“転生者”   作:ダフネキチ

37 / 39


深い深い暗がりの奥底。あるいは、全てが失われた荒野の何処か。
虚ろなる殻が、ただただ歩みゆく。

その中で。

“悪魔”は言いました。


「事が為されれば、人の王は再誕する。世界は真なる“公平”の地平を取り戻すという訳だ」
「――ですが、懸念がありますわ」


その横で、“婦人”は眉を潜めました。


「わたくしの陛下は、決してこの事を喜ばない」
「然り」


悪魔の天秤がしゃらりしゃらりと擦れ、音を響かせます。


「アレの事だ。事態を呑み込んだ途端――下手人たる我らを殺し、自らの素っ首を落としかねない。それでは駄目だ」


悪魔は思案しました。


「……何か。奴(・)を(・)引(・)き(・)止(・)め(・)ら(・)れ(・)る(・)も(・)の(・)が(・)必(・)要(・)だ(・)。王として、不可欠だったものが」


悪魔の言葉に。
婦人は美しい笑みを浮かべ、こう言いました。


「わたくしがいますわぁ!人の王の后たる!この!わたくしが!」


悪魔は無視しました。






Chap 豺ア豬キ ter7
Pt.邨先棡


 

 

 

荒れ狂う水音が聞こえる。

全てを呑み込んでいく音が。

 

襍ヲ縺励※

 

揉みくちゃに揺れ動く視界の中、そこから。

確かに――叫びが聞こえた。

 

襍ヲ縺励※

 

声でも、もしかしたら音でもないのかもしれない。

それでも、聞こえた。

 

 

 

襍ヲ縺励※(赦して)

 

 

 

その声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ!どうかお話を聞いてくださいませ!事態は一刻を争うのです!」

―― 坊やに近づくな変質者め!あっちいけ! ――

「なんと……!そんな事仰らないでくださいませ、お義母さま!」

―― 誰がお義母さまだ殺すぞ氷トカゲ! ――

 

 

……んん?

 

くらくらと揺れる意識がはっきりしてくる感覚。

目を開けるとそこには――灰色の甲殻でいっぱいだった。首を動かすと段々と此処は、フォルティスの身体の下だというのがわかった。

……どうやらぼくは倒れているみたいだ。

 

「フォルティス……?」

 

とんとんと甲殻を叩くと、気づいたのか。

のそりと顔が近づいてきた。心配と不安。

そして――じっとしていろという感情がじんわりと伝わってくる。

 

なんだか頼もしさを感じていると、

 

―― ぼうや! ――

 

スパン!と目の前の甲殻が弾き飛ばされ――顔面いっぱいのふんわりもちもちが飛び込んできた。

哀れフォルティス。

 

―― いたいいたい ない? だいじょぶ? ママ しんぱい! ――

 

「ふも、ふももも……」

 

グノスターのもちもちお腹で息苦しいだけで特に身体に痛みはない。

……離れて、って言っても無駄なんだろうなこれ……学習してきたぞぼく。落ち着かせるようにグノスターを撫でるともちもちがさらふふももももも!!

 

「起きたか」

 

むっ、この声は……リブラ?

……なにしに来たんだコイツ。

 

「身体に何か変化はないか?」

 

――中指を立てた。

 

「ならばいい。“蟲”殿を落ち着かせてくれ。時間がない」

 

はぁ……?いったいなにが―――

 

もぞもぞと顔を上へ向けると――“宙(・)”を(・)横(・)切(・)っ(・)た(・)の(・)は(・)、“竜のツリーガード”の死体。

永遠に黄金樹を守護する為、屁理屈こいて異端の力を受け入れた重装騎士が……まるで水死体のように力無く流れていっている。

 

「………」

 

それだけじゃない。

視界を見渡せば、それ以外の無数の死体や建造物の残骸が辺りを浮かび――光すらぼやけて届かない深い水の空が広がっている。

 

間違いない。“ゲーム”で見た事がある景色に似ている。

此処は、“深海”。マリスの領域だ。

 

「グノスター」

 

ぼくの言葉に不満げだったが、もちもち攻撃を緩めてくれた。

グノスターから抜け出し、よいっしょと立ち上がれば――辺り一面、水死体と残骸の山なのが見て取れた。ぼくはどうやらその底にいたらしい。

……呼吸とかどうなってるんだろう。苦しくないけど。

 

