“転生者” 作:ダフネキチ
―――――――――
あの酒 ヤバいクスリの類な気がする
あれから毎日 ぼくはでっけぇ小松菜と深い海を泳ぐ夢を見てる
一口飲んですぐカクンとくるのは 眠気じゃなくて魂的なもんがどっかいってるとかじゃないよね?
・ ・ ・
正直捨てるべきだとおもうんだけど ぼくは今 この国に連れてこられて以来の快眠の日々だ
どうせまた人馬の国との交渉が決裂して忙しくなるだろうし
よし このことは秘密にしよう 没収されたらたまらん
この一瓶だけね これだけ
―――――――――
―――――――――
はーい 交渉けつれーつ 貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだー
何回目だよ懲りなさすぎでしょ あいつらの顔大体覚えちゃったよもうダチじゃんマブじゃん ウチとフルゴール将軍はズットモダヨ!
このお酒がなかったら不眠でこれだったのか
かんがえ
なんでこのくそいそがしいときに エデレもくんだよもおお
もうぼくのまけでいいから しまでおとなしくしてろよさあ!! あんときかっこつけなきゃよかったあ!l!ll
―――――――――
―――――――――
我が心のオアシスに名前をつけようとおもう
何の問題もおきようもないあの深海だけが ぼくの唯一の安らぎだ
名前はもうきまってる
マリス 一目見てから浮かんでた
・ ・ ・
そういえば グノスターたちもこんな感じで決めたっけ
ふたりとも元気かな またかえりたいな
そのままどこかに
―――――――――
深い青に沈んだ“リムベルド”。
その北側の断崖。周囲を見下ろせるその先で――“無頼漢”は単眼鏡を構えた。
見下ろしたそこには倒壊した遺跡群があり、奇妙な生物が屯している。
ずんぐりむっくりしたカエルのような頭をした白肌の生物。みすぼらしい武器と鎧を身に着けた、絶妙に忌避感を覚える気味悪い者達だ。
それを中心に捉えると――その横にぼんやりとした文字が浮かび始める。
しろがね人 第二世代
――――――
「……あれもしろがね人って奴なのか……ただのカエルが歩き出した姿にしか見えねぇのに」
無頼漢自身、かつての“黄金の地”に住んでいた者達の事はよく知らない。
だが、こうして人知を超える変な生物が跋扈しているとこを見る度に――此処が、神秘溢れる古い土地であった事に畏れに近い独特の気持ちを覚えていた。
まあ――そんな事分かったとしてもぶん殴る事に忌避感は無いのだが。
「あそこはカエル共の“遺跡”だ。書いといてくれ」
「わかった。……あまり“ソレ”を使い過ぎないようにね。ルーンがすっからかんになっちゃう」
「ああ。……ったく。アイツはどこからこんなけったいなもんを持ってきたんだか」
「ふふ、そうね。帰ったら叱らなくちゃ」
隣で微笑む“隠者”が地図に目印を付け足していくのを見ながら――無頼漢は、“転生者”たる彼が作った単眼鏡を弄ぶ。
――変異した“リムベルド”に度肝を抜いてしばらく。
一先ずは、と。
近くの“小砦”を襲撃して地図を入手した後――彼ご謹製の単眼鏡を使っていると、突如浮かび出した“文字”。
それが見ているものの情報だと気づいて驚くまで数分。……その間に、集めていたルーンを全て使い果たしたと気づくのにまた数分。
どういう訳か、これは「視ているモノの情報を知れる代わりにルーンを消費する」なんて事を理解した時、三人が感じたのはきっと呆れだったろう。
――アイツ、また変なものを……。
……まあ、使えるのなら使おうという結論に落ち着いた。
後で頭を小突くくらいはするが。
とはいえ、単眼鏡の効果は絶大の一言。
場所を巡る必要もなく、地図にどんどん情報を付け足されていく。しかも、詳しい情報を把握出来るのも重要な点だ。
