だが、意志は死ななかった。
科学と魔術が交差する修復の儀式――
今、鋼の剣士が再び目を覚ます。
時間は少しさかのぼる。
レリとミラルたちがエルカトを脱出した時、エルは、ジン13との戦いに敗れ、
破壊されてしまった。
その時、クレーターの底に横たわるエルの身体は、まるで砕けた彫像のようだった。
左腕は肘から先が消失し、胸部装甲は抉られ、内臓が露出している。
右脚は関節からねじ切れ、頭部の左側には深い亀裂が走っていた。
その姿は、かつて冷静沈着な剣士として第一小隊を支えた彼女の面影を、
ほとんど留めていなかった。
しかし・・・
「……間に合った……!」
ミル・レイスは、クレーターの縁から滑り降りるようにしてエルのもとへ駆け寄った。
ナース服の裾が泥にまみれるのも構わず、彼女はエルの胸部に手を当て
微弱な魔力の脈動を探る。
「まだ……消えてない。よかった……!」
ミルはすぐさま通信を開き、ガエルス博士に連絡を入れた。
「博士、エルを回収しました! 状態は……最悪です。
でも、まだ……まだ、彼女は生きてます!」
「よし、すぐに研究所へ運び込め。時間との勝負だぞ、ミル!」
ミルは浮遊担架を展開し、慎重にエルの残骸を乗せた。
ガエルス博士の研究所。
エルカトの隠れ家に設けられた修復室には、魔法陣と機械装置が
複雑に絡み合うように配置されていた。
エルの身体は、中央の再構築台に固定され、
博士の指示のもと、修復作業が始まった。
「まずは骨格の再構築からだ。ミル、再生用の魔導骨材を準備してくれ。」
「了解!」
博士は、エルの破損した骨格をスキャンし、損傷部位をホログラムで再現する。
骨格は、魔法金属“オルディウム”と、自己修復機能を持つ“エーテル繊維”で
構成されていた。 それらを融合させるため、博士は手に修復用メスを持ち、
慎重に魔力を注ぎ、そこに、魔術詠唱を織り交ぜてゆく。
「〈構築せよ、鋼の意志。繋げ、断たれし命の柱〉……!」
青白い光がほとばしり、骨格が再び形を取り戻していく。
損傷した部位をなぞるようにメスを移動させ、折れた肋骨が音もなく繋がり、
砕けた大腿骨が滑らかに再生されていく様は、まるで彫刻家が命を
吹き込むようだった。
次に取りかかったのは、筋肉組織の再生だった。 ヒューマノイドの筋肉は、
“魔導筋繊維”と呼ばれる特殊な素材で構成されており、
魔力の流れによって収縮と弛緩を繰り返す。
「ミル、筋繊維の再接続を頼む。神経導管の調整も忘れるな。」
「はい、博士!」
ミルは細い魔導ピンセットを使い、一本一本の繊維を丁寧に接続していく。
その手つきはまるで、壊れた楽器を修理する職人のようだった。
「……博士、心臓の損傷がひどいです。」
「心配するな。彼女の脳は、まだ無事だ。十分に行けるぞ。」
博士は、エルの胸部に埋め込まれた心臓を取り出し、慎重に修復を始めた。
これは、心核とも呼ばれは、ヒューマノイドの“魂”とも言える存在だった。
ミルは、そんな博士の手元を食い入るように見ていた。
「〈鼓動の灯よ、再び灯れ。血の流れよ、目覚めよ〉……」
魔法陣が輝き、心核が微かに脈動を始める。 その光は、まるで彼女の命が再び
鼓動を打ち始めたかのようだった。
数日後。 修復は最終段階に入っていた。 エルの身体は、以前よりも一回り大きく、
重厚な装甲をまとっていた。 肩部には新たなブレードユニットが装備され、
腰には古の戦士の太刀が強化されてある。
これらの、装甲、武具をパックに保存する。
ガエルス博士は、修復台の周囲に展開された魔導機器群を見渡し、
最終チェックを終えると、ミルに指示を出した。
「ミル、再起動端子の接続を開始。順序は神経系からだ。」
「了解、神経端子を後頭部C3、胸椎T6、仙骨S1に接続します。」
ミルは、魔導絶縁手袋をはめ、エルの背面に設けられた神経接続ポートに、
