“転生者” 作:ダフネキチ
空を支配する白きベール。
それに薄っすらと“夜”の陰りが重なり始めた頃。
“大蟹”さんの華々しい戦死から、少しして。
……ぼくはずっと忘れないだろう。ケダモノになったシスターを前にして、
次はもっと気高く生まれてきてね……砦の入口とか滝の前にじゃなくてね。
まあ、兎にも角にも。
大蟹さんのおかげで落ち着いたシスターと素知らぬ顔で合流した学者を連れて。
ぼくたちは
特筆する事もない行程だ。
そもそも
そうして、一つ。また一つ。
小砦、大野営地、遺跡を制圧していき……また、遺跡の一つを落とした頃。
皆大好きな物資集めの時間だが、
「……もっ……もっ……」
何処からか見つけてきた“勇者の肉塊”を黙々と食べている彼女を。
ほんの少し前はギンギンな目で聞いた事もないようなYな言葉を吐き散らしていたとは思えない姿で――ちまり、ちまりと。
小さな口で香ばしい匂いを漂わせるお肉を両手に持ち、啄んでいる。
「……もっ……もっ……。……?」
“勇者の肉塊”は、ふんだんに香辛料を擦り込まれて焼かれた獣肉だ。アメリカとかでしか見ない豪快な代物。
勇者と称されるほどの強き者にしか振る舞われないのでそう呼ばれているのだが……“ゲーム”では普通にその辺で入手出来る。
それに“一定時間、物理攻撃力上昇”という使いやすい効果な為、見つけ次第パクつく、有用なバフアイテムだった。
つうてもこんなじっくり食べるものじゃなくて、一口で食い千切って即発動!みたいな感じだったけど……。
……。意外とデカいし、これ無頼漢ぐらいのワイルディな漢以外まともに使えないんじゃあ……。
「……。あの……?」
ぼくがそんな風に見つめていたのか気になったのか、こてりとシスターが首を傾げてくる。
「美味しい?」
「……はい。少し辛いですけど、貴方様と一緒に食べた屋台のお肉みたいで……懐かしいです……」
「そっか」
「召し上がりますか……?」
「いや、いいよ。
「……。そうですか……」
ぼくの言葉に、シスターは残念そうに頷くと名残惜しげにまた肉塊を啄み始める。
……もしかしたら、いつかの“ぼくたち”はそうして一つの物を分け合うのが当たり前だったのかもしれないな。忌み嫌われたならお金も少なかっただろうし。
……。……アンニュイな気持ちも――さっきのギンギンに掻き消されちゃうなぁ……。
「それにしても、おかしなものですね」
そうしてびみょーな気分を味わっているとダンディな渋声が聞こえてくる。
アイテム漁りを終えたのだろう。腰元のポーチを少し膨らませた学者がこっちに近づいてきていた。
――手に持った、
――バチンッッッ!!!
指先が触れたと同時に、鋭い音共にダガーが彼の手元から弾き飛ばされる。微かな金属音を響かせながら転がったソレはやがて全体が金の粒子に解け……ぼくの手元に集まってくる。
……“魔術強化”かな?いらね。
粒子を振り切るように手を返すと、粒子はそのまま宙へと消えていった。
「……ふむ」
「こんな風に、拒絶されてるみたいなんだよねぇ。まっ、困るもんでもないけどさ」
正直武器はぼくの“傑作”で事足りてる上、もし使えた所でぼくのワガママボディ()じゃあ、加護があったとしても使いこなす事など出来なかっただろう。……単純に一ファンとしてさみしいくらいで。
一度くらい触ってみたいんだけどなぁ……グレソとかグレソとかグレソとか、しゃがみR1でエルデの王になった狡いぼくの導きの岩石剣グレソとか。
それか我が王好き好きソードとかもなぁ……見たいなぁ……。
そうこう邪念を膨らませているぼくの前で、学者が静かに自らの顎に手を這わす。
「
「えっ、うん。そんな感じでしょ?」
「……
「え?」
変な事を言い出した学者に首を傾げると、学者も自らに語るようにゆっくりと語り出した。
「僕達“夜渡り”は世界の脅威たる“夜”に抗する為に戦っています。それは同時に――“夜”に侵された黄金の地を奪還する為とも言えます。黄金の地、即ち“黄金樹”にとって僕達が最後の要だ。……ここまではいいですか?」
「い……ぃえす」
「つまりは、実感は湧かないでしょうが――
「おっ、おう……?」
「十一人の夜渡りの中でこの現象は貴方一人だけ。もし、黄金樹がえり好みをするのであれば、当時から苛烈な差別対象であり、黄金の地に在りながら祝福を受ける事が無かった“しろがね人”の末裔である僕は受け入れられるはずがありません。
「……?……?」
なっ、何のお話だ?いっ、今何処まで……!?
