“転生者” 作:ダフネキチ
無視されて騒ぐ“婦人”をそのままに、“悪魔”は考えます。
再誕した“人の王”をこの世界に繋ぎ止める方法を。
考え、考え、考えて……やがて、婦人が騒ぐのも飽きて悪魔の脛に蹴りを入れだした頃。
――気づきました。
「我らが王には、
急な言葉に、婦人は振り上げた足を下ろしました。
「えっ……ええ。愚かなる先王を処し、圧倒的な技術力と熱狂的支持の下――神々の軍勢を蹴散らし続けた只人たちの救世主、“
「そして、一転――神々との融和を選び、その名の下に全ての者共に“公平”なる機会を与え導いた“
「それが?わたくしの陛下への礼賛ならばいつだって歓迎ですが」
「――可笑しいと思わないか?」
「愛おしいとは思いますわ」
場は静まり返りました。
虚ろなる殻が、荒野を踏みしめる音が響きます。
「……。………奴は、強権的な神々から民を守る為に戦争を選んだはず。なのに急に“大戦祭り”などという理想主義が過ぎる和平策など選べるはずがない。アレは頭が基本可笑しいが――担わされた責任の下では、つまらぬほど実直だからな」」
「……ふむ。確かに言われてみれば、陛下に対するあふれんばかりの愛と忠誠の中で考えてみても――戦争末期の陛下は、酷く塞ぎ込んでおられましたわ。“和平”など選べるはずがない」
悪魔は静かに頷きます。
「――
ふと、悪魔は婦人に視線を向けます。
「そういえば貴様。その頃、奴に接触していたな?」
「あっ、あら……そうだったかしら……わ、わわわわたくし良く覚えが……」
「………」
「………」
「貴様が“落ち込んだ男には、女との閨が一番”だの抜かして意気揚々と繰り出したくせに、一刻もせずに顔真っ赤で
「ばっ!馬鹿らしいとは失礼な!あ、ああ愛する殿方の前で肌を晒すなんて貞淑の極地たるこのわたくしにとって、とても勇気のいる事なのですのよ!?」
「………」
「………」
――悪魔は、鼻で笑いました。
――それは、まさしく巻き上がる“嵐”そのもの。
海中全てを吸い上げ八つ裂きにしながら一体と化し、また新たな渦を生む。“リムベルド”――かつての黄金の地にあった者皆全てを呑み、リブラの言う“欠片”とやらを吸収した結果だろう。
拡大は延々と続いている。
渦は嵐に溶け、嵐はまた新たな渦を生む。
マリス……ぼくが思い浮かぶ、丸い核が浮かぶ半透明のジェル状の小松菜めいた物体――
アレは“深海”すら狭い、広がり続ける“夜”にすら匹敵するほどの巨大になっている。辛うじて赤黒い血管が張り巡らせたような月のような核があるのが、マリスだという判別になった。
最早生物ではなく、ただの災害だ。
「……デカ過ぎんでしょ」
呆然と、そう言うしかなかった。
「成る程、間違いなく――“
冷静な声。
ハルモニアのリーダー格の子が、ぼくの手を握り――スリスリしながら呟く。……なんでスリスリしてんのこの子。
「“世界の敵”なんてものじゃないわ」
――パチンと、リーダー格の子の手がぼくから弾かれる。
ぼくが一度殺した事のある最後の子は、静かにマリスを見上げている。
「敵なんて表現も生温い。一歩でも
「そんなに?」
「ええ。今でもこんなにデカいし、まだデカくなるのよ?世界にどれだけ吸収できるものがあると思ってるの。……ちょっと、諦めなさいって貴女」
「むっ……姉をいじめないでください姉妹よ」
ぺしぺしとぼくの手を懲りずに握ろうとしてくるリーダーの子の手を叩いている。……緊張感ゼロかこの子らは。
周囲を見ると、ハルモニアたちはぼくに抱きつこうと両手を広げているのを羽交い締めにしたり、顔を近づけようとするのを首根っこ引っ掴んで止めたり――そもそも我関せずと地面に絵を書いている子もいた。
緊張感!ゼロか!この子らは!?
