“転生者” 作:ダフネキチ
“転生者” PART6
デデンデンデデン! デデンデンデデン! デデンデンデデン!
タリラ〜、とぅるる〜。
………。
そういえばシュワちゃんってちゃんと“I'll be back”したんかな。
ぼくターミネーター見てないから知らんけど。
【追憶を開始します】
追憶−6
『ぬがぁぁ!召使君さぁ!敬意!敬意を持ってぼくに!一応は英雄サマなんだけど!?』
『持たせてくださいませ……本当に』
『切実!……うぅ……思えば最初はちゃんと敬っててくれたのに慣れた頃には適当だったなぁ……』
『……?』
『ああ、こっちの話。長年の悩みよ……いや、別にかしこまれつづけるの嫌だけどさー』
“円卓”中央室。
巨大な円卓の宙に浮かぶ、再現された黄金の大祝福をぐるりと囲む
よう“夜渡り”たちがいつものように集っている。
――苦笑気味に。
やんのやんの騒ぎもまたいつものようで。……あの“光景”が嘘のように感じた。
あの無の荒野での邂逅。
“夜”の奥で垣間見えた――全ての“
こちらはそれを必死に咀嚼しているというのに――当の本人は、グチグチ召使人形に文句たれながら連れてこられている。
「……どうする?」
“追跡者”の問いは、皆の総意に近かった。
知った事を明かすか否か。
明かしたところであっけらかんに返してくれそうではある。
だが、しかし。
レディは皆を眺めながら呟く。
「本人が言うまで言わないであげましょう。何があったとしても、あの人が夜渡りで“夜の王”を殺す同志である事に変わりはない。それに―――」
「―――あれは、俺達の知るただの“バカ”である事も変わりない」
鉄の目の鋭い一矢に、皆頷く。
そう。つまりはそれに終止するのだ。
やる事は珍妙だし、突拍子もないし……たまにどうしようもなく馬鹿らしく胡散臭いが、
ある種の信頼だった。諦観とも言える。
そうこうしていると――元凶がやってきた。
「ああ、皆様。長らくおまたせしました」
白のシャツに黒のタイ、黒のスラックスに黒の上着を羽織った黒ずくめの、中肉中背の青年。
長めの黒髪が少し目元を隠しているが――覗く、不可思議な色の瞳は一度見れば決して忘れないような色をしている。
「さぁ、転生者サマ……そろそろ自分で歩いてください」
「いや、意外と安定してるからこのままでいいかな。この抱え方、実にセンチだ」
「俵みたいに小脇に抱えられるのにどんな思い出が……?」
「きみの心に聞け」
「人形なのですが」
これが――“夜”の始まり。
この荷物みたいに抱きかかえられ――何処か懐かしそうにこちらを見る“彼”が、世界を蝕む“夜”をもっとも止めたがっていたなんて誰がわかるだろうか。
「やぁ、皆。
「「「「「「「「知ってた」」」」」」」」
「ですよねー」
そうして、食堂で食事をしながらまた“彼”の珍妙な報告を受けた。
――まさか“夜の王”たちとの協力の下、世界を救う大決戦をやっていたとは思わなかったが。
しかも、決め手は執行者が宙へ流した“ストーム・ルーラー”だったらしい。迷い込んだ果ては実はファインプレーだったようだ。
「てか、ストーム・ルーラー何処にあったのん?」
「かつての王都ローデイルの残骸、確か地下と。絵描き殿は言っていたが」
守護者がそう答えると――“彼”はテンシンハンを食べながら、ほぉーんと相槌を打つ。
「……ほんと何があったんだあのクソアホ」
「む?何の話だ?」
復讐者が甲斐甲斐しく、“彼”の口元を拭く。
「いや、マリスとの戦いで
「なんだその変なやつは」
「そう言ってあげないで。本人も気にしてたんだから。ソイツの息子に伝言で頼んだら飛んで来たんだよねぇ、話が早くて助かったけど」
――“まあまあ”記憶が戻った。
その言葉に夜渡りたちを各々反応する。
マリスとの戦いの中で、彼は自らの記憶の残骸である“欠片”から力を得て戦ったらしい。
……その中に、己のがあったとすれば……――喜ばしいのか喜ばしくないのか判断つかないが。
ともかく、とレディは口元をナプキンで拭った。
「これで、“夜の王”は……」
「六体だねぇ。ぼくが来る前のグラディウス、エデレ。その後のグノスター、リブラ、フルゴール、マリス。ああ、“
「そうなの?」
「うん、まあ“目的”はもう終えてるから観光気分じゃないかな。リブラもだけど」
