“転生者” 作:ダフネキチ
人馬との第数えるのもいや次戦争はおわった
平野でやったから建物被害はなし 傷病者は1003人 死亡者は22人
大防衛に比べれば少な
バカじゃないのか ぼく
皆、へーかの治世の礎になれる事を名誉に思いますと言って死ぬ
ほんとに?死ぬその瞬間まで心の底からそうおもってる?
最近はずっとそればかり考える
―――
―――
もう誰も死なせたくない
こんなぼくを王と呼ぶ皆のために
なにもできないぼくは だから武器をつくるしかない
もっと早く殺せるように もっとおぞましく殺せるように
そうすればだれも死なない
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐち
ゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃにすればいい
そんなものをみんなにもたせて ころさせれば
いつまでこうしてればいい?
かみさまが全員死ぬまで?ぼくらに関わるものを殺しつくすまで?
―――
―――
ぜんぶぜんぶ 自業自得
あの時 皆をふりきって森にかえればよかっただけ
神々のおもちゃにされるのをみすてて
・ ・ ・
おさけもこの一杯でおわり
マリスともお別れかな 弱音とも
前をむいて 皆のために また殺そう
でも つかれたな
―――
――深い青に沈んだ“リムベルド”。
押し寄せた“夜”を一度退けた、ぼやけた日の光に照らされたその地。
常とは違うその戦場で、三人の“夜渡り”は方々を疾走していた――
使命とはかくも不変であるが、それを差し置いてでも為さねばならない事があるのだ。たぶんきっと。
「おーい!ねーさんやーい!悪かったよぉー!出てきてくれー!もう諦めたぁー!!」
野太く響き渡る大声を上げながら謝罪をする“無頼漢”。
その手には――何処からか掻っ払ってきた鞭で作った投げ縄が握られている。ユラユラと回される輪は、言葉とは裏腹に獲物を探し求めている動きをしていた。
――つまりは嘘であった。
「そうだな。謝らせてくれ。殺しはせん」
聞かせるにしては普通の声量の“鉄の目”は、しかりと弓を携えていた。矢を添えつつ周りを警戒するその眼光は、まさしくその名の通り。敵を見つけ次第、寸分も隙も無く矢が放たれる事だろう。
この場合の“敵”とは語るに及ばず。
――つまりは嘘であった。
そんな男二人の
そんなこんなな、使命そっちのけの追いかけっこは……数刻が過ぎてもなおも続いていた。
「うーん……近くにはいると思うんだがなぁ……」
無頼漢は、これ幸いにと勝ち馬に乗った事を軽く後悔していた。
まさかこれほど見つからないとは。
だがしかし――勝算はあった。
それは「完全に使命そっちのけは、流石にダメだろう」という無言の同意の下、隠者を探しつつ手頃な拠点や敵を襲撃している時に――どこからか、魔術の援護が飛んでくる事があったからだ。
流石にあっちも同じ気持ちだったらしい。
しかし、姿を見せないのはそれを通り越した意地か何かなのだろう。
「……恐らく“擬態の魔術”だろう。あの女ほどの魔術師なら使えるはずだ」
「ほぉ、おとぎ話みてぇなのもあるんだなぁやっぱ。使ってるとこはみたことねぇが」
「俺達の“仕事”は隠密ではないからな。そんな事をする暇があるなら、囲んで棒で叩き潰した方が早い」
「そりゃそうだ。……んじゃ、ちょっと厳しいかぁ……?」
擬態の魔術とやらがどういった代物かを無頼漢は知らないが……ここまで見つからない以上高度なモノである事は確かだろう。
若干の諦めの気持ちが出始め、ボリボリと頭を掻いていると。
「……
「お」
鉄の目がぼそりと嬉しい事を言ってくる。
情報の事だけではない。
常に無口で戦闘の事以外は基本会話に参加しないこの男が、自発的に話してくれた――腹を割って話してくれる事が少し嬉しいのだ。
……無理やり掻っ捌いた感じがするがたぶんの気のせいだ。
「兄……んんっ、“師”の付き添いでな」
「ほほう、“あいつ”か。どうやったんだ?」
「ああ――」
“転生者”。この場合は――“先代・鉄の目”。
記憶を通して見た彼は、変わり者のまま、そのまま変わり果ててしまった歴戦の暗殺者だ。
「――最終的に森に誘い込み、山火事を起こして燻り出した」
「やり過ぎだろ」
無頼漢の脳裏に、松明片手にケラケラと嗤う“彼”が浮かび上がる。
あんまりにも鮮明に浮かび上がる情景だった。
「基本、“狩り”のやり方は自由だが――過ぎると、処罰されるのが常だ。だが、あの件について
「……つまりは?」
「――魔術師に本気で隠れられると見つけられない」
「ダメじゃねぇか」
だが、無頼漢の嘆きに鉄の目は鼻で笑った。
「だが、これは何も知らない標的の場合だ。俺達はあの女の“傷”は知っているだろう?そこを突く」
「お、おお」
「
そう言ってスタスタと歩き出す鉄の目の背を無頼漢は呆然と見つめる。
なんか……有能な奴がよりいっそう有能になった気がするな。
向かった先は、少し前に隠者自身が話していた――南にある魔術師塔。そこに行くという言葉は嘘では無かったようで目ぼしいものは粗方漁られているようだった。
