“転生者” 作:ダフネキチ
膝を抱えて拗ね始めた“婦人”曰く。
“人の王”に渡したその酒は、“黄金樹”の半神が一人――“聖女トリーナ”の象徴花を漬け込んだ酒。……トリーナが司る“
出処は、かつて「私はゴッドウィンという無二の相棒を持って幸せですけれど、貴女まだ付き纏いやってるんですの……?」と死ぬほどドン引きしてきたフォルサクスという竜の寝床を襲った折に入手したものだと。略奪品でした。
「今思えば、浅慮でしたわ……穢れた黄金の物を供するなんて……私の竜血を混ぜた酒が良かったですわね」
「奴が変な病気に掛かりそうだからやめろ」
「変な病気とはなんですの失敬な!」
“悪魔”は考えます。
聖女のトリーナの“睡眠”。それは竜ならば心地よい眠りになろうと――只人たる“人の王”が口にすれば何が起こるかはわかりません。
意識が溶け、
そこで、殺戮と和平を分かつ“何か”を捨てたのでしょう。
「探す必要があるな。王が誘われた場所を」
「ふむ……ですが、何処を探すのです?トリーナの領域すら尋常な方法ではたどり着けませんし、“違う何処か”だったとしたら」
「簡単だ――
悪魔と婦人は、黄金の地へと進む虚ろなる殻を見つめます。
「成る程……名案ですわね。“夜”ならば何処へでも拡がりますし、“夜”がある所ならば我々が知覚できます」
「然り。だが……少し、反作用があるだろうな」
「というと?」
「全てに“夜”が拡がれば、それに触れた者共は狂気に身を窶し多くの惨劇が起こるだろう」
「まぁ……」
婦人は笑いました。それに悪魔も嗤いました。
「
「然り然り。“公平”無き極みだ。全てを犠牲にしても人の王とは等価ではない。だが、新たなる地平……真の“公平”の為には――信条を秘めてでもやらねばならぬ」
かくして。
“黄金の地”のみに向けられていた“夜”は……世界全てに拡散されました。
多くの死。多くの惨劇、多くの絶望が起こりました。
それ故に還る場所を見失った“人の王”の魂が、生と死を繰り返す――“転生”を始めたという望外の幸運の中で。
二人は見つけました。
“深海”に揺蕩う、あの古生物を。
その内に秘める――その何かを。
フォルティスに囲われている中で。
ぼくは確かにそれを聞いた。音無き音、声無き声――グノスターとは違う、“知性”によらないその言葉。
たったそれだけで――ぼくらは宙に呑み込まれた。
「くっ……!?ふぉ、フォルティ――」
くるくると回転する視界から見えるのは、まるで核から血涙を流しているかのようなマリスの姿。
まるで月から垂れる血の海だ。溢れるそれは、深海を赤く染めながら――底に垂れ、広がっていく。
――“深海”は朱に染まり、
明確な意思を以て、ぼくの方向へ。
振動は波を産み、波たちは渦を巻き――嵐となって。
ガリガリッッ!!とフォルティスの甲殻にあらゆる全てが切り刻まんと牙を向く。
「てぇ、ちょいちょいちょい!!」
「――陛下っ!」
カリゴの声。
竜に変生した彼女は、無数の氷槍を展開。
海を切り裂きながらマリスへと突き刺さったが――
カリゴでも駄目!?
くっそっ、どんだけ力強いんだ、デカさ=強さとか深海の生き物のくせに当然な物理法則しやがって……!!
回る視界の中。
朱に染まった海の中から来る――金に輝く光が見えた。
「ハルモニアンズ!近寄らないで!」
「――ですが!」
「死体すら残さずバラバラになるよ!距離取って!ぼくがこの程度で死ぬと思う!?」
「……死んだから我々はこうなったのですが」
「あっマジ?ごめん……――でも今は信じて!!……フォルティス、まだ行ける?」
丸まったフォルティスから伝わるのは、任せろ!という力強い意思。
すまんね!つうても、何もでき――
マリスから――無数の触手が伸びてくるのが、見えた。
感じたのは、どうしようもない怖気。
「フォルティス!
