“転生者” 作:ダフネキチ
傀儡共の死体が積み上がる度に、人の兵の死体もまた積み上がる。
その“差”は笑ってしまうほどだったが……それでも。
我らが王は少ない数の民を死なせた。自らの意志を以て。
その“責”を、問われなかった事に。
――王は苛まれ始めた。
……正直理解出来ぬ感情だった。だが、それもまたアレらしい。
死を誉れとも、過ちとも断じれぬ――中途半端な有り様もまた、“公平”そのものだろう。
周囲は王を慮ったが、効果は無く。
“婦人”などは、慰撫だの抜かして寝所に潜り込もうとして獣に叩き出されたり、
私は、ただ待った。
そして、幾度の静かな夜を超え。
――“王”は戻ってきた。
誰もが予想も付かなかった、“公平”なる未来を手に。
“追跡者”にとって――それは、古い記憶だ。
それほど過去ではないはずなのに――“夜”を渡っている内に忘れ去っていたもの。埃の被った棚の隙間にいつしか滑り込んでいた、風化して擦り切れた本の一頁のような事。
故郷の全てが呑み込まれ、蝕まれ……消えていくまでの、ほんの間際。
その日は、“友”の工房に足を運んでいた。何の用だかも覚えていない、些末な用。それほどまでに、部外者であったはずの“友”が生活に溶け込んでいた。
工房は、故郷の中央に近い位置に居を構えている。
“部族”の性質上、中央に近ければ近いほど地位が高く、部族内での厚遇を意味する。
……まあ、それまた当然だったろうか。
己は口下手、妹は照れ屋。
――そんな血を引く父母や親戚達が素直なはずもなく、そのせいか。最期まで“友”は部族にどう思われていたのか分かっていなかったと思う。
“友”の工房に足を踏み入れると、鼻を覆ったのは炉の熱気と鉄の香り。次に乱雑に転がっている様々なナニカが目に入り――その奥に、何かを弄る友の背と……その周りをチョロチョロとちょっかいをかけている
『……何をしている』
『――あっ!兄上!』
整理整頓という言葉が存在しない場所にいるのを注意しようと妹に声を掛けると――逆に抗議するようにこちらの足にしがみつき、友を指差した。
『ねぇ!聞いて!せっかく私がお出かけしよって声掛けたのに“また後でねー”って流したの!せっかく!私が!』
『……仕方ないだろう。アイツも仕事で忙しいんだ』
『シリンの玩具作ってるもん!それって暇ってことでしょ!』
『……まあ、そうだが』
確かに武器や農具ならともかく、幼子の玩具はアイツの仕事ではない。
だが……と。友の背を見つめる。
少なくない時間を共に過ごしたから分かる、何処か悩んでいる背を。
『……どうかしたか?』
やんのやんのと飛び上がりながら抗議する妹の頭を撫でながら問うと、少し振り返った友の横顔が静かに笑った。
……少し、自虐に傾いているように見える。
『んにゃ、なんでも』
『そうか?いつもの吐き散らすような言葉が無いように思えるが』
『ネタが無尽蔵にあると思うなよー』
『えっ……元気ないの……?』
会話に何か察したのだろう。
妹は不安の表情を浮かべると、友の腕を掴み静かに見上げる。
基本どこのお姫様だと思うほどわがまま放題なのだが、その想いは本物なのだろう。
……“結末”を思えば、無念でならない。
友はその視線に少し呻き、暫く押し黙ると……溜息と共に、妹の耳を両の手で塞いだ。
『なっ、なにするの……!淑女に気安く触っちゃ―――』
『ぼくのチートについて……言った事があったっけ』
抗議の妹の耳を揉みくちゃにしながらの友の言葉は暗い。
側に座り、口を開いた。
『……なんだったか。頭の中に“設計図”があるのだろう?』
『そ。
『どんな神だそれは』
『ウチじゃ結構ポピュラーな神だよ。下手な最高神より信仰されてんじゃない?』
チート。あるいは、“設計図”。
友を非凡足らしめる力。
これのおかげで、友は部族で生きるのが許され……こうして厚遇されている。
『それがどうかしたのか?』
『いや、最近さ。改めて見ていたらさ――全部、殺しの武器だったんだ』
『なに?』
『“設計図”の中身。どれも全部、
『………』
『それ見てたら、
ふと、周囲を見渡した。
友が作った――友の“武器”たちを。
『……少し、父上に減らすように言うか?』
『ん?……ああ、別にいいよ。君のお父上には拾って貰った恩もあるし頼られるのは嬉しいし。それにあんまりにもあんまりなのはオミットしてるしねぇ……』
『そうか?』
『うん、あんがと。単にいやーなもん見過ぎて落ち込んでるだけよ』
友は一拍置くと――パッと妹の耳を離す。
『うぅぅぅ……!ねぇ!心配してるのになんで私をほっと――』
『はい、じゃーん』
ほっとかれて気分を損ねたらしい妹の前に、友が弄っていたナニカを見せてくる。
それは、手の平ほどの縫いぐるみで……何故か、遠い地方で信仰されている十字教のシスターの少女が泣きながら跪いている姿に見えた。
『……なんだこれは』
『スピキだ!』
『は?』
『だから、スピキ。シリンが寝ぐずって大変だって言ってたからさ。ほれ、これは押すと声も出るんだよ。やってみな』
妹が嬉々として腹をぎゅうと握り締めると、スピキとやらは謎めいた言葉で何かを懇願するように半泣きで声を出し始める。その姿はただただ命乞いをしているようにしか見えない。
……寧ろ引きずられてもっとぐずるのでは……?というかこれどういう仕組みで音が出ている?