男二人は
「んー!ダメだ!見つからねぇ!」
「そうだな」
「いやー!惜しいなぁー!気づいた事があって教えてぇんだけどなぁー!ずっげぇ耳寄りの情報なんだけどなぁー!!」
「ああ、そうだな……たちの悪い商人か?」
「……うるせぇ記憶を見られた事は辛いがまさかこんな効果があるなんてなぁー!」
――
ふと、すましていた耳に引っかかった音が聞こえる。
もう一押しだろうか。
「これなら夜の王もイチコロ!“アイツ”の為にもなるなぁ!っとと、そうだ。……ここだけの話なんだけどよ」
無頼漢はそう言うと、口元を手で隠しながら鉄の目とコソコソと顔を寄せ合った。
「……で、どうだ」
「……横滑りする切り株がこの世界にあると思うか?」
「……“ここ”ならありえそうだが」
「……それもそう――
その一瞬――鉄の目は、矢を放つ。
鋭く向かったその先はなんの変哲も無い乾いた切り株。だが、着弾と同時に――「きゃっ!」という可愛らしい驚きと共に煙が溢れだした。
その隙に、無頼漢は投げ縄を煙の中に放り投げる。確かな手応えと共に引っ張ると。
――コロリ、と縄に掴まった隠者が足元に転がってきた。男二人を見上げた彼女は、拗ねたように唇を尖らせる。
「んもう……騙したのね?」
「まあな。でもまあ――
「えっ……?」
隠者の目がまだ油断無く周りを観察している事は気づいていた。
また逃がして時間を無駄にする必要はない――無頼漢の“思惑”も、もう隠す必要もなし。
このまま突き進む事にした。
「姉さんよ――
「……それは」
「人間の精神は死んで蘇る事を繰り返せる形になっていない――
それが夜渡り達の“加護”の弊害。
そのせいで、記憶を忘れている事も忘れたり――どこか、おかしくなる……なんて事が起きる。
それはしょうがない事だ。
戦い続け、夜の王を殺すのが“使命”なのだから。
「そうなってると、見てるこっちは忍びなくてな。なんとかしてやりたくて、あの泡を使ってどうにか出来ねぇかなって思ったんだよ」
「……だから、一日目は下手な誘導をしてたのか」
「ありゃバレてたか。だがまあ――良かったろ?な?」
「……ふん」
そう鼻白む鉄の目は“ここ”に来るよりも前にしかりとした目をしている。
最初は、覗き見た記憶からおかしくなった原因を探る……というのが無頼漢の作戦だったが――今の“鉄の目”を見ると少し考えが変わった。
きっと少しおかしくなるのは、自分を少し見失ってしまう事で起きるのだろう。それをまた見つけるには……自分の過去を振り返るのが、もっともわかりやすい。
――
忘れてしまったかもしれないその理由は、忘れている過去にしかないのだから。
鉄の目を見つめる隠者に、無頼漢は問いかけた。
「あの泡が何をしようとしているかは知らないが、有効活用してやろうぜ?――これから戦い抜く為にな」
「………」
何か考え込むように隠者はしばらく沈黙すると――ため息を吐いた。
「……そんな事言って。私と“あの子”の過去を知りたい、というのもあるのでしょう?」
――それにしてもこの空は妙な感じだ。そう、何というか……ええっと……そう。妙な感じだ。
鉄の目もどうやら気になるようだ。同じである。決して隠者から視線を反らしたい訳ではない。野次馬根性はそんなにない。
そんな男二人に――隠者は、またため息を吐いた。
「……いいわ。海賊さんのお話に乗ってあげる。
水泡はしばらく待っていれば――あちらからやってきた。
その場で、水泡に群れるクラゲと触手を蹴散らしながら、ゆるりと進みゆくそれを受け止めに行く。
「ねぇ……」
ふと、隠者の呟きが耳に入る。
彼女はゆっくりと水泡に歩み寄っていた。
「一つお願いがあるの」
その背はまるで懺悔するように処刑台へと進む疲れ果てた罪人のように。
「知った事を、あの子には話さないで。……誇れる事なんて何一つないの」
振り向いた彼女のえみは ただ みずからを
縺ィ繧ゅ□縺。 縺ソ縺、縺代◆
―――――――――
――“深き森の魔女たち”と。
巷で、
只人が辿り着けない森深き所に隠れ住み、魔術の深奥を究めんとする集団。
それに誇りも自負も無かったけれど――それに足る事は、客観的に理解していた。
――
それをして――理解の範疇を超えるものは存在する。
「にくたいもっ、まりょくもっ、このめにうつるじょうほうは、あなたをははおやだといっているっ……そしてっ、ぼくのたましいもそれをみとめている――つまりは、あなたはぼくのかあさん!」
「……だ、そうだが。本当にお前の子か?あの変な魔法生物じゃなかったのか?」
「たべられました」
「いったい何の話をしている……」
家で研究に没頭していた私の前に連れてこられた
「はい、あーん」
「んあー……んむんむ、美味。べりー美味」
「……?これはりんごよ?」
「そういう意味じゃないだろう……」
バリ、ボリと。
自ずからあげたりんごを一口で咀嚼する、
私の膝で気分良さげにしているコレに、私と――連れてきた魔女達の同志の一人、“輪の魔女”は首を傾げるしか無かった。
「……で?コレはお前の子か?」
「たぶん……?」
「おい」