――
「……来たな」
先ほどの、カエル頭のしろがね人のいる遺跡を睨みつける。
一見、長閑にすら思えるほどぼんやりとしているだけの連中。
その周囲に――突如として、クラゲのような生物が何匹も現れた。それどころか、地中からは半透明の触手のようなものもわんさか生え出し、見境無く攻撃を始める。
しろがね人は持っている武装で急な攻勢に何とか抵抗をするが……やがて、遠くの方から、巨大な水泡がゆっくりとやってきて、遺跡全体を呑み込むと――
水泡が消える頃には、しろがね人全ては倒れ伏し。
ただ静かな遺跡だけが残し、謎の生物たちも去っていく。
先ほどから、この光景が至る所で発生していた。
「……見た事もない“地変”だな」
周りの偵察を終えた“鉄の目”が近づきながら呟く。その声は、静かな警戒だけが籠もっていた。
――“地変”。
それは時折発生する、“リムベルド”が変異した姿。
常ならば、栄光の残骸溢れる自然の地である此処は――時たま、その一部を大きく変える。
古遺跡を内に抱えた火山。山頂に祭壇が座す氷山。果ては、地下に隠されていた巨大都市。
そうした変異が出現する事があるのだ。
ならば、これもそうなのだろうが……。
「クラゲ、触手、水泡……そして海に沈んだようなこの土地――
――そうではない、この光景はそれだけで最大限警戒に足るものだった。
「そういう文献を見ていないだけの可能性は?」
「十分にあるわ。“黄金の地”は私達が想像も出来ないほどの歴史ある場所だから。けれどそれなら、多少なりとも残滓は残るものなの。忘れ去られた概念である霊炎の守護者“死儀礼の鳥”のように」
「それがないと?」
「ええ、この“光景”は――
「……ふん」
鉄の目と隠者。
二人が目の前の光景について話しているのを、一歩離れた所から無頼漢は静かに眺めていた。
二人の様子は“円卓”の時の精彩の欠いていたあの姿とは似ても似つかない、はっきりした立ち振舞だ。
(……怪我の功名ってやつだろうなぁ)
“夜渡り”として繰り返してきた戦いの経験が、仮初の正気を保たせている。戦いの間だけ、余計な事を考えずにいられる。
それが悪い事なのは違いないが――今はそれに感謝するしかない。
(前は、大変だったからなぁ……無限に戦えるってのも考えもんだぜ)
“彼”が来てからはトントン拍子に“夜の王”を倒せてしまってるが――
合流する前の、“獣”と“爵”との戦いは熾烈を極めていた。
本当に。
ああして正気を失いかけている人間を一時的にでも引き戻せるほどの“モノ”を残すほどに。
(……あぁ、嫌なもん思い出しちまった)
無頼漢はぼんやりと上を眺める。
海に沈んだように深い青に染まった空。
それを掻き消すように――“三ツ首の獣”の眼光が脳裏に浮かび出し、無頼漢の魂とも呼べる部分に牙を突き立てる。
憎悪に塗れ、しかし曇りのない殺意だけ滾っていた――炎の如きその眼光が。
(……もう二度と会いたくねぇ)
強敵との戦いは望む所である無頼漢であっても、あの“獣”は二度と拝みたくはない。
狂気すらも御する憎悪を纏ったあの姿。背の大剣を天に掲げたあの炸裂。
……倒した時は皆喜ぶのではなく、一様に安堵したものだ。
その次に対した“爵”も、まあ酷いものだった。
(飢えた獣は鼠だって恐ろしいのに、それが
いや、本当に竜だったのだろうかと無頼漢は思う。
紫の雷霆を振り乱し、飢えに飢え、ただただ狂い暴れ続けたアレは、最早そんなものですら無かったのかもしれない。
ただの暴威。ただの災厄。生物である事すら忘れるほどの“飢え”に叫ぶナニカ。
(アイツが居なくて本当に良かった……いや、居てくれた方が精神的に良かったか?)
