クールビューティーでサイエンティストな先輩は実験がしたい。 作:赤瀬 涼馬
放課後。いつものように実験室に来た優希に理緒は慣れた口調で話しかける。
「では、助手くん実験を始めようか」
「………分かりました」
「………? どうしたんだ。何だか乗り気ではないように見るが」
「い、いえ,そんなことないです」
「そうかなら良かった。てっきり、私は――」
「そ、それより今度はどんな実験をするんですか?」
と、優希が話を変えるために理緒に話題を振る。
「ああ。それなんだが――」
理緒が説明をしようと口を開くと同時に――。静乃が慌てて間に入ってきた。
「すまない新見、これを渡すのを忘れていた」
「何でしょうか? 先生」
「おいおい、なにを言っているんだ!? お前は」
きょとんとした表情で訊き返す理緒に呆れたように肩を竦める。
「せっかく久我が入部してくれて、部を存続させるための条件も満たした――と、なると〝使えるもの〟があるじゃないか」
そう言って、どこか嬉し気な口調で話す静乃。
(それってもしかして――)
「………」
「あの、先輩」
依然として、黙って考え込んでいる理緒に優希が不安げに声をかける。
「そろそろ答えを言っても良いか? 新見」
「はい。どうぞ」
「正解は、〝部費〟だよ」
「………部費、ですか」
痺れを切らした静乃が答えを口にし、それを聞いた理緒は、オウム返しに訊き返す。
「あの、先生はその部費を使って、俺たちに部に相応しい活動をしろってことをことですか?」
「もちろんそれもあるが――」
言葉を区切った静乃が嬉し気に理緒を見つめる。
「何ですか? 私の顔に何かついていますか? 平塚先生」
静乃に見つめられた理緒は、訳が分からないと言ったふうに、小さく首を傾げる。
「いや、私は、嬉しんだよ。やっと新見にも後輩ができたことがね」
「平塚先生、大袈裟ですよ」
「………」
二人のやりとりを見た優希は複雑な気持ちになる。
「どうしたんだい助手くん、ボーっとして」
「いえ、何でもないです」
「なら良いが、それより助手くん。これから私の実験に付き合ってくれ」
「………い、今からですか」
「当たり前だ。科学実験部の活動実績が必要だといったのは助手くんだぞ?」
と、言われて、しどろもどろになる優希。
「そうと決まればこれを使いたまえ。ほら、新見」
そう言って、静乃が理緒に一通の長方形の茶封筒を手渡す。
「………そこまでいうなら貰います」
渋々と言った風に理緒が、静乃から渡された茶封筒を開ける。中身を見た理緒が驚いたように目を見開いた。
「あの平塚先生………」
「どうしたんだ? 新見」
「いえ、あの、部費ってこれくらいの金額が平均なんですか?」
「何だ、少ないのか」
「いえ、これでは小学生のお小遣い程度かと、それでいったい何をしろと?」
「それを考えるのがキミの仕事だろう? 違うか」
優しい口調で諭すように理緒に声をかける静乃。
(そんなに部費が少ないのかなぁ。そもそもこの部活ってそんなに部費って必要なのか)
不満げな表情を浮かべている理緒の横顔を眺めながら、優希が独り言ちる。
「ほら、助手くんも見てくれ」
「は、はい」
不満気な理緒の気迫に根負けして渋々、といった感じに優希は中身を確認すると、そこには、その生涯を女性の地位向上と女子教育尽力の為に捧げた教育家・津田梅子が悠然と居座っていた。
「………」
「どうだい助手くん。こんな少ない金額で、いったい、どんな実験ができるというんだい?」
不服と言わんばかりに鼻息を荒く捲し立てる理緒。
「落ち着いて下さい。先輩、ひとまず、もらえただけでも良かったじゃないですか」
と言って、興奮している理緒を宥める優希。その様子を微笑ましそうに眺めていた静乃が、静かに口を開く。
「せっかくもらえたんだ。君の好きなように使えばいいじゃないか」
「………ちょ、平塚先生!!」
「どうしんだ? 久我」
「どうしたんだ、じゃないですよ。そんなことして後で生徒会にバレたらどうするんですか?」
「そんな心配することはないさ。これはあくまで、部活動として行うんだからな」
「ならいいですけれど」