どこにも“円卓”らしき建物は見当たらず。

……辺りに、皆の姿はない。

 

「ねぇ、他の皆知らない?一緒に流されたと思うんだけど」

「私が黄金の残党共を気にかけるとでも?」

「ああそう……」

 

……大丈夫だと信じたい。

――こんなこと“ゲーム”に無かった。皆のことだからなんだかんだ平気だと思うけど不安だった。

 

「そんな汚らしい羽虫共のことは宜しいではありませんか!それより、お久しゅ――」

「――ああ?」

 

急に聞こえてきた声を振り向く。

宜しい訳ないだろアホか。皆、ある意味でぼくのことを受け入れてくれた人たちだぞ……ある意味でだけれど!

それを羽虫とか……ちょっとカチンと来たぞ。

 

「ひっ……あ、あのあの……陛下、なにかわたくしはご気分を損ねることを申したでしょうか……?」

「………」

 

振り向いた先。リブラの横にいたのは――フルゴールの時に見かけた美人さんだった。

近くで見ると一瞬息を呑むような美貌がこちらを不安げに見つめている。

 

……。

ぼくはリブラを見た。

 

「それで、結局誰この人」

「えっ」

「前に話したと思うが、“婦人”だ。我らの同志たる“夜の王”の一人。……認めたくないが」

「……!」

 

――“夜(・)の(・)王(・)”の(・)一(・)人(・)。

その言葉にぼくは固まった。

……“ゲーム”中登場する夜の王は八体。そしてDLCの二体。DLCは厳密には夜の王じゃないけど。

 

グラディウス。

エデレ。

グノスター。

リブラ。

フルゴール。

マリス。

そして真なる“夜の王”を除けば――後(・)一(・)人(・)。

 

ぼくは信じたくなかった。彼女は“人の王”のせいで作り上げられたオリキャラだと思いたかった。

けれど、確かに青と白を基調とした姿に――大きな宝玉のような瞳は、間違いなく“竜”の瞳孔をしている。

赤く染まった頬がより艶やかさを彩っていた。

 

そんなアレがこんな……ぼくの中で一番好きだった夜の王が――こんな美人さんなのか……!嬉しい気もするけど……!

 

「ああ!わたくしの陛下!もしや覚えていらっしゃるのですかわたくしの名を!毎晩寝所に忍び込んで耳元で囁いた甲斐がありましたわ!」

「“獣”に殆ど放り捨てられてただろう」

 

 

……――信じたくない!

 

 

「……。………。……カ(・)リ(・)ゴ(・)?」

「――はぁい!!貴方様のカリゴでございます、わたくしの陛下!あぁ……!やはり陛下は魂からわたくしを求めていらしたのですね……」

「―――」

 

――“夜の霞、カリゴ”。

中盤以降で戦う事になる“夜の王”の一人にして――優麗なる古竜。絶対零度の氷雪の主。

 

古きを生き、誰も知らぬ幻峰に身を委ねて世界を観測するだけの存在であった彼女は――現れた“夜”に何らかの可能性を見出してその身を浸した。

“夜”を世界に仇なす害意ではなく、新たな可能性として見出した。

そんな超越した視点を持った古竜。それが、カリゴなのだ。

 

「ふふふ……!苦節数千年ようやっと身を結んだのですね……ああ、自作した玉座はどこに置いたかしら……わたくしと陛下が絡み合う装飾がようやっと世界に……」

「あの芸術への冒涜を世に出すな正気か貴様……」

 

それが、コ(・)レ(・)。

 

……色んなゲームの中でも屈指のビジュアルの美麗な竜で。戦い方も氷雪を美しく操り……大技は息を呑む美しさ。さらには常夜の王になるとそこに夜の色が混じってさらに美しさに磨きがかかり――さらにはBGMすら素晴らしい。

ピアノ調で盛り上げるというか……彩る。そう、全てを華やかに彩る音楽が欠かせない。

 

そして、戦いが終わった時。

ぼくたちが見るのは――空の奥にある、巨大な“瞳”。

それを見て、カリゴの竜の姿すら仮初めで……本体はどうしようもなく偉大で雄大な存在だと再認識するのだ。

 

それが、ぼくが一番好きな“夜の王”カリゴ。

 

「わたくしの陛下……!そんな熱くわたくしをお見つめになって……!宜しいですわ!世界とか正直どうでもいいですわね、我が峰に参りましょう!全てが深海に沈むのを睦み合いながら――!」

