イシスを出てしばらく進むと、視界の先に揺らめく熱気が広がり、7人は本格的に砂漠へ踏み込んだ。足元はさらさらと沈み込み、太陽は容赦なく照り付ける。
そんな中、アイがぽつりと感想を漏らす。
「砂漠って、外に出るとこんなに暑かったんだ……」
その言葉に、ルビーが待ってましたと言わんばかりの顔で振り向き、胸を張った。
「ふふん、歩き方なら任せて。ほら、砂の表面に足をとられないように、こうやって――」
得意げにレクチャーを始めたルビーを見て、アクアが呆れ半分でぼそりとツッコミを入れる。
「お前だって砂漠は二回目だろ……。なんでそんなベテラン面なんだよ」
ルビーは「むっ」と頬をふくらませるが、図星なので反論できず、講義を続けることで誤魔化した。
一方その後ろで、あかねが首をかしげながらアイに問いかけた。
「というかアイさん、そもそも砂漠を渡らずに……どうやってイシスに来たんですか? 街の外は全部砂漠ですよね?」
アイは歩みを止め、少しだけ考える仕草をしたものの、すぐに小さく首を振った。
「気が付いたら……もうイシスにいたの。気づいたら、っていうのが一番近いかな」
あまりに自然に言うので、全員の足が同時に止まった。
「……気づいたら?」
「……イシスに?」
砂漠の熱気より、その答えのほうがよほど不思議だった。
だがアイ本人がまったく気にしていないため、聞き返すこともできず、結局そのまま一行は再び砂漠の中へ歩き出した。
しばらく沈黙の時間が続いたあと、ぽつりとピヨエンが呟くように言葉を落とした。
「……つまり、アイを含め我々にも“幼児期”というものが無い。気づいたら今の姿で存在していたわけだ。となると、我々は最初から青年期として始まっている、ということか」
理屈としては正しいが、それを改めて言われると不思議さが増す。
そんな空気の中、アイがぱっと明るい声で結論を跳ね上げた。
「ということは……! 皆、大人から始まってるってことだよね! なんか都合いい感じじゃん!」
前向きというか、無邪気というか、あまりに軽やかな解釈だった。
その横でルビーが満面の笑みで頷く。
「ママ、頭いい!」
次の瞬間、周囲の全員が一斉に声をあげた。
「「「ちがうだろ!! なんとかしろこの親娘!!」」」
あまりにも見事に声が揃ったので、砂漠の熱気すら割れるかと思うほどだった。
その騒ぎの中、アクアだけは苦笑いを浮かべていた。
「……まぁ、悪いことはないんだから、いいだろ? 別に」
その穏やかな言い方と笑顔に、かなとあかねが同時に「……っ」と小さく息を飲む。
アクアのその“優しい反応”に、二人ともつい顔を赤らめ、悶えるように肩を震わせている。
そんな二人の反応まで見たピヨエンと他の面々は、まとめて深いため息をついた。
「……これでなんとかなるか……?」
「……いや、ならないだろ……」
砂漠の太陽に負けないほど、旅の前途が眩しく、混沌として見えた。
砂の向こうで赤く光るものが蠢き、一行の足が止まった。
巨体のカニ――砂漠では珍しくないモンスターだが、動きは鋭い。
「来るよ!」とルビーが声を張るより先に、アイが前に飛び出していた。
「任せてっ!」
勢いよく踏み込み、カニの甲羅に向けて全力でロッドを叩き込む。
乾いた音が響き――
《ヒット! ……0ダメージ》
「……あれ?」
アイの目がぱちぱちと瞬く。
まるで“物理法則とは?”と問い返すような顔で、自分のロッドを見つめていた。
その一瞬を逃さず、カニが体をかがめ、巨大なハサミを振りかぶる。
アクアが下がるよう声を張り上げた。
「離れろ、アイ!!」
駆け寄ってその腰を引き、砂を蹴って一気に距離を取る。
振り下ろされたハサミが砂地をえぐり、ざらりと破片が舞った。
「ひゃっ……危なっ」
アイが抱えられたままきょとんとしている横で、MEMちょが前に躍り出て、軽やかにステップを踏み始める。
「はいはーい! 魔封じの踊り、いっきまーす♪」
彼女の動きに合わせて風が巻き、カニの周囲に淡い光が揺らめいた。その身に秘めた補助魔法が縛られていく。
「魔法は封じたよ!!」
「ナイス、MEMちょ!」
即座にかな、アクア、ピヨエンが前に飛び込む。
三方向からの同時強襲。
アクアの剣が脚を止め、かなの蹴りが横から爪に入り、ピヨエンの渾身の一撃が甲羅の中心を貫いて――砂に崩れ落ちた。
戦闘が収まると、アイはこてんと首を傾げる。
「……なんか、ダメージを与えられそうにないんだよね、私」
自分でも理由がわからないらしく、拳を握っては開き、まるで“壊れているのは自分の方?”と確認するような仕草を繰り返す。
周囲のメンバーはまだ言葉を返せず、
ただ「え……?」という沈黙だけが砂の上に残った。
砂漠でのカニ戦を終え、一行は砂を払いながら歩き出していた。先ほどの0ダメージ事件がまだ頭に残っているらしく、かなが恐る恐る口を開く。
「攻撃力が少ないってこと?」
アイは首を横に振る。その顔は“自分の体なのに不思議”とでも言いたげだ。
「んーん。攻撃自体ができないみたい。硬いとかそういう問題じゃなくて……そんな感じがするの」
ピヨエンが腕を組む。
ゲーム的に解釈しようと真面目な顔になった。
