クールビューティーでサイエンティストな先輩は実験がしたい。   作:赤瀬 涼馬

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第二話 「実験の魔女①」

 理緒から強制的に部室に来るように言われた翌朝。優希はげんなりとした気分で通学路を歩いていた。

 

 昨日の出来事を思い出すだけで、ズキズキと頭が痛む。

 はあと一人気に大きなため息を漏らす優希。ちょうど近くを歩いていたOLの人が心配そうな目で見られる。

 

「す、すみません」と一言、謝ってから足早に学校へと向かう。その途中でちらほらと朝練組と思われる高校生のグループを出くわす。

 

――――優希たちの通っている県立天野ヶ原高等学校は、県下一でもそこそもの進学校である。

 そのため、理系、文系の基礎・進学コースに分かれており、各々が好きなコースに進むことができる。

一年次時は基礎コースで理系、文系とも同じクラスで学び、二年次から選択でコースを選び、自身の適正や得意とする科目で学ぶことになる。

 そんなことを思い出していたためか、背後から忍び寄る気配に気づくことができなかった。

 

「おはよう!! 久我君」

「お、おはよう、大津さん」

 

 いきなり背後から声をかけられる。振り返ってみると、茶髪ショットヘアに淡い桜色の瞳をした少女・大津桜子がが元気いっぱいな表情を浮かべていた。

 クラス委員長を務めており、持ち前の性格でクラス内からの信頼も厚い子だ。

 そんな彼女が優希に声をかけてきたことの意図が、優希本人には全く理解できずにいた。

 しばらく固まっていると、桜子が可笑しそうに小さく笑みを零す。

 

「そんなに警戒しくてもいいよ」

「別に警戒はしていないよ」

「そう? だったらどうしてそんなにたどたどしいの?」

「そ、そんなことないよ」

「本当に~?」

「本当だよ」

 

 ムッとした様子で言い返す優希。その様子を見た桜子が安心したように目を細める。

 

「なら良かったよ」

「っえ? それってどういう意味なの」

「別に深い意味はないんだ。ほら、久我君………昨日〝実験室の魔女〟に掴まっていたんでしょ? だから少し心配になちゃって声をかけたの」

「別に掴まったというか、ただ、課題プリントを提出しに行っただけだから」

「そうなの? 本当にそれだけ」

「そうだよ。って言いたいところだけれど、実は今日の放課後に科学実験室に来るように言われているんだ」

「っえ? どうして!?」

「科学実験部の新見先輩につかまちゃって、そのまま科学実験部に入ることになったんだ」

「そうなの? それって無理やり入れられたってこと?」

「う~ん、何って言うか………なし崩し的な感じで」

「大丈夫なの? それ、良ければあたしから先輩に言うよ」

「だ、大丈夫だから。大津さん」

「本当に~!? まあ、久我君が良いならあたしは何も言わないけれど………気を付けてね。あの先輩(ひと)、マジで変人らしいから」

「変人………?」

「そう、あたしも最近、部活の先輩から訊いたんだけれど。新見先輩って授業以外はずっと科学実験室にいるんだって」

「だから実験室の魔女って呼ばれているの?」

「それもあるけれどとくにかく研究オタクらしくて、自分の興味が沸いたことになると寝食を忘れるほど没頭するらしいよ」

 

 と言う、桜子の話を優希は合点がいったという風に訊いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 放課後後。科学実験室に来た優希を理緒と顧問である静乃が待っていた。

 

「お疲れさん。久我、よく来てくれた」

「どうして先生がいるんですか?」

「当然だろ? 私も科学実験部の顧問だからだ」

「そうですか。もしかして、俺が逃げ出さないかを見張りに来たと思いました」

「そんなするわけないだろ。私がそんなことしなくとも君はこの部に入ると信じているさ」

「どうしてそう思うんですか?」

「教師の勘というやつだ」

 

「よし、それでは実験を始めようか」

 

 静乃が興奮気味に見守る中、自信満々な様子で宣言する理緒。

 

「実験ですか………? 一体、何をするんですか? あまり俺、理系科目は得意じゃなくて」

 

「そんなに心配しなくても良いよ。これからやるとはとても簡単な実験だ。助手くん手を貸してくれるかい」

「………手ですか?」

「そうだ。早くしてくれ」

「わ、分かりました」

 

 言われるがままに従う優希。すると理緒が自分の手を優希の手に絡める。

 

「せ、先輩………これって、あの――」

「どうしたんだい? そんなにそわそわして、ただ手を繋いでいるだけじゃないか」

 

「いいえ、先輩。これは〝恋人繋ぎ〟ですよ!! 所謂、付き合っている男女がする行為なんですよ?」

「そうだが何か問題かい?」

「問題だらけですよ。 俺たち、昨日会ったばかりなんですよ? いくら何でも破廉恥過ぎませんか?」

「そんなことはないさ。ただ手を繋いでいるだけじゃないか。大人だって子供にするだろ、それと同じだよ」

 

(つまり俺は子供っぽいってことのか?)