ぼくはすぐにフォルティスを“夜”に帰した。
駄目だ、アレに触れちゃ駄目だ。絶対に、彼でもなんともならない――呑み込まれる。
けど、そんな事をすればぼくは無防備だ。わかっていても――そうしたかった。
無数の触手が、ぼくに殺到する。
それはすぐに身体全体に巻き付いてきた。
「……ぐっ……!!」
びっくりするほど痛みはない。柔らかだ。
けれど――
―― ぼうや! ――
「まっ……グノ……きちゃ……!」
――菴輔〒驍ェ鬲斐r縺吶k縺ョ――
目の前に月がある。
明確な意思を以て――ぼくに話しかけているのがわかった。
けれど意味がわからない。わかるのは喋る度に、海が揺れ――どうしようもない災害になって、ぼくの身体を痛めつけ……あっ、待って右腕の感覚が……あっ!?触手ん中に吸収されてる!?
――縺企。倥>縲?驍ェ鬲斐@縺ェ縺?〒縲ゅ→繧ゅ□縺。縺ォ莨壹>縺溘>縺?縺代↑縺ョ――
何か訴えてきている。
けれど分からない。ただ――ぼくの身体は嵐によって削られていくのは確かだ。何か吸収されているせいか、四肢が飛んでるのに痛みはない。ありがた……あっ、右目見えなくなった……隻眼とか言ってらんないな絶対頭削られただろ……こ、れ……!
近くから声が聞こえる。
何とかぼくを引き剥がそうとしてくれる皆の声。グノスターの叫び、フォルティスが現われようとするのを必死に抑える。
そして――
「手助けは必要か?」
悪魔の囁きが。
「手助け、以前に……満身、創痍なの……見え……ない?」
「見えるとも。だが――この程度では死なぬのだろう?」
「……っっ!お前に、言われると死んでも死にたくない……!」
「その意気だ」
触手が湧き上がった“狂い火”によって幾つか焼き払われる。それでも迫る触手はまだまだ留まる事を知らない。
なにを……して……
その時、掠れていく視界の中で見えた。
マリスの身体。マリスの触手の中にある――錆び付いた無数の何か。
――“欠片”。
「リ、ブラ!左腕!」
左腕に巻き付いていた触手が狂い火で焼き尽くされた。ぼくの腕も大火傷だが、そんな事気にする間もなく――身体に巻き付いている内の触手に腕を突っ込んだ。
――縺茨シ溘↑縺ォ?――
「これ、元は“ぼく”のらしいんだよね……!悪いけど――」
手探りにかき分け、指先に触れた固い“ソレ”を強く握りしめる。
――“夜”が溢れた。
溢れた“夜”を通じて、他の“欠片”とも繋げて――そのまま吸い取っていく。溢れ出る力を身体全体に回し、徐々に削り取られていった箇所を修復していく。
ふへぇ……!ぼくも人間やめてるなぁ……!いや、擬似的な不死な時点でやめてるけどさ!
