王命か、仲間の叫びか。
揺れる戦場で、レリの炎が味方を拒み、敵をも焼かんとする。
その背に背負ったのは、王族の責務か、それとも少女の祈りか。
迫る砲撃、交錯する想い。
ミラルたちは、命を懸けてその炎の中へと飛び込む。
ギエス総統府を脱出したミラル・タギと第一小隊の面々は、
エルアド少将の手引きにより、森深くに偽装された隠れ家へと帰還した。
張り詰めていた緊張の糸が、ほんの少しだけ緩む。
しかし、ミラルにとって、それは安堵の時ではなく、
最も重い報告をなさねばならない審判の時であった。
隠れ家の奥まった一室。
豪奢な装飾こそないが、凛とした空気が漂うその部屋で、
エザワイス国王カド・プロラと王妃ビナ・プロラが待っていた。
ミラルは入室するなり、その場に片膝をつき、深く頭を垂れた。
床がきしりと音を立てる。
「ミラル・タギ大佐、ただいま帰還いたしました。……しかし」
言葉が喉に詰まる。悔恨が胸を焼き、呼吸すら困難に感じられた。
「レリ王女殿下の救出……失敗いたしました。
私の力不足により、あの方を敵地へ……」
震える声で詫びるミラル。彼女は、叱責を、あるいは軽蔑を覚悟していた。
親衛隊大佐として、最も守るべき対象を守れなかったのだから。
だが、頭上から降り注いだのは、予想に反して温かな声音だった。
「面を上げなさい、ミラル」
カド国王の声には、威厳の中に深い慈愛が滲んでいた。
ミラルがおずおずと顔を上げると、そこにはやつれた様子こそあれど、
穏やかな笑みを浮かべた国王夫妻の姿があった。
「陛下……」
「お前がどれほどの死線を潜り抜け、どれほどの傷を負いながら戦ったか、
聞いておる。お前はよくやった。誰が責められようか」
王妃ビナもまた、ミラルの手に、自身の温かな手を重ねた。
「ありがとう、ミラル。あの子のために、命を懸けてくれて。
貴女が無事で戻ってきてくれたこと、それだけでも私たちは嬉しいのです」
その温もりに、ミラルの瞳から、
涙が滲みそうになる。
この高潔な人々のために、自分は全てを捧げようと改めて誓った。
しかし、その温かな空気は、エルアド少将の提案によって一変した。
「陛下、一刻も早くここを離れるべきです。
エザワイス連合軍本隊と合流し、本国へとお送りする手はずが整っております」
その言葉に、ミラルは弾かれたように顔を上げた。
「お待ちください! レリ様はまだ敵の手にあります。
私はすぐにでも取って返し、再度救出に向かいます!」
だが、カド国王は静かに、しかし断固として首を横に振った。
「ならぬ。ミラル、お前も我らと共に本隊へ向かうのだ」
「な、なぜですか!? あの方は、まだたった十三歳の少女なのですよ!?」
思わず声を荒らげるミラルに対し、カド国王の碧眼が鋭く光った。
先ほどの父親としての顔は消え、そこにあるのは一国の王としての
峻烈な表情だった。
「レリは我が娘である以前に、エザワイスの王族だ。
王族には、その身を賭して国民と国家のために果たさねばならぬ責務がある」
「責務……? 敵の捕虜となることが、ですか?」
「運命がそれを強いるならば、それを受け入れ、
その場において為すべきを為す。
・・・それが王家の人間だ。
個人の情で国を危うくすることは許されん」
その言葉は、あまりに冷徹に響いた。
(冷たい……これが父親の言葉なのか?)
