“転生者”   作:ダフネキチ

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流れ行く中に、遺されていった“もの”。


Pt.4

 

 

(グェー!グノ&スター!?)

 

目の前に現れた夜の王。

宇宙色の羽を持つでっかい白の蛾と、さらにでっかいでっかい大蠍のコンビに、ぼくは心の内で叫んだ。

 

――“知性の蟲”。夜の識、グノスターと堅盾のフォルティス。

 

複数いる“夜の王”が一。

大体たぶんおそらく推測的に、二匹で一人の大ボスだ。……出現の仕方がゲーム通りなら、そのはず。

遠距離近距離を互いにカバーし合う複数ボスの鑑のような連中だ。

――けど。

 

(こっちも複数だから分離すれば戦いやすいし、火属性が弱点だからかなりダメージが稼――ぼく持ってないんだよくそぅ……!!)

 

ひとまずセオリー通りに、二匹の距離を離そう。

大乱闘状態はあんのあほばかリブラだけで十分だから!

 

傑作を抱え、駆け出しながら――レディと守護者に声を掛ける。

 

「ぼくがグノスターをやる!二人はフォルティスの方を頼んだよ!」

()()()!?」「()()()()!」

「えっ!……あー、デカ蠍の方!」

 

言い終わるやいなや。

二人はデカ蠍――フォルティスの前に躍り出る。

咆哮を上げ、岩のような足を振りかざしたアレは見た目通りのゴリッゴリ物理近接型の敵だ。

なら、“守護者”との相性は抜群だ。

 

「――ぬ……ぉお!!」

 

地を抉るような足の叩きつけを、彼の大盾が完璧に防ぎ切る。力強い雄叫びはまさしく勇猛な戦士そのものだ。

そして、そうして生まれた隙を――勿論、レディは見逃さない。

 

「ハァ!」

 

直ぐ様巨体の横に移動し、魔術と短剣の連撃を浴びせ――直後、“リステージ”の再演によってよりダメージを加える。

フォルティスはすぐにレディに対しようとするが、そうすればレディは軽やかに回避し、守護者が気を散らすように斧槍の一撃を与える。

 

二人の堅実なコンビネーションだ。

あのデカデカ蠍に確実なダメージを………与え、られてるんだよね?欠片も怯んでないし、あの岩みたいな殻に傷一つ着いてないように見えるんだけど……くそ、体力ゲージ見えないからようわかんない!

だっ、大丈――()()

 

カンに従い、振り向くと――白の蛾、グノスターのドアップが目の前に広がった。

 

「どわああああ!?」

 

反射的に前に身を投げ出して直ぐに、グノスターが数瞬までぼくが居た位置に飛び込んでくる。

あっぶ、“掴み”を食らうとこだった……!

……今は二人を信じるしかない。自分で言った通り、ぼくはコイツに集中だ。

 

グノスターはフォルティスとは対照的な遠距離型。

 

大きな光弾や拡散レーザーみたいなのとか――どっから撃ってんのか七不思議レベルの困惑しかない上空からのサテライトレーザーみたいなのも撃ってくる。

でも、だからと言ってフォルティスのような一辺倒じゃない。

近づいてきた敵に対しては、蛾にふさわしい鱗粉を辺りに撒き散らして毒らせてくるんだ。

羽と同じように宇宙色の神秘的な鱗粉なんだけど、非っ常に恐ろしい事に、鱗粉には寄生虫の卵が混ざっていて――これで毒ると卵が浮き出て、フォルティスの咆哮で身体から寄生虫がコンニチワッ!!してくる。

 

追加ダメージとか以前に絶対喰らいたくない……!!

 

“掴み”は確定で毒るから本当に危なかった。

 

ぼくは傑作を構え、グノスターに連射。

ふわふわと飛んであらかた回避され、勢い良くこちらに飛び込んできて“掴み”をしてくるのを、避け、また連射。

 

――()()()()()

 

(セオリー通り、タイマンずつに持ち込めた……後は着実に削ろう、それしかないね)

 

グノスターはたまの隙以外は、基本飛んでいるので近距離職には不向き。ならぼくが担当するのがマストな――グノスターは勢い良く飛び込んできて“掴み”をかましてきたので、“疾走”で引き離す。

 

装填ボルトを変える。隠者が作ってくれた輝石ボルトはグノスターの耐性的に弱い。通常ので何とかしよう。

装填を終え、構――グノスターは勢い良く“掴み”を……って!