「“かじりやさん”と同じ魔力は感じる。だから、たぶん私の子」
「……!かあさんの子だよ!」
「うん、みたいね。はい、あーん」
「んあー……」
“かじりやさん”。
それは私が生み出した魔法生物だ。名前を付けず、ただそう呼んでいた。何でも食べる食いしん坊の赤ん坊。
親子関係……といえばそうだろうか。血縁をそう呼ぶのであれば、私から分かたれた“かじりやさん”は確かに私の子に他ならない。
だが――
「アレはもっとこう、イモムシというかミミズというか――そんな感じに近かったろう?」
「ええ。人型ではなかったわ。……なんでかわかる?」
膝にいる
ソレは口を開けてりんごを待っていたようだが、追加が来ない事に気づくと首を傾げて私を見上げた。
……話を聞いていなかったようだ。
「どうして子どもになったか、わかる?」
「たべられました」
「……さっきもそう言ってたが、もっと詳しく言え」
「んー。もーだめだーって倒れてたら
「ふむ……」
ご褒美のりんごをあげながら、思考する。
恐らく、何でも食べる食いしん坊の“かじりやさん”が外に迷い込んだ時に――行き倒れた人間を食べてしまったという事だろう。
そして元からそういう能力を持っていたのか、人間の方に特殊なものがあったのか。
“かじりやさん”とその人間が統合され――
(……そういえば、
「それで?」
輪の魔女の問いかけに思考が中断される。
彼女も子にりんごを与えつつ、その目は私を見ていた。
「それで、って?」
「だから。……まあ、アレが人間を食ってこうなったんだろうが、このまま世話をするかっていう話だ。」
「うーん……そうねぇ……」
「人間を食うのだから、その口が私達に向けられる可能性がある。危険だ」
「――なっ!ふるふるっ!ぼくはわるい子じゃないよっ!」
「ふんっ、どうだか。そうは言っ――」
「――ぼくはぶよぶよの脂身より赤身の方が好きです!」
「私が太ってるとでも言いたいのか貴様……!」
「んあーっ!ぼっ、ぼくのもちほっぺを引っ張らヌンデ……!」
輪の魔女にほっぺをいじくり回されてるソレを、私は静かに見つめる。
彼女の言うような危険性はある。
けれど――これはこれで、
「お世話はするよ」
「えっ!」「え゛っ」
「姿形は変わったけれど、この子が“かじりやさん”なら
――私は貴方のお母さんなのは確かなんだから」
私の言葉に嬉しそうに見上げる“
キラキラと光るその瞳には――
■“かじりやさん”の研究結果。
特に違いはない。
ただ、人間の身体を得たせいか感情表現が豊かになった。少しうるさい。
姿形は人間の四、五才程度。知能もそれぐらいだろう。
・食欲
旺盛。これは変わらず。何でも食べる。苦くなければ人が食さない物でも平気で食べる。
(私がりんごを与えると喜ぶのでりんごが好物なのかしら?輪の魔女に追加をお願いする)
・睡眠欲
良く眠る。けど高確率で私の膝を占領するのは邪魔。似た感触のクッションを用意したがアレの代わりにりんごが座っている。
・性欲
アレが自称するには、元は成人男性である事は確かだろう。
けれど私達の性的特徴を注視したりなどの行為は見られない。寧ろ平気で枕にして寝ている。
つまりは―――
(良く分からない、と……)
私は数日観察した“あの子”の研究結果を纏める。
……研究というほどでもない。
ただ――“かじりやさん”が食べた人間を基礎として、子どもとして再形成された。その程度。
解剖したりすれば多少深い事が知れるかもしれないが、食指は動かない。
(うーん……)
私は結果を記すのを止めて――足元を見る。
そこには良くかぶっている、私のとんがり帽子がチロチロと動いていた。いつの間にかあの子が気に入ったらしく、何もなければ勝手にかぶっていた。……というよりかは乗せているというのが正しいのかもしれない。
そんなとんがり帽子くんは、椅子に座る私の足元に陣取り、どこからか集めてきた金属片とか使って何かを作る真似事をしている。元の人間の技能だろうか。
「……?」
しばらく見つめていると視線に気づいたのか。
アレはこちらを見上げる――が、その反動で帽子がそのまま小さな頭を呑み込んだ。
「もがっ……もがもがっ……!」
綺麗に収まった帽子を取ろうと藻掻く内に重い頭に体勢を崩して、こてんと仰向けに倒れた。
混乱しているらしく手足をバタつかせている。
間の抜けたその姿に――ため息が出た。
私は立ち上がると帽子を取ってやり、かぶる。
視界が一気に開けたのにパチクリと目を瞬かせた子を横目に――私は歩き出した。今日は外に軽い用事があった。
「どこにいくの?」
「どこかよ」
「ぼくも行く!」
「だぁめ。お留守番してなさい」
「……ぅ、はーい」
私は置いてあったりんごを放ってやり、外へと出る。
その時――
「かあさん!いってらっしゃい!」
そんな言葉が聞こえた気がしたが返事をせずに、扉を閉めた。
「……失敗だったかしら」
お世話をすると言ったが、特に目ぼしい成果もなく――むしろ周りをちょろちょろされてお邪魔である。
とはいえすぐに結論を出すには早すぎた。
………。
まあ――
(なにかあれば輪の魔女にお願いすればいいでしょう)
