進路編
駅前の塾で、夏休みの雄英入試の筆記の特訓がはじまった。
「つーかーれーたー!!!」
昼休みのカフェテリア、操介は勉強疲れで机に突っ伏している。
「確かに午前の英語の授業、内容は難しいし、文章も長かったですね。」
そう言う割には明日菜は結構余裕そうだ。
「明日菜、なんで平気そうなんだ?」
「オールマイトの功績の海外から見た考察を、しょっちゅう原文で読んでいるからじゃないでしょうか?」
「オールマイトオタクもここまでくると怖いわ。」
操介は少しだけドン引きする。通りで明日菜の英語の成績は秀逸でもトップクラスなわけだ。
「だけど、午後の授業は理科だから良かった。雄英、理科は少しだけ簡単なんだよな。」
「いや、多分、雄英の理科は難しいです。でもそれ以上に秀逸の理科が難しい。うちでもそんなことがありました。」
中間テストの後、明日菜は解き直しをしていたが、夜ご飯に呼ばれたので階下に降りてきた。
「明日菜?今は何をやっている?」
「理科の解き直しです。」
明日菜はゲンナリしている。冬青は驚いた。娘が勉強のことでゲンナリしているなんて見たことがない。
「点数は?」
「88点です。」
明日菜は少し気まずそうにいう。
「俺は、理科では90点以下なんかとったことない。」
冬青は数々の超エリート官僚を輩出した日本屈指の最難関大学の出身だ。たまにマウントとってくるところ、明日菜にとっては本当にうざい。
「そうですか。それなら、私のテストの問題見てみます?」
「そうだな。」
そして、食事の後、明日菜のテストを見た冬青は衝撃を受けた。文系の私には何もわからない!ていうか、これ、普通科というよりもサポート科の範疇じゃないか?!
「これ借りて良いか?」
「何に使うんですか?」
「こいつを倒す!」
中学生の問題ごときに、私が負けるわけがないと意気込んでいる。
「良いですよ、他の勉強してますから。」
冬青はその後、何時間もかけ、ネットを頼りながらなんとか解いた。
「解けた、全部解けたぞ!明日菜!」
「お父さん、これ、中学生が、50分で、ネットとかなしで解くものですよ。」
そして冬青は考え込んだ。
「明日菜、お前は未来の物理界を担う人間になれる!」
「私ヒーローになりたいって言ってませんでした?」
「それもそうだな。」
それを聞いた操介は大笑いする。
「おじさん、マジでウケるw」
「そうですか?うざかったですよ?…もう少しで授業が始まるので戻りましょう。」
「それもそうだな。」
そうして、2人は塾の特訓に戻っていく。
翌朝
明日菜は鍛錬の前にいつものように新聞を見た。
雄英高校の林間学校に敵連合襲撃
内容を読んでみると、かなり悲惨なものだった。重体一名、負傷者多数、そして、行方不明者一名…
雄英高校は今夜会見を行うらしい。
明日菜はため息をついた。重体の子と行方不明の子が心配だ。よく読んでみると、行方不明の子は敵連合に連れ去られた…体育祭で優勝したものの、納得いかずに暴れて拘束されていた少年らしい。
明日菜は走り込みに出かける。そこでぼんやりと考え事をしていた。体育祭の子、なんで攫われたのだろうか?確かに粗暴な子ではあったが、敵になるような感じでもなかったしな…敵になるような子って、勝手な偏見だが、色々な感情を持て余しているような子が多い。その子は、向上心には、まっすぐに明日菜には見えたのだ。
そうこうしていると、いつものルートを走り終えて、家に着いた。いつも通りなら、飛鳥がご飯を作って待ってくれている。
いつも通り、飛鳥はご飯を作って待っていてくれた。しかし、明日菜が家を出ようとした瞬間、玄関の前で仁王立ちを始めた。
「明日菜、話がある。」
「え?!」
飛鳥の様子が明日菜から見ても何かおかしい。
「今日の雄英特訓、おやすみしなさい。」
どうやら、飛鳥は雄英には、もう、子供を行かせたくないらしい。よくみると、飛鳥は震えていた。明日菜を失うことが怖くて仕方ないのだろう。
「嫌です。今日は筆記試験の対策です。もし、お母さんが雄英に私を行かせたくなくても、筆記試験の勉強はどの学校受験するにしても役に立ちますよ?」
飛鳥は考え込んだ。確かに明日菜の言うとおりである。
「行っても良いけど、明日、お話があります。明日、帰ったら必ず、応接間に向かうこと。」
そうして、少しだけ気まずい中で、明日菜は雄英特訓に行った。飛鳥の手は送り出した後も震えていた。
雄英特訓では、欠席者がポツポツといた。彼らも親に説得されたのだろうか…
そのお昼。
「操介、カフェテリアに行きませんか?」
「悪いけどパス。今日、親と喧嘩して、昼食代も貰わずに飛び出してきちゃったから、お昼はもうコンビニで買っちゃったんだよね。」
「そうですか…では、私もコンビニで何か買ってきます。」
そして、明日菜はコンビニでおにぎりを何個か買って、教室に戻った。操介とおしゃべりをしながら昼ご飯を食べるために。
ただ、それは叶わなかった。みんな、無言で教科書を読みながらご飯を食べている。おしゃべりなんて、できる雰囲気ではない。ちゃんと、昼は休まないと効率が下がりそうだなぁ、と明日菜は考えながら、おにぎりを食べて、空気を読んで、英語の単語をやることにした。
さらに翌朝
明日菜は鍛錬の前にいつも通り新聞を見た。
目に飛び込んできた見出しにはこう書いてあった。
「平和の象徴、悪夢に屈せず」
(また、オールマイト、お手柄ですね。)
そう思いながら、記事を読み進めていく。
どうやら、雄英高校で攫われた少年は無事に救助されたらしい。しかし、そこで、オールマイトとナゾの敵が交戦して、オールマイト、重症?!
