“転生者”   作:ダフネキチ

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―――

中世的ファンタジー世界に迷いこんでけっこう経つけど マリスほど変な生き物は見た事がない
小松菜というか 名状しがた 

クトゥルフ的なやつかまさか

いやでも あの子に悪意とかなさそう 
ぼくの言葉に身体をゆらして反応するし 抱きつくと触手を出して抱きしめ返してくれる 
ときどき耳元に変な水音がきこえるとこをみると 言葉も話しているのかもしれない 理解できないだけで
・ ・ ・
やっぱりクトゥルフ的サムシングじゃないか! まあいいけども!

―――

―――

今気づいたけど ぼくマリスに愚痴しか言ってない 

人馬のゆかいな脳筋たちとか あきもせずにやってくるエデレとか 見覚えのない結婚おめでとう手紙&プレゼント 出没する全身黒ローブの変態 辛気臭い■■■■■■ 森に帰れないからフォルティスへの当たりが心配 
ああ 書こうと思えばいくらでもでちゃうな 

意味は理解してるかはわからないけれど ずっとネガティブなのをきいててもイヤだろう
今夜は楽しい話をしようかな 最近の


うん ないわ


グノスターたちと密猟者しばき回してた時が一番たのしかった
今の方が文明的なのに ぼくが一番えらいのに

―――

―――

今日、■■■■■■のやつにむりやり食堂につれてかれた 
正直ほっといてほしい
人扱いされてない時 一日二日飯抜きなんて当たり前だったろうが
グラちゃんと一緒に生肉投げられてたんだぞおい いいけども
・ ・ ・ ほんと

虫の子が 今は人の王なんて何の冗談だろうね
あいつが王になればよかったのに そしたらぼくは

やめよ マリスにあいにいく

―――




Pt.3

 

 

 

 

―― それでね まま まま ってあまえてきて それがほんとうに かわいくてね ――

―― そうだよな? お前も見たよな? な? おい 聞いてるのか ――

 

 

グノスターとフォルティス。

という名の――ディストピアのプロパガンダに屈した哀れなレジスタンスが洗脳されていく図に戦々恐々としながら……暫く。

 

 

地平線の方からやってきたのは、まあまあな大きさの小舟だった。

 

 

「ああ、召使さま。お待たせして申し訳ありやせん。……今日は潮目が少し悪ぅございまして」

 

 

そう言いながら、浜辺に降りてきたのは――痩せぎすの男の人。

着ている服に何処となく“貴人”の意匠が見て取れるとこを見るに、彼は“黄金の地”の末裔か何かなんだろうか。

 

「いえいえ、来て下さるだけで我々は助かりマスから」

「いえいえいえ!偉大なる方々をお待たせしてしまうなんてあっしの……っと。失礼、お隣の方はまさか……?」

「ええ。“円卓”に招かれた新たな英雄サマ――“転生者”でいらっしゃいます」

「――ああ!やはり!一目見ただけで非凡な方だとお見受けしていましたがまさしく!」

 

なんだか流れるような会話にパチクリにしていると。

男の人――“行商人”は砂が付くのも厭わないように、深々とぼくに頭を下げてきた。

 

「あっしはしがない商人でさぁ。“狭間の地”をお救い下さる救世主様方のお手伝いを微力ながらさせて頂いておりやす」

「あ、これはご丁寧に。ぼくは――」

「ああ!そう畏まらずに!あっしのようなちっぽけなもんには必要ありやせん!」

「いやあの……」

「こんなあっしが偉大なる貴方様方の栄光の一助になれる事、真に感謝しておりやす!ですからどうか……どうか!」

「アッハイうん。わかったありがとうね」

「勿体ないお言葉です!」

 

――うん、熱量やっべぇねこの人!

えっ、こんなだったっけ、ジャーナル出てきた“行商人”。口調は確かにこんな感じだったけどもっとこう……冷静な感じだった気がする……!

 

ぼくはチラと横目で召使人形を見ると、諦めるように首を横に振られる。どうやらこ(・)れ(・)が平常運転らしい。

えっ、ええ……。

 

「さあさ!早速お運び致しましょう!あっしが選んだものですから少し品のない物やもしれやせんが、質は保証いたしやすよ!」

 

メタクソへり下った言葉はいっそ慇懃無礼に聞こえるものだけれど――声色がガチだ。この人ガチでそう思ってる。

 

いそいそと舟に入っていく“行商人”をポカンと見送っていると――左腕に冷たい感触が伝わる。

振り向くと、いつの間にやら来ていた復讐者がぼくの腕を抱きかかえていた。

 

「相変わらずの奴だな、アレは」

「ああ、やっぱりそういう認識だったんだ……でもな――いっ!?」

 

急に右手に鋭い痛みが走る。

振り向くと――レディが素知らぬ顔で横に立っていた。

 

「最初に会った時からああなのよ。『預(・)言(・)の(・)通(・)り(・)だ(・)!(・)』って。私達を支える事が使命なんですって。ありがたい事ね」

「そっ、そうなんだ。えと、なんで抓られたのぼく……?」

「――ん?」

「ウス」

 

ああ、きっとフォルティスってこんな気持ちなんだな……。たったの一文字で抵抗の意思が無くなっちゃうもんね……。

――あっ、ごめん。同意の言葉はいいからグノスター釘付けにしてもらっていい?ぼくも洗脳されそうだから。

胸の内から溢れる懇願を努めて無視している内に、男衆もわらわらと集まってくる。

 

聞けば、頼んでいたものがあるそうだ。

 

「ああ!皆様お揃いで!」

 

舟から大荷物を抱えてきた“行商人”はその痩せた顔に満面の笑みを浮かべながら、色んなものを皆に披露していく。

砥石や画材、古書に化粧道具――それ以外にも新鮮な食糧も。

一言一言に謙遜の謙譲を混ぜ込んでいるその姿は誇らしそうで嬉しそうだ。

 