 

「うぉお!」

 

“掴み”。

 

「あぶっ……!」

 

“掴み”。

 

「ちょわああ!!」

 

“掴――

 

「こっ、このっ!掴みばっか擦ってくんなヤケクソザンギエフか!!」

 

何度目かの掴みを回避した。

が、グノスターはまたふわりと宙を飛んだかと思えば、また狙い済ますかのようにこちらを伺う。

光弾やらレーザーやら、撃ってくる気配すら感じない。

 

――()()()()。明らかに。

 

それに。

 

(……敵意を感じない?)

 

さっきまでの“リムベルド”。

あそこで出会った者全て、こちらに対する敵意マシマシだった。

もう誰が見てもわかるくらいの圧を感じていた。

 

なのに、グノスターからはそんなものを感じない。

むしろ、なんで避ける?――そんな風な困惑が伝わってくる。

 

ぼくはチラリと、二人の方を向く。

地を揺らしながら暴れるフォルティスを捌きながら派手に戦っていた。めっちゃカッコいい。

フォルティスは敵意を一切隠していない――倒す。殺す。とばかりに振りかざす巨体の暴力に何の遠慮もない。

 

どうなってんの……?

 

 

瞬間――ふんわり、と身体が宙に浮かぶ。

 

 

「――あっ」

 

やばっ、気ぃ取られすぎた!

そう思ったのもつかの間、グノスターの小さな複数の足に抱きかかえられた形になったぼくの身体に艷やかな糸が巻きつけられていく。

 

やられた……!

グノスターの“掴み”は、掴んだやつを糸でグルグル巻きにした後毒と卵を植え付けてくる。

……うぅ、絶対きしょいぃ……。

……しょうがない、もう必要経費と思って耐えるしかない。

 

――グルグルグルグル、と糸が巻き付かれていく。

 

……身体から寄生虫が出てくるのってやっぱ痛いのかなぁ……そりゃ肉から出るから痛いかぁ……かっ、考えたくない!

 

――グルグルグルグル。

 

「くっ、殺せ……!」

 

――グルグルグルグル。

 

「たとえ身体は好きにできても心を奪……!」

 

――グルグルグルグル。

 

「………」

 

――グルグルグルグル。

 

「あの……その、すみません……?」

 

――グルグルグルグル。

 

やりすぎじゃない!?

ちょっと身動き出来ないどころの騒ぎじゃないんだけど!

くっ、この……!

 

傑作ごと巻き込まれ、完全に身体が糸に埋もれていく。首だけが残され、ぴくりとも動かせない。

何とかどうにかしようと藻掻く……事も出来ずにいると。

 

()()()、と。

 

グノスターのつぶつぶが丸く集まった蟲らしい、青の複眼と目が合った。

 

 

―― あえた あえた ――

 

 

「……は?」

 

それに音も言葉も無かった。

でも確かな“知性”が、ぼくの頭に響いてくる。

幼さを込めた――喜びの声が。

 

―― めっ めっ わるいこ やくそく やぶった ――

 

「えっ、いやあの……?」

 

―― わるいこ いけないこ はなさない はなさない ――

 

―― ひとり めっ おうち かえる かえる ――

 

「いやだか――えっ、()()?」

 

瞬間。悍ましい寒気が背筋を走る。

弾かれるようにそちらを向くと――宙に大きな渦が発生していた。

それは濃密な“夜”の気配に満ちていて。その奥に映る情景は、暗い何かを写し込んでいる。

 

――()()()

 

あそこは駄目だ。

どこかであってどこでもない。だが、断じて、“おうち”ではない。

 

ふわふわ、と。

グノスターは大きな羽を優しげに羽ばたかせ、進んでいく。

――その“夜”へと。

 

「まずっ……!ちょい、ちょいちょいちょい強制場外は反則だろ!?」

 