混乱するぼくはシスターを見るが無心でお肉を食っているのか逆に首を傾げられる始末。
なっ、長い!三行で……三行でお願いします……!
ぼくの念が届いたのか流れ続けている言葉を止めた学者は、またゆっくりと語る。
「君だけがおかしいのは理由があります。
「んー?なん―――」
その時。脳裏に駆け巡った……
「―――でやろなぁ……!」
「心あたりはありそうですね」
そうだわ。そう考えれば拒絶するわ。
国中囲まれて、しかも一撃で全て吹き飛ばされた挙句に刺し殺された“人の王”が――ぼくの厄ネタの権化さんが“転生者”を構成している内の一つならそりゃ嫌やわ。我が出ても納得。
どっちが悪かったか知らないけど……意地でも黄金樹に――“黄金律”に従いたくねーわ!って気持ちになるのはわかる。
どうしようもないなよっちい凡人が、築き上げた全てをゴミみたいに瓦礫の山にされれば。
ぼくの反応にある程度察せられたのか、学者は大きく頷いた。
「僕の調べでも――“人の王”は
「え゛っ。その“ぼく”ってそんなに思想強かったん?」
別に信心深い訳でもないけど、嫌いって訳でもない。……普通に“傑作”作る時とか上手く行きますようにって祈ったりしたぞ。
「
学者は静かに唸って黙り込む。ぼくも習って静かにした。
「……もっ……もっ……」
黙々とお肉を食むシスターの音が響く。……全然減ってないように見えるのはぼくの気のせい?
肉がデカ過ぎるのか、シスターが小鳥さん過ぎるだけか……?
「……正直、君とは違う形での再会になると思っていました」
ぽつりと学者が呟く。
彼にしてはどこか不安を覗かせた呟きだった。
「というと?」
「
「………。……おー」
ほんまやん。
やられた事を考えれば“夜”に蝕まれ――“
……現にぼくの“内”には“夜の王”が平気で屯れるくらいなんだから。
……ふむ。
――“夜の人、テンセイシャ”
……深き夜のおやつかな?通常エデレとかフルゴール並みに人気になりそう。
……なんで、
「てか。そう言う割りには、ぼくと会った時は驚いてなかったよね」
「まあ……そういう事もあるだろうな、と」
「なにその諦観な適応は」
「誰しも、呑みに行ってくると意気揚々と酒場に繰り出した人間が――熱狂した人々に囲まれて、酔いが覚めた半泣き面で革命軍の旗印として悪辣な王を打倒し始めるのを見たらそうなりますよ」
「なにしてんのさ」
「それはこっちの台詞なんですがねぇ……。何とか頃合いを見つけて夜逃げしてなければ、僕達は新国家の王と宰相として一生を終える所でしたよ」
「ひぇぇ……結構深くまで関与してる……」
「それは君が、『自分が焚き付けてしまったから最後まで責任を持ちたい』とか言い出したからですよ……」
その時の苦労を思い出したのか、眉間を揉み始める学者先生。
もっ、申し訳ねぇ……!ほんとどうしようもないなその時の“ぼく”……。
「あの後アレですからね。君が――」
「――おおおっと!そうだそうだそうだった!実にこれからに必要な重要な情報があるんだった!」
ぼくは学習している。
このまま放置していたらシスターも参加して、嬉し恥ずかし転生者くんの大暴露大会が開催されるって。
なので“
「情報?しばらく君の自称・臣下達があれやこれやと追手として現れて、僕が全ての元凶とか言われてた情報以上に必要な?」
「……そっ、そこは大変申し訳なく……!」
「まあ、いいですけど。……ああいう時に自分が“しろがね人”だって思い出すんですよねぇ……君と居たら、良いのか悪いのか忘れてしまって……」
「と、ともかく!ともかくねっ!――この後、二日目の“夜の敵”を知ってるのさ!それを教えちゃうよ、今だけ!」