そんな皆の様子を見ながら、ぼくは皆より一歩離れた所で食糧を木箱に詰め込んでいる召使人形に近づく。

気になる事があったからだ。

 

「さっきレディから聞いたんだけど――商人さんの“預(・)言(・)”って何か知ってる?」

 

ジャーナルに関わってくる“行商人”は、確かそんな事を言って無かったような気がする。そんな最強の匂わせ、フロム脳なぼくが忘れるはずがない。

 

「ああ……何でも、あのお方のご先祖は――“黄金の地”の首都たるローデイルに居を構えていたそうなんですが……ある罪人の処刑に立ち会ったそうで」

「ふむふむ」

「その時に不(・)遜(・)な(・)預(・)言(・)を(・)残(・)さ(・)れ(・)た(・)、と。それに市民達は激怒し、罪人は処刑を待たずに嬲り殺しにされたようですが――」

「ご先祖はそうは思わなかった?」

「そのようで。詳しい事は教えてくれませんでしたが、そこには『“夜”の襲来』と『それに抗う“夜渡り”の戦士』が示されていたと――あの方自身は信じていなかっただけに、我々が存在していた事にいたく胸が高鳴ったそうで……以来良き仲なっておりマス」

「へー」

 

そんな事が。

……確かに“預言者”って、本編エルデンリング世界ではたまに良く居たみたいな感じなテキストあったな。大抵ろくでもない目にあったみたいな終わりだったけど。

 

どうやら“この世界”では、そんな預言を信じた一族の末裔が流れに流れて、“円卓”で行商人をしているようだ。

……そんな設定なかったはずだけど。

まあ、“ぼく”がいる時点で破綻しまくってるから気にするだけ無――

 

 

「――ああ!転生者様!」

 

 

――と、急にぼくの視界にドアップの商人の顔が現れる。

 

 

「ぇ!な、なに……!?」

「何でも貴方様は、素晴らしい鍛冶の才をお持ちだとか!全く以て、大変、素晴らしい!」

「えっ、えっ、なんで知って……!」

「――皆様が申しておりやした!」

 

バッ!――と皆の方を見ると、「礼には及ばんよ……」みたいな感じで照れくさそうにしていた。

いや、求めてない!求めてないよ!こんな感じの人にそんな事言えばこうなるのは分かってるでしょ!?

 

「いっ、いや“コレ”はそんな……」

「ご謙遜なさらず!“狭間の地”において、鍛冶は神事である時期もございました!高慢ちきなローデイル市民達でさえ、鍛冶師を腐す事はあ(・)ま(・)り(・)無かったと!」

「あっ、やっぱり王都の連中ってそんな感じだったんだ……」

「ともかく!やはり救世主様方は素晴らしい!非才な我が身を恥じ入るばかりありやす……!」

「でっ、でもその……ぼくのはチート――て、いうか。贈り物みたいな感じで、“ぼくの力”じゃあ……」

「――何をおっしゃいやすか!」

 

ひしっ!とぼくの両手を掴む“行商人”。

バッチリとあったあの痩せぎすの顔の瞳は――何処か、褪せた黄金の色が良く見えていた。

 

「それが何であれ、扱う事が出来るのは間(・)違(・)い(・)な(・)く(・)、(・)貴(・)方(・)様(・)の(・)才(・)覚(・)で(・)ご(・)ざ(・)い(・)や(・)す(・)!それを以て、“夜”を払い、我らの土地を取り戻して下さる救世主様がそのような事を仰らないでくだせぇ……!」

「―――」

 

ぼくは“行商人”の……いや、ぼくのベストフレンドの言葉を受け止め、噛み締め……。

そして――ガシリッ!と彼の手を掴み返した。

 

「あっ、あの……?」

「――ぼく……!君のために戦うよ……!!」

 

感動した!ぼくはいたく感動した!

ちょっと一言を、地の底をぶち抜いてから持ち上げてくるようなとんでもない人ではあるけれど――めっちゃいい人なのはわかった!

やっぱりこういうのは気分イイネ!

 

「そっ、そんな……!」

「謙遜しないで!ぼくがそう思ったんだからいいのさ!――まあ、任せてよ!この超、超々々々々々……ぉぉ!チート転生者御大様が!さくっと夜の王を蹴散らしてあげるからね!」

「あっ……ああ……!!なんと頼もしい!どうかお願ぇ致します!転生者様!」

「あーっはっはっは!」

 

「……やっぱり褒め殺しは悪手だな」

 

ポツリと呟かれた追跡者の言葉に皆が神妙に頷いたのを横目に――ふと、ぼくは空を見上げる。

相も変わらず感じる“夜”の気配のその先――リムベルドで戦っている三人を思い浮かべた。

 

 

――うまくやっているかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

………

……

…

 

 

 

――う(・)ま(・)く(・)い(・)か(・)ね(・)ぇ(・)も(・)ん(・)だ(・)な(・)ぁ(・)。

 

 

深い青に沈んだリムベルド。

“あ(・)れ(・)か(・)ら(・)”数刻が経ち、海を通して見上げたようなぼやけた日が地平線に触れているのを見ながら、“無頼漢”は苦笑した。

 

“アイツ”の負担を軽くしてやろう大作戦は遅々として進んではいない。

 

(まぁ、なぁ……)

 

当然だ。誰だって記憶を覗き見られる事は嫌に決まっている。しかもそれが触れられたくないものなら尚更。

あれから順々と拠点や強敵を蹴散らしたが――二人は時たまやってくる不定形の群れを強く警戒していた。

とはいえ、クラゲは殺せるし、触手は近づかなければいいし、水泡もずっと距離を取っていれば――気がつけば違う奴らを呑み込み始める。

対策は出来上がっていた。

 