抵抗らしい抵抗も出来ず、首を振り回す事しか出来ない。

ぼくはフォルティスと対している二人の方へ叫んだ。

 

「レディぃー!守護者ぁー!たぁすけてぇー!人浚いー!ここに人さらいがいるぅー!!」

 

―― いいこ いいこ げんきいっぱい ――

 

「じゃあかしいわ!お母さんか!たすっ、助け……ヘルプ!ヘェールプッ!リオーン!」

 

 

 

………

……

 

「――レディ!」

「わかってるッ!」

 

 

レディは転生者が助けを求める声は聞こえていた。

だが、一歩も“彼”に近づけずにいた。

 

咆哮と共に叩き降ろされる一撃。

 

目の前に立ち塞がる巨岩の如き大蠍が行く手を遮っていた。

 

――フォルティス

()()()()()()()()()()()

何故、“彼”がそれを知っているかは今は捨て置き――何とかくぐり抜けようと試みるが、すぐに悟られてしまう。

 

フォルティスの戦い方は単純明快。

自らの強固な甲殻を、巨体の勢いのまま叩きつける肉弾戦。何の小細工もないが故に――それと対する以外に手段がない。

 

蹴散らそうにも、レディの連撃も守護者の斧槍の一撃も決定打には程遠い。

時間を掛ければ、可能性はある。

だが、その間に――連れ去られる。

 

「……ッッ!」

 

宙に現れた“夜”の渦。

一目でわかるほどの濃密な気配。そこに通じる場所に決して良いもののはずがない。

彼が不死たる夜渡りだとしても、“巫女”の勘が囁くのだ。

 

――あそこに行ったらおしまいだと。

 

レディは地を揺らすフォルティスを睨む。

その巨体は明確な“知性”を以て、二人を突きつけている――ここは通さない、と。

最早、一刻の余地もない。

 

 

そう悟ったその時――守護者が叫んだ。

 

 

「レディ!――()()()()!」

 

 

その言葉にはっとした。

そうだ。まだ己には手段が残されている。

レディは、直ぐ様肩がけにしていた精緻なマントを掴み、踊るように翻した。

それは淡い光を纏い、辺りを包み込み――瞬間、二人の姿が消えた。

 

 

フォルティスの動きが止まる。

敵が一瞬にして姿を隠した事に動揺しているのだろう。

 

 

――レディはただの義賊だった。

多少魔術の嗜みはあったが、“姿隠し”なんて高度な魔術を使えるはずもない。

 

これは、レディが巫女になった時に与えられた――“秘儀(アーツ)”。

 

懐中時計が“再演”の力を宿したように、義賊の象徴であったこのマントには“姿隠し”の力が与えられていた。

どういう理屈かはわからない。

 

だが、使えるのなら――何ら問題はない。

 

 

「こっちよッ!」

 

 

レディは、()()()()()()()を掻き消すように叫びながら魔術を浴びせる。

その行動が、フォルティスの注意を引き――その一瞬で、十分だった。

 

 

巨体の後ろで、力強い風が吹き荒れる。

それは“姿隠し”すら吹き飛ばすほどの強風であり、その上空に現れたのは――失った“翼”を羽ばたかせる守護者の姿。

 

本来、呪いの力で動かせないそれは“隠者”の魔術のおかげで、ほんの一時的にその旺盛の力を取り戻す。

瞬きの間だけだ。だが、翼人の戦士にとってはたったそれだけで問題はない。

翼人の本来の力。それが、夜渡りである“守護者”のアーツだった。

 

高々と飛び上がった彼は、斧槍を構え――一気に急降下する。

 

音すら切り裂く轟音と共に、“彼”を抱えたあの白い蛾の下へ。

 

 

――()()()

 

 

「……ああ!」

 

間に合わない。

もう“夜”の渦は、彼の目と鼻の先だった。

絶望しかけた、その時。

 

「――あー!あー!まってまってやめっ……――ごほっ!ぇごほっぁ!」

 

叫び続けたせいで、蛾からかすかに漏れる鱗粉を吸い込んでしまったのだろう。“彼”が激しく咳き込んだ。

その時――蛾、グノスターの羽ばたきが止まった。慌てるように、狼狽えるように。抱えた“彼”をもぞもぞと動かす。

それはまるで、心配するような―――

 

 

――キィィィィィィン!!

