“転生者” 作:ダフネキチ
迸る飛沫が轢乙女たちが栄血に染まるまで
迸る飛沫が轢殺圧殺死が鮮血に染まるまで
――“夜”が侵食し始める。
雨は“リムベルド”を蝕み、宙に浮かぶ霊樹が辛うじて押し留めた。
ここはリムベルド。“夜の王”に対する為の、夜渡りたちの戦いの舞台。
故に――その法則は決して変わる事はない。
霊樹の下に避難したぼくたちの前に、夜の淀みが現れ――中から出てきたのは
黄金を誇る、黄金樹の戦士達ではない。
それよりも――古い。
“神獣”を崇め、己が捻れ角を誇った……古い、古い――
神獣戦士、呪剣士。
捻れ角を纏う獅子面の戦士と、幾多の角を纏った女面の剣士。
彼らは黄金の地が誕生する以前――女王マリカが“黄金律”の名の下に全てを支配するよりも前に、繁栄を謳歌した“角人”の戦士たちだ。
己に生える生命の根源たる“捻れ角”を誇り、高度な文明を築いていた彼らだが――その歴史は
何故か?
……こまかーく言うとながーくなっちゃうのでざっくり言えば。
――勝者として好き勝手した結果、敗者になったら好き勝手されたのである。
皆大好き最初の王、ゴッドフレイの言う通り“
まったくもって単純で清々しくて――苦手な理屈だ。筋トレとか好きじゃないんだよなぼく。
まっ、それは置いといて。
“夜”に呑まれてしまった今、角人の誇りやら女王マリカへの恨みも関係ない。
ぼくがすべき事は―――
「うぉおおおお!!去ねやぁああああ!!」
さぁ死ね、今死ね。糸の端の為に!ついでにエニル・イリムと巫子の敵ぃ!壺人に嫌な設定付け足してきやがって!!
ぼくは、戦士が現れた瞬間に――クロスボウを連射する。熱が高まるを感じる、連続した駆動音と共に無数のボルトが彼らに殺到する。
最初こそ何発か当たるが――流石は戦士と言うだけはある。
神獣戦士は携えた大剣と籠手で弾き防ぎ、呪剣士は軽やかな身のこなしでスルスルとボルトの雨を掻い潜る。
よし――
「シスター!クルクル回ってる奴を止めて!学者先生はライオンマンと遊んでて!」
「わかりました……!」「僕はあまり戦い慣れてる方じゃないですがねぇ」
ぼくの言葉に従ってくれた二人は一気に前に出る。
葬儀屋はその勢いのまま、異形の骨を“内”から抜き取り――“アーツ”による一撃で、呪剣士を衝撃で吹き飛ばす。
その様を見て援護しようと踏み出した神獣戦士の顔面に、学者が投げた壺が炸裂する。
緑の煙……“毒壺”か。いつの間に。
それに苛立ったのだろう、足を彼に向けた神獣戦士を誘うように学者はさらに距離を取った。
(言った意味を組んでくれてマジ助かる……!!)
神獣戦士と呪剣士は舐めると死ぬ典型的な難敵だ。
普通に強い正統派戦士と、場を見えづらくする“黒煙”を放ちつつ縦横無尽に連撃を得意とする搦手の剣士。
この敵の対処方法は単純――後者、呪剣士を速攻で蹴散らす!
「――ぃっしょっと!」
――ガシャンッ!
ぼくはマガジンを虎の子“鱗粉ボルト”に
エデレを倒した疑惑のある我が家族の力を使うなら……今でしょ!