 

それが、コ(・)レ(・)。

 

………。

――ぼくは崩れ落ちた。

 

「陛下!?」

「うぅ……!うぅぅ!どうしてだよぉ!カリゴがどうして、こんな……!残念美人になってるの!誰が陛下だよぉ!いったい誰の――!」

「お前のせいだぞ」

「ふぐっ!ふぐぅぅぅ……!!この世で一番“人の王”が憎い……!」

 

―― おー よしよし ――

 

ふんわりとふんわりもちもちが抱きしめてくれる。

ぼくは、泣きながらしがみついた。

 

「ひどい!この世の中がひどいよグノスター!いったいぼくが何をしたっていうんだ!」

―― うんうん ぼうやわるくない わるいのはぜんぶせかい めちゃくちゃにしようね ――

「そこまでは……」

 

「へっ、陛下!此処に貴方のカリゴがいるというのに!親離れしてくださいませ!」

 

チラッ。

 

「さぁ!この胸に!貴方さまだけが触れていい数千年の貞淑を守ったわたくしの胸に!」

 

――ぼくはふんわりもちもちに逃げ込んだ。

 

「何故……!?」

―― だいじょぶだいじょぶ ママ いるよ ――

 

ゆらゆらと優しく揺れてくれる。

うぅ……!あんまりだ……!ちょっと楽しみにしてたのにぼく……!これが“人の王”として暴れまくった罰だというのか……!!

 

 

「――おい」

 

 

リブラの咳払いが聞こえた。

 

「もういいか?」

「もうよくない。世界の危機とかちょっとどうでもいいくらい悲しい」

「よくありませんわ!来る治世が姑問題の―――!」

 

「このまま行けば、世(・)界(・)全(・)て(・)は(・)“深(・)海(・)”に(・)沈(・)む(・)」

 

………。

ぼくはふんわりもちもちのままに、上を見た。

 

死体と残骸がさっきよりも多くなっているようにも見えた。

 

「何がどーなってるの?」

「“夜”に招いた古生物。お前達が、マリスと呼んだ存在が――突如暴走を始めた。夜の性質を呑み込み、今なお“リムベルド”の全てを喰らいながら拡大を続けている。いずれ、外へ脱するだろう」

「外へ出たら?」

「悪魔の言の通り、世界全ては“深海”に沈むでしょう陛下。外にアレを阻止できる力を持つ者は存在しません」

 

………。

 

「……“神々”は?」

「アレらはとうの昔に隠れ、地上に対して干渉できる存在は少ない。陛下の威光は忘れ去られてなお、神々の影響を弱めておりますから。“黄金樹”も関心がないでしょうね」

「……これもワシのせいか……」

 

ぼくはもちもちに項垂れる。

ここに来て、また“ぼく”の……――っ(・)て(・)。

 

 

「――どうしてマリスがそんな力を持っているの?夜の王だから?」

 

 

マリスの存在は、“ゲーム”内でもびっくりするほど曖昧だ。

ただ古くから存在し、あ(・)ま(・)ね(・)く(・)生(・)命(・)と(・)溶(・)け(・)合(・)う(・)“深(・)海(・)”に揺蕩い、漂流し続ける生物。“夜”に触れたことで、自我がほんのり芽生えた……――的な。

そんな感じのフレーバーテキストしかない。……最初からこんなパワーがあったってんならそれで話は終わりだけど。

 

ぼくの問いに、リブラとカリゴは何故か顔を見合わせると。

 

――つい、っと。顔を背け合った。

ぼくはもちもちから離れて、二人を睨みつけた。

 

「なんかやったなお前ら」

「なぜそうなる。お前のせいかもしれないだろう」

「……それは否定で――」

「まあ、我々がやったんだが」

「じゃあなんでちょっと反論したんだよ!」

 

リブラは恥知らずにも尊大なままだ。この野郎め。

 

「我々は、と(・)あ(・)る(・)理(・)由(・)か(・)ら(・)――あの古生物を見つけた。その折、奴のいる“深海”に特別な力があることに気がついてな」

「特別?」

「あまねく全てを受け入れる性質ですわ。あの“深海”、古生物の周囲はどんな物であっても受け入れる事ができますの。これを利用し――陛下の“欠片”を貯蔵するのに使っていました」

 

