クールビューティーでサイエンティストな先輩は実験がしたい。   作:赤瀬 涼馬

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第一話 「二人の出会い」

 満開の桜が咲き誇っている四月。入学してから二周週間がたったある放課後。

 ひとりの男子生徒が廊下を歩ていた。あたりにはちらほらと新入部員の勧誘のポスターが張られている。

 オロオロとした様子の新入生である男子生徒がひとつの教室の前で立ち止まる。

 そう言って、ひとりの男子生徒が科学実験室と書かれた部屋の扉を開く。

  黒色の髪。薄い紅葉色の瞳。男子にしては小柄な体躯。

 

「あ、あの~~し、失礼します」

 

そして、まるで小動物を思わせるオドオドとした態度の久我優希(くがゆうき)がきょろきょろと瞳を左右に動かして、室内を見回していた。

 

「そこの君、科学実験部に何か用かい?」

 

  と、背後から声をかけられる。部屋の中を覗くことに集中していた優希はビクッと肩を上げる。

 振り返ってみると、そこには皺の目立つ白衣を着た少女が立っていた。

 背中まで伸ばした艶のある黒髪。澄んだような蒼い瞳。

 ネクタイの色が青いことから上級生であることが窺える。

 

「す、すみません。えっと、課題プリントを提出にきました」

「………そうか。ってきり入部希望者かと思ったが違ったか」

 

と言って、白衣の少女にプリントを見せる優希。だが、少女はその紙に興味を示さず、優希を素通りして部屋に入る。

 

 (っえ? それだけ――自分から話しかけてきて!?)

 

 心の中で、自問自答をしていると――。

 

「………そこの君」

「っはい!? 何ですか?」

 

 部屋の中から声をかけられた優希は、オドオドした口調で扉の前から顔を覗かせる。

「いつまでそこに突っ立っているつもりんなんだ? 今の時間は科学実験部が使っているんだが?」

 

 棘のある冷たい声でそう言われる。

 

「えっと――その――」

「はっきり話してくれ。まったく聞こえない」

 あまりの迫力に口籠る優希。それを見た少女は苛立ちを押さえるように続ける。

「だから――あの――」

「いつまでそうしているつもりなんだ」

 まるで早くしろと言わんばかりの口調にさらに緊張する優希。

 

「お、俺、一年の久我優希と言います」

「誰も君の名前に興味なんてないよ。私はただ、ずっとそこに居られるのも邪魔だと思っただけ――とっても、部員は私ひとりだけだが」

 

と、自嘲するような微笑を浮かべる。

 

「そういえば、名前を言っていなかったな。私は科学実験部部長の新見理緒(にいみりお)だ」

 

 無表情に戻った理緒が簡単に自己紹介する。

 

「ところで久我君。先生を探してるかい?」

 

 向かい合った理緒がそう訊いてくる。

 

 「はい。そうです」

 

 という理緒の問いに優希は頷いて肯定の意を示す。

 

「先生なら新入部員の勧誘に走り回っているから、しらばらくは戻らないと思うよ」

 

 と、他人事のように言う理緒が鞄から参考書を取り出す。

 

「どうして先生はそんなに必死なんですか?」

「確か、今月中に部員が二名以上にならないとこの部活が廃部になるかもしれないと言っていた気がする」

 

(………っていうか、先輩は勧誘しなくて良いのか? 本っていか、参考書なんて読んでる場合か?)

 

 そう疑問に思っていると、心を見透かしたように理緒に軽く睨まれる。

 

「私は良いんだよ。別に廃部になろうが、どうでもいいから。ただ、自分の興味のあることに没頭したいだけなんだ」

 部活がなくなるかもしれないと一大事だというのに、我関せずといった感じであった。

 

「………」

 

 仕方なく出直そうとした矢先。

 

「まったくやってられんな。ふざけんな!!」

 

 後ろから物凄い剣幕で怒鳴り声が聞こえる。

 あまりの声の大きさに優希は驚いて振り返ってみると、理緒と同じ白衣を靡かせた女性が立っていた。

 濡れ羽色の黒髪を腰まで伸ばした長髪。淡い蜜柑色の瞳。科学教諭・平塚静乃(ひらつかしずの)である。

 

「平塚先生。どうでしたか?」

 

 淡々とした口調で訊く理緒。

 

「まったくダメだ。色々な生徒に声をかけたが、どいつもこいつも〝実験室の魔女〟は御免だと言って、脱兎の如く逃げてしまったよ」

 静乃は呆れ気味に口にする。

 

「まったく困ったものだな。キミの噂も」

「私は別に気にしていません。どうせ、人間はどこか少しおかしいものですし」

 