「あの……皆さん?集中しない?世界の危機ですよ?」
「「「「「「「――えっ?結局貴方が何とかするでしょう?」」」」」」」
「なにその変な信頼!嬉しいけど嬉しくない!……ああもうっ、リブラ!カリゴ!」
ぼくの声に答えるように、近くに黄色い炎と青い吹雪が吹き上がる。素知らぬ顔の黒ローブの
そんな二人だが、マリスを見上げると――途端に渋い雰囲気になった。
「ふむ……これは……」
「少し前よりもさらに肥大化していますね。マリスとやらの特異性か……それとも、陛下のお力故か」
「えぇぇ……何とかできる方法とかないの……?」
「殺すのは現実的じゃないな」
「一番現実的な方法が潰れたんですけど!?」
はぁぁぁぁ……!!
ぼくはガリガリと頭を掻いてから――宙を見上げる。
核の位置は徐々にズレて行っている。“外”に向かっているんだ。
ぼくらの事に関心はない――あるいは、デカ過ぎて豆粒みたいな此方事なんて見えていないんだろう。
「……まずは足を止めるか。戦いの土俵に立って貰わないとどうしようもない」
「策は?」
「……まあ多少は。ともかく近寄ろう。距離を離されればそれだけで終わ―――」
―― ぼうやぼうや
んん?グノスター?なにが来……た、の?
指し示す先――地平線の先から、ナニカが無数にいるのが見えた。
それは兵士だった。それは戦士だった。それは騎士だった。それは司祭それは獣それは化物――それは、“
「どうやら、アレ自身は気づいていなくとも――眷属には見つかったようですわね」
……なんかゾンビアポカリプスのよくあるゾンビ埋め尽くしシーンみたいだぁ……町の人口よりいるやろコイツらみたいな感じの……。
海にいるから水棲ゾンビだね。……バイオハザードリベレーションズ神ゲーだったな……あっ、新作の映画やるはずだったよな確か。
くっそ、こんなとこで前世への未練ががが……!
そんなこんな現実逃避しながら、地面の至る所に散らばっている錆び付いた“物ら”を見る。
「リブラ。“欠片”とやらはどうやって吸収すればいいの?」
「先ほどのような感覚を思い出せ。そうすれば、
「ほむ」
言われた通り、そう意識してみると。
やがて周囲の“欠片”が震え出し――ぼくに飛び込むように入り込んでいく。
「……で?息子よ。その襤褸雑巾な男はどうした」「あら……郷の英雄さまじゃない……ふふ、シリンが大きくなったら貰っ――ああ、冗談よ冗談。だからそんな睨まないで妹様……」「お母様。私たちの新しい義妹がなんか悪さしているわ……タキシード仮面さまって何かしら……」「奴の技術は有用だ。我ら翼人の助けになる。……ほっておけ」「あの……長老、アレを番にしたいと若い女衆が殺到しているのですが……」「片手片足片目の奴をか?」「だからこそではないかと……」「――“鉄の目”」「はっ」「……思えば、あの手紙にはなんと書いてあったのでしょうか……最近無性に気になるのです。少し、後悔しています」「……さようですか。……くくっ」「なぁ、船長。そろそろ風見鶏と坊っちゃんの奴をくっつけねぇか。金も貯まってきたとこだしよ」「そうさなぁ……二人ともひん剥いて寝室に叩き込めば勝手に結ばれるだろうし……よし。白角とのやり合いが終わったらにすっか。旨い酒でも用意しようぜ」「もう我慢できませんッッ!この子は!私の!坊やにします!」「いえ違うわ私の坊やよ!あんな研究馬鹿に任せていられるものですか!」「……なぁ、当人たち抜きの親権会議もうこれで何回目だ?」「百回から先は数えてないわ」「しーちゃん。ちょっとこの部屋誰も入れないでくれない?そうここ。うん、いや何でもないよ?あっ、マレニアだけは入れていいからね。じゃあ」「……いやあの……違うんすよ……ただ腐敗の落し子とマレニアが仲良くなれるように飼ってただけで……――あっ!しーちゃんも共犯です!」「!?」「……家内より聞きましたよ?ダフネに愛を囁いていると……嘘ですよね?」「………」「あの、確かにダフネは私共の家族です。でも、人形ですよ?返してはくれないのですよ?わ、私なら……!」「………っ」
