くらやみの中にいた。
何処か覚えのある場所。
それは底だった。
底の縁を、暖かな光が照らしている。
ヒトならば、ヒトだけが、誰もが持つ物。
それは輪郭を得て。
赤色は溢れ出ようとする何かを押し留めている……。
声が聞こえた。
ここに居てはいけない……。
そう、直感する。
どうしてここに、居るんだっけ?
熱。炎。命の焦げる匂い。
痛みは夢か。何処か遠くに。
無意識に逃れる場所を探した。
灰色。
無意味のイメージ。
分たれざる灰色。
石の……。
声は上から降ってきた。
『……!ん……、せん…い?!』
炎の記憶を置いて。
誰かが俺を引き上げた。
####
『先輩!』
聞き慣れた声。
通信越しの声に、意識を覚醒させる。
ひどい倦怠感だ。
『大丈夫かい。君、バイタルが途切れたんだよ』
曰く。
それは突然のことだった。
通信試行のインターバル。
突然、周辺環境のマッピングが機能し始めた。
ごく狭い範囲だけ。
まるで霧が晴れたかのよう。
続いたのは、警報。
放たれたアラートは、礼装からのバイタル信号途絶。
生存の証明、それが途絶えた。
自動化されたプロトコールが、
そして手動のオーダーが、
すぐに再度の走査を重ねて。
数秒後、バイタル信号が復帰する。
正常値。
そして繋がれた通信は。
必死の呼び声を、確かに届けた。
『そこは……安全なようだね。何があったか、説明してくれるかい』
優しく、しかし問いただす声。
思い出そうとする。
炎。熱。
視界に映る篝火。
頭が重い。
「何が、あったんだっけ」
「死んだのさ」
だから背後からのその声に、
思わず振り向いた俺は見た。
カラカラに干からびた、亡者の顔を。
「なんだ。もう散々見ただろう。亡者の面など」
きっと彼は訝しげな表情をしたに違いない。
そういえば、はじめに出会ったときは、
オルファも亡者のようだったか。
それを思い出し、尋ねる。
「もしかして、オルファ?」
「そうでなかったら何になる」
嗄れた不快な声で、投げやりに答えた彼は対面に腰掛けた。
「リツカは、もう戻ったのだな。私もそうしておくか」
亡者は何かを握りつぶし、
何事か、篝火に祈ってみせる。
ぼう、と大きく燃え上がった炎が、対面の人影を覆い隠した。
それが治ったとき。
そこにあったのは亡者の顔ではなく、
やはり見慣れた、オルファのそれだった。
その所作も、そして起きた現象も。
まるで当たり前のように自然で。
はじめに篝火でしていたものと、全く同じだった。
『……どういう、ことかな?』
だから初めてそれを見た彼女らは。
深く、眉間に皺を寄せていた。
####
とはいえ現地のリツカをして説明できることは、
現在の行き先と、同行者の紹介程度であった。
『ロードラン、アストラ。亡者、不死の使命。ですか……。残念ですが、すぐには思い当たる逸話は無いですね。こちらでも調査しておきます』
久々の後輩の声に、リツカは安心感を覚える。
一方、管制室の見る状況は、安心などとはかけ離れたものだったが。
『残念だけど、こちらは君が今、どの時代のどこに存在しているかを正しく確認できていない』
観測上の事実に曰く。
先程まで特異点の座標が揺れ動いていたこと。
今でこそ動いてはいないが、時代も、空間座標も、異常値に振り切っているという。
『そして今は通信が安定した代わりに、シャドウサーヴァントの反応が消し飛んでしまったワケだ』
リツカをして、サーヴァントを使役するに特有のつながり、というものを感じられない。
『時間が淀み、霊として世界を渡る、ね』
それは現代の魔術の理にあっては、とんでもない情報であったが。
そうした考察は追々にとダ・ヴィンチは棚に上げた。
それどころではない、ということでもあった。
『死が前提になるような危険地帯にキミを、しかも結果的に丸腰で送り込んでしまったのは紛れもなく我々の失態だ。それも致命的な』
死して蘇るなど、到底信じることはできない。
だが伝え聞く情報からはそう考えるしかないものだ。
特異点といえど人類史の一点。
魔術的にも物理的にも全くあり得ない現象に律されるなど、
前例も無くば道理もない。
不死が跋扈した時代など、あり得る筈がない。
まして、只人が皆そうなど。
『最優先目標は帰還だ。もはや特異点の修復どころではない』
カルデアはリツカを捉えられている。
その命綱すら、意味を成していないと判明したのだから。
慎重に、安全第一で特異点修復を目指すのではない。
一歩たりとも動くべきではない、とすら言えた。
しかし。
『今ここに、音声通信が回復したのも確か。おそらくはエネミー……牛頭のデーモンを撃破した影響なのだろう』