――豁「繧√※縲?豁「繧√※
抵抗するように、マリスは触手をさらに伸ばしてくるが――逆にそれを、溢れた“夜”で呑んで、さらにその中から吸収していく。
「ふははは!“夜”マイスター名乗れるんじゃないかなぼく!」
「その調子だ。
「――当然!」
――
瞬間――その“音”と共に、ぼくは一気に遠くへ吹き飛ばされる。無数の触手は引き千切れ、核が遠ざかっていく。
―― ぼうや! ――
ぎゅっ……と。
流れ行く中で――ふわふわもちもちに抱きとめられた。そしてそのまま底に着地した。
―― ぼうや!ぼうや!めっ!めっ!むりしないって いったのに! ――
「ああ、ごめんねグノスター。まあ……ちょっと想定外だったというか……結果的には想定内というか」
―― めっ!! ――
「あっはい。すんません」
締め付けてくるグノスターと内からじんわりと非難を送ってくるフォルティスに申し訳なさでいっぱいになる。
うん、正直すまんかった。攻撃だけで防御は一切考えてなかった。なんとかなれーっ!の精神は守るもんがない時だけやね。学習した。
「ああっ……!貴方様!このカリゴ、信じておりましたわ……!何とかなると」
「……その割に竜の似姿が解けるほど狼狽していたが」
「お黙り人馬風情が!神々の戦士らしく土偶のように口を噤んでなさい」
「もう辞めているからその必要ない」
カッコいい竜の姿をやめたカリゴとフルゴールが近づいてくる。
……フルゴールは傷はあるみたいだが、軍団たちの青っぽく染まった血でべったりだ。ずいぶん暴れてくれたらしい。
「軍団……というか、“嵐”の眷属かな?奴らの数はどう?」
「減ってないな。むしろ増えている」
地平に居並ぶ軍団はまだゆっくりとこちらに迫ってきている。突き抜けた穴はもう何処もない。
「
「なにぃ?」
修復した目を凝らしてみれば――大柄な“角人の戦士”やその仇敵たる“火の騎士”の姿が見える。
彼らはリムベルドの地下にある“大空洞”……あるいは、隠された地である“影の地”にしかいない。
……そこまで呑み込んだか。悠長にしてはいられないね。確かに。
「――ですが、如何なさるので。あの存在は並の痛痒は効かないのようですよ」
ハルモニアンズのリーダー格がテレポートして現れた。次いで他の子も現れると伸びてきた手がぼくの頭やら顔やらを触ってくる。
「むにゃ!なんじゃい!」
「迷惑料……いえ、迷惑かけさせ料です。徴収します」
―― むっ! 坊やに触るな高慢ちきの奴隷共! ――
「お義母様。これは正当な権利です。失う気持ちは同じです故」
―― むっ……むぅ。ちょっとだけだぞ ――
「ええ、感謝します」
――ちょっとだけじゃない!
なんかもにもに引っ張ったり撫でたり好き放――ひぃ!誰だ耳に指入れようとした奴!?
「それで?どうすんのよ。核に付けた傷、もう塞がったわよ。“英雄武器”で付けたのよねアレ?」「おそらく、神のお力すら上から強引にねじ伏せて塞いだのでしょう。……厄介ですね」
延々とぼくの頭をしゃかしゃかしてくる二人の声に、マリスに振り向くと――流れた血は塞がれ、核は動かない。
目は無くとも……こちらを見ている事はわかった。そしてその下には増え続ける“嵐”とその眷属たち。
……さっきより厄介になっただけだな、こりゃ。
「フルゴール。仮に神々の力を取り戻したとして……イケる?」
「無理だな。たとえ人馬全軍で掛かったとしても手傷ぐらいだろう。二の舞にしかならん」
「むぅ……カリゴ」
「陛下の為ならば、
「いや、それでもできるのは凄いけどさ。ハルモニアンズ」
「身命を賭して……と言えたら英雄的にポイント高いですが、“英雄武器”が効果がない以上。我々は麗しの戦乙女に過ぎませんね」
「……。グノスター、フォルティス……は、言わなくてもわかる」
―― うん さいごまでいっしょ ――
「ぐぬぅ……――どうするかぁ……」
「どうするのだ?因みに私はただの悪魔だ。災害に対する力などない」
「知ってますー。んな事言うだろうから最初から聞いてませんー」
………。………。
はぁぁぁぁぁ。打つ手、ないなぁ……。
「くっそ、“ストーム・ルーラー”さえあればあるいは……って感じなのに……!」
「“ストーム・ルーラー”……とは?」
「ん?ああ、そう言えばハルモニアンズには言って無かったっけ。ええ、っと」
ぼくは内の“夜”を操作して、二つの剣の形を宙に映し出した。
一つはシンプルで――巨大な剣から削り取ったような簡素な大剣。
もう一つは豪奢で派手な――茨がアクセントになった螺旋状の大剣。
「ほう。だいぶ馴染んだな」
「嬉しくないわ。……こんな感じの剣でね。“嵐の王”に対抗する為の力なんだ。まあ、正直。マリス相手に機能するかはわからないけどね」
「ほうほう、成る程。姉妹たち、見た事ありますか?私はないです」「じゃあ、全員ないわよ。私たち繋がってるんだから」
デスヨネー。
……あのマリスは、もう“常夜の王”じゃない――それどころか“夜の王”ですらないかもしれない。普通に攻撃してても削る事も出来なさそうだ。
だからつっても……ない物ねだりをしててもしょうがない。
……“欠片”を片っ端から吸収して、玉砕覚悟でまた突っ込むかぁ…‥?