あの同志には、元の“かじりやさん”の食事の世話をお願いしたし、関係性にすれば“乳母”のようなものだろう。
もし――何かあったらそうすればいい。
そう思って、私はあの子の事を思考から外し、用事を済ませに行った。
私にとって、あの子はその程度の価値しかなかった。
母と言いながら、子であると認めながら――ただの研究対象としてしか見てなかった。
予想外の変化をしただけの実験生物であるとしか。
不利益が被れば、捨てられるような。
けれど。
そうはならなかった。
「かあさん!みてみて!」
「ええ、凄いわね」
「……見てないじゃん」
「ええ」
「………ねぇ」
「ええ」
「ぼくは生きてるだけでえらい?」
「ええ、偉いわ」
「最強?」
「そうね」
「むふーっ!よし、りんご食べるんご!」
「えいえい」
「……?なあに」
「なんでもないよ!」
「……そう」
「うん!」
「………」
「………」
「えいえっ――」
「――何回っ、やるのっ、かしらっ、ねっ」
「あっ!あうっ!あっ、頭小突かっ、なっ…なっ…ふぇえええん!かあさんが怒った!」
「怒ってっ、ないっ、わっ」
「ふぇえっ、ええんっ!」
「……何をしてるんだバカ共……」
「怒ってないわ」
「まだ何も言っとらんわ」
「んむ……んむ……」
「………」
「――んむ?……ねぇ、かあさん」
「なあに?寝るならベッドで寝なさい。重いわ」
「そこの魔具の構造間違ってる、
「えっ?………あら、本当。なんでわかっ――」
「――すぅ……すぅ……」
「寝てる。……ほんと、変な子」
「ねぇ、かあさん。かあさんってぼくをどう思ってる?」
「――歩く帽子かけ。りんごが動力なんて珍しいわ」
「ひどいっ!……はい、どーぞ!」
「はい、ありがとう」
「今日はどこにいくの?」
「近くに生えてる薬草を取りに行くわ」
「ぼくも行く!」
「……。……そうね。私の言う事を聞く事。視界から外れない事。キノコとか見つけても食べない事。……守れる?」
「最後いがいは守れます!」
「正直。……はぁ、じゃあ行きましょう」
「……っ!うん!――いってらっしゃい!いってきます!」
「はいはい。いってきます、いってらっしゃい」
それが幸運と言えばそうだろう。それが不幸と言えばそうだろう。
どっちとも取れた。けれど私は――それを、幸運と呼びたい。
「……
明くる日。
ふと、あの子が――“坊や”が、私の足元に居ない事に気がついた。さらにいえば、坊やが使っていた玩具みたいなものはどこにもない。
家は――しぃんと静まっている。
「……まあ、いいか」
寧ろ、静かになって研究に没頭出来る。
そう思い、机に向き直った。今は研究の仕上げだ。気合を入れて取り組まなければならない。
集中しよう。
集中し……集中……集中して……集ちゅ――
「………」
私は立ち上がった。
「坊や?……家に、いない?」
私が呼びかければ意味もなく元気に飛び込んでくるというのに。家に気配は無い。可愛らしい小さな寝息も聞こえない。
家の外……“里”の中で遊んでいるのだろうか。
「………」
………私は、りんごを手に取ると――外へと歩みを進めた。
「……帽子かけが近くないとこまる。そう、それだけ……それだけ……」
誰に言うでもない言い訳をこぼしながら。
“深き森の魔女たち”は。只人が容易く入り込めない深くに居を構え、そこをぐるりと囲むように人払いの結界も張っている。
その中で、何軒かの家が建っており――共同生活というには個人主義な“里”を形成していた。
「………」
私は外に出て気づいた。
――あの子がどこに行ったか見当も付かない。
………。一先ず、近くにいる同志の一人に聞いてみるとなんとはなしに「貴女の近くにいないなら、“遊び場”にいるんじゃない?」と答えてきた。
「……“遊び場”?」
曰く、里の外れにあの子が勝手に作った場所で。そこで良く遊んでいるのだそうな。
……知らなかった。あの子はそんな事言っていただろうか。
「そんな事も知らないの?」という言外の問いかけに――
少し歩くと、すぐに家々の陰に隠れた奥まった広場に出た。
そこは乱雑な雰囲気が漂い、あの子が作ったのであろう玩具が散乱している。
……成る程。確かに遊び場だ。
「あっ……」
あの子の小さな姿を探していると――隅の方に見慣れたものが、置かれていた。
それは、言うなれば“輝石ボルト”。
あの子に請われて、仕方なく作ったものだった。
夜空に撃ち出し、小さな流れ星を楽しんでいたあの子の笑い声が耳奥に木霊する。
これだけが、他に比べて綺麗にされているように見えた。
それに、何だが言い得もない感情を覚えていると――
近くから気分良さげの鼻歌が聞こえてきた。
そちらに振り向くと、小さな背中に大きすぎる帽子をかぶった坊やがいた。
(……あの杖、いつの間に)
確か、子がある程度大きくなったら――里が、杖を一本授けるのが習わしだ。魔術の探求によって老いを克服して以来、新たな“子”の必要性が無くなったので廃れていったが。
確かにそういう意味では、あの子は里の“子”である。
けれど――
(……私の子なの――に……?)