――まあ、益体の無い事を考えるのは後にしよう。
無頼漢は、傍らに置いていた己の獲物たる“大斧”を手に取る。
それはかつて海賊であった頃、自らの船――その船首をもぎ取って使って以来、それに取っ手と刃を付けてそれっぽくしただけの簡素な代物だった。しかし、それに込もった航海の記憶が――何よりも戦意を漲らせる。
無頼漢は二人に声を掛けた。
「まっ!まずは順々に回ってみようや。ある程度の事は分かったからよ」
その言葉に二人は静かに頷く。
たとえここは理解不能の海の底であろうがなんだろうが――ここが“リムベルド”で己らが“夜渡り”ならば、やる事は変わらないのだから。
敵を殴り、夜を蹴飛ばし、夜の王をぶん殴る。
単純な図式。それに尽きる。
戦いの流れは明快だ。
大斧を振りかざした無頼漢が前に出て、弓手たる鉄の目が援護しつつ隙を作り、その隙に隠者が高火力の魔術を叩き込む。
複数いる“夜渡り”達の中で、均整の取れた組み合わせだ。
周りが常とは違うだけで特に変わりなく、順々と拠点をなぎ倒し、物資を集め――“夜”に備える。
極めて順調………
「……気づかれたな」
大野営地に居た騎士達を蹴散らした中、無頼漢が二人に声を掛ける。
その睨む先には、生い茂る森林からはみ出るように――巨大な水泡が徐々に距離を詰めてきていた。
「そのようだ」
鉄の目は、そこら中から現れるクラゲを射抜きながら同意する。外套に隠れたその顔が不快そうなのがよくわかる声色だった。
すぐに倒せる分、無限のように湧いてくるのが鬱陶しいのだろう。
「………。……だめ。何なのか分からない」
隠者は、地中から出てきた触手から距離を話しながら呟く。
端正なその顔に――
「アイツご謹製の代物でも駄目か?」
「ええ、理屈も原理も分からないけれど、ルーンを代償にする以上、効果は折り紙付き。なのに読み取れない」
「……文字も出ないのか?」
「ううん――
「……は?」
隠者は単眼鏡を鉄の目に手渡す。
彼はそれを一回に覗き込むがすぐに止め、無頼漢に投げ渡してきた。
どれどれ、と覗き込んでみるが――鉄の目が速攻で諦める理由が分かった。
縺ィ繧ゅ□縺。 縺ゥ縺薙↓縺?k縺ョ
――――――
縺ゥ縺?@縺ヲ 縺イ縺ィ繧 縺薙o縺
――――――
縺ゅ▽繧√k 縺ゅ▽繧√k 縺セ縺溘≠縺医k
――――――
クラゲ、触手、水泡。
どれに向けても現れるのは――文字ならぬ文字。
意味すらわからない。ただ見てるだけで頭痛がしてくるような訳のわからない羅列だけが目に突き刺さってきた。
「なんだこりゃ……」
「法則性はありそうなのだけれど……読み解くのは無理そう」
「……悠長には出来んぞ」
悩む時間はあまりない。
クラゲは潰せる。触手は避ければ問題無い。
だが、迫りくるあの水泡だけはどうしようもない。触れるだけで何もかもが倒れ伏す。攻撃の類は何一つ効かない。
アレだけはどうにかする必要があった。
「……。ねぇ、二人とも、提案があるのだけれど」
隠者の問いかけに、二人は意を汲んでいた。
「ああ――触ってみるか」
「……少し行った所に開けた場所があった。そこでやろう」
「うん、ありがとう」
“夜渡り”の大いなる利点は――死んでもまた蘇る事。
故に、自分の命を使ってあらゆる事を調べる事が出来る――それこそが、“夜渡り”達が歴戦の戦士となった理由なのだ。
大野営地を離れ、鉄の目が言った通り。
開けた場所の中央に――無頼漢が立った。そこから離れた所で鉄の目と隠者が控えている。
「……こういう時、追跡者がいたら便利だったんだが」
無頼漢が小さく呟く。
あの騎士の鈎爪があれば、すぐに引っ張り出してくれそうだったから。
「なにかあったら出来るだけ助けるわー!がんばってー!」
「おーう!……何を頑張ればいいんだこの場合?」
無頼漢は隠者の声援を受けながら呟く。
――巨大な水泡は、もう目前に迫っていた。
「……とりあえず、殴ってみるか」
“大斧”を地面に突き立て、拳を力強く握りしめる。
そしてタイミングを合わせ、勢いをつけて叩き付けようとしたその瞬間。
――
ごぽ、ごぽと。 どこかに しずんでいく ような そんな
ここち が
縺ィ繧ゅ□縺。 縺ソ縺、縺代◆
―――――――――
――ドゴンッッ!!!!