――
「ん?」
ふと、耳たぶが引っ張られる。
振り向くと只管ぼくの耳たぶをくにくにしていたハルモニアンズの一人がこっちを見ていた。この子は……ずっと喋ってないのにちゃっかりしていた子か。末っ子かな?
「どうかした?」
「………(どこかを指差して首を傾げている)」
「うん?なに……――」
そこは巻き上がった“嵐”の一つ。
無数に渦巻いている水死体と残骸と“欠片”の中に――薄く光るものがあった。
「あっ!そうそうあんな感じの!すごいなぁ、末っ子ちゃん。目がいいんだねー」
「………(照れくさそうに耳たぶをこねくり回している)」
「皆、アレが“ストーム・ルーラー”だよ。ああい――“ストーム・ルーラー”が流れてる!?!?!なんで!?!?!」
誰か取ってきて、と言う前に。
彼方に流れる剣は黄色い炎に飲まれ――ぼくの手元に収まった。
……。
「礼はいらないね」
「礼を言う側の台詞ではないな……」
ぼくはグノスターたちを離させると、剣を手に掲げる。
「ともかく。それが“例”のか?」
フルゴールの言葉に、ぼくは剣を改める。
ていうか見れば見るほどデモンズソウルの“ストーム・ルーラー”だぞ……。いったい誰が……
ああ……何か伝わってきた。はいはい、また“人の王”のせいだね納得。……ミケラとマレニアは見なかった事にする!
剣としては………うん。
折れ直並みだな性能で言ったら。
けど。
「……この剣があった“場所”はね、デーモンっていう化け物がいたんだ」
「んん?」
「まあ、聞いてよ。そいつらはね、決まった形を持たない――その地の伝承や人の想念によって、姿が変わるんだ。その地に伝わる、化け物とか神様にね」
「
「この剣自体に何の力はない。けれど――ぼくがこれを“ストーム・ルーラー”に変えよう。伝承通り、“嵐の王”を討ち滅ぼす力として!……ごめん、いい感じにまとめようとしたけど意味わかんないやぼくも!」
ぼくは内の“夜”を薄く周囲に拡げていく。
そして拡散したそれは“欠片”に触れると――それらを吸収し、純粋な力となって剣に入り込む。
“剣”は少し青みがかり、錆が少し取れていく。
「まあ、つまり――
瞬間。
強烈な視線を感じた。
地平に広がる無数の軍団……“嵐”の眷属たちが、一斉にぼくの方を見ている。
そして――猛然とこちらに迫ってきた。
互いに互いに踏み越えながら、
フルゴールが、一歩前に出る。
多少の傷と血に塗れたその背は、山のように雄大に見えた。
「どうやら、お前の行動は“当たり”らしいな。そのままやっていろ。食い止めるのは我らの仕事だ」
「――神のお力を借りずともよいのですか、フルゴール将軍」
ハルモニアンズのリーダーの子が呟く。
「神々は貴方の事を憂いておりました。望めばいつでもお力が戻るでしょう」
「――不要だ」
フルゴールがたとえ人馬の戦士でも――“夜の王”であっても。
あの軍団には多勢に無勢だろう。神々の力を借りれば心強いはずだ。
でも、切って捨てた。
それは矜持故にじゃない。出し惜しみしているという感じでもなかった。
「今の私は、ただの“夜の王”――友の……いや、奴の呼びかけに馳せ参じた一匹の戦士に他ならぬ。それに……」
フルゴールは少しだけ、こちらに振り向いた。
兜に陰った口元は――ニヤリと笑っている。
「
高らかに、蹄鉄を響かせて。
――フルゴールは突貫した。迫る“嵐”の軍勢を蹴散らして。
奴らの前線が、停滞した。
……クソかっこいいなぁ、アイツ。
「……成る程。流石は我らの先達にして、神々の英雄。その気概、勉強になりますね」
ぽつり、とハルモニアンズのリーダーの子がつぶやいた。
彼女は一つ頷くと――ぼくを見て、姉妹たちを見た。
「我らも出し惜しみしません。……やりますよ」