基本的に“夜の王”によって、一日目と二日目の中ボスは決まっている。……まあ、“標的不明”時以外にそこまで覚えておく必要はないし結構候補もあるから対策も難しい。
けれど、DLCボス達は別だ。一番後に実装されたからかバリエーションは少なく――一日目を見れば、確定で二日目も分かるのだ。
「……何故知ってるのです?」
「詳しくはシークレット!超有能チート転生者だからかな!」
「……。わかりました。確かにそれは
ぼくの必死な間抜けっぷりに矛を収める気になった学者が溜息一つで流してくれた。
そうしてシスターにも聞いてもらおうと水を向けると――
「……もっ……もっ……」
「………」
「………」
「……もっ……もっ?」
「………」
「………」
「………。もっ…もっ…もっ…もっ…!」
「「いや、急かしてる訳ではなく……」」
学者と被ってしまった。
シスターは一生懸命にお肉を啄む。……なんだか、言っちゃ悪いけどちょっと和むな……休み時間になっても給食を食べてるどんくさい子と言えばいいのか……ぼくああいうの好き……本人は真面目だから言ったら駄目なんだけどさ。
とはいえ、もうしばらく掛かりそうだった。
ぼくは学者に視線を向ける。
「………しりとりでもする?」
「どうせ僕が勝ちますから違うのにしましょうか」
「カッチーン。何だワレやんのかやんのか」
「君がそう言って勝った試しがないから言ってるんですが?」
「はぁー?んだとぉ?君の前にいるのは、超有能チート転せ――」
ぼくはボロ負けした。
この時代に
………
……
…
空を支配していた白きベールを“夜”が覆い、雨が彼方からやってくる。
中空に漂う霊樹の下に辿り着いてしばらく――緊張した面持ちの二人を、“葬儀屋”はそっと覗き見ていた。
あのお方が言っていた、次の“敵”が気がかりなのだろう。
言った本人でさえそう思うほどに。
――“血の君主、モーグ”
女王マリカと最初の王、ゴッドフレイの子。
双子として産まれ……その双子、共に
それでも、黄金の地を統べた女王マリカの直系である事に変わりない
その出自故に、黄金樹に与する事無く――外なる神との交信の末に、自らを“血の君主”と称し、華美な装飾と忌み血を尊び、自らの臣下“血の貴族たち”を従え、新たなる王朝を夢想した。
紛れもなく、黄金樹の敵対者。その一人。
……血の貴族は知っている。
時折、リムベルドに現れる、華美な金の刺繍と赤い飾り布が彩られたローブを身にまとう軽やかな戦士だ。
いっそ下品にすら思うほどの装飾をした
――容易いとは言えない相手。
その、首魁。
それが“血の君主”。
(………)
……けれど。
(私の、やる事は変わらない……)
全て、自分の“力”はあのお方の為に。
敵を、“夜の王”を――弑する為に。
それが悍ましくも生き長らえてしまった自分の為すべき事だと信じているから。
……耳元から、“
「来るよ」「来ます」
同時にあのお方の言葉が重なる。
それに嬉しさを感じる――よりも前に。
濃密な血の香りが、鼻に付いた。
『………』
“夜”から這い出てきたのは――捻じれ角を際限無く生やした人の形をした存在。金の刺繍と赤い飾り布、黒のローブは貴族たちが見窄らしく見えるほど豪奢絢爛で、その手に握る三叉槍も、まるで王様が握る錫杖のように美しい装飾が施されている。
……まるで、詩や書に伝えられる“魔王”のようにすら思えた。
『………――っ』
その身が、
美しい装飾は欠け、布は千切れ――その身には、無数の剣が突き刺さっている。
あの華美な装飾……“血のヘリケー”と“レドゥビア”。