明日菜はテレビをつけた。そこには、ガリガリに痩せ細ったオールマイトが映っていた。そうして、コメンテーターが言う、オールマイトは「次は君だ。」と言っていたが、ガリガリのオールマイトにはもう、平和の象徴は無理だと。そして、今、株価は大暴落していると。
明日菜はテレビを消した。
(ついにきてしまった…オールマイトがおじいちゃんになって、平和の象徴ではなくなる日…)
明日菜は考え事をしながら、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れている。
「でも…良かったー!!」
明日菜は力が抜けるほど安堵した。オールマイトは、平和の象徴ではなくなるかもしれない。でも、生きている。
ならば、私は、オールマイトがのんびり隠居できるように、平和を守っていけるヒーローになるだけだ。明日菜はそう考えた。
オールマイトは好きなことをして生きていくのだろうか。明日菜はオールマイトの好きなものを全然知らない。オールマイトは自分の好きなものを言うことでそれが取り上げられることを避けていた。明日菜には到底想像もできない、平和の象徴としての重み…
だからこそ明日菜は祈った。どうか、オールマイトが人として、幸せを選んでくれますようにと。
そうこうしているうちに、塾に行く時間が迫っていた。朝ごはんを食べなければならないが、飛鳥が起きてこない。仕事がないからだろう、飛鳥は少し寝坊している。
明日菜はテキパキと朝ごはんの用意をする。トーストを焼いて、だし巻き卵を作る。ついでに、飛鳥と飛瑞の分もだし巻き卵を作っておいた。
作りながら、考える。飛鳥が起きてこないのは、明日菜にとっては好都合だ。昨日みたいに、雄英特訓に行くのを引き留められて、それを振り払うのは、心配なのが理解できるからこそ、嫌だったからだ。
ご飯を食べ終わり、片付けをして、歯を磨き、顔を洗う。
「いってきます。」
明日菜はみんなを起こさないように小声で静かに家を出て行った。
塾に行ったら、少しだけ休んでいる子がいた。オールマイトの引退にショックを受けてのことだろうか、それとも昨日今日のことで、親に行くなとしつこく止められたからだろうか…
操介が来た。暗い顔をしながら、だが。
そしてお昼時。
操介はカフェテリアで暗い顔をして、サンドイッチを食べていた。
「明日菜…」
「どうしたんですか、操介、暗い顔して。」
「明日菜、オールマイト大好きだろ?なんでこんな平気な顔、していられるんだよ?」
明日菜は思った。別に、平気ってほど平気ではないのだ。オールマイトの生存に安心しきってしまうくらいには。
「平気でもないですよ?ただ、オールマイトが生きてて良かったって思ってます。」
「俺は明日菜ほど割り切れないよ。ガリガリのオールマイト、悪夢に出てきそうだ。」
オールマイトのことを悪気なく否定する操介に明日菜は少し腹が立つ。
「しょうがないでしょう?それは。オールマイトが平和の象徴であることを選んだ代償が、それだったのだから。そして、それを無理に隠させてきた。我々国民の怠慢です。」
「やっぱり明日菜みたいには割り切れないよ。」
明日菜の怒りのボルテージは上がっていく。
「操介、さっきから、オールマイトガリガリだのなんだの、ヒーローになりたいんですよね?オールマイトには笑っていて欲しいとは思わないんですか?」
「いや、オールマイトはいつも笑っていただろ…それが見られなくなる…それは悲しいよ?」
「オールマイトが笑うのを見られなくなる?見られなくなっても、これからもオールマイトが笑っていられる世の中作るのが私たちでしょ!」
明日菜の怒りを帯びた声に、操介はハッとする。
「オールマイトの笑顔を守る?」
「そうですよ、オールマイトは生きてるんですよ、だったら、オールマイトが隠居しても、笑っていられる世の中作るのが私たちの仕事でしょう!」
その言葉に、操介は殴られたような衝撃を覚えた。もちろん、明日菜は殴ってはいない。