満ち足りたような感覚と……どこか、懐かしいような感覚に襲われる。けどそれについて考える暇はない。
溢れ出す“夜”を内に繋げて――そこからアーツを発動する。
瞬間、皆が象られていく。
純白の翅と宇宙色の鱗粉が舞い。黒灰の鋏と楯の如き甲殻が佇む。
夜に汚れた猛き鎧を身に纏い、片腕が無くともその巨躯は健在の戦士。
エデレは……
「ハルモニア。キミらは臨機応変に任せていい?無理はしないでね」
「あの“嵐”ならまだしも、眷属風情は数ではありません。いいですか姉妹たちよ。一番多く狩った者に、あの人が何でも言う事を聞くそうです」
「「「「「「―――!」」」」」」
「あの……初めて聞いたんだけど……」
「初めて言いましたから。宜しくお願いしますね。……ちなみに景品を用意した私は30匹からスタートです」「ちょっとズルいんだけど!」「姉の特権です」「前から思ってたけど、真ん中にいたからって姉気取らないでくれる!?アンタが一番年下でしょうが!」
その叫びを最後にハルモニアはテレポートし、ぼくらの上空付近に並んで待機する。無数の揺らぎが宙空に浮かび、中から英雄武器の切っ先が伸びていた。
何か約二名がまだ騒いでるけど……自由だなぁ、あの子ら。
「フォルティス。フルゴール。二人は先頭をお願いしたい。目標はマリスの真下まで。目の前の敵を蹴散らして進む事だけを考えて。後はこっちがやる」
「心得た。お前はどうする?」
「グノスターに運んで貰うよ。できるでしょ?」
―― もちろん まかせて まかせて ――
「よし。後は流れで行こう!とにかくマリスの下に行く事だけ考えてね皆!」
「………」「……あの、陛下……我々は?」
「あっ、勝手にやっといて。よろぴく」
「……やれやれ」「あぁ……!照れていらっしゃるのですか……?」
クソっコイツら欠片も効いてねぇ!
まあ、でもリブラもカリゴも勝手にやってくれた方が楽だ。……なんかの意図はあるだろうが、今は味方である事は確かに思う存分利用させてもらおう。
ひらり、とグノスターに後ろから抱きかかえられるように宙へ浮かぶ。……“傑作”が無い以上、今のぼくは皆の乾電池兼指揮官擬きだ。進みながら“欠片”を集めていって、力を増強していくしかない。
「貴方。もうすぐ射程圏内です」
ハルモニアの言葉に、地平を見る。
クラゲや触手に寄生されたような水死体の軍団が先ほどより近い。よく見れば、空にもコウモリや飛竜……古竜たちがひしめき合っている。
意思も何も無さそうだが、それでも此方に対する敵意はビンビンだ。
……一気に突破するしかない。
「一番槍は君に決めた――“
瞬間――前方に“夜”が湧き上がり、その中から迸る紫雷と共に――荒れ狂う暴威が駆ける。
『■■■■■―――ッッッ!!!!?!!?!?!』
捻じれ狂った巨大な顎。
ただ狂おしいほどの飢餓以外を忘れた怪物が――軍団へと飛び込んだ。巨体で押し潰し、紫雷で焼き尽くし、ありとあらゆる全てを喰らい引き千切る。
軍団に均衡は最初からない。けれど、確かに意識がズレた。
「行きますよ姉妹たち。これは尋常なる勝負ですが、互いをカバーし合うのは忘れずに」
その
揺らぎから放たれる英雄武器の斉射が軍団の奥へと着弾し、散らばっていく隊列に向けて突進する。武器召喚の連発や、テレポートを駆使したヒットアンドアウェイ。各々好き勝手に場を荒らし、雑兵を蹴散らしてくる。
そうしている内に――確かに、
「フルゴール。神々の力は無さそうだけど大丈夫?」
「無論だ。威光無き戦いは――お前のおかげで幾らでも機会はあった。……父御よ、共に並べて光栄だ。勝利を」
フォルティスは顎をかち鳴らす。自信満々のようだ。
―― フォルティス。家族として坊やに情けない姿を見せるなよ。…‥無茶だけはするな ――
ぼくとフォルティスの想いは重なった。
お、やっぱりなんだかん――
―― 後でヤキを入れられなくなったなら困るからな ――
フォルティスくん……。えっなに、気持ちは伝わっている?