ふと、沸き立った感情。
精神をかき乱すような、モヤモヤしたものに困惑する。
先ほどから何かがおかしい。私の中で、何かが変わっているような。そんな気が――
「ぬ?」
そこで鼻歌が止まる。
誰かがいる事に気づいたのだろう。帽子と一緒に、その小さな頭が振り向く。
ぱちくりとした目が、私を捉えたと思えば――
「かあさん!」
杖を放り捨てて――目を輝かせながら、こちらに飛び込んできた。突撃してきた小さな影を受け止めると帽子が邪魔をして、その顔が見えない。
取ってやると、その中から――満面の笑みが出てきた。
それを見ていると何だかモヤモヤしていたものが消えていき、溢れた苦笑のままに帽子をかぶった。
「かあさん、こんにちは!」
「ええ」
「どうかした?苦いくすり以外なら任せて!」
「今日は実験じゃないわ」
「………?
純粋な疑問に、ピタリと固まってしまう。
それでは、それではまるで――私がそれ以外で話しかけてないみたいじゃないか。
「……その、貴方が……何をしている、か。気になって……」
どうしてだかしどろもどろになってしまったその言葉が吐き出されるほどに――あの子の笑顔がどんどん煌めいているように見えた。
「あそんでたの!」
「そ、そう……」
「うん!」
「………なにをして?」
「“おえかき”!見せてあげるね!」
坊やはそう言うと、私の手を引いた。
そこで周りの地面にあの子の言う“え”が沢山地面に書かれているのに気がついた。地面に線を引いただけのものだが、里を覆う結界のおかげか風化せずに綺麗に残っているようだ。
坊やはその中の一つを指さした。
そこには、文字でこう書かれていた。
「――
「そう!全編オリジナル!ゴーストライターなし!古いお話らしいから、著作権はしっこー済みだよ!」
「それは知らないけれど」
文字の下には、トゲ山みたいなものを頭に乗せた人間らしき生物が書かれている。とすれば、これは坊やだろう。
いつの間に――自分で物語を考えられるようになったのだろうか?
「それで、どういうお話なの?」
「……っ!こほんっ、こほんっ!」
なんとなしに坊やに続きを促すと――何やらすごく嬉しそうに咳払いを始めた。
そうして「むかぁーし、むかぁーしあるところに――」という使い古された前置きで、
「――ぼくは、森でそうなんしていました」
「唐突」
杖で差された“え”には木々の間で棒立ちしている坊やが描かれている。急に崖っぷちになっていた。
「いつの間にか知らない所でびっくり!もうずっとずっとびっくり!そうこうしている内に暗くなってお腹もすいて――ぼくはわあわあと泣きました」
“え”の坊やは、自分の身体よりも大きな涙を零していた。……干からびて死んじゃいそうというのは野暮か。
「その時、ぼくの泣き声に呼ばれるように――おっきな白い蛾とそれよりおっきい蠍がぼくの前に現れました」
蛾と蠍。
顔が付いた三角形の集合体と同じく顔が付いた四角形の集合体が、泣いている坊やの側に書き足されている。
「それを見てぼくは――」となぜだか溜めてくると、
「びっくりして、もっと泣きました」
それはそう。
自分よりも大きな蟲など――怖気が走る。
「それは怖いわ」
「うん!かあさんも泣いちゃう?」
「そうね。泣く」
「……!いっしょっ!」
特にそこまで大きな蟲なんて、
そんなのが目の前にいたらそりゃ泣く。
「でもねでもね!この後、仲良くなって一緒にくらすの!……ほら!この絵!」
そう言って見せてきたのは、蛾らしきものに抱きかかえられ、蠍らしきものに口先を触れられて笑顔を浮かべている坊やの“え”。
……どう見ても捕食されているようにしか見えないが――まあ、坊やが言うならそうなのだろう。
――それから。
他の蟲との縄張り争いや、森の恵みを好き勝手する人間たちをボコボコにする“え”を見せられる。
おうさまになったはなしというには山賊めいているが――ここから話が変わるらしい。
「その頃、森を勝手に自分の物だと思い込んでるわるぅーい王様がぼくたちに怒って――配下の“きし”とお供の“けもの”に退治するように言いました」
物語の転換なのだろう。
描かれた人間の王は坊やなりに人相が悪く描かれている。うんうん、私が知る人間の王もこんな感じだ。
欲深く、自分勝手。
「そーして始まるちょーじょーけっせんっ!」
ドンドンと杖の先で叩くのは――坊やと蟲たち。
その前に対するは、大小の剣を両手に持った騎士と――
……坊やたちもそうだが、敵も負けず劣らず個性が強い。
ここからどうなるのだろう?
