仲間を救うため、自由を掴むため、そして王女レリの心に宿る“炎”が、破壊から希望へとその意味を変える。
運命に抗う者たちの、熱く激しい夜が始まる。
重苦しい空気が澱む、地下牢獄の一室。
そこには、焦燥という名の目に見えない重石が、
第一小隊の面々の肩にのしかかっていた。
壁面に埋め込まれた粗末なインターフェースポートに、
カイが自身の接続端子を直結させてから、すでに数時間が経過している。
普段は冷静な彼女の目に焦りの色が浮かんでいた。
「……ダメです。弾かれます」
カイが苦悶の声を漏らす。
その金髪のボブヘアが、わずかに震えていた。
「この施設のセキュリティ・プロトコル、
通常のギエスのものとは根本的に構造が異なります。
論理演算の隙間を、流動的な魔力パターンが埋めている……。
私の演算能力だけでは、この『揺らぎ』を予測しきれません」
隣で見守っていたジェイ軍曹が、苛立ちを隠すように壁を叩いた。
「カイが手も足も出ないとはな。物理的に破壊するのはどうだ?」
「無駄だ」
即座に否定したのは、ミラルだった。
彼女は鉄格子を睨みつけながらも、冷徹に現状を分析する。
「この檻自体に、物理的破壊に対する障壁が張られていはずだ。
サキの怪力でも、触れた瞬間に高圧電流と衝撃波で
消し炭になるのがオチだわ。
……カイ、あとどれくらいで解析できそう?」
「……今のペースなら、あと七十二時間。
ですが、向こうの探知プログラムに見つかるのが先です」
沈黙が落ちた。
牢獄の外からは、定期的に巡回する看守の足音が響く。
その足音が遠ざかるたび、彼らの希望もまた、
少しずつ削り取られていくようだった。
ミラルは唇を噛んだ。レリを救出しなければならない。
だというのに、こんなところで朽ち果てるのか。
その時だった。
「おや、みんな、ずいぶん落ち込んでいるじゃない?」
不意に、空間が歪んだ。
虚空から滲み出るようにして、その姿は現れた。
緑の髪、紫の瞳、そして長い耳。生意気そうな笑みを浮かべた小さな少年
――プログラム体のクーだ。
「クー!」
ミラルが思わず声を上げる。
「無事だったのね!」
「へへん。僕を誰だと思ってるのさ。これでも実体のないプログラム体だよ?
壁抜けなんて朝飯前さ」
クーは重力など存在しないかのように、
ふわふわとカイの頭上へ浮かんでいく。
「状況は把握してるよ。カイ、君のやり方は真面目すぎるんだ。
この施設のセキュリティは『魔法』と『科学』のハイブリッドだ。
君の科学的なハッキングじゃ、魔法の揺らぎに対応できない」
「……では、どうすれば?」
カイが縋るような視線を向ける。
「僕が魔法障壁の『揺らぎ』をリアルタイムで観測して、
その無効化コードを君に送る。
君はそのデータを元に、物理ロックのシステムを書き換えるんだ。
二人三脚でやろうよ」
「分かったわ。……クー、ありがとう」
「お礼は脱出してからでいいよ。さあて、始めようか」
クーの瞳が紫色の光を放ち、カイの瞳には高速で流れる
データストリームが映り込む。
それは、科学と魔法、二つの異なる理(ことわり)が
融合した瞬間だった。
カイの指先が、超速で仮想キーボードを叩くように動く。
「魔法障壁、第1層から第12層まで、透過完了」
「セキュリティゲート、管理者権限奪取。
……メインサーバーへ侵入成功」
カイの声に力が戻る。
「行けます。全セクションの施錠システム、掌握しました」
ミラルはニヤリと笑った。
「カイ、やるなら派手にいきなさい。
私たちの独房だけじゃない。
……この収容所にいる『全ての』囚人を解放するのよ」
「イエス、マム」
カチリ。
小さな音が、静寂を破った。
次の瞬間、施設全体を揺るがすような警告音と共に、
赤い回転灯が激しく明滅を始めた。
『警告、警告。全ブロックのセキュリティ・ロックが解除されました。
・・・繰り返します――』
ガコンッ!