葬儀屋のアーツで吹き飛ばされ、体勢を整えようとする呪剣士目掛けて――ボルトを斉射する。
避ける事も出来ずに着弾し、辺りに宇宙色の鱗粉が舞う中――
女面の内から苦しげな咳が漏れ、連撃を得意とする細身の身体は徐々に脈動を始め、血肉を突き破り――中から、悍ましき蟲が姿を現す。
呪剣士は手に持つ
最早、剣士はその場でのたうち回るしかない。剣士などと呼ばれていたのも分からないほど必死な風体で。
葬儀屋とぼくは、その光景を見つめた。
「………」
「………」
「……“爵”がどうしてあそこまで固執するのか分かった気がします……」
「……謝った方がいいかなぁ」
「聞く耳はもう持って無さそうですけどね、物理的に……」
葬儀屋は、のたうち回る犠牲者にメイスを叩きつける。
一度、二度――三度で蟲の身体越しに、何かが砕ける音がして動かなくなり……夜の靄と、消えていった。
……うーむ。やっぱグロいなぁコレ。
でっ、でも使い所さんが――
「お二方!終わったならこちらをお願いしたいのですが!?」
学者の切羽詰まった言葉にそちらを振り向く。
神獣戦士を横薙ぎを身を屈めて躱し、突きを杖剣で反らし、叩き付けを一歩ほどの
その間、返しの一撃を加えていたのだろう。神獣戦士の鎧には多少の手傷が見えた。
……。
「学者先生、きみも強くね……?」
「これでも“夜渡り”ですから――ねっ!」
――が。流石に相棒の惨状には気づいていたようだ。戦士は一度大きく剣を振り回すと、その剣風が大きく巻き上がり――嵐となってぼくに迫る。鱗粉ボルトを弾きながら。
「ぅおお!」
ぼくは横っ飛びで回避。
追撃が来ないか戦士を注視すると――視界の端から、黒い影が横切る。
「……ぁ!」
“トランス”のベールに身を包んだ葬儀屋。
彼女のメイスによる叩き付けは、戦士の籠手で難なく受け止められ――返しに蹴りが放たれるが、彼女はそれを流れるように回避する。そうしてまたメイスが振るわれる。
葬儀屋らしい素早いテンポの戦い方だ。彼女の“トランス”使ってると一瞬、自分がヤーナムにいるんじゃないかって錯覚すんだよね。
だが――神獣戦士はそれに付き合うつもりはないらしい。
彼女の回避に
そして胸を大きく膨らませ――
その瞬間、戦士を中心に雷の嵐が巻き起こった。
神獣戦士は“角人”の戦士の中でも最高峰。特に神獣の力を操れる彼らは特に難敵だ。
ここからが面倒だ。あまり長引か―――
「……っう……!」
急に胸に鈍痛が奔り、膝をつく。
反射的に抑えた手は、心臓から直に溢れた血でべっとり塗れていく。
くっそこのタイミングで……!アイツら見てたりしてない……だ、ろうな……?
………。
ぼくは、
「……
「――友よ!」
「っと、っとっと」
学者の声に前を向くと、神獣戦士が剣を振り落としてきた瞬間だった。ぼくは反射的に交差するように躱すと――彼の身体に、血に塗れた手を擦り付ける。
何の痛痒もないだろう、単に血で――
「何を……」
「まあ、見てて……すぅ……――“
声に誘われるように、囲む“夜”に紫雷が奔り――徐々に地響きが近づいてくる。
『■■■■■―――ッッッ!!!!?!!?!?!』
“夜”から溢れ出るように狂乱の化け物が、一目散に――神獣戦士にその顎を開ける。
だが、流石は戦士だろう。急な襲撃も難なく避けるが――エデレの追撃は止まない。
膨れ上がった足を踏み出し、顎を開け、紫雷を振り乱しながら――戦士を
「……成る程。
「まあね。目も耳もないなら、きっと感じてるのは鼻とかの類でしょ?……あっ、ごめん二人とももっと寄って。隠れるから」
飢えと渇きによって、口以外を失くしたエデレが獲物を感じ取れる場所はもっとも原初的な感覚のはずだ。
匂い――血の香り。つまり、今のエデレは神獣戦士が“ぼく”だと錯覚しているという事だ。
まあ、きっと戦士が死んだら血ぃドバドバのこっちにも気づくだろうが――その前に召喚が切れるだろう。
……過去のやらかしはともかく。
有効活用はします、人間だもの。ひとのを。
神獣戦士は嵐の力で対抗しているが……夜に狂った暴威に、借り物の力など通用するはずもない。
ほんの小さな隙に――何もかも捨て去った故の“野生”が、戦士を捉える。
『■■■■■―――ッッッ!!!!?!!?!?!』
エデレは戦士の身体を咥え上げ、咀嚼する。
悲鳴すらなく、血肉と鎧の破片がボトボトと歪んだ口の隙間から垂れていった。
幸運な事に、その間に召喚が解け――エデレは夜の靄に溶けていく。
残ったのは暴れ狂った末に、余計に響く静寂だけ。
「ふぅいい……」
ぼくはゆっくりと息を吐いて――立ち上がろうとするが、じくりと響く胸の痛みにまた膝をつく。
くっ……!
「なっ、何のこれしき……!」
「友よ。そう勇む事は――」
「“糸の端”ぃ……!!」
「そっ、そんなに意気込む物なのですか……?」
「たぁりめぇよシスター!“糸の端”だよ!?伝説のレジェンドアイテムだよ!?!」
「意味被ってますよ」
ぼくが速攻で戦いを終わらしたかったのも、理由がある。
それこそが――“糸の端”。
“ゲーム”においてこれは下手すれば存在すら知らない人もいるんじゃないかと言われるほど超々、超超超超低確率でリムベルド各地で入手出来る“アイテム”だ。
現に“
とはいえ、このアイテムを必ず入手しないと行けない理由は特にない。
トロフィーコンプには不要だし、入手したからといってその戦いが有利になる事もない。
ただ――
それだけ。
それだけだが……フロムゲーに調教され切ったぼくの脳にはそれだけで他のどのレア武器よりも欲しい代物なのだ!