細い銀製のピンを差し込んでいく。
ピンの先端には、魔力伝導体“ルミナイト”が埋め込まれており、接続と同時に
微細な魔力パルスが流れ始める。
「神経伝達確認。シナプス応答、微弱ながら正常。脳幹とのリンク、再構築開始。」
博士は、魔導コンソールに手をかざし、神経系の再起動シーケンスを起動した。
エルの脊髄に沿って走る神経導管が、順に点灯していく。
その光は、まるで神経網が再び命令を伝える準備を始めたかのようだった。
「次、循環系。心核ポートに魔力供給ラインを接続。血液の流動確認。」
ミルは、胸部装甲を開き、心核直下にある循環制御ユニットに魔力供給管を
接続した。
管内には、血液が満たされており、魔力の脈動に合わせてゆっくりと流れ始める。
「心核、脈動開始。魔力圧:0.8レム。血液循環、全身に拡散中。
酸素供給ユニット、正常作動。」
博士は、エルの胸部に浮かび上がった魔導陣を見つめながら、
次の工程へと移った。
「運動系、起動準備。筋繊維制御端子を四肢関節部に接続。
関節駆動ユニット、同期開始。」
ミルは、肩、肘、膝、足首に設けられた端子に、運動制御ピンを差し込んでいく。
ピンの根元には、微細な魔導モーターが内蔵されており、
筋繊維の収縮を魔力で制御する。
「筋繊維応答確認。収縮率:初期値に達しました。関節駆動、微振動開始。」
エルの指先が、わずかに動いた。 それは、魔導筋繊維が再び命令を受け取り、
身体を動かす準備を始めた証だった。
「最後に、意識層へのアクセス。心核の感情領域を解放する。」
博士は、心核の上に手をかざし、低く呪文を唱えた。
「〈記憶の灯よ、再び灯れ。意志の核よ、目覚めよ〉……」
心核が強く脈動し、エルの瞳がゆっくりと開かれる。
瞳孔が光に反応し、焦点を結ぶまでの数秒間、彼女の意識が再構築されていく。
研究室の光がまぶしく差し込んだ。 視覚センサーが順次起動し、
焦点調整が完了するまでの数秒間、彼女はただ、光の粒子が揺れるのを
見つめていた。
「……ここは……」
声はかすれていた。 発声ユニットが再構築されたばかりで、
音の震えが微妙に不安定だった。
彼女はゆっくりと上体を起こし、両手を見つめた。 指先が動く。
関節が滑らかに回転する。 だが、その感覚は、以前とはわずかに違っていた。
「……私の身体……これは……」
装甲の質感、筋繊維の反応速度、内部から響く魔力の流れ。
すべてが、以前よりも強化されている。
だが、それは“自分”という感覚から、わずかにズレていた。
「違う……けれど……私だ。」
彼女は胸に手を当てた。 心核が脈動している。 そこには、確かに“自分”がいた。
「エル、聞こえるか? 私だ、ガエルスだ。」
博士の声が、静かに響く。 その声に、エルは顔を上げた。
「……博士……私は……」
「君は破壊された。しかし、私は君を取り戻した。
君の意志が、まだここにあると信じていたからな。」
エルは、目を閉じた。
記憶が、断片的に蘇る。 ジン13の剣が迫る瞬間。
レリの叫び。 第一小隊の仲間たちの声。
地上に叩きつけられた時。
「……私は……まだ、戦えるのですね。」
「そうだ、そして、以前よりも強くなっている。」
エルは立ち上がった。 足元の駆動ユニットが静かに作動し
身体が重力に適応する。
背中にブレードユニットが展開し、魔力が安定した流れを示す。
「……私は、エル。第一小隊のエル。」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。 ただ、自分自身に刻み込むように、
静かに呟かれた。
そして、彼女は歩き出す。仲間のもとへ。 再び、戦場へと——。
そして、エルはブレードユニットをきらめかせ、空へと舞い上がった。 その背に、再び宿った意志と、鋼の誓いを乗せて——。
復活した、エルは再び戦場へと戻ってゆく、それは何のためか。