シリンの物だというのにきゃっきゃと遊んで気に入りだした妹を見ながら、友が語り出す
『“あれ”、さっき言ってた設計図から流用したんだ。色んなとこをね』
『あれが……?』
『うん。……こんな風にさ。ゲテモノ共から誰かを喜ばせるのを作るってのも存外に楽しいんだ。それに―――これは秘密だけど……』
そう続けると、友は笑った。
『ずっと、こうしてみたかったって……なんとなく思うんだよね』
………何故か。
この記憶が頭から離れない。
――ヴィィィィィィィンンンッッ!!!
迫る轟音が湧き上がった記憶を引き裂くように響き渡る。
「………」
目の前には、回転刃を構える兵が三人。
彼らは追跡者を囲むようにして動きながら、轟音を振るってくる。
……その動きは単調で早くもなく、隙もあるように見えたが――回避に専念する他は無かった。
(……
先ほど垣間見た誰かの記憶――聞いた事も無い、戦争の情景。
その中で見えたのだ。
一体の人馬を囲む何人かが、隙を狙って人馬の後ろ足を回転刃で抉り切断し……体勢を崩した所を、作物に群がる蝗のように飛びかかり――急所へと回転刃を押し付ける悍ましい連携を。
そして、
(知る事が我らの力だが……それもまた考えものという事か)
寧ろ、それこそ兵たちの作戦なのだろう。
無惨な死体、血塗れの姿――轟音が教えてくる“恐怖”。
それこそが、もっとも雄弁なる力となった。
――だが。
「悪いが……それ以上に怖い物を知っている!」
獣とか獣とか獣とか。
――“
振られる回転刃を掻い潜り、無防備な腹に剣を突き刺し――その隙を狙ってくる横振りを屈んで躱し……剣を抜き取りつつ、その柄を顔に打ち付ける。
ふらつく兵の首を落とし、一瞬で仲間を失って足を止めたその刹那に剣を“構え”、力を込めて振り上げた。一瞬で宙に打ち上げられ、兵は無様に地へと叩き付けられる。
たった一瞬。踏み込むだけで兵を倒せた。
回転刃が強力故に、兵の練度はさほど高くない。
瓦解の一手を詰めれば――そのままなぎ倒すなど容易かった。
(まあ、
倒れ伏した兵の背に剣を突き立てながら、追跡者は周囲を視る。
そこには――
「ほい!ほほほい!」
――何人ものクロスボウ兵にボルトを浴びせる“友”の姿。
何とも気の抜ける掛け声とは裏腹にその狙いは寸分無く、奴らのクロスボウの急所へと向けられていて。
ボルト命中音と共に、兵のクロスボウの弾倉が弾け飛び、基幹が砕けガラクタになって次々と無力化され、無防備な頭にボルトが突き立てられていく。
“かつての友”が兵らに用意したあのクロスボウは、現在であっても計り知れない威力を誇っている。
アレが十丁もあれば、町一つは簡単に堕ちるだろう。
それほどまで強力な兵器だ。
――その細部を知り尽くしている友にすれば、普通のクロスボウよりも脆いガラクタに過ぎないのだろうが……。
(それにしては、狙いがいつもより鋭すぎるような……)
「ふふんっ!ぼくに“記憶”を見せたのが全ての敗因よ!過去回想は強化フラグってはっきり――」
――
「――っと。隠者!頼める!?」
「ええ、任せて。坊や」
クロスボウ兵を無力化していく中で、何処からか黒い影――擲弾が二人に降ってくる。
それを避けた“隠者”が真新しい杖を構え、それに魔力を込め始めた。
「うるさい音も無いし、“記憶”のおかげで大体は分かったわ。……――
そうして、杖を思いっきり振ると――巨大な魔力弾が力強く撃ち上げられる。兵らが放った擲弾のように放物線を描きながら、擲弾兵が隠れている方へと。
アレは……“ハイマの砲丸”だろうか。
かつての黄金の地にあったとされる魔術学院、その幾つかあった派閥の内の一つ。“争い”に重きを置いた魔術師たちの術。
……追跡者は詳しい事は知らないが――魔術にしては豪快で、高威力である事は知っている。
攻撃が自分たちに向かっている事に気がついたらしい擲弾兵はすぐにその場を離れようとするが――砲丸の着弾が一歩早かった。
大きな破裂と共に兵らは吹き飛ばされ、隠れていた二人の兵が炙り出される。
「ぃえーい!楽勝!はい、隠者。ハイタッチ」
「ふふっ、はい。タッチ」
「追跡者ぁ!そっちは大丈夫ー?」
