「陛下。そろそろ出発のお時間かと」
ログナーが、ソープに向き直って告げる。
「え~?! もうそんな時間……?」
ツバンツヒが、あからさまに不満そうな顔をする。
「もっとボコりたかったのに~」
「十分だ、ツバンツヒ」
ログナーがあきれたようにため息をついた、そのとき──
ソープの胸元のドラゴンドロップが、かすかに震えた。
(……ん?)
ソープの耳元に、誰にも聞こえない声が届く。
『陛下、こちらマウザーです』
それは、ウィルからの遠距離通信だった。
『ラキシス姫様らしき反応が、先ほどから微弱に観測されています。
座標を固定できるかどうか、今まさに計算中ですが──
そろそろ本来の目的にお戻りいただきたいのですがね』
どこか呆れたような、しかし嬉しさを抑えきれない声。
「……そっか」
ソープは、ほんの一瞬だけ寂しそうに目を伏せ、すぐに笑顔を取り戻した。
「それじゃあ、ボクたちはこれで失礼するよ」
彼は、改めて勇者一行のほうを向く。
「君たちの世界の、これからの繁栄を祈ってる。
──本当に、よく戦ったね」
その言葉は、ただの社交辞令ではなく、
“同じ戦場に立った者”への敬意がこもっていた。
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てたように、ダイがソープに駆け寄る。
「まだ何もお礼をしてないです!」
「そうだぜ! 命を二回も助けられたようなもんなんだ。
なんかさせてくれよ!」
ポップも続く。
「いやいや、いいんだよ」
ソープは笑って首を振った。
「ボクは十分、楽しませてもらった。
それに、これはあくまでボクの“貸し”だ」
「貸し……?」
「うん。いつか──そう、いつかでいい。
もし、またどこかで困ったときがあったらさ。
今日みたいに、諦めずに立ち向かってくれれば、それで十分」
ソープは、そう言ってウインクした。
(ラキシス。
君なら、きっとこの世界の“竜の子”にも優しくしてあげただろうね)
胸元のドラゴンドロップが、静かに一度だけ瞬く。
「それじゃあ皆さん。縁があれば、また会いましょう」
ソープが指を鳴らすポーズを取る。
「『ルーラ(瞬間移動呪文)』!!」
パチン、と指が鳴った瞬間──
眩い光の柱が、ソープたち四人を包み込んだ。
光は天へ伸び、星の粒のように輝きながら四散していく。
その中で四人の輪郭は徐々に薄れ、やがて完全に掻き消えた。
残されたのは、
呆然と立ち尽くす勇者一行と、
キラキラと空中を漂い、少しずつ消えていく光の粒だけ。
「行っちゃったわねぇ……」
マァムが、ぽつりと呟く。
「そうだねぇ……」
レオナも、どこか名残惜しそうに空を見上げた。
「なんだかなぁ……」
クロコダインが頭を掻く。
残された一行は、しばらく呆けたようにその場に立ち尽くしていた。
ただ一人──ポップだけは、顎に手を当てて、じっとさっきの光が消えた空を見つめていた。
「今の……絶対に」
彼はボソリと呟く。
「普通の、ただの『ルーラ(瞬間移動呪文)』じゃねぇよな……」
誰に聞かせるでもない、その小さな呟きだけが──
ソープたちが去った後の静かな空気の中に、いつまでも残っていた。