(お前らが苦しんでいる事を知りたいからあの泡に触れようぜ!……なんて言えねぇし。……アイツなら言うか、んで叩かれる)

 

そもそもこういった策略は“風見鶏”や“彼”に任せていた無頼漢にとってこっそり誘導する事は難しく。

そうしてあれやこれやしている内に――宙に霊樹が浮かび、雨が降った。

 

 

――一(・)日(・)目(・)の(・)“夜(・)”が(・)や(・)っ(・)て(・)く(・)る(・)。

 

 

霊樹の下、“夜”の暗闇から這い出てきたのは――翼を生やした、巨大な人型の戦士だった。

鎧兜を身に纏い、剣と斧槍で武装したその姿は歴戦の勇士そのものだが……やけに細長い手足を持った作り物めいたその姿が、尋常の者ではない事を示している。

その正体は、“円卓”の書庫の記述で読み解けている。

 

――英(・)雄(・)の(・)ガ(・)ー(・)ゴ(・)イ(・)ル(・)。

 

無数の戦士達の死体を集め、蝋で固める事で生み出された存在。

戦闘用ゴーレムの類であり、それが弔いの為のなのか冒涜の為なのか……最早皆目見当も付かない。

ただ“夜”に支配されたそれは――その力を遺憾無く奮ってくる。

 

幾度と戦った事のある相手だった。

 

耳障りな猛りと共に振り下ろされる剣。

間違いなく只人ならば必殺の一撃を――無頼漢は真っ向から向かい合う。

 

「……ぉぉ!!」

 

裂帛の覇気と共に――その攻撃を、大斧の腹で正面から受け止めた。単純な質量の一撃が、無頼漢の身体を地に少し沈める――それだけだった。

内に宿る力が、“無頼漢”を歴戦の強者へと昇華させていた。

 

(昔っから頑丈さに自信はあったが……!まったく加護様々だぜ……!)

 

沸き立つ力が、無頼漢の戦意をより高ぶらせる。

まさしく――“(・)闘(・)争(・)心(・)”(・)。その力(スキル)は無頼漢を表すにピッタリの力だった。

 

「そぉら……!」

 

勢い任せに大斧を横にズラす。剣は火花を散らしながら、あらぬ方向に突き刺さった。

叩きつけようとした勢いを逸らされ、ガーゴイルは前のめりに体勢を崩し、その小さな顔を無頼漢の前に晒す。

 

――思い切り、拳を握りしめた。

 

「――お返しだぁ!」

 

“逆襲”とばかりに力の込もった拳で――ガーゴイルの顎をカチ上げる。もろに喰らったその一撃にガーゴイルはろくな防御も取れずに大きく仰け反る。

 

――その隙に、無頼漢の後ろから影が飛び出してきた。

 

“鉄の目”だ。

軽やかにだが鋭く、ガーゴイルへと接近する。

そのいっそ恐ろしさすら感じる素早い動きに、彼の“来(・)歴(・)”を思わせた。

 

無頼漢は詳しい事は知らない。

だが、裏稼業――それも一際血生臭い事に従事していたのは気づいていた。

……とはいえ、それがどうだと言う。

それによって培った業(スキル)が、皆の力になっている。

――感謝以外に、考える事は無頼漢にはない。

 

「そ(・)こ(・)だ(・)な(・)」

 

鉄の目は、疾走のまま――懐から取り出した半月状のナイフでガーゴイルの足の付け根を削り、距離を取る。

その目(・)が見抜いた敵の急所、その“傷跡(マーキング)”がこちらの攻勢の合図だった。

 

――無頼漢の後方から、澄んだ小声が聞こえてくる。

それは“隠者”の詠唱……彼女が持つ杖の先、埋め込まれた輝石に青光が集まり、それは徐々に紫がかってくる。

 

「ふっ……!」

 

そうして杖を掲げると、そこから無数の魔弾が撃ち出され――傷跡に集中する。

確かにそれが急所だったのだろう。ガーゴイルは立て続けの攻撃に体勢をまた崩し、隙を晒した。

 

――そこを逃すのならば、皆は“夜渡り”として生き残ってはいない。

 

(……まあ、作戦はダメだが、使命は順調だ。……またの機会って事で今は集ちゅ――)

 

 

 

――その時。

 

 

 

ゴ(・)ポ(・)リ(・)、ゴ(・)ポ(・)リ(・)、と。

戰場では聞き慣れない、水音が聞こえてきた。

 

「……ッ!」

 

弾かれるように振り向くと、雨の向こうからクラゲを連れた水泡が迫ってきていた。

 

「はぁ!?この状態でそれは反則だろ!?」

 

求めてはいたが求めていないタイミングでやってきてしまった。

水泡は霊樹の守りを通り過ぎ――他二人をカバーする為に後方に下がっていた“鉄の目”に迫っていく。

鉄の目は避けようとするが、ぐるりと囲む“夜”の雨に二の足を踏み――その隙に目と鼻の先へと。

 

「ちっ……!」

 

そうして、鉄の目の微かな苛立ちと共に。

無頼漢は意識は、また しずかに そ の まどろみに 

 

しずんで

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

縺ィ繧ゅ□縺。 縺ソ縺、縺代◆

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――“施(・)設(・)”。

 

その名は、路地裏に隠れ住むゴミのような浮浪児だった俺(・)でも知っていた。

 

闇に潜み、ただ人を殺し続ける傭兵集団。

 

理由も目的も分からない。

ただ、イカレてるにしては理性的にイカレた事を繰り返しているヤバい連中である事は誰もが理解している事だった。

 

そんな所には、入る方法がたった一つだけある。

“後見人”と呼ばれる者の独断によって選ばれ、苛烈な“教育”の末……死んでなければ、入る事が許される。

選ばれる者は様々。

腕が立つ奴、好き好んで闇に首を突っ込みたがる馬鹿――死(・)ん(・)だ(・)と(・)こ(・)ろ(・)で(・)、(・)誰(・)に(・)も(・)気(・)づ(・)か(・)れ(・)な(・)い(・)浮(・)浪(・)児(・)。