 

 

甲高い轟音。

打ち下ろされた守護者の一撃が、“彼”を弾き飛ばした。

 

「うわぁはあ!」

 

叩きつけられ、ゴロゴロと転がっていく“彼”の下へ駆け寄る。

 

「あなた、無事!?」

「……うっ、うん。……ねぇ、ぼくの背中から寄生虫とか出てないよね……?蚊とかと一緒で血ぃ吸う前に痒み止め成分流すみたいな悪辣な感じじゃないよね……?」

「えっ、ええ」

 

何か怯える“彼”だが、いつ見ても情けなくて格好良くないけれど誰よりも心を寄せた“彼”の姿しかレディには見えていなかった。

その時、功労者の守護者がこちらに近づいてくる。

 

「間に合ったな」

「あっ。ありがとうレオン、ごめんね」

「レオンじゃないが礼は受け取る」

「そうだよね、ナイフでパリィとか出来ないもんね」

「……変な事言ってるから大丈夫だな」

 

守護者と同じ気持ちで、呆れ気味だが心からほっとしていると。

 

 

――地響きが聞こえた。

 

 

振り返ると、フォルティスが弾き飛ばされていたグノスターの側に這い出ていた。

ひらひらと飛び、浮かんだグノスターはその場で震えるように身体を揺さぶっていた。フォルティスもまた静かに顔をこちらに向けている。

それはまるで何かを訴えかけるような、縋り付いているような、そんな印象を与える。

――なんで、どうして、と。

 

 

「――()()()()

 

 

“彼”の声が辺りに響く。

その意味はわからない。だが、確かな意思が込められていた。

立ち上がり、クロスボウを構える手に淀みはない。

 

 

「それに、ぼくにはきっと――進まなくちゃいけない理由があるんだ。悪いけど、通らせて貰うよ」

 

 

その力強い言葉に、一瞬目を離せないでいると――悍ましい気配を感じた。蛾、グノスターの青の複眼が、間違いなく、レディに向けられていた。

 

 

―― 貴様らか ――

 

 

“知性”が語る。明確な、怒りを。

 

 

―― そうだ、みんな貴様らのせいだ ――

 

―― 人間を信じ、託したのが全ての過ちだったんだ ――

 

 

グノスターは羽ばたき、ふわりとフォルティスの頭上に止まった。

 

すると、辺りに“夜”が溢れ始め、二匹の蟲たちに集まり始める。

やがてそれは赤い光となって、蟲たちの中に消えていき――神経が伝わっていくように軌跡が奔り、輝きを増していく。

 

 

―― 今度こそ、今度こそ間違えはしない……!! ――

 

 

強烈な敵意の高まりにレディたちは身構える。

 

はわわ……えっ、“常夜”……?アニムスくんちゃんは……?えっ、分離無し……無理ゲーでは……?

 

そんな間抜けた彼の呟きは、蟲たちの咆哮に掻き消された。

 

 

――()()

直上から強い熱を感じた。

 

 

「――走って!!」

 

反射だった。積み重ねてきた戦闘の直感がそうさせた。そしてそれは正しかった。

 

 

――空から、地を抉るような巨大な赤光の柱が降り注ぐ。

 

 

「くっ……!」

 

グノスターが羽を広げると、無数の光が上空へ飛んでいき――無数の光線となってこちらに向かってくる。

同時に、また強い熱を上から感じ始めた。

 

「……っ!」

 

赤光の柱は何度も何度も降り注ぎ、留まる事を知らない。まるで癇癪を起こすように放たれる暴威に、対処の隙を与えない。

何とか回避し続け、身を翻すと――守護者が構える大盾を掴み、彼の背に隠れる。それと同時に“彼”も飛び込んできた。

瞬間――無数の光線が迫り、守護者がくぐもった覇気と共に全てを受け切る。

 