「ぬごごご!痛みよ去れぃ……!!えろいむえっさいむえろいむえっさいむ!」
「貴方様……悪魔召喚はちょっと……」
「――あっ、確かにリブラ来られたら迷惑やわ止める」
「急に冷静になられた……ふふっ……」
「……それほどですか」
ぼくの醜態を見ていた学者が懐から、“糸の端”を取り出す。
一見すればただの綺麗な白の縄の切れ端にしか見えない。
「この遺物は“皆さん”との戦いの最中に偶然見つけたものです。
彼はしばらく何かを考え込むように“糸の端”を見つめた。
「とはいえ、友よ。“夜”が明けるまでは時間があります。勇む気持ちは……正直、まだ分かりませんが。少し休みましょう」
「むっ」
「“傷”の事もあります。上手く行ったとはいえ、敵の前で膝をつくのは致命的ですよ」
「……。…………っすー」
「少しは不服を隠しなさい」
学者先生の言う通りだ。
ちょっとイキリ過ぎた。“夜渡り”は三人一組のチーム戦だ。迷惑を掛ける訳にはいかない。
ぼくは了解の隙間風を口から零して、手頃な岩の側に腰掛ける。
興奮が落ち着いていけば、やはりじくじくと痛みは伝わってきた。
それに素知らぬ顔で耐えていると――そっと、葬儀屋がぼくの側に寄り添ってくれた。柔らかな細腕はぼくを労るように優しく抱き締めてくれる……バキボキ聞こえてくるけども。
まあ、“加護”のおかげでほっときゃ治るし、乏しい表情が幸せそうに緩むのだから……男の見せいててててててて。
学者はそんなぼくを呆れ顔で見ながら、近くの石に腰掛け、手帳で何かを書き取りだした。その名らしい、ムカつくほど似合った知的な立ち振舞だった。
………
少し、沈黙が広がる。遠くから“夜”の蠢きを感じた。
「……そーいえばさぁ」
「はい?」「………?」
「二人とも、凄い戦い慣れてるよね」
今までの戦いを振り返ると、改めてそう思う。
ある種、“荒事”をやらされていた葬儀屋はともかく――神獣戦士の前に堂々としていた学者を見たら特に。
ぼくの問いに、学者は笑みを浮かべた。……何かを思い出したのか、疲れを滲ませて。
「“此処”で夜渡りとして在り続ければそうもなります――“獣”と“爵”はある意味、我々の師と言えるでしょう」
「そんなに……?」
「ええ。幸か不幸か……不幸寄りではありますかね」
「ふーん」
“爵”――エデレはともかく、まだ“獣”についてはよくわからない。“ゲーム”通りであれば最初に戦う“夜の王”だ。そして――“常夜”では最強格な存在。
………まさか。ああいややめよう忘れようトラウマが蘇る。
……そう考えると――
ぼくの知らない何かとか嫌だぞ。
「ねぇ、そんな二人が戦っ――」
「――その話は」
パタンっと学者は手帳を閉じる。
立ち上がった彼は――こちらを見ずに、背を向けた。
「やめておきましょう。少し、周辺の確認をしてきます」
「えっ、ああうん……」
ぼくの返答を聞くよりも前に彼は歩き出す。
………。
ぼくは、ぼくの腕でラーメンスープでも作りたいのかと思うくらい粉砕してくる葬儀屋を見た。
「……学者様が話されないのでしたら私からも……」
「そっか」
「ただ……あの……お気を悪くは……」
「ああ、そんな訳ない。ありがとう」
「いえ……すみません……」
……うーん。
そんなにか。そんなに――“瓦礫の王”って、隠さなきゃならないものだっけ。
――“瓦礫の王”。
そいつはDLCの大トリ。ラスボスと言える立場の存在。
“ゲーム”において、皆と離れていた二人が追っていた――“夜”とは異なる、大いなる脅威。
夥しい怨嗟と執念、その残滓が足となり――屍骸を背負い立った、
ビシュ良し、BGM良し――クソセコディレイ無しの、戦ってて相手も自分も楽しいという最高のボスだ。
(……“ゲーム”じゃあ普通にすんなり教えてくれてたけど)
事情が違うのかなぁ……。
………。………。
ぼくは、“夜”を押し戻していく霊樹の光を見上げる。
(………――ワイのせいかなぁ)
ワイのせいやろなぁ……。
……ぐすん。転生者くんだって必死に生きてるのに……。
“夜”が明け、光のベールに包まれたリムベルドでの二日目。
ぼくは――クラウチングスタートによる“疾走”をかました。
変な空気にしてしまった気まずさを吹き飛ばすように駆けるその先は、一日目ではギリギリ辿り着けなかった“中央砦”……そこに跨る、断崖の下。
