クールビューティーでサイエンティストな先輩は実験がしたい。 作:赤瀬 涼馬
理緒と買い物に行った次の日。優希は教室で桜子から話しかけられていた。
「おはよう!! 久我君」
「おはよう、大津さん」
「ねえ、久我君」
「どうしたの? 大津さん」
「あのね。私、昨日、見ちゃったんだよね。久我君が新見先輩とデパートに入っていくところ」
「そうなんだ」
「もしかして二人は付き合っているの?」
「そういうわけじゃなくて、部活で必要な物を買いに行っただけだよ。俺は先輩に言われて一緒に行っただけだから」
「そうなんだ。ならよかった」
「ねえ、久我君。前に私が話したこと覚えてる?」
「えっと、先輩が実験室の魔女って呼ばれていることだよね」
「そうだよ」
「でも、先輩は噂ほどひどい人じゃないよ」
「どうして久我君はあの先輩
「それは………」
「もしかして脅されているとか?」
「そんなことはないよ。先輩はそんなことするような人はじゃないし」
「だったらどうして久我君は科学実験部に入ったの?」
「………」
「分かった。今度、私も部活見ても良いかな?」
「っえ? 大津さんが」
「そう。久我君が辞めたくなくなるほど夢中になるのが気になるから」
「分かった。また、先輩に訊いてみるね」
「………」
優希の言葉に桜子は無言の肯定を示すだめであった。
「さあ、実験を始めようか」
買い物をした次の日の放課後。いつものように科学実験部に理緒と共にいる優希。
「………」
「どうしたんだい? 助手くん」
「いいえ、別になんでもありませんよ」
わざとらしくめんどくさそうな口調で言う優希。それを見た理緒が無表情のまま見つめてくる。
「………助手くん」
と、すぅと目を細めた理緒が冷めた声で優希の名前を呼ぶ。
「な、何ですか? 先輩」
初めて出会った時の冷たい雰囲気を纏った理緒にオロオロと慌てる優希。
「………」
「あの先輩………?」
「何だい? 助手くん」
「あの怒ってますか?」
「どうしてそう思うだい?」
「えっと、何と言うか――、勘っていうか」
「勘………か、君も科学実験部に入ったからには、もっと理論的かつ科学的な根拠を示してくれ」
「えっと、その、あの」
「何だい? 言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」
凍てつくような声でそう言う理緒。
――――ガタンっと。
「調子はどうかね? 二人とも」
重々しい雰囲気を破るように静乃がご機嫌な様子で中に入ってくる。
「何だ? どうかしたのか? 二人とも」
二人の間に流れる、気まずい空気を感じた取った静乃が優しい口調で尋ねる。
「………」
「………えっと」
「どうしたんだ? 久我」
「別に何でもですよ」
「おい! 助手くん」
「は、はい!!」
不機嫌な様子の理緒の声色が室内に響き渡る。その様子を見た静乃が、心配したような視線を向ける。
「あ――なんだ。私は用事を思い出したからそろそろ行くとするよ。くれぐれも喧嘩などはしないように、な」
そう言って、足早に教室を出行ってしまった静乃。その後を呆然とした様子で眺めていた優希。
「おい、助手くん。いつまでボーっとしているつもりだい?」
「す、すみません。先輩」
「まあいいさ。そんなことよりも実験を始めよう」
と言って、理緒は自分のスクールバックから日達の小瓶を取り出す。
「それってまさか。昨日買った………」
「そうだ。これを使って実験をしようと思う」
スクールバックから取りだした小瓶――マネキュアの入った瓶を優希の顔の前に見せつけるようにする理緒。
「………わ、分かりました」
「分かってくれたならいいんだ」
やる気満々な理緒に対して、憂鬱な気分の優希。
「まずはこれをつけてくれ」
「……? つけるってどういう意味ですか」
「そのままの意味だよ。助手くんが私の爪にこれを塗ってくれって言っているんだ」
不思議がっている優希に理緒が無表情で呟く。
「ちょっと待ってくれ。これを付けるのを忘れていたようだ」
「何ですか? それ」
