ダイの大団円 (take 3)    作:ギアっちょ

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婚約と責任と修行

「さて──ダイ君」

 

 ソープが、今度はまっすぐに少年の名を呼んだ。

 

「はっ……はい!」

 

 突然名前を呼ばれ、ダイは思わず背筋を伸ばした。

 右手と右足、左手と左足を同時に動かしそうなぎこちない歩き方で、

 緊張した面持ちのままソープへ近づいていく。

 

「大魔王バーンを倒した、その『竜の騎士』の力……

 その根源たる『紋章』は、二つある」

 

 ソープの視線が、ダイの胸元と額を交互に見やる。

 

 その瞬間、ドラゴンドロップがふるりと震え、淡い光を放った。

 この世界の“竜の紋章”と、遠い星団の“ドラゴン”が、一瞬だけ共鳴する。

 

(やっぱり、“竜”だ)

 

 ソープは胸元にそっと手を添え、

 しかし何も言わずに話を続けた。

 

「そのうちひとつは、もともとキミの父上のもの。

 それをキミに譲ったものだ。

 

 つまり──その『紋章』は、

 ダイ君から“抜き取る”ことができる」

 

「っ……!」

 

 ダイの喉が、ひゅっと鳴った。

 周囲の仲間たちにも、動揺と驚きが走る。

 

「レオナ姫。ここからは、ボクのアイデアなんだけどね」

 

 ソープは、今度はレオナへ振り向く。

 

「ダイ君から『紋章』の力を引き抜き、彼を“ただの人間”に戻す。

 そして、その『紋章』を──レオナ姫の『パプニカ王国』に管理してもらうんだ」

 

「「「!!」」」

 

 その提案に、一同が息を呑んだ。

 

「なっ、そんなことが……!」

 

 ポップが思わず声を上げる。

 

「なに、ダイ君から完全に『紋章』を奪うわけじゃない。

 さっきのコアと違って、これは捨てるためじゃないからね」

 

 ソープは軽く人差し指を振る。

 

「もしかしたら、いつかまた──

 なにか、とんでもない脅威がこの世界に迫るかもしれない。

 

 そのときには、きっとまたこの『竜の騎士』の力が必要になるだろう。

 

 だから、『紋章』は安全な場所で眠らせておいて、

 “いざというときだけ”取り出せるようにしておく」

 

「そして、その『いざというとき』を判断するのが──

 パプニカ王国だ」

 

 ソープはレオナを見る。

 

「この世界の命運を預かる者たちが決める。

 “竜の騎士の力を再び使うかどうか”をね。

 

 おもしろいと思わないか?」

 

 ダイは、ぎゅっと拳を握りしめた。

 

 自分の中にある『竜の紋章』。

 それがなければ、自分はただの少年だ。

 

 だが、その“ただの少年”でいたいと願った自分がいるのも、確かだった。

 

 大魔王バーンを倒せたとて、

 「竜の騎士だから」という理由で、

 おまえは人間社会から迫害されるだろう、と、バーンは言っていた。

 

 だから、すべてが終わったら

 自分は地上を去るつもりで戦った。

 

 でも、それでも、傍にいてくれた仲間たち。

 

「……ダイ君の気持ちは、どうなの?」

 

 レオナがそっと問いかける。

 

 ダイは少し俯き、しばらく黙って考えた。

 仲間たちの顔を一人一人見つめ、

 最後に、レオナの顔を見て──

 

「オレは……」

 

 言葉を探すように、一度唇を噛む。

 

「オレは……みんなと一緒にいたい。

 竜の騎士だからとか、そういうの、関係なしに。

 

 “普通のダイ”として、ここにいたい」

 

 それは、少年の、素直すぎる願いだった。

 

「だってさ!」

 

 そこへ、ポップが割り込む。

 

「オレは賛成だな!