「それに、オールマイトは雄英の先生ですよ?雄英に入ったら、いやでも、毎日会えます。さあて、頑張りましょう。」
明日菜の言葉に、操介は覚悟の決まった顔をした。
「ああ、明日菜の言うとおり、これからも、俺たちは、頑張ろう。」
「「オールマイトの笑っていられる未来のために!」」
2人は声を合わせて笑い合う。
帰宅後、飛鳥は神妙な顔で待っていた。
「明日菜、飛瑞、ちょっと座りなさい。」
飛鳥は子供たちを応接間のふかふかのソファに座らせた。山菊家では、進路に関わることなどの重要なことは応接間で話し合うことになっている。まあ、応接間にビアノがあるので、明日菜のピアノの練習部屋に半分なりつつあるのだが。
「もう少しで学校始まるけど…みんな宿題とか終わっている?」
「「もちろん。」」
山菊の姉弟はかなりの優等生である。
「お母さん、本題に入りましょう。」
「…二人とも、進路のことなんだけど。…単刀直入に言うわ、雄英高校のヒーロー科にはいかないでほしいの。」
飛鳥の言うことには二人とも心当たりがあった。
雄英高校の襲撃事件に続いて、林間学校の襲撃である。
「嫌です。」
飛瑞が何かを言う前に明日菜が答えた。
「私の夢は、オールマイトがいない世界を支えていくことですよ。むしろ、できることならば雄英高校で来るべき混沌の時代のに星明りとなる力を身に着けたいと思いました。」
「それが危険に満ちた道でも?」
「そうですね。」
明日菜の父親の冬青は警察官である。ヒーローのように個性の使用が許可されていない割に危険を伴う任務も多い職業だ。現に冬青も大けがをして帰ってきたこともある。そのため、危険に身を置く家族の気持ちはわかっているつもりだ。明日菜もたまに、父の無事が心配でどうしようもなく涙が止まらなくなる夜もある。
「僕も。お母さんにこれ以上心配かけるのは望まないけど、それでも、ヒーローに憧れちゃったんだ。だったら雄英に行きたいよ。」
「本当は!」
飛鳥はつい叫んでしまった。
「先のオールマイトの戦いを見てね、私、あなたたちにヒーローになってほしくないと思っちゃった。今までは、ある意味、オールマイトがとんでもなく凶悪な個性使用犯罪者を引き受けてくれていた側面はあったわ。でも、それすらない中で、あんな化け物とあなたたちが戦うのは、嫌なのよ。だって、そんなの命の保障もないじゃない!」
飛鳥の言葉に、飛瑞は何も言えなくなる。
「お母さん、残念ですが、これから先、治安も悪化しますし、明日の命の保障がないのはみんな一緒でしょう?」
明日菜は極端なことを言っている自覚はある。
「だから、私は、たとえ危険でも個性を用いて、この、オールマイトが保ってきた平和を少しでも支えたい。」
「僕は少しでも僕の個性で安心できる人が増えれば良いなくらいしか考えていないけど。」
「わかったわ。でも、二人とも、ヒロイックに自己犠牲とかに下手に走ろうものならげんこつじゃ済まさないから。」
ちなみに、飛鳥が拳骨を二人に食らわせたことは一度もない。
「そんなことわかってるよ。」
飛瑞も危険に身を置く家族のいる身だ。もし、冬青がそんなことしようものなら絶対に許さない。
「それを聞いて安心したわ。せいぜい、頑張りなさい。」
飛鳥は少し複雑な表情を浮かべて、そして笑った。
そして、翌朝。
「明日菜。」
「何?お母さん?」
「昼食代、操介くんと一緒にカフェでも行ってきなさい。」
「お母さん、コンビニでよくないですか?」
明日菜の遠慮に飛鳥は首を振る。
「だめよ、それじゃあ、お昼休みちゃんと休めない。塾の昼休みの教室にいるって結構辛いのよ。初音さんとも示し合わせてるんだから、もらっておきなさい。」
「じゃあ、遠慮なく。」
そうして、明日菜はお札を財布にしまう。雄英特訓が始まって以来のいつも通りのやりとりである。
「昨日言ったこと、覚えてるわね。」
「はい。」
「じゃあ、行ってきなさい。」
母の言葉に強く明日菜は頷く。
「行ってきます。」
次回より「喪失編」開始