「……何よ」
「トランスフォームです」
「……あの、なんて?」
「えっ!?ハルモニアン・デスワームやるの!?」
「なんでアンタはわかるのよ!?お願いだから私のわかる言語で話して!!」
「――行きますよ姉妹たちよ!!」
彼女が“武器”を高く掲げ光に消えると、他の姉妹も次いで消えていく。
そして――ぼくの前方。
“嵐”の眷属たちに対するように巨大な光の帯が立ち上り始める。
「まっ……まさか、まさか……!!」
そして。
――凄まじい轟音と共に地中から這い出てきたのは、巨大な
正体を覆うような白き鎧が全体を彩っていても分かる。
顔に当たる位置に咲き乱れる白き花の中心に坐す、一人のハルモニアと巨大な“英雄武器”。
そしてその背に輝く、七つの英雄武器が後光のように煌めく。
それは本来、“英雄武器の娘たち、ハルモニア”の隠された本性。
“救いの旗手”とは名ばかりの、血に塗れた英雄と化した彼女たちがグロテスクに入り乱れ混じり合って誕生した第二形態。
それが通称、“ハルモニアン・デスワーム”。初見クリアするまでは神ゲーである、究極の作業ゲーの権化として有名だった存在。
しかし、今の彼女たちは言うなれば。
「“ハルモニアン・セイントワーム”……!」
「――ちょっとぉ!また変な造語作らないで!」
ワームの背にいる一人、最後の子が武器を掲げながら叫んできた。
「――けど。これ嫌いだったけど、なんか違うくない?」「たしかにー」「花を破ってないからかしら?それとも“軛”から解放されたから?」「……なんでもいい」「そうね、たとえ何であろうとも」「………(めっちゃ武器を振っている)」
「――
リーダーの子――白き花に坐す、彼女は“武器”を高々と掲げた。宙空に無数の光が彩りだす。
「さぁ、雑兵は我らにお任せを。英雄は英雄らしく――愛する
貴方の為に邁進です!」
そうして巨大な英雄武器が光から降り注ぐ。
フルゴールによって停滞した前線は一気に崩れ、その混乱の中――巨大な身体をうねりながら眷属たちの中に躍り出た。
「……ありがとう」
フルゴール。ハルモニア。
その二つの存在は、ぼくの知る“存在”では欠片もない。
“ぼく”のせいでその格好良さはどこにもない。けれど――その……なに?“ぼく”のおかげで変わったのだ。
それが、ちょっと嬉しい。
「グノスター、フォルティス。二人はぼくの“内”にいて」
―― なんで? ママも たたかう ――
内のフォルティスもやる気満々の意思を感じる。
それがぼくは嬉しかった……けど。
「ごめんなんだけど――“ストーム・ルーラー”を制御できるかわかんない……!“内”でサポートして、何も出来なかったら応援してて――それだけで良い!」
“ストーム・ルーラー”に入り込む“夜”は指数関数的に増え続けている。
錆は当に消え、ボロボロだった刀身は鈍い輝きを帯び――
それはきっと、“嵐”の眷属たちを殺到させた力――その名に足る“力”だ。
震える腕じゃあどうなるかわからない。
不安だった。だから――家族には、そばにいてほしい。
なぜだか、
―― っ! まかせて まかせて ママ……家族は一緒 ――
そうしてグノスターは“夜”に溶け、ぼくの中に入り込む。
……しばらくして応援が聞こえだした。特に何も出来なかったらしい。
「ふふっ――よし!カリゴ、準備はいい?」
「………」
「……?カリゴ?」
ぼくが言えば秒で返事返ってこるだろうな、と一目でわかった彼女からの反応がない。
震える腕を抑えながら振り向くと――陶然とした、蕩けた表情で見つめてきていて胸が高鳴った。
な、なんだ急に!お、落ち着けこれはカリゴだ……絶世の美女でこの形態でもぼくの好みではあるけれどカリゴなんだ……!!