 なにせそれが出来れば、ダイはずっと……

 なんも心配しないで、みんなと一緒にいられんだろ?!」

 

「そうね」

 

 マァムも静かに頷く。

 

「私はむしろ、今すぐにでもそうしてほしいわ。

 ダイにとって、それが一番いいことだもの」

 

「そうだぜ! ダイはもっと自分の幸せを考えた方がいいんだよ!!」

 

 ポップは、わざと大げさに胸を張って言う。

 

「お前が“普通に笑ってられる”世界を守るためなら、

 オレだっていくらでも頑張るしな!」

 

 彼が周りを見渡すと、皆も次々にうなずいた。

 首を横に振る者は、一人もいない。

 

「決まり、ですね!」

 

 アバンが静かに言う。

 その声には、師として、ひとりの大人としての覚悟が滲んでいた。

 

「じゃあ、決まりだ」

 

 ソープが満足そうにうなずく。

 

「とは言っても、ボクがやるわけじゃないんだけどね。

 この仕事は、彼女にお願いしよう」

 

 ソープが、少し身体をひねって背後に声をかける。

 

「リンス、おいで」

 

「はい……」

 

 次の瞬間、ソープのすぐ後ろに、黒髪の女性が現れた。

 

 腰まで伸びた長い髪。

 若干の装飾はあるが、鎧ではなく動きやすそうな服をまとった、細身の女性。

 

 それまで“そこ”には、誰もいなかった。

 気配すら感じなかったはずだ。

 

「っ?!」

 

 勇者一行の何人かが、思わず肩を震わせる。

 しかし、誰もそれを口に出さなかった。

 

(……もう驚いてたらきりがねぇな、こいつら関係は)

 

 ポップは心の中でそう毒づき、半ばあきらめのため息をついた。

 

「彼女は、メル・リンス・ウザーレ・ターマ」

 

 ソープが紹介する。

 

「魔法の使い手としては、ボク以上でね」

 

「リンスとお呼びください」

 

 リンスは、丁寧に一礼した。

 

「この子に任せるよ」

 

「はい……」

 

 リンスが一歩前に出て、ダイの前に立つ。

 

「ダイ様。少し痛むかもしれませんが、我慢してくださいね」

 

 やわらかな声。だが、その瞳には揺るぎない集中が宿っていた。

 

 ダイは一瞬躊躇したが、すぐに顔を上げた。

 

「わかりました。お願いします」

 

 その返事に、レオナは胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。

 それでも、何も言わず、ただ見守る。

 

 顔を青ざめさせているのは、ポップだった。

 

「ソープ以上の魔法の使い手……?

 “あれ”より上が、まだいるってのかよ……?」

 

 思わず顔を押さえるポップに、メルルがくすっと笑う。

 

(きっとソープ様は、“自分だってなんでも出来るわけじゃない”って言いたいんだろうけど……

 あれだけのことを見せられた後じゃ、説得力が……)

 

 苦笑を噛み殺しながら、メルルはリンスの動きを見つめる。

 

 リンスは、ダイの目の前に立つと、両手のひらを上に向けて開いた。

 

「さ、あなたの手を出してください」

 

「はい」

 

 ダイが、恐る恐る両手を前に差し出す。

 リンスは、その手の上に、自分の手のひらをそっと重ねた。

 

「ちょっと、くすぐったいですよ?」

 

「えっ?」

 

 その言葉と同時に──重ねられた手を中心に、眩い光が走った。

 

 光は紋様を描くように広がり、ダイの両腕を這い、胸元へ、額へと流れ込んでいく。

 

 ソープの胸元のドラゴンドロップも、それに呼応するように淡く光った。

 別の世界の“竜”の力を、ほんの少しだけ導き、形を変えるための触媒のように。

 

「……っ!」

 

 ダイは歯を食いしばった。

 

 熱いような、冷たいような。

 身体の奥底から、何かがゆっくりと引き抜かれていく感覚。

 

 それは痛みというよりも、“剥がされる”違和感に近かった。

 

 自分の一部だと思っていた何かが、

 やさしく、だが確実に分離されていく。

 

 数秒後、光はふっと収まった。

 

 リンスが手を離すと、ダイは胸元を押さえながら、その場にしゃがみ込む。

 

「ぐっ!」

 

「ダイ君! 大丈夫?!」

 

 レオナが駆け寄る。

 

「うん……」

 

 息を整えながら、ダイはゆっくりと立ち上がった。

 

「なんていうか……自分の中にあった“なにか”が、

 すぅっと無くなったような……

 