「……てぇ、と?あとは――」
無頼漢が問いかけると、“彼”は皆の視線を受け止めて静かに頷く。
……口元のテンシンハンのソースを復讐者が拭った。
「最後の一人――真なる意味の“夜の王”。ナメレス……とは、今は言いたくないんだよなぁ個人的に」
「
「そ。空っぽの殻。“夜”に蝕まれすぎて、何の無くなった騎士の残骸だよ。……“
その言葉に。
皆の脳内に浮かんだのは――あの、真夜中の雨の事。
「ぼくはアイツを止める為に“夜渡り”になったんだ。もう手遅れだけれどねぇ……ずっと、“ここ”にたどり着くのを心から待ち望んでいた」
そう言いながら、テンシンハンを食べている“彼”の姿は相変わらず間の抜けた飄々とした雰囲気だった。
けれど、何処か――“芯”が入ったような。
そうした、しっかりとした何かを夜渡りたちは感じ取っていた。
「……そうすると、“次”で最後か」
“追跡者”の言葉に――場に、じんわりと何かが広がった。
それはついに元凶の喉元に刃が届く高揚か、あるいは数え切れないほど積み上げた死体の山が報われる安堵か。
あるいは――少しの寂寥感か。
愉快な話だ。“夜の王”を殺す為に集っただけの寄せ集めだというのに。
「皆、英気を養いましょう。“これまで”が、ようやっと報われる日が来た」
レディの音頭を皮切りに皆、思い思いに席を立つ。
“彼”はよほどお腹が空いていたのかテンシンハンをもう一皿頼んでいた。復讐者が意気揚々と手伝おうとするのを、“彼”と召使を控えめにけれど断固として断ろうとしているのを――レディが見ていると、
「レディ」
追跡者に声を掛けられる。
――兜越しでもわかる。あるいは、兄妹だからわかった。
真剣で切実な声色。
「話がある。お前の、“最後”について」
………
……
…
“円卓”中央室。
その隅にある倒壊した残骸の上に追跡者が腰掛ける。それを見つめるレディは机に持たれていた。
いつもは何処か気安いやり取りをしている兄妹の周囲は――何処か冷え込んでいた。
「全てが終わったら、お前は消えると聞いた。……本当か?」
「本当よ」
間もない。簡潔に。故に――誤解しようもない断言。
それに少しだけ、追跡者は黙った。
「……隠者からの説明と、書庫である程度情報は理解している。“
「ええ」
「………。……何故言わなかった。アイツがついでみたいに言ってくれなかったら俺は――」
「気づかなかったでしょうね。“あの日”、目が覚めたら兄上が何処にもいなくて、貴族の養子になっている事も気づかなかった私のように」
「………」
追跡者は黙り込んだ。
故郷の仇――悍ましき“夜”を追うという使命に振り回したくないと決めた……過去の事。
あの時は最善だと思っていた。幼き妹がせめて幸せになれる道を進めるようにと。
それが……間違いだったと。追跡者は今では思う。
――仮面越しでもわかる。あるいは、兄妹だからわかった。
冷たい、声色を。
「兄上が、私の事を覚えていなかったら――
「そうか。……何か、手立てはないのか」
「ないわ。私が嬉々として人柱になると思う?長い時間で受け入れて、納得する理由を見つけただけ。能天気な誰かさんのせいで、その覚悟が揺らいじゃいそうだけれどね」
「………」
元より、追跡者は多弁ではない。説得や説明を求める言葉も――レディの頑な姿勢で萎んでしまう。
戦闘ともなれば、場所を選ばず万能に動けるというのに……妹の前ではどうにも言葉が出てこなかった。
レディはそんな兄を知っている。
決して嫌っている訳でも厭っている訳でもない。だって、体感にすれば遠い遠い過去の事だから。
けれど――曖昧な記憶がはっきりとしている
愛するあの人の無惨な亡骸の前に泣いて、その次に頼れる兄に置いていかれたと叫んだ幼い自分が。
許したくないと、意固地になるのだ。
レディは机から立ち上がる。
「心配してくれてるのはわかるわ。嬉しいって気持ちもあるの、兄上」
「………」
「けれど――勝手に、私を置いていった貴方がどの口で言っているの?」
そう告げて、レディは背を向けると――カポッと何かが口に入れられた。甘やかで酸っぱい不思議な味。やわっこい卵としっとりパラパラなお米の食感。
「まあまあまあ」