「あぁ、問題な―――」
地響きと共に――人馬の戦士が一体、こちらに突貫してくる。
近くで戦闘音を聞きつけてきたのだろう。
「ちぃ……!」
「あら、また?」
「あぁくそ!こういう天丼は嫌いなんだって――!」
すぐに構える――
友は言うや否や、人馬の戦士へと走っていく。
「あっ、おい!」
「――大丈夫!秒で終わらせるかぁ……ら!」
走りながら狙いを定めた友は、自らの連弩を作動させ――無惨な姿の英雄武器を射出し、人馬の戦士の胸へ突き立てる。
そして延びる鎖を操りながら、
「なっ……!」
鎖は飛び乗ったその間際に、複雑に人馬の身体に纏わり付き身動きを塞いでいく。振り落とそうと人馬は身体を大きく揺さぶり始めた。
「っとと!ロデオマシンは吐きそうになるからまた来世ね!――“
瞬間。友の声に呼応し、前方に“夜”が集まり出し――
『■■■■■―――ッッッ!!!!?!!?!?!』
その中から、猛然と“爵”が飛び出してくる。
狙いは――動けない、人馬へと。
「はいどー!」
逃れようとする人馬を、まるで鎖を手綱のように操り押し留め――それを逃さず、歪な大口が人馬を咥え込んだ。
ぐしゃりぐしゃりと上半身を噛まれすり潰され、バタバタと藻掻く馬の足は段々と勢いを無くしていった。
そうしてその身体は解け消えていく。
『■■■■■―――ッッ
――
獲物を失い、すぐに目の前の友に食らいつこうと口を向けた“爵”に――“蟲”の大蠍が現れその横っ面に体当たりをかます。
ぐちゅりと口が勢い良く閉じられ呻くのを最後に、二体の“夜の王”はその姿を消していく。
「ふぃぃ……終わり――だね?」
友の言葉を皮切りに、あちらこちらからルーンが溢れ出し“夜渡り”の身体へと入り込んでいく。
……感覚からして随分な量だ。連中はリムベルドの敵をかなり倒して来たのだろう。
その中で、混じるように
嫌なものではない。何処か、滾るような熱量は感じる。
「忠誠はいらないよ。柄じゃあないしね」
「ぼくは決して良い王様にはなれない。それでも一緒に行くなら――責任を以て、ぼくが君たちを未来に連れていく」
「君たちがぼくを王と呼ぶ限り、ぼくは君たちの王でいよう。……だから早めに見限ってくれると嬉しいな?森に帰りたいし」
「――うしっ!」
ふと聞こえた、友の声に我に返る。
……なんだか分からないが、なんらかの“
そう思いながら、追跡者は二人に近づいた。
……やけに。
――友は元気いっぱいのようだ。
「どうかしたか?」
「ん?ああ、なんかアレなんだ」
「アレ?」
「“記憶”を見た時から……なんか、
「カウボーイが何なのかは知らんが……」
でも確かに先ほどのクロスボウ兵との戦いもやけに鋭い狙いだった。
………。
追跡者は、ふんふんと腕を回す友を見て――隠者に視線を向ける。
何処か気難しげな彼女も此方を見たのは同時で、静かに頷いた。
……感化されたか、あるいは――
かつての“友”。
――“人の王”に。
「よぉし。このままぁ……っとそうだ。その前に」
……まあ、今考えても仕方のない事か。
追跡者はそう思い、友に視線を向けると――懐から何かを取り出していた。
黄黒の物体。
“遺物”……だったか。先ほどの記憶を見せたものと同じもの。色を考えれば、アレは“人馬の戦士”の物だろう。
友は軽くそれを手で弄ぶと――ポーンと、
「………えっ、いいのか」
なんか急にやりだした暴挙につい口に出すと、友は頷く。
「さっきのリブラの口ぶりから考えれば、この中身を見るとアイツの思う通りになりそうで嫌」
「それはまあ、そうだが」
「内容は気になるけど……まあ、我慢我慢。さて、この調子で他の連中も蹴散らして行こう!」
友はそうして一歩を踏み出すと――ポトリっと、何かが友の足元に落ちてきた。
かすかな“夜”の靄と共に現れたのは、黄黒の物体。
先ほどの……“遺物”だった。
「………」
「………」
「………」
友はそれを手に取り……えいっと、また彼方へ投げる。
――ポトリっと。足元に落ちた。
………。
えいっ、ポトリっ。えいっ、ポトリっ。えいっ、ポトリっ。えいっポトリっえいっポトリっえいポトリえいポトえいポトえいポト―――!