ミラルは唇を噛み締めた。反論したかった。
あの子はまだ子供で、守られるべき存在だと叫びたかった。
だが、国王の背負うものの重圧と、その瞳の奥にある隠された苦悩を察し、
ミラルは拳を握りしめて沈黙するしかなかった。
「……御意」
ミラルとエルアド、そして国王夫妻は、
エザワイス連合軍集結地点への移動を開始した。
だが、ミラルの心は、遠く離れていくギエス総統府の方角へと
釘付けになっていた。
***
一方、レリ・プロラはギエス軍の前線基地へと連行されていた。
窓の外には荒涼とした荒野が広がり、
その先にはエザワイス連合軍が布陣しているはずだ。
部屋に入ってきたのは、ギエス軍の幹部たち。
そして、通信スクリーン越しにギエス総統の冷酷な声が響く。
『レリ・プロラよ。明朝、我が軍はエザワイス連合軍と激突する。
その際、貴様には最前線に立ってもらう』
「……私が、そんなことをすると思うの?」
レリは気丈に睨み返すが、総統は嘲るように告げた。
『するさ。貴様がその灼熱のエネルギーで敵を焼き払わねば、
貴様の両親……カドとビナの命はないと思え』
レリの顔色が蒼白になる。彼女はまだ、
両親がミラルたちによって救出されたことを知らない。
(お父さん、お母さん……)
心が千切れそうだった。自分の力が、愛する人々を守るため戦う
人々を殺すために使われる。そんな悪夢のような選択。
だが、レリの瞳から光は消えなかった。
彼女の中で、一つの決意が固まっていく。
(従うふりをして、総統の隙を作る。そして……私が、終わらせる)
彼女は震える声を抑え込み、顔を上げた。
「……わかったわ。言う通りにする」
それは、自身の魂を削り取るような嘘だった。
その夜。決戦を前に静まり返る前線基地の一室に、小さな影が揺らいだ。
空間から滲み出るように現れたのは、
プログラム体の少年、クーだった。
「レリ!」
「クー!?」
鉄格子の嵌った窓辺に駆け寄るレリ。
クーは警戒網を潜り抜け、実体化のエネルギーを削ってここまで来たのだ。
「よかった、無事だったんだね。いいニュースがあるんだ。
ミラルたちが、国王夫妻を救出した! 二人はもう安全な場所にいる!」
その言葉を聞いた瞬間、レリの目から大粒の涙が溢れ出した。
張り詰めていた心が解け、膝から崩れ落ちる。
「本当……? 本当なのね……よかった……本当によかった……」
「さあ、レリ。ここから逃げよう。僕が撹乱する。その隙に……」
クーが手を取ろうとしたその時、レリは首を横に振った。
「ううん。私は行かない」
「えっ? 何を言ってるんだよ!
人質がいなくなったなら、もうあいつらの言うことを聞く必要なんて
ないじゃないか!」
レリは涙を拭い、立ち上がった。その瞳には、先ほどまでの怯えとは違う、
凄絶なまでの覚悟が宿っていた。
「総統は、エターナルフレイムを手に入れるまで止まらない。
私が逃げても、また誰かが犠牲になる。
この戦争を終わらせるには、元凶である総統を倒すしかないの」
「だ、だからって、ここで戦うなんて無茶だ! 相手は軍隊だよ!?」
「クー、お願い。力を貸して」
レリはクーの小さな両手を握りしめた。
「『防炎の法球』を使ってほしいの」
「防炎の法球? あれは防御魔法だよ。あんなもの、ギエスの攻撃には……」
「違うの。自分を守るためじゃない。総統との対決の場を、覆ってほしいの」
レリの言葉に、クーは目を見開いた。彼女の意図を計算し、
その恐ろしい結論にたどり着いたからだ。
「まさか……法球のベクトルを反転させて、
内側に向けて発動するつもりかい!? そんなことをしたら、
中で解放された熱エネルギーは行き場を失って、
乱反射して……中にいるレリまで蒸発しちゃうよ!」
防炎の法球は、外部からの熱を遮断する結界だ。
だが、それを反転させれば、内部の熱を絶対に外に逃がさない檻となる。
「外側を、守りたいの。私の炎で、エザワイスのみんなを傷つけないために。そして、総統を道連れにするために」
「だめだ! そんな命令、実行できない!