気がつけば、レディの目の前に――テンシンハンを片手に、淑女の口に匙を突っ込んでいるアホンダラがいた。
「な、なにをするの……!」
「美味しい?ぼくこれ大好物なんだよねぇ、“森”にいた頃は果実と肉ばっかだったから余計にさ」
「……美味しいけれど!」
「それはよかった。追跡者も食う?」
「‥…いらん」
“彼”は、そのまま足で椅子を引っ張り出すと座る。
テンシンハンを口に運ぶ姿は自然だが――レディと追跡者の間にいる。まるで仲裁するように。
「レディ。あんまりツンケンしないの。いやまあ、どの口が言う人間が此処にもいるんだけど。……追跡者はそのカード切られると何も言えなくなっちゃうんだから。いやほんと、可哀想だから」
「……でも」
「わかってるさ。ほら、あーん」
「――いらないわよ!」
「あっそう」
差し出してきた匙を普通に食べ始める“彼”の姿に、拳を振り上げればいいのかわからなくなる。
「でもまあ、追跡者の考えもわかってほしいな。あの頃のきみに“夜”を追うなんて告げれば意固地になって着いていくと言われるから先んじたでしょ。自分が口下手だからね。いつかわかってくれるって。……効率的だけどねぇ」
「………」
追跡者も何も言えず、しかし何かやり返したくて軽く“彼”の腕を叩いた。
「いてッ。でもまあ大丈夫だよ――
そうして胸を張る“彼”に二人は静まり返った。
――何とかする。実に彼らしい、ふわっとしてるくせに頼もしい言葉。信用できるが……信頼はできない、そんな危険な言葉。
「……何とかって?」
「ふふん……――秘密!」
「殴るわよ」
瞬時に短剣を抜き去ったレディに、“彼”は笑顔でテンシンハンを差し出してくる。
……短剣を仕舞い、それを受け取った。
「じゃあ、ぼくはやる事あるから!ちゃんと話し合いなよ!」
“彼”はそう言うと、意気揚々と工房の方に消えていく。
……それから間もなく、復讐者が二人の横を通ろうとする時――大丈夫か?というジャスチャーをしてきて、レディはテンシンハンを食べる事で返した。
彼女の柔らかな衣装のなびきを見つめながら――レディは黙って、追跡者の前に座った。
「………」
「………」
そうしてしばらくテンシンハンを咀嚼する時間が過ぎると、
「……お墓」
「……なんだ」
「父様と母様のお墓。何処にあるの。それも教えないで行ったわ」
「……故郷の風鳴り丘から東に行った森にある崖の平地だ。見晴らしと風が気持ちいいだろうから、一族皆そこに埋めた」
「え?あそこにしたの?……あそこ父様が母様にプロポーズしようとした時に野犬の群れに追い回されて恥かいた所じゃない」
「なに?……そうか、あの話の場所だったか。悪いことしたな」
「いいんじゃない?少しでも笑いながら眠れるでしょ。……お土産は、何がいいかしらね」
………
……
…
復讐者が“夫”の工房に入ると、
「――ふんッッ……!!」
渾身の気合と共に、彼は自らの“傑作”であるクロスボウをハンマーのように地面に叩きつけていた。
当然グシャリと真ん中から折れてしまった。
「……
「ああ、ちょっと新しい“武器”に変えようと思ってねー。時代は小型化だよ復讐者」
「……ふむ。まあ、お前が言うならそうなんだろうな」
「全肯定過ぎる……」
彼はそのまま、外側を覆っていた“蟲”の甲殻と繋がっていた“英雄武器”の銛を外していく。
まるで抗議するように明滅して煌めく“英雄武器”は――そのまま、炉に入れられて悲鳴を上げるように光を強めた後……するすると弱まっていった。
「………」
復讐者は、何やら部品を仕分けしてカチャカチャやっている彼の背中を見ている。
いつも見ていた光景だった。
“今”も、“昔”も。ずっとずっと見ていたもの。
ペタンと近くに腰掛け、見続ける。
どれほど時間が経ったか。
ほんの一時間か、あるいはもっと長くか。
しかし――“夫”の手元に、
所々、黄金色に染まった新しい“傑作”を満足げに眺めている。
「ふぅむ……あの子たちに“英雄武器”もう一本貰っとけば良かっ――うん?どうかした?」
こちらの視線に気づいたのだろう。
首を傾げる夫に何でもないと首を振る。
……ただ。
「“昔”はどうにかして動いてお前に寄り添いたいと思っていたが――“今”はあのままで良かったのに、と思う自分がいる」
「………」
「