「攻撃力が0……もしくは、コマンドでいうと“攻撃”という選択肢が最初から無いという事か?」
アイは「それそれ!」と言わんばかりに、ピコーンと両手を上げて体で返事をした。
MEMちょが目を丸くする。
「攻撃が出来ないって、かなりのハードモードだよねぇ?」
あかねが落ち着いた声で補足した。
「まぁ、でも僧侶とかって元々攻撃してませんでしたし」
アクアは肩をすくめて笑う。
「俺たちのパーティーじゃ、そんなに影響ないんじゃないか?」
ルビーが指を折りながら言った。
「勇者に盗賊、スーパースター五人だもんね」
その言葉に一同が同時に「……言われればあり得んパーティーだな」と妙に納得してしまった。
ピヨエンが最後にまとめるように言う。
「とりあえずポルトガの関所までは既知の敵しか出ないし丁度良い。パーティーの役割を再確認しながら進むとしよう」
「はーい!」
元気な返事が砂漠に響く。
その後、数戦こなしていくうちに砂漠の地形も変わり始めた。
「この辺りまで来ると大分歩きやすくなってくるな」
ピヨエンが汗を拭いながら言う。
かなはいたずらっぽく笑ってMEMちょを見た。
「MEMちょも靴に砂入らないから楽なんじゃないの?」
「もう! 有馬ちゃん! 慣れたから入らないよ!」
そうまMEMちょがむくれかけたところで、あかねが指さした。
「ふふっ……あっ、皆さん! モンスターが来ました!」
砂煙と共にあばれ猿、そしてキャットフライが強襲してくる――が、アイを見た瞬間、動きがピタッと止まった。
アイが首を傾げると、キャットフライは急に腹を見せて転がり、ゴロニャンと甘え始め、あばれ猿はどこからかバナナを取り出して“あげる!”と言わんばかりに差し出してきた。
「ありがとーっ」
アイはお腹を撫でるわ、頭を撫でるわで、モンスターたちは満足すると嬉しそうに跳ねながら去っていく。
その場に残された一行は、揃って立ち尽くす。
「……俺は何を見たんだ?」
とが呟くピヨエン。
「……あぁ、俺もよく分からん……」
答えるアクアも言葉がなく。
「モンスターを餌付けした?……」
かなは自分なりの意見を言うが……
「あ、いや、貰ったんだから餌付けとは違う……よね? でもなんで砂漠のモンスターは……」
それはちょっと違うとあかねが考え込む。
皆が思考の海に沈んだ時、沈黙を破ったのはルビーだった。
「ママ可愛いから! 動物とかからも好かれちゃうんだね!」
「(*´σー`)エヘヘ」
その答えにアイは満更でもない顔で照れる。
しかしMEMちょが小声でつっこむ。
「それはちょっと違うんじゃぁ……?」
あかねがアクアの方を向いた。
「あの、アクアくん……対象が少ないから断定はできないんだけど」
「あぁ……俺も今気づいた」
二人は少し離れたところで、こっそり真剣な話を始める。
そこから先は、戦闘になったり、ならなかったり。
同じモンスターでも反応は個体差があり、“何かしらの基準がある”ことだけが分かってきた。
――そしてロマリア周辺。
「ここまで来ると歩きやすいよね」
ルビーが大きく伸びをした時、さまよう鎧が数体出現した。
さらに途中でホイミスライムが呼ばれる――しかし、そのホイミスライムはアイを見るなり、ふわふわと近寄って来ると--
「ホイミ! ホイミ! ホイミ!!」
こちら側にだけ回復を連発!
MEMちょが叫ぶ。
「回復するの間違えてない?!」
かながさまよう鎧の姿に思わず吹き出す。
「さまよう鎧が困惑してさまよってるぅ!!」
戦闘後、ホイミスライムは最後にアイを回復すると「ぷにぷに」と触られ、嬉しそうにバイバイして去っていった。
そしてついに、関所に到着。
あかねが深呼吸し、皆を見渡して言った。
「アイさんの事なんだけど……多分、スーパースターと一部“モンスター使い”の能力を持ってると思うの」
一同があかねを見る。
「多分だけどね。自我を持ってるモンスターに効きやすいんじゃないかな?」
アクアも続ける。
「あぁ。それと、虫や昆虫みたいな本能だけで生きてるタイプには効かない。カニもそうだった」
あかねはうなずく。
「あと死霊系にも効かないかな? ゾンビは何も影響なさそうだったし」
「他にも魔王軍と言われる自我があるが魔王に従っていると思われる魔物には効かないかもな。これからのポルトガで“きめんどうし”が出るらしいから、そこで試せそうだ」
アクアが付け加える。
あかねがさらに思案した。
「スライムとか……ミニデーモンはどうなんだろう?
でもホイミスライムがこちら側に来たってことは、また別のカテゴリーがあるのかも……」
ルビーは素直に感嘆する。
「ほぇぇ~……」
アイは満面の笑み。
「すごいんだねぇ」
かなが即座に突っ込む。
「あんたの事でしょ! なんで他人事なのよ!」
MEMちょはさらにかなを追い打ち。
「でも有馬ちゃんもこっち側の人間だよね? あの分析会話には入れる?」
「うぐっ!」
かなには痛恨の一撃だった。
ピヨエンは満足げにうなずいた。
「うむ、便利でいいな!」
※なお、この男(ピヨエン)は偏差値70越えのエリート学校出身である!--しかし学力は使わない。サボる!とてもサボる!