「ひっ、ひえぇぇ……!無限攻撃とかクソゲー過ぎる……!」

「もうどうなってるの……!あなた、知り合い!?」

「蟲の知り合いはいなっ……いやどうなんだろう!わっかんない!」

「素直でよろしい!」

 

「――横へ行けッッ!!」

 

守護者の声にすぐに横へ駆け出す。

その数瞬、地響きと共にフォルティスが猛然とこちらに突進してききた。一歩一歩踏み出すごとに赤い神経の軌跡が漏れ出し、地に侵食し、爆発する。

撒き散らされる宇宙色の鱗粉も相余って美しくもあった。

 

そうして上空の光から、また無数の光線がこちらに殺到し――また守護者の背に隠れる。

 

「どうするッ!?」

「いっそ“今回”は諦めるっていうのは……!?」

「アレを見て見逃してもらえると思うの!?特に、あなた!」

「っすぅぅぅぅ……ほんと、なにしたんだろね」

「私みたいな事でしょう!」「私みたいな事だろう!」

「どれみたいな事!?」

 

情けない“彼”を置いといて。

それにしても打つ手がない。無限に降り注ぐ光の柱。光線。巨体の突進は爆発を伴い、撒き散らされる鱗粉に行動範囲を奪われる。

近づく事すら出来ない。

それでも何とか――と、考えていると。

 

ふと、“彼”が()()()を見ているのに気がついた。

 

目を凝らすように羽ばたきを続けるグノスターを見つめていた。

 

「レディ、“フィナーレ”ってまだ出来る?」

「ええ?何の事?」

「隠れるやつ」

「……無理ね。待ってる時間もない」

「そっか――ねぇ、守護者」

 

守護者は肩越しに“彼”を見る。

 

「もうちょっと前に出れる?」

「――それを、お前が望むなら」

 

力強く一歩踏み出す。

守護者は光線を大盾で受けながらジリジリと蟲たちへ進んでいく。

 

「レディ!ぼくがたぶんめっちゃ強い攻撃するから合わせて“再演”よろしく。それで死んだらメンゴね!」

「何を……!」

「大丈夫――このチート転生者に任せんしゃい!」

 

瞬間、タイミングを合わせるように――“彼”が前に駆け出した。

 

「まっ……!」

「行くな、レディ!」

 

反射的に伸ばした手は守護者の声に止められる。

殺到する光線。感じる上空からの熱。咆哮と共に――“彼”に突進する蟲たち。

 

 

「――あなたっ!!」

 

 

その時。“彼”がグノスターに手を伸ばしたかと思うと――“何か”を手繰り寄せるように引き寄せる。()()()()()()()()()()と共に、グノスターの中からそれは流れ出し――“彼”の傑作に纏わりつく。

 

 

それは見間違えようもなく―――

 

 

構えは一瞬。

放たれたボルトは、尋常じゃない威力を伴ってグノスターに着弾する。堪らず声無き声を上げる蟲たちに――その瞬間を逃さない。

 

「――()()()!」

 

懐中時計を握りしめる。

祈るように発動したそれは微かな音と共に――そのダメージを“再演”する。

 

 

蟲たちの声無き声は響き続け――赤い光が、まるで霧が晴れていくように消えていく。

そして力尽きるように二匹は崩れ落ちた。

 

暫くの静まり。

降り注いでいた圧倒的な暴威は収まり、ただ静かな無の荒野が残されていた。

 

「おっ……」

 

“彼”が小さく声を上げる。

 

「いやったぁああ!勝った!勝ったんじゃない!?やっぱぼくって持ってるんだよなぁ!流石超有能チート転生者くんですわぁ!やりますねぇ!!」

 

傑作を放り捨て自画自賛し始めたいつもの“彼”に何だか気の抜けた感覚を覚える。

守護者もそうだったらしく、はぁ……と力を抜くように大盾を荒野に突き刺して、手を離す。

 

「肝が冷えたな」

「まったくね。何とかなってよかった……」

「ああ。……()()

「ええ」

 

レディは無邪気に喜んだ後に、恐る恐るといった感じに倒れた蟲たちに近寄っていく“彼”を見る。

 

「あの力。間違いなく――」

 