ははーん。グノスターの奴、やっぱりなんだかんだ言いつ――
―― ぼうや ぼうや ……何か言った? ――
「いえ何も!――突撃!空いた
軍団の数は恐ろしいが――グノスターの照れ隠しの方がもっと恐ろしい!足のギチギチが絶妙に苦しくなった!
苦笑気味のフルゴールと明らかにその場を離れたいだけのフォルティスが突貫する。互いに巨躯に任せた猛然とした進行は――それだけで軍団を蹴散らしていく。
剣で吹き飛ばし、鋏で千切った轍をグノスターに抱えられたぼくが進む。
翅が羽ばたく度に撒き散らされる鱗粉が、後方にいる水死体たちに寄生し――速攻で羽化した蟲たちが、クラゲや触手、はたまた他の水死体を喰らい始めた。
……うわぁ、死体でもお構いなしか。グノスターの鱗粉……。
ふと――空から冷たい霜が降り注ぐ。
顔を上げると、空を飛ぶように浮かんでいた飛竜や古竜たちが軒並み氷像となって――跡形も無く粉々になっていく。
その中心には――絶世の美女が佇んでいる。
顔を真っ赤にしているかキショい顔をしているかのカリゴが――ゾッとするほど冷たい表情をしていた。
「成り損ない共ならまだしも……仮にも我が同胞たる貴様らがこのような玩具になど……!――恥を知れ愚者共が!!」
叫びに呼応するように彼女を中心に吹雪が吹き荒れる。
その中から射出された巨大な氷雪の杭が何もさせずに竜たちを凍らせ、粉々に打ち砕いていく。
その姿はまさに圧巻。姿形こそ美女のままでも――長きを生きた古竜、その中でも別格の“カリゴ”らしい力そのものだ。
……あれさえ無ければなぁ……。
「ふん、まあいい。永遠の名に相応しくない雑魚を間引――あっ!へぁーかー!空はこのカリゴにお任せくださいましー!」
……これさえ無ければなぁ……!!
『■■■■■―――ッッッ!!!!?!!?!?!』
その時。
キャピキャピしているカリゴに向けて――エデレが急に飛び上がり、彼女に食らいつこうと巨大な顎を開ける。
「――触るな下衆め」
だが、カリゴが手を振ると氷雪の杭がエデレに直撃し、その巨体は軍団を轢き潰しながらも地面を滑る。だが、すぐに立ち上がると紫雷を撒き散らしながら猛然とカリゴに向かっていった。
「我が身を喰らう資格があるのは陛下ただ一人。性的な意味も含めてな。貴様なぞ同じ空気も吸いたくないわ、“夜”に溺れた成り損ない風情が。……だが、その猛りだけは卑しきベールの血筋に相応しい」
『■■■■■―――ッッッ!!!!?!!?!?!』
「良かろう。その血潮全て、我が陛下に捧げよ。戯れだ、しばし貴様の癇癪に付き合ってやろう」
エデレが撒き散らした紫雷が軍団を焼き、カリゴがその狂い暴れる巨体を軍団へと誘導し、すり潰しながら氷雪が空の竜を撃ち落とし、エデレがカリゴ諸共喰い散らそうとする。
……やっぱり
「――突破してからどうするつもりだ?」
急に横から聞こえてくるリブラにも驚かない。
……姿は見えないが、至る所から――天秤の魔法陣が浮かび上がり、偽金の礫や黄色い炎……“狂い火”が巻き上がっている。最低限の仕事はしているようだ。
「つうてもないぁ……」
軍団を蹴散らしながら進んでいる。
確かに、マリスの核に近づいているが――まるで空に浮かぶ月のように此方に関心がない。水死体の軍団も恐らく、マリスの意図ではない。自然発生的にその存在を守ろうとしているのだろう。