“夜”が来なければお家は平穏だったが――愛は届かなかった。
“夜”が来たから愛を叫ぶ事が出来たが――お家は滅び、“復讐者”となった。
二律背反……という訳でもない。
ただ――良くも悪くも、“夜”に狂わされたのだ。
「………」
夫は新しい“傑作”を適当に放る。
ガシャン!と何かが壊れでもしそうな音がした。
「おいで、
「―――」
その名。その声色。そして――見つめてくるその瞳。
忘れもしない。忘れられない。
「お前……記憶が……?」
「うん。忘れててもいいって言ってくれたのにごめんよ」
「……‥ッッ!」
復讐者――“ダフネ”は彼に抱きついた。
嬉しさとそれでいて悲しさを込めるように、強く。
夫は、ただ静かに髪を梳くように撫でてくる。
「本当に……ぼくがポンコツ脳してなければ」
「……なに?」
「言ったと思うけど、ぼくは“記録”で君たちに何か起こるのか知っていた。けど――“あの時”はそんなこと何一つ覚えていなかった。……覚えていたら、もっと……そしたらクロエお嬢様だって」
「
その言葉を聞いて――ダフネは黙って、頭を叩いた。
「いてっ。……皆、暴力的過ぎない……?」
「お前が暴力でしかわからない阿呆だからだ。……確かに記憶があったのなら違う未来があったかもしれない。けど――あの頃のお前は嘘なんかじゃない。私を愛し、お家に貢献し、私を愛してくれたあの日々は……決して」
「……確かに愛していたけどそれはそうい――いてっ」
「照れるな」
「照れてな――いてっ」
全く。
ここぞと言う間なのに照れ屋で本当に困ったものだ。
しばらく――見つめ合っていると、ふと夫が目を見開いた。不思議な色合いの瞳に映るダフネを……その“奥”を見つめるように。
そして、静かに微笑んだ。
「そっか……貴女もいたか」
「
「いいや――」
夫は首を振ると、自然と額に口付けをする。
“昔”にしてくれたように。
そうして、ゆっくりと身体を離した。
「さて、それじゃあさっさと仕上げをしちゃおうかな。まだ見てく?」
「……いや、少し身体でも動かしてくる。無様を見せられないからな」
ダフネはそうして立ち上がると工房を出ようとする……
その前に振り返る。またカチャカチャと何かを弄くり回し始めたその背に口を開きかけて……今度こそ部屋を出る。
さっきよりかは和やかになっている兄妹の横を通り過ぎながら、頭の“鉄の花”に触れる。
“復讐者”は――ダフネは、彼を愛している。だから、困らせたくなかった。
……全てが終わったら、自分が動かなくなるまで側にいてほしいと。そんな過分な願いを口に出来なかった。
………
……
…
「いいぞ“セバス”!もっと力強く振り上げろ!」
少女人形の叱咤と、執事長にしては雄々しい骸骨の雄叫びを聞きながら。
円卓の中庭。
ゴツゴツの倒壊した岩の上で。
“鉄の目”は、静かに己の鏃を研いでいた。
それは昔からの習慣だった。悩み事や考え事をする時に、時間を無駄にしない効率的な――“兄”と呼べなかった誰かが教えてくれたもの。
“施設”での殺しの仕事や、“円卓”での生死の円環によって多くの記憶を失い――あの“阿呆”のおかげで多少は戻ったこの身でも決して忘れなかったものだ。
――近づいてくる、
「うぃーす。鉄の目ぇ、“お願い”があるんだけど――」
「やらんぞ」
「………」
「………」
「……。
「お前は“転生者”だ。“鉄の目”ではない」
「ちぇー……あの可愛らしかったルーキーは何処に……――いや、最初から可愛くはなかったか」
そうして、隣に座ってくる“彼”を見る。
その目は濁っていない。笑みは何処も壊れていない。
けれど――その佇まいはまさしく、“兄”だった。
「それにしてもよく“お願い”がわかったね。それとも反射で断った?」
「
「保険だよ保険。“夜”の囁きって結構辛いんだぜ?“施設”の殺しの依頼なら最悪失敗してもアイツらざまぁで終わるからいいんだけどさ、今回はそういうのは無理だし」
「……そんな行き当たりばったりだったから魔女に誘拐されて監禁されるんだぞ」
「あはは……――アレはマジですまんかった。……まあ、昔に可愛がってた坊の生まれ変わりみたいな奴が殺しに来たら錯乱するよなぁ……」
よいっしょと兄は岩から降りると――ポンと頭に手を置いてきた。