その他にも、薔薇を象ったメイスや赤き刃の刀や両刃剣、無骨な鎌をも……様々な武器が突き刺さっており、絶え間なくその刃が――かの者に出血を強いている。
豪奢な槍は、最早杖以外の役目を果たしていない。
見なくとも分かる、半死半生。
――
「へっ……?」
「友よ、これは……」
「いや、そんなはず……やってる事はエグかったけど、臣下からの忠誠は随一だったんだよ。ショタコン誘拐犯からひっくり返って超有能になるくらい」
「何の話しですか……」
『……――っ、っ……!』
困惑する二人を前に、血の君主は俯いた顔を上げる。
そうして閉じられていた目をゆっくりと開き――
瞳無く、何も見えないはずなのに……ある一点を、見つめていた。
『あぁ……この芳しき血の香り……ぁああ、そこにおられるのですね――我が盟友よ』
その言葉に、自分と学者様は――黙って、あの方を見た。
「「………」」
「ちょい。ちょい、こっち見ないで違う。違うから」
いったい何が違うのだろう……?
『“人の王”たる貴方が……いったいどのような術を以て……』
此方の事を気にしていないのか、言葉に反応せずに――血の君主は槍を起点に一歩前に進む。
その身じろぎが身体に突き刺さった武器により、大量の血として溢れる。痛みに呻き、涙のように流す血……よく見れば、耳元からも出血している。
その異様さに此方は押し黙った。
それを知ってか知らずか、血の君主は親しみすら込めて嗤う。
『あぁ、この姿はお気遣いなく。我が夢も、我が臣下も……いかなる全てを奪われましたが――我が誇りだけは奪われませんでした』
『まったく、
「預言?いったい……って、駄目か聞こえてない」
あのお方の問いは濃密な血に呑まれて届かない。
学者様はただ静かに場の推移を見ている。自分は――一歩、あのお方の前に立った。
何か、嫌な予感がする。
『一か八か“夜”に逃げ、痛みに悶え続けたこの年月。たとえ、貴方が囁きが生んだ幻でもいい……――貴方に、お渡ししたいものがあるのです』
血の君主は膝を突くと、溢れる血の懐から――何かを取り出して、此方に差し出してくる。
それは……
………。
「どうしますか……?」
「どう、ってぇ……どうする?」
「こっちに振らないでください。……個人的には受け取らず、このまま殺すべきだと言いたいですが……」
そこで学者様は呆れたように溜息を吐いた。
「君、ものすごく欲しそうな目で見てますよ」
「うっ……!だっ、だってたぶんアレ“純血騎士褒章”……来たるモーグウィン王朝開闢の時に騎士叙勲にね!――」
「それはどうでもいいですが……まあ、後悔為されないように。王朝が開く事は無さそうですよ」
「……!ぬぬ……!」
呻き悩むあのお方の肩口から、学者様の視線が届く。
自分はそれを静かに応じた。言われずとも、そうする予定だった。
あのお方は、手をおずおずと血の君主へと伸ばす。
血に塗れ、それでもなお小さな輝きを残したその勲章に触れる――
血の君主は、伸ばされた手を勲章ごと握りしめ――つんのめるほど彼を引っ張る。
魔王の如き貌、その口許があのお方の耳元に近づき……。
何かを、呟いた。
『ミケラが待っている。約束の王を』
そうして、いつの間にか構えられた槍があのお方の胸を貫―――その腕をメイスで打ち砕く。
神というには容易く、芯の骨まで砕けた感触。
槍は振られる前に、地に落ちた。豪奢絢爛の装飾に似合わない安っぽい金属音を響かせながら。
「貴方様。大丈夫ですか……!」
「―――」
「……貴方様……?」
耳元を抑え、呆然としているその姿は自分の声など聞こえていないようだった。
それほどまでに聞こえなかった何かが衝撃だったのか、それとも――何らかの術か。