「おまえリブラいい加減にしろよ!?絶対どっかから見てんだろ!」
そうこうしている内に衝撃のせいか、“遺物”の内がまた蠢き始める。
そして―――
諦めが肝心だぞ。特にお前はな
―――
――“人馬”。
偉大なる神々に古くから仕える雄大なる戦士たち。
その一人として産まれ、その末席として神々の名の下に戦へと赴くようになってどれほどの時が流れただろうか。
幾度もの戦いを経て、幾度もの敵を罰し――いつしか、男は戦士の中でも古株となっていて。
栄えある“聖戦”では、敬愛する将軍の副官として従軍出来た。
名誉ある事だ。素晴らしい事だ。
故に、
――戦況など、とっくの昔に決していたのかもしれない。
「………」
故郷たる“人馬の国”より離れ……忌々しい“人の国”の国境に程近い拠点基地の中。
副官は、静かに空を見上げていた。威光無きその空は心の内を表すかのように――淀んでいた。
(連合軍は崩壊、最早我ら人馬以外に戦列に並ぶ者らは居ない……)
少し前までは多くの神々の戦士たちが轡を並べたが――肉を焼き溶かす“白煙”によって、その数は半分となり……いつしか人馬を除いて居なくなってしまっていた。
それでも気にならなかった。偉大なる神々への栄誉ある戦いに、人馬のみが在るという事実が魂を滾らせた。
幾度も幾度も幾度も敗北し、その胸の内に燻り出した不安を威光で塗り潰しながら戦い続けていた。
――“奴”が、
……あれから使用してない所を見れば、一度きりの大博打であったのだろう――あるいは。
そう思わせる事が、奴らの作戦か。それは分からない。
だが、言える事は。
――もう、“信仰”では戦線を維持出来なくなりつつあった。
人馬の戦士は雄大かつ最強。
そう自負していたが……これほどまでに神々の威光に縋っていたのかと愕然とするしかない。
だが、またあの恐ろしい雷霆が響くと思うと、足が竦む。心が屈する。あの温かな光が悲鳴のように掻き消えるのを恐れていた。
「………」
副官は、拠点基地の中央。
神々を祀る教会の前に居た。扉を背に警護しているのだ。
その中にいる敬愛する将軍――“フルゴール”を。
ただ一人、静かに祈りを捧げているあのお方を。
皆、気遣っているのか。
拠点中央だというのに人の気配は欠片も無く、嫌に静かだった。
「………」
副官はただ空を見上げている。曇ったその奥におわす神々を見上げている。
そうでもしなければ――扉を開け、
「………っ」
――勝てる見込みなどもう何処にもない。いや、最初から無かったのだ。
神々の一人を弑した大罪人。その威光を拒絶した不敬者。
存在すら認められぬ――“神々の敵対者”。
“
撤退を。
そう、言うのだ。
「……っ!……っっ!」
言えるのか……――言えるものか……!
それはこの戦を望んだ神々と、我らの戦士としての畏敬を作り出してきた先人たちと……死んでいった戦友たちへの裏切りだ。
決して、決して口に出していいはずがない。
だが、でも、それでは……このままでは……。
我々は、何も出来ぬまま、犬のように死んでいくしかないのか。
「―――」
信仰か、生か。
栄誉か、死か。
その狭間に揺れていた。
「………ん?」
絶望の暗闇に溺れるような思考が、気づく。
目の前から――誰かがやってくる。
「……げぇ!あれフルゴールの副官じゃん!ここにきて……!……待て、とすればあの教会に将軍がいる可能性は高い、後はあそこだけだ進むぞ……!……」
全身をローブで覆った小柄な人馬……のように見える。
背骨を無くしたように頼りなく歩いて来ている。見た事もない姿だった。
……国から新しく派兵されてきた者か?