 

……そう。

幸か不幸か――俺は選ばれ、生き抜き、一員となった。

 

そうなって尚も理由も目的も分からない、殺しを担う者として。

 

 

 

俺の“後見人(マスター)”に呼び出されたのは、そうなってすぐの事だった。

 

 

 

“後見人”、イゾルデは、全てが得体の知れない女だった。

 

上流を感じさせる立ち振舞い、黒一色のドレスに顔全体を隠した黒のベール。垂れる黄金の髪が触れざるものとして如実に示している。

一見、手弱な未亡人のようにしか見えないが……長年に渡り“施設”に仕え、その地位を確立している事を知れば――会う度に、巨大な毒蛇と対しているような圧迫感を感じていた。

 

「これから会う人物は、貴方達の中でも古(・)株(・)……私が見出した者の一人です」

 

連れ出され、“施設”の中を歩きながら、イゾルデは静かに語る。

 

「“彼”に会わせる事……それは、貴方に対する期待の現れだと思って下さい」

「光栄です」

 

と、言っておきながら特に喜んでいなかった。

“教育”で学んだおべんちゃらに過ぎない。そもそも俺達の中での――“古株”、つまりは生き残りなぞ。

いったいどんなイカレ野郎か知れた事ではない。むしろ会いたくないわそんな奴。

 

とは、言えず。

俺はただ無心のまま、イゾルデに着いていく。

どんどん進んでいき――やがて、俺が来た事もない離れのような場所まで近づいていく。

 

「――あそこです」

 

そうしてイゾルデが指差したのは、廊下の先――“施設”でも見た事もないような精緻な意匠が施された鉄の扉だった。

まるで誰かを封するような、重苦しい印象を与えてくる。

……知らず、生唾を呑み込んだ。

 

「あの中に私の―――」

 

 

――轟(・)音(・)。

 

 

「見……出し……」

 

――一瞬で鉄の扉が吹き飛んだ。

ゴンッガンッとそこかしこにぶつかりながら、イゾルデの足元に滑り込む。見事なまでに凹んだ扉の残骸が。

 

「………」

「………」

 

……黒煙が辺りに立ち込み始める。

どう反応すればいいのかわからず呆然としていると――イゾルデはつかつかと近くの窓に近づき、勢い良く開け放った。

その高貴な佇まいには似合わない強引さで。

 

「………」

「あの……」

「……爆薬の実験はやめろとあれほど言ったのにあのお馬鹿はいったい何を考えているの私がどれほど他の…………」

「マスター?」

「――んん!何でもありません。参りましょう」

「………」

 

俺は黙ってイゾルデの後に続く。

この人も苦労してたんだな、と謎の親近感が湧いたのを悟られないように。

 

扉があった場所からは絶え間なく黒煙が沸き立っており、近づいていく内にそこからケホケホと咳き込んでいる影が見えてきた。

 

「ケホッ、ああもう蝙蝠耳の奴め……!またしけた硝石よこしやがって……次の奢りの話は無しだ無し!まったく……」

 

出てきたのは――見慣れない黒の装束を身に纏った男だった。

こちらに気づいていないのか、一通り悪態を吐き続けると――残骸を静かに見つめだした。

 

「さて……イゾルデに言い訳しなきゃ……」

「ええ――是非、聞かせてくださいな?」

 

――ビクリッ!

そう表現するしかないほど大きく肩を震わせた男は、軋む音が聞こえるんじゃないかと思うくらいゆっくりこちらを振り向く。

この辺では見た事のない顔立ちは――如実に示していた。

 

――あっ、やべっ、しくった。

 

「………」

「………」

「……や」

「や?」

「ややや、やあ!イゾルデぇ!スイートマイマスター!今日はなんだか一段とお美し――」

「――頭が高いですね?」

「アッハイすんません正座っすね、はいごめんなさい」

 

いそいそと正座を始める情けない男と――この時、初めて目が合った。

おちゃらけた仕草と声色に似合わない、死(・)に(・)切(・)っ(・)た(・)淀(・)ん(・)だ(・)瞳(・)と。

 

ため息混じりにイゾルデは俺に言った。

 

正(・)座(・)す(・)る(・)男(・)を(・)指(・)差(・)し(・)て(・)――

 

「――コレは、“鉄(・)の(・)目(・)”。これより、貴方の師となる者です」

「………。えっ、聞いてないんだけど」

「言いました。貴方が忘れているだけです」

 

 

どうしようもない、人間性を削れ続けただけの“教育”の末に。

俺は、“あいつ”と……いや、“鉄の目”と。こんな締まらない風に出会ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな頼りない姿晒してくれた我が師だったが――イゾルデをして“古株”と言うに足る者だった。

 

「――はーい、仕事おわりー。ねむれやすらかにー」

 

眼下に広がる悲鳴と怒号。

それを見下ろしながら気の抜けた言葉を吐くのは師だった。

 

 

 

――仕事を見せなきゃ分からないだろう、と。

イゾルデが一緒に持ってきた指令書……殺しの依頼。

 

それを面倒そうに受け取った師は、俺を連れてそのまま街に出てると、協力者から標的の居場所を聞き、開けた屋上から――射抜いたのだ。

 

背に携えた、展開式の大弓を以て。

大弓から放たれた大矢は風を切る音と共に、標的の腹を届き――胴(・)体(・)を(・)引(・)き(・)千(・)切(・)り(・)、その余波で家族と思わしき人間も、腕がどこかに飛んでいく。

 

残ったのは、一瞬で出来上がった惨状。

指令書を受け取ってから一刻ほど。何の参考にもならない、鮮やかな手際だった。

 

師は下の騒ぎを気にもせずに、大弓を畳むと――俺に向き直る。

 