まだ水気が残るそこを少し北に進んだ所。
皆の地味な悪夢、着地狩りの達人、視覚外の刺客――下手なボスよりも
そこに、
「――じゃーん!ほら、
「本当ですね……」
「これは……。成る程、幾度来ても気づきもしない訳です」
断崖の壁。地層が丸出しになった所に奥まった陰。
そこに――岩の扉が隠されている。取っ手も鍵穴もない。けれど――
先ほどの空気を無くしている学者が、懐から“糸の端”を取り出した。
ぼくはそんな彼を促すように後ろに回り込んで肩を押す。
「さぁ!どうぞどうぞ!」
「えっ……?意味が分からないほどに待ち焦がれていた友がやるんでは?」
「“糸の端”は手に入れた人が使うのがマナーだから」
「何処の話ですか……」
……ふぅむ。やっぱりこの二人の“標的”関係が地雷なだけか。
もう話さんとこ。
ぼくに促された学者が恐る恐るといった風に“糸の端”を持った手を扉に近づける。
すると――微かに揺らぎと共に、ゴゴゴッと扉が開き始めた。中は薄暗く、舗装されていない岩の穴道が見える。
「おおっ……!おおっ……!すげぇ!」
「これは……確かに少しドキドキします……」
「……行きましょうか」
学者に従い、扉の奥に入っていく。
ドキドキ!ドキドキ!!ぼくは今までこれに関しては動画とかは見ないでいたんだ……何があるかは知っているけどどうあるかは知らない。楽しみぃ!
不安定な足元を進み、扉から届いていた光が無くなり、手元すら見えなくなりそうな時に。
目の前に――
「……女の子?」
岩に埋もれるように在る、白く染まった少女がいた。ひとりでに光が灯り、祈るその姿は――神々しい。
……生きては、いないようだ。
というか岩と同化してしまっているように見える。
“糸の端”は、“円卓”と“リムベルド”を創り上げ――夜の襲来に備えた“挿し木の一族”、その少女たちが持っていたとされるものだ。
本来、全てを秘さねばならないのに――そうする事が出来なかった幼い想い。
それが目の前にある。
……かっ、感動……!ぼくは今、猛烈に感動している……!!
生きてて良かったぁぁぁ……!!
「何か、持っていますね……」
葬儀屋の言葉に我に返る。
そうだそうだ、特典があるんだった。……つうても、正直いらないものなんだけ――んん??
ぼくが知っているものじゃない。
少女に歩み寄り、祈るその手から――“それ”を取り出した。
「……“
それは精緻な装飾が施された小さな鍵だった。
ぼくの転生者アイによれば、これは金で出来た真っ当な代物。
(……犠牲の細枝じゃない?)
“ゲーム”では確か、それを落とす。
死亡時にルーンを落とさず、レベルダウンしないという――上級者になればなるほどいらなくなる微妙なタリスマンだ。
別にいらないからこれでもいいんだけど。
……なんだろう。この
「友よ。少しそれを」
「ん?ああ、はい」
学者の言葉にそれを渡す。
彼はそれを手で回しながら見つめていると――真剣な表情で、ぼくと葬儀屋を見た。
「お二人とも。申し訳ありませんが――少し、
葬儀屋と顔を見合わせ、また学者を見る。ぼくはそんな彼が身につけている、モノクルを。
「……オーケー。
「ええ……では、学者様失礼しますね」
「感謝します」
学者の礼に頷いて、ぼくと葬儀屋は外へと向かう。
「これで二人きりですね、貴方様……」
「……なっ、何もしないからね」
「何もして、下さらないのですか……?」
「なんで残念そうなの。普通逆じゃないの……?」
………
……
…
「……さて」
賑やかな二人の気配が無くなったのに確認し――“学者”は目の前の少女を見た。
肖像が映す、女王マリカ。その面影を残す少女に。
(……挿し木の一族。黄金の地にやってくる“夜の襲来”に、秘密裏に備え、円卓とリムベルドを作った者達)
挿し木の一族が“夜”に備え、戦いの舞台とその拠点、抗する戦士達を用意したのはいい。
けれど。
どうして、“夜”に備える事が出来たのか――
ここまでの規模のものを一朝一夕で出来るはずがなく、憶測で動けるはずもなく、それを隠すにはありとあらゆる力が関わっているはず。
幻視を抱いたとされる女王マリカや、その二人目の夫――王配ラダゴンの力か。
他の要因か?