「――止まれ」
「……。……な、なんでゲスか……?」
「ゲス?」
「……ぃ、いえ何でも!……なんだゲスってふざけてるのか!……無知な田舎者って事にしたかったの!……無知な田舎者が基地のど真ん中にいてたまるか!?……無知だからいるかもしんないだろ!……」
「……?」
何やらブツブツと呟いている。
見るからに怪しいが……何とも――懐かしさを感じる。
己も上官と話す時は顔に血が登ってまともに話せなかった。
「今は、将軍が神々への礼拝中だ。去れ」
「……!でっ、でしたらあっしも礼拝に……!」
「なに?」
「若輩者ではありますが、想う心は同じでさぁ!そのお気持ちを直に……!」
「………」
震える言葉はお粗末だったが――強い想いを感じる。
見どころのある若き戦士だ。
(あるいは、まだ何も知らぬ愚か者か……)
此処が神無き場になりつつあるのを知らず、栄誉の為に馳せ参じたのだろう。
厚き信仰と、先人たちの名誉を背負うにたる清々しいまでの戦士。
………。
「――いいだろう」
「……っ!ありがとうごぜぇますぅ!……えっ、マジで!うはは、よし!……意外とイケるもんだな……」
「だが、その前に顔を見せろ」
「え゛っ!?!?」
「大丈夫だ。何の他意は無い」
何処の隊に配属されるかは分からないが……せめて後方に配置出来るようにしよう。それしか己には出来ない。
こんな初々しい希望が、こんな所で潰える事の無いように。
そう思い、ローブに手を伸ばした――
金属が擦れる音がした。
「……――ッッ!!」
反応出来たのは僥倖だった。
すんで身を翻したその刹那――首があった場所に銀の軌跡が奔ったのが見えた。
凄まじい剣術の腕。それが意味する事は――
「ちょっ!■■■■■■!攻撃すんなって!」「バレる前に殺せば――!」「だから殺しは無しだって!趣旨忘れんな趣旨!」
「ひっ、“人の王”……!」
ローブの中から出てきたのは、忘れる事も出来ない憎き仇敵――“神々の敵対者”その人と、その側に常に侍る旧態然としながらももっと多くの戦士を殺した“騎士”だった。
なっ、何故此処に……というか、此処まで……!?
(マズイ……!暗殺か……!?見張り達は何をしている……!)
混乱の最中、ふと――目の前の“人の王”と視線が重なる。
己よりも小さき只人の、大きな意志を湛えたその瞳と。
「フルゴール将軍と話したい。これからの、“未来”について」
………。
このまま、蹴り殺す事も出来た。その後、この首は落ちるだろうが小さき只人如き容易い。そうすれば、この聖戦は終わるだろう。
奴らの神々こそ――この“人の王”に他ならないのだから。
だが……。
己がした事は……。
――周囲に誰も居ないか、見渡す事だった。
「……こっちだ」
そうして、教会の扉を開ける。
――重大な背信である事は理解していた。弁解の余地などない。
だが、何かが変わるかもしれないというこの衝動を、副官は抑える事が出来なかった。
教会は簡素だが、故に意匠に凝っている。
奥に聳える神々の肖像と、それを称える両端に垂れる戦旗が等間隔に並ぶ。
その中に、その巨躯が在った。
我らが将軍、フルゴール。
多くの戦いを勝利へと導き、我らに勇気と信仰を伝えるその背が――肖像の前に跪いている。
……何故だか、少し小さく見えた。
「将軍」
己が声を掛けると、下がっていた将軍の頭が少し上がる。
「……客人です」
「我に客だと……?」
「――うぃーす」
不敬過ぎる莫迦みたいな挨拶と共に莫迦は騎士を連れて、将軍へと歩み寄る。
暫くの沈黙の後――深い溜息が、場に響いた。
「……忍び込んだのか」
「えっうん。あっ、見張りには手ェ出してないから安心して?いやぁ……こういうステルスミッション苦手だったんだけど何とかなるもんだね。クイックセーブが恋しいよ。あと、サンディヴィスタン」
人の王は将軍の前に立ち、そのまま地べたに座り込む。
将軍の足ほどもない小さな身体は――それでも堂々と将軍を見上げた。
「………我に何の用だ」
「――フルゴール。ぼくたちはもうマブダチみたいなもんだろ。だから、腹の探り合いは無し。掻っ捌いて臓物が見えるくらいに言うけど――」
――戦争、止めない?
その言葉は殊更大きくもないのに――まるで神々の勅令のように重く感じた。
「………」
「………」
息がしづらい。この場の空気に圧を感じる。
それほどまでに――この言葉は、重かった。
「………」
将軍が立ち上がる。騎士が反射的に剣を構えるが――それを気にする事もなく。
そのまま戦旗の一つを引き裂くと……神々の肖像に優しく被せる。
「――
その言葉は、どうしようもない背信の証であり――己が求めた、生と死の言葉だった。
「神々の為?それとも……長過ぎた?」
「両方だ。神々が望むならば抗えぬし……互いに殺し過ぎた。最早、握手と署名だけでは収まらん」
「ですよねー……せっかくカッコいいサインとか考えたんだけど」
「要らぬ努力だったな」
「そうでもないさ。おかげで決算書類が少し好きになったし。……フルゴールにもそういうサインある?」
「無論。文武を極めてこそ戦士の本懐である」
「きゃー、イメージ通りの堅物だー」
気安い問答に目を白黒させてしまう。
これが戦場で対すれば殺し合う者たちの姿なのか?