「言った通り――こっちに気づかせる。足を止めさせるくらいの一撃を食らわせてね」
「ほう。して?」
「やっぱり顔をぶん殴るのが一番でしょ。グノスター、指示を出したら、えいやー!って放り投げて」
―― えっ あぶない めっ ぼうや だめ ――
「大丈夫大丈夫、心配しないで。
―― ……? ――
「ハルモニアー!何人か来てー!」
「了解です――姉である私が行きます」「私が行くわよ」「いや、一番近いから私」「……援護が得意だから私」「それを言うなら私でしょう?」「わたしー!」「………(もう側にいる)」「姉妹たちよ、此処は年功序列で行きましょう」「それを言うなら貴方が一番下よ」
「あの……なるはやでねー?」
互いに軍団をしばき合いながら言い争いをし始めたハルモニアに苦笑する。……あの時、無言の連携で追い詰めてきた彼女たちが居ないのが悲しいやらほっとするやらな心地だ。
やがて――夜の王たちの侵攻が、マリスの足元らへんまで接近したその刹那。
ぼくは、フォルティスと――エデレを、“夜”に融かした。
「あ、あら?何が――」「カリゴ!」「――はぁああい!なんでしょうか陛下ー!?」
「マリスの動きを停められる!?五秒でいい!」
「――五百秒でも停めさせて頂きます!!」
瞬間――宙空に浮かぶ、婦人が吹雪に覆い尽くされると。
現れたのは、
永遠なる岩の鱗を凍らせたまさしくビジュ最強のドラゴン。フロムのゲームの中でも特に人気の高いその姿が――ようやっと直で見る事が出来た。
……ああじゃなかったらなぁ……!
カリゴは美麗な翼を大きく拡げると、氷雪の杭を一気に展開させていく。そして宙空を霜で彩りながら幾重にも射出した。
海に溶け込み、姿形すら曖昧なほぼ巨大なマリスの核付近は――凍りつき、
「よぉし!よくやったカリゴ!後でご褒美あげる!」
『えっ!?ご褒――』
「――来い、“
ぼくの手元に溢れた“夜”から一筋の紫雷が奔る。やがてそれはやたらめったら荒れ狂い――遙か上空に現れたエデレが、その身を回転しながら地上へと堕ちていく。やがて、それは宙の海と紫雷をも巻き上げ――マリスには劣るとも、それでもその猛りだけは劣らない“
荒れ狂う暴威は渦を巻き、マリスの核付近……その上まで迫った。
「グノスター投げて!」
―― う あんまりむちゃ めっ! だよ! ――
「わぁってるさ!――“
宙に放られたぼくを抱き締めるように出現したフォルティスと共に――ぼくは、
「うお!うぉおおおおわぁわぁーー!!」
ジェットコースターなんて目じゃない大回転の中――ふいっと外に投げ出される。
核は、下だ。
「ハルモニアンズ!」
ぼくの叫ぶに呼応して三人ほどのハルモニアがテレポートで姿を現した。……なんかボロボロなのは見なかった事にする!
「英雄武器をマリスの核にぶっ刺して!大丈夫、たぶんおそらくメイビー……壊れない!」
ハルモニアたちは頷くと――鋭く接近、輝く黄金の武器……神々の兵器たる“英雄武器”を、凍って動けない
流石!ぼくの意図はわかってるね!
「よぉし!――行くぞ、フォルティス……!!」
丸まったフォルティスは、深海であっても重く――そのまま急降下していく。突き刺さった英雄武器目掛けて。
「まさか……!お前……!」
遠くからフルゴールの声が聞こえる。
そうともまさしくこれが……正真正銘……!
「喰らえ――フォルティスアタック(真)……!!」
――ぐちゅりがりごぼっ!