「まっ、こんな感じだね。ごはん行こっか」

「はい」

 

おちゃらけた声色を聞けば、まるで気の良い青年のようにしか聞こえない。けれど――そうではない。

 

(成る程な)

 

まともに見えても、あの“教育”を乗り越えているのだ。

――イカレ野郎には変わらない。

俺も、そんなのの仲間になってしまったのだが。

 

 

 

 

 

「“教育”のせいか、血が付くのが嫌なんだよねー、だからあんな感じでやってるのさ。便利でしょこ(・)れ(・)?」

「はい」

「あげないよー?給料3ヶ月分の代物だかんね。死との結婚指輪さ」

「はい」

「……ねぇ」

「はい」

「イゾルデって超高慢ちきで嫌な奴だよね」

「は……っ、いっ、いえ……」

「あははー、引っかかってやんのー」

 

喧騒溢れる食事処。

先ほど惨状について、そこら中からひっきりなしに聞こえてくる中。その下手人は酒を片手にケラケラと嗤っていた。

 

「………」

 

俺は緊張していた。

師の事もあるが――こんな店、入るのが初めてだったから。

どういう風に振る舞えばいいのか、よくわからない。

 

「……ふぅむ?」

 

そんな俺の様子を見て首を傾げた師は――そのままコップを俺の前に置くと、酒を注ぐ。

 

「……その、成年はまだ」

「えっ、マジか。“教育”やると皆目ぇ死ぬからわかんなくなるんだよね。まあ、飲みな飲みな」

「………」

「人の法を守るなんてアホらしい事よー?ぼくらみたいなモンがさ」

「……はい」

 

それもそうか。

俺は注がれたエールを恐る恐る持つ。

……これが酒。俺等を蔑んでいた連中が飲んでいたものか。

 

「……まあ、仕事の業(・)なんて教えるのめんどいし、見て覚えてね」

「はい」

「ぼくの弟子なんだからぼくの言う事には従うこと。いやーな事でもやるんだよ?いい?」

「はい」

「ふーん。イゾルデに悪口言えって言ったら行くんだね?」

「は……、い」

「ふふふのふ。その調子。はーい、じゃあかんぱぁーい」

「か、乾杯」

 

――コツン、と木のコップ同士がぶつかる。

「……ガラスじゃないと締まらないな」と小さく呟いた師は、一気に酒を煽る。

……俺もそれに倣って一気に呷り――口内に広がる苦みに顔を顰める。

それを見てケラケラ嗤う師の姿は、実に憎らしかった。

 

「んじゃ宜しくね――新人(ルーキー)?」

「はい」

「あっ、そうだ。ぼくらってイゾルデの手足で同じなんだから師ってのも変な感じだからさ。そうだなぁ……兄弟子、そう!――お兄ちゃんと呼んでいいよ!」

「わかりました、師よ」

「あれー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで共にいた日々だったが。

殺しの業は言う通り、欠片も教わらず――そもそも不足が無ければ一瞬で終わるせいか、専ら、師の手伝いをさせられていた。

 

最初に会った時にもやっていた、爆薬の実験だ。

師が言うにはイゾルデからは疎か、他の上層部からも全面的に禁止されているそうだが――

 

「うるせぇぇええ知らねぇぇええ、だよね」

「……それでいいのか?」

「いいんだよー。仕事はやってんだしね。文句があんならかかってこいさ。脂肪がぎっちりの腹で出来るならねぇ」

 

その頃には、あまりの妙ちきりんなせいで見せかけの敬語は取れていた俺は、師の“こ(・)う(・)い(・)っ(・)た(・)所(・)”は畏怖を覚えていた。

 

“教育”をされてなお――上層部への反抗などと。

考えることすら恐ろしいのに。

 

「ルーキー。ぼくには野望があるのさ。だから爆薬の研究をしてる」

「ろくでもない事か?」

「もっちろん。産屋敷みたいにしたいんだよねぇ」

「………?何かの隠語か?」

「似たようなもんだね。君にも話せ――」

 

 

 

――轟(・)音(・)。

 

 

 

「………」

「………」

「……よくはわからんが、成功までは遠そうだな」

「……。……ねぇ、イゾルデへの言い――」

「断る」

「なっ!ルーキーのくせに!」

「お前の“教育”の賜物だ」

「喜ばしいけど嬉しく――ひぃ……!?」

 

ヒールの音が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………。

そんな風に過ごしていた。

 

殺しをし、一緒に食事をして、爆薬の実験をしてイゾルデから逃げて――一緒の部屋で眠る。

やっている事はろくでもない、何処かしこにも迷惑を掛けるものだったろう。

 

……。けれど――浮浪児でいた頃よりも、“教育”を受けていた時よりも。

ずっと、ずっと。充実していた。

 

 

打ち解けていた、と思っていたんだ。

俺の弓もナイフも――その戦い方も、皆あの人から学び、自らの物とした。

優秀だったろう。

 

 

――思(・)え(・)ば(・)。

それが良くなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

――数(・)年(・)も(・)す(・)れ(・)ば(・)。

俺も師とは別に殺しの依頼を任される事があった。どうして死する必要があるのかも知らない他人を。

師のようにすぐに終わる事は無かったが、何とか済ませ――師の部屋に帰る時だった。

 

――言い争いが聞こえた。

 

「……貴方、言っている事がわかっているのですか」

「わかってるよぉ、何度も言わんでさイゾルデ」

 

(……イゾルデ?)

 

俺は部屋に入らずに足を止める。

イゾルデが師の部屋を訪れる事はよくあった。

しかし――こんな険しい声は聞いた事が無かったのだ。

 

「仕(・)事(・)は(・)し(・)な(・)い(・)よ(・)。やる気が出なくてさ」

「………」

 

(はっ……?)