「それにしても、どうして止めたがる?」
「んー?」
「雷霆すら手中に収めたのだ。我らなど蹴散らし、多くを征服するのも容易かろう」
「……それを将軍が言う?」
「今は脾臓を見せてる」
「随分奥まで掻っ捌いたな!?」
……だが、将軍の言う通りだ。
“人の国”は――
人の王はその問い、なんとなしに軽く答えた。
「ぼく別に領土拡げるつもりないしねぇ。それに、そんな風に取ってたら、もっと!もっと!……ってミスター美大落ちになるのがオチだよ」
「……家臣たちが納得しないのでは?」
つい、己は口を出してしまう。
その言葉は堅実で好ましくもあるが――神々の戦士を蹴散らす悍ましい武力を誇る長とは思えない。
それを直に振るう家臣たちがその熱を抑えられないだろう。
己の問いに答えるように、剣を手にしたままの騎士が答える。
「……ああ、直訴されているな――『これを機に覇道を進むのです!』と」
「うるせぇーしらねー……だよね。
「……王位に執着は無いのか?」
「うん」
「うん!?」
「……まあ、望まれる限りは王様やるさ。責任を持ってね。だからこうして君の前に来てるんだぜ?因みにこの件も独断。今、ぼくは風邪で寝込んでるっていう体でグラちゃんが部屋で寝てる」
その言葉に、将軍は溜息を吐いた。己も吐きたい。
王にしてはフットワーク軽すぎだろ。
「……迂闊な真似を。私に出会うまでに……いや、出会ったとしても。そのまま殺されるかもしれないのだぞ?」
「
「―――」
「言ったでしょ、マブだって。君の好きな食べ物は知らないけど――君の考えそうな事は分かる。ぼくが基地で捕まっても牢に叩き込んでボコボコだろうなーとは思ってたけど、君と話は出来るとは確信してたよ」
「………はぁぁぁぁ」
将軍はまた、深い溜息を吐いた。己も吐いた。
なんでそんなあやふやな信頼とも言えないもので敵地のど真ん中に来れるんだこの阿呆は。
将軍は大変そうだなと言わんばかりに騎士に視線を向ける。……分かってくれるかと言うように騎士は静かに頷いた。こんな変な王に仕えて苦労してそうだった。
……そんな変な王に言われてノコノコここまで来ているのだから此奴も大概変だと思うが。
「……ふぅむ。やっぱりぼくの“策”で行くしかなさそうね」
「策?」
「そ。……しょーじき。戦争やめよう!いいぜ!……みたいな感じで終われないのはわかってたし」
「ではさっきまでの会話はなんだったんだ」
「知りたかったんだ」
人の王は静かにそう告げる。
「君らって敬虔が服着ているようなバリバリの信徒でしょ?話も通じないって可能性もあったからさ。……そうしたらしょうがないから“ロシアの皇帝陛下”に早めに起きてもらう必要があったし?」
「……なに?」
「――ともかく!ぼくたちの考える事は――この泥沼の戦争を止める事!双方に遺恨なく、神々が赦すように!異論は?」
「……ないが。可能なのか?」
「遺恨は無くすのは難しいかも。けれど、神々をどうにかするのは自信あるよ。ウチにいた
……喋る言葉全て不敬の塊なのだが、ここは黙っておこう。
「そう!」
人の王は突然立ち上がると両の手を広げる。
「これは全ての戦士たちの安寧と誇りを掛けた祭典――知的財産権から解き放たれた人の王プレゼンツ!」
そうして――高々と、告げた。
「――即ち、“大戦祭り”!!」
………。
………。
「……あれ、ぼくの家臣たちと同じテンションだな。君ら生粋の戦士なんだから盛り上がらない?」
「いや……まあ、うーん……」
「引いてる……!」
祭り。……なるほど、祭りか。
確かに神々は祭事の類は好んでいるが、上手く行くのか?
