“転生者” 作:ダフネキチ
……ああ
やっぱり惜しいよなぁ
常と変わらぬ、我らが庭の如くな“リムベルド”。
悪魔の産み出した黄色い炎の嫌な熱気が微かに残るその場所で。
“追跡者”は、
まるで器から零れ落ちた雫のような姿形をしたそれ――濃い、“夜”そのもの。
あの気色の悪い山羊頭の悪魔が残した、“夜の欠片”。
それに……
(これが“夜”だと……?)
全てを呑み込み、蝕み続ける災害。
世界を、黄金の地を――故郷を。全てを蹂躙し尽くした元凶。
それこそが“夜”……そのはず。
だが、妹の手に収められたソレは蠢き求めるように脈動しているが……ひどく静かなものだった。
(………)
追跡者は首を振って、疑問を追いやる。
これで、友を治療出来る――あるいは、長らえさせる事が出来る。
それさえわかればそれでいい。
ともかく、まずは一歩。必要なものを手に入れられた事を喜ぼう。
そう思い、追跡者は妹に声をかけようとして――気づく。
表情がどこか暗い。仮面に隠れてなお……むしろ隠れているからかそれが如実に伝わってくる。
愛する者を救える物を手に入れられたのだからは喜びそうなものだが……あの不審者からのものだからか?
どこか、不安と――
「……。……これじゃあ、まるで……」
「――あの悪魔。終始手を抜いていたな」
復讐者の不機嫌だけが込められた声が響く。
……振り向かずとも分かるがそちらを見ると――やはり死ぬほど不機嫌な雰囲気を漂わせている少女人形がいた。
手に握っている“聖印”から悲鳴が聞こえてくるようだ。
とはいえ、追跡者はその気持ちは理解出来た。
あの腐れ悪魔。攻撃の拍子はわざとズラしたり、変な間を戦闘中に見せていた。まるで
……いや、まるでじゃなく――そう嗤っていたのだろう。その名の通りの陰湿さだ。
「最初からまともに戦う気は無かったんだろう。俺たちの力と――“夜の欠片”を渡す事が目的だった」
「ふんっ……またあの面見たら今度こそ殺し切ってやる……」
そう吐き捨てる復讐者は、心底悪魔が嫌いらしい。……同感だが。
追跡者はイライラを晴らすように近くの木に蹴りを入れだした少女人形に苦笑しつつ、妹に視線を向ける。
暗い、その表情に――肩を竦めてやった。
懸念事項があるのだろう。
己よりも
しかし、今は前に進むしかない。
だが――いつかそれすらも食い破ってみせよう。己らはそうしてきた……そうしていく、べきなのだ。
「……“婦人に話を付ける”と、悪魔は言っていたわね」
悩む事をいったん止めにした妹が“夜の欠片”を仕舞いながら、そう切り出す。
その言葉に、木の幹に凄惨な可愛らしい足型を刻むのを止めた復讐者が同意した。
「ああ。夫の“内”にいた変な奴が言っていた、注意しなければいけない一方だ」
「不審者と変質者……とか言ってたな」
「不審者はどう考えても“悪魔”ね。なら……変質者は“婦人”?婦人なのに?」
「いや知らんが。貴族婦人って大概そんなものじゃないか?ほら、裏では――」
「一緒にするな」「一緒にしないで」
「……すまん」
あの謎生物の全てを信じる訳ではないが、警告をしてきた以上――危険な存在なのは確かだろう。……たとえ変質者とか言われていたとしても。
妹は短剣を弄びつつ、周囲を見る。
「ともかく、先に進みましょう。対するのが“夜の王”なのだから万全にしておかないと」
「そうだな。……
「――いや」
復讐者の言葉を遮った追跡者は――大剣を構える。
急に動きに困惑している二人に応える事は出来ずに、周囲を見渡した。
嫌な予感が背筋を走っている。ゾワゾワとした嫌な感覚。
そのせいか、やけに寒く―――
その時、視界の端に小さな粒が上から落ちてくるのが映った。
妹もそれに気づいたようで辿るように手で受け止めると……それは手の平の温もりで解け、水滴に変わる。
「……
「どうやら……」
追跡者は、空を見上げた。
遠くの方から――白い何かが迫ってきている。
「――話は付いたようだな」
瞬間。
――
吹き荒れる暴風。身体に当たる大量の雪粒。一歩も動けなくなるほど――“
予兆もなく、ほんの一瞬で。三人は大嵐の真っ只中に呑み込まれていた。
「二人とも、俺に寄れ!」
大剣を地に突き刺して、足に力を込める。
そうでもしなければ身体ごと何処かに吹き飛ばされる……!