名状しがたい音と共にめっちゃ硬い甲殻の質量が英雄武器をさらに押し込み、直に核へと突き刺した。
その勢いのまま、英雄武器は核を突き抜け……やがて彼女たちの手元に収まっていく。
よし!これで……!
― 逞帙> ―
なにか、聞こえた。
― 逞帙> ―
それは声無き声。けれど、グノスターとも違う。
なにか違う――異質な音。けれど、確かに声が聞こえる。
核……英雄武器が突き抜けた穴から、血のようなものが溢れ出てきた。
………これはぁ、ちとやり過ぎたな?
瞬間――“嵐”は、荒れ狂った。
………
……
…
――忘れもしない気配を、“レディ”は感じた。
悍ましい……全てを呑み蝕む“夜”の気配。
けれど何故か、それは
故にか――何かが、見えた。
遠征が終わり、国の輪郭が見え始めた頃――それが“黄金の流星”に飲み込まれた。
馬を使い潰し、崩れ落ちれば自らの足で走った。走って走って走って――肺が焼き切れるほど走った先で、見えたのは瓦礫と死体の山。
叫んだ。あの名を。自分だけが許されたその名を。誰もが陛下と、“人の王”と呼んだその名を。あれにとっては何の意味はなくとも――それに信頼を見た、その名を。
叫んで。叫んで。叫んで。
『――ほう』
そして見た――黄金に輝く、“赤髪の英雄”を。
『遅かったな。……いや、予定通りか』
刀身に滴る、赤き血を。
「――レディ、起きろ」
兄――“追跡者”の声で意識が起き上がる。
レディが見たのは、兜越しでもわかる心配そうに見下ろしていた。
「……兄上」
「大丈夫か?気分は?」
「問題ないわ……何か、見た気がするんだけど」
だが、何を見たか思い出せなかった。
確かに見た事は覚えているのに、欠片も思い出せない。むず痒さすら感じる感覚だった。
だが、そんな事も――宙へ過ぎ去っていく水死体の山で吹き飛んだ。
「……アレは?」
「水死体だ。膨れ上がっているしな」
「見たまんまを聞いてるんじゃないわよ、馬鹿兄上」
「――“深海”よ」
その声に振り向くと、“隠者”が静かに水死体を見上げていた。何かをたどるように。その周囲には各々があれやこれやと見て回っている。
レディは、少し落ち込んでいる追跡者を無視して隠者の隣に立った。
「
「ええ。この水の感覚に、地面に散らばった坊やの“欠片”を見れば間違いない。……けど、これほどでは無かったわね」
視界一杯に広がるのは、宙へ流れていく水死体と残骸の山。地面には錆び付いた“何か”が至る所に散らばっている。空の光も届かない暗い水音。
……成る程。確かに“深海”という名に相応しい。
そこで気づく。
隣の隠者、後ろで落ち込む追跡者。他の皆も思い思いに周囲を調べているが――“あの人”が居ない。
レディは顔を抑える。
「……あの馬鹿二号は?」
「復讐者……あの子が手を離してしまったのが最後。……これは聞かないであげてね。少し落ち込んでいるから」
「……そう」
少女人形は気丈にもあれこれ見ているように見えるが――長年、“リムベルド”を共に駆けていたから分かる。かなり気にしているようだ。
「レディが起きた事だし――“
「そうね。探しましょう」
隠者が散らばっている同志たちを集めているのを見ながら、宙空を眺める。
流れ行く水死体の山を見れば、今の事態がどれほどおかしいかわかりきった事だった。
――“無頼漢”曰く。
此処は海であって、海でない。潮の動きがおかしいのだそうだ。
「さっき巫女の嬢ちゃんが起きる前に、そこを起点としてぐるりと回って見たが――
「一点?」
「そうだ。普通は一定の方向だ。だが、この潮は確実に何処かへ流れてる。そこを辿りゃ……アイツがいるかは知らんが――“
「……それ以外に掴めた物はない。進むしかないな。私が先導しよう」
守護者の言葉を皮切りに、レディたちは潮の向かう道へと進んでいく。何が現れるのかもわからず、ただ歩く。
――空気は重い。