メイスを構え、血の君主を見据える。
しかし、その疑いすらすぐに消えるほど――目の前の存在も、砕け散った自らの腕を伽藍洞の瞳で見ている。
信じられない、と。
それだけをわかりやすく表して。
『……はは、ぁははは……!』
そうして、笑い始めた。
全てを受け入れるように、諦めるように。
力が抜けるように、静かに嗤い――
『――
零した言葉は、先ほどまでの気取った色は無かった。
ただただ嫌悪に塗れ、血と共に吐き捨てられた。
『……。……盟友よ。
砕けた腕を投げ出し、血の君主は静かに語り出す。
その姿はその名に似合わない……何処か、素の姿に思えた。
『思えば、くだらぬ事ばかり。皆を集め、有り得ない空想を語り合い、看守共の目を盗み、外を抜け出て馬鹿な民を驚かせ……ああ、そうだ。皆で海老狩りもしましたな。馬鹿正直に牢を出渋る兄上殿を煽り倒したのが全ての間違い……結局誰も兄上殿には勝てず、貴方が決めた掟のせいで良い部位は全部取られる日々……あのバカげた悔しさすらも懐かしい』
『貴方の胸の内は、嫌悪と憎悪に満ちていたのかもしれません。けれど、盟友よ。貴方が……“人の王”が、血と怨嗟に塗れたあの場所に齎したものを誰も忘れる事はなかった』
『“破砕戦争”……あのクソガキが始めた愚かな戦争で、民の為に皆が立ち上がったのですよ。怨嗟だけが取り柄だったあの同胞達が……』
何を言っているかは自分にはわからなかった。
けれど、これだけはわかった。
血の君主は、目の前の半神は。
――私達と、同じだ。
『……さて。そろそろ幕引きとしましょう。ここまでやってなお、この身は“魅了”に侵されている。貴方をまた害しかねない』
『……我が夢も、我が臣下も、いかなる全ても――我が誇りすらも奪われましたが。この優しき思い出だけは抱えて逝きましょう』
そうして血の君主は砕けていない腕を自らの首に這わす。
大きく伸びた角の如き爪は、その固い皮膚すら血を滲ませて――
血の君主は言葉無く倒れ伏し――やがて、“夜”の靄となり宙に消えた。
確かにかの半神がそこにいたと示すように、豪奢絢爛の槍だけを残して。
「………」
何が起こったのかは、わからない。
けれど――霊樹から、あの謎めいた粘液が溢れてきている。ともすればこれであのお方に凄惨な傷を残した下手人――“安寧者たち”への道が開かれたという事だ。
誰も傷つく事が無く、それを喜ぼう。
そう思って、彼を見ると――どういう訳か、顔を覆って天を向いている。……血の君主に思いを馳せているのかと思えばそうは見えない。
ものすっごい、苦渋を舐めたような顔をしていた。
「……ラダーンはどうした、あの腐れショタがぁ……!」
「あの……貴方様……?」
「――ん?ああ、こっちの話こっちの話。さぁ!何はともあれ、道は開けたから行こう!さっさと安寧者たちを倒さないと、心臓が乾いて仕方ないさね!」
そう言って、此方の疑問を遮るように――そのまま粘液に触れ、霊樹へと登っていく。
………。
……“アレ”は、何か重要なものを隠している時の振る舞いだ。
「神をも、狂わせますか」
その時、学者様の呟きが聞こえてきた。
振り向けば、血の君主の槍を地に突き刺していた。かの者が確かにそこにいたと示すように。
「……確かに魅力的なお方ですが……只人ですよ……?」
不思議な知識をお持ちだ。恐ろしい“設計図”をお持ちだ。
しかし――彼自身は、只の人間だ。強くもなければ、決して弱くもない。
凡庸、凡人、只人……けれど愛おしい。そんな人。
「
「そうなのでしょうか……」
「俗物的で享楽的で、易きに流れやすいくせに自らの責任から逃れられない。中途半端な者、だからこそ」