「こほんっ。まあ、つまり。ぼくの主催でお祭りをやるのさ。期間はまあ、一週間から一ヶ月?国境を空けるから周辺各国に招待をかける。枠は設けるけどね、流石に」
「……それに神々も招くつもりか」
「イエス。君らんとこも下に降りてこられるでしょ?」
まあ、時折。その似姿を下ろす事はあるが。
「そこで
「なに!?」
「あっ、兵器は売らないよ?戦争止めたいのに売ったら元も子もないからねぇ」
「技術供与の件は聞いてないぞ……?」
騎士が苦言を零し始める。
その気持ちはわかる。人の国の象徴は“技術”だ。それは敵たる我らとて認めざるを得ない。それを明け渡すのは自らの価値を――
己は将軍に視線を向ける。将軍はその意を同意するように頷いた。
「なぁに、別にいいでしょ?ぼくの案からだけにするからさ。……そうだなぁ、“スパム”とか。どう?最近出来たんだ」
「……なんだそれは」
「柔らかい塩漬けの豚肉だよ。缶詰がまだ微妙だけど、土に埋めれば二年は持つかな」
「……!」
にっ、二年!それほど持てば、冬の食糧事情が少しはマシになるかもしれない。
それに……人の王の狙いも読めた。
――
自らの価値を神々に喧伝する事で、排除よりも放置を選ばせるつもりだ。信仰をしていないし屈していないが――貢物を差し出すと言ってる。勝ち負けには一切こだわっていない。
――身を削ってでも。
人の王は、本気でこの聖戦を止める気だ。
「……確かにそれなら神々も手を出さなくなるだろう」
将軍は重々しく口を開く。
そう、解決しなくてはいけない問題はまだある。
「我らの遺恨はどうする?神々に従わず、暴挙に出る者もいるやもしれん」
「ふっふっふ。その為の、“大戦祭り”さ。ここまではオードブル。本番は別にある」
人の王はそうして兜越しにも分かる渋い顔をしている騎士を指さす。
「ぼくの前の王――つまりは、コイツの親父であるクソハゲよりも前の、さらに趣味の悪い心まで禿げ散らかした王様がいたんだけどさ」
「ハゲハゲ言いすぎだ。ハゲてないぞ俺は」
「きっとハゲるよ。んでね。ソイツが作った闘技場の跡地があるんだ。そこを改修して、戦士たちの腕を競う闘技会みたいのをやる」
「ふむ……」
「勝ち抜き戦の決闘。力比べやSASU……ああいや、障害物走とか舞いとか?人種や種別の区別なく、全員で競うんだ。命の取り合い無しで。褒賞は……まあ、いつか決めようか」
それは……面白いかもしれない。
我らも時折そういった大会を開くが如何せん同じ種族なので結果は決まりまくったようなもので儀礼的な要素しか残っていない。
それを色んな戦士と競えるとすれば――悪くない。神々もお喜びになりそうな催しだ。
だが……遺恨はこれで和らぐだろうか?
「そして、トリは――ぼくとフルゴールの、
「「……!!」」
「勝者は敗者の国の占有権を貰う。どう?面白そうでしょ?」
……つまりは。
「そこで引き分けを続ける事で、遺恨を収めると?しかし、それではいつかバレるのでは……?」
「いや?――
「は……?」
「八百長とかめんどいし、フルゴールも腹芸出来るタイプじゃないでしょ。互いに国の威信を掛けたガチマジの戦いで、最後は互いに倒れ伏す。健闘を称え合う感じで……皆盛り上がると思わない?」
ふと、将軍が人の王を見つめる。
その視線を意味は分からずとも――強い思いが込められているのは分かった。それになんとなしに人の王は見つめ返していた。
「あっ、ぼくは多少武装するよ?殴り合いとか無理だし」
「……
「敵うさ。国民の皆が戦争から逃れられるなら、ぼくは何でも出来るさ――人の王とか呼ばれてるしねぇ不本意ながら」
「………」
「………」
互いに沈黙する。
どういった応酬がされているのか、ただの一戦士――副官でしかない己には分からない。
けれど。けれどそう。陳腐な言い方をするならば。
今が、歴史が動いたその瞬間だ。
「これでも遺恨は残るだろうし、お上の愉快犯共が何をするかも分からない」
「それでも……
「この話を止めそうな奴らいる?」
「朗報だ――当の昔に全員死んでる。今は神々の手前止めたいと言えぬ者だらけだ」
「……反応に困るなぁ」
「寧ろ、お前の方が気になる。言ってしまえば、全ての優位を捨てるのと同義だ。民が認めるか?」
「認めさせるさ。ぼくが王で、法だからネ。……ふっふっふ、ここまで強行的に動けば支持率下落は確実……!第68次が楽しみだぁ……!」
「………?」
……そこが確かに不安要素だった。
己は騎士に視線を向ける。騎士はそれに肩を竦めて返した。
「――まあ、問題ないだろう。皆、また陛下が変な事やりだしたとなんだかんだ適応する」
「適当過ぎないか……?」
「国の頭が適当だからな。下も自ずと適当になる」
「聞こえてるぞー」