何が起きたかわからないこの状況が、皆の口を固く閉ざした。
代わり映えのしない光景――水死体ばかりが増えていく中。
口を開いたのは、“無頼漢”だった。
「そういりゃぁよぉ……アイツ、なんて言おうとしたんだ?」
「何を?」
「波に飲まれる前だよ。確か……」
『たぶん……というか、ほぼ確定だけど』
『“夜の王”の正体……は……?』
「――“夜の王”の正体」
“無頼漢”の呟きが周囲に伝播する。
それは文字通りの夜の主――すなはち、全ての元凶を意味する言葉。“夜”に狂わされた“夜渡り”たちにとって、必ず討ち滅ぼさなきゃいけない不倶戴天の敵だ。
それは、きっと……“あの人”にとっても。
「アイツは我らの戦いの“記録”を見たと言っていた。とすれば、確かに知っていてもおかしくない」
「とはいえ、“アレ”の存在によって俺達が変わった以上、それも変わったかもしれないだろう。それでも確定というのだから……何か確証があったようだな」
守護者と鉄の目の言葉が宙を切る。
けれどそれ以上進まなかった。この暗い空気の中、そんな事を考えたところでしょうがない。
そうして前を向いていると――兄上がぽつりとつぶやいた。
「――好きな女かもな」
「「「――
つい、淑女らしく無い声をあげてしまった。見れば復讐者と隠者も険しい表情を浮かべている。
冷静に、冷静にならないと。ちゃんと
――ぅんん……!
「殺すわよ、兄上」
「――何故!?」
あら本音が。
「あり得ん。あり得るはずがない。我が夫は一途だぞ」
「そうよ。騎士さん、あの子にそんなのはまだ早い……仮定でも聞きたくないわそんな話」
「そ、そうか?でも、アイツはそういう……」
「「「――ん?」」」
「すまん」
「……なんか元気付ける役目を取られちったな」
「いいのではないか?そちらに被害が行かなくなったぞ」
「……“アイツ”には謂れのない被害が被りそうだが」
――その時。
どう言い表わせばわからないけれど――
「――止まれ」
守護者が、大盾を前に出す。
皆が彼の周囲に集まると――意を代弁するように、鉄の目がつぶやいた。
「
周囲に浮かぶ残骸が変わっていた。
先ほどまで“リムベルド”で見たものばかりだったのに――
隠者は指で残骸の一つを辿った。
「……“黄金樹の印章”が刻まれてる。けど、やけに明瞭ね。時間が経ってないように見える」
「じゃあ何か?
「あるいは――時間が経っても維持されるほど、何らかの力が働いているか。……まあ、どうかわからないけれど」
「……ローデイル」
ふと、渋い声。
それが――“執行者”の声だという事は皆わかっていた。
呆然と、鎧越しでも信じられないとすら思っているように見上げている。
「……ローデイル。首都たる“王都ローデイル”か?」
守護者の問いに執行者は静かに頷く。
「……ああ。もう滅び去ったと思っていた……どういう事だ……」
呆然とする“執行者”がゆっくりとその残骸へと歩み寄る。
……潮の流れとは少し遠ざかるが、同志の置いていく訳にも行かない。皆で頷き合うとその背を追った。
王都というだけあって、流れてくる水死体は黄金の騎士たるローデイル兵やその騎士が多く。調度品や残骸すらも贅を尽くしているのが見て取れた。
けれど――
流れていく水死体も――“忌み子”……全身に悍ましい巻き角を生やした辛うじて人型の化物だけが流れるようになった。
そうして……ある一箇所。
まるでそこだけが守れているかのように――ある一室が、地面に沈んでいた。まるで至る所に散らばっているあの人の“欠片”のように。
その中は、どういう訳か忌み子たちがひしめき合い、何かを守るように囲っている。
それは―――
「……“
――錆びれ欠けていても、やけに豪奢な大剣がそこにはあった。刃は等間隔の螺旋状に渦を巻き、柄や鍔には茨状の意匠が施されている。
何か曰くがありそうだった。
……何処か、“あの人”が好きそうだなと。レディは思った。