「立派になったね、ルーキー。“鉄の目”はやっぱりきみが良く似合う」
「……。……嬉しくはないな」
「まあねぇ。殺しが上手くなったね、なぁんて言われても嬉しくないか」
小さく笑ってくる。
全て嘲るような嗤いではない――きっと“兄”が失っていた、“転生者”となって取り戻した親愛の笑み。
「まあ、頭に入れるだけ入れておいてよ。“お願い”ね、鉄の目」
そう言うと兄はひらひらと手を振って去る――前に。
「そういや、イゾルデは?」
「此処に来る前はお前の手紙についてすごく気にしていたぞ。内容を見ずに捨てた事を後悔していた」
「あーやっぱり?へへーん、大成功」
そうしてご機嫌に去っていくその背を見つめてから……鉄の目はまた鏃を研ぐ。
鈍く己を映すこの刃に、“夜”だけが滲む事を願いながら。
………
……
…
「うぉおおい、暇なら付き合えよー」
中庭から戻ってきた友に、“無頼漢”は声を掛けた。
食堂の席にもたれるように腰掛け、周囲には酒瓶が幾つも転がっていた。召使に作らせたらしいツマミもある。
「……呑みすぎじゃない?レディは英気を養えって言ってたケド」
「男が英気を養うってんなら酒か女だろ?此処じゃあ女は無理だ。なら、酒しかないだろう。ほら、こっちこい」
「はいはい……」
隣に座った友に酒瓶を投げるように放ってやると、手慣れたように受け取った。チン、と小さく瓶がぶつかり合う音。
グビリと、共に口を付ける。
「ぐぇぇ……水で薄めたエールぅ……」
「ははは、懐かしいだろう?
「まぁ……――そうですけど」
無頼漢は酔いに酔った頭で“友”を見つめる。
いつまでも日焼けもしなかったし、細っこいままだった“坊っちゃん”を。
「記憶が戻った気分はどうだ?」
「最悪ですよ。今此処に自分が本当にいるかもわからない。常に酔っ払ってるみたいです」
「ああ、一つじゃねぇもんなぁ」
「ええ、このエールは酔い冷ましに丁度いいです。クソ不味くて」
「あははは!そうかそうか!もう一歩呑むか?」
「ノーセンキュー」
そう言いながら酒瓶を煽る友は最悪な気分と言いつつ、何処か穏やかだった。
「それにしても、嬉しいですよ。“
「―――」
その言葉に、無頼漢は何かをごまかすようにツマミを口に放った。
「……まっ、肩書が人を作るってもんさ。お前が漢見せて死んだんだ。なら俺もそうするのが漢ってもんだろ」
「それが皆出来ないから余計にですよ。船長」
友はエールの瓶を見つめる。
ぼんやりと映る自分の顔を見ているように見えた。
「
「あん?なんか言ったか?」
「いーえ。……呑みすぎんのも程々してくださいよ。酔っ払った貴方を担ぎながら戦うのは船の上で十分やりました」
「あっはっは!――また頼むわ!」
「やーですよーだ」
席を立つ友の背を見つめる。
酒瓶を煽りながら顔をしかめているのを見ていると――
「……むっ」
――丁度、入ろうとしていた守護者とかち合った。
「おっ」
「………」
守護者は友の顔を見てから……目を逸らす。少し気まずそうだ。記憶をまあまあ取り戻したと言ってからこのクソ真面目な翼人は辛気臭そうな顔をさらに辛気臭そうにしている。
無頼漢もある程度しか知らないが――随分な事をやらかしたらしいから、さもありなん……ってとこだろう。
「前に言った通りだよ、
「……お前は、本当にそれでいいのか。我らは……」
「過去は過去だよ。忘れたいなら忘れるべきさ。これは未来の為の戦いだからね。それに――」
友はエールの瓶を守護者に押し付けた。
「義手義足生活は結構楽しんでいたから気にする事はないよ?Kenshiみたいで楽しかった」
「……お前は技師だろう?」
「そうじゃないんだなぁこれが」
ニコニコと去っていく友を見送った守護者は、無頼漢の前に座った。エールを一気に煽る。
「……で?お前さんは忘れるのか?」
「いや――
「おぅしよし。そら、駆けつけもう一杯だ!」
「……ああ、貰うとしよう」
………
……
…
円卓、地下から外に出た先。
砂浜よりも手前の岩間。
目の前のイーゼルには、一つの絵を置いている。
少し前――“友”が初めて円卓を訪れた日に描いていたものだ。
雄大なる“黄金樹”とその下にある冷徹なる“断頭台”。
そこに横たわる――“
かつて……在るべきだった光景。
“執行者”――処刑人であった己が為すべきであった事。
