クーの命懸けの潜入作戦が明かす、ギエス総統の正体とレリの覚悟。
交錯する想いと使命の中、ミラルたちは王女救出のため突入を開始するが──
少女はすでに、自らの運命を選び取っていた。
すべてを凍てつかせる渦の中心で、希望と絶望が交差する。
ギエス首都、その中心に鎮座する総統府は、
威圧的な黒き巨塔のごとく夜空に突き刺さっていた。
物理的な堅牢さはもとより、その周囲には幾重もの魔法障壁と、
最新鋭のセンサーグリッドが張り巡らされている。
蟻一匹通さぬ鉄壁の守り。
だが、今、そのセキュリティの僅かな間隙を縫うように、
一つの意識体が滑り込もうとしていた。
クーは、自らの存在形式であるプログラム体を極限まで圧縮していた。
(やれやれ、相変わらず無粋な設計だね。
センスのかけらもありゃしない)
彼は視覚的な実体を消し、純粋なデータと魔力の粒子となって、
総統府の外部回線ポートの一つに接触した。
通常なら即座に探知されるところだが、
クーは障壁の魔力波長に自らの波長をミリ秒単位で同調させ、
システムに「ノイズ」だと誤認させることで侵入を果たした。
冷たい電子の海と、張り詰めた魔力の奔流。
その中を、クーは魚のように泳ぐ。
監視カメラの死角、熱源センサーの更新間隔、
魔力探知の走査パターンの隙間。
それらを瞬時に計算し、物理的なトラップが作動する
コンマ一秒前にすり抜ける。
それは綱渡りなどという生易しいものではない。
一歩間違えれば、対侵入者用の高出力電磁パルスと攻撃魔法によって、
彼のプログラムコードなど瞬きする間に消滅してしまうだろう。
(レリ、お姫様……待っててよ)
恐怖心を軽口で塗りつぶし、クーは深層へと潜った。
最上階に近い特別居住区画。そこに、探していた反応があった。
クーは実体化のレベルを最低限に抑え、半透明の姿で壁をすり抜けた。
豪奢だが、どこか冷たい部屋の中央。そこに彼女はいた。
「レリ!」
クーの声に、窓辺に佇んでいた少女が振り返る。
金色のツインテールが揺れる。
しかし、クーはその瞳を見て息を呑んだ。
かつて農場で見た、無邪気で怯えていた少女の瞳ではない。
そこには、硬い意志と、覚悟が感じられた。
「……クー? 来てくれたのね」
「当たり前だよ! 今、ミラルたちがレリの救出のために手だてを考えてる、
きっと脱出できるよ!」
レリは、静かにほほ笑んだが、
「だめよ、クー。私は行かない」
「は? 何を言ってるの!」
「・・・うん、私は決めたの」
レリは真っ直ぐにクーを見据えた。
その背後には、何か大きな力が渦巻いているように見えた。
「私は力を使う。この不毛な戦争を終わらせるために、
ギエス総統を倒すの」
「なっ……! そんなことをしたら、レリがどうなってしまうか」
「それでも、私のできることをやりたいの」
その言葉には、入り込む隙のない覚悟があった。
それは危ういほどの自己犠牲の精神であり、
同時に王族としての矜持でもあった。
「レリ、絶対に無茶をしちゃだめだよっ!」
クーは唇を噛んだ。説得は不可能だ。
今の彼女は、テコでも動かない。
「ミラルは絶対にここへ来るよ。ミラルはレリを守るのが任務で、
それが生き甲斐なんだから!」
クーはそれだけ言い残し、床へと沈み込んだ。
今は情報を持ち帰るしかない。
だがその前に、確かめなければならないことがあった。
この城の主、ギエス総統の正体を。
さらに上層。総統執務室。
クーは厳重なプロテクトを強引に突破し、部屋の中へと侵入した。
そこには、誰もいなかった。
いや、「人間」はいなかった。
部屋の中央、執務机があるべき場所に、それは存在していた。
光すら飲み込むような、蒼白く、黒い渦。
絶対零度。
クーのプログラム体が、恐怖という名のエラー信号で埋め尽くされる。
それは単なる低温エネルギーではない。
熱を、生命を、魔力を、そして希望さえも貪り食う、
底なしの飢餓そのものだった。
『……足りぬ……』
声ではない。意思の波動が、クーのコアを直接揺さぶる。
『全てを……凍らせ……静寂を……』
「ひ、ひぃぃッ!?」
クーは悲鳴を上げ、弾かれたようにその場から逃走した。
あれは対話可能な存在ではない。
この世界の理を食い尽くす、破滅の具現だ。
総統府を脱出する間も、クーの震えは止まらなかった。
* * *
「――というのが、状況だよ」
郊外の廃屋。クーの報告を聞き終えたミラルの表情は険しかった。
「レリが……自らギエスと取引をしたと?」
「うん。レリは、完全に覚悟を決めてる。
それに、総統室のアレ……あれはヤバイなんてモンじゃないよ。
近づくだけで消滅しかけた」
クーの言葉に、その場にいた第一小隊の面々、
そして合流していたエルアド少将も息を呑む。
だが、ミラルは迷わなかった。
「レリの自己犠牲など認めない。彼女を連れ戻し、
国王夫妻も救出する。それが私たちの任務だ」
ミラルはカイに向き直る。
「カイ、クーと共同で開発したウイルスソフトの準備は?」
「完了しています、大佐。
総統府のメインフレームにバックドアを仕掛け、
セキュリティと通信網を一時的に麻痺させます。
有効時間は約15分」
「十分だ。エルアド少将」
金髪の精悍な指揮官、エルアドが頷く。
「我々の部隊が陽動と、国王夫妻の確保に当たる。
その隙に、貴官らはレリ王女を」
「了解。作戦開始は、ウイルス散布と同時だ」
翌日未明。
ギエス総統府のメインモニターが一斉に赤く染まった。
警報音が鳴り響く中、システムが次々とダウンしていく。
「なんだ!? 制御不能だと!?」
「通信途絶! 外部からのハッキングです!