それはいつまで経っても聞き慣れない音だった。
船を揺らす致命的な轟音――
「兄貴!どうしますか!?」
口々に騒ぎ立てる船員に紛れるように、
このままでは海の藻屑。ここにいる全員が、サメのキスを全身で受け止める羽目になる。
――海賊の“船長”として。俺の決断が迫られていた。
その時。
天の助けか、西の方に――狼煙が上がっているのが見えた。
それは自然に上がったものじゃない。つまり、あそこには土地があって人もいる。
「お前ら!穴に何でも詰め込め!あそこまで持たすぞ!」
舵を切り、風に祈りながら狼煙へと進む。
威勢良く返してくれた船員達をこんなとこで終わらせる事が無いようにと。
「あちゃあ……こりゃ、随分デッカく空いちまったなぁ」
「……急ごしらえで修理してもダメそうですね。だからあの時、あの岩礁を通るのはやめようって私言ったんすよ」
「あーうるせぇうるせぇ。やっちまったもんはしゃあねぇだろ」
祈りが通じたのか、
悪運のおかげで何とか島に辿り着けたは良いものの、船の穴は致命的で修理は難しそうだった。
ここにいる全員は多少なりとも船には詳しいが、皆が皆――作るより、奪う事を選んだろくでなしの海賊連中だ。
金をケチらず船大工でも雇っとけば良かったと思う反面、そうなると酒が減って船員の不安が沸き立つのだから“船長”とは大変なもんだ。
「――船長!ちょっといいですかい!」
“風見鶏”と穴の前で顔を突き合わせていると、船員の一人が走ってくる。
なんでも変なものを見つけたらしく、着いていくと――そこには天の助けたる狼煙と、浜辺に書かれた文字があった。
「S、O、S……ってぇなんだ?」
「名前じゃないですか?ほら、ここはオレの島だぞって感じの」
「そうするとアレか。ここはソスの島って事か?」
「さぁ?知らねぇっす」
「……おめぇが言い出したんじゃねぇかよ……」
ため息を吐きつつ、船員達を集める。
なんであれ此処に人がいる事は確定なのだから、まずは見つける事を優先だ。
その時。
――ガサガサと近くの草むらから何かが出てきた。
「はぁはぁ……!やったっ……やっと助け……が……?」
それは見慣れない黒い衣装を着た見慣れない顔立ちの薄汚れた男だった。やつれたその姿は喜色満面だったが、やがてワナワナと震えだす。
「ふっ、フリゲート船に……海賊チック……?まさかぼく、遭難じゃなくて――……じょっ、冗談じゃっ……!!」
愕然として崩れ落ちるその姿は何だかびっくりするほど哀れだった。どうやら同じ穴の狢らしい。
一先ずはそいつも連れて――飯を食う事にした。
「いやぁ!助かりました本当に!ぼく、ディスカバリーチャンネルはよく見てたんですけどやっぱりイーヒヒヒッ!みたいにはならないですねぇ!引き笑いも喜びじゃなくて絶望しか残らなくて!」
そう笑顔で言いやがるコイツは、俺達の蓄えをまあまあ食い尽くして満足したのか変な事を延々と言い散らしていた。
まあ、話を聞くに――10日ほど無人島に投げ出されていたのだからその反動だろう。着ている服もその顔立ちも、貴族のような垢抜けない“坊っちゃん”のようで――何とも住む世界が違う感がヒシヒシと伝わってくる。
船仕事も何も出来なさそうなただの肥やしみたいな奴だ。基本底辺連中な海賊が敬遠するような人種だった。
現に良くわからん話を聞かされ続けた“風見鶏”の奴の額に青筋がたち始めている。ぶん殴られる前にどうとでもしなくちゃならんだろう。
「この御恩は忘れません!ぼく、何でもやりますよ!」
「――そう言うなら、あの船の穴直してみろよ。出来るもんならよ」
ノリに乗っているお喋りを遮るように、誰かが声を張り上げる。
嘲りの込もったその声に、周囲も笑い出した。
笑われた本人も場違いだったのに気づいたのか――
「………」
急なお喋りが止まって不意に静まった場。