視界が雪で遮られる中、近づいてきた二つの温もりの内一つ――白に同化しかかってる少女人形がふわりと足が地から離れるのを、追跡者は見逃さなかった。
慌てて、その腰に手を回して押し留める。
「おい!勝手に触るな!人妻だぞ私は!」
「言ってる場合か!いいからどこでもいいから俺に掴まれ!……レディ!お前は!」
「心は人妻よ!」
「なら問題ないな!――踏ん張れ……!!」
耳を遮る轟音。痛みすら感じる雪粒の嵐――
“夜渡り”とて、自然の力に対処方法など思いつかず。
ただ、耐え……耐え……耐え。
やがて――少し、吹雪が収まったのを感じた。
目の前はまだ白に染まったままだが……幾分か呼吸しやすい。手元もある程度は見える。
荷物のように抱きかかえられ不満そうな復讐者と己の首を絞め落とさんばかりに抱き込んでいる妹が。
……まあ、無事ならばいい。
大事ないか、と声をかける――前に、
地に突き刺した大剣の感触。それが変わっている。幾度も突き刺した事のある、
異変に気づいたらしい、二人も辺りを見渡して目を見開いた。
吹雪に遮られていても――
――無の荒野。“夜の王”の領域。
そこに、“夜渡り”たちはいた。
「……まさか、“リムベルド”の法則に―――」
「――ようこそ、わたくしの“夜”に。罪深き黄金が残した、陛下の“剣”たち」
ふと、知らぬ声が響き渡る。
辿ると目の前に……影が見える。吹雪に遮られたその先に
長身の姿。髪や服の裾をたなびかせ――こちらを見下ろしている。
「……“悪魔”が何やらほざいていましたが……ふん、所詮羽虫じゃありませんの」
この感覚は……間違いない。
目の前の存在は、“夜の王”。吹雪の主。
そして――
「お前が、“婦人”か?」
追跡者の問いに、影は……笑った。
「ええ……ふふ……
「「――
「ほほほ、じ・じ・つの予定ですわぁ……不快な羽虫の響きも事ここに至れば心地よいものですね」
ああ……確かにこれは“変質者”だな……。何となくわかった。
アイツも大変だな……ほんと。
追跡者はそう思いながら手元で暴れる二人を抑える。
……
目の前にいる存在は、ただの高飛車でマウント取りだけが命の傲慢な貴族女性――友が一番嫌いそうな、女にしか見えない。
なのに……己の“第六感”が最大級の警戒を示してくる。
この女――
「おい離せ追跡者!あの勘違い女に一発入れさせろ!」
「兄上離して!あいつ、殺せない!」
「あらあら……そちらの羽虫が賢明ですわよ。負け犬……いえ、負け虫さん?産まれる前から敗北していた気分は如何かしら?」
「
「そうよ化石女!とっくの昔にお呼びじゃないのよ!」
「そっ、そそそそんな事ありませんわ!わたくしの陛下は一途なお方……あっ、愛さえ芽生えれば必ず―――」
……己の警戒が馬鹿らしく感じるほどに、二人はやいのやいの騒ぎ立てている。
恋する女は勇猛と言えばいいのか、愚かと言えばいいのか。
いや、ここまで理性を飛ばせるのはある意味幸運と言えるのか……?
なんか“婦人”に効いているようだし。
……やっぱり、“恋”って凄いんだな……。
………
……
…
“歌”が高らかに響き渡る。
無の荒野。
“夜の王”の領域は――今や、天上からの輝きに支配されていた。
白きベールが空を彩り、彼方で咲き誇る蕾は美しく、色を知らない黄昏色の羽が宙を舞う。
文句無しにずっと見上げていたい美しさだ。
……
ぼくは、“傑作”を抱え――目の前の“七人の戦乙女たち”を睨みつけた。
“英雄武器の娘たち、ハルモニア”
DLC追加ボスであり――皆大嫌い複数ボスだ。
こっちも複数ではあるが、対するあっちは七人という倍。
そのせいか攻撃頻度は少なめで、あの忌々しい輝きの英雄武器による攻撃はバリエーションこそ少ないが――視界外からの攻撃や掴みといった嫌らしい事を平気でしてくるいやー奴らなのである。
しかも、
……今は考えたくないけどネ!