静乃の言葉を安心した優希は、小さくため気を漏らす。その様子を見ていた静乃は快活に微笑み、理緒は何かを考える仕草をしていた。
ちらりと理緒の様子を見た優希は一抹の不安を感じながら見守っていると、ふと何かを閃いたように理緒がハッとした表情を浮かべる。
「あの、先輩」
「何だい? 助手くん」
「いったい、何を閃いたんですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「いえ、ただ何となくです」
「そんなに怯えなくても大丈夫だ。助手くん」
「なんだ、新見。何か名案でも思い付いたのか?」
二人のやりとりを見ていた静乃が面白そうに理緒に尋ねる。
「いえ、少し実験をしたいと思っただけです」
「ほお~。どんな実験なんだ?」
理緒の言葉に興味を持った静乃が、興味深そうに瞳を細める。
「簡単な実験ですよ。ただ、助手くんを使った簡単な実験をするだけです」
「久我を使った実験か――と言うと、この前みたいな科学の力を証明するみたいな感じでするのか?」
「まあ、そんな感じです」
静乃の言葉に静かに頷いた後、くるりと優希に視線を向けてこう言い放つ。
「それでは助手くん。買い物に行こう」
「っえ? 今からですか」
「そうだ。何か問題あるかい?」
「一体、何を買うんですか?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
と言って、唐突に買い物をすることになり、戸惑いつつも付き添うことなる優希であった。
理緒に連れ出された優希は、駅前にあるデパートの中にある化粧品コーナーに来ていた。
「着いたぞ。助手くん、ここが私たちの目的地だ」
「っえ? ここで買うんですか?」
「そうだが何か問題があるのかい」
「お、男の俺が入っても大丈夫ですか? この場所って」
「問題ないさ。見たまえ、周りにも男女で来ているだろ?」
そう言って、気後れしている優希に対して、理緒はお構いなしと言ったふうにずんずんと先に中に入っていく。
(………って言っても、あの人たちはカップルで来ているからだし、俺と先輩は付き合ってるわけではなから、何となく入りづりいなぁ)
心の中で葛藤していると、理緒が訝し気な表情を浮かべて優希に入ってくるように促す。
「おい、助手くん! 何をボーっとしているんだ」
「す、すみません。今、行きます」
「まったくしっかりしてくれ」
「あはは―――すみません」
その様子を見ていたカップルや店員たちから、〝初々しいね。学生カップルかな〟などと言われる優希と理緒。その声に優希は恥ずかしさから顔を赤くする。
しかし、理緒はまったく動じずに淡々と目的の物を探していた。
「あの~先輩~いったい、何を買うつもりですか?」
「それはこれだよ」
と言って、理緒はドヤ顔である商品を手に取って優希に見せる。
「それって………」
「何だい? 何かおかしいのかい?」
「全然、そんなことないです」
理緒が優希に見せたもの―-正体はマネキュアだった。
「あの~先輩、どうしてそんなものが必要なんですか? もしかしてオシャレに目覚めたとか………」
「助手くん、意外と失礼なこと言うんだな。私だってこれでも女だ、少しくらいそういったことにも興味はあるさ」
「………そうですか。でも、それは部活とは関係ないでしょう?」
「助手くん。私がいつ、関係ないと言ったんだ? これも立派な実験さ」
そう言って、えっへんと自信満々に胸を張る理緒。
「その実験ってまさか………」
「そうだ。私の長年の疑問である〝なぜ人は恋をするのか〟についてだ」
「それってこの部活でやる必要ってありますか?」
「いまさら何を言ってるんだい。助手くんが活動しろっと言ったんじゃないか!」
「それは部活動としてであって、個人的興味で活動するわけではありませんし………」
「問題はないさ。顧問の平塚先生にも許可は取ってある。これで堂々と実験ができるぞ」
と言って、理緒が静かに微笑む。その言葉を訊いて僅かに表情を引き攣らせる優希。
「ところで助手くん」
「何ですか? 先輩」
「この紅いマネキュアとこっちの蒼いマネキュアどっちがいいと思う」
(っていうか、どこから取ってきたんだ?)