「――がしっ、ぼかっ。ぼくたちは負けた」
「弱い」
「……違うもん。きしさんが強すぎるんだもん。絶対チーターだBANされるべき……」
ぶつぶつと文句を言う坊やだが――自分の物語なのだから勝つ展開にすればいいのに。
「きしさんが虫さんにトドメを刺そうとした時。ぼくは泣いて赦しをこいました。家族だけは赦してください!なんでもしますから!」
そうしてひっくり返る蟲にまたがった騎士の横に、最初に書かれた泣いている坊やの“え”が描かれる。
なら、大丈夫。あのおっきな涙で溺死させれば逆転だろう。現に今も大きい。
「そうしてぼくは、あん畜生の前に引っ立てられて。虫さんたちを人質に、何でも言う事聞く奴隷になっちゃい――」
「――ん?お前も来ていたのか?」
嫌な王様の前に首輪で繋がれた坊やの“え”に何だか嫌な気持ちを抱いていると――聞き慣れた同志の声が聞こえてきた。
輪の魔女だ。
「輪の魔女さま!こんにちわん!」
「はいはい」
輪の魔女に駆け寄った坊やに、彼女は優しげに頭を撫でる。
……なんだか親しげだ。いったいいつから。初対面の時は喧嘩していたというのに。
「それにしてもよかったな、坊。超大作を見て貰えて。何処かの誰かはいつまで経っても見てくれなかったらしいが」
「――えっ」
「むぅ!輪の魔女さま!悪口きんし!」
坊やの言葉に彼女は肩をすくめるだけだった。
……そんなの知らない。
見てなんて一言も……いや、どうだろう。言われたかもしれない。
分からない。私は――
「ともかく。今日は新しい絵を見せてくれるんだろう?」
「あっ!そうだよ!今日はねぇ、竜退治の絵かな?それとも人馬のゴロゴロ作戦がいい?後はね!」
「ああ、何でもいい。お前が一番ってのを頼む」
「一番!」
輪の魔女の言葉に、坊やはむむむと首を傾げながら、無数の“え”の中を歩き回る。
そんな姿を呆然と見ていると――彼女は私の側に近づいていった。
「なんだか憔悴しているようだが」
「……そう、かしら」
「ああ、研究一心でそれ以外はぼんやりしているお前らしくない」
「………」
「
「――二年?」
「そこからか?」
そんなに、そんなに時間が経ったのか。
驚愕している私に、彼女は鼻で笑った。
「――不安か?いつの間にか自分の側から居なくなって」
「……そんなんじゃないわ」
「そうか。まあ、別にお前が何を考えているかなんて興味はないが――仮にも“母”を名乗ったのだからもう少しちゃんと見ておけ」
輪の魔女の言葉に、私のあの子をじぃと見つめた。
――研究対象だった。偶発的に産まれた、いつでも捨てていいと思える程度の。
けれど、
この感情は――
「……もう遅くないかしら」
「いいや?お前は知らんだろうが、アイツはまだまだ甘えただぞ」
彼女の言葉の後。
坊やは“え”が決まったのかこちらを振り向いてくる――そして満面の笑みで、
「決めたよ!――黒ローブのへんたいを追いかけ回したお話しでいい?」
「……何故よりにもよってそれなんだ」
坊やに引っ張られて、その“え”と向き合う。
私はじんわりと伝わってくるあの子の体温に溢れる感情を抑えた。
それがきっと、私が初めて坊やと真に接しようと思った……その始まりだった。
そしてすぐに、
思えば予兆はあった。今ならばそう思う。けれど――あの時は、まさしく急だった。
――“里”は人間たちの軍勢に囲まれていた。
本来ならば、察知されないはずの結界が“
私達は“深き森の魔女たち”。そう巷で言われるくらいには――魔術に長けた存在だ。
だから、
……そんな下衆な欲から逃げ、各々の探求に耽る“里”だったのに。
同志たちは一箇所に集まり、協議をする。
何故気づかれたのか?長年此処で居を構えてきた自分たちが只人に悟られるという愚を犯すはずがない。
ともすれば――
その先を。
誰も言う事は出来なかった。そう言うには、あの子の存在は変化の少なかった私達の生活に溶け込み過ぎていた。
愛されていたんだ。私のような、どうしようもない“母”をずっと好きでいてくれたような優しい存在に絆されない者はこの場には居なかったのだ。
それに心温まる時間はない。
状況は最悪だ。私達とて魔術に長けているが、人間の軍勢相手に戦えるほどの武力はない。
捕まれば最後、己の培った知識全てが下劣な欲に汚されるのは目に見えている。