さらには、彼女たちにも“常夜”版が――“救いの旗手”と呼ばれる特別な第二形態も存在する。
……
それだけを願っていると――ハルモニア達の戦列が崩れる。
一人、一人が光と共に消え、また近くに現れてを繰り返しながら接近してきた。
短距離テレポート。距離を取るのも寄るのも自由自在。気がつけば囲まれている元凶だ。
ここからやるべきは―――!
「学者先生、
先手必勝!ジリ貧になる前に削り切るのだ!
学者の
「わかりました!少し援護を頼みます」
学者が懐から“禁書”を取り出したその時――
「――学者様……!」
振り下ろされる英雄武器を横からシスターがメイスで防ぐ。
その瞬間にハルモニアは姿を消し、二人の周囲から幾つかの波紋の線が伸びてくる。
その先にいるのは祈るように、武器を地に打ち付けた何人かのハルモニア達。
――武器召喚だ。
「二人とも!離れて!」
波紋から英雄武器の幻影が伸びてくる。
段々と迫る槍の壁を二人は難なく避けるが、その隙に合わせるようにハルモニア達が囲むように現れ、武器を振るいだす。
慌てて援護しようと傑作を構え――
近くまでハルモニアの顔が迫っていた。蕾を象った兜に少し隠された――
「……んのぉ!」
槍を傑作で押し退け、斉射を浴びせるが――テレポートを繰り返し、回避されながら距離が取られる。
その隙に、遠くからまた波紋が伸びてきた。それに加わるように下がっていったハルモニアが前に出てくる。
(だぁああ!休みなし!?)
“ゲーム”でのハルモニアは、少し攻撃にインターバルというか――
複数戦ボスではよくあるゲームデザインだ。そうしなくちゃ、延々と隙を潰してくるだけのクソゲーになるからね。
――だが、当然ここは“現実”ではない。
つまり――
(ほんの一瞬で二人と離されちゃうし……!)
横目には、
そしてそれはぼくも同じだ。
武器召喚を避けるとその隙に接近され、それをいなしている内にまた遠くから波紋が現れる。
順当で面白みもない“狩り”が淡々と行われていた。
(エデレ……いや、使うにはあぶいな……)
一瞬で体勢をひっくり返せそうだが、一瞬でその口がこっちに向いてくる。血を擦り付ける隙もないし。
一人でも落とせれば……!
“傑作”の斉射を畳み掛けつつ、伸びてくる武器を回避する。
「二人ともだいじょーぶ!?」
「問題ありません……と、言いたい所ですがね!」
「ああ、この囲まれる感覚……“獣”を思い出します……」
「――シスター!ここで嫌な事思い出させないでください!あれ僕トラウマなんですよ!?」
「辛かったですよね……」
……学者が叫ぶほどってどんだけ“獣”って強かったんだ……。ぼくが来る前にやられてて良かった。リブラみたいに死んではないんだろうけ―――どっ!
ぼくは振り下ろされる斧槍の刃を躱しつつ、ボルトを浴びせかける。数本当たるがまた距離を取られ、武器の壁が迫りくる。
くっそ……!“ゲーム”じゃあこれを繰り返してれば!って気持ちになるけど、現実じゃあ……!
(
ぼくは、攻撃を仕掛けてくるハルモニア達を注視する。七人全員で狩る動き。それはゲームでも見慣れたようなものだが……。
……なんとなく、
(――っと!そんな事より、今は……!)
