一瞬、突風が吹いた気がした。
勇者一行が“風”だと思ったそれは、
実は、ツリ目の女性が踏み込んだ際に生じた風圧だった。
小柄なキルバーンの体が、
ツバンツヒの蹴りでサッカーボールのように蹴り上げられ、宙に浮く。
続けざまに、バキッ、ゴスッ、と凄まじい打撃音が連続した。
宙に跳び上がったツバンツヒは、空中でも執拗に殴りつける。
拳、肘、膝、踵。
ありとあらゆる打撃が、ほとんど動きを封じられた小さな死神の体を容赦なく叩きのめした。
数秒後。
無惨な姿のキルバーンが、地面にうつ伏せに叩きつけられ、痙攣する。
「……っ、ぐ、……!」
その小さな手の甲を、ツバンツヒはハイヒールのかかとで容赦なく踏みつけた。
「どうして魔法で逃げることができない? とか思ってるだろ?」
にやりと笑い、ヒールにさらに体重をかける。
「残念~。
さっき、陛下の『次元回廊<セブンスフォール>』がさ。
お前の魔法力も、きれーいに吸い尽くしてるのさ」
ケラケラと笑うツバンツヒ。
「「「陛下?!」」」
一同の視線が、一斉にソープへ向かう。
チウなど、ごく一部を除いて。
レオナとフローラは、その瞬間、胸の中の違和感の正体に気づいた。
ソープは自分を「魔法剣士」と名乗った。
だが、その所作や立ち居振る舞いは、明らかにただの戦士ではない。
姿勢、歩き方、振り向き方。
そのすべてが、王族や高位貴族にしか身につかない“教育された動き”だ。
「ちょ、ちょっと! ツバンツヒ!!」
ソープが慌てて制止するが、時すでに遅し。
「痛っ!」
いつの間にか隣に立っていた長髪の男──ログナーが、
ツバンツヒの頭にゲンコツを落とした。
「口が軽いぞ」
短くそう言い捨てると、ログナーはうつ伏せのキルバーンに視線を落とす。
そして、片手でその襟首をつまみ上げると──
まるで壊れたおもちゃでも放り捨てるような気軽さで、空へ放り投げた。
だが、その小さな体は地面に落下する前にぴたりと静止した。
「……なんか、バレちゃったみたいだけど。まぁ、いいか」
ソープは頬をかきながら、照れくさそうに笑った。
「これも、ボクのオリジナル呪文だよ。
えーと、なんだっけ。
相手の時間を止めちゃうやつ。
それを、ちょっと簡易版にアレンジしたんだ」
「まさか……『凍れる時間の秘法』!?
それを、この一瞬で?! 日食は……?」
ポップが目をむいて叫ぶ。
「そうそう、それそれ。
でも、簡易版だって言ったでしょ?
だから、完全に止まってるわけじゃない」
ソープはつかつかとキルバーンに近づき、
宙に浮いたまま動けないその頬を、これでもかという力でつねった。
ぐにっ。
表情はみるみる苦痛に歪むが、声は出ない。
「ご覧のとおり、ダメージは通る。
ほとんど動けないだけで、意識はちゃんとある。
ただ、体の時間が『ほとんど』止まっているから、
どれほどの大ダメージを与えても、肉体はそう簡単には死なない。
──本人が死にたくても、ね」
ソープは肩をすくめ、皆のほうを振り返った。
「じゃあ、あとは……まぁ、好きにすれば?」
そう言って、すっと後ろへ飛び退く。
神の領域から、一瞬だけ戦場を借りていた“権利”を、勇者たちに返すように。
「闘気拳!!」
最初に飛び出したのはヒムだった。
全身の闘気を拳に集中させ、キルバーンの胴へ叩き込む。
止まりかけた時間の中で、その衝撃がねっとりと小さな肉体を歪ませていく。
「閃華裂光拳!!」
続いてマァムの拳が、光の尾を引いて重なる。
聖なる光が、小さな仮面とローブを焼き裂き、その内側を浄化していく。
「獣王会心撃!!」
クロコダインの咆哮とともに、巨大な斧が振り下ろされる。
大地が揺れ、衝撃波がキルバーンを中心に同心円状に広がった。
「ハーケンディストール!!」
ラーハルトの槍が、旋回しながら突き抜ける。
空間に刻まれた螺旋が、そのままキルバーンの身体を貫いていく。
「「アバンストラッシュ!!」」
そして、アバンとダイの一撃が、それらすべてを束ねるように振り下ろされる。
二振りの斬撃が、十字の光となって小さな死神を刻んだ。
止まりかけた時間ゆえに、
それぞれの必殺技は、どこかスローモーションのような軌跡を描きながら──
確実に、キルバーンを削っていく。
そして、とどめを刺すのは、この男しかいない。
「たしか『これ』なら、時間が止まってようが関係ねぇんだよなぁ──」
ポップが静かに杖を構える。
瞳には、もはや一片の迷いもない。
「メドローア(極大消滅呪文)!!」
灼熱と絶対零度が混ざり合い、一筋の矢となって放たれた。
それは凍りかけた空間を音もなく進み、
まるで“定められた場所”に吸い込まれるように、キルバーンの中心へと到達する。
触れた瞬間、光と闇の境界ごと、すべてが消えた。
仮面も、黒衣も、骨も肉も。
“死神”の本体は、
跡形もなく、世界から消し去られる。
後に残ったのは、焦げた匂いと、
ゆっくりと崩れていく土煙だけだった。