あるいは……誰かに教えられたのか。
思い浮かべる、
(そもそも、
……。机上の空論のはずなのに――変な実績のせいか、真実に見えてくる理論を一端、脇に置いて。
――
これは学者が持つ中でも特級の逸品。
このモノクルを通して見た“物品”――
ヤロダス知識館から持ち出して以来、今までの探求に大いに役に立ってくれた。
“本来の目的”であった清淨の雫の探索にも。
世界各地に遺された正体不明の技巧品に残された、強烈な悔恨と共に――“人の王”と呼ばれる、歴史に消えたその名を辿れたのも。
その力を振るう“友”との楽しくも苦労まみれでそれをしても楽しかった旅路も。
託された“遺志”も。
そして、ただの糸の切れ端が――挿し木の一族のものだと知れたのも。
全てこのモノクルのおかげだった。
……因みにこれに関しては“我が友”にも話した事は無かった。知ったら最後、悪ノリにノッてありとあらゆる事を興味津々で覗き見て探求どころの話しじゃなくなると思ったからだ。
………。
(“今の彼”は知っているようでしたが)
湧き上がる謎を抱えたまま。
モノクルで少女を――そして手に持つ“鍵”を見つめる。
「これで……もう少し何か分かればいいが……」
――
どんな小さなものでも集める必要があった。どんなものでも辿る必要があった。
そうしなければ、いけなかった。
モノクルが、ぼんやりと映し出したのは少女の姿。目の前の白き少女だろう。
“鍵”を胸元に隠すように握り締める彼女は、俯いていた。
『……事が知れたら、ラダゴン王は私達をお許しにならない……』
(……何?)
それは罪の告白に聞こえた。
時の権力者――女王に次ぐ、王配の怒りを買う。その何かが……この鍵にある?
『……でも知れた所で、“円卓”は……あの地下廟は。時至るまで誰にも見つけられない……』
――円卓地下にある大扉の先。
……“学者”と“葬儀屋”。
ともかく。
そこの何処かに、この少女が隠した物がある。
(これは……有益、なのでしょうか)
確かあそこには鍵穴らしきものは無かった。つまり、どこかに隠されているのだろう。
それが何なのかは分からないが、挿し木の一族が生きていた時代に隠され、しかも王配が激怒する物。
――何か強大な力を持った代物かもしれない。
それが、皆の……我が友の力になるのなら喜ばしいものだ。
(……そういう即物的なものではなくて、創立に関する事が良かったのですが……)
……まあ、多くの調べは無為に終わるのは良くある事。成果があるだけマシと――
『………』
その時、少女が跪いた。
その姿は岩に埋もれた白き少女と瓜二つ。……この残滓は、末期の記憶なのだろうか。
『……ああ、ミケラさま……』
『……これで私達の罪は許されるのですか……?』
『……あの方は、
「―――」
黄金の地を統べた女王マリカと王配ラダゴンの子。
“黄金律”の次代を望まれたが、
永遠に幼い宿痾を抱えていたが――
故に誰もが畏れた、貴き者。
――神人ミケラ。
「……何故、今。挿し木の一族からこの名が出てくる……?」
黄金の地の支配層である“半神”は、大規模な内戦とそれに伴うように出現した“夜の襲来”によって壊滅したはず。
……少女と接触したという事は、かの神人は“夜”が来るのを知っていたのか。
……
少女の隠したその罪は、神人がやらせたのか?
分からない。分からない、が。
――脳裏に浮かぶのは、我らが愛すべき阿呆面。
「………はぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
………。
――
“友”に託された遺志――
かつての友たち。
“人の王”を中心とした全てがやった、やらかした……もう考えたくもないほど馬鹿らしいやらかしが。
己を評する、その名の理性に――残酷なまでに、結論を告げてくる。
――
「……戻りますか」
ここに留まる理由はもうない。
あるのは馬鹿で阿呆のスカポンタンに慕情を抱いてしまった哀れな少女の罪の跡と。
何かが隠された、という事だけ。
(……せめて、“コレ”が別の道を示すものであればいいのですが)
それだけを願いながら道を遡ると……二人の話し声が聞こえてきた。
「―――?」
「―――……。―――……」
「―――!?」
なにか、友が驚いているようだ。
……何の話しをしているのだろう。一歩、一歩近づき――外の景色の光が見えた時。
聞こえてきた。
「つまり……“ぼく”は修道院に軟禁されたの……?」
「はい……」
「なして?」
「さぁ……“悪魔の子”であると、領主様の兵が連れて来たのは知ってますが」
「ええ……」
どうやら、シスターの側にいた時の“友”の話しをしていたらしい。
学者はしばらく進み、気づかれない位置で気配を消す。