「しーちゃん、王都の処刑って首吊りじゃなかったっけ」
その言葉に固まる。
その名、己にはあまりにも可愛らし過ぎて流石に嫌がったのを――面白がってそのまま呼び続けたその名前。
「あの時は処刑人のしーちゃんだったけど、今は執行者のしーちゃんだね。いやぁ……きみらがそう成るって知ってたけど改めて見るとなんでこうなった気持ちでいっぱいだなぁ……」
「……“人の王”か」
「
横に立っている友を見上げる。
「ミケラとマレニアが“破砕戦争”を起こしたって本当?」
その、言葉に。
己は少し考え……頷く。
「そっか。そっかぁ……」
友はその場に座り込む。
あぐらで片肘を付く姿は――何も読めない。
「ぼくが死んだ後。何が起こったの」
……己は思い出す。
悲鳴と狂乱。そして――悍ましいほどの静謐な笑みを。
「……
「………はぁぁぁ」
友は溜息を吐く。吐きたくもなるだろう。
――
かの存在は、女王マリカに付き従った影獣にして――“黄金律”を唯一殺し得る力、“死のルーン”の守護を女王より預かった者。
“黄金律”は、
だが――取り除かれた死。
つまりは凝縮された死の概念たる“死のルーン”は、それ故にどんな存在でも殺せる力になってしまった。
故に、女王マリカはもっとも信頼できる自らの影獣に守護を任せた。……任せたはずだったのだ。
「あのモーゴットと同じくらいクソ真面目なマリケスが、何故ミケラとの接触を許した?見ただけでどんな存在でも魅了するゲテモノだぞ?」
「……お前と一緒にいた時のミケラさまはひどく温厚だった。次代を継ぐ事も、前向きだった。……だからだ」
「はぁぁぁ、はぁぁぁぁ……
「魅了したマリケス殿から“死のルーン”を奪い取ったミケラさまは――
「………無双の武人に、絶死の力?」
「ああ」
「マリケスの黒き剣が――マレニアの黒き刀……ってこと!?クソチートじゃん。MOD制作者でもそんな無情な事せぇへんぞ」
「よくわからんが……無情には同意する」
あのマレニアさまを見れば――誰しもが恐怖しただろう。
瞬きの間に首を落とせる絶技を秘めるあのお方に、絶死の力が宿るなど。
「そうして、ミケラさまがお二方を弑する前に――ラダゴン王は自ら“エルデンリング”を砕いたそうだ。全てが、ミケラさまの手に移る前に」
「アイツがか……そっか」
“エルデンリング”。
即ち――“
「砕かれた“エルデンリング”の破片は、各地に点在していた“半神”たちに大ルーンとして拡がっていき、ミケラさまはその全てを奪う為に――“破砕戦争”を起こしたのだ」
「……見るだけで全てを魅了するアホと、斬るだけで全てを殺せるようになったバカが?」
「ああ」
「負け戦やん」
「モーゴットさまとモーグさまも同じようなことを言っていた」
「………」
「………」
沈黙が広がった。
「……ゴッドウィンは?あのなろう系主人公からなろう系抜いた奴」
「行方不明だ。フォルサクス殿の死体は見つかったそうだが」
「ライカードとラダーンは?」
「マレニアさまに殺された。ラダーンさまは武人らしい最期だったと聞いたが」
「……ラニ様は?」
「まだ様付けで呼んでいるのか。一方的に手紙を送りつけてただけのくせに」
「うるせぇやい。ぼくが“人の王”じゃなければソッコーで従者になってたの。……で?」
「……ミケラさまとマレニアさまを最後まで説得なさっていたそうだ。それが、ミケラさまの怒りを買ったようだが」
「怒りぃ?」
「前々からお前が変に気に入っていたのが気に食わなかったそうだ。あと、ラニさまも一方的とはいえ、お前に関心があったのも嫌だったらしい」
「ガキかよ」
「ガキじゃなければこんな事になってない」
友は天を仰いでいる。
自分の死後、こんな事になっていたなんて思っても見なかったのだろう。それはきっと、皆がそうだった。
誰もが見誤っていたのだ。
ミケラさまが――どうしようもなく、幼かった事を。
「……きみは大丈夫だった?いや、こうしているんだから大丈夫だったんだろうけど」
「ああ。王都に幽閉されていた。お前と共にいたから――
「……その理屈で言えば、ローデイルは」
「全員マレニアさまと貴腐騎士団に殺された。お前の忌み子たちとモーグさまの純血騎士団がある程度逃がしたが……族滅に等しいだろうな」