 

瞬間――。

蟲たちの身体から“夜”が溢れ出す。

 

「えっ?」

 

それは一瞬にして“彼”を包み込み、その余波でレディの視界も覆っていく。

 

「のわああああああ!?」

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

「――むっ」

 

“追跡者”は反射的に顔を上げる。

中央室円卓の大祝福に、“夜”の欠片が溶け込んでゆく。

 

それは見間違えようもない、“夜の王”討伐の証だった。

 

「おおっ!やっと、やっと終わるのか!」

「……長かったな」

「………」

 

無頼漢、鉄の目、執行者が喜色の雰囲気を漂わせる。無論、追跡者も同様だった。

 

それは“夜の王”を討伐出来た……からでもある。

“転生者”が夜渡りとして責務を果たせた……からでもある。

 

だがそれよりも、意味するのは――

 

 

「……!帰ってきたか!隠者っ!」

「ふふっ、ええ。準備しましょ」

 

 

――復讐者によるピタパン地獄からの解放であった。

 

嬉しそうに厨房に消えていく復讐者の背を見つめながら、この三日間を思い返す。

最高の物を食べさせたいという自称妻のいじらしい思いの下に行われた――朝ピタパン昼ピタパンおやつピタパン夜ピタパン夜食ピタパンついでにピタパン枕元にピタパンの日々を。

 

「……つらい戦いだったな」

 

鉄の目のしみじみとした呟きに、男衆は頷き返す。

常々険しい雰囲気を滲ませ、“夜”への憎悪だけに支配されていた少女人形が――嬉しそうに、せっせと愛しい男の為に飯を拵える姿を見て、「もう食べたくない。焦げ無くしてせめて」と言えなかったのだ。

なまじ共に戦い続けていたからか、それとも――“友”と再会し、欠けていた人間性を取り戻してしまったからか。それはわからないが。

 

ただ言える事は――もうしばらくピタパンはいい。

 

 

「うぇーい!帰ったよ―!ビクトリー転生者やぞぉ!」

 

 

騒がしい声と共に中央室に顔を出したのは嬉しそうな“友”だった。その後ろで疲れた様子のレディと守護者が続く。……?どこか気難しげなのが少し気になった。

 

だが、たたたっ……と軽やかな足音にその思いは霧散する。

この三日間で地獄の呼び声に聞こえるようになったそれは――勿論、復讐者だった。続く、微笑ましげな隠者は言ってしまえば、悪魔のそれだった。

 

「良く帰ってきたな!ほっ、ほら!――お前が食べたいって言ってたピタパンだぞっ!」

「いっぱい作ったから、どうぞ?」

 

そうして、友の目の前に出された皿には二つのピタパンが載せられていた。

一つはレシピ通りに作られた、完璧な造詣のピタパンだ。“魔女”らしい突き詰めた調合の腕が現れている。

もう一つは――所々に焦げが目立つ、どこかぷにゃりと潰れたピタパンだった。……最後まで焦げが残ってしまった。一応同じ釜のはずなんだが。

 

友は固まった。

その意図に気がついたのだろう。錆びついたような動作で追跡者を見た。

 

(あ、あああのあの、ぼく結構頑張ってきて……!)

(諦めろ、男だろう)

(このジェンダーレスの時代に!?)

(何の話だ。どの時代でも、好意は受け取れ)

(求めてない!今その正論は求めてないの!)

 

友はそれから何度か視線を巡らせたが求める回答を得られなかったのだろう。

ぎこちない笑顔を浮かべた。

 

「うっ、うわあ嬉しいなぁ。じゃっ、じゃあこの美味しそうなのにしようかなぁ」

「……っ!それは私が作った奴だ!流石我が夫、通じ合ってるな!」

「そっ、そうかな……ぼく、ファン的に追跡者のピタパンが食べたかっただけで……」

「ふふんっ、付け合せも作ったんだ。一緒に食べるといいぞ」

「つっ……付け合わせ?」

「ふふっ、お肉とかお野菜とか。全部この子が作ったものがあるの」

「―――」

「今用意するからな!」

 