僕の使命はレリを守ることだ!」
「クー! これは命令よ! 私の意思を尊重して!」
レリの悲痛な叫びが、クーの思考回路を縛り付ける。
彼の基本プログラムには、レリの保護と同時に、
彼女の意思の尊重が最優先事項として刻まれている。
二つの命令が矛盾し、クーの体表にノイズが走った。
「くっ……うぅ……レリ、ひどいよ……そんなの……」
「ごめんね、クー。でも、お願い。約束して」
クーは泣いていた。プログラム体である彼に涙は流れないはずだが、
その表情は紛れもなく慟哭していた。
「……わかった。約束、するよ」
クーは引き裂かれる思いを抱えたまま、静かに実体化を解いた。
粒子となって空間に溶けていく彼の姿を、レリは優しく、悲しく見送った。
***
空が白み始め、運命の朝が来た。
ニトス・パゴレに腕を引かれ、レリは崖の上に立たされた。
眼下には広大な荒野。地平線を埋め尽くすように、
土煙を上げて迫りくるエザワイス軍の機甲師団が見える。
その光景を、特設された観覧席から見下ろす男がいた。
ギエス総統である。
「素晴らしい……」
彼は迫りくる敵軍の脅威など意に介していなかった。
彼の視線は、崖の上のレリだけに注がれている。
「さあ、見せてみろ。伝説の炎を。この国が滅ぼうが、
世界がどうなろうと構わん。
私はただ、あの絶対的なエネルギーを見たいのだ。
そして、それを我が物とする……それだけが私の望みだ」
その瞳にあるのは、狂気すら超えた、
純粋でどす黒い渇望だけだった。
部下の命も、国家の存亡も、彼にとっては路傍の石ころ以下の価値しかない。
エザワイス軍の先鋒が射程距離に入った。
レリは、法具である『王家の銃』を抜いた。
ずしりと重いその銃身が、朝日に冷たく輝く。
(お父さん、お母さん、ミラルさん……さようなら)
レリは銃口をエザワイス軍に向けた。
引き金が引かれる。
カッ!
銃口から放たれたのは、弾丸ではない。
圧縮された純粋な熱エネルギーの奔流だった。
轟音と共に、荒野の一部が瞬時にガラス化し、
爆炎が天を衝く。
その光景を、最前線へと急行していたミラルと第一小隊は目撃した。
「なっ……!?」
ミラルは兵員輸送車の急ブレーキを踏んだ。
視界の先、崖の上に立つ小さな人影が、味方であるはずの
エザワイス軍を焼き払っている。
戦場の映像を監視いていた、カイが叫んだ。
「大佐、あれ・・・レリ様です!!」
「レリ様!? どうして……!」
そこへ、空間からクーがふらりと現れた。
その姿はひどく希薄で、今にも消えそうだ。
「クー! これはどういうことだ!
陛下たちの救出を伝えたんじゃなかったのか!?」
ミラルが詰め寄る。クーは悲しげに首を垂れた。
「伝えたよ……でも、レリの決意は変わらなかった。
レリは、全部一人で背負って終わらせるつもりなんだ」
「終わらせる、だと……?」
その間にも、レリは次々と発砲を続けていた。
一撃ごとのエネルギーレベルは、かつて観測された数値を
遥かに上回っている。
まるで、彼女の命そのものを燃やしているかのように。
エザワイス軍本陣は大混乱に陥っていた。
「前方より高エネルギー反応! 計測不能! 防衛シールド、飽和します!」
「進軍停止! 総員、対熱防御態勢!」
得体の知れない超高熱攻撃に、歴戦の兵士たちも動揺を隠せない。
「発射ポイント特定しました! 座標アルファ・ツー・ナイン!
距離3000、崖の上です! 熱源は単体!」
報告を聞いた砲兵部隊司令官は、即座に反撃の準備に入ろうとした。
「目標座標へ砲撃準備! やられる前に叩くぞ!」
だが、カイが、驚愕の声を上げた。
「待ってください! 着弾データを解析しました
……これ、見てください!」
カイが示した戦術マップには、
レリの攻撃着弾点が赤くプロットされている。
「全ての着弾点が、我が軍の直前……有効射程のギリギリ手前です!