「うぉう……もぉ……やること為すこと極端に過ぎるミケラぁ……!」
友が頭を抱えている。
当然だった。今思っても己も頭が痛い。私も。
「はぁ……まあ、それで?戦争の最後はモーグウィン王朝で、モーグたちを追い詰めてた?」
「……それは知らんが。モーグさまの王朝で何らかの儀式をやるとは言っていた。それを最後に――“夜”が到来したから以降どうなったかわからん。己も気が付ければこの“円卓”にいた」
「……そっか」
友は溜息を吐くと――よいしょっと立ち上がる。
そこには元の飄々とした雰囲気に戻っていた。
「ありがとう。言いたくも無かったでしょこんなこと」
「いや……言えてスッキリした。これで……ミケラさまとマレニアさまも少しは報われるやもしれんな」
「
――“人の王”を取り戻す為。
そうして黄金の地の全てをひっくり返し、何かを手にしようとしたその矢先に――“夜”に飲まれ、全てを蝕まれたのだ。
滅亡の下手人とはいえ、その思いは……無下にしたいとは思えなかった。
「………そっか。“影の地”を知らないのか……」
友は踵を返す。
去り際に―――
「処刑する前にさ、しーちゃんに言ったーー最期の約束、覚えてる?」
「―――」
その言葉に己は、
………
……
…
“坊や”が地下の階段を降りていった時。嫌な予感はしたのだ。
でも、執行者の所に行ったと思って安心して――しばらくしても戻ってこないから来てみれば……
「あれ……おっかしいなぁ……我人の王ぞ?鍵穴くらいちょいのちょいで……王都の牢もうちんとこの錠使ってたんだぞ……?」
地下をさらに下った先。
“霊廟”への扉に細長い金属を突っ込んでいる姿に、“隠者”は肝が冷えた心地がした。
それは開かない。開くはずがないだろう――だってそれは“偽装魔術”で作った扉なのだから。
その中にある――
「坊や」
「ん?ああ、隠者か。うーん……ほんとはこっそりが良かったんだけど、ちょっとレディ呼んできてくれない?実はさ―――」
隠者は坊やを強く抱きしめた。
ピタリと鍵穴を弄くる手が止まる。
「……隠者?」
「坊や――
少しでも扉から気を逸らす為に――未来について語りかける。
戻ったら一度里の跡地に行かなきゃいけない。泥棒が来てるかもしれないが、売れるものは何処かに残っているだろう。結界を元に戻して、新しい家をそこに建ててもいい。
「うーん……特には、無いかなぁ」
「そう?好きなだけ何かを作ったりしてもいいし、一緒に旅をするのも素敵。
「うん……?」
「うん?」
「……何のお話?」
「坊やの事よ?お母さん、何でも――」
―― あ゛!?! ――
坊やから弾き飛ばされる。
見れば、坊やの胸から“蟲”――グノスターの頭が飛び出していた。
蒼の複眼がプンプンとでも言っているかのようだった。可愛らしい、
―― せっかく坊やが戻ってきたと思ったらまだお邪魔虫が居たのか全く!やっぱりコイツだけ殺――離せ!離せフォルティス!お前調子乗るなよ本当に!? ――
のそりと灰の顎がグノスターの頭を、坊やの身体に沈める。
……そうだ、“内”に彼らの事も考えないと……。
坊やはそんな様子を苦笑しつつ胸を撫でると――隠者を見た。
「……隠者。いや、
………。
………。
……ああ、そっか。
――
隠者は優しく微笑むと……また、坊やを優しく抱きしめる。
「いいの。……混乱させちゃってごめんなさいね。けど、忘れないで。私は……ずっと貴方を思ってるわ」
「うん……ありがとう」
―― 坊や浮気!? ママは私だけな―― ――
「どうどうどう。浮気とかじゃないって……いや、母親に浮気って成立すんの……?」
―― 成立する ―― 「成立するわ」
「さいでっか……」
坊やの胸から飛び出ているグノスターに同意する。
ええ、そうだ。そうなのだ――坊やの母親は一人だけなのだ。
「……――んんっ!まあ、その……それは良いとして。実は地下にさ――」
――
姿無き主。
――正体知らぬ、“夜渡り”達を指揮する者の声無き声。
それに、これほどまでに嬉しいとは隠者は思わなかった。
「げぇ……」
「さっ、坊や。早く行きましょう?」
「ぬっ。……まあ、いいか。ぼくがいるって事はありはするんだろうし……」
ブツブツ言いながら、地下を登っていく坊やを見つめてから。