「ああ――。これは心拍数を測定するための機器だよ。これを手首に付けて、これから行う実験によって心拍数の上昇や体温の変化などを測定する」
「それをしてどうするんですか?」
「簡単さ。私が助手くんに触れられることによって〝異性として意識するのか?〟を実験・検証するんだよ」
と、淡々とした口調で話す理緒の手がピタリと止まる。
「………助手くん。やっぱり悪いが私の手首につけてくれないか」
「それくらい自分でくれてくださいよ」
「何を言っているんだ。これも立派な実験の一つなんだよ」
と言って、右手の側の白衣を少し捲った理緒が、優希に腕を伸ばしてくる。
「えっと先輩………」
「………? 何をしているんだ、助手くん。早く付けてくれ」
「………はい。分かりました」
少しだけ緊張した様子の優希が、めくられた手首を丁寧な手つきで掴み、腕時計型の測定機器を装着する。
「出来ましたよ。先輩、これでいいですか?」
「ああ。ありがとう」
「それで次はどうするんですか?」
「うん。次はこれを使おうと思う」
白衣のポケットから取り出した理緒がマネキュアを開封して、優希に手渡す。
「さっそくだが、このマネキュアを私の爪に塗ってくれ」
「どうしても俺じゃないとダメですか?」
「当たり前だろ? 私が自分でやったら実験にならないじゃないか」
「うぅ~確かにそうですけど………」
「さあ早く塗ってくれ」
「分かりましたよ」
緊張したようすの優希と対して、平然とした様子で右手を差し出す理緒。
「それじゃあいきます」
「ああ、よろしく頼む」
理緒の指先に持ち上げて支えながら、親指からマネキュアを塗り始める優希。
「助手くん………緊張しているのか」
「それはしますよ。実験とはいえ女性の爪にマネキュアを塗っているんですから。俺、こんなことしたの初めてです」
緊張した面持ちでそう言う優希を理緒はなく食わぬ顔で見つめる。
それからしばらくして右手のマネキュアを塗り終わった優希が小さく溜息を漏らす。
「はあ――。お、終わりました」
「ありがとう助手くん」
「ど、どうですか? 数値に変化とかありましたか?」
「いや、特に変化は見られなかったよ」
「そ、そうですか」
「とりあえず左手も頼むよ」
「まだやるんですか」
「当たり前だ。まだ実験は終わっていないよ」
理緒の言葉に残念そうな表情を浮かべる。その顔を見た理緒が静かに考え込む。
「………先輩!? どうしたんですか」
「………いや、少し考え事をしたんだけだ。すまないが少しだけ静かにしてくれないか」
そう言った理緒が見つめ合った状態のままつぶつぶと小声で独り言を呟く。
それから数分後。結論が出たらしい理緒がまっすぐに優希の顔を見つめる。
「助手くん。すまないがもう少し実験に付き合ってくれないか」
何を閃いた様子の理緒が好奇心の満ちた声色でそう言う。
「わ、分かりましたよ」
「よし、それじゃあ実験の続きを始めようか」
「えっと、それで先輩」
「何だい? 助手くん」
「あの――実験の続きって何をするんですか?」
「それはもちろんマネキュアを塗る実験の続きだよ」
「まだ続くんですか? その実験」
「当たり前だろ? まだ実験結果が出ていないんだから、私が納得する結果が出るまでは付き合ってもらうよ」
「そ、そうですか………分かりました」
理緒の宣言に優希は、どこか諦めたような声色で返事をする。そんな優希を見た理緒がはあと小さく溜息を漏らす。
「………助手くん」
「何ですか?」
呼ばれた優希が理緒に視線を向けると―――――。目の前の座った理緒が、椅子に右足を抱き抱えるように置いて、白地の靴下を脱ごうとしていた。
「な、何しているんですか? 先輩」
「何って実験の準備だよ」
「どんな準備ですかっ!?」
「見た通りさ。足の爪にもマネキュアを塗ってもらおうと思ってね」
「………っ!?」
「何をそんなに慌てているんだ」
オドオドと視線を彷徨わせる優希に対して、冷静な態度を取る理緒。はだけたスカートの合間から色白の太ももが見え隠れする。
「………あの、せ、先輩」
「すまない。助手くん、もう少しだけ待ってくれ」
「ち、ちょ、………先輩!!」