 

 と、心の中で文句を言う優希。だが、実際に面と向かって言う度胸もないため、寸前のところで何とか不満の言葉を飲み込む。

 

 

「あの~これってまだするんですか」

「当たり前だ。まだ科学で人間の行動や心理が予測されるということを助手くんに証明できていないからな」

 

 やる気満々な様子の理緒。対して、優希はすでに満身創痍な状態であった。そんな優希を見た理緒が、諭すように降伏勧告をする。

 

「降参する気になったのかい? 助手くん」

「………まだです。まだ俺は認めません!」

 

「良いぞ! 新見、もっと頑張れ‼」

 いつの間にか、教壇の上の机に腰かけていた静乃が楽し気にそう言う。

 

(何やっているんだ? あの人は。もとあと言えば、あの人が強引に勧誘なんかしてきたのが始まりなのに――⁉)

 心の中で静乃に対する恨み言を口にする優希。

 

「おい! いつまでボーっとしているつもりだい?」

 ジト目をした理緒が恨めし気にそう優希に声をかける。

 

「す、すみません。少し考え事をしてました」

「もしかしてエッチなことかい?」

 

「何を言ってるんですか? 平塚先生だっているんですよ? そんなこと考えるわけないじゃないですか?」

「それはすまない。つい、君の視線が私の胸を捉えていたのような気がしてね。しかしこんなものがそんなに良い物なのか? これは――私にとってはただの脂肪の塊で邪魔なだけだ」

 

 くいっと白衣の上から胸を胸を持ち上げながら言う理緒。

 

「っ~~………!」

「どしたんだい? 急に黙り込んだりして まさか本当に」

 

「………ち、違います」

「一瞬、間があったような気がしたが」

 

「き、気のせいです!」

 

 早口で捲し立てる優希。怪訝そうな表情を浮かべた理緒だが、すぐに切り替えて優希に話しかける。

 

「ところで後輩くんは、ダットンとアロンの実験は知っているかい」

「はい、知っています。吊り橋効果のことですよね。確か恋異性への恋愛効果を図るときに行われたものだって聞いたことあります」

 

「そうだ。正確には吊り橋理論と言い、1974年にカナダの心理学者であるダットンとアロンによって提唱されたものだ」

 

「それがどうしたんですか? 今回の実験といったい何の関係があるんですか。そもそもこの部屋に吊り橋をかけることもできませんよ」

「そんなことは分かっているさ。だからそれに似た状況を作り出せばいいだよ」

 

 と、言った理緒が、白衣の上からも分かる大きさを誇る双丘をムギュッと形を変えて優希の顔に押し付ける。

 

「せ、先輩⁉ 何するんですか? っていうか、えっと――吊り橋効果ってこんなやつでしたっけ」

「厳密にいえば違うが、あの実験の検証結果は、〝人は興奮していると異性が魅力的に見える〟というものだ。つまり、助手くんが私にドキドキするような行動をすれば良いと言うわけだよ」

 

 と、何故か自信に満ち溢れた声で言う理緒。

 

「どうだ助手くん。ドキドキしたか?」 

 理緒が確かめるように優希の顔を覗き込む。

 

「っせ、先輩――顔が近いです」

 慌てて身体を離そうとした優希だが、理緒がギュッと背中をホールドする。澄んだような蒼い瞳が優希の瞳を捉える。

 

「大人しく科学の力で証明できたと認めるかい? そうすれば放してあげよう」

「………」

 

「沈黙は肯定ってことで良いのかい?」

「はい、俺が悪かったです。すみません」

 

「分かってくれればそれでいいんだ。それじゃあ約束通り、正式に加入ということでいいかい? 助手くん」

「分かりました。先輩」

 

「ああ。そうそう、入部届は平塚先生から貰ってくれ」

 

 と、だけ言い残して、理緒はどこかに行ってしまった。

 

「先生。入部届を下さい」

「何枚でもやるぞ! 好きなだけ持って行け」

 

 と、偉くご機嫌な様子な静乃。

 

(ハア――。ついていないな。こんなことになるなんて)

 

 自分の不運さに愚痴を零していると――。

 

「そんな顔をするな。久我、新見だって噂ほど悪い奴じゃないぞ」

 

 静乃がその場にいない理緒のことをフォローする。

 

「これからどうなるんだろう、俺」

 

 一抹の不安を抱えた優希は理緒が出ていた後を不安げに見つめていたのだった。

 

「………助手くん絶対に逃がさないよ。これは私にとってチャンスなんだ、今度こそ私の実験を完成さえるための、ね」

 

 一方、その話を廊下で訊いていた理緒は静かに決意をする。

 

 

 

 

 

 

 「おい! 助手くん。違うじゃないか」

 

 優希が正式に部活に入部した翌日。放課後の科学実験部に理緒の厳しい声が響いていた。

 

「えっとなにがですか? 先輩」

「それだよ」

 

 と言って、白衣に両手を突っ込んだ状態で冷たく睨むような視線を向けられる。

 

「どうしてこんなものが必要なんだと訊いているんだ。こんなの実験に必要ないじゃないか」

 

 と言って、机に置いてあるものを指さす。それは優希が手に持っていた実験道具であった。

 それは化学実験などに使われるガスバーナと呼ばれる実験道具である。

 