「………」
「………」
「そう聞くと、ただのろくでなしな方に聞こえますね……」
「まあ、実際その通りですし」
なんだか少し笑えてきて、二人で苦笑しつつ――自分たちも粘液に触れる。
しばらくの間の後。ふと気づくと、霊樹の中。
全てが真白い空間に立っていた。……本当にどういう仕組みなのだろう。学者様ですら「不思議な事も……あるものですね……」と言ったきり、そういうものだと思考放棄しているし。
「………」
空間の先、“夜の王”の領域に繋がる大扉の近くに倒壊した柱にあのお方は凭れて、腕を組んでいた。
何か、考え込んでいる風に見える。
「すみません、待たせましたね」
「――“貴公、何用だ”」
「はい?」
「ごめん、言いたかっただけ。何かあった?」
「特には。さぁ……貴方の“傷”を治しに行きましょうか」
「うい。……ありがとね」
「いえ……お気になさらず……」
自分はそれだけを返す。
たとえ何であれ、この人の願いに自分は従う。
それがあの日々を齎してくれた事への返礼なのだから。
けれど、溢れるのは“夜”ではなく――目が眩むほどの光輝だった。
無の荒野。“夜の王”達の領域。
その全てが、
空は光のベールに包まれ、その彼方には白の蕾が大きく咲き誇り――他を知らない黄昏色の羽が辺りに舞う。
まるで万人が想う、天上の楽園そのもの。誰もが想う美しい光景。
その下に、“彼女達”はいた。
あまり見上げる事の無かった、修道院のステンドグラス……そこに描かれた“天使”のような白灰の鎧に身を包み、それに似つかわしくない輝きを放つ武器を携えた――
静かに、そこにいた。
七人。それぞれ、空を見上げたり、武器を支えに座り込んでいたり。
ただ、静かに――誰かを待っている。
(………?)
あのお方の知識と学者様の推測によれば、彼女達は神々の――“武器”。そう成り果てた存在のはず。
つまり、人形。傀儡の類だ。
けれど、これは……。
「やぁ――待たせたね」
あの人の言葉に、戦乙女たちは一斉に振り向く。
そして一糸乱れぬ天使達の整列と共に、輝かしい光と装飾に彩られた“武器”が構えられた。
ただ一人を静かに見据えて。
「始めようか」
此方も油断無く、構える。
静かだった、無の荒野は――光が増し、彼方から“唄”が響き渡る。
それは軽やかに歌い上げられる。
その光輝を、その栄光を、その意味を。
いっそ清々しく――悍ましく。
“光輝”は目の前の“戦乙女たち”を謳う。
[英雄武器の娘たち、ハルモニア]
作物実る片田舎に住む乙女は、ある日行き倒れた男を見つけた。
哀れに思い、連れ帰り世話を焼くと――男はいたく感激し、乙女の為にと村で精力的に働き出した。その姿と見慣れぬ異性の刺激からか、乙女はやがて男に慕情を抱き、人々はその模様を密かに楽しんでいた。
男が“作り出す物”を嗅ぎつけた賊たちが現れるまで。
村は蹂躙され、人々は殺され……乙女を庇った男は無惨に弄ばれ死んだ。
乙女は救いを求めて村外れの林に入り、“武器を掲げた守り神”の彫像に祈りを捧げ―――
やがて村中は赤く染まり、静寂が訪れた。
血に塗れ立ち尽くす乙女の手には――“英雄の武器”が握られていた。
――斯くして
粗末な肢体は鎧に合うよう整えられ 身に余る栄誉に咽び泣く意志は光と共に漂白し
美しき“戦乙女”として再誕する
何度も 何度も 何度も
その身を 栄光に染め上げて
そうしてまた 唄は“世界の敵”を指し示す
戦乙女たちはそれに従い、その男の顔を見た――途端。
乙女らの意志は熱を帯び、神々の楔を容易く打ち砕いた。
その惨状に。
神々は――大いに盛り上がった。