「へい!?彼女!?」
「えっ……――あっ、しっ失礼しました。なんでしょう!」
「竜形態になってくんない!マリスに接近するっ!」
「かしこまりました!……ああっ、やはり貴方様は真なる地平に相応しい……!」
カリゴは頬を手に当ててくねくねしつつ吹雪の中に消える。
ああ、良かった。ただのカリゴだ。心が落ち着いた。
そうして現れた再推しドラゴンの背に立つ。
悠然と飛び上がり、マリスへと接近していく――宙にも、無数の眷属がひしめき合っていた。
カリゴは翼を大きく広げ、無数の氷槍にて撃ち落としていく。
だが、それでもちみっこいのはそのまま突っ込んできた。
「リブラ。適当に着いてきてるよね」
「無論だ――露払いはしてやる」
相変わらず姿は見えないリブラは声に呼応するように、周囲に天秤の魔法陣が展開され――偽金の礫が放たれ続け、カリゴが撃ち漏らした雑魚を散らしていく。
後は――ぼくの“ストーム・ルーラー”を完成させるだけだ。
「はぁぁぁぁ……!!!」
“夜”をより広範囲に溢れ出させる。“欠片”によって増幅した力が、さらに“欠片”を吸収して――次々と“ストーム・ルーラー”に集まっていく。
深海は渦を巻き、その海流を乱していく。
剣に宿っていく――“嵐”によって。
――
音無き音が聞こえた。さっきよりも明瞭に。
“欠片”を大量に吸収したからか――その意味が理解出来ていた。
――
だからか、その言葉は。
――泣いているように聞こえた。
――
声の羅列はひどく幼く聞こえる。
音に呼応し起こる波が巻き上がった嵐は――“ストーム・ルーラー”に呑まれていく。
「んぎっ、んぎぎぎぎぎ………!!!!」
“内”から伝わる応援に背を押されながら、ぼくは暴れ狂う“嵐”を――
吸収された“力”は、“剣”というガワを以て、振るわれる“ぼく”によって意味を為す。
力だけじゃあ、名に適さない。
ガワだけじゃあ、名にそぐわない。
“ぼく”だけじゃあ、名に意味がない。
全てが合わさって――“ストーム・ルーラー”。嵐の支配者に相応しい力となる。……はず。
――
「ごめんね。きっと、きみも“ぼく”のせいなんだろう」
掲げられた“嵐”は、マリスの嵐を呑み込み――海流の全てを覆い尽くす。
「だから、そうだね……」
そして――
「責任は持つよ、約束する」
――振り下ろした。
音すら引き裂いた嵐は一筋の斬撃に絡みつき――“嵐の王”に迫りくる。全ての嵐を蹂躙しながら。
――
全てが呑み込まれる中。
微かに見えた。
――
そう呟くマリスの核。
――
「――んはぁ!!」
ガバっと起き上がる。
はっ!地面にいる?吹き飛ばされたのか?マリスは……って。
ふと、右手を見れば塵になった“ストーム・ルーラー”の残骸を握りしめていた。
「あちゃー、コレクションにしようと思ったのに」
「――見事だった」
ふと、声が聞こえる。リブラだ。
ぼくは――振り向かない。
「……何故こっちも見ない」
「最近気を失って初めて見るツラがお前ばかりな気がして嫌」
「餓鬼かお前は……」