思考で揺らいでいた視界を、英雄武器の突きが貫いてくる。何とか回避すると――し切れず。
肩口に刃が掠めた。
「――……〜〜……!!」
その瞬間――ただ刃で切り裂いたとは思えない、灼けるような激痛が肩から全身に駆け巡る。
感覚でわかる、心臓を貫いたのと同じ。癒える事のない傷の痛み。
思わず、足を止めてしまう。
――ぼくの足元に波紋が幾つも重なるのが分かっていても。
「――貴方様……!!」
悲痛なシスターの声に何とか気を振り絞って、傑作の“仕掛け”を展開。楯を斜め下に構えて、地より延びる幻影を防いだ。
だが、その勢いに煽られて――倒れる事は何とか抑えたが、膝を突く。
英雄武器、その槍の輝く切っ先が――ぼくに、その心臓に迫りくる。
「―――」
一瞬、時が止まるような。そんな嫌な錯覚を感じる。
マンガとかでいうような走馬灯。ランナーズハイだっけ?違うっけ。
……正直、もう手筈がない。避けるには無理。迎撃するのも無理。防ぐ、のも時間が足りない。
ていうかこういうのってアレだよね。“ゲーム”でいう所の
――
瞬間。
迫りくる槍の切っ先から軸をズラすように前に出ると、
急な揺らぎに体勢が崩れたハルモニアがそれに気づ――く前に、お腹から頭に掛けて、ボルトを斉射する。
至近距離から浴びせられたハルモニアは回避できずに諸に全弾ぶっ刺さり……そのまま仰け反るように倒れ伏す。
……やっぱ“見切り”って最強やわ。
こんな事思いつく葦名の地ってほんと魔境。
「二人とも――
ほんの一瞬見えた、ハルモニア達に生じた
数秒にも満たないその隙を――歴戦の“夜渡り”たちは逃すはずがない。
学者は懐から火炎壺を幾つも周囲のハルモニア達に投げつける。
無論、その程度容易く避けられるが――そこを縫うように、“内”から吐き出された異形の骨を携えたシスターが突破する。
鋭い視界外からの一撃。
――ぼくの目の前のハルモニア二人に、諸共突き刺さる。
その衝撃に怯んだ二人に斉射を浴びせ、宙に投げ出されたシスターのメイスの一撃がハルモニアの脳天に打ち付けられる。
鈍い音と共にうつ伏せに一人は倒れ伏せ、返し刀で振り上げられるメイスをもう一人は武器で防ぐが――その横から、ぼくのボルトの雨は防げない。
美しい鎧はハリネズミのような姿を晒す。
一気に三体。
ハルモニア達は倒れた。
学者を囲む四体はやはり何処か
「――……
ページは破かれ、響く音と共に――四体に淡い光が灯る。
ここまで崩れれば……最早、敵ではない。
常ならぬ連携が強力なのであって――歴戦の“夜渡り”に掛かれば。
一人、また一人とハルモニアは斃れていく。
そして。
最後の一人が地に伏せた時――よう、やっと息を吐いた。
「……ぁぁ、づがれだ」
「貴方様……ご無事で良かったですが、あのような肝が冷える捌き方はお止めください……」
「ああ、アレ。やれたらすごい便利だよ。葦名的回避術。皆も、やろう」
「……葦名、というとあの“葦の地”ですか?あの血狂い達の業はちょっと」
「えー。……っと。二人とも、
ぼくが指した先――ハルモニアの一人が、
そして……閉じられた口が、開いた。
「……ぁ……――ぁあ……」
発せられた掠れ声は幼く、長身の戦乙女からとは思えない歪さだった。
ぼくは目を見開き、二人を見ると――互いに頷き合った。
“英雄武器の娘たち、ハルモニア”。
力を望んだ末に、その代償として神々の傀儡となってしまった哀れな少女たち。
“ゲーム”では彼女達は常にシステマティックで感情も感じさせない。まさしく操り人形のような感じだった。
それはつまり――どういう訳か、
「……わたし、達の安寧はもう……戻らない……」
ハルモニアはそう呟くと――
その意味を知らない二人は訝しげだったが……ぼくは……恐怖に震えた。
「なら……せめ、て……――貴方だけでも……」
そうして、ハルモニアは力一杯兜を引っ張り始める。
やがて頭と兜の境目が癒着していたように肉がちぎれる音と共に――血が溢れ出す。
ミシリミシリと……悍ましい“内側”を暴き出すように。
「うわあああああ!!待って待ってそれだけは勘弁してマジで……!?」
「……?友よ、どうし――」
「常夜だけは!常ハルだけは!!現実でハルモニアン・デスワームとか死んでもやりたくない!作業ゲーの極みだぞ!?楽しかったのは初回だけだわちくしょうめっ!!」
「あぁ……“獣”に敗北した後のレディ様はたまにこうなってましたね……」
「よく覚えてますね!?それごく最初の話でしょう!いいからまずは友を―――」
常夜リブラ以上の拒否反応。
それとて止める術もなく――やがて、血を撒き散らしながら兜が引き抜かれる
――その瞬間。
“
それに呼応するように、全てのハルモニア達の“英雄武器”が強く輝き出すと――武器を天に掲げるように、独りでに蠢き出す。
ハルモニア達……血に塗れる一人と、倒れ伏す六人の状態を無視して、武器を握る彼女達諸共持ち上げるようにその身体も起き上がり、何かへ礼賛するように胸に手を当てた。
輝きを放つ英雄武器こそ主体であり、ハルモニアはただそれに振るわれるだけの傀儡。
――けれど。
天上の光は、煌々と輝く。
それはハルモニア達に降り注ぐ、まるで嗜めるように。
歌は響き、英雄武器はなおも輝きを増し――ハルモニアは沈黙している。
ぼくは二人に視線で注意を促した。
知らない。こんな展開をぼくは知らない。
けども――この状況は、“ぼくたち”にとって悪い知らせである事に変わりはない。
胸の内からじんわりと広がる感情を抑えながら。
………。“ぼく”のせいじゃありませんように……!!!