迎撃プログラムが追いつきません!」
混乱する管制室を尻目に、総統府のゲートが爆破された。
「突入せよ!!」
エルアド少将の号令と共に、エザワイスの精鋭部隊が雪崩れ込む。
同時に、別ルートからミラル率いる第一小隊が侵入を開始した。
「邪魔だ、どけッ!」
サキが大剣を振るい、立ち塞がるギエスの戦闘用アンドロイドを
一撃で粉砕する。
エルとケイが連携し、正確無比な射撃と斬撃で通路を切り開く。
第一小隊の進撃は、まさに疾風怒濤だった。
ヒューマノイドとしての身体能力をフル稼働させ、
彼女たちは壁を走り、天井を蹴り、最短ルートを突き進む。
ミラルもまた、立ち塞がる重装甲兵を力強い剣戟で切り伏せてゆく。
(待っていて、レリ。必ず迎えに行く!)
一方、地下牢獄エリア。
エルアド少将は、部下たちの作る血路を駆け抜けていた。
「少将! 目標の独房です!」
電子ロックを破壊し、扉を開け放つ。
そこには、やつれながらも気品を失わない男女、
カド国王とビナ王妃の姿があった。
「……エザワイス軍か?」
カド国王の問いに、エルアドは流れるような動作で片膝をつき、
最敬礼を行った。
「お迎えに上がりました、陛下。エルアド・ロイス少将であります。
ご無沙汰しております」
「おお、エルアドか! よくぞ……」
「感涙は後ほどに。今は一刻も早く脱出を。走れますか?」
「うむ、問題ない」
「では、失礼ながら護衛させていただきます。
総員、円形陣形! 陛下を守り抜け! 退却だ!」
エルアドの指揮は鮮やかだった。余計な感傷を挟むことなく、
最短時間で王族を確保し、脱出ルートへと反転する。
その背中には、頼もしさと共に、一分一秒を惜しむ焦燥が滲んでいた。
同時刻、上層階。
ミラルたちは、クーの案内でレリの部屋の前へと到達していた。
「ここだよ!」
クーが叫ぶと同時に、サキが扉を蹴破る。
「レリ!!」
ミラルが部屋へと飛び込んだ。
だが。
そこには、誰もいなかった。
綺麗に整えられたベッド。窓から差し込む冷たい月光。
人の気配だけが、ぷっつりと途絶えていた。
「……そんな」
ミラルは呆然と立ち尽くした。
ほんの数時間前まで、彼女はここにいたはずだ。
クーの情報は正確だった。ならば、なぜ。
「大佐! 机の上に!」
ジェイ軍曹の声に、ミラルは視線を走らせる。
そこには、書き置きが一枚残されていた。
『ごめんなさい。私は行きます』
たったそれだけの、震える文字。
「くっ……!」
ミラルは拳を机に叩きつけた。硬質な天板がひび割れる。
落胆。怒り。そして、何よりも自分自身への不甲斐なさ。
あと一歩だった。あと少し早ければ、手が届いたのに。
「大佐、ワクチンの生成が完了しそうです!
システムが復旧し始めています!」
カイの悲鳴のような報告が、ミラルを現実に引き戻す。
ここで立ち止まれば、第一小隊もろとも全滅だ。
「……退却する」
ミラルは血を吐くような思いで命令を下した。
「総員、撤収!エルアド隊と合流し、総統府を脱出する!」
振り返りざま、ミラルは空っぽの部屋を睨みつけた。
その頃、総統府から遠く離れた街道を、
一台の装甲車が疾走していた。
車内には、ニトス・パゴレが
妖艶な笑みを浮かべて足を組んでいる。
「ふふ、間一髪だったわねぇ。嫌な予感がして早めに出発したのよ。
私の勘、冴えてるでしょ?」
その向かい側。
レリ・プロラは、無言で車窓の外を流れる闇を見つめていた。
遠く、総統府の方角で爆発の閃光が見える。
ミラルたちが来てくれたのだ。父と母を、
助け出してくれたと信じたい。
膝の上で握りしめた拳が、微かに震える。
もう、後戻りはできない。
守られるだけの少女は、あの部屋に置いてきた。
これからは、灼熱のエネルギー、エターナルフレイムの
担い手として、戦場の最前線に立つのだ。
「……行きましょう、ニトス」
レリは顔を上げ、ニトスを見据えた。
その碧眼は、夜の闇よりも深く、冷たく澄んでいた。
「私が、全てを終わらせる」
少女の決意を乗せて、車列は戦場へと続く道を突き進んでいった。
遂に、戦場へと駆り出されるヒロイン、その決意と覚悟は彼女に何をさせるのか?