沈痛な雰囲気は、秒を重ねるほどに深まっていく。
そんな中。
気づかれないように、“輪の魔女”の魔力が、私の耳に囁いた。
『お前――坊を連れて逃げろ』
彼女に視線をやると、静かに頷きを返してきた。
『お前とあの子だけなら行けるだろう?』
「………」
『今はまだ誰も何も言えないが――
「………」
『老いを克服出来ても私達はただの人間なんだ。頼む、
「………」
私は何も言わずに席を立ち、協議の場を後にする。
そこにいる誰も、私を止める事は無かった。それが答えだった。
『……あの子が一人立ちをするまで見守ってやれよ、“かあさん”。せめて嫁を――』
『――それはいや』
名残惜しげに囁く魔力を――反射的に突っぱねる。
最後に返ってきたのは、協議の場からの苦笑の連鎖だった。
――坊やは、“遊び場”にいた。
家々の奥まった場所にあるそこは、雰囲気に流されるようにより暗く――あの子を何処かに連れていくような。
そんな、嫌な気配を漂わせていた。
坊やは、とんがり帽子を手に……ただ空を見上げている。
あるいは――そこに漂う“
「……坊や。私達は――」
「――
不意な言葉に、私は固まった。
その意味を考え、理解し――
「ぼくが居るから皆が不幸になった。ぼくのせいで――」
「……れが……」
「えっ?」
「――誰が言ったの!?」
瞬間に、目の前が真っ赤になった。
坊やに対してそんな事を言うなんてそんな酷い事言った奴あの協議の場の誰かか逃げる前に――
そんな風に熱くなる思考は、叫ばれて困惑したあの子の言葉でまた固まった。
「えっ、えっと――“かじりやさん”に」
思っても見ない、その名前。
坊やはそんな私に気づいていないのか――小さな胸に手を当てる。
「あのね、ぼくを“かじり取った”時に見えたんだって――ぼくには二つの力がある。ほんとならいっしょに居ないはずなのに、喧嘩しながら仲良くしてる。そのせいで――
坊やは続ける。
まるで他人事のように――あるいは、受け止めたからこそ客観的に。
「ぼくは――
坊やはそう言って頭を下げた。
「だから、ぼくのせいなの。ぼくが“夜”を引き寄せたせいで、結界が薄まって、中てられた人間たちに気づかれた。皆を、不幸にしちゃった……ごめっ、ごめんなさい……!」
――そんな事。
「――
勢い任せに飛び出した言葉は魔女らしからぬ感情だけのものだった。理屈はない、理由はない。
ただ――そんなのは関係ない。知らないんだ。
「たとえ貴方がなんであれ、それなら私が何とかする!それが出来なきゃ何が魔女、何が“母”なの……!謝る必要なんてない!貴方は悪くない!」
長い生涯の中で、ここまで声を張り上げた事はない。
普段強く使わない喉は熱くて、そのせいか涙すらもつられて出てきたのを覚えている。
「―――」
坊やは私の言葉に目を丸くすると――
私は急な衝撃に受け止める事も、抱きしめ返す事も出来ずに仰け反る。
「……ありがとう。こんな“ぼく”を愛してくれて」
坊やの顔は胸に隠れて見えない。
でもきっと泣いて喜んでいただろう――そう、想像したせいで。
「ごめんね」
――トンッ、と軽い衝撃。あの子が私を押した音。尻もちを付く私が我に返るまでのその一瞬で……もう、届かない。
「……“かじりやさん”もごめんね。貧乏くじ引かせるような感じで、ほんとならかあさんと……――えっ?弟を守る?はっ?ぼくがお兄ちゃんだが?あかんぼイモムシが兄面とかちゃんちゃらなんだが?」
「……まって」
「ああもう!わかったよわかった。なら――“あいぼう”!これでいこう。ぼくらは一心同体なんだから。これからよろしくね」
「……まってよ」
「んじゃ、行こっか。大人なぼくは知ってるんだぜ――かあさんを守る為に命張るのも立派な子どもの役目なんだってね!」
「――坊や!」
そうしてあの子は振り返る事もなく。
その小さな身体が――“夜”に呑まれ、膨れ上がって。
人間たちの軍勢は全員居なくなった。
里は壊滅的な被害を被ったが、私達は全員怪我は無かった。
あの子は、何処にも居なかった。
縺薙l縺倥c縺ェ縺縺薙l縺倥c縺ェ縺縺薙l縺倥c縺ェ縺
―――――――――
「………」
“無頼漢”は静かに起き上がった。同じタイミングで“鉄の目”も起きたらしく――視線がぶつかる。
そうして、二人して……“隠者”の方を向いた。