 

その言葉に俺は信じられない思いだった。

どんな事をやらかしても“仕事”は全うする。それが“鉄の目”たる師のやり方だった。

それが俺達、“教育”を受けた者の最低限だ。

 

それをしない、など。それが意(・)味(・)す(・)る(・)の(・)は(・)。

 

「……そんな我儘が通るとでも?」

「通るんじゃない?爆薬の実験も何とはなしに許されてんじゃんか」

「……!貴方がここまでの蛮行が許されているのは私の庇護があったからです!それなのに――!」

「おいおいイゾルデぇ。君に拉致された時から言ってるよね?――頼(・)ん(・)で(・)な(・)い(・)ん(・)だ(・)よ(・)そ(・)ん(・)な(・)事(・)。」

「――ッ!」

「話は終わり。ぽんぽこたぬき共に宜しく」

「……後悔しても知りませんから」

「“此処”に来てからずっとしっぱなしだよばーかばーかあっちいけ」

 

ヒールの音が近づいてくる。

俺は知らず廊下の影に隠れる。本来ならその程度でも気づくだろうイゾルデは焦ったようにそのまま通り過ぎていく。

そのあまりにも感情的な姿に――嫌な予感がした。

 

そのまま静かに、師の部屋に入る。

いつものように乱雑な惨状の部屋で、師はいつものように何かをいじくり回していた。

こちらに気づいたのか、ケラケラと嗤いだす――いつものように。

 

「――おかえりー。な(・)に(・)か(・)聞(・)い(・)た(・)?」

「………」

「ルーキー?」

 

俺は――

 

「い(・)や(・)、イゾルデが慌ただしく出ていったのが見えたが……喧嘩、でもしたか?」

「似たようなもんだねぇ。負けっぱなしだったけど、今回はぼくの勝ちになりそうでさー」

 

――聞かなかった事にした。

聞けなかった。怖かったんだ。俺達は“仕事”をしないと――遠からず、“除(・)籍(・)”される。

その意味と、向き合いたくなった。信じたくなかったんだ。

 

この日々が終わる事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――“鉄の目”が裏切りました」

 

「上層部の14名を殺害し、逃走しています。追手を何人か送りましたが――帰ってきておりません」

 

「命令です。貴方の手を以て――“鉄の目”を除(・)籍(・)なさい。その後、死体をここに運んでくる事」

 

「いいですね?」

 

 

感情を廃したイゾルデの言葉。

俺は――それに、頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師はなんてことはない所に隠れていた。

俺達が訪れた事のある、どうでもいい場所――だから、逆にそのせいで“施設”の連中には見つからなかったんだろう。

だから、師はそうした。

 

――俺だけが、現れるように。

 

 

「やぁ、ルーキー。悪いねぇこんなとこまで」

 

 

師は何事もなかったかのように話しかけてくる。俺は弓を引く手を止めず、矢先を彼に向けていた。

 

「……なぜ、なん――」

「実はさ――産(・)屋(・)敷(・)ボ(・)ン(・)バ(・)ー(・)が(・)や(・)り(・)た(・)か(・)っ(・)た(・)ん(・)だ(・)」

「はっ……?」

「んでね。地獄で雁首揃えた馬鹿共に中指立ててやろうってずっと思ってた。楽しそうでしょ?」

「いったい何の……!」

「――ぼくがなんで“古株”になってるか、わかるかな?」

 

俺の困惑を他所に、何が面白いのかケラケラと嗤いながら師は語る。

 

「普通さ。こんな爆薬ばっかいじってる危険人物なんて普通に“除籍”もんでしょ?そりゃあ?ぼくは超有能チート転生者様だけどもさ?枕元でボンボンやってるやつ。邪魔でしかないでしょ?」

「………」

「けれどそうしなかった――出(・)来(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。イゾルデの余計なお世話もあったんだろうけど、他の連中も堪えてた。それはつまり――“ぼ(・)く(・)”に(・)、(・)何(・)か(・)の(・)利(・)用(・)価(・)値(・)が(・)あ(・)っ(・)た(・)ん(・)だ(・)。殺し以外にね」

 

そう言うとケラケラ嗤って――吐き捨てた。

 

「不思議だなぁ。ぼくってさ、頼られるのは嬉しいんだけど――あいつらの役には立ちたくないんだよ。エンガチョ、吐き気がする。だから産屋敷みたいにさ、『こんなに話を聞いてもらえると思わなかったな、イゾルデ』みたいに格好良く決めたかったんだけど……」

 

そこで、何故か師は――俺(・)を(・)見(・)た(・)。

そうして肩を竦めて、また嗤う。

 

「まあ?イゾルデの思惑に乗ってやっても良かったけどさ――ふふっ、嫌がらせはぼくだけにしとけば良かったのに。ほんと、ぽんぽこたぬきは馬鹿だねぇ。色々頑張ってたイゾルデはカワイソーに」

「………」

 

理解出来ない。理解したくない。

それではまるで、俺が――俺のせいで。

 

師は愛用していたクロスボウを此方に向ける。

反射的にそれに合わせるように俺も弓をまた構えた。

 

“教育”の賜物だ。

――殺される前に殺す。迅速に。そうでなければ死ぬのだから。

生き残る為にそれを何よりも覚える。そうしなくてはすぐに死ぬ。

身体が――意(・)識(・)せ(・)ず(・)に(・)出(・)来(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)。

 

「……めろ……」

「あの大弓あげるよ。実を言うと初(・)め(・)て(・)会(・)っ(・)た(・)時(・)か(・)ら(・)君(・)に(・)ピ(・)ッ(・)タ(・)リ(・)だ(・)って思ってたんだ。嫁さん寝取られたみたいで悔しかったよ」

「……てくれ……」

「ああ……ぼくの部屋におっきな棚あるじゃん?その上にイゾルデ宛の手紙があるから、アレに渡しといて。……逃げる前に顔拝んときゃ良かったなぁそういや」

「――やめてくれ……!!」

 