すると、カリゴは地中から何かを拾うと――こちらに放ってくる。

ふわぁ……と手元にやってきているのは、アクセサリーのようなものが見えた。

 

「手に取ってみろ。お前が触れる分には害はない」

「………」

 

言われた通りにするには癪だったが、手に取ってみる。

それはサビだらけの何かの勲章だった。見慣れない印章が施されている。

………?なにも――

 

そ(・)こ(・)で(・)。

急に、それからは“夜”が溢れ出して、ぼくの“内”に流れ込んできた。

 

 

「よし、これからはお前は副団長だ!俺の補佐、頼んだぜ?」

「もっちろん!任せなって!この超有能チート転生者にね!ふふん、転生者的テンプレ立身出世だぁ……!」

「……これさえ無ければ、王女殿下も任せられるんだが……」

「なんか言った?」

「いいや?まあ、末永く頼むぜ?相棒」

 

 

はっ、と一瞬意識が飛んだ感覚。

なにか……声が聞こえた気がした。

 

「今、中に入ったのはお前が培った“夜”――お前の生、命の断片だ。お前が“黄金の地”に到達するまで繰り返した、生と死によって産み出された力よ」

 

リブラの言葉にぼくは“内”に流れ込んだものに集中する。

力が漲る……というか。パ(・)ー(・)ツ(・)が(・)嵌(・)め(・)込(・)ま(・)れ(・)た(・)よ(・)う(・)な(・)、そんな感じだ。

 

「陛下が生と死を繰り返す度に、その欠片を“深海”に送っていましたが……どうやら、あの古生物は不敬にも無尽蔵に吸収していたようです。意識すら曖昧だからと高をくくっていたら――こ(・)う(・)な(・)り(・)ま(・)し(・)た(・)」

 

周囲の死体と残骸の数は増える一方だ。

 

「時が至ったら、お前を“深海”の元に案内し、全ての準備を整える手筈だったのだがな。全ておじゃんだ」

 

そう言いながら、リブラとカリゴにあまり悲壮感はない。

 

「……つまり、ぼくの“欠片”とやらで力をつけ続けたマリスが――どういう訳か暴走して、世界全てを呑み込もうとしてるってこと?きみらの何かの企みのせいで」

「然り」「そうですわ」

「謝って」

「すまんな」「陛下の為でしたので」

「軽すぎる……!」

 

カリゴに至っては謝ってすらねぇ……!

ぼくはがりがりと頭を掻いて、宙を見上げる。

事態は“夜の王”討伐とか言ってられない――ガチマジの世界の危機なのだ!……懐かしいなぁアライさん。

 

「はぁぁぁ……まずは、皆を探さないと。数は要るでしょ」

「不要だ」

「あーん?」

「黄金の残党共に今の“アレ”をどうにかできる力はない。奴らは“夜の王”を殺す力はあるが――それだけだ」

「……じゃあ、どうするんだよ」

 

「貴方様のお力を以て――対峙します」

 

ぼくはカリゴに視線を向ける。

彼女はぽっと顔を赤らめて顔を逸らした――はよ話せや。

 

「こっ、この“深海”には先程の欠片が至る所に存在します。それらを吸収いただければ、陛下を媒介として――“夜(・)の(・)王(・)”を(・)完(・)全(・)に(・)現(・)界(・)で(・)き(・)ま(・)す(・)」

「……夜の王なら何とかできる?」

「五分五分と行った所でしょうか。虚ろなる我らが主も、忌々しい犬っころは期待できませんが、我ら身命を賭して貴方様の為にお力を振るいます。特にわたくしは……わたくしは!」

 

……確かに“夜渡り”は、常夜の王版のマリスでは“ストームルーラー”が無ければろくに戦闘にならない。

前会った時も抵抗しか出来なかったっぽいし――それなら変に危険に晒しちゃうよりかはぼくがやった方がいいかな。……なんか“ぼく”のやらかしの後始末みたいな感じだし。

 

あっ、そうだ。

 

「それより、きみら。“ストームルーラー”って知ってる?」

「……?なんだそれは?」

「随分昔にその名は聞いた事はありますが……」

 

「おっ!流石、カリゴ。長きを生きた竜は頼りになるぅ!」

「……!そ、そうでしょうか!……うへへ……やはり年の功というのは大切で――」

「どれくらい前?」

「三千年と少しでしょうか。失伝して永いですわ」

「――つっかえ!」

「ええ!?」

 

……カリゴですらこれか。

これもう“ストームルーラー”無しで何とかするしかないな……。

“夜の王”完全召喚とかだし、行けるかぁ?