 ちょっと、不思議な感じだ」

 

 そう言いながら、自分の両手の甲を何度も見つめる。

 

 そこには、竜の紋章は出てこない。

 それは、少し心細くて──けれど、どこかホッとするような感覚でもあった。

 

 リンスが、自分の手をゆっくりと開いた。

 

 その掌には──大きな丸い宝石が嵌った指輪が、二つ握られていた。

 

「出来ました。完成です」

 

「おお……」

 

 皆が思わず息を呑む。

 

 右手の指輪には赤い宝石。

 左手の指輪には青い宝石。

 

 そして、その宝石の中には──

 それぞれ“紋章”がひとつずつ、静かに輝いていた。

 

 その光は、先ほどソープの胸元で瞬いたドラゴンドロップの残光を、

 わずかに宿しているようにも見える。

 

「ソープ様、こちらを」

 

「うん、ありがとう」

 

 リンスは二つの指輪をソープに手渡し、静かに一歩下がる。

 

「この指輪には、それぞれ『紋章』が封じられている」

 

 ソープは、皆に見えるようにそれぞれの指輪を掲げた。

 

「赤いほうが、父上から譲られた紋章。

 青いほうが、もとからダイ君に宿っていた紋章だ」

 

 彼は、二つの指輪を握り合わせる仕草をしてみせる。

 

「『紋章』の力を開放するには──

 まず、青いほうをダイ君の指にはめる。

 

 そのうえで、もうひとりが赤い指輪を持ち、

 こうやって、互いの手を合わせる」

 

 ゴツン、と自分の拳同士を軽くぶつけるようなジェスチャーをする。

 

「そうすれば、『紋章』の力はダイ君の身体に戻る。

 

 逆に、もう一度同じことをして、その手を離せば──

 また力は指輪に戻る、というわけ」

 

「そんなことが……」

 

 アバンが感嘆の息を漏らす。

 

「ちなみに」

 

 ソープは、わざとらしく肩をすくめた。

 

「同じことをダイ君以外がやっても、何も起きないよ。

 

 これは“ダイ君専用”だからね」

 

「え~!! それ使ったら、僕もめっちゃ強くなれると思ったのに!!」

 

 チウが両手をぶんぶん振りながら抗議する。

 

「人の話を聞け、チウ」

 

 ヒュンケルが容赦なくツッコむと、周囲からドッと笑いが起きた。

 

「で、この指輪を──」

 

 ソープは、青い指輪をダイに、赤い指輪をレオナに握らせた。

 

「えっ、わ、私が?」

 

「パプニカ王国を代表して、だよ」

 

 ソープは意味ありげに笑う。

 

「王女を守る騎士がいて。

 騎士の力は、王女のものだ。

 

 そして──二人の手には、おそろいの指輪」

 

 わざとらしく、ゆっくりと言葉を区切る。

 

「……あとは、“わかる”ね?」

 

「「えっ!?」」

 

 二人が同時に互いの顔を見て、

 次の瞬間、真っ赤になって視線をそらした。

 

「あーあ、これでお二人とも、完全に婚約成立ですね~」

 

 メルルがニコニコしながら言うと、他の面々もすぐに乗っかった。

 

「おめでとうございます! お姫様! 王子様!」

 

 ポップまで、ニヤニヤしながら囃し立てる。

 

「ひゅーひゅー!」

「お似合いだぜ~」

「結婚式はこのまま、ここで始めればいいのか?」

 

 口笛を吹く者、茶々を入れる者。

 一斉に二人を冷やかし始めた。

 

「な、な、な……!」

 

「え、えっと……!」

 

 二人は真っ赤になり、お互いの顔をまともに見ることができない。

 

 そんな浮ついた空気を、鋭く断ち切る声があった。

 

「さて──勇者ダイとやら」

 

 ログナーが、空気をまるで読まずに割って入る。

 

「特別な力を失い、“ただの人間”になったわけだが──」

 

 その言葉に、ダイの肩がぴくりと揺れた。

 さきほど感じた“心細さ”が、再び胸に広がる。

 

 横でアバンが、ほんの一瞬だけ苦笑する。

 