「あとさ」

 

 

そう言って、師は笑(・)っ(・)た(・)。

見た事もない。きっとそれが“あいつ”の本当の――

 

 

「君(・)は(・)生(・)き(・)ろ(・)よ(・)。生きてればきっと良い事があるさ、そういう歌嫌いになっちゃったけどネ」

 

 

カチリ、とクロスボウの引き金の音を聞いて――反射的に弓を放つ。

寸分無く、矢は師の頭を突き抜けた。

 

どしゃり、と倒れる音が聞こえる。

――それから、何も聞こえない。ケラケラと嗤う師の声も、俺の呼吸すらも。

 

クロスボウからは、何も放たれる事は無かった。

 

 

「……この人に、利用価値があった」

 

――『命令です。貴方の手を以て――“鉄の目”を除(・)籍(・)なさい。その後、死(・)体(・)を(・)こ(・)こ(・)に(・)運(・)ん(・)で(・)く(・)る(・)事(・)』

 

 

イゾルデの言葉が頭の中に木霊する。

“施設”は今以てしても――何(・)が(・)目(・)的(・)で(・)何(・)の(・)理(・)由(・)が(・)あ(・)っ(・)て(・)存(・)続(・)し(・)て(・)い(・)る(・)か(・)、俺にはわからない。

だが、師の言葉はわかる。イゾルデの言葉もわかる。

 

――このままにしてはおけない。

 

俺は、震える手を抑えつけながら“あるもの”を師の胸の上に置く。

そうして――火を点けた。

 

 

「ウブヤシキ、は知らんが……きっと、こういう意味だろう?」

 

 

俺は一歩下がって見ていた。

――視界が、真っ赤に染まるその瞬間まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、コ(・)レ(・)が結果ですか」

「はい。見つけた途端――激(・)し(・)い(・)抵(・)抗(・)に(・)合(・)い(・)、何とか仕留めようとした時に、隠(・)し(・)持(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)爆(・)薬(・)を(・)以(・)て(・)自(・)爆(・)し(・)ま(・)し(・)た(・)。申し訳有りません」

「……いいでしょう」

 

――そういう事になった。

“施設”に戻った時。イゾルデと共にいた喜色塗れた馬鹿共が、俺の血塗れの姿と差し出したモ(・)ノ(・)を見て、固まったあの光景は――今なお胸が空く。

 

「聞きましたね?その手(・)足(・)で(・)あ(・)ろ(・)う(・)も(・)の(・)を持って消えなさい」

 

イゾルデのその言葉に、馬鹿共は悔しそうに――しかし、それらを丁寧に抱えて去っていった。

……よほど、必要だったらしい。

 

「………」

「………」

 

――会話はない。

ただ、イゾルデは足を動かした。それに、俺も続いた。

 

着いた場所は――師の部屋。

乱雑なその場所は、今にでも師が出てきそうなほど、生活感に満ちていた。

 

「………あの人は、なんと?」

 

忍ぶように、隠すように。イゾルデは呟く。

背を向いたまま――顔を隠すように。ベールで隠れているというのに。

 

「自分には利用価値があるのを知っている。それをくれてやる事はない、と」

「……そうですか」

 

イゾルデはドレスの裾を強く握りしめた。

とても似合わない、感情的な仕草だった。

 

「利用価値、とは?」

 

俺がそう訊ねると、少しだけ沈黙が広がる。

 

「“あの人”は、我(・)々(・)が(・)求(・)め(・)て(・)や(・)ま(・)な(・)い(・)も(・)の(・)を持っていました。それは“施設”の悲願と言っても差し支えありません」

「………」

「私はそれを支える事を使命と考えましたが――他の者達は違いました。只人が……下賤な“外”の者が、それを受け取れるはずがないと目を反らす事にしたのです」

「……結果、こうなったと」

「ええ。心の底から願うものが、決して手に入らぬと見せつけられる事ほど嫌なものはないでしょう?……ふふっ、大義名分が無ければ何も出来ないくせに……本当に――下(・)賤(・)な(・)連(・)中(・)。“外”が長いせいで身も心も汚れたのでしょう」

 

イゾルデは嗤っている。

――“あの人”のように。

 

「ですが、私も同じ事。気づくのに遅れたせいで、あの人は……もう誰も受け入れる事はありませんでした。貴(・)方(・)以(・)外(・)」

「………!」

「思えば、失策でした。貴方と出会わせる事で少しでも“施設”に繋ぎ止めようと考えたのですが」

「……俺の」

 

 

ふと、沈黙が広がる。

 

 

「何か、欲しいものはありますか?」

 

急に、イゾルデはそう言い出した。

 

「はっ……?」

「褒美です。私、実は少しヤケになっています。大抵の事なら叶えますがどうでしょう?」

「………」

 

そ(・)こ(・)で(・)。

俺は、背に感じる重みを思い出した。

 

「……名を」

「はい?」

「――“鉄(・)の(・)目(・)”を拝領したく」

 

その言葉に、イゾルデは少し固まった。

 

「……それがどういう意味か、貴方は分かっていますか?」

「覚悟の上です」

 

最早、その名は“施設”にとっては忌み名に近い。

それを持つ事は――苦難を背負い込むだけなのはわかっている。

ただ、手放したくなかったのだ。

師であったものを。何もかも、爆散してしまったのだから。

 

「いいでしょう。貴方はこれより“鉄の目”を名乗りなさい。その名を以て、我らに仕えるのです」

「心得ました」

 

……そういえば。

頼まれた事を忘れるところだった。

 

俺は、師の言っていた棚の上に手を這わす。するといつから置いていたのか、埃まみれの手紙が出てきた。

それを少し払い――イゾルデに手渡す。

 

「……これは?」

「師が貴女にへと」

「……私に?」

 

