【別紙1】
この前、名作だと言われている本を買ってみた。中世みたいな社会とか近代みたいな文化とか、色々ごちゃ混ぜで節操の無いような世界を風来坊が旅する内容で、多分私くらいの十代後半辺りが読みそうな本。初版は相当昔だけど、今でも本屋に平積みされている位ベストセラーらしい。
最近、薬が効かなくなって何も手につかなかったけど、ようやく量を増やしてもらえて久々に頭の中が晴れていく感覚を味わえた。
手付かずだった本もようやく開く事ができた。主人公は読む人間に合わせてかやっぱり十代前後。扉絵で既に分かってたけど。
本は面白くなかった。悪趣味だった。これがベストセラーなら、世の中の人間は私なんかよりもずっとサイコパスだと思う。こんなのが好きなら、多分薬物療法をしなくても私たちよりもずっとうまくやっていけると思う。
変なものを読んだせいで変なことを思い出した。頻脈が収まらない。薬を飲んだけど、全然効かない。
薬でようやく二時間眠れたけど、結局それ以上は眠れなかった。多分忘れさせられていた事がいきなり溢れてきて、それどころじゃなかった。昔言われたように天井の木目を何度も数えてみたけど、今日は何も意味もなかった。その数も覚えてしまった。全部で218個だ。あんなもの読まなきゃよかった。まだ頻脈は治らない。
先生は自分の思ってることを書き出したら冷静になれるって言ってたのに、頭が痛いくらい今私は興奮してると分かる。でもこれが無かったら、もっと酷いとも思う。
これは天罰みたいなものなんだと思う。あんな風に人を殺してたら、人はおかしくなるように設計されてるんだと思う。なら、あの主人公も同じ天罰を受けるのだろうか。私はそうあるべきだと思う。そしてこれを書いた人間もまた、その天罰を受けるべきだ。
私は人に求められたから人を殺した。自分が楽しいからとか恨めしいからとか自分の為にとか、人を殺すことなんて無かった。あいつとは違う。でも、私は
探してみたら、そんな悪趣味な本はいくらでもあった。一冊電子書籍を買ってみた。人を殺して、生計を立てている私と同じ年の主人公だった。
ずっと忘れてた事が、つい数分前の事みたいに頭に張り付いて離れない。面白くない気持ち悪い物だってわかってるのに、なんで読んでしまったのか私にもわからない。それとも、思い出そうとしているのか。
だけど、私はあんな、微笑んで、薄気味悪く、自分がやりたいからって人を殺したことなんて一度もない。そんなのは私達が殺せと言われて殺した奴がやることだ。でも、この主人公も、それを読むような奴らも、笑いながら人を殺して回れるんだろう。化け物だ。私は化け物の代わりに化け物を守ろうとして人を殺していた。
自分が人を殺す時の顔なんて、見たことない。だけど、薄ら笑いを浮かべるようなことなんてない。
空が白んできた。センターにいた時の私の写真と鏡に映った私の顔を見比べてみた。この写真は結構大きい仕事終わりに班の皆と撮った記憶がある。あの時の私は、今の亡霊の様な顔とは別人のようで、明るく微笑むことができていた。
人を殺すことに快感なんて覚えたことない。達成感なんて抱いてない。興奮なんて以ての外で、ならどうして私が笑えているのか、思い出せない。気持ち悪いあれと一緒なんて無い。薬のせいのはず。私は殺人鬼なんかじゃないし、あんな奴らとは違う。平気な顔で人を殺して、死体にしたり顔を向けられる化け物なんかじゃない。
でも、人は私よりも化け物の方が好きなんだろう。なら、皆化け物みたいなものだ。気持ち悪い。
私は化け物なんかじゃない。人に罵られる言われもない。ましてやこんなものを読む化け物どもに謂われる筋合いなんてない。私は違う。私は人間だ。
【補足】
以上は元再生人材支援員との面談により書いていた手記である。本人が自殺を実行する直前に書いたと思われる部分を抜粋した。
当該人物は、事前から何度も抗うつ薬の効きが悪いと申告しており、この前日に投薬量の調整が行われた。しかし、結果としてそれが自死を決心させる原因の一つとなったのは自明であり、特に抗うつ薬の増量には細心の注意が求められる。