エターナルフレイム   作:泰丸B

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敵地深く、ガレアへの潜入作戦が始まる。
荒野を駆け抜ける車列の中、レリは揺れる決意を胸に、迫る戦場を見つめていた。
そして、セクター9で出会ったのは、敵国の制服を着た少女兵・ハル。
敵として、ではなく、同じ痛みを知る者として――レリは手を差し伸べる。
鋼鉄の檻に挑む小さな翼たち。
その選択が、未来を変える鍵になる。


第31章 鋼鉄の檻と小さな翼

大型の輸送車両が、うなりを上げて荒野を疾走していた。

 

車窓の外には、かつての大破壊の爪痕を残す岩肌と、

 

それを覆い隠すように生い茂る原生林が交互に現れては消えていく。

 

レリたちを乗せた車列は、敵国ギエスの中枢にある研究都市ガレアを目指していた。

 

車内の空気は、張り詰めた弦のように硬かった。

 

レリは膝の上で固く手を握り締め、流れる景色をじっと見つめていた。

 

彼女の隣には、ミラルが座っている。

 

その瞳は、常に周囲の気配を探り、わずかな異常も見逃さない。

「……レリ、少し休んで。ガレアまではまだ距離があるわ」

 

 ミラルの声には、優しさが滲んでいた。

 

「ううん、大丈夫。眠れるわけないもの」レリは首を振った。

 

クーが心配そうに空中に浮かび、レリの肩に小さな手を置く。

 

「無理しちゃだめだよ、レリ。これからが本番なんだから」  

 

クーの言葉は正しい。

 

だが、目的地に近づくにつれ、レリの不安は増すばかりだった。

 

自分たちが向かっているのは、この戦争の趨勢を決する場所。

 

運転席からは、第一小隊のジェイ軍曹が無線で先行する偵察車両と

 

短く交信している声が聞こえる。

 

……了解。次の補給ポイントで一時停止する」  

 

車列は、ガレアの手前にある中継都市「セクター9」へと滑り込んだ。

 

セクター9は、ギエスの支配下にある典型的な都市の一つだった。

 

車両を降りたレリの目に飛び込んできたのは、

 

極端なまでに二極化した光景だった。  

 

空を突き刺すように聳え立つ摩天楼。

 

その表面は滑らかな強化ガラスと金属で覆われ、

 

魔法科学によるホログラム広告が鮮やかに空を彩っている。

 

空中の回廊を行き交う人々は、上質な合成繊維の服を纏い、

 

肌艶もよく、洗練された笑みを浮かべていた。

 

彼らは「市民」と呼ばれる特権階級なのだろう。  

 

だが、視線を地上へと落とせば、そこはまるで別の世界だった。  

 

ビルの谷間の薄暗い路地には、煤けた色のボロ布を

 

纏った人々がうずくまっている。

 

痩せこけた子供が、空中の回廊を見上げて何かを乞うように手を伸ばすが、

 

上空の市民たちは彼らを視界に入れることすらしない。

 

まるで、路上の人々が風景の一部であるかのように、

 

あるいは汚物を見るような軽蔑の眼差しを一瞥くれるだけで通り過ぎていく。

 

「これが……ギエスの街……」  レリは息を呑んだ。

 

エザワイスにも貧富の差はあったが、ここまで露骨で、

 

冷徹な分断は見たことがなかった。

 

「レリ。あまり見ないほうがいいわ」  

 

ミラルが低い声で告げ、レリの肩を抱き寄せて歩き出す。

 

彼女たちは一般の旅行者を装い、目立たないように

 

補給物資を調達する必要があった。

 

路地裏の給水ステーションで、ジェイたちがタンクに水を満たしている間、

レリは少し離れた場所で壁にもたれていた。  

その時だった。  

角を曲がってきた小柄な影と、レリは正面から鉢合わせた。

「あ……」  相手は、少女だった。

 

年齢はレリとさほど変わらないだろうか。

 

黒い短髪に、あどけなさの残る顔立ち。

 

しかし、その体には不釣り合いなほど大きな軍用ライフルを背負い、

 

ギエス軍の下級兵士の制服を着ていた。

 

少女兵――ハルは、レリを見て瞬きをした。

 

そして、その視線がレリの首元、

 

市民IDが埋め込まれているはずの場所に吸い寄せられる。

 

レリにはIDがない。  ハルの瞳に、疑惑の色が走った。  

 

彼女は素早く手首の端末に視線を落とす。

 

そこには、指名手配されている「金髪の少女」の特徴が

 

表示されていたのかもしれない。

 

「っ……! 本部、こちら――」

 

ハルが通信機に手を伸ばし、口を開いた瞬間だった。

 

風が、吹いたようだった。  音もなく、気配もなく。

 

次の瞬間には、ハルの体は路地の奥の壁に押し付けられていた。

 

「がっ……!?」  通信機が地面に落ちて砕ける。

 

ミラルだ。

 

サイボーグである彼女の瞬発力は、人間の反応速度を遥かに凌駕する。

 

ミラルの指が、ハルの細い喉元を締め上げる。

 

少女の足が地面から浮き上がり、苦悶に顔が歪んだ。

 

今の、ミラルの瞳には一切の感情がない。

 

あるのは、任務遂行の障害を排除するという冷徹な計算だけだ。

 

彼女の右腕に、頑丈そうなナイフがあらわれる。

 

「……処理する」

 