「あぁ……貴方様……!お目覚めに――」
「きみも見ない」
「そんなっ……!」
ぼくは“内”を探る。グノスター、フォルティス。エデレ……フルゴールも帰ってるな。よし、大丈夫そうだ。
顔を上げる。
“深海”は何処にもない――ただの、無の荒野が広がっていた。
「“嵐”は……鎮まった?」
「――はい」
微かな光と共に現れたのはハルモニアンズだ。ワームから解け、いつもの七人に戻っている。
「“嵐”の支配者……まさにその名に相応しい一撃でした。マリスは支配権を失い、眷属たちも呑み込まれて消え去りました。これで、世界の危機は過ぎ去ったでしょう」
「そっか……よかった」
「ええ――それで、ご褒美の件ですが」
「ちゃっかりしてるなぁ……」
真面目な空気のまま私情へ駆け抜けたリーダーの子は、息を吐く。
「残念ながら、ハルモニアン・セイントワーム時に撃破数を数え切れませんでした」
「ありゃりゃ、じゃあしょうがな――」
「よって、全員にご褒美を所望します。早く」
「どうしてそうなる!?」
ずずいっとハルモニアンズは顔を近づけてくる。彼女たちに表情はない。
けどなんだろう――求めてるものがわかった気がした。
……ぼくはリブラたちに向けて、手を振る。
「別に気にしないが」「正妻として認めませんが」
「うるさい、いいからどっか向け」
ぼくはリブラたちの視線が消えたのを確認した後――一人一人に、“ご褒美”をあげた。
――
ハルモニアンズはしばし固まると――
「はぁぁぁぁぁぁ」
「ため息!な、なんだよご褒美だろ!」
「あのねぇ、私達ちゃんと示してたわよねぇ、どういう“好き”か。それをおでこにって腰抜けどころの騒ぎじゃないわよ」
「う、うるさいですねぇ!そうでもこのぼくはまだそういうキスした事ないの!……ふん!好きに嘲るといいわ!」
「へなちょこ」「いざという時にへこたれる」「嫌われる典型よね……わたし以外には」「こんなんだから基本的には童貞なのよ貴方」「………(てれてれ)」
「ぐっ、ぐぬぬぬ……!」
呻くぼくに一頻り罵倒を浴びせて満足したらしいハルモニアンズは背を向けた。
「では、我々は帰ります」
「おう帰れ帰れ、ふーんだ」
「……貴方」
「なんだよ、へなちょこでわるか――」
「貴方がどのような選択をしても、私たちの愛は変わりません」
一人、また一人と光に消えていく中。
――リーダーの子が最後に言った。
「だから、お望みの通りに。ちゃんと――我々が迎えにいきますから」
それを機にハルモニアたちは姿を消した。
……次会うときは、どうなるんかね。
「……さて」
ぼくはそのまま、地平の先。倒れ伏す――“マリス”を見た。
さっきに比べれば、月とすっぽん並みの小さくなったあの生物を。
「どうすっかなぁ……」
「言ったと思うんだが」
急にリブラが口を挟んできた。
「なんだよ」
「時が至れば、お前を“深海”に案内する手筈だったと言ったな」
「ん?……ああ、そういえばそんな事言ってたね」
……そういや、なんでだ?