 開き直った理緒が静乃にそう言う。そんな理緒を静乃は叱ることなく見つめていた。

 

「あの~先生」

 話がひと段落したところで、優希は静乃に声をかける。

 

「おぉ~。久我、どうしたんだ」

「えっと、課題を出しに来ました」

「ああ。そうだったな。部活の事でしっかり忘れていた」

 

 きょとんと表情を浮かべている静乃にプリントを手渡す。

 

「ところで久我」

「はい何ですか? 先生」

 

「お前、部活には入ったのか?」

「どうしてそんなこと訊くんですか?」

 

 何かを探るように執拗に訊いてくる静乃に優希は嫌な予感がした。

 

「えっと先生。つまりはどういうことでしょうか」

「久我、お前に頼みがある」

 

 静乃が顔の前でパチンと手を合わせる。

 

(………まさか! この流れは)

 

真剣な静乃の様子から何かを察した優希は身構えるように後ろに下がる。

 

「ちょっと待て。久我、話だけでも訊いてくれないか?」

 

 入口付近から出たようとした優希を静乃が逃がすまいとガシッと手首を掴む。

 

「あの~先生。手を離してもらえると」

「それはできない相談だな。悪いがせっかく見つけたチャンスを逃すなんて真似はしないさ」

 

 と言って、物凄い力で優希の手首を掴む静乃に困惑する優希。

 

「………」

 

そんなふたりのやりとりを部長である理緒は、参考書を片手にして、チラリっとみているだけだった。

「おい! 新見、お前からも何とか言ってやってくれ」

 

 そんな我関せずと言った態度の理緒に、静乃が呆れたように促す。

 

「はあ――。しかし先生。彼に入部の意思がない以上は強制することはできません」

 

 静乃の催促に対して、冷静に言い返す理緒。

 

「それは分かっているが、このままではこの部活は確実に廃部になるぞ!!」

 

 必死な形相で訴える静乃を見た理緒は、めんどくさそうなため息を漏らす。

 

「あの~すみせん。少し良いですか?」

 

 そこに割ってはいるように優希が声をかける。

 

「何だい、久我君」

「えっと、その――」

 

 もじもじとしている優希に理緒がじれったそうな声色で尋ねる。

「どうして先輩は廃部になるかもしれないのにそんなに平然としているんですか?」

 

「だって、部活がなくなってもこの部屋が使えなくなるわけではないだろ?」

「だったら、廃部になったらこの部屋は使用禁止とするしかないな」

 

「どうしてですか? 先生。今までは好きに使っていいって――」

「すまんな。新見、出来れば私も君が思うがままに使わせてあげたいのだが、他の先生から苦情が来てしまったんだ」

 

 申し訳なさそうに話す静乃。

 

「………」

「先輩」

 

 急に黙り込んだ理緒を見た優希が不安げに声をかける。

 

「久我君、悪いが科学実験部に入ってもらえないだろうか」

「先輩、さっきは部員なんていらないって」

 

「仕方がないだろ。状況が変わってしまったんだ」

 

「それでどうなんだ? 久我」

 

 理緒が参考書を片手にチラリっと視線だけを向けている中、優希は静乃から迫られていた。

 

「ちょっと待って下さい。先生」

「勿論、入部するんだよな? な? な? そうだよな?」

 

 いきなりの提案に混乱する優希に構わず、静乃がグイグイと迫る。

 

「先生。少し冷静になってください。えっと――く、彼が困惑していますよ」

「えっと、俺、まだ部活に入るとは言っていないのに、どうして助手ってことになっているんですか?」

 

「ああ、すまない。えっと、君、名前は何だっけ? 確か………く、なんだったか?」

「久我ですよ。先輩、少し前に自己紹介しましたよね?」

 

「そうだった………久我だ。すまないね。私は興味のないことは覚えられない性質|(たち)なんだ」

 

 と、悪びれもなくもなく言い放つ。

 

(それってどうなんだ。さすがにマズいないか。それとも俺の事なんで眼中にないのか?)