 

ぼくはグノスターたちを見る。

ひらひらずっしりしている二人に言葉は無いが――ぼくに従ってくれるのはわかっていた。

もちもちなお腹とカチカチ甲殻を撫でる。

 

エデレは……まあ、呼んだら来るでしょ。

すぐにぼくを食べようとしてくるのはアレだけど、心強い戦力であることには変わりない。

 

あとは……アイツか。

 

「フ(・)ル(・)ゴ(・)ー(・)ル(・)」

 

“内”に突き刺さった剣から呼びかけると――“夜”が溢れ、そのままぼくの隣にその姿が象られていく。

 

“夜”に汚れた黄色い甲冑と巨大な儀礼剣を携えた、巨躯の戦士。

――その左腕は切り落とされたままだった。

 

「あれ、左腕はそのままなの?」

「……ああ。これは“決別”の証だ。それにしても、お前は相も変わらぬ忙しなさだな」

「ほっとけーき」

 

フルゴールは苦笑の息を吐くと――リブラに天秤を揺らす音がした。

 

「ほう。話せたのか“将軍”。夜に汚れ、信仰を騙る口すら失ったかと心配していたぞ。お役目ご苦労だった」

「ふん、減らず口を。悪魔風情が、全(・)て(・)が(・)思(・)い(・)通(・)り(・)に(・)な(・)る(・)と(・)思(・)う(・)な(・)。“これ”は貴様の戯言など容易くねじ伏せ、覆すだろうよ」

「然り然り。故に我が“公平”を預けるに相応しいのだ」

 

「……仲良かったりする?」

 

「どこ見てそう思った」

 

いやだって、なんか皮肉の応酬だったし。なんかハードボイルドな雰囲気を感じたぞ。

フルゴールは、そこでぼくの周囲にひらひらしているグノスターとずっしりフォルティスくんに視線を向けた。

 

「……白き蟲に、灰の蟲。お前の“家族”か」

「うん?そうだよ」

「そうか――やっと会えたのだな」

 

フルゴールはそのまま、グノスターたちに頭を下げた。

 

「母御、そして父御よ。我が名はフルゴール。これが“人の王”を名乗った時代に世話になった者だ。お会いできて光栄だ」

―― ふるごーる …… ああ フルゴール お前の名は坊やから聞いた事があるぞ 不器用だが話が分かる実直な友だと言っていた ――

「……。そう、か」

 

……なんか恥ずかしい。

家に招待した時に母親が何気なく「あの子貴方の事が好きでねぇー!」みたいに言い出した感じで、はずいんですけど……!

 

「んん!ともかく、フルゴール。ちょっとこれから世界を救いに行くんだけど、一緒に戦ってくれる?」

「……何故そうなったかは知らんが――無論だ。轡を並べられるのだな、我らは」

「よし!……あっ、リブラとカリゴは強制参加だからな。なんか知らんけどお前らのせいなんだから」

 

「まあ、いいだろう」

「まあ、ってなんだきさま」

「当然ですわ!わたくしの永遠の忠誠は陛下の物……どうか好きなだけお使い潰してくださいませ!ああ、この胸の高鳴りが止められ――」

「あっ、カリゴはいいかなやっぱ……」

「陛下!?」

 

 

……ふむ。

――方針は決まったはいいけど。

 

 

「で……マ(・)リ(・)ス(・)は(・)何(・)処(・)?」

「わからん」

「わからん!?」

「“深海”は拡大を続けております。……見ての通り、此処に距離はあまり意味を成しませんので」

「えぇぇ……じゃあ、どうすんのさ。虱潰しなん――」

 

むっ。

 

「ですので!ええですので!わたくしの“竜”の似姿に跨っ――」

 

「リブラぁ。マリスってリムベルドを抜け出して、世界丸っと全部沈めようとしてるんだよね?」

「アレの意思は知らんが、結果的にはそうなるだろう」

「じゃあ当然――“世界の敵”だよね、今のマリス」

「何が当然か知らんが……まあ、そうなるだろうな」

 

「あ、あの……陛下……?」

 

「あっ、ごめんカリゴ。なんか言った?」

「い、いえ……なにか策でも?」

「うん。敵の敵は味方理論で行こうと思って」

「は、はぁ……。……うぅ……流石わたくしの陛下という尊敬といけずな陛下という焦らされた心地が……あぁ……!」

 

なんか一人で悶えてる。キモい。

……ほんとにこれがカリゴかぁ……!