風見鶏がまだ突っかかろうと声を出す――のを、止めた。アイツの目が船をまるで観察し、測るように。
アチラコチラと目をやっているのに気がついたから。
――パンッ!と手を叩き、周囲の注意を向ける。
「――よし、どうだ“坊っちゃん”。あの船を直せたら、ただの近くの港まで連れてってやろう」
「えっ」
「ちょっ、ちょっと何言ってんですか兄貴!」
気色ばむ風見鶏を含む連中にまあまあと宥めすかす。
「いいじゃねぇか。どのみち俺等だけでも大変な作業なんだ」
「でっ、でも――こんな奴……!」
「――俺が“船長”だ。……で、どうする坊っちゃん?」
俺の言葉に“坊っちゃん”は静かに頷いた。
「やります。任せてください」
「よぉし、決まりだ。風見鶏、適当な奴を見繕ってやんな」
――と。
そんな感じで場を纏めたが――“坊っちゃん”が船員達と馴染めるとは欠片も思っていなかった。
現に“風見鶏”の奴はうげーっとうんざりした表情を隠さない。他の連中も似たようなものだ。
だが、今は切羽詰まった状況。使えるもんなら何でも使うべきだろう。
“坊っちゃん”にゃあ申し訳ねぇが、ダメだったら――俺達が海賊である事を芯まで味わって貰うしかない。
数ヶ月が過ぎた。
「うわああああああ、また逃げられたもぉおおおおん!!」
酒場のテーブルにジョッキを叩きつけるのは“坊っちゃん”――いや、俺達の仲間だった。
そう……まあ、アレだ。
――びっくりするほど普通に馴染んだ。
――仲間に入るのも疑う事すらないほどに。
後は、愉快な酒飲みだったのも大きかったかもしれない。
「んくっんくっんくっ……!――くひぅあ!不味い!店主さん!もう一杯!」
「不味いなら飲むなアホたれ」
「水薄めたエールなんてゲテモノですー!ぼくは本物のビール以外認めないぞ!第三のビールは悪い文明!」
「あー、はいはい。エールな」
店主も戯言に慣れきっていて何も言わずにジョッキにエールを汲み取ってやっている。
そうしてまたグビグビと飲むアイツにぞろぞろと仲間が集まっていく。
「まぁたダメだったのか坊っちゃん?」「ははは!無理ねぇよ出会った頃なら釣れるだろうが今の坊っちゃんはなぁ」「変な服着てっからだぞ坊っちゃん。脱げ脱げ男だろう」
「だぁああ!坊っちゃん坊っちゃんうるさいわ!海賊と言えば、この良くわかんない長コートとデッカイ帽子でしょ!?」
「「「はぁ……?」」」
「くそっ美的センスもない連中め!散れ散れ!パリに行って出直してきて!」
「パリってどこだよ」
「――どっかだよッ!ぼくも知らん!何百年か先にある!!」
最初は嘲りだった“坊っちゃん”も、いつしかそれすらも笑える愛称になったのもアイツの変なとこだ。
……まあ、変な服に固執してるとこも、名が取れない理由だろう。あのコートと帽子はいったいなんなんだ……?俺も美的センスがないのかもしれん。
そんな風に見ていたら――酔っ払いに捕捉されたらしい。
半べそ掻きながらこっちに近づいてくる。
「――船長ぉおおおお!風見鶏さぁあああん!」
「だっ、抱き着くな!鬱陶しい!」
「おーおー今日は荒れてんなぁ、相棒」
「荒れもしますよ!……うぅ、やっぱり皆船長みたいなムキムキマッチョメンの方が良いのか……?ダンベル代わりの大砲作ったのに……?」
顔真っ赤にした風見鶏に弾き飛ばされた情けないこの男が、俺達の名を近海全域に轟かせたとは誰も思うまい。
トンデモない発明のセンスが他の追随を許さないレベルだったのだ。良い拾い物をしたと心から思う。
「で?誰に逃げられたって?」
しくしく突っ伏して泣き始めたのに水を向ける。
……まあ、女だろうが。
「――ローズちゃんです!」
ほら、女だった。
しかも“ローズ”などというここらじゃ見ない小洒落た名前を見ればその素性は分かりきったものだ。
「だから商売女はやめろっつったろうに」
「でっ、でも最初から優しかったんですよ……?」
「商売女だからな」
