出発編
期末試験が終わっても、受験生には休息はない。しかし、帰りにマクドに寄るくらいの自由は許されて然るべきである。
「期末テストが終わっても、ぜんっぜん!嬉しくない!今年の夏はどこか行くとかある?ねーよなー!」
砂山は不貞腐れている。
「祖父母の家に行くくらいですね。ついでに《I・エキスポ》にいく予定があるくらいですね。」
明日菜はポテトをつまみながらなんてことないように言った。
「良いよねー、明日菜は。おじいちゃんがすごい人で。《I・アイランド》に住んでるなんてさー!」
砂山は明日菜を見てふてくされている。
「明日菜のお祖父様、すごい人なの?」
遙は中学生からの付き合いだ。功罪共に凄まじい空のことは知らない。まあ、操介も小学校からの付き合いだが、《Iアイランド》の凄い科学者ということしか知らない。
「…はい。《I・アイランド》の科学者です。」
日本に居られなくなって逃げ込んだと言うのが正しい。
「だから、明日菜は頭良いんだな。遺伝だ遺伝。」
砂山の言葉に明日菜は複雑な表情を浮かべた。ちなみに、空が追放された原因の研究は、個性を狙った通りに遺伝させるための画期的なデザイナーベビーの作り方であった。個性婚による、無理な多産を防いだ功績は評価されている一方で倫理的にアウトといった至極真っ当な誹りも受けている。明日菜も祖父が無理な多産を防ぐためにその技術を確立したのは理解はしているし、祖父のことも好きだが、どうしても拭えない嫌悪感はあるので、似ていると言われるのは複雑なのだ。
「はいはい。」
思うところはあったが、明日菜は面倒になって軽くあしらった。
「明日菜のことは置いといてさ、みんなは行かないのか?」
操介は痺れを切らして話を変えた。
「行きたいけど、エキスポとか、俺は良いかな、受験生だし。」
「私も親が忙しいし。」
遙と砂山は行かないようだ。
「俺は行くよ。じいちゃんとばあちゃんが山菊のおじいちゃんおばあちゃんと仲良いから家族で行く。」
「良いよなー。」
「みんなポテトも食べ終わったし、そろそろ帰るか?」
「そうね。寄り道ばかりしていたら怒られる。」
そして、お開きとなった。
夕食時
今日の山菊家のご飯はカレーだ。ちなみに明日菜は辛口派で、飛鳥と飛瑞は中辛派である。そのため、辛口に二人が蜂蜜を入れて食べることもあれば、中辛に明日菜がガラムマサラを入れて食べることもある。今日は後者の日だ。
「二人とも宿題はどんなのが出たの?」
「自由研究と問題集だけですね。自由研究以外は半分はもう終わりました。」
中3なので、受験を考慮してそれほど多くはない。
「そう、ならよかった。飛瑞は?」
「自由研究と問題集と読書感想文と職業インタビュー。ねえ、なんか、めちゃくちゃ多くない?」
飛瑞の通っていた小学校は公立だった。そのため、飛瑞の学力では夏休みの課題なんて赤子の手を捻るようなものだったのだが、今年からは違う。
「それに、絵の宿題がないのが救いだね。」
ただし、学力は、の話である。飛瑞は芸術方面に苦手意識がある。ただ、中学に入学してからは、絵の描き方を教わるようになってからはメキメキと上手くなっている。あと、音楽は普通にできるのだが、明日菜がかなりめちゃくちゃ音楽が得意なので、それに比べて、苦手意識はある。
「職業インタビューですか、懐かしいですね、私はそのために《I・アイランド》の伯母のところまで行きました。」
明日菜の伯母、飛鳥の兄の妻は《I・アイランド》で医師をしている。とても有意義だったのは記憶に残っている。
「僕は伯父さんにインタビューしようかなと思ってるんだけど、《I・アイランド》って今何時?」
「今は夜中だから、明日に送ったほうが良いわね。」
「あとさ、お母さん、向こうにいる間におじいちゃんと赤井さんが話せる機会作れる?」
「赤井さんって…」
あの、飛瑞のことがあからさまに好きな子ね。という言葉を飲み込んだ。
「同じ個性の先輩で成功してる人がいるって、それだけで支えになると思うんだ。」
赤井も空も無個性だ。明日菜がサー・ナイトアイを敬い、心の支えにしているのを見て、同じ個性の偉人の重要性を飛瑞は嫌というほど知っている。
「赤井さんも《I・アイランド》に来るの?」
「うん、家族と来るみたい。」
「そう。それは楽しみね。明日、おじいちゃんに聞いてみると良いわ。今日はもう遅いから。」
「そうする。」
翌日
飛瑞は空からインタビューの許可が取れたので、赤井に電話をすることにした。
「もしもし、赤井さん、山菊です。」
「もしもし、赤井です。」
赤井の声はいつも通り弾んでいる。飛瑞も赤井が飛瑞に惚れていることくらいは気が付いている。
「おじいちゃん、インタビュー受けても良いって。これ、メールアドレス。」
「ありがとう。この機会、大切にするわ。」
「うん、それじゃあ、また、《I・アイランド》でね。」
「うん、じゃあね。」
飛瑞は電話を切るとため息をついた。飛瑞は赤井のことを性的には好いてはいないが、好ましくは思っている。ただ、赤井に自分が惚れられるほどできた男ではないと飛瑞自身が思っているために、好意が重いと感じてしまうこともある。そんなことを言ったら、明日菜には、好かれるのもヒーローへの一歩だ頑張れと言われてしまうだろう。ただ、飛瑞はヒーローになることすら、最近自信がなくなっている。