(本来なら、今の言葉は“師匠”である私が弟子にかけるべき台詞なのですが……

 ですが、ここであの方に言われたからこそ、

 きっとダイくんの胸に深く残るのでしょうね)

 

 そう思いながら、アバンは静かに一歩下がり、ログナーに「場」を譲った。

 

 だがログナーは、そんな師匠の内心など知る由もなく、続けた。

 

「まずは、周りを見ろ。仲間たちを見ろ」

 

 ログナーの視線が、勇者一行を順々に巡る。

 

「誰も、“生まれつきの特別な力”を持っていたわけではない」

 

 彼は、ぶっきらぼうに言った。

 

「あの大男──クロコダイン。

 戦いのたびに身体中に傷を増やしながら、己の誇りだけを頼りに立ってきた戦士だ」

 

「む……」

 

 突然名指しされ、クロコダインが少し照れくさそうに頬を掻く。

 

「ヒュンケル。

 闇にも光にも身を置きながら、何度も倒れ、何度も立ち上がってきた男だ。

 その剣の重さは、“選んだ道”の重さだ」

 

 ヒュンケルは黙って目を閉じ、わずかに口の端を上げた。

 

「マァム。

 ひとり悩み、迷いながらも、拳を磨き続けた女戦士だ。

 自分の弱さを知っているからこそ、誰よりも強くあろうとする」

 

 マァムは小さく息を呑み、ぎゅっと拳を握る。

 

「ポップ」

 

「ひっ?」

 

 突然名を呼ばれ、ポップがビクッと肩を震わせた。

 

「最初は、誰よりも臆病だった。

 だが、その臆病さを克服するたびに、一歩ずつ前へ進んできた。

 

 逃げたいときに逃げず、

 折れそうなときに折れなかったからこそ──今がある」

 

「……べ、別に……そんな大したもんじゃねーけどよ」

 

 ポップは顔をそむけたが、耳まで赤くなっているのは隠しきれない。

 

「チウや、チームのみんなもそうだ」

 

 小さな獣たちも姿勢を正す。

 

「誰もが、“自分で積み上げた力”を武器に戦っている」

 

 ログナーは、ふっと息を吐いた。

 

「お前は、竜の紋章という“特別な力”を持っていた。

 それは、確かに世界を救うための大いなる力だっただろう。

 

 だが──」

 

 そこで、彼の声の温度が少し上がる。

 

「それだけが、お前の価値か?」

 

 ダイは、はっと顔を上げた。

 

「お前がここまで来られたのは、紋章の力だけか?

 違うはずだ」

 

 ログナーは、一歩前へ踏み出す。

 

「仲間を想う心。

 どれだけ傷ついても立ち上がる根性。

 自分が何者なのか悩みながら、それでも前を見続けてきた意地。

 

 それらは、“紋章”なんぞとは関係のない、お前自身の力だ」

 

 言葉は荒っぽいが──そこには揺るぎない信頼があった。

 

「『紋章』がないからといって、仲間に遅れを取っているようでは、

 『勇者』の名が泣くとは思わんか?」

 

 その問いは、叱責でありながら、同時に期待でもあった。

 

(本当に……良いことをおっしゃる)

 

 アバンは、少し誇らしげな、少し寂しげな、不思議な表情で二人を見守っていた。

 

「いいか、勇者ダイ」

 

 ログナーの声がさらに熱を帯びる。

 

「これからは、“竜の騎士”ではなく、

 “ダイという一人の人間”として強くなれ。

 

 紋章に頼らずとも、

 仲間を、世界を、守り抜けるほどに強くなれ」

 

 彼は、ダイの胸を指さした。

 

「お前が本当に『勇者』と呼ばれるのは──

 特別な紋章を失ってなお、立ち続けたそのときだ。

 

 覚えておけ」

 

 その言葉は、重く、しかし不思議と心地よく胸に響いた。

 

 ダイは、強く頷く。

 

「はいっ!!」

 

 その返事は、先ほどまでの少年らしい声ではなく──

 ほんの少しだけ、“一人前”に近づいた響きがあった。

 

「よし。その意気だ」

 

 ログナーは満足げに一度うなずき、

 すぐにぷいと顔をそむけて、皆に背を向けた。

 

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