「……思い出したぞ」
“執行者”が呟く。
ふらりふらりと、その中に入っていった。
そして剣に触れると―――
『なぁ、ミケラ。そしてマレニアよ。やっぱりぼくはシンプルなダクソ3版より、カッコいいデモンズ仕様がマストだと思うんだ。やっぱりストーム・ルーラーってこれだよね』
『……いや、知らないけど』『――何がどうかは知りませんが、兄様の言う通りだと思います』
『マレニアー、なんでもかんでも肯定しないの。コイツすぐ調子に乗るんだから』
『ですが、ミケラ。兄様の言う事はいつだって正しいと思うのです』
『おお!流石マレニア!ほら、こっちこいこい。頭撫でてあげよう』
『あっ……ありがとうございます、兄様……』
『……。……ねぇ』
『うん?』
『僕も……その、カッコいいと思うよ』
『あっそう』
『ぐっ……!この……!魅了さえ効いていればこんな奴……!』
『さぁって、じゃあ後はこれをラダゴンのクソアホに渡せばいいね。ミケラ、また取り次いで貰える?』
『いいけど……お前、最近父上と何を話しているの?こそこそと二人っきりで』
『秘密ー。まあ、大人のお話さ』
『……僕、お前より年上だぞ』
『頭撫でてくれなくて悔しがる奴が大人ぶるなっての。ほれ、撫でてあげるからこっち来なさい』
『……。……。……まあ、そこまで言――』
『オウサマ!オウサマ!エビ!エビガキタ!ソレモムレ!』
『――なにぃ!?こうしちゃいられん!第一種戦闘配置だ!皆を集めろ!君は……そう!ドライツェンくんだったな!』
『ウ!』
『……で、何か言ったミケラ』
『――なんもいってないわばか!』
『いってぇ!?なんで殴られたぼく!?』
――何かが見えた。
それは温かでそれでいて何か深い想いが滲んている、剣にこびりつくほどの、何かの記憶が。
……アレは、きっと――
その時、“執行者”が戻ってきた。
その手に握られた剣――先ほどの記憶が正しければ。
「“
「……待て。つまり――“人の王”は我らの事を知っていたという事か?」
守護者の問いに、レディは混乱した。
それはおかしい。“あの人”の原点が“人の王”だとすれば――ずっと昔から夜が来る事を知っていた事になる。
なのに私たちの所にきた“あの人”はそれを忘れていて、“転生者”になって思い出した?
「それだったらおかしいわ。“人の王”が私たちの事を知っているのなら――それはすなわち、“黄金の地”についても知っていた事になる。なのに呆気なく滅ぼされたの?」
「……わからん。己が知っているのは“地下に来た人の王”だ。それより前はどうだったかは聞いていない」
いつ?いつだ?
いつ――“
執行者は、手に持った“ストーム・ルーラー”を宙に放る。
それは潮の流れに沿って彼方へと流れていった。
あの人が言っていた――“深海の主”を倒せる唯一の力が。
「すまなかった。行こう」
執行者の言葉に続くように――レディたちはまた、潮を辿っていく。
頭の中にぐるぐると回る思考は、まるで進みゆく“深海”のように深く、その答えは見つからない。
【ストーム・ルーラー】
かつて、“人の王”が忌み捨ての地下で鍛造した大剣。
刃で表された螺旋状や棘めいた装飾に何らかの意味はあるようだが――どこも錆びつき欠けている為、この状態では戦闘に使用できない。
いつか来たる“夜”との戦い。
その中でも悪名高き常夜の王・深海の主に対抗する為、あらかじめ作っとけば最初から楽できるんじゃね?という短絡的な考えで産み出されたこれに……当然ながら何の力もない。
けれど――“その名”が存在する事に確かな意味はあるだろう。
後は見合う格と……振るわれるに相応しい力さえあれば……。
これは戦いに備え、“円卓”に運ばれる手筈になっていた。
だが、“人の王”処刑後の神人ミケラの乱心、“破砕戦争”の始まりたる――ローデイル大虐殺の最中に遺失してしまっていた。