飛瑞の通っていた小学校は荒れている方だった。特に高学年になると、ヒーローにはなれないと自覚してしまった子供達による非行が流行した。林間学校で万引きが発生して連帯責任でこっぴどく叱られたりもした。飛瑞は我関せずの態度を貫いていた。もちろん、カツアゲ、暴行などの違法行為を見かけたら、教師に報告していたが、教師も手に負えないと言った感じだった。だから、飛瑞は問題の少ない秀逸中学に逃げた。飛瑞の小学校の頃からの友達は、怖くて上級生の教室の前は歩けない、不良にとにかく目をつけられないように、と怯えながら今もいるのに、飛瑞は自分の親の財力と学力によって、彼らを助けることなく逃げたのだ。
赤井はいじめに遭ってた。ヒーローを諦めた不良少年にとっては無個性は格好のターゲットだった。自殺教唆なんて教師の前でも行われた。教師ですら、反撃できる力もない赤井がいじめられているのは大ごとにならないという意味で好ましく思っていた。それを、止めることができなかった自分がなぜ好かれているかもわからない。
赤井のことは嫌いではない。嫌いではない。けれど、一緒にいると、罪悪感が喉の奥に張り付いて、不愉快なのだ。
「僕は、本当に、最低だ。」
《I•エキスポ》開催前日。
冬青をのぞいた山菊家御一行は《I•アイランド》に向かう飛行機に乗っていた。離陸直前、飛行機は走り出した。
「飛行機は1番安全な乗り物、1番安全な乗り物…」
飛鳥は震えながらぶつぶつと呟いている。いつもそうだ、飛鳥は本当に飛行機が苦手なのだ。
飛行機が離陸すると、飛鳥の顔が完全に引きつる。
ただ、しばらく経って飛行機が安定すると、飛鳥の容体も安定した。
「お母さん、本当に飛行機の離陸ダメだよね。」
飛瑞は呆れ顔だ。
「お母さん、浮力操作の『個性』ですよね?ふわっとするのは苦手なのは理解できますが…」
飛鳥と飛瑞は浮力操作の『個性』である。そのため、自身にかかる浮力を操作して、大ジャンプとかはちょくちょくやっているのだ。そのときは、飛行機の比ではない浮遊感に襲われるはずなのだ。
「自分でやるのは大丈夫だけど、拘束された状態で無理やり浮かされるのは嫌なの!」
「分かんないなー。」
飛鳥に対して、飛瑞は絶叫マシーンの浮遊感とか大好きなタイプである。
離陸のあとはみんな空の旅を楽しんだ。明日菜は、ヒーローと敵を分けたものは何かと難しく書かれた本を楽しそうに読み、飛瑞はオフラインでレトロゲームを楽しみ、飛鳥は離陸で疲れたのかめちゃくちゃ寝ていた。
もうすぐ着くなと、そんな時だった。
「《I•アイランド》で爆発物が設置されたため、厳重警戒モードに移行しました。これより、近くの別の空港に着陸します。」
そんな機内放送が流れた。
一瞬にして、機内の空気は凍りつく…はずだったが、空気は結構緩んでる。
「どうせ、《I•アイランド》なんだから、爆発物くらいすぐ解決するだろう。」「早く着陸しろよ。」
周囲の会話に耳を澄ますと、主に英語でそんな会話が聞こえてきた。
(これ、多分正常性バイアスってやつだ。)
明日菜はそう思った。
非日常においては、何よりも人は平常心を保ちたがる。
明日菜は機内のWi-Fiにスマホを繋いで、事件の情報を得ようとする。しかし、何も情報が入ってこない。SNSでさえ、現地の情報が流れない。
もしかして、《I•アイランド》では通信機器の使用が、すべて禁じられてしまってるのかもしれない。
(これは、ただのテロじゃない。)
飛鳥の顔を見ると深刻な顔をしている。飛鳥も同じ結論に辿り着いたのだろう。
「お母さん、なんか、機内の雰囲気的に大丈夫そうじゃない?現地の情報もはいってきてないし、多分、すぐ解決するよ。」
飛瑞は幼さゆえに楽観的な結論に辿り着いた。
明日菜は正常性バイアスに流されてどうする、阿呆か、それでもヒーロー志望かと怒りたかったが、飛鳥がそれを制止する。
「そうね、ちゃんと続報を待ちましょう。」
その後で、飛鳥から明日菜に個別チャットでメッセージがきた。
(周りの空気は確かにおかしい。明日菜は気付いてるでしょうけど《I•アイランド》で起こってるのはきっと、ただのテロじゃない。でも、《I•アイランド》が危ないこと、それを声を大にして言ってしまえば、パニックが起こりかねない。それは、雰囲気が緩み切ってることよほど恐ろしいことよ。私たちには何もできないから静観するのが多分正しい。)
明日菜はスクリーンに目を落としながら、母の言う通りだと思った。明日菜は冷静でいたつもりが、不安に駆られて判断を誤るところだった。明日菜はため息をついた。サーと同じ、未来を見る『個性』を持つ身でありながら、下手すればパニックを誘発を仕掛けるとは。サーに申し訳が立たない。我ながら未熟すぎる。
「お待たせしました。《I・アイランド》での爆発物の処理が完了したとの情報が入りました。まもなく離陸します。」
「また、また離陸?!勘弁して〜」
先ほどのかっこいい母の姿はどこへやら、飛鳥は情けない声で悲鳴を上げた。