「あっ、貴方だけが一番だって……!」
「商売女だからな」
「うっ……うぅぅ……!!」
最早反論する事もなく、床と同化しはじめたコイツは完全に出来上がっていた。
……懲りない奴だ。何回目だこのやり取り。
――本当に面白いもんだ。
………。
隣にぶすくれた顔で、床のシミを量産している馬鹿を見つめている“風見鶏”に顔を寄せる。
今まで付けた事もない甘い香水の匂いが鼻を撫でた。
「――
「……なにがっすか」
「今回はどんな奴だったんだ?」
「……別に、コイツの財布にきたねぇ手ぇ突っ込もうとしてたから叩きのめしただけです」
「ほぉーん」
「……まったく――」
ぽつりと“風見鶏”は呟くと――
「……どうせ騙されるんだから近くの奴に手ぇ出せばいいのに」
“風見鶏”――弟分である
素直じゃない奴だ。最後までコイツに悪態を吐きまくってたから収め方が分かんなくなっちまったんだろうが、アプローチの仕方が遠回り過ぎる。
「別に初心でもねぇだろうにお前……」
「うるせぇっす。外野は引っ込んでてください」
「はいはい」
でも、まあと。“風見鶏”の肩を小突いた。
「まっ、女の戦いに首突っ込む野暮な真似はしねぇけどよ。遠ざけてばかりじゃ、コイツを傷つけるだけだぞ?」
「……わかってます」
「なら、いい。……ほうら!相棒、立てお前!女は星の数ほどいんだからいつまでもしょげてんな!」
「……。……うっす!よし、今日は飲んで忘れます!」
「――今日もだろ、ばか」
「!!うぅ……うぅぅ……!!!」
「ああもう泣くなうっとおしい!」
そうして“風見鶏”に連れてかれるアイツの背を見ながら、思う。
俺達は知っているのだ。アイツがあれやこれやと女にアプローチするのは
まあ、近くにいりゃあそういう気持ちも湧くもんだ。
……二人を鍵付きの部屋にでも放り込めば解決する話だが。
ただまあ……――言わない。
面白いから。
ここで素直に言うくらいなら、海賊などやらずに陸で真面目に暮らしているというものだ。
いつかくっつくその日まで、適当に酒の肴にさせて貰おうと仲間の内で決めていた。
――酒場は、喧騒に包まれていく。
確かな俺達の栄光とその輝かしい未来を夢見るように。
だが、そんな未来も。
――
悪運が尽きる時が来る事なんてわかりきった事だったのに。
それは
船をぶつけ合い、重なり――敵味方入り混じる混戦に持ち込まれた時だ。
天辺に登っていた太陽輝く青空だったってのに……急に辺りが暗くなっていった。海はナニカに怯えるように荒れだして、風は俺達をおちょくるように吹き荒れ――雨は、俺達を貫こうと降り注ぐ。
それは言ってしまえば、間違いなく――“
混乱が収まるのも一瞬。
またしても混乱が広がったのは、隣の奴がいきなり隣の奴を襲い出した時だ。それは戦いの様相ではない。
押し倒し――首を噛みちぎり、内臓を引き出し、手足をもぐように振るい上げる。笑いながら起こすその凶行は間違いなく狂っていると言う他無かった。
それもまた敵味方関係なく広まり始め、最早戦いではなく、一人一人の必死の生存競争へと姿を変え始めた。
ここで俺はミスを犯した。
狂っちまった仲間を殺せずに、二の足を踏んじまったんだ。
それは人として正しい事なのかもしれない――だが、そりゃあ“船長”として間違っていた。狂った奴らを切り捨ててでも、生き残りを優先するべきだったんだ。
それが、皆を率いる男のすべき事だった。
そのせいで、相棒にあんな選択をさせた。
「――船長!こっちです!」
アイツが船室の扉を開けながら叫ぶ。
避難しようとするその行動に、飛びついてしまったんだ。よく考えもせずに。
周りの連中と一緒に何とか飛び込んで、異変に気づいたのは――扉を閉じた音と、アイツが外から扉に蓋し始めた時だ。
「おっ、おい!お前なにして……!」
「船長。その辺の縄で皆を柱に。……そうすれば多少は生き残りやすくなるでしょ」