――隠者は扉にすがりつく。
“偽装魔術”の先。
感じる血の匂いに微笑みながら。
「“
………
……
…
“円卓”中央室。
――浮かぶ大祝福の前に皆が集まっていた。
そうして静かに“声”を待っていると。
――
――追跡者。レディ。鉄の目。
「へっ?」
“彼”の呆けたような声――皆も驚いている。
因縁を考えれば、選ばれるに決まっていると思っていたから。
だが、その時。
――守護者。無頼漢。隠者。復讐者。執行者。
まだ、“声”が続いた。
「あり得ない……常に三人だけだったのに」
「……それだけ、厳しい戦いになるって事か?」
レディと追跡者の呟きに被せるように。
――転生者。学者。葬儀屋。
最後に彼の名前が呼ばれる。
都合――
心強いと言えばいいのか――それだけ恐ろしい事態が待っているのか。わからなかった。
“彼”に視線が集まる中――静かに頷き合う。
「……ともかく、準備しようか。ちょっと待ってて」
工房に戻った“彼”は少しして――“武器”を携えて戻ってくる。
見慣れないものだった。
今までの長大でゴツゴツしたクロスボウではなく――片手で扱えるほどの
左腕には――フォルティス。
あの“蟲”の甲殻に覆われた無数の機構が取り付けられた
「それは……」
追跡者は思わず呟いた。
彼の左腕に付けられた機構に、何処か似通っていたからだ。
「まあ、これはプロトタイプ的なものだよ。追跡者のは余計なものをオミットしたハイエンドモデルさ。……コイツをいらないって言った奴に会いに行くんでね」
“彼”は付け心地を確かめるように左腕を動かすと、
「さぁ、行こっか。皆――最後だ。……愉快な遠足になりそうだね?」
――
皆が崖から順々に飛び立っていく。
向かう先は“リムベルド”。最後の戦いの舞台。
視界が覆われた雲と霧の中。
聞こえた。
聞こえてしまった。
――
「やっぱりいるか……“グラディウス”」
“獣”の咆哮と共に――悍ましい熱が周囲に伝播する。
けれど、“夜渡り”達の心根は芯まで冷え切っていた。
誰しも感じているのだ。
どうしようもない、“死”そのものを。
存在の一片たりとも許容しない――その“憎悪”を。
【“転生者”の武装プリセットが変更されました】
――
【デンジャー】
制式名称:展開式小型携帯連発弩
人の兵に制式採用され、戦争以後“大戦祭り”が始まった頃には倉庫の肥やしになっていた“キャリードーター”を切り詰め、機関部分の品数も減らして小型化した連発弩。
威圧を目的としない都市警邏隊や一部将校に配備されたが……“渾名”が示す通り、ただでさえ命中精度が低かったキャリードーターをさらに切り詰めた為、誰もが射撃の度にその名を思い出していた。
“転生者”が制作したこのモデルは、折ってから適当にしていた英雄武器の柄を溶かし、各種機関部分に用いている為、命中精度はかなり改善している。その“渾名”は敵にのみ向けられるだろう。
――これが制作された頃。
意気軒昂な若き職人たちは、刺激を受けて画期的なアイデアを抱いた。
大砲もまた小型化できるのではないか、と。
しかし、これは人の王らしからぬ強行的な差止めが入り、頓挫している。
王は知っていたのだ。その一線を超える“危険”を。
―――
―――
【キングスアームズ】
正式名称:なし
かつて、人の王が己の騎士たる“王の腕”専用に設計した多武装搭載型の機械籠手であり――予算度外視、趣味全開の“玩具箱”の一つ。
少ない動作であらゆる状況に対応可能をコンセプトとしており、鉄糸に繋がれた鈎爪や一発限りの閃光弾、信号弾など――主に戦闘補助的な武装が備わっている。
“転生者”が制作したこのモデルは、籠手全体をフォルティスの甲殻で覆い、強度を向上させたのと同時に楯としての展開を可能にし、短剣ほどに短くされた英雄武器なども仕込まれている。
当時。人の王はこれを自信満々に“王の腕”に渡そうとしたが――騎士は頑なにこれを固辞した。
“王の腕”。
人の国の最高戦力の一人であった騎士は、ただの一度も“王の兵装”を使う事はなかった。
それは自らの卓越した剣技への自負か……あるいは、他の理由か。
それを知る事は、きっとできないだろう。
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