いつの間にか、手に持っていたマネキュアの小瓶を優希の顔の前に見える理緒。
「どうして買わないとダメですか?」
「当たり前だ。これがないと実験ができないじゃないか」
「別にこれじゃなくても良いんじゃないですか?」
「何だい、助手くんは反対なのか?」
「い、いえ、そういうわけじゃないですが」
「じゃあどういう意味なんだい?」
問い詰めるようにグイっと顔を近づけてきた理緒に、優希はおろおろとする。
しかし、そんな優希に構うことなくさらに理緒はグイグイと顔を近づける。
「………せ、先輩」
「どうしたんだい、そんなにもじもじとして」
さらに一歩、理緒が優希との距離を詰める。
「ちょ、ちょっと先輩、ち、近いですって」
「………? 近いことの何が問題なんだ、物が小さいのだからしっかり近づいて見ないとダメだろ?」
と言って、理緒がむぎゅっと自身の胸を優希の二の腕に密着させて迫ってくる。
「ちょっと………先輩!!」
「だからどうしたんだ? さっきから様子がおかしいぞ。助手くん。どこか具合でも悪いのかい?」
「べ、別にそんなことないです」
「本当にかい~?」
「ほ、本当です」
優希の答えに訝しんだ理緒がムッとした声色で尋ねる。と、同時に、その様子を眺めていた若い女性店員が穏やかな笑みを浮かべて理緒たちに話しかけてきた。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
「いえ、ちょっと実験に使うマネキュアを探しているだけです」
「じ、実験………ですか?」
理緒の言葉を訊いた女性店員は一瞬、表情を引き攣らせたが、すぐに元のスマイルに戻る。
「へえ~そ、その実験っていうのは彼氏さんとのデートのことですか?」
「デート………?」
「はい。違うんですか?」
隣にいる優希をちらりと見た店員がにこやかな笑みを浮かべてそう言う。
「よろしければ、彼女さんの爪に塗ってみて彼氏さんに決めてもらうのはどうですか?」
そう言うが早いか店員がいつくかのサンプルを持ってくる。
「これとかどうですか~?」
女性店員が手に持っている淡い蒼い色、濃い赤色、その他の色のマネキュアを掌に載せて見せてくる。
「うーん。助手くんはどれが良いと思う?」
「っえ? 俺ですか!?」
「そうだ。私はこういうのはよく分からないから決めてくれ」
「………」
「どうしたんだい?」
「やっぱり決めないとダメですか?」
「当たり前だ。そのためについてきてもらったんだ」
「はぁ―――分かりましたよ」
「よろしく頼むよ、助手くん」
と言って、いつくかの小瓶を手の平に載せた理緒が、ずっと押し付けるように優希に手渡す。
それに視線を落とした優希が小さく溜息を漏らしながら粛々と選ぶのであった。
それから数十分後。優希と理緒はデパートの帰り道を歩いていた。
「ありがとう助手くん。これでいい実験ができそうだ」
「それは良かったです」
「………助手くん」
「何ですか? 先輩」
「選んでくれたマニキュアだが、似合っているだろうか」
「珍しいですね。そんなこと訊くなんて本当にオシャレにでも目覚めたんですか」
「いや、そういうわけではないが―――せっかく助手くんが選んでくれたから、評価を聞いて見たくなったんだ」
爪に塗ったマネキュアをヒラヒラと動かしながら訊いてくる理緒。沈みゆく夕日を背に歩く姿がどこか儚げで、美しく思えてしまった優希。
初めてみる理緒の女の子らしい一面にドキッとした優希は、上手く言葉を口にすることができずにいた。