「はっ……?」
「ただ閉じこもって逃げるだけじゃあ死亡フラグですよ。ゾンビ映画で真っ先に死ぬ奴。アレ突破される時が一番興奮しますよね」
「何を言っ――!」
「――“
ふと、アイツと視線が重なった。
“坊っちゃん”なんて嘲っていた時が恥ずかしくなるくらいの――男の目に。
「あの時、皆に煙たがられてたのは流石に気づいてました。けど、船長だけは手ぇ出してくれましたね――
「………!」
「――御恩、返しますよ」
言葉に詰まっていると、必死に扉を開けようとしている“風見鶏”にアイツは視線を向ける。
「“風見鶏”さん。……その、貴女はぼくの事嫌いでしょうけど……ぼくは――」
――瞬間、後ろから狂った誰かがアイツの首に噛み付いたんだ。
男の一世一代を嘲笑うかのように。
「――だぁああ!クソっ!あっ、お前“白角”こらぁ!こんな時まで邪魔してくんなもう!」
「お前――!」
「ああ……まあ、いいか。困らせるだけだろうし――皆さん、お元気で最高に楽しかったです」
そう笑ったアイツは、俺達の静止の言葉を聞かずに軽やかに化け物に変わった船員達の間をすり抜けて――舵の所まで行く。
「……全員、縄で自分を括り付けろ……」
「――でっ、でも兄貴!」
「早くしろ!アイツの行動を無駄にしてぇのか!」
卑怯な言葉だと分かっていた。
俺が言うべきじゃない事も分かっていた。
でも――アイツの思いを無駄にする事だけは出来なかった。
縄を括っている中で、こっちは沈痛な気持ちでいるってのに――舵を持つアイツはちょっと楽しそうだった。
まあ、ずっとやってみたいって煩かったからな。……本当は船団でも作った時に一隻任せてやりたいってそう思ってたのに。
「よぉし!行くぞ野郎ども!――面舵いっぱいぃ!!」
ガラガラと回る舵に船は一気に傾いていく。
そこに真横からぶつかるように、合わせるように――高波が迫ってきていた。
「さぁ、気張れよ皆!天国までのジェットコースター!!シートベルトはぼくたちには要らないよねぇ!?!」
――かぁー、かぁー。
間の抜けた海鳥の鳴き声に気づく。
「……ぁ……」
雲一つない満天の青空。背を撫でる漣の感触。静まり返った周囲の音。
「……起きたっすか」
「……。……おう」
横を見ると、“風見鶏”がぼんやりと座り込んでいた。その周りには船の残骸と、生き残った悪運の強い連中と――死体が転がっていた。
「………」
「………」
「……アイツは?」
「………。さぁ?」
“風見鶏”は膝を抱えた。
「こんな女に愛想尽かしてサメと結婚でもしたんでしょう」
「……そうか……」
「そうか」
縺薙l縺倥c縺ェ縺縺薙l縺倥c縺ェ縺縺薙l縺倥c縺ェ縺
―――――――――
――目を開けると、深い青に染まった空を広がっていた。
それをぼんやり眺めていると――横から、心配げな表情の“隠者”が出てくる。
「……大丈夫?」
「………。ああ、まあな」
――“
今のは……記憶だった。
栄光と失墜の――“彼”との記憶。
「ねぇ……」
「あん?」
「――なんで貴方は受け入れられたの?」
「……別に、そうでもねぇよ」
何の事か?……――なんて、聞くのも野暮だろう。
「ただ――しんみりしているよりかは、
「……そう」
まあ、そのせいで――“風見鶏”や古参の連中は離れてしまったが。
薄情な奴とでも思われてしまったんだろう。
基本その日暮らしのバカどもにそこまで想われるなんて――アイツは本当に、それ以上の大馬鹿者だ。
「――よっと!」
無頼漢は立ち上がった。
「で?どんなもんだった?」
「……貴方が倒れたのと同時くらいに、私達も水泡に呑まれて――目覚めたのはさっき。あと……」
「
「――貴方から、何かが出ていったのが見えた。それだけね」
「あーん?」
変な現象に“無頼漢”は首を傾げる。
自分の記憶を強制的に閲覧会された挙句、何か取っていった?