イゾルデはそれを手に取った。

手渡す際、埃で払われた手紙にはこう記されているのが見えた。

 

――My,Dear

 

「………」

 

イゾルデはそれを暫く見つめると――中を検めずに、此方に差し出した。

 

「捨ててください」

「……宜しいので?」

「裏切り者の言葉です。……見るに値しません」

「――わかりました」

 

イゾルデから手紙を受け取る。

伝わる震えは、きっと――気のせいだろう。

 

「――では」

「はい」

 

イゾルデはそれを最後に部屋を出た。

 

 

 

 

 

「………」

 

暫く、俺は手紙を手に佇んでいた。

これからきっと俺は――“鉄の目”として生きるのだろう。“施設”の手足として生き、そして死ぬのだろう。

 

「………」

 

やろうと思えば、今すぐにでも死にたい。

けれど――そう、師(・)の(・)言(・)葉(・)は(・)絶(・)対(・)だ(・)。それだけは、守らねば。

 

「………ん」

 

ふと、手紙に意識が向く。

――“後見人”の命令は必ず従わなければならない。

“教育”で死ぬほど叩き込まれる事だ。

 

……だが。

 

「………いいか」

 

今だけ。

今だけは、いいだろう。

“あの人”がどんな思いを残したのか―――それが知りたい。

 

迷いは一瞬。

見られない内にと手早く中を検め、

 

「……っははは!」

 

笑ってしまった。

 

 

 

 

 

何(・)も(・)書(・)か(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)真(・)白(・)い(・)紙(・)に、あの憎らしい嗤いを浮かび上がる。

 

 

 

 

「やるなぁ……兄さん」

 

 

 

 

 

―――――――――

縺薙l縺倥c縺ェ縺縺薙l縺倥c縺ェ縺縺薙l縺倥c縺ェ縺

―――――――――

 

 

 

 

 

 

――気がつくと、“無頼漢”は霊樹の中を見上げていた。

 

のそりと起き上がるとその隣に、ガーゴイルが倒れている。小さな呻きのようなものが聞こえるから生きているようだ。

自分たちのように意識が何処かに行っている。

 

「……――よいっしょっと」

 

――ゴ(・)キ(・)リ(・)ッ(・)、と首を折った。

そうしてその身体が“夜”に溶けてゆく。勝負は無情なのだ。

 

“無頼漢”はそのまま周りを見渡すと――視界にふ(・)ん(・)わ(・)り(・)と(・)し(・)た(・)も(・)の(・)が横切った。

そしてそれは何処かに消えていく。

 

通ってきた方向を見ると――“鉄の目”が大の字で寝転んでいた。

 

「………」

 

隠者と目が合い、俺が行くと合図して――前に出る。

 

寝転んでいた鉄の目は起きていたようで、見下ろす此方と目を合わせた。

――焦(・)点(・)が(・)し(・)っ(・)か(・)り(・)し(・)た(・)、淀んだ瞳を。

 

「ん」

 

何も言わずに手を差し出す。

 

「ん」

 

何も言われずに手を払われた。

……調子出てきたなこの野郎……!

 

静かに鉄の目は起き上がる。その背に無頼漢は声を掛けた。

 

「何か言われたいか?」

「――見た事は忘れろ」

「ういうい。ただまあ、なんだ」

 

無頼漢は、“鉄の目”の最期を思い浮かべる。

 

「お前のせいじゃねぇよ」

「………」

「お(・)前(・)の(・)お(・)か(・)げ(・)で(・)、アイツは戻ってこれたんだと思うぜ」

「……それは“表”の人間の考え方だろう」

「ははっ、ちげぇねぇ」

 

無頼漢もスネに傷のある人生を送ってきたが――鉄の目ほどじゃない。そんな人間が言っても知ったかの戯言だろう。

 

ただ、そう思っただけだ。

 

 

「………」

 

 

そ(・)こ(・)で(・)――“鉄の目”が何処かを見ている事に気がついた。

無頼漢が辿っていくと、そこに隠者がいる。

 

二人の男に見つめられている魔女は、ええっと?と首を傾げた。

 

「……不公平だろう」

「……っ!んだんだ、不公平だな。うん」

 

「えっ……」

 

困惑する彼女に一歩近づこうとした時――急に“夜”が晴れていく。

どうやら微睡んでいる間にも浄化は進んでいたらしい。

 

隠者は助けとばかりに彼女らしからぬ動きで素早く立ち上がると――

 

「あっ、そういえば南の方に魔術師塔があったわ二人には縁がないだろうから一人で行くね“夜”が深まる頃に合流するごきげんよう!」

 

たったかと“疾走”していく隠者の背を、二人は追いかける。

 

――逃がさん。

この時ばかりは、意志は一致していた。

 

俺達は“夜渡り”。共に戦う同志なのだから。

勝利を称え合うように――恥も晒し合うべきなのだ。

 

 

 

特に深い意味はない。たぶん。

 

 

 

 

 

 

 




―――

密使の装束

“深海”の底に沈んだ縺ィ繧ゅ□縺。の残滓
マリスが集め、いつか形になると信じているもの。

“施設”がまだそう呼ばれるよりも前の由緒ある衣装であり、縺ィ繧ゅ□縺。が“鉄の目”となった時、後見人イゾルデはこれを贈った。

誰も認めることは出来なかったが確かに見えたのだ。
淀みに溺れ死に切った瞳のその奥に、我々がとうに失った――祝福の導きが。

――

ずっと後悔している、“あの日”の事を。
俺のせいで生きて、死んでしまったあの人を。
だから、これだけは。託された願いだけは、必ず履行する。
その邪魔をするならば――人も化け物も夜の王も、そしていつかきっと“施設”だって殺し尽くそう。

師の……兄の、命令は絶対なのだから。

そしてそれが。
あの能天気に“笑っている”あいつを――二度と“鉄の目”にしない事に繋がるだろうから。

――


―――
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