……出歯亀で承知だが、やはり“学者”と呼ばれているからか――気になるのだ。
彼女の力、その正体を。
「私はその時にはもう嫌われていましたので、接点はありませんでしたが、ある時に――
「と……いうと?」
「私の生来の“力”は
「あぁ……あの“壁舐め”を見たのか羨まし――とは言っちゃ駄目だよなうん……」
「貴方様……?」
「ううん、何でも。不埒なぼくを笑っていいよ」
「とても素敵ですが……?」
「え」
「え?」
………。ともかく。
彼女の“力”は本来、
常人には扱えぬ力を使え、常人には理解出来ぬ代償を払っていた。
……修道院という場も良くなかったかもしれないが、それは忌まれてしまうに決まっている。
だが、己が知るシスターはその影響か少し陰気な雰囲気を漂わせているが――頑固で、我を通す所は普通に通すし。少しでも我が友の話題が掠れば少女らしい惚気や嫉妬が顔を覗かせる。
忌まれ排斥されていたとは思えない。
その
「私の姿を見た時、驚いていましたが『ぼくも同じようなものだ』と笑っていました。頭の中に人を殺す事しか考えていない“設計図”があると。『ちーと仲間だね』と、『ズッ友になろう』と」
「………」
「最初は警戒していました。そうして優しい言葉を吐いて私を騙した人もいましたから……。けれど、貴方様は……そうしているのが馬鹿らしくなるくらいあけすけに、私を接してくださって……」
「……そっか」
――友らしい顛末だ。
自らが異端であると知っているからかもしれないが――真にそう思い、接する事が出来るのがいかに素晴らしい事なのか、友は知らないだろう。
……己の時もそうだったように。
「それからはとても幸せな日々でした。誰かと一緒に過ごすがあんなに暖かく嬉しいものだと思いませんでした……。私達はずっと二人でいて……愛を、深めていました」
「あっ……あい……!?」
「はい。……私が嫌がらせで修道院を閉め出され、夜の寒さに震えていれば一緒に外にいてくれました……。強いお酒のくらくらする匂いも、貴方様の手の温もりも……あの感触も、決して忘れません……」
「………ふぁぁ………」
それから次から次へと溢れ出す、友とシスターの蜜月。
彼女の思い出への誇張をあるかもしれないが、その距離は完全に恋仲だった。
……まあ、閉鎖された空間で男女二人だけが信じられる状態ならば――そうなるのは必然なのかもしれないが。
それを聞いてる友は、完全に思考を放棄している空気を出している。女性への興味は積極的なくせに、女性への耐性がからっきしな彼には刺激が強すぎるのかもしれない。
ていうか、本当に同一人物か?己と共にいた際に、領主の娘に外堀を埋められて泣きながら己に助けを求めていた奴と本当に一緒の存在か?
「だからでしょうか……」
その時、幸福の言葉が静かに終わる。
「えっ?」
「忌み嫌われ、苦しめと願われた私達が幸せそうにしていたから……あんなことに……」
それからシスターは少し押し黙った。
「………」
「………」
「……話したくないなら、もう大丈夫だよ?」
「ぁ……。っ……いえ、聞いてください……」
友の優しげな制止が、却って心を決めたのだろう。
シスターは静かに話しだした――幸福の終わりを。
「ある時の事です……。修道院長が遠くにお出になられて、数ヶ月お戻りにならない時に、私達は地下の掃除を命じられました」
「地下?」
「はい――
「………」
友は黙った。シスターも黙った。
それだけでどうなったかはわかった。
人の悪意とは、時に単純で――酷くおぞましい。
「明かりもなく、私の“力”を以ても凹ませる程度で……助けも望めませんでした。私達が居ない事を気にするのは、責を嫌った修道院長だけでしたし……」
居ない間に事に及び、済んだら事故として処理しようとしたのだろう――修道院全体がそう決めた。……もしかしたら長すらその計画に乗ったのかもしれない。
「……私達はやがて何も言わずに寄り添っていました。お互いの呼吸音に耳をすませて、心臓の音を感じながら……。徐々に、徐々にそれが弱まっていくのを感じながら……」
「………」
「私は……わっ、私は。その時、思ったんです――幸せだって……!」
「えっ……」
「世界は私達をずっと嫌っていて、これから一緒にいても苦しいまま……逃げたところで変わらないのなら――このまま、誰にも邪魔されずに二人きりで……貴方様と死ねるなら、本望だと……!」
「………。そっか――」
聞いた友の顔は見えない。
けれど――彼女のその告白を厭う訳がないだろう。
「――そんなに“ぼく”を愛してくれてたんだね」
「……!いいえ、いいえ!私は自分勝手だったんです……!私はただただ自分の事しか考えてなかった――自分の幸せしか考えていなかった!愛していたのに……愛される事しか考えてなかった……」