自分が作ったものが選ばれて喜色満面な雰囲気な復讐者はまた厨房の方へ消えていく。

追加があると聞かされ、呆然とする友に――気配を消していた召使人形がススス……と近づいた。

 

「……転生者サマ。何とか良い感じに言い含めて、復讐者サマに厨房を使わせないようにして下さいますか。毎回大災害を起こされても……」

「……知ってる?人じゃあ何にも出来ないから災害って呼ばれるんだよ」

「……それを成し遂げる事こそが英雄サマのお役目です」

「……がんばるぅ……」

 

ふらりふらりと隠者に手を引かれて、厨房に消えていく友の背を眺め――役目を終えた男衆は、ほっと息を吐き、友の地獄を見に行ったり、各々自由な事をしにいった。

 

追跡者は一応、取り置いていた自らのピタパンを見る。

 

……ふむ。

取り敢えず包んでおくか。

 

いそいそと綺麗な布に包んでいると――()()()()()()

振り向くと、レディがじぃ……とピタパンを見つめていた。

 

「………」

「………」

「……どうした」

「それ、貴方が作ったの?」

「そうだ。故郷の……母の教えだ」

「……食べてもいい?」

「……。……ああ、いいぞ」

 

……まあ、アイツはこれからたらふく食う事になるからいいだろう。しばらく恨み言が続くかもしれんが。

追跡者は、自らのピタパンをレディに差し出す。

受け取るやいなや口に運んだ彼女は――もごもごしたまま、固まる。そうして今度は追跡者を穴が空くほど見つめてきた。

 

「……なんだ」

「……モゴモゴ」

「食べてから喋れ」

「んぐっ……これ、懐かしいわ。幼い頃食べた気がする」

「むっ、そうか。同郷だったか」

 

それは珍しい事もあるものだ。

ピタパンは家々で一つ一つ味が違う。

たかが小麦粉だけに思えるが、水や焼き方でかなり様変わりするものだ。

遊牧の民である追跡者の家のものは、より突き詰めた素朴なもの。他所に出すのは粗末で恥ずかしい、と母が謙遜して常の食事だけに作っていた。

これを食べた事があるのは――()()……()()()……?

 

「………」

「………」

「どうやっても再現出来なかった。どうやったの?」

「どうも何も母上が教えてくれただろう。お前がアイツの好きな米料理ばかり気にしていて忘れただけだ」

「なっ……!そんなんじゃないわ!あの人がこめくいてーこめくいてー煩かっただけでしょうがなく……」

「そうか」

「そうよ!」

「………」

「………」

 

 

『あの……この、これ――なんすか?』

『ローストした肉だが?追跡者が言うには焼いた肉と野菜と挟む事が多かったらしい。サンドイッチみたいなものなのだな』

『……木炭かな……?』

『あっ、ソースも用意したぞ。お前も好きだったフレデリックのグレイビーソースだ!』

『……重油かな……?』

『これに……よしっ、出来たぞ。さあ、たっ食べていいぞ』

『………くっ――』

『めっ、ちゃんと女の子の好意はうけとりなさい』

『そっ、それはそうだけどさぁ……!限度ってのが……!』

『そんな子に育てた覚えは、ないよ?』

『いや、母親みたいな事言わないでくれません?母親じゃないし』

『………?』

『何故首を傾げる』

 

 

「……――まあ、なんだ」

 

 

追跡者はレディ――“()”に向き直った。

 

 

「元気そうで良かった」

「……兄上もね」

 

 

 

 

 

 

 

 











【“遺物”を入手しました】

―――――――――

【識の覚え】

夜の識、グノスターが内包していた夜。その齧り取られた一片。
“転生者”の内に収まったそれは、長き交わりに従い、力を貸すだろう。

秘境の森に突如現れた“人の子”との交わりは、蟲たちの生に大きな意味を与えた。それは子が森を離れてなおも続き、不意に終わる。
――『また来るね』
子を信じ、蟲たちは待ち続けた。
だが、森が枯れ、砂漠に蝕まれ、恵みが通り過ぎようとした時――決心する。

そうして、二匹は旅を続けていた。我が子に会うその日まで。

―――――――――

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