目の前の鉄格子が、重々しい音を立てて開いた。
それと同時に、廊下の向こうから、地響きのような歓声が
押し寄せてくる。
「うおおおおおおっ! 開いたぞ!」
「殺せ! ギエスの犬どもを血祭りにあげろ!」
長年虐げられてきた囚人たちの怒りが、一気に爆発したのだ。
「この混乱に乗じて脱出するわよ!」
ミラルの号令一下、第一小隊が独房を飛び出す。
廊下はすでに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
警棒を振り回す看守、それを数で押しつぶす囚人たち。
その混沌の中を、第一小隊は一陣の風となって駆け抜ける。
「どけえぇぇぇっ!」
サキが大柄な看守を片手で軽々と放り投げる。
その怪力は、装甲服を着た兵士すらボロ雑巾のように宙を舞わせた。
「右前方、敵兵3名!」
アルの警告より早く、ジェイとエルが動く。
ジェイが正確無比な射撃で敵の武器を弾き飛ばし、
その隙にエルが懐に飛び込んで無力化する。
流れるような連携。
クーが先行し、カイも続く。
行く手を阻む隔壁の電子ロックを次々と解除していく。
「道は開けたよ! 正面ゲートまであと300メートル!」
次々と現れるギエス兵をなぎ倒し、
彼らはついに収容所の出口、巨大な搬出用ゲートへとたどり着いた。
外の光が見える。自由への出口だ。
だが、そこに二つの影が立ちはだかった。
人間と同じサイズでありながら、その異様な威圧感は、
これまでの兵士とは次元が違っていた。
流線型の装甲に身を包んだ、女性型ヒューマノイド。
あの悪夢のような「ジン13」と同型の機体が、二体。
無機質な瞳が、ミラルたちを標的として認識する。
「……行かせない」
「……排除する」
二体のヒューマノイドが同時に構えを取る。
その動作には一分の隙もない。
ミラルが身構えようとしたその時、エルが一歩前に出た。
「下がってください、大佐。ここは私がやります」
「エル! 相手はジン13タイプよ! 一人じゃ無理だわ!」
「いいえ。今の私なら、やれます」
エルの声は静かだったが、そこには絶対的な自信が満ちていた。
「ケイ、リンクを開始して」
「了解。戦闘支援モード、フルスペックで起動」
後方に控えていた情報技官のケイが、
自身の演算領域をエルと直結させる。
その瞬間、ケイは息を呑んだ。
(な、何これ……!?)
送られてくるエルの身体ステータス数値が、
以前とは桁違いに跳ね上がっていたのだ。
反応速度、筋出力、魔力伝導率――すべてが、
最新鋭のヒューマノイドすら凌駕する「
・・・化け物・・・の領域に達している。
これが、エルの本来の力なのか。
二体のジン13が動いた。
残像すら残さぬ速度。左右から同時に、
シンクロした斬撃がエルを襲う。
だが、ケイの解析眼はそれを見逃さなかった。
『エル、敵の連携アルゴリズムに0.03秒のタイムラグを検知。
右の個体の踏み込みがわずかに浅い!』
『了解』
エルは回避行動を取らなかった。
代わりに、自ら死地へと踏み込んだ。
敵の剣がエルの首を捉える寸前、彼女の姿がブレた。
神速の踏み込み。
ケイの完璧な演算による未来予測と、エルの圧倒的な身体能力が融合し、
敵の攻撃の「隙間」を縫うように疾走する。
「――終わりだ」
閃光が走った。
轟音。
あまりの衝撃に、周囲の空気が弾け飛ぶ。
ミラルたちが目を開けた時、そこには驚きの光景が広がっていた。
二体のジン13は、すでに動かなかった。
胴体を真っ二つに切断され、火花を散らしながら崩れ落ちていく。
まさに瞬殺。
エルは二体の残骸の中央で、静かに剣を納めるところだった。
彼女の周りだけ、時間が止まっているかのような静寂。
追ってきたギエスの兵士たちも、暴れていた囚人たちさえも、
その圧倒的な「暴力」の前に言葉を失い、後ずさりする。
「……化け物ね」
ミラルが呆然と呟く。それは恐怖ではなく、頼もしさへの賛辞だった。
「ここを脱出する!」
ミラルの言葉に、全員が我に返る。
ミラルたちは混乱する収容所を背に、
荒野へと広がる自由な世界へと駆け出した。
一方、ギエス領内の深く、影の濃い森の中。
エルアド少将は、携帯端末に表示された暗号通信を見つめ、