 

 心の中で毒づく優希。訝し気な表情を浮かべる優希を見た理緒が、椅子から立ち上がり、優雅な足取りで優希に近づき目の前に立つ。

 

「………な、何ですか?」

 

 いきなり近づいてきた理緒に警戒するように身構える優希。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫だ。別に取って食べるわけじゃないさ」

 

 感情の読めない無表情でそう言う。

 

「………あの? 先輩」

「………」

 

 声をかけても感応がない理緒に優希は不気味さを感じ、さらに一歩下がる。

 

「それより、久我。入部の件はどうするんだ?」

 

 理緒とそんなやりとりをしている間にも静乃がしつこく入部の勧誘をしてくる。

 

「ですから先生。俺は――」

 入部を断ろうとしたそのとき――。

 

「待つんだ久我。入部するというまでは絶対に帰さんぞ!」

 

 もはや脅迫に近いことを言い出しながら両肩をガシッと掴む静乃。

 

「そんなの滅茶苦茶じゃないですか?」

「こちらも形振り構ってられないんだ」

 

 と、半ば血走った瞳で優希を見る静乃。

 

(ま、まずい。このままだと――)

 

 危機感を感じた優希は何とか静乃の手をどかそうと抵抗する。

 

「先生、離して下さい。俺、科学実験部に入るつもりは」

 ブンブンと手を振りながら優希は断固として拒否をする。

 

「先生。放してあげて下さい。あまり無理に勧誘するのも良くないかと」

 

 やりとりを見ていた理緒が冷静な口調で静乃を窘める。

 

「ああ――。すまない。つい、ムキになってしまった。久我もすまなかった」

 

 しょんぼりと肩を落とす静乃を見た理緒が小さくため息を漏らす。

 

(っていうか、何で先生が悪者みたいな流れになっているんだ)

 

 理緒に叱られた静乃を見て優希は心の中でそう思う。

 

「何か、言いたそうだね」

「いえ、別に――何でもないです」

 

「本当にかい?」

「………はい」

 

またしても優希の心を読んだようなことを言い出す。

 

「もしかして本当は、どうしてお前だけ新入部員の勧誘をしていなんだ、とか思っているんじゃないのかい?」

「そ、そんなこと思っていないですよ」

 

 理緒の尋問にオドつき始める優希。それを見た理緒はジーっと瞳を細める。

 

「く、えっと――助手くん、嘘ついているだろ?」

「っえ――――?」

 

 数秒、優希の表情を観察した理緒が唐突にそんなことを言う。

 

「どうしてそう思うんですか?」

「それは科学は嘘つかないからだよ」

 

「どういう意味ですか?」

「そのまま意味さ。我々人間の行動や心理は科学的に証明することができるということだ」

 

「本当にそんなことができるんですか?」

「もちろんさ。科学は嘘をつかないからね。その証拠にプロファイリングなどではそれが証明されているだろ」

 

「プロファイリングって、犯罪者じゃないですよ? 俺は」

「だたの物の例えだよ」

 

 自信満々に言う理緒に対して、優希は半信半疑と言った様子だった。

 

「では、今から簡単な実験を行い、私がそれを証明しよう。もし、証明できなかったら、君の言うことを一つ訊く。私が証明出来たら、君には科学実験部に入ってもらうというのはどうだろうか」

「そ、そんなこといきなり言われても――そもそも先輩は部員がいらなくても良いって、さっき」

 

「確かにそうだ。だが、顧問がこんなに必死なっているのを見て、部員の私が何もしないわけにもいかないからな。それとも何だ? 女の私に負けるのが怖いのか? 勝負をする前から降参するのか?」

 

 と、煽るように理緒がサディスティックな笑みを浮かべる。

 

「………!!」

 

 好き勝手なことを言う理緒にムッとする優希。

 

「何だい? 何か言いたいことがあるのかい?」

 

 優希の表情を見た理緒は問い詰めるように訊く。

 

「………べ、別に何もないです」

 

 不満げな声色で言う優希に理緒は冷静に指摘する。

 

「二度も嘘をつくのは感心しないな」

 

 そう言って、ビシッと優希の前に人差し指を向ける。

 

「嘘………? 俺は別に嘘なんてついてないんですよ!?」

 

 焦りながら言い返す優希に、理緒は呆れたようにため息を吐く。

 

「良いかい? 後輩君。さっきも言ったが、人間の行動は心理科学や行動心理学などによって、ある程度のパターンに予測がつくんだ。つまり君が二回も私に対して、快く思っていないという気持ちは隠せていないってことだよ」

 

 と、えっへんと胸を張った理緒が自信満々に言い放つ。

 

「あの~先輩、ちょっと良いですか?」

「何だい? 助手くん」

「………いつの間に俺は助手になったんですか?」

「それはこの部屋に入った時からだ」

「そんな横暴なことがあっていいんですか?」

「………」

「どうしてそこで黙るんですか? それは認めるってことですか」

「っむ………別にそういうわけではないさ。まったく助手くんの生意気だな」

「どうして俺が怒られないといけないんですかぁぁ――――――!?」

「静かにしてくれ。助手くん」

「そんな理不尽ですよぉ~~」

「ともかく明日から活動を始めるから来てくれたまえ」

 

 そう言って、理緒はスクール鞄に参考書を仕舞い、部屋を出て行ってしまった。

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