――そして。
そんな“友”がする選択は、きっと決まっている。
「どれほど時間が経ったかはわかりません。一週間か、一ヶ月か」
「うん」
「その時に――血の匂いがしたんです……。気づいた時には遅くて貴方様は舌を噛み切ろうと……」
「えっ……まさか、自分だけ――」
「――ちがう。ちがいます!お願いですから、卑下しないでください……貴方様だけにはそう思ってほしくない……!」
「ごっ、ごめん……」
友よ……。
「貴方様は呂律も回らない中、確かに言ってくれたんです――『きみは生きて』と」
「………」
「『カッコいい台詞を考えてたんだけど、思いつかないや』『でも――
「―――」
「それを最後に呼吸も、心臓の音が聞こえなくなりました」
友らしい、友のやりそうな。
優しくも――残酷な方法だった。愛しているからこそ、なのだろうが。
「私は……貴方様の唇を食みました。ちぎりかけの舌を噛みました。頬を食べて目玉を含んで頭蓋を噛み砕いて――ただただ、貴方様を喰らいました」
「………」
………。
そうか。
わかった――彼女の“
“力”が、友の内にあった“夜”に感応した。
“夜”は何処にでも現れ、何処にでも消える性質……不可思議な“繋がり”が、彼女の力を強め――安定させた。
飢えなど、感じぬほどに。
「
「そうしている内に、修道院長から“夜の王”を討伐せよと主命を頂いて……そして“此処”に」
……場は静まり返った。
流石の友とて、そんな事を言われれば言葉にしずらいのだろう。
……ぼくは美味しかった?とか聞かないだけデリカシーが身についたのを嬉しく思う。
ここは、己が出て有耶無耶にさせるべきか。
そうして一歩踏み出すと――
「独りになって、私は感じました――私は、愛されていたと。独りでいる度にそれを痛感して……決めたんです。あの約束が果たされた時……
「ん?」
ん?なんか、雰囲気が変わった?
「さぁ、貴方様何なりとお申し付けください……こうなる事を考えて男性がお喜びになる■■■■の方法も▲▲▲の手管も書庫で学びました。あと、■■▲、◯▲◯■■■▲―――!」
「――まってまってまって!!ちょいちょいちょい!?」
………。
こそり、と扉から顔を覗かせると――今まさに、我が友に覆いかぶさろうとする
これは破門でしかるべきだろう、うん。
その時、パチリと。シスターの肩口から、友と目が合った。
(……三時間くらい何処かに行ってるので、せめて中でやった方が……)
(求めてない!今そんな配慮求めてないからぁ!助けて!こわい!すごいおそろしいっ!――ファーム失敗した時に出てくる溶鉄のデーモンと接ぎ木の君主くらいこわいぃ……!)
(何の比喩ですか……)
個人的には、彼女の思うままにさせてやりたい気持ちもある。
けれど心臓が負傷している友に――さらに心の負傷もさせる訳にもいかない。
それにこれから、恐ろしい神々の“武器”と戦うのだ。
対するのが学者一人とツヤツヤしているシスターとボロ雑巾では些か不安だった。
学者は狼に気づかれないように――近くにいる“大蟹”にナイフを投げ、身を隠す。
古今東西、乙女の邪魔をした者がどうなるかなど分かりきった話なのだから。
………
……
…
リムベルドに降り立ち、目の前の貴人たちを殺し――近くの小砦を襲撃し、地図を奪う。
周りの拠点と練り歩く強敵を殲滅しつつ、中央砦を目指す。
言葉もなく、合図もなく。
時折、収集した武器を渡す際に一言二言、返すのみ。
日が落ち、夜に侵食され――それを押し戻し、また夜に備える。
――流れるような
(……懐かしい感覚だな)
“追跡者”は、雷の槍という“王都古流信仰”……かつての王都兵が使用していた、模倣した古流の雷を扱う祈祷が込められた“聖印”を復讐者に渡しつつ、胸の内でそう思った。
……“獣”と“爵”との戦いが、己らをこうした。
負け続け、それに怒るのも通り過ぎ――冷えて研ぎ澄まされていく感覚。
余分なモノが憎悪の炎に溶け、狂乱の雷が戦いの熱だけを残し焼く。
それは――
(……今思えば、姿無き主とやらが我らに求めていたのはそういう形やもしれん)
廻り続ける生と死の中で、主命だけを為す――
己らはそれを望まれていたのだろう。
……まあ――何処かの誰かさんが、削ったはずの
それほどまでアレがやかましかったのか――大切だったのか。
ともかく。
これが良い事とは言えないが、身体が覚えているのは僥倖だ。このまま突き進――
――瞬間。
――
「「「………」」」
周囲は“夜”の暗がりが漂い、黄色い炎が視界の端に揺らめく――粘つくような熱が、身体を撫でる。
――
三人は言葉も無く、頷くと炎が示す方角に疾走する。
