいですね、あの、ガバガバ個性診断。」
「そうだね。お姉ちゃんの個性だってうまく測れないあたり、結構ガバガバだよ。僕の個性だって浮力操作なのに、無重力か?って今日言われたし。」
明日菜は個性が発動したのがわからなかったために、未来が見えるようになった時点で病院から個性の診断を受けていた。
「確かに、ひどい。」
「で、これは姉ちゃんにならいって良いや。赤井さん無個性なんだよね。」
「そうか、じゃあ個性診断は辛いでしょうね。お父さんも、小学校の頃の一斉個性診断は辛かったとはいっていました。」
冬青は異形の家系でその上で突然変異した個性を持っていたために、ちょっとしたネグレクトを受けて育った。そのため、個性の発覚が遅れてしまい、しばらく無個性として生活せざるを得なかったのだ。小2の頃、みかねた優しい先生が親を説得して受けさせた検査によって予知の個性が発覚したのだ。ちなみに、予知の個性は使っていたが、そのことを言っても周りがあしらい続けたために、発覚が遅れてしまった。そのために、無個性として過ごす煩わしさの話をちょくちょく明日菜たちは聞かされていた。なお、明日菜も個性の発現はかなり遅かったため、周りとは違う疎外感は理解しているつもりだ。
「だから、花崎…佑樹君が僕にみんなの『個性』にランクづけして遊ぼうと言ったときにさ、一応授業中だよ?って一応言ったけど、劣等感に震えてた赤井さんも巻き込んだんだ。…先生からは注意されちゃったけど。でも、赤井さんが新しい学校で、僕しか知ってる人がいないところで、寂しい思いをするよりは良いかなって。少しでも、気が紛れれば良いかなって。そしたら、赤井さん、嬉しそうだった。」
昔から飛瑞は内向型のくせに本当におせっかい焼きだった。その辺は本当に飛鳥に似ている。
「でも、まさか、クラスメイトに留まらず、親兄弟の『個性』まで、ランク付けし始めて、もう、止まらなくなっちゃったよ。『個性王』決定戦!って大盛り上がり。ちょっと悪ふざけが過ぎたかも…」
明日菜は思った。確かに悪ふざけだが、親兄弟の『個性』まで含めて『個性王』決定戦か…少しだけ興味が湧いた。
「なるほど。で、わたしは?」
明日菜が真顔で飛瑞に聞く。
「何のこと?」
「いや、ランクづけ」
「お姉ちゃん、そんなこと気になるの?意外と俗っぽいね?!」
「で?」
飛瑞はスマホのメモを見ながら喋り出した。
「お姉ちゃんはいまの科学技術でもどうにもならないところもあるから、この学校でも最強格じゃないかって話になったよ。あと、花崎薫さんはあまり強くないって佑樹が馬鹿にしてた。」
やっぱり佑樹君は姉を見下している気があるらしい。『フローラルな香り』素晴らしい個性だと、明日菜は思っていた。この、モカのように良い香りがするのを明日菜は薫との長い付き合いで知っている。とにかく、鎮静効果はないかもしれないが、落ち着くのだ。
「色々ありがとう。」
「どういたしまして、じゃあ、もう帰ろうか。もうちょっとでご飯の時間だし。」
「帰ろうか。」
そう言って二人は、少し秘密を抱えたまま帰路についた。