『動くな、と言いたい所ではあるけれども。事態が好転すればキミを特異点から引き上げることも可能になるかもしれない。できる限りのサポートは試みよう。だから……』
ところでオルファは訝しんでいた。
見知らぬどころではない。
姿も気配もなく、声だけが聞こえると。
カルデアの人員たち。
リツカの言う、聖杯回収を目的とした者たち。
リツカも魔術師の類とは知っていたが、面妖な術を使うものである。
とはいえソウルの御業、魔術の深遠に覚えはなく。
——あるいは既に忘却したかも知れないが。
とにかくそういうものと受け入れるに他はなかった。
彼の理力は
####
一時の情報共有を終え、再び大橋へ。
ソラールの姿は既になかった。
「この大橋を渡るほかに、不死教区に立ち入る道は知らない」
飛竜は、門の上に陣取っていた。
姿を見せれば、炎を吐き通行を妨害してくる。
して。
リツカは知っていた。
竜は、実際のところそれなりに賢い。
強弱貴賤に程度の差はあれ、例えそれが下限であっても。
挑発に乗る程度には、賢い生き物なのだ。
ぎりりと弓を引き絞る。
短弓。しかもヒトが使うために作られたそれを引くことは、
リツカにとってそう難しいことではなかった。
「鍛えててよかったー!」
筋力。
やはり筋力である。
努力は裏切らない。
カルデア一流のトレーナーたちにより鍛えられたリツカは、
一通り主要な武器の扱いを心得ていた。
戦闘機動にまでは付いていけずとも、悠々と門に居座る飛竜など格好の的である。
放たれた矢は放物線を描き失速しつつも竜の鼻面へと落ちていった。
短弓の、勢いを失ったそれは飛竜にとって脅威足りえない。
だが幾たびもぶつけられては不快なもの。
数度、放っては隠れを繰り返すと、
酷く苛立った飛竜は遂に炎を吐き出すのを止め、橋上に降り立った。
「やっとか!いくぞっ!」
その足下に駆けるオルファ。
直剣を振るう。
刃が届く。
名も謂れもなき直剣は確かに竜の鱗を裂いた。
飛竜は頭に血が上っていた。
思わず眼前のリツカから視線を外す。
しなやかな尾がオルファを捉える。
硬い音。
金属盾はその衝撃を確かに逃し、
オルファはなんとか踏み止まった。
そしてリツカもまた、飛竜を射程圏内に収めた。
"ガンド"
北欧を起源とする
扱うものの素養によっては、フィンの一撃とも呼ばれ、時に強烈な衝撃力をも発揮する。
礼装に搭載されたそれには、カルデアのキャスター陣による調整が為されていた。あるいは魔改造が。
故にそれは。
最大の幻想種たる竜をも捉える。
飛竜自らが焼き払い、障害たる亡者を排除した橋上を、
リツカは走り抜け、不死街の中枢へ。
"城下不死教区"へと、足を踏み入れた。
一方オルファは探していた。
ソウルは何処か。
落としたはずのソウルは何処かと。
幾たびも火に焼かれた石の上には未だに血痕が残されていた。
主なく消えゆくソウルもまた。
飛竜が動き出す。
尾を振り切った飛竜は門の中に、リツカの姿を認めた。
あの不愉快なヒトを。
蒸し焼きにしてやろう。
竜は大きく首をもたげ、口腔に熱を溜めた。
だからオルファの目の前にそれがあったのは偶然であったし、
彼が飛竜を止める為の手段は他にはなかった。
体幹を整え、体重を乗せた斬撃。
直剣にて戦う者たちの技。
それが地に垂らされた尾に届き。
飛竜の尾、その先が宙を舞い。
恐るべき飛竜ヘルカイトはバランスを崩して、
大橋から転落した。
####
篝火の前に腰を下ろしたオルファは、上機嫌であった。
彼の手元には取り戻したソウル、そして竜の尾より生じた一振りの剣。
そう。
飛竜の尾先は剣へと変じた。
古竜の矮小な末裔と呼ばれる飛竜たち。
それでも、人の身で挑むには十分に誉となろうか。
その剣は、確かに竜の強い気配を放っていた。
一方のリツカは難しい顔をしている。
通信は再び不通。
辛うじてノイズの乗った映像が届くのみ。
先行き不安なものだった。
これまでより大きな、しかしまだ遠い鐘の音が。
からんからんと、鳴り響いていた。
"ガンド"
ルーン魔術に起源を持つ呪い。
カルデアの礼装に付与された魔術のひとつ。
指差したものに強い衝撃を与え、短時間、その動きを止める。
本来は敵対者を不調にさせる程度のごく弱い呪いであるが、
込める力の多寡により破壊的な威力をすら発揮し、
特にカルデアのそれは、幻想種やサーヴァントにすら届きうる。
だが、忘れるべきではない。
指差すは往々にして不遜であり、
不敬であるのだから。
ダクソ本編から大きく逸脱したエピソードン
-
ほんへに組み込んでいいよ
-
外伝でやれ
-
どっちでもいいよ