勝手に頭の中に入った入場料くらい置いてけというものだ。
………。
――待てよ?と“無頼漢”は物思いに耽る振りをして、二人に背を向ける。
(どういう訳ぁ知らんが、水泡に触れると記憶を見る事が出来たという事は……)
――
(……出歯亀は趣味じゃねぇし二人がもっと酷くなるかもしれんが。アイツに負担掛ける前に閉めてぇしなぁ……――よし)
なんか良い感じに偶発的にものすごい偶然に、二人に水泡を触れさせよう。なんか良いタイミングがあるだろうきっと。
「さぁって。まあ――考えてもしょうがねぇか!」
“無頼漢”は極めて明るく声を上げる。
二人の気負しげな視線を吹き飛ばすように。
「辛気臭ェ話は一旦仕舞いだ。さっさと“夜”をぶん殴りに行こうぜ」
“大斧”を抱え――なんて事のないと、笑い飛ばすように。
「今度は――アイツをサメと結婚さす訳にゃぁいかねぇからな!」
その言葉に、二人は苦笑を浮かべた。
それでいい。そんなくらいに気を軽くさせてやれるのであれば――あのどうしようもない記憶にも意味があるのだと。
“無頼漢”はそう思った。
………
……
…
「……――あっ、サメだ」
「………」
「ねぇ、ほらサメ。サメだよ召使。ジョーズみたいにデカいヒレ見えるでしょ。ねぇ、ねぇ」
「……転生者サマ」
「んー?」
「――それ三回目デス。もう飽きました」
「えー」
地平線の彼方まで見通せる海が覗く浜辺で。
荷物を入れる木箱に腰かけながら、ぼくはひっっじょーに冷たい態度を取ってきた召使人形に抗議の視線を向ける。
せっかく暇なんだから少しでも楽しませる冗談を言ってあげてるのに。
「………」
「………」
「……“行商人”の人っていつ頃来るの?」
「常ならばもうすぐかと。潮の関係もありますので多少上下しますね」
「そっかぁ」
「エエ」
“行商人”。行商人かぁ。
確か――“ゲーム”にもいたなぁそんな人。
誰かの“ジャーナル”に登場していたような気がする。
……。……だっ、誰だっけ。ジャーナルなんて初期の初期にやったっきりでリプレイ機能も無いから重要な箇所以外曖昧なんだよなぁ。“追跡者”のピタパン並みにインパクトがあれば覚えているんだけど。
「………」
「………」
海鳥の鳴き声、漣の静かな流れだけが響く。二人で地平線を眺めている。
他の人は居ない。あんまりにも来ないから引っ込んでいった。
――
「………」
「………」
「……ねぇ」
「はい、なんでしょうか」
「――召使は、記憶ってある?」
だからか、そんな変な事を口走っていた。
召使は一瞬、ぼくを見たかと思えば――また地平線に目を向けた。
「ありません。そもそも人形にそういった機能は……」
「2Bみたいな事言い出したぞコイツ。……悲しかったりする?」
「いえ」
ですが、と召使人形は続ける。
「なくて良かったと、思います」
「……そう?」
「ええ。もしあれば、“前のご主人サマ”の記憶なんてあってしまえば――貴方サマ方に誠心誠意尽くす事が出来なかったと思いますので」
「そっか」
「ですから、“転生者”サマ。貴方も記憶があったら今のように皆様と笑い合う事なんて出来なかったかもしれません。変に気にしない方が宜しいかと」
その言葉にぼくは思わず振り向いた。
何の表情もない人形の顔を見る。
「……君、本当は中身あったりする?」
「どうでしょう?動力は輝石ですが……途方も無い時間を稼働していれば、それらしい事は言えるでしょう」
「……ありがとね」
「いえ、御心を軽く出来れば幸いデス」
―― ぼうや ぼうや ――
ふとグノスターが囁いてくる。
どうしたのかと意識を向けて見れば――蛾のドアップが飛び込んできた。
―― ぼうやはぼうや わたしのこ ――
……君の子ではないと思うけど。
慰めてくれてる?ありがとね。
―― うんだ うんだ ――
えっ。
……いや、まさかそんな……。
………。
OK、フォルティス。ぼくたちはどうやって出会ったの?
ふむふむ。森にいきなり咽び泣――
―― 産んだよ? ねぇ? おい ――
あっ、あっ、フォルティスが言葉を濁してる!
負けるな!権力に屈するな!真実に立ち向かうんだフォルティスくん!
流石に子は認めても、蛹から産まれたは認めんぞ!
――――――
海賊の帽子
“深海”の底に沈んだ縺ィ繧ゅ□縺。の残滓
マリスが集め、いつか形になると信じているもの。
縺ィ繧ゅ□縺。が自作した、曰く“ステレオタイプ”のこれは、重い上に嵩張って微妙にかぶりづらい。海賊と言えばこれだと本人は主張していたが、彼以外にかぶっているものはいなかったようだ。
……後悔は尽きない。
心に空いた穴は酒や喧嘩でも埋まる事はない。
それでも――それもまた人生だと笑い飛ばそう。
それが、あの“夜”に垣間見た――誇り高い海の男であると信じて。
次に会うその時に。
そんなにお前に、誇れる船長だと胸を張れるように。
―――――――――