一発も直撃していません!」
「何だって?」
ミラルがモニターを覗き込む。確かに、凄まじい爆発は起きているが、
それはエザワイス軍の進路を塞ぐ壁のように配置されていた。
「ただの威嚇射撃? いや、それにしてはエネルギーが強大すぎる……」
ミラルは思考を巡らせる。レリは何をしようとしているのか。
ただの時間稼ぎか? だが、そんなことをしても、いずれ破綻してしまう。
クーが、消え入りそうな声で言った。
「止めてほしいんだよ。レリは……
エザワイス軍に被害が出ないように、進軍を止めようとしているんだ」
「どういう意味だ、クー! 詳しく説明しろ!」
「ごめん……もう、時間がないんだ」
クーはそれだけ言い残し、再び姿を消した。
その時、無線手であるケイが叫んだ。
「ミラル大佐! 軍司令部より全部隊へ通達!
座標アルファ・ツー・ナインへの一斉砲撃が決定されました!」
「なっ……!?」
ミラルは即座に通信機を奪い取った。
「こちら第一小隊ミラル・タギ! 作戦本部に告ぐ!
砲撃を中止せよ! その座標にいるのはレリ・プロラ王女殿下だ!
繰り返す、目標はレリ王女だ!」
ミラルの悲痛な叫びは、無線を通じて全軍に響いた。
砲兵部隊の陣地では、発射レバーに手をかけていた兵士たちが凍り付いた。
「王女殿下だって……?」
「馬鹿な、俺たちに王女を撃てと言うのか?」
動揺が広がる中、砲兵部隊司令官は蒼白な顔で
総司令部へ判断を仰いだ。
後方の安全地帯に設置された総司令部。
総司令官は、震える手で受話器を握り締め、隣に立つカド国王を見た。
「陛下……現場より報告が。目標地点にいるのは、
レリ王女であると……。砲撃を……中止しますか?」
総司令官は、攻撃の中止を進言したかった。
実の娘を撃つなど、人の親にできるはずがない。
だが、カド国王は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
その拳は、爪が食い込むほどに強く握りしめられている。
脳裏に浮かぶのは、幼い頃のレリの笑顔。
そして、先ほどミラルに告げた「王族の責務」という言葉。
そう、責務、・・・あの幼いレリ・プロラに誕生時に背負わせた責務・・・
あまりに重く、あまりにつらく、あまりに過酷な責務、
それを、あの子に背負わせた。国と、世界を救うという大義のために。
そして、いま、その責務をレリに果たさせようとしている、
国王たる自分がいる。
国王は目を開けた。その瞳は、涙で潤んでいたが、光は失われていなかった。
「……王命である」
静寂の中、王の声が響く。
「攻撃を続行せよ。あそこにいるのは敵の兵器だ。……エザワイスの未来のために、撃て」
「へ、陛下……!」
「それが……レリを救う唯一の道だ」
・・・なんと、責務の全うが・・・救済か?・・・
カドの声は震えていた。
命令は下された。
「そ、総員……砲撃準備……」
砲兵隊員たちは、涙を流しながら、あるいは唇を噛み切りながら、照準を合わせた。
「くそっ……なんでこんなことに!」
「許してください、王女様……!」
その決定を傍受したケイが、絶望的な顔でミラルを見た。
「大佐……攻撃命令が、出ました」
その瞬間、ミラルの中で何かが弾けた。
王命? 責務? そんなものは知ったことか。
ミラルはアクセルを床まで踏み込んだ。
「第一小隊、私に続け!! レリ様を救出する!!」
「了解!!」
第一小隊のメンバー全員が、同じ思いで叫んだ。
味方の砲弾が降り注ぐ死地へ。ミラルたちは、ただ一人の少女を守るために、
迷うことなく突っ込んでいった。
ただ、守りたい、悲しみを終わらせたい、その決意を灼熱のエネルギーに乗せ
放つ。そして、そのレリを救う決意を固め戦うミラルたち。二つの決意が交差するその果てにあるのは、