「あ~~~~~~~っと、
言い忘れたが
ヒャド(氷結呪文)では止められないよ。
そいつのエネルギー源である
魔界のマグマ成液の高熱がはじいてしまうからね・・・!
あと10秒・・・!
打つ手はない!!」
死刑宣告のような声が、場の空気を一気に冷やした。
誰も動けない。誰も何もできない。
その「はず」だった。
「うそをつくな」
静かだが、空気を断ち切るような男の声が響いた。
たった一言。それだけだった。
ヒュン、と風を裂く音が連続する。
目に見えない何かが、空間に白い線を引いた。
ラーハルトだけが辛うじて、それが「斬撃」だと理解した。
次の瞬間──鎌を持つ『人形』の首が、ぽん、と軽い音を立てて宙へ跳ねた。
「……は?」
間の抜けた声を漏らしたのは、肩の小さな本体──キルバーン自身だった。
人形の首は弧を描き、少し離れた場所に──
ドスン。
鈍い音を立てて落ちる。
同時に、『人形の体』にピシリ、と音が走った。
肩から、胸から、脚から、全身に蜘蛛の巣状のヒビが広がる。
そして──
バラバラバラッ!!
中身をぶちまけるように、無数の破片が四方へ弾け飛んだ。
「なっ……!」
ラーハルトは見た。
人形が砕け散るその一瞬、空間に刻まれた細い“線”を。
何もない空間を飛び交う斬撃。
それぞれが、アバンストラッシュにも匹敵するほどの密度と重さを宿している。
遠距離から放たれたその斬撃は、人形の表面だけでなく内部まで細かく刻み、
抵抗する暇すら与えずに、八つ裂きにしたのだ。
衝撃で、肩に乗っていた小さな本体キルバーンが、前方に投げ出される。
転がりながらなんとか受け身をとり、人形から距離をとる。
数秒後。そこに残されていたのは──
砕け散った破片と、少し離れた場所に転がる「人形の首」だけだった。
残骸は、風にあおられて砂のように崩れ、灰のように舞い上がる。
まるで「ここにあったものは、最初から存在しなかった」とでも言うように。
そして──人形の頭部から露出しかけていた黒の核晶(コア)が、一瞬、禍々しくきらめいた。
「こういう、度が過ぎたオモチャってさ。
そもそも“持っちゃいけない”んだよね」
軽い調子の声が、静寂を破る。
その台詞が終わるか終わらないかのうちに──世界が暗転した。
「「「?!」」」
色が抜けた、としか言いようがない。
空から光が失われ、音が消え、風も止まる。
敵も味方も、その場にいる全員の『時間』が凍りついた。
瞼ひとつ動かせない。
肌を撫でるはずの空気の感触さえ、遠くなっていく。
そんな、ほとんど止まった世界の中で──
一人分の足音だけが、コツ、コツ、と響いた。
ゆっくりと。それでいて、迷いなく近づいてくる。
「没収」
短い宣告とともに、足音の主が指を鳴らした。
『人形の首』が転がっていた地面に、漆黒の円が描かれる。
円は瞬く間に複雑な紋様へと変わり、細かな線が絡み合って魔法陣を形作っていく。
黒い紋様は波紋のように揺らめき、その中心にある首の内部──
仕込まれていた黒の核晶(コア)ごと、ゆっくりと飲み込んだ。
まるで、地面ごと“なかったこと”にするように。
──何もなかったかのように、消える。
魔法陣が完全に消えたと同時に、世界に光が戻った。
風が吹き、砂が鳴り、止まっていた全員の「時間」が一斉に動き出す。
「うわっ?!」
勢い余って前につんのめり、そのまま転がるポップ。
「んだ今の!!」
彼が叫び、周囲を見回す横で──
一番動揺しているのは、もちろん小さなキルバーンだった。
「ボ、ボクの……ボクの人形が……黒の核晶(コア)が!!」
悲鳴のような声を上げ、人形の首があった場所に駆け寄る。
彼にとっては、仮面の“死神”こそが自分の顔であり、最大の切り札だった。
けれど、そこに残っているのは、細かな砂粒だけだ。
「そんな、そんなはずは……!」
キルバーンが膝から崩れ落ち、砂を掻き集めるように両手ですくい上げる。
指の間から、それはサラサラとこぼれ落ちていった。
禍々しい魔力の気配も、爆発の種も、もう何ひとつ残っていない。
「うそだ! う、うわぁーーー!!」
取り乱すキルバーン。その耳に、あの軽い声が追い打ちをかける。
「黒の核晶(コア)……だったっけ?
魔法力を無尽蔵に溜め込んで、とてつもない爆発を起こす、危険なオモチャ。
でもさ──その肝心の“魔法力”を全部抜いちゃえば、
ただのガラス玉にもならない」
さも簡単そうに理屈を説明する、どこか楽しそうな声。
「「「誰だ!!」」」
一同が、一斉に声のするほうを振り返る。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
スラリと伸びた手足。
腰のあたりでひとつに結わえた長い髪。
薄手のスモックのような衣を身につけ、柔らかな微笑みを浮かべている。
見た目だけなら、どこかの女神像のようだ。
だが、口から出る声は紛れもなく男性のものだった。
勇者一行の頭の上に、一斉に「?」が浮かぶ。
口火を切ったのは、レオナ王女だった。
「あなたは一体……?」
青年は肩をすくめ、芝居がかった仕草で答える。
「ただのおせっかいな通りすがり。
──なんてね。
地上に生きる者たちが、まとめて消し飛んじゃうかも!?っていう、
世界の大ピンチだろう?