獰猛な笑みを浮かべた。
「やりおったか、ミラル」
第一小隊の収容所脱出。
その報せは、彼にとっても最高の朗報だった。
彼は手元の地図――ギエス・ラボへの侵入ルート――
をぐしゃりと握りつぶす。
「予定変更だ。ラボへの破壊工作は後回しにする」
部下たちが驚いたように彼を見る。
「少将、ではどこへ?」
「ギエスの首都だ。第一小隊と合流する。」
エルアドの碧眼が、遠く首都の方角を射抜くように見据えた。
「待っていろ、レリ王女。必ず助け出す」
豪奢だが冷たい、鳥籠のような部屋。
ギエス総統府の一室に、レリ・プロラは監禁されていた。
窓の外にはギエスの首都の夜景が広がっているが、
今の彼女には何の慰めにもならない。
扉が開き、ヒールの音が響く。
現れたのは、ニトス・パゴレ。妖艶かつ残忍な女。
「ごきげんよう、お姫様」
ニトスはレリの顎を指先で持ち上げ、ねっとりとした視線を這わせる。
「あの熱エネルギーの攻撃……素晴らしかったわ。
ゾクゾクした。ねえ、もう一度見せてくれない?」
レリは睨み返すが、ニトスは愉悦に歪んだ笑みを深めるだけだ。
「ただし、今度の標的はエザワイスの軍よ。
あなたのお友達を、その力で焼き尽くしてほしいの」
「……断るわ。そんなこと、絶対にしない!」
「あら、そう? 残念ねぇ」
ニトスはわざとらしく溜息をつき、耳元で囁く。
「あなたが拒否するなら、捕虜になっているエザワイス国王
――あなたの『お父様』の命はないと思ってちょうだい」
レリの顔色が蒼白になる。
「明日、返事を聞かせてもらうわ。いい夢を」
高笑いと共に、ニトスは去っていった。
再び訪れた静寂。
レリはその場に崩れ落ち、膝を抱えた。
どうすればいい? 父を助けるために、仲間を殺す?
そんなことできるわけがない。でも、断れば父が……。
逃げ場のない絶望が、黒い泥のように彼女の心を侵食していく。
(……滅ぼせ)
不意に、頭の中に声が響いた。
「?!」
それはレリ自身の声のようであり、
太古から続く怨嗟の響きのようでもあった。
「あなたは・・・」
(私は、氷結を滅ぼすためだけに在る。
世界を焼き尽くし、全てを灰に帰す炎だ)
レリの内にある『エターナルフレイム』。
その意思が、明確な言葉となって語りかけてくる。
「……いや。私は、破壊なんて望んでない」
レリは震える声で反論する。
(望もうと望むまいと、お前の本質は破壊だ。
これまでもそうやって、世界を滅ぼすほどの争いを繰り返してきた。
それが運命だ)
(さあ、力を解き放て。あの女も、この国も、
全て焼き尽くしてしまえばいい。そうすれば楽になる)
甘美な誘惑。
確かに、この力を暴走させれば、ニトスもギエスも消し飛ぶだろう。
でも、それでは――。
レリの脳裏に、父ダクの優しい笑顔が浮かんだ。
母ムメの温かい抱擁。
ミラルや第一小隊のみんな。そして、いつもそばにいてくれたクー。
彼らは、破壊のために戦っていたわけじゃない。
誰かを守るために、未来を繋ぐために、命を懸けていた。
「違う……」
レリは顔を上げた。
その青い瞳から、迷いの色は消えつつあった。
「あなたは破壊のためだけに在ると言った。
……なら、私が変える」
彼女は自分の胸に手を当てる。
そこにある灼熱の鼓動を、しっかりと掴むように。
「これを『最後の破壊』にするために・・・、
誰かが傷つき、苦しむことのない世界を作るために、この力を使う」
(……ほう? 小娘が、我を御すると言うか)
「ええ、そうよ。あなたが世界を滅ぼす炎なら、
私はその炎で闇を照らす灯火になる」
レリは立ち上がった。
小さな体から、目に見えない熱波が立ち昇る。
それは暴走する破壊のエネルギーではなく、
確固たる意志に制御された、
温かく力強い波動だった。
「父さん、母さん。ミラル、みんな……」
窓ガラスに映るレリの表情は、
もう泣き虫の少女のものではなかった。
一人の「王女」として、そして「ゲート」としての覚悟を決めた、
戦士の顔だった。
「私が、世界も、エザワイスも……あなたたちも、
全部守ってみせる」
もう、守ってもらうだけではいられない、その覚悟と決意が世界を救うのか