“欠片”に導く為か?……思えば、じゃんじゃか吸収しちゃったけど身体に悪いものじゃないよなこれ……。
「かつて、あの生物に――
「……“人の王”が?」
「そうだ。そしてそれは、
「………」
………。
「……あやしい」
「まあ、それは認めるがな。だが記憶に関して特に手がかりがある訳でもあるまい。虎穴に入らずんば何とやら、だろう?」
「……。……まあ、そうだけど。ねぇ、カリゴ――」
「貴方様のお望みのままに」
「あっそう……」
………。
ぼくは――ため息を吐いて、マリスに近づいていった。
リブラの勧めだ。
怪しい事この上ないが――“人の王”に関してあまり知らないのも事実。
……次の相手は、“真なる夜の王”だ。手に入れられるものはそうするべきだろう。
そうして、倒れ伏すマリスに近づく。
黄色いではなく、真白い核がぼくに近づいていく。
――
音無き音が囁く。
――
擦り寄ってくる核。
先ほどまで大暴れした“嵐の王”とは思えないほど弱々しく、ぼくに――いや、“ぼく”に懇願してきた。
――
――
――
それは、まるで……じゃない。
ぼくは、どう答える事もできない。
だって何をマリスがしたのか、ぼくは知らないのだから。
けれど――
「ごめんよ、マリス。きみの事、ぼくは何も覚えてないんだ。けど、これだけは言える――怒ってないよ、“ぼく”は」
――
「本当だとも、流石のぼくも……ああ、いや。取ったものにもよるか……うん。七割、七割怒らない」
――………――
「………。やっぱり、八割怒らない」
――
「でしょ?だから、マリス――ぼくはきみを許すし、“ぼく”もきっときみを許すよ。だから安心して」
マリスはしばらく反応は無かった。
ただ身体を震わせて、核をぼくに押し付けてきた。
それはきっと泣いているのだろう――ぼくはただそれをぎゅうっと抱きしめてやった。
……“人の王”はずいぶん過去の存在だ。
つまりずっと前からマリスは後悔して、謝りたいって気持ちでいっぱいだったんだ。……そう思うとたとえ何を奪われていても許す以外の選択肢は無さそうに思えた。
……しばらくそのままで。
頃合いを見て、声をかける。
「それで、マリス。取っちゃったものを返してくれないかな。必要なものなんだ」
――
「いいって。さぁ、なにを―――」
マリスから溢れたのは、赤黒い何かだった。
それに感想を抱く……前に、それは無数の紙束になって降り注ぐ。
これは。
「……“設計図”?」
何かが、聞こえた。
忘れようがない、ぼくの声。
いやきっと――“人の王”の、声。
「………あー」
「やりやがったな、あの腐れ悪魔……」
【“遺物”を入手しました】
―――――――――
【深海の覚え】
“嵐の王、マリス”が内包している“夜”。その全て。
“転生者”の内に溶け込んだそれは、無数の“欠片”と共に――新たなる地平の礎となるだろう。
誰も知らぬ古くより“深海”に揺蕩うだけであった古生物。
その前に現れた人間に――マリスという名が与えられた時、ソレに初めて意思が芽生えた。
それはやがて成長していき……その感謝を形にしようと思いつき――“人間の苦しみ”を解放しようと考えた。
褒めてくれると思った。喜んでくれると思った。
抱きしめ、撫でて、キスをしてくれると。
そんな幼き感情が――長きに渡る後悔に蝕まれる事を知らずに。
今。
赦しを得たマリスは安らぎに浸っている。
吸収していた“欠片”の意味も、奪ってしまった“もの”の正体も、悪魔たちの策略も。
全ての始まりが、終わる時が近づいているのも――幼きマリスは知る由もない。
今はただ、追い求めた温もりに微睡んでいる。
幼年期はまだ、始まったばかりなのだから。
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かつてマリスが奪ってしまった“人の王”の感情。
どういう訳か、それは王の象徴たる隔絶した力を誇った“機械・兵器郡の設計図”を模している。
呵責とは――犯した罪咎に苛まれ、苦しみ続ける事を指す。
故にそれから解放される事は、魂を縛る枷から脱する事を意味し――新たなる道が開かれる事となる。
……だが、こうは考えられないだろうか。
呵責とは、枷ではなく――担うべき荷。
罪咎に向き合い続ける鏡であり、それを背負い続け歩み行く事こそ、真なる未来が開かれるのではないか。
……。
何故、それが設計図を象っているのか。
それを知るのは人の王だけだろう。
語らず、秘めている想いを“透かして”見る事など、不可能なのだから。
――家族を守る為だった。
そう言い張る事ができるほど、男は姑息な悪ではなかった。
――全ての責を担うと。
そう宣言する事ができるほど、男は殊勝な善にもなれなかった。
そのどっちつかずが多くの死体の山を産み――それを止める為、さらに多くの死体の山を築いてしまった。
男は、ただそれを見ている事しかできなかった。
目を逸らす事だけはしなかった。
……そのせいだろうか。
“呵責”から解放されてなお、全てを忘れ去ってもなお。
その魂に刻み込まれていたのだ。
罪咎の記憶――“設計図”の一文字残らず。
【新たなエンディング分岐条件を達成しました】