彼女はもう起き上がっており、向けられた背は――胸の内から溢れ出た“ナニカ”を追いかけるように手を伸ばしている。
とんがり帽子に隠れたその表情はどうなっているかわからない。
無頼漢に母親の記憶はない。
……あったかもしれないが、もう忘れてしまっている。
だから、何を言えばいいのか。分からない。
ただ、やっぱり“アイツ”はどうしようもない馬鹿なのだと。
それだけははっきりと分かった。
「――行きましょう」
振り返った“隠者”の瞳は、焦点が合い、元の理知的な色を戻していた。何も言えずに男二人は頷く。
――霊樹が浮かび、“夜”の雨が聞こえてくる。
二日目の“夜”の尖兵として現れたのは、かつての“黄金の地”――その首都たるローデイルを守護していたと言われる
巨大な斧槍と大盾を携えた騎士は、重装馬に跨り、高々と戦意を高ぶらせる。
“夜”に狂ってなお、この地を守るという忠義は黄金の鎧意匠と共に色褪せては居なかったが。
――
意気を取り戻した、歴戦の“夜渡り”にとって
不可分無く綽々と、黄金の意志は刈り取られた。
「ねぇ、二人とも――あの子の“え”。覚えてる?」
霊樹から上がった麓。全てが真白いその中。
目の前の大扉、“夜の王”が座すその先から――溢れる、
「ん?えっ、ああ……ああっと。上手だったよな!」
「もう。そんなおべんちゃらはいいの。そうじゃなくて――そこに書かれていたものの事」
「んん?……あっ――ああああ!」
浮かぶ下手くそな“え”の中に、
そう。“獣”。自分たち夜渡りの死体を幾度も積み上げた、最初の“夜の王”。湧き上がったトラウマに震えながら叫ぶ。
「忘れていたのだけれど、“蟲”もきっとアレなの。つまりは――」
「――おい、後にしろ」
ふと、“鉄の目”がそれを遮る。
鋭いその視線は――ただ、大扉を向いている。
一人で開き始めたその先に。溢れんばかりの深い青が視界一杯に広がる。
「――奴さんがお待ちかねのようだ」
気がつけば、そこは無の荒野。
幾度も地に伏せたその地もまた――深い青に沈んでいた。
ボコボコと沸き立つ水泡に、こここそがアレの源泉なのだろうと確信する。
何故だか、丸い黄色いものが空に浮かんでいるのが見えた。
「ありゃあ……“月”か……?」
無頼漢がそれを注意深く見ようとした時――足元に何か固い感触がぶつかった。
「ん?」
それは錆びついた何かのブレスレットだった。その隣には枯れ果てた花の残骸がある。その隣には折れた剣。その隣には動かない時計。その隣にはその隣にはその隣には――
「なっ……!!」
手鏡杖ロザリオ扇子アミュレット盾写真立て看板指輪羊皮紙ブローチ懐中時計切り株短剣人形押し花銀のナイフ燭台香水瓶のチェスのポーンレースの装飾オイルランプモノクルノート羽根ペン印鑑―――、―――、――――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
地平線の果てのその全て。
錆びついた残骸で溢れ返っていた。
「いったい……」
隠者の呟きが頭の中を木霊する。
「坊やは――
――縺?繧後° 縺ゅk縺ョ――
耳元で耳障りの水音が入り込んでくる。
目の前で――“月”が動き始めた。いや、月じゃない。
“
――縺ゅ¥縺セ 縺ィ繧ゅ□縺。 縺ョ 縺ィ繧ゅ□縺。――
“深海”の主――“夜の王”。
―――
樫の杖
“深海”の底に沈んだ縺ィ繧ゅ□縺。の残滓。
マリスが集め、いつか形になると信じているもの。
“深き森の魔女たち”が成長した子に対して、慣例として贈る魔術杖。久しぶりに作られたが――縺ィ繧ゅ□縺。には魔術の才が欠片も無かった為、専ら遊び道具として重宝されていた。
“深き森の魔女たち”はある時を境に、歴史から姿を消した。
一説には人間に嫌気が差して深くに隠れただとか、人間への復讐の為に闇に消えただとか。あるいは――“夜”の揺らぎを辿っただとか言われている。
……確かな事は。
この杖は、二度と作られる事はない。
坊や、坊や。
こんなどうしようもない私を愛してくれて、死んでしまったやさしい子。もう遠い昔に過ぎ去った暖かな温もり。
私は――それを思い出に出来なかった。したくなかった。
母を……諦め切れないの。そうでなかったくせに。
待っててね。
今度こそ、貴方を手放さないから。
……それに。
子の為に命を張るのも、きっと親の大事な役目よね?