天上の光はやがて、ぼく達へと降り注ぐ。
ただのその光は害するものではないと感覚で伝わってきた。
……なんとなく、気安い。温かな感覚。
「……なんか馬鹿にされてる気がする」
「なんか、ではなく普通にされてるかと」
「ひどいっ!」
天上の光はやがて周囲全体を照らす。
空を支配する白きベールは淡い桃色の光を帯び、彼方の蕾はより花開く。
何かを寿ぐように――祝福するように。
「――
声が“歌”を遮った。
それは目の前から聞こえた。
神々の傀儡ではない、ハルモニア……でもない――少女の声が。
「神々も、夜の王も……何もかも関係ない」
それは一人から発せられたのか、あるいは全員からなのか。
けれど、
ハルモニアは――少女たちは、“英雄武器”を構えた。
一瞬、光と共に姿が掻き消えると……宙空に七人の戦列が現れる。
「“貴方”が、もう二度と苦しまないように」
“歌”が一際強く響くと、少女たちの一人から黄昏色の炎が吹き上がり――その背に桃色のベールが産み出される。
それはまるで天使の翼のように。
「“貴方”が、もう二度と悲しまないように」
その変貌が、
「――“世界の敵”に、なる前に」
少女たちは、静かにぼくを見つめる。
「……ぜっ、全員セラフとかどうなってるの……また――“ぼく”の……」
「――いやはや、懐かしい光景ですねぇ」
ぽんっ、と肩を叩かれる。
振り向くと苦笑気味の学者が、静かにモノクルの位置を直した。
「懐かしい?」
「“何処かの誰かさん”がどうしようもない馬鹿だと――
その時、シスターが一歩前に出る。
こちらを見る瞳は――なぜだか、凄い愛おしげだった。
「――貴方様は愛されているのですね……。とても誇らしく……嬉しいです……」
「おや、こういう時は嫉妬するものでは?」
「……?
「……成る程。その前提がありましたか」
「……?……??」
いつもの調子の二人に、肩の力が抜ける。
そうして一歩、前に出た。
「ごめんね。そしてありがとう。やろっか」
「ええ。神々の英雄と戦えるなんて……手記が厚くなりそうです」
「心では仲間ですが……夫の意に反するなら、お覚悟を」
“ぼくたち”は、少女たちに対峙する。
歌は響き、光は強く強く輝き――黄昏色の羽は溢れんばかりに宙を舞う。
「私は……私達は――」
一糸乱れぬ戦列は、掲げられた武器を流れるように下げ――こちらに構える。
「貴方を――」
その“意志”を祝福するように――寿ぐように。
歌はより熱を込められる。
そうして、示す。
「――殺します」
[英雄たる乙女たち、ハルモニア]
神々の楔を打ち砕いた時、乙女たちは垣間見た。
男の過去、その有り様、そして訪れるだろう……悍ましい結末を。
故に――自らの成り果てた姿を受け入れ、忌むべき“武器”を握りしめる。
想いは溢れ、浮かぶ言葉は止め処無く。
伝える事の無かった情愛が、喉元まで迫ったとしても。
それを抑え、さりとて隠さず。冷たき矛先に滲ませて。
人々に、神々に、夜の王に。
惜しまれ、悔やまれ――望まれたが為、“安寧”を奪われた愛しい男。
“人の王”とその“剣”に、対峙した。
その姿。
その狂おしくいじらしいその覚悟を見て。
神々は――熱狂に湧いていた。