「何だい?助手くん 少し待ってくれって言っているだろ」
右足の靴下を脱ぎ終わった理緒が、少し苛立った口調で左足の靴下を脱ごうとしているところだった。その様子を優希は黙って見守ることしかできずにいた。
「………」
理緒の棘のある口調に優希がびくりと肩を揺らし、食い入るように理緒に視線を向ける。
そんな優希に構うことなく理緒は、左足の靴下を脱ぎ、床下に落とす。
「せ、先輩」
「声を荒げてすまなかったね。お待たせ助手くん」
椅子に座ったまま両足とも素足になった理緒がくるりと優希の方に身体を向ける。透き通るような白い肌を目の当たりにした優希は慌てて、視線を逸らす。
そんな優希の態度に理緒は興味深そうに片眉を上げる。
「どうしたんだい? 助手くん」
「べ、別に何でもないです。気にしないで下さい」
「本当にかい? 私には慌てているように見えるが?」
「そんなことないですって」
「なら、これは実験をしないといけないな」
右足だけ椅子に載せて、顔に引き付けるようなポーズをとった理緒が好奇心旺盛な表情でそう言う。
「じ、実験って………まさか」
「そうだ、助手くんの想像している通りだよ。君が本当に今の私の姿に興奮していないかの確認するのさ」
「どうしてそんなことするんですか?」
「言っただろ。これは実験なんだよ。それか素直に認めればそれで良しとしよう。どうすんだい? 助手くん」
「………」
「沈黙は肯定ってことかい? 反論がないならこのまま実験を続けるぞ」
お馴染みの理緒の言葉に優希は何かしら反論しようと声を出そうとするが上手い言葉が見つからない。
「す、すみませんでした」
「それは何に対しての謝罪なんだい」
「先輩の素足を見てしまってドキッとしてしまったことです」
「………そうか。助手くんはこういうのが好みなのか」
「ち、違います。誤解なんです。普段は先輩のあんな姿を見ることがなかったから」
「つまり、今の私の姿に興奮したということか」
「興奮じゃなくてドキッとしたんです」
「何が違うんだい? 同じことじゃないか」
「ぜんぜん違いますからっ!!」
声を荒げた優希を見た理緒が珍しそうに目を見開き、面白そうな声色で言い返す。
「何だか意外だな。助手くんもそんな風に怒ることがあるのか」
「そんなことより早く実験の続きをしましょう」
「分かった。なら、さっそく頼むよ」
そう言って、右足を差し出す理緒に優希は少しだけ顔を赤らめながら、目の前の机の上にマネキュアの小瓶を手に取る。
理緒の透き通った白い肌をちらりと横目で見た優希が消え入りそうな声で理緒に声をかける。
「それじゃあ、塗っていきますよ。先輩」
「ああ。よろしく頼むよ、助手くん」
恥ずかしさからか、耳まで真っ赤になった優希を面白そうに見下ろす理緒。
慎重な手つきで理緒の踝を両手で少し持ち上げる優希。ぱっとした手つきで親指の爪から順番に塗っていく。
傍から見たら、お嬢様にかしずく執事のような構図に見える。その一瞬、優希の手の動きが止まる。
「助手くん。手が止まっているぞ」
「す、すみません………っ!!」
理緒の声に顔を上げようとした優希が慌てて頭を下げる。右足を上げた状態なため、下手に顔を向けると、色々とマズい状況になるためだ。
(ま、マズい。早く終わらせないと。もしこんなところ誰かに見られたら)
「さあ、次は左足も頼む」
そう言って、塗り終わった右足を椅子の上引きように置いて、左足を差し出す理緒。
「わ、分かっていますよ」
さっきと同じように差し出された左足を順番にマネキュアを塗っていく。親指から中指にさしかかった所で「っん………」と艶のある声が理緒の口から漏れる。
「す、すみません。俺、どこか変なところ触りましたか?」
「いや、大丈夫だ。少しくすぐったかっただけだ。それより続けてくれ」
声を訊いた優希は慌てて足から手を離す。その行動に理緒が不満げな表情を浮かべて、再開を指示したところで――――。ガラガラと扉が開く音がした。
優希と理緒がほぼ同時に音がした方に視線を向ける。
「な、な、何しているの!? 久我君――――!!」
と、ふたりの視線の先には桜子が驚きの声を上げていた。