「だって、この部活って〝科学実験部〟ですよね」

「それがどうしたんだい」

「この部活って今までそれらしい活動実績がないじゃないですか」

「そんなことはないさ。部長である私の興味や関心を持ったことを科学的に検証・実験をすることが我が部活の存在意義だよ」

 

 そう言って、えっへんと胸を張る理緒。

 

「それじゃあ訊きますけれど、今まで、どんなことをしてきたんですか?」

「えっとそれは………」

 

 と、優希が訊くと、先ほどまでの強気な態度から一転して、珍しくオドオドした雰囲気になった。

 

 

「もしかして、先輩―――」

「いや、待ってくれ助手くん。別にサボっていたわけじゃないんだ」

「じゃあ、どんな活動をしたんですか? 実験内容を記録したレポートとかありますよね?」

 

 捲し立てるように言い放つ優希に、理緒はムッとしながらも何とか答えを絞り出そうとする。

 

「………先輩」

「な、なんだい」

 

 優希が呆れたように小さくため息を漏らす。

 

「もしかして、幻滅したかい、こんな私に――あんな啖呵を切っておいて」

「いいえ。別に幻滅なんてしません。それに俺は部員ですから、部長である先輩に付き合うだけですよ」

 

 にっこりと柔らかい笑みを浮かべる優希を見た、理緒が安心したように小さく息を吐く。

 

「それで先輩。本当にこれからしっかりと活動しますよね? このままだと生徒会の方から何か言われかねませんよ」

 

 真剣な声色で優希がそう言う。

 

「確かに助手くんの言う通りだ。このままでは、顧問である平塚先生に迷惑をかけてしまう」

 

 眉根をハの字に寄せた理緒が険しい声で答える。

 

「助手くんのくせに、生意気だぞ」

「だったら、言われないようにしてください」

 

 優希の反論にぷくっと頬を膨らませる理緒。

 

――――と、同時にガチャッりと乱暴に部室の前扉が開かれる。

 

「調子はどうかね。二人とも」

 

 顧問である静乃が上機嫌な様子で中に入ってくる。

 

「先生、この部活って普段、どんなことしているんですか?」

 

 理緒が黙り込んでしまったため、代わりに顧問である静乃に訊く優希。

 

「うーん」

 

 だが、静乃は困ったように唸り声を上げる。

 

「えっと………先生!?」

「………」

「あの~~平塚先生」

「………」

 

 優希の問いかけに答えることなく、腕を組んで黙っている静乃。

 

(もしかして、ホントになにもしていないのか)

 

 心の中で、不安がっている優希を見た、静乃がやわらく微笑む。

 

「心配するな。久我、新見もまったく活動をしてないわけではないぞ」

 

 後ろ手で髪をわしゃわしゃと、搔きながら話す静乃。

 

(それってつまり、たいして活動していないってことじゃ――)

 

 優希は心の中で、そんなことを考えながら静乃の様子を見る。

 

「それで先輩、これからどうするんですか?」

「それはどういう意味だい、助手くん」

 

 優希の質問を理解できないといった感じで、きょとんとした表情を浮かべる理緒。

 

「何でもいいから活動をしないといけないと思うんですよ、俺」

「ならもし、助手くんさえよければ一つ付き合ってほしい実験があるんだ」

「何ですか? その実験っていうのは」

 

 理緒の言葉に少しだけ、身構えながら話を訊く優希。

 

「そんなに警戒することない。ただの簡単な実験さ」

 

 そう言って、無表情で呟く理緒。それから優雅な足取りでゆっくりと優希の方に歩いてくる。

 

「えっと、先輩」

「助手くん。少しだけ動かないでくれ」

 

 怪訝そうな表情をした優希に、理緒がそう言って動きを止める。

 

 

――――ピタっ。

 

 いきなり、優希の二の腕に理緒の柔らかい双丘が押し当てられる。

 

「~~~------っ!! 先輩、いきなり何をするんですか!?」

 

 と、突如、自分の胸を押し当ててきた理緒に優希が抗議の声を上げる。

 

 

「何をそんなに驚いているんだ。これも立派な実験だよ」

 

「どう意味ですか? それ。っていうか、これって前回もやりましたよね」

「ああそうだ。これはその続きと思ってもらえばいい」

「………続きですか」

「この前は、助手くんの入部を賭けた実験だったが、今回はまた違う目的がある」

「というと………?」

 

 理緒の真剣な表情に優希が警戒するように表情を強張らせる。

 

「そんなに警戒することはないぞ。久我」

 

 話を訊いていた静乃がフォローするように優希に話しかける。

 

「ところで新見。その実験の内容とやらはもう決まっているのか」

「はい。助手くんには前々からやりたいと思っていた実験に付き合ってもらいます」

「そうか。なら良いが―――あまり過激なことはするなよ。これ以上、君の悪い評判が広まるのは顧問としては心苦しいからな」

 

 念を押すように話す静乃に理緒は力強く頷き、「出来るだけ迷惑をかけないように心がけます」と宣言するのだった。

 

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