及ばずながら、馳せ参じました、ってやつさ。
……まぁ、大魔王バーンはもう倒されてたわけだけど」
その胸元で、ドラゴンドロップが一度だけ、かすかに光った。
この世界のどこかで震えていた“竜の因子”が、ようやく今、目の前にあるのだと告げるように。
「馬鹿な! おま……おまえ……
いや、『貴方』がここに『干渉して』いいのかよ?!
おまえ──異界神〈アーク〉だろ!!
ルール違反だろうぅ~~!!」
キルバーンが、完全に取り乱した声で叫ぶ。
「あーく?」
勇者一行にはまったく聞き慣れない言葉。
意味も、綴りも分からない。
(あーく……あーく……
昔、古文書か何かで読んだ単語のような……)
メルルだけが、記憶の糸を手繰っていた。
(アーク……『異なる世界』……そう、たしか……)
そしてキルバーンの「ここに干渉していいのか」という叫びが、決定打になる。
(まさか──異界神〈アーク〉!
異なる世界からいらした神様?!)
思わず声が出そうになり、メルルは慌てて自分の口を押さえた。
その様子を見た青年が、ちらりと視線を送り、そっとウインクする。
それだけでメルルは悟る。
(あ、これは……“言っちゃいけないやつ”だ)
青年は皆に向き直り、改めて名乗った。
「やぁ、みなさん。はじめまして。
ボクの名前は、レディオス・ソープ。
ソープでいいですよ」
軽く会釈し、柔らかく笑う。
「お察しのとおり、この辺の者じゃない。
かなり“遠く”から、がんばって駆けつけたんだ。
君たちにわかりやすく言うなら……そうだな……
魔法剣士、ってやつ? なのかな。
魔法も使えるし、剣でも戦える。
エッヘン」
と胸を張るソープ。
その飄々とした態度とは裏腹に──
さきほどの“時間停止”と“核晶の無力化”は、常識外れもいいところだ。
「さっきのは、ボクのオリジナル呪文でね。
対象の力を全部吸い取る──『次元回廊〈セブンスフォール〉』っていうんだ。
ここに、こうやって辿り着くまで、正直いろいろ手間取ったけど……
間に合ってよかったよ」
「世界には、まだまだすげぇ呪文を使うやつもいるんだなぁ……
上には上がいる、か」
ヒムは素直に感心しているが、アバンやポップの表情は複雑だった。
あの爆弾──黒の核晶(コア)が内包していた魔法力は、
死の大地を吹き飛ばした、ハドラーの体内にあった核晶と同等のはずだ。
それを、この青年は──
一瞬で、
完全に、
吸い尽くした。
そんな力が、本当にこの世に存在するのか。
誰もが、その現実を完全には飲み込めずにいた。
「う、うあ……」
震える声を漏らしたのは、もちろんキルバーンだ。
自分の正体は暴かれ、切り札である人形も、核晶も失われた。
そして周囲を取り囲んでいるのは、大魔王バーンをも討ち倒した勇者一行。
(まずい……まずいまずい……!
ここで捕まるわけには……!)
「逃げ──」
冥竜王ヴェルザーの指令は果たせない。
だが、生きてさえいれば次がある。
そう判断したキルバーンは、反射的に上空へ跳び上がった。
「待ちやがれ!」
ポップが杖を構え、呪文を唱えようとしたその瞬間──
ヒュンッ!
鋭い音が、キルバーンの周囲を何度も横切った。
白い線が、空間に幾重にも刻み込まれていく。
次いで──
ドガァン!!
轟音が響き、キルバーンの周囲の大地がまとめて切り裂かれた。
見えない刃が地表を抉り、深い爪痕をいくつも残す。
「な、なにっ?!」
足場を失い、バランスを崩したキルバーンは、空中で体勢を崩したまま地面へ落ち、尻もちをついた。
砂煙の向こう。
キルバーンの“退路”を塞ぐように、長身の男が立っていた。
腰まで届く長い髪をなびかせ、腕を胸の前で組み、
冷たい瞳でキルバーンを見下ろしている。
その立ち姿だけで、ただ者ではないと分かる。
(さっきの斬撃……人形をバラしたのも、あの男……!)
ラーハルトは、先ほどの不可視の斬撃を、この男と結びつけた。
長髪の男は、まるで“標識”でも立てるような気軽さで告げる。
「この道は通行止めだ。ほかを当たれ」
だが、この場に“ほか”など存在しない。
前には長髪の男。
後ろには勇者たち。
空へ逃れようとしても、さっきの斬撃がまた飛んでくるだろう。
(詰み……!?)
キルバーンの背筋を冷たいものが這い上がる。
「おいおい……ログナー司令。
独りでちょっとやり過ぎなんじゃないの~?」
別方向から、のんきそうな女の声がした。
キルバーンが一縷の望みをかけ、その方向に顔を向ける。
「お! お助けを!!」
そこには、長髪でツリ目の女性が、腰に手を当てて立っていた。
服の前面には“マイト”の称号を示す五本線。
シャリシャリン、ときれいな音を立てて、飾りのついた髪が揺れる。
(た、助かった……! 味方の援軍──)
かすかな期待を込めて助けを求めるキルバーンを、
ツリ目の女性は、さきほどの長髪の男と同じく、冷めた目で見下ろした。
「私も、そいつにはムカついてるんだが?」
「……は?」
味方どころか、完全に敵側の援軍だった。