「聞かしてるぞ。たまには調整するこっちの身にもなれ」
……
神々の一人を弑した大罪人。その威光を拒絶した不敬者。
存在すら認められぬ――“神々の敵対者”。
そういう悍ましき敵にしか見えなかったが。
――今は、コレも我らと同じような存在に見えた。
「話はまとまったね!帰ったら布告を出すから適当に話合わせといて!神々との調整は任した」
「心得た。まあ、ここまで目新しければ食いついて下さるだろう」
「ベネベネ。よし、じゃあ――
人の王は懐から何かを取り出し、将軍の前に置いた。
細長い器……
「ぼくが作ったお気に入りさ。今度とも宜しくっていう悪巧みの証」
そういうとまたローブを被りだす。
騎士も嫌そうにその中に入り――また、背骨を無くしたよろよろの人馬になる。……いや、なんで己はこれに騙されたのだろう。疲れてるな。
「それじゃあね、ピロシキー。……くれぐれも宜しく頼む。邪魔したな」
そう言うとよたよたと教会を出ていく。
……本当にあのままで帰るつもりかアイツら。
「………」
「………」
場が静かになる。
……嵐のような存在だったな。
将軍は鼻で息を吐くと立ち上がり、肖像へと歩み寄る。
「奴を信じられますか」
「ふっ。招いたお前が言う台詞か?」
「……そうですが。それでも全てが罠という可能性も」
「――
不意に将軍はそう言うと肖像――の前に置かれていた、貢物の杯を二つ手に取った。
「アレは嘘つきの卑怯者ではない。それは分かっているつもりだ」
「……ですね」
将軍は己に杯の一つを差し出すと、そのまま渡された酒を注ぎ始め、自らも注ぐ。毒だなんだは無駄な問いだろう。
「重大な背信の証だ。残す訳には行かん――ここで、
「………」
「この事を知るは我とお前だけだ。いいな」
「――承知しました」
この出来事は――この酒は。
神々への、先人への、そして死んでいった戦友たちへの裏切りだ。
それでも――己らはこれを呑み干そう。
神々と、先人と、そして今も生きている戦友たちの為に。
「「――乾杯」」
それが何の為かはまだ口に出さず。
己らはそれを一息で飲み干し―――
「「――ぶほぉお!?」」
――むせた。
「けっほけほ!なんですかこれ、酒精が強すぎる!本当に酒か!?」
「くっ、くはは!成る程、奴はいつもこんなものを呑んでいるのか、これは我らが敵わぬ訳だ!けほっ」
「わっ、笑っている場合で――ちょっ、注がないで下さい!呑めません!」
「戦士に二言は無し!此処で全てを飲み干すぞ!」
「無理ですって!」
「神々よご照覧あれ!我らは決して負けはせぬ!」
「神々に隠れて呑んでるのを忘れてないですか!?もう酔ってるでしょ!?」
「酔っとらんわ!戦では無様を晒したが!――酒如きに無様はさらせ――ぶほぉ!」
「もう晒してます!あーあーあー!」
故に。
黄金樹よ 我らは決して貴様らを赦しはしない。
「………」
「――目が覚めた?」
“追跡者”は目を開ける。
声の方を振り向けば、先に起きていたのだろう隠者が――友を膝枕していた。
友の顔は……何処か寝苦しそうだ。
――前と、同じように。
「……どう思う?」
追跡者の問いは短かった。
ただそれだけで――意味合いは通る。
「“悪魔”は――
「だが、ソイツは……」
「ええ、遠い昔に死んでいるはず。普通、“死”の一線を超えれば何人も逃れられない。遠ざける事は幾らだって出来るけれどね」
そうして隠者が黙り込む。
「……まさか、
隠者が――長きを生きる魔女の思考は分からない。
ただ“夜渡り”の資格があったちっぽけな戦士には。
ただ、分かる事は。
『ずっと、こうしてみたかったって……なんとなく思うんだよね』
アイツは――“友”は。
そんな事など望んでいない。
“
その意志だけは明瞭に追跡者の内にあった。
「……そろそろ起こせ。“夜”が来る」
「ええ」
ふと空は陰り――遠くの宙に霊樹が浮かぶ。
耳奥から雨の音が聞こえてくる。
時は、迫っていた。
―――
恩寵:【“人の兵”の熱狂】
・味方が近くにいる時、攻撃力上昇。
獲得する毎に効果量が増える。近くにいる味方の数によってこの効果は累積する。
“夜の王”に誘われるように現れた彼らは勝利を望んでいる。
あるいは、失われし王を。憎悪に曇ったその眼差しには敵しか映らないけれど。
――――
―――
[王の酒]
秘境の森に大量に生ってる謎の赤い実、それの自ずから地に落ちるほど重く熟したものを――水に入れて放置しただけの雑酒。
非常に強い甘みと酒精が、脳髄を殴り付けてフラついた所を蹴り上げるような味わいであり、慣れぬ者は一口で意識が宇宙の彼方へと旅立っていく。
王が“蟲の子”であった時からの好物であり、帰省の度に仕込んでは持ち帰り――時折沸き立つ、どうしようもない望郷の念と共に飲み下していた。
―――