 

ぼくは顔を覆いながら、懐を探ると――あった。

取り出したのは……血(・)が(・)完(・)全(・)に(・)染(・)み(・)付(・)い(・)た(・)、ボロっちいリボン。

 

「皆。ちょっと下がってて」

 

そう声を掛けてから、リボンを弄ぶ。

 

 

「はてさて……“深海”の底で来てくれるかな」

 

 

それを天に掲げてみて――す(・)ぐ(・)。

聞こえてきた。

 

幾重にも重なった乙女たちの讃美歌。

誰かを称え、誰かを高らかに謳い――そ(・)の(・)名(・)の(・)下(・)、やってくる者たちの歌が。

 

“深海”の宙に光が降り注ぎ、都合七人の長躯の戦乙女たちが現れる。

白き鎧と、忌々しいばかりに輝く“武器”を携えて。

 

「やぁ!ひさし――」

 

 

瞬間――一人が、槍を構えて突進してきたのを白刃取り!

 

 

「――っぶな!?ちょっとぉ!挨拶くらいさせてよ!」

「………!」

「……?あれ、きみは最後の子じゃないね?」

 

「――私(・)よ(・)」

 

横から振り下ろされるメイスの一撃を、刃を掴んだまま回避して――踏みつける。

 

「ああ、君か!新しい武器貰ったの?」

「ええ。……神様がものすごい渋い実を食べたみたいな声してたけど私の武器になにかした?」

「えっ?ああ、三分割にして銛にしただけだけど」

「十分なんかしてるじゃない……神々の武器を、あんた……」

 

「それよりちょっ――」

 

両隣から槍が突き込まれるのを――白刃取りしてる刃を巻き込んで弾いた。

 

「ああもう!フ(・)ォ(・)ル(・)テ(・)ィ(・)ス(・)!」

 

咆哮を上げ、巨大な蟲が猛然と突進してくる。

ハルモニアたちはテレポートで回避し、ぼくはそのままフォルティスの上に跨った。

グノスターがひらひらとぼくの側に現れた。翅から鱗粉が少し漏れ出していた。いつでも行けるのだろう。

 

だが、目的は戦いじゃない。

ぼくはまた構えようとするハルモニアたちに呼びかける。

 

「あのさ!今ちょっと大変でさ!お話聞いてくれないかな!?」

 

ぼくの声に、七人とも動きを止めた。

そして――中央の一人が、武器を下げたのを皮切りに、皆も下げてくれた。

 

「……――状況は聞き及んでいます。“夜の王”の一体が幻惑の地を脱し、世界に害を向けようとしている」

 

中央の一人。もの凄い冷静で賢そうな少女の声。

……リーダー格なのかな?

 

「うん。それで……その、助けてくれない?」

「――構いませんよ」

「いや、気持ちはわかる。協力したく……あれ、いいの?」

「ええ。……貴方の願いを断る事なんてできませんから。最初からそのつもりです」

「おっ、おう……。えっ、じゃあなんで攻撃した?」

「挨拶です。英雄的挨拶」

「物騒だな!」

 

ぼくの叫びに、最後に会った少女は溜息を吐いている。その隣の子はヒラヒラと小さく手を振ってきて、その隣の子は首を傾げながらじぃ……と夜の王たちを見つめている。他の子たちも直立の状態のまま思い思いに振る舞っているのをが見えた。

 

……なんか、個性的だな。この子たち。

 

「軛から解放された私たち姉妹を止める者はいません。神に制止されましたが無視して来ました」

「そ、そっか。うん。それでさ。その一体……マリスっていうんだけど。そこまで行くこととかできる?ほら、“世界の敵”判定とかで強制ワープみたいな」

「ええ、無論です。私たち姉妹に隙はありませんから」

 

おっ、おお!なんかすごい話がわかるぞ、リーダーの子!ありがてぇ!