その言葉が、処刑宣告のように響いた。

 

ハルの瞳から、恐怖の涙が溢れ出す。

 

死への恐怖に痙攣する少女の姿。

 

その光景が、レリの脳裏にある記憶をフラッシュバックさせた。

 

かつて、アルを守るために射殺したあの少女の兵士の顔を。

 

「やめて!!」  レリの悲鳴のような叫びが、路地裏に木霊した。

 

ミラル動きがピタリと止まる。

「レリ、こいつは我々を見た。通報されれば終りなの」

「だめ! 殺さないで! お願い、ミラル!」

 

レリはミラルの腕に縋り付いた。

「まだ、私みたいな歳の子なのよ。こんなの、辛すぎるよ・・・。」

 

ミラルはわずかに瞑目し、拘束を少しだけ緩めた。

 

咳き込みながら、ハルが地面に崩れ落ちる。

 

「……なぜだ」  ミラルが冷たく問う。

 

「なぜ通報しようとした。子供がなぜ、こんな場所にいる」

 

ハルは激しく咳き込みながら、涙で濡れた顔を上げた。

 

その瞳には、恐怖だけでなく、どうしようもない悲哀があった。

 

「……命令、なんだ……」  掠れた声で、ハルは語り始めた。

「私は……徴用されたんだ。父さんと母さんが、

 

病気で……薬を買うお金がなくて……」

 

ギエスの法律。

 

家族の誰かが軍に貢献すれば、特配の医療と食料が保証される。

「私が兵隊になれば、両親は助かるって……だから……」

 

ハルは震える手で自分の膝を抱いた。

 

「通報しなきゃ……私が役立たずだって分かったら、

 

両親への配給が止まっちゃう……殺される……!」

 

レリは息を呑んだ。  

 

この少女もまた、被害者だった。狂った世界の、歪んだシステムの犠牲者。

 

ギエスは、子供たちの親への愛情すら人質に取り、

 

兵器として利用しているのだ。

「……そんなの、間違ってる」

 

レリはハルの前に膝をつき、その震える手を握った。

「あなたは悪くない。悪いのは、そんなことをさせる大人たちよ」

 

そして、レリは決意を込めてミラルを見上げた。

「ミラル。この子を連れて行こう」

「本気なの? 足手まといになるだけよ」

 

「でも、ここで放り出したら、この子はどうなるの? 

 

私たちが逃げた後、任務失敗の責任を取らされて

 

……殺されるかもしれない」

 

レリの瞳は揺るがない。

 

「以前、村の人たちを助けた時、ミラルは言ったわよね。

 

『守るべきものがあるなら、最後まで守り抜け』って。

 

私、この子を見捨てられない」  

 

ミラルはため息をついた。

 

その表情から、冷徹な軍人の仮面が少しだけ剥がれ落ちる。

 

彼女の脳内で、リスク計算と、レリの精神安定性が天秤にかけられる。

 

そして、かつて自分たちが守れなかった多くの命の記憶が、

 

レリの言葉と重なった。

 

「……条件がある」  ミラルはハルを見下ろした。

 

「お前を殺しはしない。だが、帰すわけにもいかない。

 

我々と行動を共にしろ。協力するなら、お前の両親の安全も、

 

我々が保証する手立てを考える。だが、裏切ろうとすれば――」

 

ミラルはあえて言葉を切った。その威圧感だけで十分だった。

 

ハルは、レリの温かい手と、

 

ミラルの厳しいが嘘のない瞳を交互に見た。

 

ギエス軍の中で、こんな風に自分に触れてくれた人間はいなかった。

 

道具ではなく、人間として見てくれる目。

 

「……わかった。信じる……信じさせて」  

 

ハルは小さく頷いた。  こうして、奇妙な連帯が生まれた。

 

敵国の少女兵ハルを加え、一行は再び走り出した。  

 

やがて、地平線がどす黒い煙に覆われ始めた。  

 

工業都市ガレア。

 

魔法科学の粋を集めた研究所と、それを支える巨大な工場群が密集する、

 

ギエスの心臓部の一つ。

 

空は排煙で常に灰色に濁り、太陽の光さえもここでは鈍い鉛色に変わる。

 

レリたちは、都市の外縁部、廃棄物処理区画の影に車両を隠した。

 

目の前には、幾重にも張り巡らされた高圧電流のフェンス。

 

その向こうに、無機質な立方体を積み上げたような巨大な建造物が鎮座している。  

 

あれが、ラボだ。  

 

 

だが、ガレアに真の闇は訪れない。

 

工場のサーチライトと、不気味日は沈み、街に夜の帳が下りる。  

に明滅する魔導炉の光が、

 

夜空を赤黒く染め上げている。

 

「時間は?」  ダクの声が通信機から響く。

 

「作戦開始時刻まで、あと30分」  ミラルが答え、

 

装備の最終チェックを行う。彼女の腕の内部機構が、

 

戦闘モードへと移行する高い駆動音を立てた。  

 

レリは、フェンスの向こうの不気味な要塞を見つめた。  

 

心臓の鼓動が早鐘を打つ。  怖い。

 

けれど、もう迷いはない。  隣には、不安そうに銃を抱えるハルがいる。

 

彼女のためにも。

「行きましょう」

 

レリの言葉に、ミラルと闇に溶け込む影たちが一斉に頷いた。




エターナルフレイムを巡る運命の歯車が、
今、大きく軋みながら回り始めようとしていた
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