――悪魔はすぐ、そこにいた。
“獣”と“爵”との戦いの最中、時折謎めいた契約を持ちかけていた――“秤商人”の姿で。
「――
悪魔がその正体を晒す前まで、何度話しかけても黙っていたその姿の内から――嘲りが覗く。
その言葉に固まっていると、
「はぁ……これだから蒙昧は。“婦人”共々、貴様らは何も分かっていない」
悪魔は手に持つ天秤を揺らす。
その苛立ちを示すように。
「あの馬鹿だぞ?時の運とよくわからん人脈と酒に任せた勢いだけで開闢に手が届いた男だぞ?」
「そんな存在が――
その言葉は酷く熱が籠もっていて――それ以上に気色悪く、不愉快だった。
今、この瞬間。“円卓”にいる誰よりも……
「ああ、まったく……ああ、まったく――実に“公平”なる事だ」
「自業によって死せず、自得によって生をも得ず。投げた賽は転がる事すら許されない……くくっ、くくくっ!!」
「貴方は……」
ふと、横にいるレディが呟く。
仮面に隠れた表情でも分かる――理解不能なものを見るように。
「貴方は、
「――貴様らがそれを知る必要はない。褪せた黄金の犬よ」
悪魔は嘲りのままに続ける。
こちらが何を考えているかなど――端から考えていない。
「さて――“夜の欠片”、だったか」
「―――」
「外の神の遣いに、見えぬアレの姿。……貴様らに与するつもりはないが、万が一があっては困るのは事実。ふむ、ふむ――“公平”たりえぬが、真なる“公平”の為ならばこれは“公平”たり得る行為だろう」
悪魔の手元、天秤の側に――それを象った紋章陣が浮かぶ。
それから伸びた光が、空に突き刺さり……消える。
その意味は分からない。けれど、
「“婦人”に話を付けておく。貴様らはただ、敵を殺していればいい。誰かも知れぬ主の犬笛に従ってな」
悪魔は嘲りながら、その姿を消していく。
それは明らかな侮蔑の言葉だった。
……従うのは酌だったが――そうしなくてはならないのは事実。
“追跡者”は沸き立つ苛立ちを抱えながら、消えゆく悪魔を睨み付けていると――
――後ろから、雷の音が響く。
それは素早く、悪魔の持つ天秤を弾いた。
からんからんと天秤が転がっていき――解けていく、悪魔の姿が元に戻った。
「何の真似だ」
「何の真似?――
振り向くと、復讐者が“聖印”を握り締めて、悪魔を睨み付けている。
その瞳は少女の姿に似つかわしくない、かつてないほどの強い光を秘めていた。
「
その姿に――妹は、レディは静かに笑みを浮かべた。
沸き起こっていた緊張が少し緩むように、手に持つ短剣を軽やかに弄ぶ。
「そうね。……それに、あの人が帰ってきた時に泣いてたの――貴方のせいでしょう?覚悟、出来てる?」
彼女たちの姿に――追跡者も、肩の力が緩んだ。
そうだ。己は“夜渡り”。夜の王を狩るのが主命ならば――目の前の獲物を逃す道理はない。
静かに、正しく猟犬のように身を屈める。己の相棒たる剣と、何よりの武器の重みを感じながら。
「………」
静まる悪魔が何を考えているかはわからない。
けれど――ローブの下から初めて、嘲り以外の何かを感じた。
「――“公平”なり」
秤商人の姿が脈動し始める。徐々に盛り上がり、黄色い炎を伴い――本性を隠していたローブを燃やし尽くし、現れる。
大衆が思い描く悪魔像バフォメットそのもの。山羊頭と人の体と腕、そして馬の蹄。毛皮に彩られる身体中に浮かび上がった、四角い瞳孔の瞳たち。
「興が乗った。一度でも“獣”を弑したその力――見せてみろ」
青白い手指を象った豪奢な錫杖を左手に携えた“悪魔”、リブラは――右手に紋章陣を灯し、それを砕く。
迸る黄色い炎。
万物を焼き溶かす呪い火を前に――
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【無垢金の鍵】
“夜”の襲来に備えた挿し木の一族。
その少女たちの一人が密かに握りしめていた鍵。
不変なる無垢金は、“黄金律”の次代たる神人ミケラの象徴である。
“円卓”地下廟、そこに隠されたものに使用出来る。
永遠なる命を持った高き者たちは、永遠にわからないだろう。
定命を卑小と笑う者たちに……
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【夜の欠片】
“夜の王”から零れ落ちた力の一端。
蠢く力は何かを、あるいは誰かを強く渇望している。
本来、“夜”を御す事は不可能であり――何もかもは呑まれ蝕まれ続ける。
しかし、全ての夜の王たちにはその根幹たる“繋がり”が存在しているが故に、これは“転生者”の力なり得るものとなる。
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