その時――隣にいた、最後の少女がまた溜息を吐いた。

 

「この子、貴方が好き過ぎてトンチキ発言全部丸っと意味を覚えてるみたいなのよ。だから貴方の変な言動も慣れきってるのよね。頭おかしいわ」

「失敬な。愛している人の言動は何でも理解したいというのが乙女でしょう。辞書の一つは嗜みですよ姉妹よ。後で貸します。全部覚えてますから。姉が模写してあげます」

「要らないわよ……」

 

……ほんと!個性的だな!

 

ぼくはグノスターを落ち着かせるように撫でてから、ぴょんとフォルティスから降りる。

そして、後ろに下がったリブラたちに目を向けた。

 

これでマリスまでの道は開けたな!

……何故かちょっと引いた目で見ていた。

 

「なんじゃい」

 

「いや……神々の兵器すら手籠めなのか……?」

「ああ……わたくしの陛下……女性の趣味が悪いのですね……やはり正妻は私……」

「神々がお前に憂慮するのも納得だなこれは……」

 

「ひどくない!?」

 

失礼な連中だな!……彼女たちの事を考えれば、手籠めだなんだって言いたくないんだけど。ぼくのせいでこうなっちゃった訳だし……。

 

――んん!

ともかく、後悔は後だ。今はマリスに集中しよう。

 

「それで、どうやって連れてってくれる?」

「転移です。手を取ってくだされば、お連れしましょう。そこな皆様は無理ですが」

 

「お前を媒介に向かえるから問題ない」

 

リブラはそう言うと“夜”に溶けて消えていく。

他の皆もそれに習うように消えていった。……カリゴが名残惜しそうにしてたのは無視しました。まる。

 

「では、貴方。お手を」

「――うん」

 

そしてぼくは――七(・)人(・)か(・)ら(・)差(・)し(・)出(・)さ(・)れ(・)た(・)手(・)を前にして、止まった。

 

「………」

「………あの?」

 

「――さぁ、お手を」

 

「………」

 

ぼくは意を決して――全員の手を抱き込むように握った。

 

「変態」「最低ですね」「スケコマシ」「世界の為に死んだ方がいいです」「……それでも私は好き」「ちょっとズルいわそれは」「……(手をもにもにさせている)」

 

「……じゃあ、一人だけ手を取ればよかったの?」

 

「甲斐性なし」「最低ですね」「意気地なし」「やっぱり世界の為に死んだ方がいいです」「……どれでも好き」「だから趣旨を……!」「……(手をもにもにさせている)」

 

「駄目じゃん!」

 

ぼくはバッ!と手を離すと――くすくすと笑い声が聞こえてくる。

かっ、からかったなコイツら!

 

一通り笑って満足したのか――リーダーの子が一歩前に出た。

 

「では、参りましょう。貴方」

「……今度はちゃんとしてよ」

 

そうして、手を握ってくると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――気がつけば、そ(・)こ(・)に(・)い(・)た(・)。

 

水音が狂い、巻き上げられた多くの死体と残骸が――辺り一面に吹き荒ぶ。無数に広がる“深海”の底。

そうした“嵐”が――至るところで発生していた。

 

沈んだものが吸い寄せられるように集まり、呑み込み、巻き上がり――新たな暴威となってまたあらゆる全てを沈ませる。

 

それは最早、生き物とも存在とも表現できない。

 

「これは……」

 

ハルモニアの一人が呟く。

 

 

「もう……“夜(・)の(・)王(・)”で(・)は(・)あ(・)り(・)ま(・)せ(・)ん(・)ね(・)」

 

 

宙に浮かぶ中央。巨大な月が海中に浮かんでるようにすら見える。

それを覆う不定形の謎めいた粘体は――辛うじて生き物の形をしているのが見えた。

あまりにも、大(・)き(・)す(・)ぎ(・)て(・)。そう判断するしかできない。

 

震えるように……泣き叫ぶように。

 

粘体は揺れ。それがまた――“深海”を荒れ狂わせる。

それが延々と繰り返され、拡大していく。

 

 

それはまるで……そう。

 

 

 

 

言い表すならば―――

 

 

 

 

 








―標的確認―





―“嵐の王”―



幼き感情のままに暴走する台風にして――嵐そのもの。

かつて吸収した何かに耐えきれず錯乱したこの存在は、“リムベルド”を脱ししようとしている。

隔絶されたこの地を突破されれば最後。瞬く間に、全ては“嵐”に呑み込まれるだろう。

まごうことなき、“世界の敵”である。



この悍ましい暴威を鎮めるは、“嵐の支配者”たる力のみ。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。